表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の宿る原石  作者: 黒川雫、窓
第一章 『三人と出会い』編
3/10

第二話 『戦闘開始』


真っ赤に染まった巨大な竜が、速見達のいる車両に狙いを定めた。

「速見!!」


「分かってるっ!!」


戸部が名前を叫ぶと同時に、速見は座席から車両の中央に飛び出して竜に向かい両手を突き出す。すると壊れた先頭車両の残骸が浮き上がり、竜を取り囲むようにドーム状のバリケードが形成された。

内側で獰猛なモノが暴れている感触が手のひらに伝わり、速見は必死で形状の維持に力を入れた。

「千景、俺と速見の二人と車両の外に飛んでくれ。速見の視界にあれが入るように頼む」


「了解」


千景の返事が聞こえたと同時、一瞬で三人の姿は車両の外、乗降場に立っていた。

速見が少し視線をずらすと、乗降場にこの基地の人間だったのだろう、隊服姿の死体がゴロゴロと転がっているのが見えた。戸部も速見と同じ光景を見たのだろう、突如目に入ったおぞましいものに吐き気を催したようだったが、すぐに向き直り、目の前にいる竜の脅威に対し策を講じようとしていた。


緊急時のマニュアル通りなら、既に何らかの形で周辺の基地への応援要請は出ている。車両が緊急停止したのも、システムが作動したからだと考えると一応辻褄が合う。速見達からしてみれば、丸腰で死地に送り込まれたも同然で、誤作動も良いところだったが。


車両には非戦闘要員の職員も乗っている。彼等を安全な場所まで避難させることが先決だと速見は結論づけた。戸部も同様に考えたらしく、千景に指示を出した。

「千景、車内に残ってる奴らを乗降場外に飛ばしてくれ。戦闘に参加できそうな奴はこっちに回してくれると助かる。上官達にも指示を仰いでくれ」


「どうも僕には、僕らも後ろの人達も肉の壁にしかならへん気がするんやけど」


「……そうさな。けど、何もしないよりはマシだろ?」


戸部の苦笑いの混じった返答に溜息をつきつつ、千景は覚悟を決めたようだ。

「二人とも、無理せんでや」


それだけ言い残し、千景の気配が消える。そのやりとりを耳に入れる一方で、速見は既に限界というような状況だった。急ごしらえのバリケードでは、もう押さえつけられなかった。

「おい、もうこれ解いていいよな、解くぞ!?」


そう叫ぶや否や、竜を囲っていたバリケードがはじけ飛んだ。ようやく動けるようになった竜は、再び車両の方に狙いを定めた。

「速見、あの竜の注意を車両から離してくれ。距離を取りながら時間を稼ぐぞ」


「了解、お前はどうするんだ?」


「ここじゃ、隠れながら状況を確認できる場所がかなり限られる。すまんが乗せてくれ」


「……死んでも、文句言うんじゃねーぞ」


速見は竜の足下の大きな鉄骨を五本宙へ浮かせ、竜の横っ面へと一気に叩きつけた。目論見通り気は引けたようで、竜の視線がそれらに向いた。速見は一度それらを自分たちの側まで飛ばし、その内の一つに跨がった。

「しっかり捕まってろよ!」


戸部も同じようにそれに跨がった事を確認した瞬間、速見の頭の中でそっと戸部の『声』が響いた。

『頼んだ』


速見にしか聞こえないその声を皮切りに、残り四つの弾丸を一斉に竜へ向けて放った。竜は暴風と共に翔き、己に向かってくる弾丸を躱しながら、二人めがけその鋭利な爪を振りかざした。

「こっちだ、着いてこいデカブツ!!」


竜の爪が振り下ろされる寸前、二人を乗せた鉄骨はその場から抜け出し、乗降場を駆け巡る。すかさず追いかけようとする竜へ、再び弾丸を向かわせた。今度は隙を突いての攻撃であったため何発かは命中したものの、効いている様子はない。

「装備さえあれば、もっとマシな時間稼ぎができるのかもしれないけどっ!!」


堅牢な体躯を持つ竜相手に、こちらの武器は散らばった車両の残骸と破壊された壁や天井の瓦礫だけ。お粗末にも程がある。

しかし幸か不幸か、乗降場はそれなりに広いものの天井が高くなく、空を飛び回る竜が本領を発揮できる場所ではない。尤も、速見の出来る動きも限られはするが。その攻防のさなか、速見の頭の中では戸部と千景のやり取りが聞こえていた。

