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フォトンベルトの謎と人類滅亡の日







                      爛れた龍 


 宏大な宇宙空間、巨大な黄金の卵、白い球が光輝を放っている。白い球は光を喪失していく。淡い影が浮かび上がる。影は濃くなっていく。そこに出現したのは・・・。

その凄絶な姿を目の前にする。陽中公平は悲鳴をあげる。日奈子を抱いたまま失神する。

――巨大な白龍――全身膿爛れ、血のしたたる、おぞましい姿。五爪であるのに、赤い龍眼に力がない。

 龍は中国では帝王の象徴だ。龍の爪は、中国から遠く離れた日本では3本、中国の近隣諸国、朝鮮などでは4本、中国では最高位として5本である。

 白龍は天上界の皇帝、天帝に仕えていたとされる。白龍は他の黄龍、黒龍、その他数ある龍の中でも、力があるとされる。

 本来、龍は雷雲や嵐を呼ぶ、竜巻となって天空に昇る。

 龍は伝説上の生物だ。想像上の神獣として扱われている。龍がいつ、どのような形で人類の歴史に登場したのかは定かではない。


 公平は気付け薬を嗅がされた様に眼を開く。白龍の姿を見るのは怖い。好奇心が恐怖に打ち勝つ。

・・・マルデクは龍か・・・天上を覆う程の巨大さ。

・・・人間界に現れる時の姿よ・・・日奈子の透き通る声。

 宇宙に充満するのはプラズマ。宇宙空間を螺旋状に流れてくる電流。それが形を成した姿、すなわち龍。

 巨大なものでは銀河宇宙。地球上では台風。微小なものでは生物のDNA。全てが螺旋状だ。螺旋の象徴こそが龍。マルデクの本性は螺旋状だ。

 だが――、彼はもともと火星と木星の間に存在した、失われた惑星の神だった。

 16世紀、ドイツのベルリン天文学者、ヨハン・エラート・ボーデはボーデの法則を発見。

 1772年(天王星が発見される9年前)に、太陽系の惑星軌道を太陽からの平均距離でみると、軌道が数学的に配列されていることを発見している。

 惑星は、太陽から任意の距離にあるのではない。その空間的な配列には一定の規則性がある。水星から土星までの6個の惑星に当てはまる。これをボーデの法則と言う。

――諸惑星と太陽との距離に関する経験的な法則――

 惑星の中で最内側にある水星までの距離を四とする。以下三の一倍、二倍、四倍、八倍、十六倍などを加える。それが太陽からの惑星への距離になる。

 判りやすく説明する。

全ての惑星に四を配置する。その下に水星をゼロ。金星三、地球はその倍の六、火星はその倍の一二と置いていく。

 四の数字をこれらの数字に加える。

水星から順番に、四、七、十、十六・・・という数字が得られる。これが地球の太陽との間の距離を十とした時の、太陽から各惑星への距離を表す。

 ボーデは、火星と木星の間で、番号を1つ飛ばす。木星を6番目としたのだ。5番目とすると実測値に合わなくなるのだ。

 ボーデの法則は経験値であって、特別な根拠がある訳ではない。

 ボーデの法則が発表される。その9年後、8番目の惑星に相当するところに天王星が発見される。

 惑星の太陽からの平均距離からみると、火星と木星の間が開きすぎている。

 ケプラーはここに未知の惑星があるのではないかと予測。

 18世紀末、イタリアのシシリー島のパレルモ天文台が小惑星セレス(ケレス)を発見する。シシリー島の女神の名をつけたのだ。

 小惑星セレスの軌道半径は2・77天文単位で、ボーデの法則の予想する位置(2・8)にあった。太陽から地球までを10とする。セレスは所定位置の28にあった。

 その後、バラス、ジュノー、べスターが発見される。その後も小惑星が発見されるが、その数は数万個のもなる。

 明白な事実は、この小惑星は、かって1つの惑星だったという事だ。

 以上の事は古代において知られていたという事実がある。

大英博物館に保管されているシュメールの円型の銅板には7つの星のマークが描かれている。人類が20世紀に入って発見した冥王星から数えて、地球は7番目の惑星を表している。

 7つの星の周囲には10個の惑星が描かれている。火星と木星の間に惑星が存在している。

 マヤ――メキシコ、チアパス州にあるバレンケ遺跡の、”碑銘の神殿”の石棺の蓋の図は有名だ。

 バレンケ王朝11代の王、バカルを描いている。バカル王はヴォタンの旅の伝説に詳しい。これはマヤ人の口承伝説をスペイン人の年代史家が書き起こしたものだ。

 物語はマヤ文明の発祥地となる都市を建設したヴォタンの冒険を伝えている。

旧約聖書の創世記のノアの時代にヴォタンは世界を旅する。バベルの塔らしきものも出てくる。この中に太陽系の惑星に2つの紋章が付けられている。

 地球は達成であり人の紋章。重要なのは火星と木星の間に惑星マルデクがある。蛇と魔法使いの紋章を持っている。この紋章はバカル・ヴォタンの石棺の蓋にもついている。

 太古、火星と木星の間に漂う小惑星群は1つの惑星であった。マルデクと呼ばれていた。


                 マルデクの秘密


 メソポタミア地域の遺跡から、”エヌマ・エリシュ”の布版が発掘される。天地創造の物語だ。マルドク神の縁起物語。

 天も地もなかった頃、男女の神から多くの神が生まれる。やがて古い神と新しい神の対立が生じる。

新しい神からバビロニアの主神となるマルデクが生まれる。4つの眼、4つの耳、火を吹く口、光り輝く衣。他の神々の2倍の能力を持つ。

 古い神は新しい神エアに戦いを挑む。古い神に敗れる。新しい神の祖父アンシャル(天霊)はマルデクに応援を依頼する。マルデクは戦いに勝利したら神々の主神にするよう条件を付ける。マルデクは古い神のティアマトに立ち向かう。手に雷火を持つ。つむじ風の戦車に乗る。

 ティアマトは敗れる。彼の体は2つに切られる。一方は天空に、他方は下界の水に被せられて大地になる。新しい神は大洋や大気の神として君臨する。

 ティアマトの両眼はユーフラテスとチグリス川の源となる。その体からバビロニアの国土が造られる。 

 ティアマト軍の指揮者キングーが殺される。彼の血から人間が創り出される。


 古代シュメール以前に創られた神話、天地創造にマルデクが深くかかわっている。マルデクはティアマトの体を2つに切った後に、太陽や地球、月、その他の惑星を創造したとある。


 想像を絶する古代、太陽は光を放ってはいなかった。

太陽アプスを中心に小星ムンムとティアマトの2惑星しか存在しなかった。その後火星ラフム金星ラハムが惑星となる。以後、木星や土星など、現在存在する惑星が出現する。

 この時は地球も月も存在していない。

 天地創造の叙事詩はマルデクの進路に沿って進む。

 新しい神(惑星)マルデクが配役に加わる。彼は遙か外の宇宙で形作られた。惑星の形成途上にあった。4つの眼と耳、火を吐く口とは荒れ狂う巨大な火の玉を表している。

 マルデクを太陽系に引き入れた惑星はエア(海王星)だった。マルデクはエアに引き付けられて、軌道を丸くした。

 海王星の引力でマルデクの側面は膨らむ。次に天王星に近ずく。この時、大きな塊がマルデクから飛び散る。4つの惑星となる。

 次に巨大な土星、木星の引力と磁力作用に捕らえられる。マルデクの軌道はティアマトの方に向かう。マルデクの巨大な惑星はティアマトを裂く。マルデクから生まれた4つの惑星はティアマトに衝突する。ティアマトは新しい軌道を回り始める。地球の誕生だ。4つの惑星の内1つが月となる。

 ティアマトは水の怪物と呼ばれる。地球がティアマトの一部として水を授けられたのだ。

 マルデクは火星と木星の間に軌道を定める。マルデクの衛星だった月は、マルデクの通過と共に生命に必要な要素(空気、水)を取り省かれて空になった。

 マルデクが太陽系に突入する。惑星は激しく動揺する。暗い太陽はマルデクの引力の激甚のためにプラズマを発生させる。輝く太陽の誕生だ。

火星と巨大惑星木星な挟まれたマルデク、彼は2つの引力と磁力の力で引き裂かれる。小惑星となる運命にあった。


――水の惑星として地球を育んだマルデク。太陽を恒星としてプラズマを発光させたマルデク――

 彼の役目は地球に人類を誕生させる事だった。人類の祖先はシリウス星にあった。


 シュメール最古の叙事詩”天地創造”が造られた。今から5千年以上も昔の事だ。

 惑星マルデクが小惑星群になるのはそれよりも、もっと昔の事であったろう。

 問題なのは”天地創造”を誰が伝えたのか。次に、原始時代から、忽然とシュメール文明という高度な社会が出現する。現在文明の基礎はシュメール時代に形成されたのだ。

 この疑問に答える鍵はシリゥス星にある。

――エジプト文明が繁栄したのはナイル川のお陰だ。ナイル川こそエジプトの真の支配者だった。ナイル川の増水とシリュス星の日の出前の出現はほぼ同時に起こっていた――

 古代エジプトではシリュスはオリオンの3つの星と共に聖なる星だった。

 1995年、フランスの天文学者ベネストとデュヴオンは、シリュス星系の原因不明の摂動から、シリュスCと名付ける赤色矮星の存在を推定した。

 地球から8・7光年先にあるシリュス星系の2つの伴星について、アフリカのドゴン族が、きわめて正確な天文知識を有していた。ドゴン族の伝承ではシリュス星系には、シリュスA,そしてB,Cが存在するという。

 シリュスBは白色矮星だ。その惑星エンメ・ヤはシリュウスBより大きいが、質量は4分の1しかない。

エンメ・ヤこそ、人類発生の星なのだ。

 ドゴン族がシリュス星について正確な情報を伝えている。現代科学はドゴン族の知識が正しい事を実証している。ドゴン族の伝承では、古代宇宙から、ロケットに乗って、人類の祖先アンマが飛来したと言う。


 ――アンマはまず惑星マルデクにやってきた。そこで原始生命としての人間を育成する。マルデク星はいずれ、粉砕されて小惑星群になる。

 原始人類として成長した人類は、アンマによって地球に送られる。原始人類は生殖旺盛だ。数千年も経ずして、大地を負う程に繁殖する。

 アンマはマルデクの協力を得る。アンマは数多くのノンモを地球に送る。原始状態の人類に知性を与え、文明を築かせる。アンマもノンモも肉体を持っている。時期がくれば滅びる運命にある。

マルデク惑星が小惑星群になる。

 マルデクは人類創造の神として地球に君臨する。人類を導く。フォトンベルト突入後、選りすぐった人間を黄金の異界に隔離する。もう一方の人間を地下の洞窟に避難させる。彼らは2千年後、フォトンベルトが去った後の人類として地上に出る。

 黄金の異界に入った人間は2千年後、太陽の住人となる。太陽神の誕生だ。

 フォトンベルトを利用して、人類を神々に向上させる。それがマルデクの目的であった。

だが人間は我欲が強い。怨み憎しみ、殺しは人間の得意芸だ。人間が神々に変質する。その条件として髙い知性と、高度の人間愛に目覚める必要がある。怨み憎しみの悪いエネルギーを、マルデクが吸収する。より高い質の人間性を与える。気の遠くなるような長い年月、膨大な数の人間。

 人間の悪性のエネルギーを吸収する。マルデクの体は、毒を食べたと同じ状態になる。膿み、爛れ、血が噴き出る。見るの無残な姿となる。

 太陽の神々は、人類の救いを5回と定めた。これ以上はマルデクの霊体が持たないからだ。

 だがマルデクはもう一回要求する。

常滑市民病院の赤ん坊殺害。日奈子の殺害を目的としていた。日奈子は不死だ。マルデクも承知している。幼児を殺す。彼らの霊を助ける。1万3千年後、彼らを神々とする。そのデモンストレーションを行ったのだ。


                   日奈子の秘密


 陽中公平の目の前で壮大なパノラマが展開する。

黒い太陽、10個の惑星、真紅に燃えるマルデク。ティアマトとのニアミス。太陽に”火をつける”マルデク。

 太陽が輝く。マルデクの赤い火が消えていく。

 公平は固唾を飲んで眺める。

・・・惑星マルデクがどうして人格化したのだろう・・・

 人格化という表現に、公平は自嘲する。惑星は物質の塊だ。そこから地球神としてのマルデクが生まれたというのだろうか。

 日奈子の声がする。

――マルデクを創造したのは私達――

 公平には理解不能だ。

日奈子の透き通る声が響く。

 ――オリオン座――

 エジプト、ギザの3大ピラミッドがオリオン座の3つの星に対応している。

 古代エジプト第5王朝、第6王朝に建てられたピラミッドの内壁、ここに彫られたヒエログリフ、ピラミッドテキストと呼ばれる。

――見よ、王がオリオンとなってやってくる。見よ、オシリスがオリオンとなってやってくる。王よ、空はオリオンと共に汝と共に宿し、曙の光がオリオンと共に汝を産む――

 遠い過去、日奈子の霊はオリオン座にあった。

 太陽系にマルデク星が侵入する。太陽が輝く。ティアマトから地球を産む。火星と木星の間に”定着”したマルデクにシリュス星から人類の祖先がやってくる。彼らは地球に移り住む。

 日奈子たちはオリオン座から太陽に移住する。惑星マルデクに大いなる霊を誕生させる。マルデク星は小惑星となる。

 地球に移ったマルデク、地球上の人類の守護神として君臨する。こうして1つの太陽系が誕生する。

 人類の進化――フォトンベルトが太陽系から離れる。一部の地球人類は太陽へ移住する。太陽の神々として誕生する。1万1千年後、フォトンベルト突入。その直前、彼らは太陽を離れる。銀河宇宙の中心に飛翔する。

 日奈子達はそれを助けるためにやってきた。

 オリオン座はシリュウスと同様聖なる星なのだ。

 マルデクの懇願により、人類の救済はもう1回行われる。

陽中部落の古老の話。日奈子は結婚して大いなる者を産む。それについては、日奈子は以下のように語る。


 とてつもなく大きな鍋に石鹸水を入れる。それをかき混ぜる。無数の泡が立つ。泡は小さい物から大きな物まで様々だ。小さな泡は大きな泡に引き寄せられる。やがて大きな泡に吸収される。

