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「ちりめん蛇子」

作者: 真中アラタ

子どもを思う心を台本にしてみました

「ちりめん蛇子」







 登場人物


 丸福蛇子(50)

 丸福辰夫(45)その弟

 丸福猛(14)その甥

 丸福良子(43)辰夫の妻

  杉田安吉(てい吉)(45)辰夫の友人

  馬場繁明(53)その元夫

  高藤弘樹(26)猛の担任

  男子高校生

  男子生徒

 

 ○花咲商店街・全景(夕)

 『笑顔花咲く商店街』のプレート。

 目新しい建物はなく、年配の人が多く

 行き交っている。

 

 ○同•入り口(夕)

 『7月15日夏涼、灯籠流し』のポス

 ターが柱ひとつひとつに貼られている。

 プレートを見上げ、仁王立ちをしてい

 る丸福蛇子(50)。

 パンチパーマにヒョウ柄の服装を着て

 いる。

 ビニール袋から飴を一つ取り口に入れ

 る。

 蛇子「ここも何年ぶりだろうね」

 商店街の中へ歩き出す。

 

 ○同•店内(夕)

 周囲を見渡しながらふてぶてしく歩く

 蛇子。

 男子高校生達が話しながら歩いてくる。

 男子高校生と肩がぶつかる蛇子。

 そのまま歩いていく蛇子。

 男子高校生「おいちょっと待てよ。ぶつかっ

 ておいて何もなしかよ。おばさん」

 蛇子に近づく男子高校生達。

 蛇子を囲む。

 蛇子「あんたら喧嘩売る相手間違えてるよ。

 ああ!」

 男子高校生に顔を近づけ睨みつける蛇

 子。

 ひるむ男子高校生達。

 急いでその場から立ち去る。

 蛇子「今の若い子は、根性がないったらあり

 ゃしない」

 フッと笑う蛇子。

 蛇子「(大声で)幸せになりなよ」

 手を振る蛇子。

 

 ○同•丸福家•全景(夕)

 『甘味処丸福』のプレート。

 木造一軒家。

 『準備中』の看板。

 迎え火が焚かれている。

 

 ○同•店内(夕)

 テーブルと椅子がある店内。

 壁に『たいやき』『ドーナッツ』の札。

 嬉しそうに暖簾をくぐる丸福辰夫(4

 5)。

 店内の奥に向かう辰夫。

 

 ○同•茶の間(夕)

 畳の部屋にテーブルと仏壇がある。

 サンダルを脱ぎ仏壇の前に座り鈴を鳴

 らし合掌する辰夫。

 辰夫「今日も勝たせてくれてありがとさん」

 頭を下げる辰夫。

 仏壇の奥から茶封筒を出し、ポケット 

 から一万札を一枚出す。

 茶封筒からお金を出し数え出す辰夫。

 辰夫「9、10っと大分溜まったな」

 にやけながら茶封筒に札束を入れる。

 仏壇の奥に隠す辰夫。

 茶の間に顔を出すエプロン姿の丸福良

 子(43)。

 良子「あら、あなた帰って来てたの?」

 ビクッとする辰夫。

 良子「まだ片付け終わってないんだから」

 頷き、鼻歌を歌い店内に向かう辰夫。

 良子「何か良い事あったの?」

 辰夫「(嬉しそうに)い~や何も」

 良子「まぁ、良しとしますか」

 ニコッと笑う良子。


 ○同•店内(夕)

 椅子に座っている蛇子。

 鼻歌を歌いながら、店内に来る辰夫。

 後ろ向きの蛇子の姿を見る。

 辰夫「あの~お客さん、すいませんね。もう

 今日は店じまい……」

 振り返る蛇子。

 睨みつけるように辰夫を見る。

 蛇子の顔を見て腰を抜かす辰夫。

 辰夫「ねっ姉さん!」   

 辰夫に一歩ずつ近づく蛇子。

 怯える辰夫。   

 暖簾をくぐり汗だくの杉田安吉(4

 5)(以後てえ吉)が千鳥足で入って

 くる。

 てえ吉「いや~てえそい、てえそい。明後日

 が灯籠流しか何か知らないけど、花の注文

 がたくさんでさ、てえそすぎる」

 椅子に座るてえ吉。

 テーブルに手をつき、てえ吉に背中を

 向けている蛇子。

 蛇子「あんたね、てえそい、てえそいって、  

 バカの一つ覚えのように使って、疲れたっ

 た言えないの? そんな事だからてえ吉っ

 てバカにされるのよ」

 テーブルをドンと叩き鋭い目つきをす

 るてえ吉。

 てえ吉を見て怯えながら横に首を振る

 辰夫。

 てえ吉「誰だか知らねぇけど、てえ吉様をバ

 カにするとはいいどきょ……」

 睨みながら振り返る蛇子。

 てえ吉「そのチリ毛、その目つき、間違いね

 え蛇子姉だ」

 慌てて店を出るてえ吉。

 店内に入ってくる良子。

 良子「お姉さんお久しぶりです」

 ニコッとしている良子。

 蛇子「良子さん、まだうちにいてくれたんだ

 ね。愛想尽かして出て行ったのかと思って

 たよ」

 困惑した表情の辰夫。

 良子「ゆっくりしていってくださいね」

 蛇子「ありがとう」

 軽く頭を下げると店内の奥に行く良子。

 大きく息を吐く蛇子。

 蛇子「顔も見せた事だし、ちょっと行ってこ

 ようかな」

 辰夫「どこに?」

 蛇子「ちょっとだよ」

 照れた表情の蛇子。

 胸を撫で下ろす辰夫。

 蛇子「あっ何日か泊まらせてもらうからよろ

 しくね」

 力が抜けたように座り込む辰夫。

 笑顔で店を出て行く蛇子。


 ○花咲寺•全景(夕)

