第1章 高校生、借金11憶、月収1憶。 中編
数日後・・・朝
時間通りに設定され朝を知らせるベルに起こされて、蓮は朝を迎えた。今日この日、蓮にとって久々の仕事でもあり、また特別な日でもある。顔を洗って無理やり眠気を飛ばすと、何やら朝に似合わぬ香ばしい匂いが漂ってきた。不思議に思ってリビングへ向かうと、想像を絶する物が朝食として用意されていた。
「・・・なんだこれ」
朝っぱらから蓮の鼻をいやに刺激するものは・・・何と「高級飛騨牛ステーキ」だった。何故朝からこんな物が存在する訳は知る由も無い。普段だったらこれを見ただけでよだれが垂れてしまうほど好みなのだが、朝という胃が非常に弱まっている時に、こんなコッテリとボリュームのある物を食べきれるわけが無い。すると、エプロンを着て返しを握った祐介が問題無さそうにキッチンから現われた。
「おっ、起きたか」
まったくステーキに関して言わない祐介。蓮は自分から訊いた。
「そうじゃないでしょう、何ですかこれは。朝っぱらからこんなコッテリとしたものが朝食ですか。兄上、貴方は僕の胃を殺す気ですか」
絶望のあまり口調がやけに変になっている。祐介は苦笑いを見せて訳を話した。
「いやー今日入学じゃん? だから祝いにすごい朝飯作ってやろうと料理本を読んでたら美味そうなステーキのページがあってな? 最近食べてないなーって思いながら台所に立ったら・・・。ドン、気がついたら焼鮭が香ばしい飛騨牛ステーキに」
自分でも摩訶不思議と言わんばかりの唖然とした表情を見せた。
「普通おかしいだろ、何で川魚の鮭が陸上にすむ飛騨牛に変身するんだっ! 朝からこんな物を食べたら護衛どころか転入すら危うくなるっ!」
蓮に説教されて親に叱られた子供の様に口を尖らせた。
「でもさぁ作っちゃったし、とりあえず食べてけよ?」
この朝時の胃に強敵のステーキを睨みつけ、生唾を飲み込んだ。朝から飛騨牛と戦わなくてはならないとは思わなかった蓮の胃は、目にしただけで拒絶しそうだった。
(くそっ・・・胃が重い・・・)
無事飛騨牛との激しい戦いに勝利し、登校へ向かう蓮。戦いで負った胃へのダメージと苦しさが出ている表情は、新品の輝かしい制服とバックを持つのにはつり合っていなかった。(帰ったら叱ってやる)と心に深く誓い、仕事である学校へと向かう。
学校からだいぶ近い所まで着き、胃が徐々に楽がなるのを分かると眉間に寄せていた皺を解いた。彼が歩く路地は人影が多く、コンビニやビルやスーパーが多く経っていてこの町の中心部というに相応しいだろう。その中で蓮の目を留めた一際大きいマンションがあった。隣に建つマンションと比べても遥かに大きいそれは、何故か辺りを威圧する様な感じがした。
(でかいな、このマンション。どんな奴が住んでるんだ?)
歩くのも止めて暫しの間マンションに見惚れていると、「ど、どいてー!!」とよく分からない若い女性の高い声が耳に届いた。ふと見上げていた視線を下ろすと、自転車が自分に向かって突っ込んで来た。
「な―――ッ?!」
言葉を発する間も無く自転車は蓮へと突っ込みかけた。ギリギリだったが、何とか自転車は緊急回避したが、乗っていた人は無理な回避と引き換えに蓮へ向かって倒れこんで来た。勿論受け止めることなど出来るわけが無く、一緒に蓮も倒れてしまった。後頭部辺りをコンクリートに打ち付けゴッと鈍い音が鳴った。
「いったぁ〜・・・」
後頭部を打ち付け倒れる蓮がクッション代わりになって怪我は無かった様だった。倒れた人はゆっくりと上体を起こすが、蓮が下敷きと化していのにまだ気づいていなそうだった。
「痛いのはこっちだ・・・」
「ん? ・・・うわぁ! 変態っ?!」
向こうから倒れて来てクッション代わりになってやったというのにお礼の言葉が「変態」とは、さすがに何か言い返さなければ気が済まない。
「誰が変態だ・・・。投げ飛ばされたあんたのクッションになったってのにそれがお礼の言葉かよ」
色々と愚痴を吐きながらゆっくりと上体を起こした。(あれ?)気がついた時には乗っかっていた人物は、倒れていた自転車を起こして何処かに向かおうとしている最中だった。
「おっ、おい! ちょっと待てって!」
蓮の呼びかけをお構いなしに「ごめーん、私急いでるからー!」颯爽と自転車を扱いで何処かへ行ってしまった。後ろから見るに背中まで伸びた赤っぽい髪からして女性だろう。それに彼女の着ていた服は確かにこれから自分が通う旭高校の制服だ。とすると彼女も旭高校の学生なのだろう。だとしたら、その内校内で会えなくも無いだろう。
立ち上がって尻に付いた砂を叩くと、ポケットにしまって置いた携帯が着信を知らせた。手にとってみると祐介からのメールが届いたのだった。祐介が「あとで依頼者から渡された顔写真を送る」と言っていたからその画像が送られたのだろう。メールを開いて護衛対象の人物、「伊崎未璃」の画像を見させてもらった。
蓮は目を疑った。よく凝視するが、まさかの事態だった。画像の中央に写る少女、赤く背中まで伸びた綺麗な髪、澄んだ瞳に眼鏡、旭高校の女子制服・・・。間違い無く、先程自分に突っ込んで来た少女と同じであった。これほどの偶然があるとは思いもしなかった蓮は、もう見えなくなった少女の向かった先を見つめてみた。
ふと思い出し、携帯の時計を見た。デジタル時計はすでに8時を示していた。
(まずいっ!)