 宇宙もこれと同じだ。無数の泡の表面に銀河系宇宙がへばりついている。天の川銀河の泡はアンドロメダ銀河宇宙の泡に近ずいている。秒速200キロのスピードだ。

 2つの泡はやがて1つになる。この2つの泡、大マゼラン星雲の巨大な泡に近ずいている。やがて吸収される運命にある。

 天の川銀河にある太陽系惑星、オリオン座、シリュス星の霊的生命体は、遠い将来に銀河の中心部に移住する。そこでもっと大きな霊的生命体へと成長する。

 いつしか――、天の川銀河はアンドロメダ銀河と合体する。2つの泡が1つになる時、2千億個と言われる銀河同士が衝突する。もっと大きな泡になる。その被膜に張り付いた銀河は数億個に膨張する。天の川銀河よりも、はるかに巨大な銀河が誕生する。

 その時、日奈子のような霊体は、想像を絶するほどの強烈な霊体へと脱皮する。

 次に大マゼラン星雲と合体――、霊体の進化は無限に続く。

地球上で人間として生を受ける。1万年以上かけて、生と死を繰り返す。輪廻転生だ。フォトンベルト突入後、2千年を黄金の異界で過ごす。フォトンベルト脱出後、太陽の住人となる。

 フォトンベルト突入直前、地球上の人類は約60億人。彼らは、彼らは2千年後、原始人として生まれ変わる。


 日奈子の言葉が終わる。白龍は輝くばかりの姿となる。日奈子の黄金の卵の光輝に包まれて蘇生したのだ。黄金の光が消えていく。宇宙空間は闇に包まれる。

 陽中公平は夢から醒める。15帖程の地下室にいる。目の前には炉がある。石油ストーブが燃えている。ベッドの上で日奈子を抱いている。

 日奈子をしっかりと抱きしめる。


                 2031年春


 2031年4月、暦の上では春だ。

日本列島は寒風が吹きすさぶ。九州地方では零下2~3度、北海道では零下7度を記録する。

 地上で生活する人間はいない。生き延びた者は地下に潜っている。地方では洞窟の中、家の下に穴倉を彫って生活している。都会では地下街、地下の排水溝、地下鉄。

 日本だけではない。世界で同様の現象が起こっている。地下は気温が安定している。食物さえあれば、生き残れる。この年、世界の人口は約30億、半数以上が死に絶えた。


 元内閣情報室、室長斉田は総理官邸地下室にいる。部下を含めて10名。彼らは70代から80代。身内はいない。斉田は81歳。

 マルデクから、今年の8月中旬に富士山麓青木ヶ原に行くようにと言われている。青木ヶ原の地下壕はすでに完成している。何時でも”入居”出来る。にも拘らず4ヵ月先に入れと言われている。暗殺者の大山もそのように指示を受けている。


 青木ヶ原の地下壕を知る者は、斉田、大山の他に、一部の政府高官、経済連のお偉方のみ。

 2年前の春、まだ日本が国家として機能していた時だ。政府高官が身内を引き連れて青木ヶ原に避難を試みる。

 青木ヶ原はオーム真理教事件で有名になった上九一色村の近くにある。周囲には富士風穴、本栖風穴、神座洞窟が点在する。地下の空間が多い所だ。

 青木ヶ原は中に入ると、迷って出てこれないと言われている。自殺の名所としても有名だ。精進口登山道沿いにある。地下壕への道は極秘だ。地下抗道建設中は厳重な箝口令が敷かれていた。工事関係者には、何のための工事か知らされていなかった。青木ヶ原で工事が行われている事も、”他言無用”だ。工事関係者の個人情報はすべて調べ上げられている。”これは”と思う者以外に現場に立ち入らせなかった。工事中の一般人の立ち入りは厳禁だった。

 登山口から入る”道”はない。車を乗り捨てる。坑道入り口まで徒歩だ。入り口の所在は極秘だ。政府高官や一部の者を省いて知らされていない。

 某政府高官が家族とその身内を引き連れる。早めの避難を始める。上九一色村から青木ヶ原の坑道入り口までの案内図を手にする。坑道入り口らしき場所に到着。

 どこを探しても坑道入り口は発見できない。某政府高官一行は虚しく引き返す。

 後日、斉田に、マルデクよりの”お告げ”が下る。

――私が指名する者以外は、坑道には入れない――

 マルデクにより、選ばれた者しか生き延びる事だ出来ない。世界中で約1億人が地下生活を送る。2千年後の、人類の”種”として生存する。


 斉田達が過ごす総理官邸地下室は総理官邸が建設される時、まず秘密の地下室が造られた。この存在を知る者は僅かだ。時の総理大臣も知らない。権力の中核のど真ん中に極秘が地下室があるとは”お釈迦さまも気がつくめえ”である。地下室には、万一に備えて、食料、灯油などが豊富に蓄えられている。

 今――、総理官邸は無人だ。廃墟と化している。

東京は日本の総人口の約一割が集中している。多くは親類縁者を頼って、地方に疎開している。行き場のない住民約6百万人が地下生活を強いられている。地下街、地下鉄、排水溝などに避難している。

 地上の気温は徐々に上がってきている。住もうと思えは生活できる。

 だが――、最早国家としての機能は存在しない。

・・・誰もいないのだ・・・

 多くの高層ビル、商店街、ビジネス街はすべて略奪の対象となっている。窓ガラスは割られる。衣料、食料、燃料などの生き延びるに必要な物資は根こそぎ持ちされれている。

 日本だけではない。2032年を待たずして、世界の文明は滅んだ。後は1億人の避難民を残して、人類の全てが死に絶えるのを待つだけとなった。

 斉田達は生き延びる事が許されている。とはいえ高齢だ。後世の為に子孫を残す体力はない。

 マルデクの意図はどこにあるのか・・・。

子孫を残すのが目的なら、若い男女を選ぶ筈だ。

 それに――、斉田が戸惑うのは大山京一達の存在だ。

彼らは暗殺集団だ。助けるなら”善良な者”これが常識的な判断だ。マルデクの意図は何か、人間業では理解できない。


 その大山達暗殺集団は関ケ原町の関ケ原洞に避難していた。近江河内の風穴から軍用車を奪う。武器、弾薬、食料それに医薬品などが大量にある。

 マルデクの指令が出る。

 河内の風穴の県道を北上する。約10キロ走ると、名神高速道路、米原ジャンクションの2キロ西に出る。山また山の中の道だ。人家もない。坂田郡の近江町を右折する。国道中山道に出る。約20キロを走る。関ヶ原町に出る。そこから2キロ程北上する。伊吹山ドライブウエイの入り口に関ケ原洞がある。

 大山達はこの洞窟で8月まで過ごす。彼らは40名だ。後の10名は家族を連れて、青木ヶ原に直行する事になっている。すべてマルデクの計らいだ。


                  2031年8月


 2031年、6月7月になっても気温は上がらない。。

8月になって、日本列島は5度から10度の気温だ。猛暑は過去のものとなっている。9月に入ると厳しい冬が到来する。その束の間の初春の暖かさに浸る。

 8月中旬、斉田は部下と共に、総理官邸の地下室を出る。総理官邸は正式には総理大臣官邸という。

 斉田達が移住している地下室からは総理官邸には出られない。地下坑道を通る。官邸の南側に外堀線が通っている。官邸の東側に南北に長い溜池がある。外堀通り線は溜池に突き当たる。それと並行して、南の方に走る。

 地下抗は溜池の下を潜る。特許庁がある。地下駐車場に出る。特許庁の地下駐車場は公用車専用だ。隅に備品貯蔵庫がある。かなり大きい。鉄の扉だ。中から鍵がかかっている。特許庁の職員も、貯蔵庫の中は知らない。

 中に5台の高級車がある。ガソリン、オイル、自動車の部品もある。ちょっとした修理工場だ。

斉田達10名は5台の車に乗る。食料、衣料、生活に必要な資材を積み込む。車にはブラックシールが貼ってある。外からは車の中が見えない。

 特許庁の地下駐車場は百台駐車できる。今は車はない。建物の中にも人気はない。真夜中の2時だ。人気を憚って駐車場を出る。月も出ていない。暗闇だ。東京の中央官庁街は人気がない。

 だが、凶暴化した群衆がいつ現れるか予断を許さない。東京は地下街が多い。地下鉄もある。生きるための必需品が無尽蔵にある。それでも約1千万人の都民の半数が死に絶えている。

 5台のクラウンは黒塗りだ。闇に溶け込んでいる。ライトだけが寂しい光りを放っている。車は皇居を右手に見ながら新宿方面を走る。青梅街道に入る。四谷に出る。道路の両脇はビル街だ。

「おい、群衆だ、注意して走れ」

 斉田は無線機を使う。他の車に注意を促す。一応銃は携帯している。発砲はしたくない。群衆を刺激すると、取り返しがつかなくなる。車のライトに照らされて、人の群れが動いている。食物を漁るために地下街から出てきたのだろう。

「よいか、万一の場合は突っ走れ」

人をはね飛ばすしかない。スピードを落として走る。

 青梅街道は4車線の広い道路だ。夥しい数の車が放置されている。その間をぬって走る。数棟のビルが放火にあっている。燃え盛るビル。車もガソリンやオイルを抜かれている。暴徒によって破壊された車。炎上する車も数多い。その中を、斉田達の車が走る。

 緊張感に身が締まる。銃を手にする。道路にも群衆がたむろしている。無暗に警笛を鳴らすわけにはいかない。慎重な運転だ。

・・・もし、襲われたら・・・銃を乱射する。猛スピードで突っ走る。

道路で右往左往する群衆の数は数百メートルにおよぶ。突っ走れるのか。

「ライトを消せ」斉田の命令。

 後戻りは出来ない。運を天に任せる。前進あるのみ。

 その時だ。雲が切れる。大きな月が顔を出す。あたりが明るくなる。

――最悪だ――斉田はほぞを噛む。

「見てください!」助手席の部下が叫ぶ。群衆が道を開けている。数百メートルの人の波が左右に分かれていく。アスファルト道路が目の前に広がる。

 斉田は思いきってライトをつける。人波の中を走行する。

・・・マルデク・・・斉田は呟く。心の内で感謝する。

 新宿を過ぎる。高井戸から中央自動車道に入る。スピードは60キロ。高速道路とは言え、無人の道路だ。道路が割れている可能性もある。注意して走る。

「よいか、ノンストップだぞ」斉田の命令は否応もない。

 調布インターをこえる。八王子に入る。相模湖インターチェンジを通過。時間は明け方の5時。東の空がうっすらと明るくなってくる。

 後2週間で冬の季節に入る。秋はない。10月に入ると猛烈な寒波に襲われる。

 束の間の秋。空が明るくなってくるが、太陽の灯は弱々しい。カスミのかかったような輝き方だ。大月市インターを入る頃には空も明るくなる。朝7時だ。

「見ろ、空の色を!」斉田は東の空を指さす。

 日の出前の明るさは消えている。青い空もない。紫色の不気味な色が拡がっている。

「フォトンベルトの影響ですね」部下の声、泣き出しそうな顔だ。

 人類滅亡の日が刻一刻と近づいている。2032年入ると、地震や台風が頻発する。

・・・嵐の前の静けさか・・・

 富士吉田で降りる。国道139号線に乗る。約20キロで上九一色村に入る。青木ヶ原に近い。

「これは!」斉田達は車を止める。夥しい数の車が上九一色村付近に駐車してある。


                 大山への指令


 関ケ原洞に避難していた大山達、出発したのは斉田と同時刻。

 装甲車、ジープ、乗用車はすべて乗り捨てる。大型貨物用トラック20台に分乗する。食料、燃料、衣料等を最重要として積み込む。武器は機関銃、機関砲、小銃、手投げ弾などに限定する。

 1台に2名が乗り込む。1人はトラックの荷台に乗る。トランシーバーで連絡を密にする。

20台の貨物用トラックが縦列に走る。平均速度は40キロ、名神高速道路関ケ原インターまで6キロ。闇の中をライトを点けて走る。小牧ジャンクションまで約1時間。ここから中央自動車に入る。

 小牧インター近くに到着。前方にライトに照らされた群衆の姿が映る。彼らは手に手に棒や金属バットを振りかざしている。

「ライトを消せ」大山の命令だ。一瞬にして闇と化す。

「ノクトビジョンを着けろ」40名の暗殺集団は車から降りる。暗視装置をつけて、手に機関銃を持つ。

 群衆との距離は約5百メートル。群衆の一団は手に懐中電灯を持っている。大山達を照らしている。距離があるので淡い光りだ。ノクトビジョンに影響はない。

「皆、一列に並べ!」大山の号令一下、上り方面の道路の2車線に並ぶ。

 群衆は暴徒と化している。小牧インターは春日井市の郊外だ。犬山市と多治見市のほぼ中間に位置している。住宅街が少ない。市街地も多くない。

・・・なのに、この人数は・・・数百ではない。数千人はいる。南東5キロに尾張富士がある。インターを降りると、内津温泉が近い。観光、景勝地が多いのだ。

・・・そうか・・・大山は合点する。観光物産が豊富なところだ。寒さを凌ぐ場所も多い。

 遠目からトラック20台分のライトが見えたのだろう。待ち伏せして、物資を奪う計画と見た。ここは強行突破するしかない。

 道路のアスファルトに機関銃を添える。暴徒との距離が2百メートルとなる。

「撃て!」大山の号令一下、横列に並んだ20台の機関銃が火を吹く。草をなぎ倒す様に、暴徒がバタバタと倒れていく。不意を突かれて、慌てふためく群衆、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。

 それでも機関銃の射撃は止まない。10基の機関銃が加わる。射撃距離が長い。一斉射撃で吹き飛ぶ人の影。道路には累々たる死骸の山が築かれる。

 射撃が止む。軍用貨物車だ。悪路を走るために開発されている。

「死体を踏みつぶして前進しろ」大山の命令は激烈だ。

 道路には死体が折り重なる。大山達の心には、暴徒への憐れみはない。罪悪感も心の表面に俎上もしない。恐怖心のも襲われない。

―殺しは、マルデクの意思―確信していたのだ。


 中央自動車道、土岐市、恵那市を通過。

岡谷市の岡谷ジャンクションを超える頃には、東の空に明るさが戻る。朝焼けを見るのは久し振りだ。諏訪湖が目の前に広がる。遠くに上諏訪温泉の町並みが見える。人は誰もいない。皆、地下か、洞窟内に避難している筈。まだ多くの人が生きてる。