 古い建て構えの寺。

 『臨済宗花咲寺』のプレート。

 

 ○同•丸福墓•前(夕)

 『丸福家之墓』の石碑。

 目を瞑り合掌している蛇子。

 蛇子「ずっと一人にしてしまったね。やっと

 ここに来れた。こんな母親を許してくれる

 かい? 向日葵」

 涙を流す蛇子。


 ○丸福家•茶の間(夜)

 テーブルの上に一升瓶、するめ、さき

 いかが置かれている。

 グラスに注がれた酒を一気に飲み干す

 辰夫。

 かなり酔っている。

 一升瓶を持ち、グラスに注ごうとする

 が空である。

 辰夫「良子、酒!」

 茶の間に来て、座る良子。

 良子「飲み過ぎ」

 辰夫「飲まないとやってられねぇだろ」

 手のひらで目の周りを隠すように擦る

 辰夫。

 手を離し、目を開けると正面に蛇子の

 姿。

 驚く辰夫。

 蛇子「なんだい? 化け物でもいたのかい」

 辰夫「姉さん、心臓に悪いよ」

 良子「お姉さんお帰りなさい。何か食べます

 か?」

 蛇子「大丈夫だよ。ありがとう」

 軽く頭を下げる蛇子。

 ニコッとする良子。

 辰夫「姉さん、どこに行ってたんだよ?」

 蛇子「ちょっとそこら辺を散歩にね。この街は変わらないね」

 辰夫「違うよ。15年もの間、連絡もしない

 で家を飛び出して何をしてたんだよ」

 蛇子「女にはね一つや二つ秘密があるもんな

 んだよ。ねえ?」

 良子を見る蛇子。

 笑顔で頷く良子。

 辰夫「だとしても、連絡なしに帰って来て、

 こっちだって心構えってもんが」

 蛇子「帰って来ちゃいけないっていうのか

 い」

 辰夫「そうは言ってないけどさ」

 蛇子「女は気まぐれなんだよ」

 仏壇を悲しそうに見ている蛇子。

 辰夫「で、何で帰って来たんだよ?」

 良子「ちょっとあなた」

 蛇子「いいんだよ。辰の言う通りさ」

 ビニール袋からチラシを取り出す蛇子。

 蛇子「15年ぶりやるんだろ?灯籠流し」

 辰夫「あんな面倒くさい事なんでやるかな。

 新町内会長は何を考えてるかわからん」

 一瞬悲しそうな表情をするが、作り笑

 顔する蛇子。

 蛇子「辰の言う通り、本当にくだらない」

 唇を噛み立ち上がり階段に向かう蛇子。

 辰夫「姉さん、どこに行くんだよ?」

 蛇子「どこってあたしの部屋だよ」

 良子「あれ? お姉さんの部屋って」

 肩を叩きながら階段をあがっていく蛇

 子。

 ○同•猛の部屋•前(夜)

 階段の電球が薄暗くついている。

 部屋の前で立ち止まりポケットからエ

 コー写真を取り出す蛇子。

 写真を額に当てる。

 決心したように襖を開ける蛇子。


 ○同•中(夜)

 勉強机、年期の入ったタンスがある。

 壁にアイドルのポスターが貼られてい

 る。

 布団に丸まっている丸福猛(14)。

 電気をつける蛇子。

 部屋の中を見渡す。

 蛇子「なんじゃこりゃー!!」

 目を見開く蛇子。

 猛に近づき布団を剥がそうとする蛇子。

 必死で布団にしがみついている猛。

 猛「ほっといてよ!僕は恋愛しちゃいけない

 んだ」

 眉間にシワを寄せ、首を傾げる蛇子。

 布団を引っ張る。

 布団を取られないようにしがみついて

 いる猛。

 猛「一人になりたいんだよ」

 布団を手から離す蛇子。

 蛇子「そうかい、そうかい。勝手になりな」

 布団から顔を出す猛。

 じっと見つめる蛇子と猛。

 蛇子、猛「誰?」

 勢い良く布団を頭から被る猛。

 少し考えるが諦めて、座り込む蛇子。

 

 ○同•茶の間(朝)

 テーブルに目玉焼き、海苔、ご飯、み

 そ汁、沢庵漬け、巾着袋に包まれた弁

 当箱がある。

 蛇子、辰夫、良子がテーブルを囲んで

 いる。

 ご飯茶碗を持って大笑いしている蛇子。

 蛇子「辰の倅だったのかい」

 辰夫「そんな笑わなくたっていいだろ」

 蛇子「蛙の子は蛙だねぇ~」

 困惑した表情の辰夫。

 ニコニコしながらご飯を食べる良子。

 学生服を着て落ち込んだ表情で階段を

 下りてくる猛。

 良子「猛、ご飯は?」

 無言で弁当箱を取り茶の間を通り過ぎ

 る猛。

 良子「何かあったのかしら?」

 辰夫「気にしなくても次の日にはケロッとし

 てるよ」

 蛇子「分かってないね。子供心」

 ムスッとする辰夫。

 辰夫「子供がいないくせに何が分かるんだ

 よ」

 良子「ちょっとあなた」

 真顔の蛇子、何度も笑顔を作ろうとす

 るが出来ない。

 辰夫「ゴメン。悪気があって言ったんじゃな

 いんだ」

 蛇子「分かってるよ。辰を一番知ってるのは、

 あたしなんだから」

 箸をテーブルにゆっくり置く蛇子。

 手を合わせ、寂しそうに階段を上がっ

 ていく蛇子。

 蛇子を見ている辰夫と良子。

 笑顔で辰夫の背中を叩く良子。


 ○同•猛の部屋(朝)

