第三話 『大嵐の決着』
再び標的をこちらへ向けた竜を見据え、速見は手頃そうな瓦礫を宙へ舞わせた。
「こっちだ!!」
竜の動きを観察し、飛び回りながら瓦礫の弾丸をぶつけていく。一撃の効き目は無くとも、徐々に竜の動きが鈍くなり、消耗し始めているのが実感できていた。再び乗降場へと戻って来た千景に対し、速見は大声で現状を伝えた。
「少しずつだが、竜の動きが鈍ってきた!!でかいのを一発食らわせられれば何とかなるかもしれない!!」
この言葉に千景は何か思いついたらしく、にやりと笑った。
「速見、そのまま引きつけぇ!!」
千景は瓦礫と化した先頭車両を、ぐっと見つめる。その、一秒後。
線路内にあった車両は竜の頭上へと現れ、轟音と共に重力に従って竜を押し潰した。
動かなくなった竜に対し、速見はほっと胸を撫で下ろした。戦闘で痛む体を引きずりながら、疲弊した様子の友人へ駆け寄る。
「すげー疲れてんじゃん……、大丈夫か」
「あんなでかいモン飛ばすんは、ほんまに限界ぎりぎりやねんから。許したってや」
互いに限界に近いレベルで力を使い果たしてはいるものの、一先ずは無事であった。速見が手を貸し、体を重そうにして千景が立ち上がった、その瞬間だった。
地響きのような、なにか。それは、先程降らした瓦礫が地面へと落ちる音だ。では、その下にあったものは。
「逃げろっ!」
背後から迫る気配に、二人は振り返る余裕もなく走り出す。もう能力を扱うことは出来ない。先程の戦闘で疲労困憊なのだ。それでもどうにか助かろうと、必死で走る。だが、人間の走力で竜から逃れるなど、出来るはずもなく――――。
不意に、風が吹いた。そう認識した時には二人の周囲はさながら嵐のようだった。強すぎる風に目を閉じながら、悲鳴のような鳴き声が響く中で、二人は互いの肩を掴んで踏ん張ることになった。
風が止み、ゆっくりと目を開けた時には背後の気配が消え去っていた。代わりに、先程まで二人に溢れんばかりの殺意を向けていた竜が、亡骸となり散らばっていた。一瞬の出来事だった。
目線を少し上げた先、そこに信じられないものを見て速見は硬直した。バラバラの死骸の胴だった場所に人が立ち、虚ろになった竜の頭を物憂げに眺めていた。
最初は、死の淵に立ったせいで幻覚を見ているのだと思った。だが確かにそこにいるのは、自分達と年端の変わらない、一人の小柄な女だったのだ。
その女は、手に持った細身の双剣を鞘に仕舞い、二人の方へ駆け寄った。身に付けている制服に部隊で受け取るバッジが付いていない所を見る限り、どうやら同期ではあるようだ。ここで、ようやく速見は目の前に立つ女に見覚えがあることを思い出したのだった。
「あの、だい、じょうぶ、ですか……?」
小さく、自信なさげな声で、伏し目がちに言葉を綴る姿は、とてもあの竜を一瞬で葬った人物と同じ人物だとは思えなかった。
「大丈夫や、おおきに。……竜よりも、同期の僕らの方が怖いんか?」
「え、あ……」
千景はその態度が気に入らなかったのか、皮肉を交えて言葉を返した。明らかに動揺を見せる彼女が少し可哀想に思え、速見は苦笑しながらフォローを入れる。
「気にすんな、冗談だから。お前、入隊式で模擬戦闘やってた奴だろ?すげー強いんだな!!」
そう、彼女はモニターの向こう側の激闘を繰り広げた隊員の内の一人だった。千景の言葉に縮こまっていた彼女だったが、速見に褒められると今度はまんざらでもないと言うように顔を赤らめ恥じらった。
「そ、そんな事は……あの、お怪我とかありませんか?」
今度は言葉の途中ではっと我に返ったようにぴくんと跳ね、心配そうに速見の顔を見上げた。コロコロと変わる表情に、自然と速見の頬は緩んだ。
「まあ、無傷って訳にはいかなかったけど。俺達二人は大丈夫だ。助けてくれてマジで助かった!サンキューな」
「……!いえ。間に合って、本当に良かった」