・・・それも後1年半で死に絶える・・・

 自然の過酷な摂理は人間だけを大目に見ない。動物も植物も死滅する。その種が地下で息つく事になる。


大山達の軍用トラックは甲府昭和インターに入る。

時刻は午前11時。無人の野を走る様なものだ。

 甲府南インターチェンジを降りる。国道358号線に乗り換える。南に富士山が見える。山頂は雪を頂いている。すぐにも甲府精進湖道路に入る。対向車はない。対向車線を入れて道幅は16メートル。6台のトラックが並行して走る。

 上九一色村まで昇り道だ。観光用の土産店が軒を連ねている。人気がない。青木ヶ原に到着したのは、午後1時。道路や原っぱに無数の車が乗り捨ててある。

 大山達がトラックを降りる。

「隊長!」家族を連れた10名の部下が目ざとく大山達を見つける。50名の暗殺集団は一堂に会する。

 青木ヶ原の地下坑道は約17万人を収容する。あちらこちらにテントが見える。多くの人が屯している。空は薄曇りだ。真昼というのに、太陽の輝きが鈍い。切れかかった電気球のようだ。空は薄い紫いろだ。青い空はすでに掻き消えている。

 午後2時、周囲が霧がかかったようになる。

――私の声が聴こえる者のみが入れ――

 マルデクのしわがれた声。人類の創造主。だが、人類に容赦はない。

 マルデクの目的は、約80億の人類から1億人を選ぶ。

約2千年、地下坑道で生活させる。その後1万1千年、人類の進歩を助ける。フォトンベルト突入直後、選ばれた数千万人が黄金の異界に避難する。

 それからまた2千年後、彼らは光を取り戻した太陽に、神々として送られる。


 霧の中に空洞のような視界が広がる。人々は荷物を持つ。

――金属は身につけるな――マルデクの声は絶対の命令だ。身に着けている金属類はすべて放棄させる。

 空洞の中に道がある。人々が手に出来るのは衣料と食料のみ。空洞の巾は約5メートル。マルデクの声が聴こえる者のみが入っていく。

 この時数々の異変が起こる。

 マルデクに選ばれた者の家族、縁者らも青木ヶ原に到着している。彼らには空洞が見えない。白い霧が地面に降りてきたとしか判断できない。彼らの身内が忽然と、霧の中に消える。慌てて後に続くが、洞窟には入れない。彼らは青木ヶ原の原生林の中に入り込んでいく。

 そして、霧の中を当てもなくさまよい歩く。

 マルデクに選ばれた者でも、金属類に固執する者がいる。彼らのは空洞が見える。だが見えない壁が立ちはだかる。

――金属を捨てろ――マルデクの叱責が響く。体が重くなる。あわてて金属類を捨てる。

 人々は無言のまま空洞に入っていく。


                  白い地下世界


 空洞は約1キロ続く。その先は富士風穴のあたりだ。

 大山達は軍服を脱いでいる。紺の作業服に着替えている。武器類は携帯していない。革バンド、腕時計も捨てる。前方に山が見える。海抜1468メートルの高さを誇る大室山だ。そのはるか南東に富士山が聳えている筈だ。

 大室山の麓にぽっかりと穴が開いている。入り口は幅2メートル程。中に入る。光りがないのに明るい。階段になっている。数十段降りる。その先がトンネルだ。どこにも光源がないのに、淡い光に満ちている。

 数百メートル歩く。長い階段がある。降りきった先がまたトンネル。

人々は無言で歩く。何かに操られた様に無表情だ。中には親、兄弟、恋人と一緒に来た者もいる。彼以外は空洞に入れない。本来なら、ここで悲喜劇が繰り拡げられる。親しい人との愛惜の情は人間の常だ。

 空洞に入った瞬間、親、兄弟、、妻や恋人への感情は消滅する。黙々と前に進むのみ。

 長いトンネルを抜ける。忽然と巨大な空間に出る。白い光りに満ちている。どこまでも続く空間は想像を絶する。

 川が流れている。森や林がある。草原が広がっている。沢山の小動物がいる。暑くもなければ寒くもない。別天地だ。無表情な人々の顔に安堵の色が漂う。

 大人もいれば子供もいる。老人もいる。様々な服装をしている。作業服、背広、オーバーコート、両手に一杯の荷物を持っている。職業も様々だ。

 今後、地下世界で必要なのは、畑を耕す事、農業に従事している者は苗や種を持ってきている。マルデクの声に従っているのだ。

 衣服はやがて消耗していく。小動物を殺す。肉を捌く。毛皮を獲る。着る物が必要になる。大地にへばりつく。生きる為の方策を身に着ける事になる。

「殺しは俺たちに任せとけ」大山の部下が自慢する。小動物を捕らえる為の罠を仕掛ける。その道具造りから始める。

 日用品を作る。木や枝を伐採する。岩を砕く。鋭利な石斧を作る。道具造りから始まる。

――大山さん――

 人々が続々と入ってくる。声の方を振り向く。斉田がいる。白髪で眼孔が落ちくぼんでいる。彼の後ろに9名の部下がいる。皆ジャンバー姿だ。リュックサックを背負っている。両手に荷物を持っている。

「やあ、久しぶりですな」大山は深々と頭を下げる。

「地下にこんな世界があったとは・・・」斉田は感慨深げだ。

「内閣情報局室長殿!」大山の部下たちが一斉に敬礼する。

 大山達は紺の作業服姿だ。49名が一列に並ぶ。敬礼する様は奇異に映る。周りの人々は不思議そうに見ている。

「やめてください」最早、地位、身分は存在しないのだ。斉田は手を振る。

「とにかく奥に行きましょう」人の波は陸続と続いている。17万人余が避難してくる。しかも両手一杯の荷物を持っている。入り口付近はごった返す。人の波に押されるように奥へ奥へと進む。

 どこまで行っても巨大な空間が広がっている。洞窟という表現はふさわしくない。富士山の地下深く、巨大な空洞が存在しているとは想像も出来ない。

・・・青木ヶ原の地下坑道の建設は・・・

 斉田は周囲を眺める。国家予算を注ぎ込んだ。膨大な資材、食料、燃料の備蓄。それらが何処にも見当たらない。

・・・それに・・・斉田は頭を捻る。

 これ程の空間を4~5年で造ることは不可能だ。たとえ、国家の総力を挙げて、数十万人の労力を傾けても・・・

 これが地下の世界なら、天井の岩肌が見えても不思議ではない。空間全体が白い光りで覆われている。頭上は白く光っている。それ以外何も見えない。

「とにかく、休憩する場所を確保しましょう」

 大山は部下と共に林の中に入っていく。斉田達も続く。

 草原でテントを張る者がいる。そのまま腰を降ろして握り飯をほうばる者、ごろりと横になる者もいる。見知らぬ者同士が寄り集まってハイキングに来たようなものだ。各自勝手に休憩の為の陣取りを行う。17万人を纏める者がいない。ハイキングならそれでよい。生涯ここで生死を共にする事になる。

「いずれ、指導者が必要になりましょう」斉田は人々の行動を眺める。大山にぽつりと呟く。


 空洞に入って、約3時間後、17万に余が1人残らず地下世界に入る。

青木ヶ原を覆う白い霧が消える。入り口の空洞も消える。マルデクの声を聴けなかった者が青木ヶ原をさ迷い歩く。その数十万人。彼らは青木ヶ原の深みに這い込む。やがて空腹と寒さに耐え切れず死滅する。

 マルデクの造った地下世界は、日本では数ヵ所、全世界の規模で約千か所。


                 2031年冬


 2031年9月。秋の日差しは2週間のみ。

再び厳しい寒さに襲われる。寒風が吹き募る。豪雪に見舞われる。日本だけの現象だはない。地球規模で生じている。


 アメリカ合衆国ネバダ州リンカーン郡、ラスベガスから北北西約2百キロメートル。ここにエリア51と名付けられたアメリカの空軍基地がある。数十年前、墜落したUFOが運び込まれたとの噂がある場所。アメリカ軍にとって、最重要極秘の基地だ。現在、基地への立ち入りは禁止。基地に立ち入る者は射殺される。

 UFOの存在について、エリア51の関係者は肯定も否定もしない。映画、インデペンデンスデイ(独立記念日)の舞台となった基地で有名だ。

 UFOが運び込まれたと噂される前から、秘密裏に大規模な地下工事が行われている。

 エリア51の特徴は、地下数百メートルの下に、軍事基地がある事だ。原水爆の衝撃に耐える為、というのは表向きの理由だ。地下施設は10万の人口を10年養える広さがある。食料、衣料、燃料、生活に必要なあらゆる物資が搬入されている。その目的はフォトンベルト用の避難施設だ。地下の空洞は名古屋市内をすっぽりと覆う程の広さだ。発電施設、空調設備も整っている。

 誰を収容するのか。大統領を頂点として、上下議員、富豪、アメリカを代表する著名人、上流社会の人々、およそ7万人。彼らを警固する軍人、将軍、上級将校1万人。

 地下生活でなくてはならぬ物は水だ。地下水を誘導。その落下するエネルギーで水力発電を起こす。機械類を扱う技術者約5千人。自然光で野菜や果物を栽培する農業者約1万人。その他大統領や富豪の生活全般を管理するする者、約5千人。その中には医者や看護師も含まれる。

 アメリカ全土は吹雪が吹き荒れている。気温も零下20度。地上で生き抜く者はいない。生き残った者は、地下街、地下鉄などに避難している。

 2031年10月、エリア51はコンピューターで管理された施設だ。内部は適温25度を保持している。移住が完了したのは2年前、政府機構はすでに崩壊している。

 宏大な地下世界は10万人余では広すぎる。将来子供が増える事を予想している。

 大統領等の特権階級は大きな部屋をあてがわれている。家族1人1人の”個室”も用意されている。”庭”もある。自然光の照明で芝生が植えられている。食料、衣料、その他の生活物資も優先的に配布される。

 欧米人は肉やワインを常食する。数万頭の牛が放牧されている。ぶどうも栽培される。地上の極楽生活を、そのまま地下に持ち込んだのだ。

 1万人の軍人は、上級将校を省いて、大部屋で寝起きする。食事も粗末だ。農業者、技術者、看護士も同様だ。彼らは特権階級の人間に奉仕するために連れてこられた。生存できるだけ有難いと思え、こんな待遇だ。実際、エリア51に来なければ死んでいたかも知れない。

 2029年当初、彼らはエリア51に入れたことを喜んでいた。貧しいながらも、食事にありつける。1週間に1度は肉やワインを貰える。仕事も楽だ。

 1年が過ぎる。2年目に入る。彼らの間に不満の心が目覚める。

――特権階級の連中は何もしない。”朝から晩まで”好き勝手に贅沢な暮らしをしている。自分達を顎で使っている――

 1年後にはフォトンベルトに突入する。2千年間、地上で暮らすことはない。一生地下生活だ。

 特権階級が特権階級として振舞えるのは、何十億という人間と地上での営みのお陰だ。

 今――、それが消滅している。彼らに奉仕する意義があるのか・・・。疑問が不満へと高まっていく。

軍隊は上下の規律の厳しい所だ。それを徹底的に叩き込まれる。

 地下生活では戦争はない。下級軍人は毎日、軍事訓練を行う。その見返りとして食料や衣料、寝る所が与えられる。上級将校は訓練に立ち会うが、ほんの数分、申し訳程度に訓示を与えるのみ。

 厳しい規律は乱れていく。生活は快適だ。食料やワインも豊富にある。

 だが――、特権階級との差別だけは厳然として目の前にある。軍人だけではない。農業、技術、看護師なども、不満を募らせていく。

 緊張感のない人間ほど鈍感なものはいない。

ある日、軍事訓練中に、1人の兵隊がタバコを吸っていた。それを、将校が咎める。兵隊はしぶしぶとタバコを止める。その態度が反抗的に映る。

「貴様!」将校は平手打ちをくらわす。

殴られた兵隊はカッとなる。

「何しやがる!」将校に襲いかかる。

「貴様、命令に背くきか」将校は兵隊を短銃で撃ち殺す。


 これが悲劇の発端となる。

殺された仲間を見て、数人の兵隊が将校に襲い掛かる。動転する将校、銃を乱射する。3~4名の兵隊が血に染まる。

「何てことするんだ!」他の兵隊が将校を射殺する。

「もう我慢ならん!」軍事訓練中の兵隊が他の将校に襲い掛かる。

「反乱だ!」遠くで眺めていた将校の世話役が逃げる。将軍や高級将校に注進する。仰天する彼らは大統領邸に駆け込む。反乱兵士は武器を手に大統領邸を取り囲む。

 地上ならホワイトハウスを警固する警備隊と衝突している。地下世界では彼らは無力だ。贅を尽くして遊び呆けるだけの毎日だ。7万人余と人口は圧倒的に多いが、彼らの多くは政治家、実業家、科学者、宗教家の著名人だ。武力に無縁の存在だ。

 9千5百人の兵隊の武力にはかなわない。彼らは高級住居区から引き出される。贅を極めた衣食住は没収される。大統領、富豪、政治家、高級将校などの特権階級は廃止される。エリア51に移住する者すべてが、同等の扱いを受ける。食料、衣料など生活物資は平等に配分される。

 それだけではない。大統領といえども、牛の乳しぼりをやらされる。彼らの家族も白熱灯に照らされた畑を耕す。

――働かざる者、食うべからず――


 世界各地の地下世界で、同様の現象が起きている。

日本――、長野県長野市松代町にある皆神山の麓の地下壕、ここには宮家を頂点とした日本の支配層約10万人が避難している。壕に入って僅か2年に満たない。10万人の避難民の内、特権階級は約半分、残りは彼らの生活を支える人々の集団だ。軍人もいる。