 部屋に入る蛇子。

 タンスに近づき、一番下の引き出しを

 開ける。

 奥の方に手を伸ばし『成長日記』と書

 かれた染みのあるノートを手にする。

 ノートを開く蛇子。

 エコー写真と手書きで日記が書かれて

 いる。

 笑顔でページをめくる蛇子。

 一番最後のページに日記は書いてある

 が写真がない。

 日記には『産んであげれなくてごめん

 ね。向日葵』の文字。

 日記を勢いよく閉じる蛇子。

 ノートをギュッと抱きしめ、泣き出す。

 

 ○河川敷・全景

 近くに大きな橋が架かっている。

 看板に『第一級河川。運命川(さだめ

 かわ)』のプレート。


 ○同

 斜面になっている芝に体育座りをして

 いる蛇子。

 悲しそうに川を眺めている。

 成長日記を胸に大事そうに抱えている。

 蛇子「この街の空気はあたしにはきついよ」

 ビニール袋を持ち、怪訝な表情をして

 土手を歩いているてえ吉。

 てえ吉「なんで俺が買い物なんか、てえそ

 い、てえそい」

 振り返りてえ吉を見つける蛇子。

 蛇子「(大声で)お~てえ吉」

 手を振る蛇子。

 蛇子の姿を見つけ、気まずそうに目線

 を外し口笛を吹くてえ吉。

 眉間にシワを寄せる蛇子。

 蛇子「(怒ったように)てえ吉!」

 てえ吉「はい!」

 蛇子に急いで近づくてえ吉。

 睨みつける蛇子。

 てえ吉「きっ奇遇ですね」

 おどおどしているてえ吉。

 芝を3回叩く蛇子。

 芝に座るてえ吉。

 蛇子「何してるの?」

 てえ吉「買い物の途中。勘弁してくれよ」

 蛇子「何さ、取って食おうってわけじゃない

 んだからさ」

 てえ吉「まだ食われた方がマシだよ」

 てえ吉に顔を近づけ口を開ける蛇子。

 てえ吉「冗談だよ、冗談。それよりここで何

 してるんですか?」

 蛇子「さあね。気づいたらここに」

 ふざけた表情をする蛇子。

 成長日記をビニール袋にしまう蛇子。

 蛇子「そういえば、てえ吉の親父さん、商店

 街の役員やってたわね」

 てえ吉「今じゃ俺が役員なんだけどね」

 蛇子「ねぇ、町内会長ってどんな人?」

 てえ吉「こっちが知りたいよ。まだ一度だっ

 て顔を見せた事がないんだ。なんでさ?」

 蛇子「珍しい人もいるもんだなってさ」

 てえ吉「確かに。今回の灯籠流しだってみん

 なの反対を押し切ってやる位だからね」

 蛇子「変わった会長だね」

 てえ吉「お陰で余計な仕事が増えて大変だよ。

 あ~てえそい」

 蛇子「感謝しなきゃね」

 照れるてえ吉。

 蛇子「あんたにじゃないよ」

 背中を叩く蛇子。

 背中を抑え痛がるてえ吉。

 蛇子「幸せになりなよ」

 笑顔で何度もてえ吉の背中を叩く蛇子。

 

 ○花咲寺•丸福墓

 『丸福家之墓』の石碑。

 目を瞑り手を合わしている蛇子。

 蛇子「やっとあんたの供養が出来るよ。感謝

 しないとね、会長さんに」

 涙を流す蛇子。

 背後から蛇子に近づく長身の馬場繁明

 (53)。

 馬場「帰って来たんだな」

 目を開ける蛇子。

 蛇子「馬場かい」

 馬場「よくわかったな」

 蛇子「この街であたしに話しかけられる奴は

 馬場しかいないよ」

 フッと笑う馬場。

 馬場「蛇に睨まれたら奴は恐怖に怯える。そ

 の名もちりめん蛇子」

 蛇子「昔話する為にここに来たなら帰ってく

 れ。あんたには一番会いたくないんだ」

 馬場「15年前、離婚届を置いてどこに行っ

 てたんだ?」

 蛇子「離婚は成立してるだろ? こっちに話

 す事は何もないよ」

 馬場「昔と変わらないな」

 蛇子「変わってたらこんな所に帰って来たり

 しないよ」

 馬場「……灯籠流し参加するのか?」

 蛇子「あんたには関係がない。これはあたし

  の問題さ、この子を産んであげれなかった

 全てあたしのね」

 馬場「一人で抱え過ぎなんだよ」

 蛇子「一人には慣れてるさ、この名前のお陰

  で強くもなれた。親には感謝してるよ」

 馬場「だからって……」

 蛇子「(遮って)十分話しただろ。この子の

 前で元夫婦喧嘩見せてどうするんだい」

 手を合わせ目を瞑る蛇子。

 ゆっくり去っていく馬場。

 

 ○同(夕)

 目を開け、立ち上がる蛇子。

 悲しい表情。

 空を見上げる蛇子。

 夕焼けの空は少しずつ黒い雲に覆われ

 ていく。

 雨がポツポツと降り始めてくる。


 ○同•近くのバス停(夕)

