第4章 依頼者
夢で未完結で期限を迎えるの見た・・・。
最悪であった・・・。
(くそ・・・。やっちまった・・・)
6時限目の蓮の騒動でおかしな注目を浴びたと同時に、伊崎未璃本人に怪しまれた可能性が高まれた。
その後、未璃とは一切会話する事無く、1人下校をしている蓮。川沿いを俯きながら歩く彼を照らす夕日は、寂しく見えた。
歩く先に黒い車が止まっていた。特に気にすることは無い筈である。だが、そこから現われ出てきた者が、蓮の気を向けていた。
灼熱の炎を連想させそうな紅く後頭部で縛った長い髪、黒いコートを纏い、鋭い目元は獲物を狙う虎のようだ。女性だった。それにしては背が高く、170cm近いと思う。「黒いコート」に「鋭い目」が揃う場合、大抵まともな人間ではないと思われる。その女性はゆっくり、堂々と蓮の前まで歩いてきた。
「・・・伊崎未璃、護衛担当を勤める<イバニズ>とはお前のことだな」
「イバニズ」という名は蓮の偽名。言わばバウンティハンター時の彼の名である。本名を明かしたりなどしたら身元が知られてしまうため誰もが彼のように偽名を名乗る事が多い。しかし、彼女は何者なのだろうか?彼女がもしやこの依頼者なのだろうか?
「誰だ、あんたは」
「・・・イバニズ、あんたに護衛を依頼したものだ・・・」
「・・・あんたが・・・?」
―――・・・物語は、疾風のように荒れ始める・・・―――
帰り道
「ねぇねぇ、びっくりしたねー。今日の蓮君。どうしたんだろう?」
その問いにうん、だの、ああ、だのとはっきりしない返事しか返さない未璃。彼女が最も蓮を気にかけている事は勿論だ。だが、彼は、普通の人とは違う人間に感じていた。その証拠に今日の騒動があった。それ以外にも、突然転校してきて不自然に未璃達に接触してきた。ただの変わり者だと思っていたが、このところ、そうで無い気がしているのだ。
(やっぱり、あの人は一体何者なんだろう・・・)
「・・・みーちゃん大丈夫? 何か授業よりも悩んでるみたいだけど」
ハッと気がつけば眉間にシワを寄せ、友達に見せられるモノではない表情をしている。思わず赤面し、シワを解いた。翌々考えれば、久しぶりの愛梨と2人の下校だ。蓮が現われて以来、彼も混じって登下校をする日々が当たり前になっていたのだ。未璃は全然構わなかったし、変態でも無かったので無防備に男子と共に歩いていたのだった。
今更だが、よくもまぁ男子と登下校の毎日を送っていたと思う。普通の男子とだったら彼氏でもない限りあり得ないのだが。
(やっぱり、不自然なくらい神風君は私の側にいる・・・彼は何を考えているんだろう・・・)
「・・・みーちゃん、みーちゃん! もうお家だよ?」
2人は未璃の自宅の高級マンションの前に立っていた。せっかくの親友との下校だというのに台無しにしてしまった自分を反省する。
「あっ・・・ごめん、愛梨。なんかぼーっとしちゃって・・・」
愛梨はいつもの明るい笑顔で答えた。
「ううん、大丈夫! でもみーちゃんが気をつけてよ? 蓮君のことも、蓮君の言ってたことも・・・。何か不安・・・」
蓮は普段嘘をつかないむしろ真面目な方だろう。なおさら6時限目の出来事で彼の行動。まるで未璃自身に何か、危険が降りかかるのを守ろうとしている様な蓮を信じて未璃のことが心配なのだ。
でも、未璃は他人に恨まれるような人物ではなく、仲の良い人の方が多い。心配する必要は皆無だ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。じゃあね!」
そういって無理やり笑顔を見せ、別れを告げた。夕日に染まる彼女の背を心配そうに、愛梨はずっと見詰めていた・・・。
「あんたが依頼者か。理由を聞かせろ。何であの娘を護衛する必要があるんだ? あの娘は何者だ?それにあんたも、あの娘とどういう関係なのか全てだ」
蓮が訊くと素直に話をし始めた。依頼者と賞金稼ぎという関係だが、そう易々と話していいのだろうか?