『千景、そっちはどうだ』


『戸部か。上官達が言いはるんには、どうやらここの基地の部隊の大半が出払っとるせいで、あれにできるだけの戦力はないらしい』


『なら、戻ってくるまで耐えられれば俺らの勝ちか。どれくらいだ』


『それが、そうもいかへんみたいや。実は……』


能力による通信、テレパスが突然途切れた。

骨の随まで響くような衝撃と共に速見と戸部の体は床に叩きつけられ、そのまま何度か跳ねて転がっていった。速見の方は、どうにか受け身を取る事に成功し立ち上がった。

「は、やみ」


「っ!戸部、ごめん。俺のせいで……」


名を呼ばれ視線を横に向けると、そこには頭から血を流して横たわる戸部の姿があった。意識が朦朧としているようだったが、速見に向かって必死に手を伸ばしていた。

「いい、お前だけでも逃げろ……」


(『逃げないと』)


その言葉を聞いた瞬間、ふと速見の顔から表情が消えた。そして速見は側に転がっていた鉄骨を再び浮かせて飛び乗り、乗降場を出ようとしていた。


「……しまった!」


それが戸部の能力により乗っ取られた思考だと速見が気付き振り返った頃には、速見と戸部の間には数十メートル程の距離があり、戸部の上には巨大な影が降りかかっていた。

しかしその爪に地面が砕かれる寸前で突如戸部の体は消え、直後、横から千景の叫び声が聞こえる。

「急に応答が切れたから急いで見に来たらこのザマや。戸部はこっちで預かった、お前はそっちに集中し!」


「ああ、ありがとう!」


先程のテレパスが途切れた瞬間、千景はすぐに乗降場で暴れる竜の所まで戻り、間一髪で戸部の救出に成功したらしい。その言葉通り、戸部の体は千景の腕の中にあった。

「さあ、仕切り直しと行くか!」


速見は深呼吸し、ぐっと足の裏に力を入れた。

戸部を基地内の安全な場所まで避難させた後、千景は再度リニアへ戻っていた。車内は非常灯のみが点灯しているため薄暗い。突如現れた千景に、動揺する新入隊員らを諫めていた上官が声を掛けた。

「君が各車両の人員を避難させている千景隊員か?」


既に、上官達の間ではある程度情報の共有が成されているようだった。千景としては最低限、非戦闘要員の避難だけ済ませたら、さっさと一人で戦っている速見の元へ駆けつけたかった。だが、それではお人好しなあの二人が納得しない事は分かっていた。

「はい。ただ、外で時間を稼いでいる仲間の一人が負傷したので、増援を願えませんでしょうか」


だからダメ元でも今すぐ速見の助けになればと考えたわけだが、上官の反応はあまり芳しくなかった。

「ふむ……そもそも装備無しで対竜戦を行う事自体が無謀だ。支援も厳しいだろう」


「しかし!」


食い下がろうとするも、上官は更に言葉を続けた。

「勝手に戦闘の判断をしたのは君達だ。こちらも徒に被害は増やせない」


千景とて、上官が至極真っ当な正論を言っていることは理解していた。しかし、仮に最初のあの状況で誰も動いていなかったら、今頃更に死体が増えているのも明白だ。

今だって、千景の能力で無理矢理速見を戦線離脱させることも可能だ。それをしないのは、今こうやって千景の目の前で右往左往している上官や、現状に怯え何も出来ずにいる他の新入隊員に危険を及ばせまいという、二人の意思を尊重するためだ。

(このクソ上官が……ビビっとるだけやろ、ホンマ使えへんわ)


グッと湧き上がる怒りを押さえつけ、千景は唇を噛み締めた。支援が期待できないなら一刻も早く速見と合流しなければと、諦めて避難を開始しようとしたその時だった。千景達のいる車両の、その一つ後ろの最後尾の車両から、一人の男性が歩いて来た。

「一体、何の騒ぎだ。停車の原因と関係があるのか」


がっしりとした体つきの、初老の男だった。千景はあまり階級章について覚えていなかったが、それでも制服を見て明らかに身分の高い人間だということは分かった。

「実は、現在停車している域外基地に竜が侵入した様で、停止はそれによるシステムトラブルが原因かと思われます」


「竜が侵入しただと?……それで、そこの隊員は?」


「はい、数名の新人隊員が勝手に交戦判断を下したようで、彼は我々に援助を申し出てきた所です。しかし我々としては、この状況での交戦は危険極まりないと考えていますので、諦めるよう説得を試みた次第でございます」

話を聞くと、男はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


「何はともあれ、まずは避難が最優先だ。早急に済ませろ」


「はっ、千景隊員」


舌打ち、は流石に心の中に留めた千景は上官に向かって一礼した。

「……分かりました、それでは――」



千景らが慌ただしく動き始めた後、男は元いた車両へと戻っていった。非常灯のみが照らす車内には人気が無かったが、男は近くの席に座るわけでもなく、そのまま車両の一番奥まで足を進めた。

「話は聞こえていたな」


男の声は、ただ空気を震わせた。否、それは独り言ではない。際奥の席に気配無く座っていた女が、男の言葉に小さく頷いた。

「命令する、竜を殺せ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