 屋根がある小さなバス停。

 ドアはなく、古くなった椅子2つあ

 る。

 雨脚が強くなっている。

 雨宿りしている蛇子。

 手を伸ばし雨を確認するが手がすぐに

 濡れてしまう。

 ビニール袋を椅子に置き、椅子に座り

 ながら外をじっと見ている蛇子。

 困った表情。

 傘を差さずに歩いてくる猛。

 落ち込んだ表情をしている。

 蛇子「(大声で)猛!」

 何事もなく歩いている猛。

 頭を手で覆い猛の側に行く蛇子。

 猛の手を引っ張りバス停に誘導する。

 びしょびしょに濡れている猛。

 下を向いている。

 ビニール袋からハンカチを出し猛の髪

 を拭こうとする蛇子。

 蛇子の手を振り払う猛。

 無理矢理髪を拭く蛇子。

 猛「止めてくれよ。昨日からなんなんだよ」

 蛇子「なんだよって、あたしはあんたのおば

 さん。風邪を引かない保証があるなら拭き

 はしないよ」

 猛「僕なんて風邪を引いた方がいいんだ」

 わしゃわしゃと髪を拭く蛇子。

 蛇子「風邪を引いて困るのはあんたじゃなく、

 親なんだから迷惑かけちゃいけないよ」

 猛「迷惑なら、死ねばいいんでしょ」

 蛇子を睨みつける猛。

 右手で力強く猛の頬を叩く蛇子。

 蛇子を睨みつける猛。

 憤怒の表情の蛇子。

 蛇子「何も知らない若造が人生分かった気で

 いるんじゃないよ!」

 無言で蛇子を睨みつけている猛。

 蛇子「死ぬのがどれだけ辛いか分かってる?

 辛いのはあんたじゃない。残された方な

 の」

 目線を外す猛。

 蛇子「死んで悲しむ人の事を考えなさい」

 我に返る蛇子。

 蛇子「……ゴメンね」

 無言で走って行く猛。

 悲しい表情の蛇子。

 蛇子「どこもかしこも晴れないもんだね」

 手のひらを雨で濡らす蛇子。

 

 ○丸福家•店内(夜)

 ドアをゆっくり開ける蛇子。

 申し訳なさそうな顔をしている。

 店内に歩いてくる良子。

 良子「お姉さんお帰りなさい。雨に濡れませ

 んでしたか?」

 蛇子「ああ、雨宿りしてたから」

 良子「そうですか」

 ニコッと笑う良子。

 俯く蛇子。

 蛇子「猛、帰ってるかい?」

 頷く良子。

 蛇子「そうかい、良かった」

 ほっとした表情で茶の間に行く蛇子。

 ○同•茶の間(夜)

 テーブルの上にたこわさ、スルメ、一

 升瓶、グラスがある。

 晩酌をしている辰夫。

 かなり酔っている。

 ゆっくり顔を出す蛇子。

 落ち込んでいる表情の蛇子。

 辰夫「姉さん、どこに行ってたんだよ。心配

 しただろ」

 無言の蛇子。

 辰夫「ほら、姉さんも一杯」

 正座をして座る蛇子。

 空いたグラスに酒を注ぐ辰夫。

 蛇子の前にグラスを置く。

 グラスを見つめる蛇子。

 蛇子「……あたし、子供心わかってなかっ

 た」

 弱々しい声を出す蛇子。

 辰夫「薮から棒になんだよ。棒というより蛇

 か」

 大笑いする辰夫。

 蛇子の落ち込んだ姿を見て笑いを止め

 る。

 蛇子「辰の言う通りだよ。あたしは何にもわ

 かっちゃいない」

 辰夫「姉さんらしくない。変なもん食った

 か?」

 蛇子「傷つけてしまったんだよ。猛を」

 涙を流す蛇子。 

 グラスの中に涙か入る。

 辰夫「泣く事はないだろ」

 蛇子「泣いてなんかない、酒だよ酒」

 辰夫「飲んでねぇ……」

 咳払いをする辰夫。

 辰夫「大人が子供を理解するなんて無理な話

 じゃねぇか」

 納得していない表情の蛇子。

 辰夫「朝言った事は気にしないでくれよ。あ

 れは言葉の綾というか、なんというか」

 無理に笑う辰夫。

 ため息をつく辰夫。

 辰夫「姉さんは昔っから物事を真っすぐ捉え

 る事だけが取り柄だろ。悩んでる暇があっ

 たら行動。いつも言ってたじゃねえか」

 蛇子「今、悩んでいるように見えるかい?」

 辰夫「ああ。だから、酒飲んで明日にはい

 つもの姉さんに戻ってくれよ。こっちの調

 子が狂うんだよ」

 人差し指で頬を掻く辰夫。

 蛇子「我がままな弟だね。こっちは久々に帰

 って来てセンチメートルになってるのに」

 辰夫「それを言うならセンチメンチルだろ」

 蛇子「メンチルなってなんだい?」

 恥ずかしそうにする辰夫。

 辰夫「揚げ足を取るんじゃねぇよ」

 フッと笑う蛇子。

 蛇子「……そだね。あたしはあたしだもんね。

  悩んだって仕方ないか」

 辰夫「そうそう。その目から出る酒を拭いて

 一緒に飲もう」

 蛇子「酒が目から出るもんかい」

 困った表情の辰夫。

 フッと笑う蛇子。

 グラスを両手で持つ蛇子。

 自分のグラスに酒を注ぐ辰夫。

 グラスを合わせて一気に飲む二人。


 ○同(深夜)

 テーブルが端に寄せられて、部屋の中

 心に布団が引かれている。

 布団に入っているパジャマ姿の蛇子。

 起き上がり階段を上がる。

 

 ○同•猛の部屋•前(深夜)

 薄暗く電気がついている。

 襖の前に立っている蛇子。

 ノックをしようとするが手を降ろす。

 蛇子「(無言で)ご、め、ん、ね」

 一語、一語はっきり言いながら、一礼

 して階段を下りる蛇子。


 ○同•茶の間(朝)