 アメリカのエリア51と同じように、特権階級を支える人々の反乱が起こる。地下生活という特殊な環境だ。特権階級の存在を許さない。


                  2032年


 2032年の年が明ける。

 寒気は日を追うごとに厳しさを増す。最早、春や夏、秋は訪れない。地上で生活する生物は存在しない。

陽中公平は地下室に入って、すでに1年有余が過ぎる。地下室は、当初、牢獄のようだった。身動きが出来ない。何の楽しみもない。食料は山ほどあるが、上手くない。幸い、公平は舌が肥えていない。それでも毎日の事だ。飽きがくる。退屈な日々を救ったのは日奈子だ。

 彼女は1日中、じっとしている。6~7歳だ。じっとしている歳ではない。にも拘らず身動きしない。

公平が料理を作る。タライに湯を入れる。体を拭いてやる。そんなときだけはしゃぐのだ。

 何をする事もない。じっとしている日が多い。寝ているのではない。夢心地のような光景が頭の中を駆け巡る。1年も立つうちに、公平もじっとしている事に慣れてきた。

 2031年8月下旬、大山達が富士山麓青木ヶ原に避難した丁度その頃。

公平は日奈子と共に薪を集めていた。”薪”といっても家屋の板を外す。畳をあげる。床下の板を壊す。陽中家周辺には借家が10軒ある。今は無人だ。家を壊す。柱や板を薪として家の中に運び入れる。家は50坪の広さがある。障子、襖も薪代わりになる。家の中が倉庫となる。

 陽中家は常滑港の約1キロ東の高台にある。中部国際空港が眺められる。管制塔や空港施設の建物が、侘しい姿をさらしている。常滑港と陽中家の間に保示町がある。家々の屋根瓦が軒を並べている。人々はどこへ行ったのか、人気がない。

 2年前、持てるお金全てを食料、衣料、燃料に変えている。特に食料は、家の床下に一杯保存している。親子2人だから、1日の食料は大した事はない。それでも3年分だ。生ものは腐るから、大量に保存できない。便利なのは野菜ジュースや缶詰め類だ。床下に穴を掘る。土の中に埋め込む。その他味噌、醤油、塩、うどん、蕎麦、米など長期保存できるものを貯め込む。

 常滑でも、スーパーやコンビニ、商店街が襲われた。。幸いなことに、陽中家に類は及ばなかった。

2031年春、毎日日付けだけは記録している。2月、3月と寒さは一段と厳しい。風速40メートル以上の風が吹いている。零下30度、その内零下40度から50度になる。猛吹雪なので寒さは一段と厳しい。灯油はすでに底をついている。暖炉の灯は、薪か板切れだ。火力が弱い。

 公平は日奈子を抱いて、じっとしている。これからどうなるのか、不安が生じる。日奈子に尋ねる。現実の日奈子はまだ7歳。公平の不安や疑問に答える知恵はない。

 眼を瞑る。腕の中の日奈子を意識する。

「母さんは、黄金の異界にいるんだろう」

「そうよ、楽しく過ごしている」

「私達はどうして、ここにいるんだ」

 ここで生きる事は、地獄の辛さだ。マルデクが用意した地下世界でも快適な生活空間というではないか。公平は不安というより、ちょっぴり不満なのだ。

「私がついている。心配しないで」日奈子の慰めの言葉。

 だが、次に発した日奈子の言葉に、公平は衝撃を受ける。


 2033年、地下世界に避難した、約1億人の人類の他はすべて滅びる。約2千年間、地上は黄金の異界となる。ここで生きる人間はもはや人間ではない。

――神々――の誕生だ。約6千万人の神々は2千年後、太陽の住人となる。彼らを太陽へ導く神々、それが公平だと言うのだ。

「父さんはキリストなの」意外な言葉だ。

 聖書によると、キリストは十字架にかけられる。この世の苦しみを一身に受け入れる。人間の犯した罪や穢れを背負って、神のみ元に行く。

――黄金の異界にいる人間は、人間としての罪、穢れを背負っている。2033年に、地上は真の黄金の異界に覆われる。

 その時――、日奈子達、太陽の神々が創りあげた黄金の異界が消える。人々は己が犯した罪、穢れに苦しむ事になる。それを公平が背負うというのだ。

「心配しないで・・・」日奈子の声は優し。

 2千年間、陽中公平は罪、穢れを浄化するために修行する。今は――、その最初の修行。約2年間、寒さと苦痛に耐え忍ぶ。身の心も鍛えられる。


 日奈子の暖かさが伝わってくる。

「日奈子、そろそろ、飯にするぞ」公平は立ち上がる。

 暖炉の側の石油ストーブのうえの鍋に水と米を入れる。おかずは缶詰めの鮭にみそ汁と野菜ジュース。

食事は粗末だ。寝ていた日奈子は、眼をくりくりさせて起き上がる。お茶に少々砂糖を入れる。茶菓子がある。食事が出来るまで、熱いお茶を飲む。


                  ポール・シフト


 2032年4月。世界各地で大地が揺れる。火山の噴火が多発する。海面が上昇、海抜ゼロ地帯は海中に没する。

 フォトンベルトが太陽系に接近する。地球の地磁気が減少する。大気が加圧されていく。世界各地に発生するのは地震などの地殻変動だけではない。大型台風、巨大な竜巻が襲う。東南アジア、大メコンを始めとして大河川が氾濫、地殻内部のマントルの活動が活発になる。地震や噴火が増大するのだ。

 地球はフォトンベルトの圧力で揺り動かされている。地球の自転軸は数万年周期でコマの首振り運動の様に動く。地球はふらつきながら自転しているのだ。

 フォトンベルトの影響で自転が狂う。角度や方向が変化する。地球の角度のずれは公転面の垂直方向に対して23・4度傾いている。これが四季を生じさせている。この角度も常に一定ではない。23・4度から23・5度の間を首振り運動している。

 1902年、シベリアでマンモスのミイラが発掘される。マンモスの胃から、未消化のキンボウゲという植物が見つかっている。キンボウゲは温暖に育つ植物だ。かって、シベリアは暖かかったのだ。

 食べた草が未消化というのだ問題だった。マンモスは瞬間的に凍りついた事を示している。

 地球は、瞬間的に大激変したのだ。サハラ砂漠など、世界各地の乾燥、温暖地域には氷床跡が無数に存在する。マンモスといい、氷床跡といい、考えられる事は地球の地殻移動、極移動、つまりポール・シフトが瞬間的に行われた形跡があるという事だ。

 ポール・シフトは南極と北極が瞬間的に入れ替わる現象と言われている。温暖地方が突如、冷寒地方に変わる。フォトンベルトが近ずくに従って、このような現象が日常茶飯事に行われる。

 それは地球上の気象だけではない。人間の肉体や精神にも現れ始める。

 フォトンベルトの影響は10年以上も前に現れている。公徳心の低下、いじめ問題、汚職、血族同士の殺し合い。世界的な規模ではテロの増加など、数え上げたらキリがない。

 2032年春、地上で生活する人間は皆無だ。マルデクの庇護下にない人間は地下生活を余儀なくされている。彼らの生活は劣悪の下にある。老人や子供など弱い者が倒れていく。強い者は弱い者の食料や衣料、燃料を奪う。体力は日増しに弱くなっていく。

 それに追い打ちをかけるような不定愁訴症候群が現れる。

病気でもないのに胸がつかえる。背中がムチで打たれた様に痛くなる。倦怠感に襲われる。生き抜くために必死なのに、その気力が失われていく。

 それが高じると、インフルエンザのような症状が起きる。目まいがする。動くと鼓動が激しくなる。息が苦しい。脳内のホルモン分泌が異常になる。頭痛で寝る事が出来なくなる。吐き気がする。食べたものを吐き出す。激しい下痢に悩まされる。体中の筋肉や関節に耐えられない程の痛みが走る。物覚えが悪くなる。

 以上の症状が進行すると、免疫力が低下する。最後に死に至る。

 ポール・シフトが決定的な打撃を加える。


                 マルデクへの叫び


 ポール・シフトが起きるのは、2032年12月22日。

この日、フォトンベルトが太陽系を覆い尽くす。この日、地球上の生命はすべて死に絶える。


 富士山麓、上九一色村の北西約4キロに精進湖がある。東側に甲府精進湖道路が走っている。この側に都留功という50歳の男が住んでいる。この一帯は富士山の火山活動で出来た洞窟が多数ある。都留の住む家の横に自然に出来た地下洞がある。夏涼しく、冬暖かい。ワインや食料の貯蔵に適している。彼は若くして事業で成功を収めている。40代で事業から身を退いている。10年前にここに移り住んでいる。独身者で好きな科学の研究に没頭する。

 2031年8月中旬

上九一色村と青木ヶ原周辺に10万人以上の人が集まる。午後3時前後、青木ヶ原は白い霧が立ちこめる。人々は一斉に霧の中に消えていく。3時間後、霧が消える。大勢の人々の行方が不明となる。

 青木ヶ原は自殺の名所として知られている。行方不明者全員が自殺したとは考えにくい。

 都留は青木ヶ原を探索する。彼はよくここに来るので道に迷わない。消えた人間はどこにもいない。

不思議な事に数万人の人間が道に迷って途方に暮れている。彼らを保護し、青木ヶ原から脱出させる。彼らの話を聞いてみる。

 霧の中に、自分の恋人、兄弟、あるいは子供、両親、知人が入り込んでいく。自分も一緒についていく。中には手をつないで入った人もいる。手を握っていても、その手が自然に離れてしまう。気がついたら、自分1人だけが青木ヶ原をさ迷っていたという。

 都留はこの不思議な現象が、フォトンベルトと関係があると直感していた。


 都留の研究は”人類の進化”だ。

 ダーヴィンの進化論は有名だ。自然淘汰、適者生存が生命の進化を促すというものだ。自然環境に適応出来る者が生き残る。進化の道を歩む。

――生命体は徐々に変形していく――ダーヴィンの進化論に意義を唱える者が現れる。

 アメリカの執筆家、ロイド・バイだ。

彼は数々の古代文明にまつわるデーターを収集、ダーヴィンの進化論を徹底的に疑った。


 20万年前、人類は類人猿から進化した。都留が小中学生で習った”定説”だ。

それを立証する証拠が1つもない。この事実に都留は愕然とする。

霊長類と人のDNAは99パーセントまで同じと言われている。残りの1パーセントが問題なのだ。この違いが、スペースシャトルと飛行機程の相違となって現れる。

 20万年の間に急激な進化があったとしても、霊長類はどこまでも霊長類、ヒトはヒトなのだ。映画”猿の惑星”は絶対にあり得ない。

 猿は世界中のどこに生息していようとも、全く同一のDNAを共有している。進化論の常識では、環境に適するように、DNAも変化しなければならないのだ。進化論のウソが公にされることはない。

 ある遺伝学者のグループが、共通の祖先から、ヒトとチンパンジーが2つに分かれる時点を見出そうとした。その分岐点が500~800万年前に起きた事を示すタイムラインを、化石化した骨で示した。

 遺伝学者はDNAのかけらであるヒトのミトコンドリアに起きた突然変異から分岐点の予想期間を決めようとした。世界中からサンプルを集める。予想外の結果が出る。何の変化もないのだった。

 彼らの予想では500~800万年のどこかで突然変異の兆候が出ると見たのだ。

 彼らは発表をためらう。

科学界の常識として、定説と異なるデータが出ると、一般には伏せられる傾向にある。

 遺伝学者達は、人類が登場したのは、およそ20万年前にすぎないと発表した。人類学者、その他の専門家からの激しい抗議に晒される。

 現在――ミトコンドリアと男のY染色体に関するDNAの研究が進む。遺伝学者の説の正しさを認めている。ただし、人類は霊長類から進化したという前提付きでだ。

 500万年ほど前に、アフリカ、サバナ地帯でヒトの原始祖先が誕生。10~20万年前に”何か”が起きる。人類はほとんど消滅。その生き残りが現在の人類となったとしている。その”何か”は不明のままだ。

――霊長類とヒトの性質は、はるかにかけ離れている――

ロイド・バイはその事実を集積する。

 都留はその事実を知る。進化論に対する疑問と興味を抱く。人間とは何か・・・。


 人骨は霊長類の骨と比較して、はるかに軽い。ネアンデルタール人に至る先行人類と比べても軽い。

 人間の筋肉は霊長類と比較すると著しく弱い。どんな霊長類よりも5~10倍劣っている。

 ヒトの皮膚は太陽光線に対して適していない。黒人のみが皮膚表面でメラトニン色素を増大出来る。

 霊長類は直射日光に当たっても大丈夫だ。全身が毛で覆われているからだ。四足獣なので、毛は後部の足が最も濃い。胸と腹部は薄い。

 ヒトは全体を毛で覆われていない。しかも背中は毛が薄い。胸と腹部の方が毛深い。

 人間は霊長類と比較して、皮下脂肪が10倍多い。この事は、深い傷を負ったり皮膚が裂けたりすると、霊長類は”痙縮”と呼ばれるプロセスにより、傷口がピッタリと付く。出血は自然に止まる。ヒトは脂肪層が厚いので、傷を持ち上げてしまう。”痙縮”出来ない。

 霊長類の頭髪はある長さまで伸びると止まってしまう。ヒトの髪の毛は伸び続ける。爪も同じだ。

 人間の頭蓋骨と霊長類とは違う形をしている。形態学的に比較できるものはほとんどない。

 霊長類は四足動物だ。

 人間の咽頭は完全にデザインし直されている。霊長類に比べて下の方にある。霊長類の典型的な発生音をさらに細かく、幾つもの段階に変えられるように調節できる。

 霊長類の雌には発情期がある。ヒトの女性にはない。霊長類の染色体は48個ある。人間は46個だ。

 動植物から霊長類まで、同一の遺伝子を共有するグループ内で遺伝病が広がることが少ない。白皮症アルビーノは、人間と同様に多くの動物グループに共通して存在する。

 動物の場合、白皮病が成長の妨げにはならない。遺伝子を通ってグループ内に伝達する事もない。

 人間は4千以上の遺伝病がある。そのうちの幾つかは、生殖器を使えるようになる前に、その持ち主を殺す事もある。遺伝病が広範囲に広がる。

 ヒトと霊長類のDNAの違いは1パーセントだけ。この事実だけがヒトはサルから進化したという根拠になっている。だがその1パーセントのヒトゲノムには、30億の塩基対があるという事実が強調されることはない。