そう言って彼女は、心から安堵した、というような笑みを溢した。
「とりあえず、車両に残ってる上官達への伝達は頼んでええか。僕らは建物に避難させた人らの方に行くわ、そっちの上官にも色々報告せなあかんし」
「分かりました。……またあとで」
そこからは、事態はトントン拍子に進んだ。建物内に避難させた上官らに報告を終えたところで、遠征中の部隊が帰ってきた。ただし部隊の損傷が激しく、帰還後すぐにあの竜と交戦していたら全滅していた恐れがあったとの事だった。一支部を壊滅状態に追いやったあの竜は、部隊が出払っていることを考慮してもかなり危険度が高かったと認定され、俺達は討伐補佐の功績から命令違反の処分に便宜が図られることとなった。
「どうせなら、叙勲とか昇進とか、そういうのが良かったよな」
「まあ、部隊じゃ上官の指示は絶対だからな……」
「僕はただただ疲れたし、お休みもらえたからそれでええわ」
そして今、速見達は所属基地である第二都市基地の部隊病院で、三人仲良く入院中だ。戸部は怪我と脳震盪を起こしたことによる精密検査で、速見と千景は能力の多用による副作用で、二日間の療養を言い渡された。
「明日にはそろって退院だろ?戸部も特に異常なかったみたいだし」
「ああ、心配かけたな」
「楽しみだな……訓練学校時代に有名だったアレが事実じゃなきゃ尚良い」
訓練学校では、武装隊入隊後に関するあらゆる噂が流れていた。中でも有名だったものが、入隊後すぐに行われる配属部隊での「歓迎」についてだ。早い話、所謂可愛がりというものが行われるらしいとの事だったが、真偽は不明である。
「確か、普通なら入隊式の翌日に小隊での『歓迎』があるとか、そんなんやったっけか。もし本当やとしたら今日他の奴らはそれを受けてる訳やけど……」
「……俺らはそれをばっくれた事になるな」
「よし、この話題止めよう。これ以上はどう転んでも地獄だ」
再び、病室に沈黙が流れた。天井に目を向けた速見は、特に何かを考える事も無く独り言を溢した。
「あの子、すごかったな……」
速見の横で、戸部がピクリと反応した。結局、三人の中で戸部だけは彼女と会うことが無かったのだ。
「俺は会ってないが……、あれを一瞬で倒したんだったか」
昨日、千景に連れられてからは気絶していた戸部だったが、夕方になってからようやく目を覚ました。検査の後、二人から事の顛末を聞かされた戸部は非道く驚いていた。
「ああ。えっと名前が確か……」
名前を思い出せずにうんうんと唸る
「桜木心、だ。千景はどう思った」
「えー……、僕は微妙やと思うけどな、あの性格じゃ、部隊でやっていけるかどうか」
「そうか」
「俺は良い奴だとは思ったぜ?あと強い、手合わせしたい!!」
「またそれかいな。でもまあ、強さだけやったら確かにとんでもないな。特注武具使ってるだけのことはあるわ」
武装隊員には、入隊時に一人一つずつ武具が与えられる。この武具は、基本的には数種類の規定品の中から選ぶ選択式だ。ただし、各代の訓練学校首席卒業者やそれに準ずる成績優秀者には、特注の専用の武器が卒業式の際に壇上で授与される。
双剣も選択肢の中にはあるが、量産型の物はもっと刀身が太く短い。彼女のそれは形状が日本刀に近く、短めの打刀を二本持っているような印象だった。
「あー……、あの刀、詳しく見せてもらえば良かった!!折角話せたのに!!」
後悔に頭を掻きむしる速見を横目に、戸部はふっと頬を緩めた。
「こいつ、本当に刀に目がないな……」
「というか、これに関してはもはや手遅れやろ」
両側からの呆れの視線にいたたまれなくなるものの、まだ速見は彼女のことを考えていた。
結局あの後、速見達は言葉を交わすこともなく、互いの配属先も名前も知らないままだった。
(また、会える機会があればいいな)
そんな想いを胸に、速見は療養最終日を過ごした。