 テーブルにご飯、鮭、みそ汁、納豆、

 弁当箱が置かれている。

 食卓を囲み蛇子、辰夫、良子が食事を

 取っている。

 茶の間を通りすぎる猛。

 浮かない表情をしている。

 良子「猛、ご飯は?」

 猛の声「いらない」

 ドアの音。

 箸を置き、落ち込んだ表情の蛇子。

 辰夫「気にするなって。今の子供は難しいん

 だって」

 蛇子「難しくしちまったのは、大人だよ」

 弁当箱を見てハッとする良子。

 良子「お弁当忘れてる。あなた届けに行って

 来て」

 辰夫「なんで俺が? 仕込みだってまだ残っ

 てるのに」

 蛇子「なら、散歩がてらあたしが行ってくる

 よ」

 心配そうな顔をする辰夫。

 蛇子「なんだいその顔は。いつも以上に変な

 顔するの止めてくれよ」

 辰夫「だってさ……」

 蛇子「だってもへったくれもないだろ」

 ビニール袋を持ち立ち上がる蛇子。

 良子「お姉さん、お願いしますね」

 弁当箱を蛇子に渡す良子。

 辰夫「問題だけは起こさないでくれよ」

 不安そうな辰夫。

 親指を立て笑顔の蛇子。

 

 ○花咲高校•全景(朝)

 『花咲中学校』のプレート。


 ○同•正門(朝)

 生徒達が歩く中、堂々と校舎に向かう

 蛇子。

 

 ○同•教務室(朝)

 朝礼が行われている室内。

 先生達は立ち教頭の話を聞いている。

 ハの字眉毛の高藤弘樹(26)が下を

 向きながら話を聞いている。

 ドアを思いっきり開ける蛇子。

 ビクっとする高藤。

 蛇子に視線を向ける先生達。

 蛇子「(大きな声で)丸福猛はどのクラ

 ス?」

 睨んでいるつもりはないが先生達には

 睨んでいるように見えている蛇子の顔。

 高藤「それなら2年1組うちのクラスです」

 おどおどする高藤。

 蛇子「あっそう。ありがとう」

 ドアを勢いよく閉める蛇子。


 ○同•2年1組教室(朝)