「あんたの信用は色んな奴から聞いてる。私は・・・あの子の姉だ」
蓮の記憶が瞬時に蘇る。先日、未璃の家で勉強会を開いた時、彼女が話した姉の事。行方不明の姉は、今、蓮の目の前にいる。
「あんたが伊崎の姉貴? じゃぁ名は杏菜か」
不気味にニヤリと微笑む杏菜。川沿いのガードレールに寄りかかって話を続けた。
「私のもう一つの名を聞いた事があるだろう? <シルク>、お前と同じ賞金稼ぎだよ」
「シルク?! 嘘だろ?」
<シルク>・・・。賞金稼ぎの中でも5つの指に入る凄腕の騎士。たった一人で20人の上級騎士を同時に皆殺しにしたと言われる化け物。だが、誰も詳しい装備について分かる者はいなく、どのような鎧を着ているのかも明かされていない。
「まさか、あんたが・・・? まいったな。・・・あんた、賞金稼ぎなのに何で自分で伊崎未璃を守らないんだ? それより、何であの子は何に狙われているんだ?」
「・・・あの子は悪くない。私が金のためこの仕事に就いたお陰で、あの子が人質になるかもしれないんだ」
「人質?」
「ああ。私を恨む奴など数え切れん。そいつらが復讐に、あの子を連れて行くかもしれないからね。特に、あの組織は・・・」
「じゃぁ、何であんたが守ってやらないんだ」
「あの子の近くにいても、・・・悲しませるだけなんだ・・・」
彼女の矛盾する話に首を傾げた。訳は深そうだが、彼女は信頼できそうな人物だ。
「あの組織って何の―――」
言葉が喉まで来たのを飲み込んだ。急に蓮と杏菜の心臓は爆音の様な鼓を打ち、血液は轟音を上げながら流れていく。・・・殺気が、彼らのもう一つの姿へ変えようとしている。
すぐさまポケットからハンドガンを取り出し、殺気の向こうへ銃口を向け、標準など間々ならずに打ちまくった。その冷血な表情は、彼が騎士―――バウンティハンターである時の証拠である。
銃弾の流れた方向には、鎧を着た黒い騎士がいた。小さい川とは言えど、反対岸から飛び越えてこちらへやってきた。蓮の撃った銃弾は黒騎士の鎧に全て弾かれ、無意味と化した。
「がっ!!」
鎧を纏っているとは考えさせない素早さで蓮へ飛びつき、首元に鋭いナイフを突きつけ切り裂こうとする。蓮は頭部を地面に強く叩きつけられたショックで意識が不安定になりつつあった。
「少し我慢しろ、レヴ」
黒騎士の体が横からの銃弾により大きく吹っ飛んだ。直後、光が奴の体を包み、炎が巻き上がる。開放された蓮は何度も咳をし、体を起こした。今放たれたのは小型のバズーカ砲だろう。着弾後に発火するタイプだ。しかも10キロを軽く超える銃身を支えているのは、杏菜である。さすが、というべきだろうか?
「俺まで殺す気かッ!」
誤る気も見せず、「まだ死んでない。気をつけろ」と言った。
「奴は何だ、あれがあんたを恨む組織の一人か?!」
爆炎が広がり、煙が夕日の空へ向かって立ち上る。その中に確かに動く影があった。
「いや、正確には私を恨む組織に雇われた賞金稼ぎだろう。・・・くるぞッ!!」
そう言った次の瞬間、煙の中から騎士が飛び出し背中に背負っていたショットガンを放った。間一髪先読みしていた2人は避けきることができた。だが騎士はそのまま杏奈を狙っている。
「私のことはいい! それよりあの子を頼む!!」
それでも連は躊躇した。あのままでは杏奈は死ぬかもしれないからだ。
「いいから、早くッ!」
拳をぐっと握った。
「すまない・・・」
そう呟いてマンションの方へと駆けていった。逃がすまいと騎士がショットガンを連の背中へ向け、トリガーに引っかけている指に力を込めた。
「どこを見ている、戯けが」
連が駆けている時、後方で爆音が轟いた。恐らく杏奈のバズーカ砲だろう。彼女は鎧を着ていないが為に状況は非常に不利だ。無事でいられるか不安だ。それでも、依頼者の願いは絶対とされる。今は伊崎未璃の無事を確認するのが最優先であるのは理解していた。
(・・・未璃!)