学校へは8時10分までに登校しなくてはならないらしい。この調子でマイペースに歩いていると遅刻は免れないだろう。それに今日は転校初日というのに遅刻などあってはならない。
翌々考えてみれば、未璃と思われる先程の少女は、慌てて自転車を扱いでいた。その理由が今になって身をもって理解することになったのだ。
旭高校 職員室
「全く、転校初日から遅刻になるかと思いましたよ」
遅刻に気づいたのが残り10分で、すでに高校から距離は遠くなかった為ギリギリ遅刻は避ける事が出来た連。とは言えど、勿論担任の先生に怒られないわけも無かった。彼は今、職員室で担任の先生から簡単な注意を受けていた。自分の心にも二度とこんな恥ずかしい思いはするまいと、深く刻んだ。
次に彼は先生と共にこれから自分の高校生活の1年間、共に暮らす友がいる教室の前まで着ていた。先生は蓮を教室の前に残して、先に普段通りのホームルームを進めていた。蓮は1人取り残されて何故だか緊張で体が固まってきた。これから自分は初めて高校へとデビューをする。年齢上は問題無いが、まさか仕事という形で再び学校へ通うことになるとは思いもしていなかった。
今朝、祐介に「お前は目つき悪いから、第一印象は良くしとけよ? 目をしっかり開いて明るく接するんだ」と言われ、その台詞をひたすらブツブツと呟き続けていると、
「それじゃ入ってきて」
先生の呼びかけと共に心臓の鼓動が急激に大きくなった。鼓動の1回1回が確かに耳に響いているのが分かる。震える指でドアをしっかり掴み、ゆっくりとそれを開けた。そこからの時間・・・全ての時間が止まっているように感じていた。
(目をしっかり開いて明るく接する! 目をしっかり開いて明るく接する! 目をしっかり開いて明るく接する!!)
頭の中で同様に叫び続け、心に台詞を焼き付けた。あとは、実行するのみ。
(待った。明るく接するってどんな風にすればいいんだ?!)
緊張の頂点を越えて混乱まで起き始めていた。
「蓮君、自己紹介は?」
名を呼ばれたことにより混乱の呪縛から開放され、蓮は我へと帰ってきた。ハッと気づいて慌てて自然を振りまくように自分の名を言った。
「かっかか神風、蓮です!」
自分をじろじろと見る視線が、拳銃を突きつけられるよりもぴりぴりと神経を苦しませるのを覚えた。何故だかクラスの皆が白くにごった様な目で見ている。蓮の心臓の鼓はさらにテンポを速めた。
「えっと〜、誰か蓮君に質問がある人はー?」
先生が訊くと何人かの人物が挙手をしてきた。1人女子が指されその女子は元気良く蓮へ訊いた。
「蓮君って何で顔に傷があるんですかー? もしかしてアニメ好き? それとも喧嘩好きなの?」
彼の右頬には一本、ナイフで刻まれた生傷が残っている。これは2年前、彼がまだ未熟なバウンティハンターであった頃に敵に不意を突かれ受けてしまった傷である。大した怪我ではなかったが深く刃が入り、この様に残ってしまったのだった。当時はこの傷を見る度自分の警戒さや甘さを深く反省していたものだった。今となっては昔の思い出見たいなものとなっていたが。だが、「交戦中に不意を突かれて受けた古傷だ」など言ったら自分が何者か怪しまれる。答えられるわけが無く、適当な嘘をついて誤魔化した。
「こ、この傷は・・・その・・・転んで・・・」
緊張も混じってはっきりと旨い嘘などつけられなかった。答えに戸惑っているとき、他の男子が割り入って新たな質問を訊いてきた。
「趣味とかなんすかー?」
(趣味?!)
新たに質問が課せられ再び悩む羽目となった。「趣味」というものがこれといって特に無い(あ、あった)
「料理・・・かな?」
普段、晩飯は蓮が作る約束をしていて何年も続けている今、その腕は高級レストラン顔負けのレベルである。だが、趣味というより特技の方が正しいであるだろうことは分かっていた。
「それじゃ質問はここまで。皆さん仲良くしてくださいね。蓮君の席は・・・窓際の一番後ろね」
言われた通りの窓際の席に座り、無事緊張を解せることができた。質問で自分が良い印象を与えられたかどうかなど、もうどうでもよかった。蓮は席に着くがまま、ぐったりと机に顔を伏せた。
(何でこんなに緊張してるんだ・・・)
ふと横から何か視線を感じ振り向く。そこには・・・。
『あーッ!!』
隣にいた女子・・・。赤いロングヘアに大きな瞳、そして眼鏡。間違えるはずが無い、今朝彼を引きかけた張本人兼、護衛対象者であった。2人は顔を見合わせるなり椅子から立ち上がって、互いに指を差しながら大声を上げた。クラスにいた全員が一斉に振り向いた。伊崎未璃、それが彼女の名前だ。
「どうしてあなたが・・・ここに?!」
「今朝俺を引きかけた自転車女・・・!?」
2人は揃いも揃って同じ様に驚いて唖然としているままだった・・・。
第1章 高校生、借金11億、月収1億。後編 へ続く
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