 俯いてクラスの真ん中の席に座ってい

 る猛。

 黒板に『猛、ラブレターで告白!でも

 恋にヤブレター』の文字。

 猛を見ながら笑っている生徒達。

 満面の笑顔でドアを開ける蛇子。

 蛇子を一斉に見る生徒達。

 猛の席に近づく蛇子。

 驚いた表情の猛。

 猛「おばさん、なんで?」

 蛇子「なんでってお弁当届けに来たのよ」

 ビニール袋のまま猛の前に差し出す蛇

 子。

 クスクスと笑う生徒達。

 猛「要らない!」

 蛇子の手を振り払い床に弁当箱が落ち

 る。

 猛を睨みつける蛇子。

 蛇子「あんたね、これを作るのがどれだけ大

 変か分かってやったの? 拾いなさい」

 怒った表情の蛇子。

 視線を外す猛。

 猛をじっと見る蛇子。

 ゆっくり弁当箱を拾う猛。

 笑顔になり頭を撫でる蛇子。

 笑っている生徒達。

 周囲を見渡す蛇子。

 蛇子「あんた達何笑っているんだい?」

 黒板に目を向け目を見開く蛇子。

 蛇子「なによこれ? 猛、どういう事?」

 席を立ち黒板の文字を消す猛。

 猛に近づき猛の手を止める蛇子。

 蛇子「こんな事をして恥ずかしくないの?」

 猛「恥ずかしいよ!」

 黒板消しを床に落とし涙を流す猛。

 蛇子「猛じゃない。ここにいるあんた達よ」

 猛の手を離し教室を歩きながら生徒達

 を睨みつける蛇子。

 蛇子「人の恋路を笑うなんて根性が腐って

 る」

 机を叩く蛇子。

 男子生徒「おばさん、根性って何ですか?」

 大笑いする生徒達。

 男子生徒に近づく蛇子。

 男子生徒に顔を近づけ威嚇する。

 後退りする男子生徒。

 男子生徒「こっこんな所におばさんがいるの

 が間違いなんだよ。帰れよ、帰れ」

 声がうわずる男子生徒。

 『帰れコール』が流れる。

 蛇子「(大声で)黙りなさい!」

 驚く生徒達。

 蛇子「あんた達に猛を笑う資格はない。笑う

 奴は本気で恋をしてない証拠よ」

 黒板に近づき黒板を叩く蛇子。

 蛇子「覚悟しておきなさいよ。この街であん

 た 達を見かけたら、全力で睨みつけてや

 るから」

 怖がる生徒達。

 一人一人の顔を睨みつけながら見てい

 る蛇子。

 蛇子の腕を掴み、首を横に振る猛。

 猛「もういい。もういいから」

 蛇子「猛、悔しくないの? あたしは悔しい

 よ」

 急いで教室に入ってくる高藤。

 高藤「ちょっと何やってるんですか」

 おどおどしている高藤。

 蛇子「見れば分かるでしょ。叱ってんのよ」

 黒板を何度も叩く蛇子。

 高藤「(ボソッと)これが知れたら、保護者

 になんて言われるか」

 俯き、目線が定まらない高藤。

 蛇子「今なんて言ったんだい?」

 高藤「いえ、別に」

 蛇子「なんて言ったかはっきり言いなさ

 い!」

 姿勢を正す高藤。

 高藤「(大声で)こんな事知れたら保護者か

 らクレームがきます」

 呆れ顔の蛇子。高藤に近づき、高藤の

 顔を持って目線を合わす蛇子。

 蛇子「あんたね、一人の生徒が黒板にこんな

 事書かれてるのに、保護者が怖くて目を瞑

 る気?」

 高藤「いえ、そんな事は……」

 蛇子「だったら……」

 手をパーにして素振りする蛇子。

 高藤「体罰はマズいんですって」

 蛇子「目に見えるからいけないのかい? な

 ら、目で見えない心の傷は? 体の傷はす

 ぐに治る。けどね、心ってもんは一生残る 

 んだよ」

 高藤「でも……」

 蛇子「(遮って)でももへったくれもヘチマ

 もないんだよ。言い訳してる暇があるなら

 問いつめなさいよ!」

 蛇子の気迫に腰を抜かす高藤。

 高藤「わっわかりました。生徒達と話します。

 ですから本日の所はお帰りいただいても宜

 しいでしょうか?」

 蛇子「わかった。約束だからね」

 教室を出る蛇子。

   ほっとする高藤。

 引き返してくる蛇子。

 蛇子「校舎、どうやって出るんだい?」

 高藤「……案内します」

 腰を押さえながら立ち上がる高藤。

 生徒達を見る蛇子。

 蛇子「それとあんた達、幸せになりなよ」

 ニコッと笑う蛇子。

 じっと蛇子を見てフッと笑う猛。

 高藤の後を付いて行く蛇子。


 ○丸福家•茶の間(朝)

 腰を下ろす蛇子。

 店内から困った表情で来る辰夫。

 辰夫「姉さん、学校から連絡があったけど、

 なんかやった?」

 蛇子「ちょっとね」

 蛇子の正面に座る辰夫。

 辰夫「猛の事はちゃんと俺らと学校が見てる

 んだから口出さなくてもいいんだよ」

 ため息をつく蛇子。

 蛇子「どこがちゃんとやっているのさ? あ

 の担任、物事一つ言えやしないじゃない

 か」

 辰夫「保護者がうるさいんだよ。あのえ~と、

 モンスター……カップルだったかな」

 蛇子「モンスターかツイスターか知らないけ

 ど、どうせ間違いを認めようとしない親達

 なんだろ? そんなのあたしが許さない」

 不機嫌そうな辰夫。

 辰夫「姉さん、猛は俺の子で姉さんの子じゃ

 ないんだよ」

 蛇子「……そんなの一番分かってるよ」

 辰夫「だったら余計な真似しないでくれよ」

 唇を尖らせ立ち上がる蛇子。

 辰夫「姉さんどこに行くんだよ?」

 蛇子「散歩だよ」

 辰夫「散歩って」

 勢い良く茶の間を出て行く蛇子。

 ○同•店内(朝)

 テーブルを拭いている良子。

 ドアに向かう蛇子。

 良子「お出かけですか?」

 ニコニコしている良子。

 蛇子「……ちょっとね」

 良子「灯籠流しみんなで行きますか?」

 立ち止まり無言の蛇子。

 良子「……いってらっしゃいませ」

 店内を出る蛇子。

 

 ○花咲商店街・花屋•前(朝)

 シャッターを開けているてえ吉。

 てえ吉「あ~今日もてえそい」

 後ろからケツを叩く蛇子。

 てえ吉「いってぇ~な何すんだよ」

 振り返り蛇子を見ると腰を抜かす。

 元気のない表情の蛇子。

 てえ吉「蛇子姉、お疲れ様です」

 蛇子「お盆用の花、まだ買えないのかい?」

 てえ吉「別にいいですよ。蛇子姉ならタダで

 構いません。菊でいいですか?」

 蛇子「向日葵」

 てえ吉「向日葵ですか?」

 驚くてえ吉。

 蛇子「ダメかい?」

 てえ吉「いえいえ、用意してきます」

 シャッターを潜り店に入るてえ吉。

 

 ○同•丸福墓•前

 向日葵が花立てに挿してある。

 石碑の前に座り手を合わしている蛇子。

 蛇子「あんたが生きていたら、あたしは同じ

 事をやっていたのかね」

 涙を流す蛇子。

 息を切らしながら蛇子の近くに来る猛。

 猛「おばさん」

 蛇子「猛、なんでここに?」

 驚いた表情の蛇子。

 猛「お母さんがここにいるかもって」

 蛇子「良子さんが。というかまだ学校だ

 ろ?」

 猛「先生が今日は帰っていいって」

 蛇子「そうかい」

 顔を叩き笑顔を作る蛇子。

 猛「あのね、おばさん」

 蛇子「なんだい?」

 猛「……今日はありがとう」

 無言の蛇子。

 猛「嬉しかったんだ。あんなに真剣に僕の味

 方をしてくれて、なんかすっとした」

 満面な笑顔の猛。

 蛇子「そうかい。そりゃ良かった」

 立ち上がる蛇子。

 猛「おばさんはいつまでここにいるの?」

 蛇子「そうだね。明後日くらいかな」

 猛「もっといて。おばさんにもっと色々教え

 てほしい」

 猛の頭を撫でる蛇子。

 蛇子「ごめんな。それは出来ないんだ」

 猛「なんで?」

 蛇子「ここに長く居ると、胸が締め付けられ

 るんだよ」

 悲しそうな顔で墓に目を向ける蛇子。

 猛「……おばさん?」

 手を叩く蛇子。

 蛇子「さて、悲しむのはこれで終わり。帰ろ

 うか」

 猛「悲しいなら悲しんでもいいと思う」

 蛇子「大人はね、そうも言ってられないんだ

 よ。でもありがとね」

 花立てから向日葵を取る蛇子。

 猛「なんで向日葵なの?」

 蛇子「向日葵の花言葉知ってるかい?」

 猛「知らない」

 蛇子「あたしの目はあなただけを見つめてい

 る。あたしの中でこの子は生き続けている

 んだよ」

 フッと笑う蛇子。

 蛇子「こんな事で家を飛び出したなんてしれ

 たら天下の蛇子様が笑われちまうね」

 猛「僕は笑わないよ」

 蛇子「どうしてだい?」

 猛「その人をずっと思い続ける事がどれだけ

 大変でどれだけ辛いか知ってるから」

 猛の頭を叩く蛇子。

 蛇子「何いっちょまえに言ってんだよ。たか

 が一回恋愛しただけで分かった気でいるん

 じゃないよ」

 笑い合う二人。

 蛇子「ほら、帰るよ」  

 歩き出す蛇子と猛。

 蛇子と猛を遠くから見ている馬場。

 