 ヒトと霊長類の違いは、捜せばもっとあるのかも知れない。

都留はロイド・バイの説に傾注していく。

 人類と他の動物とは、違いがありすぎる。人類が地球上で誕生したなら、他の動物との共通点があってもいい筈だ。

――それがない――人類は地球外で創造されたのではないのか。

都留の疑問は当然の帰結と言ってよい。

――神――聖書を繙くまでもない。世界各位に残る神話、伝説は、神、神々が人間を創造したと説く。科学者たちは神話を持ち出すと冷笑する。その話には何の根拠もない。全くその通りなのだ。


 2031年5月。都留功は地下洞にいる。外は零下20度。吹雪が吹き荒れる。精進湖は氷が張っている。食料などは充分な蓄えがある。

――人類は地球外生命体――もともと宇宙人だった。都留の結論はここに尽きる。それを実証する方法がない。

 彼は薪を燃やして暖を取っている。黙想する。彼の脳裡に、ふと昨年の8月に霧の中へ消える多くの人の姿が思い浮かぶ。僅か3時間で10万余の人々が消えてしまった。

・・・あれは何だったのか・・・

――神――

・・・私達はどこから来たのでしょうか・・・

神よ、居るなら教えてください。

そして・・・

・・・私達はどこへ行くのでしょうか・・・

 都留は人類の死滅が近い事を悟っていた。フォトンベルトに突入後、地球上の人類は生存できない。

――自分も、もうすぐ死ぬ――それが怖いのではない。何の答えも見いだせずに、この世から消えてしまうのが口惜しいのだ。

――私を呼んだか――

 心の深層で声がする。木霊を聞くような声だ。声は段々と大きくなる。しわがれている。地の底から湧き出すような力強い響きがある。有無を言わせない圧倒的な力だ。

――あなたは、どなたですか?――

 都留は驚愕している。はじめ幻聴かと思った。

――私の名はマルデク、人類の創造主だ――

 都留は声が出ない。

――私の私の声が聴こえるのか――

 都留は恐怖に慄く。

――お前の答えは、自分で見出すがよい――

 マルデクは地下洞から出るよう指示する。

 都留は外に出る。霧が拡がっている。寒くはない。猛烈な突風の筈だ。静寂が大地を覆ている。霧の中にトンネルがある。上九一色村を通り、青木ヶ原へ通じているようだ。

 彼は大室山の麓の穴に入る。長い階段を降りる。そこで目にしたのが、白光に包まれた地下世界だ。川が流れている。森や林もある。暑くもない。寒くもない。多くの人々が生活している。


                  黒い太陽


 2032年12月上旬。地球は異常な暗雲に覆われていた。零下50度から80度。それでも太陽光の影響で少しは”暖かみ”があった。太陽の光と熱は生命を育む源なのだ。

――1987年、レーガン大統領の首席補佐官長を務めていたロス・アイディ医師は細胞膜の、電磁波による影響を発表。細胞は互いに信号を送りながらコミュニケーションをしているというものだ。以下彼の論文。

 松果体の細胞の約20パーセントは地球の磁場の変化に反応する。ここから人間の受精期に僅かな電磁エネルギーの違いで、DNAに突然変異が起きるというものだ。

 松果体はメラトニンを分泌する。松果体は人間の進化に関わる気管だ。メラトニンは人間のバイオリズムを制御している。

 メラトニンは明暗に反応する。目覚めと眠りを告げる役割を担っている。松果体と脳下垂体、内分泌系全体が視床下部を通じて太陽によって制御されている。

 女性の28日の月経周期が直接太陽の28日間(地球から見た太陽の赤道の)回転につながっている。

 人間はあらゆる感情、眠り、生殖周期に至るまで、太陽にプログラミングされている。

 松果体は、太陽の電磁場エネルギーをメラトニンに変える働きをしている。視床下部と脳下垂体で、バイオリズムに従ってメラトニンを生成するエストロゲン(発情ホルモン)とプロゲステロン(月経ホルモン)を促進しているのだ。

 電磁エネルギーをホルモンに転換するシステムを電気化学的トランスダクション(変換)と呼ぶ。

 ホルモン分泌の影響で女性の受胎力が与えられる。出産力の低下、人間の情緒不安定。世界中に拡がる混沌とした不安定は太陽の変化による。

――人間の体内には2つの時計が秘められている。1つは受胎時の生理的な時計。もう1つは太陽に基づいた、信号としての時計だ――


 1967年、モーリス・コテレルは強力なインフルエンザの大流行や総合失調症の増加などが、太陽の黒点周期のズレや異常活動と深い関係がある事を発見している。

 マヤ文明が最盛期であったのもかかわらず、太陽の異常活動で収穫が出来なくなる。出生率も極端に減少する。文明が滅びる事をマヤ人は知っていた。

 

 太陽――直径は139万2千キロメートル。赤道上に地球が110個余り並ぶ大きさだ。太陽の質量は地球の33万倍。太陽はガスの塊と言われている。水素が70パーセント、ヘリュウムが28パーセント、残りが重い元素。

 太陽系の質量の98・8パーセントを太陽が占めている。残りの質量のほとんどは木星が占めている。地球や火星などその他の惑星が占める質量はたかが知れている。

 地球から太陽までの距離は、約1億5千万キロ、光速で8・2分かかる。太陽も地球と同様に自転している。赤道付近では時速7150キロで回転。26日間で1回転する。ところが両極では時速875キロで回転速度が落ちる。1回転するのに約36日かかる。

 太陽のN極とS極は、11年ごとに逆向きになる。磁極の配置が元通りに戻るサイクルは約22年。


 太陽から光と熱が消滅した。

人類と地上に生存するすべての生物は太陽に依存していた。母なる大地、父なる太陽。

 その2年ほど前から、大地に生きる生物は地下に潜った。

 今――、何とか命脈を保っていた人類に鉄槌が下された。

 人々は朝、太陽が昇ると共に起きる。夕方、西日が沈むと共に仕事を終える。長く降り続く雨、冬の長い雪の日、人々は太陽が雲間から顔を出すのを待ち焦がれる。

 今――、太陽はフォトンベルトに接触する。電気の切れた電気球のようだ。太陽のコロナ発電は止む。人間の眼には見えないが、液化した黒いガスの塊が、太陽系の中心に鎮座している。

 そこから、幾千万とも知れない黄金の卵状の光体が飛び立つ。天の川銀河の中心部に向かって飛んでいく。光体の1つ1つは、人間から見た”太陽神”なのだ。

 ”彼ら”は1つの進化を終えた。新たな進化に向かって、銀河の中心部に入ろうとしている。

 黒い太陽――地上は真の闇と化す。

 地下に生き残った10何億の人類に変化が生じる。死の深淵に落ち込むような孤独感に締め付けられる。人々は恐怖と寂しさに耐え切れず肩を寄り添って生きている。それでも身を切り苛まれるような孤独感から抜け出すことが出来ない。

 暗黒の中で焚火の灯りだけが唯一の救いとなる。太陽の光が消滅した今――、その明りさえ不安と苛立ちを覚える。脳内物質メラトニンが分泌されない。このホルモンは性格を穏やかにする。

 今、分泌されるのはアドレナリンだ。恐怖、怒り、暴力を誘発するホルモンだ。

 肩を寄せ合って生きてきた人間はお互いに殺し合いを味める。阿鼻叫喚地獄の修羅場が出現する。


 太陽の光と熱を失った地球は零下70度から80度、怒り狂ったような風と雪が舞う。


                2032年12月22日


 遂に運命の日が到来する。ポール・シフトが起こる。南極と北極の磁場が逆転する。動物は脳内に磁石を持っている。磁力は北から南へと流れる。動物の脳はその流れに適応している。人間も同様だ。磁場が逆転する。フォトンベルトの猛烈な磁力が脳内に侵入する。人類は発狂する。

 すべての電気装置は動作不能となる。照明や電気ストーブは使用不能。フォトンエネルギーによって、地球の電磁気フィールドが崩壊するからだ。モーターも動かなくなる。パソコンやコンピューターは言うに及ばない。電気で作動する物は一切使用できないのだ。

 地下坑道で生活する人々はポール・シフトで発狂する。焚火以外の暖房は使用できない。

――この日、地球上に生存する人類は死滅する――

 マルデクが作った地下世界、黄金の異界に住む人間以外は生き残れないからだ。

 この日、陽中公平は体中に激痛を覚える。

「日奈子・・・」公平は助けを求める。日奈子は熟睡している。起こす気にはなれない。周囲を見回す。

 地下室は15帖程の広さ、ローソクの灯が1本燃えておる。炉の火があかあかと燃えている。外は零下60度を超えている筈だ。地下室の片隅に段ボールが山済みになっている。薪代わりの板切れが壁いっぱいに積んである。来年の1月中旬までは、”ここ”で過ごすことになる。

 体が締め付けられるように痛い。地球はフォトンベルトに突入したのだ。ポール・シフトが起こっている。人類はこの日をもって滅亡する。

・・・俺と日奈子だけか・・・複雑な気持ちだ。

 陽中公平は苦痛から意識をそらす。眼を瞑る。頭の中が白くなる。脳裏に名古屋市栄の地下街の光景が浮かぶ、栄プラザと言われている。地上は松坂屋、三越などの百貨店などが軒を連ねている。名古屋駅名店街と並んで名古屋繁華街の中心地だ。

・・・この光景は・・・

――数日前の事です――

声がする。きびきびとした子供のようだ。活気に溢れている。透き通った響きがある。

――私はマルデク――

 陽中公平は驚く。巨大な龍、日奈子によって活力を与えられている。

 名古屋の地下街は物資が豊富にある。食品、医薬品、衣料、全てがそろっている。地下街で数十万人の人々が避難生活を送っていた。

 1年たち、2年となる。生活物資が底をついてくる。地上の百貨店や商店街を漁る。厳しい生存競争が繰り広げられる。力のある者が生き残る。

 2032年初春、数十万人いた人口は2万人程度に激減。黒い太陽が出現。不安と狂気に脅える人々は殺戮を繰り返す。

 地下街は地上から漁ってきた”薪”が唯一の暖房となる。灯油や重油はすでに底をついていた。地下の繁華街の歩道には死体が累々と横たわる。ほとんど裸だ。衣服ははぎ取られている。老人や子供、女が多い。

 食料は食べ尽くしている。死体の肉をはぎ取る。焚火で焼く光景が展開する。

 地下街は歩道の両側が商店街となっている。1区画を数人が占拠している。ナイフや包丁を持つ。侵入者がいないか眼を皿にしている。中で木片を燃やしている。

 彼らの生活はもはや人間ではない。餓鬼地獄さながらだ。時折、目の前を人が通る。殺して荷物を奪う。


 今日――ポール・シフトの日。フォトンベルトに突入。

 地球の極地が入れ替わる。南極が北極に、北極はその逆になる。磁気の移転は地上に住む生物の意識に大きな影響を与える。ホルモンなどの脳内物質に異常をきたす。

 頭痛に悩まされる。体中の節々が痛くなる。免疫力が低下する。それでなくても、地下街の住人は極限状態にいる。食物を吐き出す。下痢に悩まされる者が続出する。

 そこへフォトンベルトが覆いかぶさる。電磁波の異常現象が発生する。生き残った人々の意識は狂気となる。殺し合いで幕を閉じる。


 眼をそむける光景だ。 

――人類は滅亡しました――マルデクの声は無情だ。悲惨な光景は栄プラザだけではない。世界中、至る所で同様の現象が起きている。

 アメリカの大統領が避難した、ネバダ州リンカーン郡の空軍基地、エリア51、正式名グレーム・レイク。

 2年前に軍の兵士たちの反乱が起きる。大統領や政府高官、富豪達特権階級の権利が剥奪される。兵士と同様、一市民としての生活を余儀なくされる。

 ここでも黒い太陽、ポール・シフト、フォトンベルトの脅威が容赦なく襲う。アメリカは武器の国だ。地下世界で戦争が起きる。女、子供、政府高官、実業家など、腕っぷしの弱い者が犠牲になる。最後に残ったのは兵士達、彼らも殺し合いを始める。2032年12月22日が終わる頃には生存者はいなくなる。

 世界中の国々から人類が消滅する。


 ――2千年後、彼らの魂は肉体を持って、蘇生します――

 生まれ変わり――マルデクは語る。

 人間は人間に、馬は馬に、犬は犬に生まれ変わる。人間が猫に、犬が人間に生まれ変わると言われる事がある。その事実はない。生まれ変わりは同じ種族の中でしか行われない。

 死滅した70億余の人間は、フォトンベルトが去った後、種として霊界に漂う。原始人として生き残る1億の人類は急激に増加する。

――彼らはその種となります――


陽中公平は深い瞑想の中で問う。日奈子が誕生した時、常滑市民病院の保育室が爆破された。多くの幼児が死んだ。

・・・本来なら、あの中に日奈子がいた・・・

――その通りです――

 日奈子が助かることは予測していたとマルデクは言う。あの赤ん坊たちは、本来ならば、今日、いやその前に殺されていた。

 あの爆発で、赤ん坊の魂は霊界で保護された。

 2032年12月22日が真に人類最後の日の筈だった。黒い太陽はガス体だ。2千年後、フォトンベルトから解放された時、太陽を消滅させる計画だった。

 太陽がない太陽惑星は中心核を失う。やがて粉々に砕けちるか、宇宙の彼方をさ迷う運命となる。

・・・幼児殺害が、どうして人類救済となるのか・・・公平は2つの巨大な龍を思い出す。

 マルデクの声に淀みがない。

――幼児たちの運命を変えてしまった――

 赤ん坊達は生きていれば日奈子と同じ7歳になる。ただし、彼らの運命は数日前に尽きている。本当ならば太陽がこの世から消滅している。地球も存在しない。彼らの霊体も、他の人間の霊体も”あの世”へ行く前に消えている。”あの世”さえも存在しなくなるからだ。