走り続けてどのくらいたったのか分からない。5分くらいかもしれないが、10分以上長く走っていたかも定かでない。連はその足を止めることなくマンションのエレベーター前まで駆けていった。
(璃・・・未璃・・・ッ・・・未璃ッ!)
彼女の名が連の頭の中で連呼される。彼女の部屋の前にたどり着いたが、オートロックのドアだ。ハンドガンを数発、ドアにぶち込んでやるとただの板となった。ものすごい勢いとともに部屋へ飛び込んだ。
「未璃ッ!!」
部屋は至って静かである。連は緊張と警戒の糸を切らさず静かに捜索した。寝室覗いても台所を覗いても、リビングを覗いても、怪しい人物も未璃いない。
(どこだ・・・ッ!)
ぺた、ぺた、と、背後に素足で歩く音が聞こえ、瞬間的にそちらへ体をひねってハンドガンを握った。
「・・・え? 神風君、何してるの? どうやってこの家に入ったの・・・?」
未璃、本人が現れた。緊張と警戒の糸がプツリと切れ、銃を降ろし肩で大きく息をした。未璃はどうやらシャワーを浴びていたようだ。シャワー中なら発砲音も聞こえにくいだろう。それに彼女の格好はティーシャツにジーンズと身軽な服装で、このまま彼女を安全なところへすぐにでも連れていけそうだった。
「・・・ねぇ、何してるのここで? 答えて!」
彼女も普段見ない表情で訊いている。混乱を招くのは百も承知だが、すぐには連れていけなさそうかもしれない。連は銃を片手に握ったまま話した。彼女の瞳がやけに恐ろしく見えた。
「詳しく説明はできないが、君は今誘拐される危険が非常に高い。俺と一緒に付いてきてくれ」
そういって彼女の手を取ろうと伸ばした。だが彼女はそれを拒否して払った。
「ふざけないで! 授業中の事といい、これといい、訳わかんない・・・私が何をしたの? 私に何が起ころうとしてるのよっ!?」
事態はますます好ましくなくなった。苛立ってきて頭を掻き毟った。ふと、テーブルの上に置かれている小さな鏡を見つめた。反射して大きなガラス窓とその先のベランダのを映してくれた。その鏡に映っていたのは―――紛れもない。騎士がベランダに立ちライフルを握ってこちらに標準を合わせていた。
1秒とも経たない。連の驚く瞬発力、反射神経、胴体視力をすべて全開にし、混乱して立ちすくむ未璃を連が縦になるように抱きながら、銃を片手に相手より先に連射した。未璃は声を上げることもなく成すがままになっている。
連の撃った銃弾はガラスを突き破って騎士に向かって直進した。相手を目眩ませるには、こんな方法しかなかったのである。
だが、それだけが目的ではない。騎士は退くことなくその場に堂々と立っていた。もちろん、騎士に向かった銃弾は弾かれて終わったが、騎士とは少しずれた位置のライフルに何発か被弾したのだ。
騎士はマイペースな動作でライフルを放り投げ、代わりに背負っている立派なガトリングを引き抜いた。
連は未璃の手を引いて、家を出た。出た後、連は未璃の肩を掴んで、強く言い聞かせた。
「いいか、よく聞け。このまま君は旭商店街へ行け。そこの今は潰れた<梅原喫茶>の横の狭い路地を進むんだ。その先をずっと進むとボロい家がある。そこへ逃げろ。俺の知人が君を助けてくれる」
だが、未璃はそれを頑なに断った。
「いや! 怖い! あなたはどうするの?」
連はその問に「ここで食い止めてみせる」と答えた。
その言葉が、今この状況で、どういうことを表しているのか、未璃は理解した。
「・・・死ぬ気なの?」
彼は答えなかった。答えの代わりに、
「その家の老人に全てを聞け。そうすれば、俺が何者か分かる」
彼女に背を向けた。
「行け! 早くッ!!」
彼女は踵を返して去った。その時の彼女の表情を、連は覚えていない。
騎士が、ゆっくりとドアから出てくる。
「・・・来い・・・ッ」
第4章 依頼者 完
差し支えなければ投票と評価をお願いします。凛檎の原動力となります。