 ○河川敷•ステージ近く(夕)

 屋台が疎らにある。

 イベント用テントがあり、近くに町内

 役員が並んでいる。

 小さなステージが作られていて、真ん    

 中にマイクが一本立っている。

 テントの周りには人だかりが出来てい

 る。

 りんご飴を食べて見ている蛇子と猛。

 片手に向日葵の入ったビニール袋と黄

 色の灯籠を持っている蛇子。

 

 ○同•ステージ前(夕)

 マイクに向かうてえ吉。

 てえ吉「ええ、これより灯籠流しを始めます。

 その前に新町内会長より話があります。ど

 うぞ」

 マイクに向かうスーツ姿の馬場。

 

 ○同•ステージ近く(夕)

 馬場を見て呆然とする蛇子。

 不思議そうに蛇子を見る猛。


 ○同•ステージ前(夕)

 咳払いをする馬場。

 馬場「今年から町内会長になりました馬場で

 す。近年では川の汚染などの問題があり、

 自粛しておりました灯籠流しですが、今年

 は私の強い願いで実現をする事が出来まし

 た。みなさん、本日は大切な人を弔って下

 さい」

 一礼する馬場。

 

 ○同•ステージ近く(夕)

 りんご飴を落とす蛇子。

 リンゴ飴を拾い、蛇子に渡そうとする

 猛。

 蛇子の姿がない。

 

 ○同•人ごみから離れた場所(夕)

 屋台が遠く見える。

 成長日記を持ち座っている蛇子。

 蛇子に近づく馬場。

 馬場「隣、いいか?」

 馬場を一瞥して川を見る蛇子。

 蛇子「またあんたかい。しつこいね」

 蛇子の隣に座る馬場。

 馬場「驚いただろ。俺が町内会長だなんて」

 蛇子「ああ、驚きすぎて反吐が出るよ」

 おどける蛇子。

 馬場「……やっと供養出来るな」

 悲しそうに笑う蛇子。

 蛇子「……別に頼んでないよ」

 馬場「もう一度君に会いたかった。灯籠流し

 を企画したら会えるんじゃないかと思っ

 て」

 蛇子「私用を持ち込むなんてひどい人だね」

 馬場「……やり直さないか?」

 蛇子「バカも休み休み言いなよ。おばさんと

 おじさんのラブロマンスなんか誰も見たか

 ないよ」

 浮かない表情の蛇子。

 馬場「歳なんて関係ないだろ」

 蛇子「あんたとの繋がりはこの子しかなかっ

 たんだ」

 成長日記を見る蛇子。

 馬場「まだ持っていたのか?」

 蛇子「違うよ。15年もほったらかしてたん

 だ」

 馬場「……辛かったんだな」

 蛇子「一度だって忘れる事が出来なかった。

 未練がましい女だろ」

 馬場「俺に責任を負わしてくれないのか?」

 蛇子「ちりめん蛇子と呼ばれたあたしがこん

 なに悩んでるんだ。あんたにこの重荷は耐

 えられないよ」

 無言の馬場。

 蛇子「この気持ちも今日で終わり」 

 右手を見てゆっくり握りしめる蛇子。

 蛇子「帰って来て大事にしなきゃいけないも

 んに気付いたから」

 馬場「大事な物?」

 蛇子「家族だよ」

 立ち上がりズボンの草をはらう蛇子。蛇子「忘れていたのさ。過去の悲しい気持ち

 にとらわれてばかりいて。あたしは一人じ

 ゃない。励ましてくれる弟がいる。守りた

 い甥っ子がいる。大切な店がある」

 馬場「そこに俺はいないのか?」

 蛇子「ああ、これっぽっちも」

 満面な笑顔の蛇子。

 蛇子「ただ、あの子が産まれてたら……あん

 たが必要だったのかもしれないね」

 蛇子の元に走ってくる猛。

 蛇子「お迎えが来たようだから行くとする

 か」

 馬場「また会えるか?」

 蛇子「そんなの知ったことかい」

 ニコッと笑う蛇子。

 蛇子「あたしは前に進むからね。幸せになり

 なよ、あんたは特にね」

 猛に近づく蛇子。

 怒った表情の猛。

 何度も頭を下げる蛇子。

 

 ○同•ステージ前(夜)

 川の近くにいる人達。

 灯籠を流す準備をしている。

 灯籠の上に成長日記と向日葵を乗せる

 蛇子。

 てえ吉「それでは流して下さい」

 灯籠を流す人達。

 灯籠を流す蛇子。

 無数の灯籠の光が川を照らしている。

 じっと灯籠を見ている蛇子。

 蛇子の目から涙がすっと流れる。


 ○丸福家•茶の間(深夜)

 目を開けながら布団に入っている蛇子。

 起き上がる。

 

 ○同•外(深夜)