 マルデクは7年前に、爆破によって幼児の肉体を消し去った。霊体があの世に残る。

 人間は生まれた時に、死ぬ日が決まっている。”神”が決めるのではない。生前の行為、業によって定まる。マルデクといえども、それに介入する事は許されない。人間の業「カルマ」は人間同士の関わり合いによって影響される。

 それに介入する事は、その責任を持つことになる。責任を持つとは、1万3千年後のフォトンベルト突入の日まで、見守ってやる義務を負う事になる。

 幼児殺害の指令を出す。マルデクは命を賭けた。

 太陽神=日奈子が、もう一度人類救済のチャンスをくれる事を・・・。

 マルデクは真に人間を愛していた。


                 2032年12月23日


 陽中公平は深い瞑想から覚醒する。ベッドの隅にゼンマイ式の目覚まし時計が2つある。公平は手製のカレンダーの12月23日に〇印をつける。節々の痛みは少しは軽くなる。頭痛は相変わらずだ。体がふやけた感じがする。

 地球はフォトンベルトに包まれている。大気が圧縮される。体が膨張したように感じる。

ポール・シフトの影響が出る。地球の外殻に極端な地殻変動が生じる。地震が多発する。今まで海だった所が、地上に浮き上がる。大地が陥没する。海中に没する。

 大西洋にあったアトランティス大陸。太平洋のムー大陸が再び浮上する。

 日本では沖縄諸島から宮古列島に至る琉球諸島の海底が浮上する。この地域の海底には古代遺跡が眠っている。

 陽中公平の住む知多半島も大部分は海底に沈む。鳴海、熱田、県庁の所在地まで海の波に洗われる。


この日をもって、もう1つの不幸が生じる。

フォトンベルトの影響は電気を帯びる物を全て無にする。コンピューター、電話、発電所、あらゆる電気設備は使用不能になる。

 もう1つの不幸とは、核物質だ。アメリカやロシア、フランス、中国などが所有する核施設は最大の危機にさらされる。すべての原子爆弾、水素爆弾が爆発する。地上は放射能で覆い尽くされる。

 大気が不安定になる。零下70度から80度の日が続く。台風並みの突風が吹き荒れる。


 陽中公平は瞑想状態に入る。日奈子は公平の腕の中で眠っている。

 公平の脳裡に映ったのは、青木ヶ原の地下世界だ。全体が白光で包まれている。公平は不思議な気持ちで眺めている。十数万人の人々が生活している。地上の激変はここでは影響を与えていない。

 川が流れている。森や林がある。人々はテントで生活したり、森の中で寝起きしている。

 作業服を着た人、背広姿、女性も色鮮やかな服装だ。各自が持ち込んだ食料は1年ももたない。すでに畑を耕す人がいる。川から魚を獲る人。小動物を追う人間。

 バラバラに生活している様に見えるが、よくみると統率が取れている。林に中に数百人が集まっている。話し合いをしている。仕事の分担を話しているようだ。

 統率者は紺の作業服を着ている。顎のはった四角い顔をしている。大柄だ。茫洋とした表情だが、眼だけが炯々としている。彼の周りに、同じ作業服の男が50名、彼の命令を待っている。

――あの男は大山、幼児殺害犯です――  

 マルデクの声に抑揚がない。淡々と説明している。驚くのは陽中公平の方だ。

マルデクの作った地下世界は世界中至る所にある。地球規模で約1億人が生活している。大山のような人殺しがいる。泥棒や悪徳警官もいる。職業は雑多だ。

・・・マルデクはどういう基準で選んだのか・・・公平の疑問は尽きない。

――基準などありません――例のごとく、マルデクの返答は早い。

 マルデクは常に人類の1人1人に声をかけている。彼の声が聴こえる者は少ない。聞こえても”気のせい”として意に介さない者もいる。

・・・あなたの声を聴くにはどうしたら・・・

――聴く気持ちを持つだけ――

 マルデクは陽中公平の質問を予測している。彼にとって人類に善も悪もない。身分の上下もない。魂の階段においては、皆同じなのだ。

 人間には皆エゴがある。自我と訳す。”自分は”という想いは誰にもある。その在り方は1人1人異なる。

 権力を握る事で自我の充足を図る者。金持ちを目指す事で人生の生き甲斐を見出す。これも自我の発露だ。

芸術作品に自己の全てを打ち込む者。スポーツで他人を打ち負かす者。すべて自分こそは・・・の意識の表れにすぎない。

 エゴは人間の本能に根差している。魂の発展向上にはなくてはならぬものだ。だがそれに囚われる余り、人を傷つけ、殺す。

 人間は転生を繰り返す。因果応報がついて回る。金持ちの家に生まれる者。極貧の中に生まれ者。幸福に死を迎える者。断末魔の苦しみにのたうって死ぬ者。

 誰のせいでもない。前世の行為の結果が今生に現れただけだ。


 ――見渡すがいい――

白光に満ちた地下世界。地上で、そして洞窟内で、寒さと飢えに苦しんで死ぬ者とくらべて、何と幸福な事か。この世界で生きる者に、飢えや寒さの苦しみはない。それでもエゴがついて回る。

 やがて支配者が現れる。それに服従する者が出る。

――この地下世界に金属類は存在しない――獣を殺す。皮を剥ぐ。石器や木器が生活の用具となる。服を紡ぐ蚕もいない。木綿も存在しない。

 着る物は木の皮を剥いで繊維をとる。獣の皮を着る。人々の多くは本を持ち込んでいる。ここでは製本の技術はない。印刷機も作れない。本はやがて朽ち果てる。

3百年、4百年と過ぎる。人は死に、新しく生まれる。代が変わる。人間が蓄えてきた文化は世襲されることがない。言葉を話せても、文字を伝える事が出来なくなる。

 その言葉さえも、眼で見た物、手で触れたもの、それを表現する語音しか話せなくなる。哲学的、詩的な思索から生まれた言葉は忘れ去られていく。

 この世界は、生きていくに必要な食物、衣類、住む場所を確保するだけで精一杯なのだ。娯楽、文学、芸術などを育む余裕すらない。

 2千年後、人々が地下世界から地上世界へ出る時は、原始人として出発する。

――私の声に耳を傾ける人間が1人でも多く出現する事を望んでいる――

 マルデクの声に悲壮感はない。飢えと寒さ、恐怖で死んだ地上の人間、約60億人。地下世界で生きる人間約1億人。2千年後、彼らは同じ出発点に立つ。以後1万1千年に渉り、進化の道を歩む者、エゴに囚われて変化もなく転生を繰り返す者。

 その結果はフォトンベルト到来の時に判明する。

――天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲み入れる網のようなものである。それが一杯になると岸に引き上げ、そして座って、良いのを器に入れ、悪いのを外に捨てるのである。世の終わりにも、その通りになるであろう。すなわち、み使いたちが来て、義人の内から悪人をえり分け、そして炉の火に投げ込むであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう――マタイによる福音書

 キリストの言葉を心にとめる者が、私の声を聴く者となる。

 マルデクは手を差し伸べるが、その手を掴むかどうかは人間の意思次第と言いたいのだ・・・。


                2032年12月24日


 陽中公平の頭痛は収まる。締め付けられるような筋肉痛も和らいでいる。時間はゼンマイ式の目覚まし時計を見るだけ。いつ朝になり、夕方が来たのかわからない。それでも腹時計が朝食、昼食、夕食の時間を知らせる。

 即席ラーメンや乾パン、みそ汁だけでは生き抜けない。生野菜は地上の土の中に埋めてある。冷蔵庫代わりだ。それにビタミン剤、微量栄養素などがある。

知多半島だけでも生き残った者は5千人と、日奈子は言う。マルデクに守られている人達だ。彼らはどこにいるのか。陽中公平の心の疑問に日奈子が答える。彼女はベッドの上で起きている。

 東海市の丘陵地帯に市営の病院がある。その地下10メートルに地下世界がある。人数は少ないが、地下水が湧き上がり、川となって流れている。森や林もある。小動物もいる。伊勢湾が近いので、海水が流れ込んでいる。人間に必要な塩はここから摂れる。

 富士山麓青木ヶ原の地下世界では塩がない。マルデクは岩塩を置いている。

 世界中の地下世界で生きる1億人は、マルデクの声に従っている。

 旧約聖書の創世記、アダムとイヴは直接神の声を聴いている。アダム以後、ノアが箱舟を作るまで、神は直接人間に語り掛けている。それから長い年月が過ぎる。神の声は一部の人間にしか聞こえなくなった。これと同じ事が、フォトンベルトが去った後にも起こる。


 フォトンベルトに突入して3日目、陽中公平の心にはマルデクの声が聴こえなくなった。代わりに日奈子が語りかける。

 日奈子を胸に抱く。瞑目する。

 目の前に黄金の異界が出現する。

・・・ここは・・・公平は叫ぶ。見たことがある光景だ。

――長野県飯田市阿智村陽中――

日奈子の声は透き通っている。

 陽中公平が生まれた場所、陽中部落だ。3歳まで過ごした場所だ。3歳といえばまだ物心がつく歳ではない。にも拘らず公平の脳裏には鮮やかな記憶として焼き付いている。人口2百人足らずの小さな部落。陽中神社を背後にして、部落の南側に田や畑が拡がっている。

 後年、この地域はマルデクの命令で跡形もなく整地されている。

 黄金に彩られた光栄の中に陽中部落がある。陽中神社の祠が黄金に輝いている。

「あっ」公平は思わず声をたてる。後年、公平は跡形もなくなった陽中部落を訪問している。陽中神社は日の入神社と名前を代えられていた。礼拝後、石段を降りようとした時、神殿奥で何かが光ったような気がした。

 黄金に輝く異界の神社、現実の陽中神社、この2つは繋がっていたのだ。

・・・佐江子がいる・・・公平は我を忘れる。黄金の異界、陽中部落は宏大な広がりを見せている。2百名の部落民、長老もいる。父隆一、母洋子もいる。

 彼らは生存中と同じ服装をして、同じような生活を続けている。

・・・死んだ者もいるのか・・・

――黄金の異界にいる人達は2千年後に太陽に行くの――日奈子の声は驚異に満ちている。


 黄金の異界は2033年1月中旬に眼に見える形で、地上に出現する。空や地上は黄金の光で包まれる。夜は無くなる。昼間の明るさが1日を支配する。

 気候は温暖になる。人間以外に小動物も出現する。かって人間は12本のDNAを保持していた。今は2本しかない。フォトンベルトの影響で人間は神々に生まれ変わる。

 飲んだり食ったりしなくなる。眠ることもなくなる。歳もとらなくなる。老人は若くなる。子供は成人となる。死ぬ事もない。子供も生まれない。行きたい場所を想像するだけで瞬時に行く事が出来る。人との交信はテレパシーによる。

 1つ問題が生じる。人間としての意識と欲望が残っている。飲み食いは人間の3大欲望の1つだ。美酒に酔いたい者、おいしいご馳走にありつきたい者、想像するだけで、目の前に、酒や料理が現れる。嫌になるほど飲み食いが出来る。

 人間の世界では過度の飲み食いは体に悪影響を及ぼす。病気、老化の原因となる。

 黄金の異界では病気は存在しない。過度の飲み食いは、心の充足だ。肉体への影響ではない。

 セックスも避けて通れない問題だ。恋人、夫婦のセックスは言葉では言い尽くせぬ絶頂間を味わう。

独身者は恋人が欲しいと願う。妊娠の体験もできる。子供が出来ても、やがて消える運命にある。欲しいと願えばまた現れる。

 フォトンベルトは陽子と陽電子がぶつかり合って生まれる、極細の超微粒子だ。人間の想念に影響されやすい。人が想像するものを、形にする性質がある。

 人の時代に愛は存在する。憎しみや怨みの念の方がもっと多く存在する。エゴの作用だ。しばらくの間それが続く。憎い相手が目の前に現れる。殺したいと思う。実際に血を見る騒ぎとなる。

 百年、2百年と時代が下る。憎むことに”飽き”てくる。暴飲暴食はやがて、げんなりしてくる。エゴの作用が沈静化する。肉体は若いが心が成熟してくるのだ。何も求めなくなる。孤独を好むようになる。深い沈黙が人々=神々を支配する。

 心に残る怒り、憎しみ、怨みの念は清浄されねばならない。それは陽中公平の役目となる。その方法は、今の公平には判らない。日奈子の力がその方法を目覚めさせる。

――父さん、見て――日奈子の声に、公平の脳裡は光輝く。そこに展開される光景――地球は太陽の様に、黄金色に輝いている。地球の大気の温度は1万度を超える。

 太陽は巨大な黒い塊だ。フォトンベルトの影響で光りと熱を失っている。太陽系の惑星は粛々として、太陽を廻っている。

 数週間後に迫った現実の光景が、公平の脳裡に展開している。公平は息を飲む。


                 2032年12月25日


 フォトンベルト突入後、地上の温度は徐々に緩やかになってきている。零下80度の極寒だ。それが50度から40度程まで下がってきている。

 この日、黒い太陽から飛び散った無数の黄金の卵、その多くは銀河宇宙の中心を目指している。一部は地球に向けて飛来している。

 黄金の卵、大きさは人間くらいだ。まだ光と熱を帯びない地中に降り注ぐ。流星のようだ。彼らは生命体だ。肉体を持たない。かっては人間だった。進化の過程で肉体を必要としなくなる。太陽神として太陽で生活する。

 フォトンベルトの影響で、太陽は熱と光を失う。地球にやってきた太陽神、彼らは2千年後の人類の進化に一役買う。

 マルデクの懇願で、太陽系の消滅は一回伸びた。1万3千年後のフォトンベルト突入が最後なのだ。1人でも多くの人間を神々として救い上げる。

 聖書にある――招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない。救済から振り落とされた者の魂の救いはない。

 今日――、地上から空を見上げる事が出来たなら――夥しい数の黄金の卵がいつ知れぬともなく、地上に降り注いでいる。空は黄金に染まっている。地上に落下した卵は地下へと消えていく。彼らの魂は2千年後、肉体を持って蘇生する。