 ゆっくりとドアを閉める蛇子。

 ビニール袋を持っている。

 家に一礼して歩き出す。

 ドアを開ける良子。

 手に巾着袋を持っている。

 良子「もう行ってしまわれるのですか?」

 蛇子「見つかってしまったかい」

 良子「猛、悲しみますよ」

 蛇子「いいんだよ。あたしなんかといたら性

 格がひねくれ曲がってしまう」

 良子「お姉さんは不器用なだけです」

 フッと笑う蛇子。

 蛇子「良子さんにはお見通しってわけかい」

 良子「もう一日……いえ、ずっといてもらっ

 ても構わないんですよ」

    首を横に振る蛇子。

 蛇子「あの子を見てると、娘の成長を想像し

 てしまうんだよ。それが辛くてね。心は昔

 のまんま、情けない話だよ」

 良子「それでいいじゃないですか。昔のまま

 だから良い事はたくさんあります」

 ニコッと笑いかける良子。

 蛇子「辰はいいお嫁さんをもらったもんだ

 ね」

 良子「私もそう思います」

 笑い合う二人。

 蛇子「良子さん、気持ちだけ受け取らせても

 らうよ」

 良子「どちらに行かれるのですか?」

 蛇子「大阪の方でお世話になってるんだ。そ

 こに戻るだけさ」

 良子「……わかりました。でも、お盆の時は

 帰って来て下さいね」

 蛇子「ああ、約束する」

 懐中電灯を照らす良子。

 蛇子「これはなんだい?」

 良子「送り火の代わりです」

 蛇子「あたしは死んじゃいないよ」

 良子「このライトは足元を照らし、幸せな方

 向に進めるようにという意味です」

 蛇子「足元を照らす送り灯かい。よく考えた

 もんだ」

 良子「またお盆の時期に迎え灯を灯して待っ

 ていますね」

 ニコッと笑う良子。

 蛇子「ああ。これからも辰をよろしくね」

 良子「これ持って行って下さい。この味がお

 姉さんの帰る場所ですから」

 巾着袋を蛇子に渡す良子。

 良子に微笑みかける蛇子。

 蛇子「幸せになりなよ」

 良子「お姉さんも」

 振り返り歩き出す蛇子。

 ビニール袋から茶封筒を出し手を振る

 蛇子。


 ○花咲商店街・花屋•店前(深夜)

 シャッターの閉まった店。

 店前で止まり一礼する蛇子。

 首を傾げる。

 蛇子「こんなのあたしらしくないか」

 勢いを付けてシャッターを蹴る蛇子。

 物凄い音。

 笑顔の蛇子、歩き始める。

 ○同•入り口(深夜)

 プレートを見て仁王立ちをしている蛇

 子。

 蛇子「やっぱり、戻ってくると甘えちまうも

 んだね。でも悪くなかった。また来年」

 一礼して歩き出す蛇子。

 

 ○丸福家•茶の間(早朝)

 朝日が茶の間に降り注ぐ。

 綺麗に畳まれた布団。

 テーブルの上に手紙が置かれている。

 

 ○同•(朝)

 階段を駆け下りる猛。

 必死に辺りを見渡している猛。

 茶の間にご飯を運ぶ良子。

 猛「お母さん、おばさんは?」

 良子「そういえばいないわね」

 寝ぼけ眼で茶の間に来る辰夫。

 辰夫「どうしたんだ? 朝から騒々しいな」

 猛「おばさんがいないんだ」

 辰夫「いない? そりゃ~台風ってのは通り

 過ぎるもんだ。良子、飯」

 台所に向かう良子。

 猛「父さんは何とも思わないの?」

 辰夫「思うさ、悩みの種がなくなって良かっ

 たってな」

 寂しそうな顔をする辰夫。

 辰夫の背中を叩く猛。

 悶絶する辰夫。

 お盆でご飯を持ってくる良子。

 良子「そういえば、テーブルに手紙が置いて

 あったわよ」

 辰夫「手紙?」

 『辰夫へ』と書かれた手紙を渡す良子。

 中を開け手紙を読み始める辰夫。

 辰夫「辰夫へ」

 蛇子の声「いきなり帰って来ては色々とご迷

 惑を掛けた事、ここでお詫びします。ごめ

 んね。やっぱり家族ってもんはいいね。暖

 かさを感じました。その暖かさが、今のあ

 たしにとって辛いものだとも感じました。

 また来年、お盆の時だけは帰って来よう

 と思います。暖かい家族のいる家に」

 涙ぐむ辰夫。

 辰夫「素直じゃないんだから」

 良子「あなた、もう一枚手紙あるわよ」

 辰夫「あっ本当だ。追伸、軍資金として仏壇

 に隠してあったお金を頂きました。ありが

 とう。いただきました!!」

 急いで仏壇を確認する辰夫。

 辰夫「ない、ない!俺が隠れて貯めていた

 パチンコ貯金が」

 辰夫の後ろに立ち笑顔で怒っている良

 子。

 良子「あなた、パチンコは止めるって約束し

 たわよね?」

 ぞっとする辰夫。

 辰夫「パチンコ? 何それ? 俺にはさっ

 ぱりわからなくて困ったな。さぁ飯、飯」

 這いつくばりテーブルに向かう辰夫。

 襟を後ろから掴む良子。

 苦笑いをする辰夫。

 店内から茶の間に走ってくるてえ吉。

 てえ吉「ちょっと聞いてくれよ。夜中に大き

 な物音がしてさ、シャッターを見てみたら

 ……」

 鬼の形相をしている良子。

 てえ吉を睨みつけるように見る良子。

 良子「何か御用ですか?」

 良子を見て怯えるてえ吉。

 てえ吉「ちっちりめん蛇子の再来だ!」

 急いで店を出るてえ吉。

 辰夫「ちょっとてえ吉。なぁ良子、この件良

 しとならないのかなぁ〜」

 良子「なりません!」

 思いっきり振り上げて辰夫の背中を叩

 く良子。

 悲鳴を上げる辰夫。

 

 ○電車•中(朝)

 閑散とした車内。

 巾着袋を開ける蛇子。

 中にタイヤキとドーナツが入っている。

 タイヤキとドーナツを両方口に入れる。

 蛇子「(食べながら)あたしは幸せ者だよ」

 笑顔になる蛇子。

 〈終〉


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