 過去――多くの聖者、預言者,哲人が輩出している。人類を導く太陽神だ。


 彼らの目的は他にもある。

 1つ、地球の浄化。地球に存在する核爆弾が爆発してる。何万発かは予想も出来ない。1つ1つの威力はすさまじい。日本列島は数発の原子爆弾で消滅すると言われている。数万発の核爆弾で、地球は揺れる。軌道に狂いが生じる。放射能で大気が汚染されている。放射能の除去、地球の軌道修正。

 次に地下資源の回復。長い年月、人類は石油や石炭、金属などの地下資源を掘り尽くしてきた。地球の資源は無限ではない。地上に溢れた資源を地下に戻す。火山の爆発、海底の隆起、陸地の陥没。


 陽中公平は日奈子を抱いている。深い眠りに入っている。夢を見ている。世界中の至る所で火山が噴火を繰り返す。海底から陸地が現れる。陸地は海の底に沈む。

・・・本当はね・・・

 寝ている筈の日奈子の声だ。夢の中ではっきりと聞こえる。

――彼らは人類を滅亡させる為に飛来している――

 黄金の異界に住む人間以外は、死滅させる。日奈子から生まれる大いなる神が命令を下す。

 人類の肉体はフォトンベルト突入の日に滅亡している。幽体が地球上を漂っている。その数6百億ともいわれている。霊体すべてを消滅させる。

 黄金の異界に住む人間だけが2千年間生き残る。光と熱を失った太陽のガスは発散させられる。太陽の消滅だ。2千年後、フォトンベルトが去る。黄金の光の中の人類と共に、彼らは天の川銀河の中心に移り住む。

 この計画はマルデクの意思で変更させられる。マルデクはあまりにも人間に心を入れすぎた。情を移してしまったのだ。

――1人でも多くの人間を救済したい――マルデクは常滑市民病院の幼児殺害で意思表示する。

 太陽からの神々は日奈子の命を受ける。病んだ地球を回復させる。

 マルデクは2千年の眠りに就く。白い光りに包まれた地下世界。約1億の人間はマルデクの庇護から突き放される。人間の知能は退化する。2千年後地上に出る時は、人類固有の言葉を失う。

 マルデクが目覚める。人類に叡智を送る。環境に適した言葉が生まれる。

 聖書にあるバベルの塔、人類の傲慢に怒った神が、人々の言葉を乱したとある。

 原始時代、人類には統一された1つの言葉など存在しなかった。マルデクがバベルの塔を造る。人類に言葉を送るためだ。言葉を乱したのではない。住む地域に相応しい言葉を生じさせるためだ。

 日本に外国人が入ってくる。彼らは母国語を話す、日本語も覚える。彼らの生活、風俗は母国のものだ。2代、3代と代替わりが続く。1代目の風俗、習慣は薄れていく。言葉も巧みに日本語を操る。体つき、風貌も日本人の様になっていく。

 マルデクは統一された言葉、風俗を好まない。雑多な人種、風俗、習慣、宗教こそが本来の人間の姿なのだ。

 マルデクは地球上の人類の進化を助ける。太陽からの神々の助けも受けている。マルデクは本来は太陽神である。太陽から飛来した神々は、人類を神々の進化のための道具としてしか見ていない。

 マルデクは人類を自らの子供として、感情移入している。光りや熱を失った太陽は消滅させられる。太陽系惑星地球は粉々に砕け散る運命にある。

 太陽から飛来した神々は、生き残った人間の霊体を、1つ残らず消滅させる。それも日奈子が産む大いなる神の命によって。

 マルデクはその計画に異を唱えたのだ。1人でも多くの人間を救い上げたい。マルデクの意思表示は認められる事になった。


                 2032年12月26日


 陽中公平の体の痛みが消える。頭痛もしない。地下室の生活が長い。食料も満足なものがない。ほとんど身動きしない。筋肉が萎縮していくのが普通だ。太陽を見ないから、顔色は青白く艶が無くなる。体力の衰えも早い。

 その常識が通用しないのに、公平は気付く。肌の艶が良い。気力も充実している。運動をしないのに、筋肉が盛り上がっている。義兄の角田健一を思い出す。

・・・日奈子・・・」彼女との交信は黙想の中で行われる。

 心身共に充実している。体が若返っている。その理由を日奈子に尋ねる。

――フォトンベルトの所為――

 フォトンベルトの光子は波動が精緻だ。陽中公平の体がそれに順応している。体力は活性化している。気力も充溢してくる。これから2千年、この世界で生きる者は老いを知らない。死ぬこともない。

 陽中公平は黄金の異界に守られないで、この世界に入れた、たった1人の人間だと言うのだ。

来年1月中旬には、陽中公平は度の強い眼鏡を必要としなくなる。体力も20代の若さとなる。

 日奈子の声が続く。太古、人類はシリウス星からやってきた。マルデクは人類を地球で生活できるように改良した。人類は生まれ変わりして繁殖する。肉体が滅亡して、霊体として意識できるのは人間だけだ。

 数年前まで、地上に生存していたのは約70億人。肉体を持たない人間=霊体はその約10倍。救済される人間は、両者を合わせても約7千万人。

 人類を地球に送る当初の目的は、神々の道具として利用するためだった。マルデクは人類にエゴを植え付ける。

 旧約聖書、創世記、ノアの箱舟以後、人類は増加する。マルデクの下に多くの神々がいた。

――全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに言った。「さあ、レンガを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代わりに、レンガを得た。しっくいの代わりに、アスファルトを得た。彼らはまた言った。「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔を見て、言われた。「民は1つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をし始めた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。

 さあ、われわれ(神々)は下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた――創世記第11章


 人類にバベルの塔を築かせたのはマルデクだ。多くの神々に指示を与える。人間を競わせる。自分の持ち場を他人よりも早く完成させるように仕向ける。

 自分の持ち場が早く完成する。神々から称賛される。優越感がエゴを産む。エゴは人類が進化向上するのになくてはならぬ心の働きだ。反面他人と差別する優越感につながっていく。

 個人の紛争、憎しみ、怒り、怨み、全てはエゴの発露に根差している。

――自分を今よりも良くしたい――

 エゴの発露は戦争や人殺しへと拡大していく。


 マルデクは人類の歴史には一切関与しない。唯一関与したのは、幼児殺害、教祖暗殺など、フォトンベルトの影響を考慮した者ばかりだ。これらの事件を通じて、マルデクは、もう一回だけ、人類の救済を訴えたのだ。


 フォトンベルト突入後5日目、マルデクの役目は終わる。彼が目覚めるのは2千年後、太陽系がフォトンベルトから抜け出す時だ。地下世界の白い光りで守られた人類は営々と生きる。子孫をもうける。年老いて死ぬ。時間と共に代が変わる。地下世界では気候や環境の変化はほとんどない。

 この世界こそがエデンの園だ。人類の知能は低下していく。生きる気力も弱くなっていく。エゴは薄れる。

 2千年後、彼らが地上に出る。2千年前人類が築いた文明は跡形もなく消滅している。人類が作った”もの”は地中に埋もれる。大地の圧力で自然界の資源に変質している。

 後世、自然界の圧力に抗して生き残った文明の片割れが表出する。

 1880年、コロラド州の炭坑の石炭の中から鉄製の指貫が見つかった。

 1883年、フランスのパ・デ・カレのブリー・グリネー炭洞から人間の化石化した骨が6体出現。

 1884年、スコットランドのダンディに近いキングーディ採石場で、粘土層に埋もれた石塊から錆びた釘

       が発見される。

 1851年、カリフォルニア州でも、石英の中から鉄釘が発見されたのだ。

 1948年、中国、甘粛省宗山の石塊から金属製のネジが見つかっている。

 1912年、オクラホマ州トーマスで石炭塊の中から鉄の容器が現れた。

 1852年、マサチューセッツ州ドーチェスターで岩塊の中から直径16センチ、高さ11センチの銀の合

       金の壺が出てきた。

 1891年、イリノイ州モリソンヴィルで石炭の中から18金の鎖が顔を出した。

 1934年、テキサス州キンポール郡ロンドンで岩塊から木のハンマーの柄た飛び出した。

 このような事実は世界各地から多岐にわたって出現している。以上あげた例はほんの一部にすぎない。

 これらの出土品を”オーパーツ”と呼ぶ。場違いな物、あり得ない物を表現する言葉だ。

 これらオーパーツは識者の時代鑑定によると、1億年から短くても1千万年前の太古の時代の”もの”と言われている。

 だが、地球は、太陽からの飛来による神々の力で、2千年をかけて”もみにもまれる”のだ。

 火山の噴火、大規模な地殻変動、地震、津波が日常茶飯事に起こる。2千年後、日本列島の地形も大きく変わる。

 大地の激動に影響されない場所、マルデクが造った白光世界と神々が創造した黄金の異界だ。


                  2033年1月8日


 炉の火はあかあかと燃えている。部屋は暗い。炉に火だけが頼りだ。炉の前に大きなヤカンがある。湯が沸騰している。2~3週間前は石油ストーブがあった。灯油が無くなる。ストーブも地上の倒壊した家屋の中に捨てた。

 陽中公平はベッドから起き上がる。午後1時半。鍋に米と水を入れる。炉の前に置く。みそ汁を作る。

「日奈子、飯が炊けたぞ」

 隣のベッドの上に胡座している娘。

 地下2メートルの地下室。”器具”と言えるのは、”ゼンマイ式”の置き時計が2つあるだけ。

 日奈子に地上の様子を尋ねる。地下室の壁はコンクリート、暗い壁画に明るい画像が映し出される。

 常滑港の沖に浮かぶ中部国際空港、無惨な光景が映し出される。知多市、東海市の繁華街、道路に累々と横たわる無数の死体。

 後1週間で嵐が止む。大地は光を取り戻す。

太陽は2千年間暗黒のままだ。月から見る地球は青い。それは過去の光景だ。地球は太陽の様に光り輝く。熱も帯びる。地球だけではない。月も火星も、太陽系の惑星全てが太陽の様になる。

 太陽系外宇宙から眺めると、1つの恒星が一瞬の内に消滅する。新たな恒星が誕生したように見える。

 その日が刻一刻と近ずいている。陽中公平の体と心にも大きな変化が生じてきている。体力は若々しい。気力があふれている。

「あと、2,3日で・・・」日奈子は言う。

 陽中公平は度の強い眼鏡をかけている。歯並びも悪い。虫歯の治療で銀歯が相当数ある。耳も遠くなっている。

 眼鏡は不要となる。悪い歯は抜け落ちる。新しい歯が生えてくる。耳はどんな小さな音でも拾う様になる。髪の毛が20代の頃の様に伸びてくる。これは陽中公平だけの現象ではない。

 黄金に異界が地上に出現する。多くの人々が現れる。老人もいる。子供も女も、死んだ人間は蘇る。老人は若くなる。誰しもが強健だ。病人はいない。

 至福2千年の到来だ。


 日奈子は7歳。色の白い小柄な体だ。目鼻立ちがくっきりしている。母親似だ。髪が肩まである。

 後数日で親子の別れがやってくる。日奈子が産まれて4~5年は陽中公平が日奈子を守ってきた。

 フォトンベルト突入直前から、公平は日奈子に守られてきた。彼が生きているのは日奈子のお陰なのだ。

 2024年に角田健一、佐江子兄妹の家にやってきた少年がいる。佐江子と陽中公平の結婚を予言している。日奈子はこの少年と結婚すると言う。2人の間に大いなる神が生まれる。彼は地球にいる神々を束ねる。

 陽中公平は妻佐江子と再会する。2人は神々の魂の浄化の役目を担う。

 神々――といっても、まだ人間としての臭味を持っている。美味しい物を食べたい。きれいの服を着たい。夫婦なら、情を交わしたい。子供が欲しい。人間の欲に限りがない。

 黄金の異界では欲はすべて叶う。

 陽中公平夫妻の役目は、あきる程に欲を叶えてやる事だ。どんな欲も嫌になる程に叶えてしまうと、欲そのものに興味を失っていく。

 人間としての欲が消滅していく。次なる欲。神として2千年後に太陽の住人になる。魂の純化。人間的な欲から離れて、光り輝く黄金の卵に化身する。その心の準備に専念するようになる。


 日奈子は太陽神を産み育てる。彼女達の魂は地球を離れる。天の川銀河、その宇宙の中心に赴く。そこで何をするのか、誰も知らない。ただ1つ判っている事は、彼女達は太陽に帰ってくる。地球で進化を遂げた神々の神として君臨する。


 今――、陽中公平は現実の世界にいる。

 飯を炊く。日奈子に食べさせる。山と積まれた板切れを折る。炉にくべる。地下室にいるとはいえ、地上は零下30度から50度ある。暖を取らないと凍死してしまう。この生活も後1週間ぐらいだ。長い地下生活が続いている。

 日奈子との会話は瞑想の中で行われる。現実の日奈子はまだ幼児だ。人並外れた超能力を持つとは言え、その言動は子供だ。彼女が神として目覚めるのは、まだ先の事だ。

 室内の温度は15度。晩秋の涼しさだ。飯の後は、タライを用意する。宮内家の蔵の中にあった古い木のタライだ。炉の前においてある大きなヤカンがある。飲料水としては使用しない。地上の雪を取ってくる。それで湯を沸かす。日奈子の体を洗う。髪も洗う。残り湯で公平が湯につかる。

 1週間に一度残り湯で衣類を洗濯する。毛布の汚れも落とす。15帖程の地下室だ。段ボールや板切れが山と積まれている。2つのベッドがある。トイレもある。自由に動き回れる空間はその半分もない。明かりのない。2つある置時計で、日を記録する。その作業も1週間で中止となる。

 フォトンベルトの光子は微細だ。全ての物質に影響を及ぼす。特に金属への影響は著しい。鉄が空気に触れて腐食するように、フォトンベルトの光子に触れた金属は、その原型を止めなくなる。早い話、粘土が多くの水を含むと、形を崩す様にして崩壊していくのだ。その速度は数百年単位で行われる。ただ、地下深くに埋もれた金属は”その難”を免れる事もある。

 それにもう1つ、光子に触れた金属は震動する。人間の耳には聞こえない。その振動が脳波に深く影響を及ぼす。頭が痛くなる。気分の悪い症状が現れる。

 人間が白光の地下世界に入る時、マルデクが金属の持ち込みを禁じたのはこのためだ。

 原型を止めない金属は岩石に浸透していく。1万数千年後、人類は岩石から金属を取り出す。この過程が、この時から進行していくのだ。

 陽中公平は日奈子を抱きしめている。我が子として抱きしめておれるのも後1週間足らずだ。

 公平は過去を振り返る。

人類滅亡の日が近いと言われて、地下室を造る。有り金をはたいて、食料や物資を買いあさった。地下室に入る。外は暴風が吹きすさぶ。零下30度以上。外に出る事はままにならない。暗い地下での生活が続く。

 1ヵ月、2ヵ月が過ぎる。牢屋の生活だ。やる事がない。眼を瞑ってじっとしているしかない。色々な妄想が頭の中を駆け巡る。小さい頃、虐めにあった事。不動産業を開業して、同業者から嫌がらせを受けた事、いやな思い出ばかりが次から次へと浮かんでくる。

 それも3~4ヵ月も過ぎると、いやな事は浮かばなくなる。心が洗われたようになってくる。

 黒い太陽、マルデク、人類の進化などを見せられる。

今、自分が何処にいるのか、これからどこへ行くのか、全てが判明する。心は穏やかで静かになる。

 1日1日が大切になる。

日奈子との肉親の愛情を、しっかりと心に刻む。


               黄金の世界


 2033年1月15日

 陽中公平は深い瞑想の中にあった。周囲は黄金の光で満たされている。その中に、自分がぽっかりと浮いている。ただそれだけだ。何も思い浮かばない。自分がそこにいる事さえ忘れてしまう。

――虚無――死のような静寂が支配している。

・・・父さん、眼をさまして・・・

 遠くの方で日奈子の声がする。最愛の娘の声なのに、煩わしい気持ちがする。

――ほっといて――公平は取り合わない。

 声は段々近くなってくる。公平の心は揺り動かされる。うっとうしい気持ちで眼が覚める。日奈子を見る。

「みて・・・」日奈子は天井を指さしている。天井は地上の建物を支えるためにコンクリートの壁だ。15帖の地下室に数本の支柱が立っている。 その天井が明るくなっている。地下室は炉の火以外は明かりがない。

 天井の明るさが、だんだんと降りてくる。部屋の中に薄日が射したように明るくなってくる。室内は約15度に保たれている。温度計の水銀が上昇している。暑い。公平は厚着のジャンバーを1枚脱ぐ。日奈子もジャンバーを脱いでいる。

・・・何かが始まろうとしている・・・

 陽中公平の心に不安はない。彼はもはや、眼鏡をかけていない。裸眼でもはっきりと見える。

「日奈子、地上に出よう」公平は日奈子を抱きかかえる。階段を登る。天井の羽目板を外す。地上にある筈の建物は無惨な姿をさらしている。数本の柱が立っているのみ。屋根瓦は強風で吹き飛んでいる。

 地上に立つ。風はない。暖かい。西側の崖地に行ってみる。はるか向こうに海がある。海面が上昇しているのか、飛行場は管制塔のような大きなビル以外存在しない。

 保示港、その手前の保示の町、家屋と呼ばれる建物はほとんど存在しない。鉄骨のビルの壁が剥がれ落ちている。

 大地が明るい。空は黄金色に輝いているのだ。

・・・この明るさはどこからくるのだろうか・・・

 陽中公平は悟る。地球自身が光り輝いているのだ。

 透き通った明るさがしばらくの間続く。やがて――西の空に聳える鈴鹿の山々がかすんでいく。四日市の港も白い靄に包まれる。

――霧かな、雲でも出たのか?――公平は悟ることが出来ない。日奈子を見る。今に判るわ、日奈子の眼がそう言っている。

次に中部国際空港が霧に包まれる。保示港、町の屋根屋根も消えていく。霧と思ったのは白濁の光りと判る。光りが霧の様に動いている。やがて陽中公平も日奈子も包み込まれる。周囲の視界が悪くなる。公平は日奈子の手を握る。

 頭上から黄金の光りが降りてくる。気温も暖かい。風は全くない。黄金の光りが2人を包み込む。視界が悪い。煙を塗したような光りだ。光りが透明度を増していく。視界が開けてくる。

 景色が明るくなる。全体が黄金色に染まっている。陽中公平は驚愕する。西の空に聳えているはずの鈴鹿山脈がない。四日市の町も、飛行場も消えている。否、保示港の護岸堤防も町の屋根もない。

――家が――地下室の上に載っている筈の家屋もない。あるのは無限に広がる黄金の世界だ。

 日奈子がいない。握っている筈の手がない。

――日奈子――公平は目を見張る。

 彼女はいつの間にか、公平の後方にいる。驚いたのは彼女の服装だ。白いブラウスにスカート姿だ。背丈も伸びている。肩まである黒髪が美しい。涼しい眼差しだ。

「父さん」言われて、公平は自分の体を見る。いつの間にか、白いスポーツウエアーを着ている。靴は履いていない。髪も長い。手の甲を見る。20代の血色の良い肌をしている。

――黄金の世界――

 陽中公平のいる場所は、厳密には、自分の家の前だ。その場所と、公平のいる場所はおり重なっている。お互い干渉しない。公平の自宅の前で爆弾が破裂しても、黄金の世界には何の影響もない。次元の異なる2つの空間が同時に存在しているのだ。

 現実の世界――物資の世界は、空が太陽の様に熱と光を帯びてくる。灼熱が大地を覆う。樹木は焼ける。海は激しい蒸気を吹き上げている。プラズマの作用で空は厚い雲に覆われる。滝のような雨が降り注ぐ。雷や竜巻が発生する。大地は揺れに揺れる。至る所で火山が噴火する。

――地球は”もみにもまれる”のだ。


 黄金の世界は地球と重なり合っている。灼熱地獄も、台風のような風も雨とも無縁だ。

この世界に、やがて黄金の異界に避難していた人々が姿を現す。彼らは思い思いの姿格好をしている。自分の想念で作り上げた服装、住まい、生活様式で日々を過ごしていた。

 食べたいもの、服装、恋人、何でも”想う”だけで出現する。

 声がする。

「あなた・・・なの?」妻の佐江子だ。ウール混のジャケットを着ている。後ろに束ねた髪、大きな眼は日奈子と瓜2つ。我が夫の余りの変わりように、眼を見張っている。

「あなたは・・・、日奈子なの?」大人になった日奈子を仰ぎ見る。信じられない物を見た顔だ。

「佐江子!」公平は佐江子を抱きしめる・久しぶりの再会だ。

「私達、これからどうなるの?」

 佐江子は不安そうな顔をする。黄金の異界に避難した時にその答えは与えられている。にも拘らずと意を発する。

「身をもって学ぼう」公平の言葉に、佐江子は子供のように頷く。

 人間は親、兄弟、知人、縁者に引き付けられやすい。公平の元に、知った人々が姿を現す。

佐江子の兄健一、彼は白のスポーツウエアーを着ている。これ見よがしに肉体美を誇示している。公平の両親、死んだ祖父母も現れる。

 1つ所に集まった人々は大体において同じ想念を持っている。

自分達の住まいを作ろう。祖父母の家は昔ながらの田の字型の家。佐江子、健一兄妹は洋風の家。それぞれが好みの家を想像する。家は一瞬の内に出現する。

 1軒1軒の家が集まって部落が出来る。川が欲しい。川の流れが部落の端を通る。山々が足りない。緑なす山肌が出現する。太陽や月もお役目を賜わる。太陽は昼を司る。月は夜を支配する。

 衣服や食料は思うだけで手に入るのに、畑を耕す。機織り機で布帛を織る。薪で飯を炊く。

 人間は物への執着心が強い。やがて衣服に関心を持たなくなる。食物も贅を尽くさなくなる。身を焦がすような恋もしなくなる。

――魂の向上――この一点に関心が向くようになる。

 2千年後、人々がこの境地に達しない限り、太陽の住人にはなれないのだ。


                 エピローグ


 地球がフォトンベルトに突入して数年が過ぎる。黄金の世界で過ごす人口は約7千万人。それぞれの地域で、それぞれの想念の中で生活している。

 この世界の人々の特徴は、他人を支配しない事だ。他人を支配しようと想念すると、世界は混乱に陥る。

 1人1人が自分の想念の中で生きる。食べる事も飲む事も飽きるようになる。宮殿暮らしも馬鹿らしくなってくる。もっと上を目指そうと心を入れ替える。これが人が神々になるためのステップなのだ。

 陽中公平は佐江子、健一たちと生活している。日奈子はいない。公平の両親もいる。祖父母も老齢のままの姿でいる。一家団欒が数年続いている。

・・・日奈子・・・

 公平は回想に耽る。

 2033年1月15日、妻や両親、角田健一達が姿を現す。久し振りの再会に手を取り合う。しばらくして1人の青年が姿を現す。長袖の黄金のホームウエアのような服を着ている。黑い髪が肩まである。全身が黄金色に輝いている。

 妻の佐江子と角田健一は青年を見て拝跪する。2021年、角田兄妹が恵那市大井町の恵那ラジュウム温泉の裏手に住んでいた時だ。雪の降る夜に角田邸に現れた少年。

 彼こそが陽中公平との結婚を預言した人物、否、神なのだ。

 彼は日奈子の手を取る。日奈子は母の佐江子に似ている。大きな瞳、目鼻立ちの整った顔、7歳の少女が一瞬の内に成人に変身している。

――2人の間に、やがて子供が生まれる。その者は大いなる者を産む――陽中部落の古老の予言だ。

 2千年後、太陽は輝きを取り戻す。太陽に棲む神々の上に君臨する神、それが青年と日奈子の間に生まれる子供なのだ。

 陽中公平は呆然として2人を眺めている。昨日まで胸の中で抱きしめていた日奈子。彼女の変身は”晴天の霹靂”だ。今は神の姿として目の前にある。こんな形で別れるとは、公平は思いもよらなかった。

――日奈子――佐江子は公平に寄り添う。手から離れていく我が子を見る。再会して1日もない。

 人間としての感情が佐江子を支配している。

「ねえ、あなた・・・」公平を見る。幼い日奈子を創造したいと言うのだ。想像するだけで、何でも出現する世界だ。

 公平は妻の肩を抱きしめる。

「それはしない方がいい」公平は優しく諭す。想像したものがすべて手に入る。素晴らしい世界に違いない。一歩誤ると身の破滅となる。その事は佐江子も充分承知している筈なのだ。

――我々はもう人間ではない。神々なのだ――

 人間の真似をしてはならない。そんなことをしていたら・・・。


 日奈子の声が脳裏に響く。

――私達はこれから天の川銀河の中心に行きます――

そこで子供を産み育てる。2千年後ここに帰ってくる。太陽の住人に相応しくない者は根こそぎ根絶する。その時、歯噛みしたり、泣き叫んだりしても容赦はしない。

 魂の進化は厳しいものだ。自分で自覚して歩むしかない。日奈子の声は神々の脳裡に響いている。黄金の世界に住む7千万人全てにだ。


 日奈子と青年、二神の姿が黄金の繭に包まれる。高貴な輝きを発する。眼を開けていられない程の光りに包まれる。陽中公平、佐江子、角田健一、そしてその場にいる多くの神々は両手を合わせて拝む。

 黄金の光は、やがて薄れていく。繭が消える。

――この日から神々の第一歩が始まる――


 それから数年が過ぎる。

皆思い思いの生活を営む。陽中公平は佐江子と暮らしている。公平の両親、祖父母もそれぞれの生活の場を持っている。

 角田健一は自由気ままな生活をしている。彼は陽中部落の住人と会っている。世界中の神々と親交を持つ。

”想う”だけで世界中の誰とでも会えるのだ。

 岐阜県郡上郡八幡町、夕谷部落、宇佐見恵三の姿が見える。相変わらず山高帽子を被っている。彼は研究所を持っている。天体望遠鏡がある。側に亡き妻が寄り添っている。

 神々となった今も、彼は宇宙に関心がある。

 いつしか――、陽中公平は感慨を込めて眺めている。宇佐見さんに、宇宙に無関心になる日が来るように――。自分自身の魂の進化に興味を抱くように・・・。

 陽中公平の眼は世界中の”神々”の動向に注意を払っている。まだ人間の心を持った神々だ。人間の日の生活に執着しようとする。それを2千年かけて、払拭させる。彼の役目だ。


 佐江子と別れる日がやってきた。公平は切実に感じる。夫婦、恋人、親子と言っても、遠い過去生を遡れば他人同士だ。人は群れで生活する。共同体の絆が生まれる。

 神々となる。人間性を剥離する日がやってくる。共同体の絆が消えていく。

―― 一人 ――神々の生活の基本だ。

 佐江子はその事に自覚しだしている。夫と別れる。彼女の表情には愛惜の色はない。

――公平さん、ガンバッテ――もうあなたとは呼ばない。彼女の眼に深い理知の輝きが見える。

 陽中公平は今まで縁のあった者と最後の晩餐を催す。神々が見守る中、公平の体は白い輝きを放つ。それが消えた時、空の肉体は黄金の世界から消える。

 彼の霊体は世界中の神々の霊体に入り込む。

 陽中公平の最後の”仕事”が始まる。 


                            ――完――


 参考文献

フォトンベルトの謎 渡辺延朗著 三五館

2012年の黙示録 なわ・ふみひと著 たま出版

2012年・人類の終焉 辻本公俊著 ブックマン社

フォトンベルトの真相 エハン・デラヴィ著 三五館

人類を創生した宇宙人 ゼカリア・シッチン著 徳間書店

マヤの予言 エイドリアン・ギルバート、モーリス・コットレル共著 凱風社

マヤの宇宙プロジェクトと失われた惑星 高橋徹著 たま出版

知の起源 ロバート・テンプル著 角川春樹事務所

オリオン・ミステリー ロバート・ボーヴァル、エイドリアン・ギルバート共著 NHK出版

日本超古代とシュメールの謎 岩田明著 日本文芸社

ビッグバン理論は間違っていた コンノケンイチ著徳間書店

ホーキング宇宙論の大ウソ コンノケンイチ著 徳間書店

宇宙誕生の疑惑 磯部琇三著 大和書房

月刊誌ムーNO288 時輪の魔王「土星」の正体

月刊誌ムーNO301 救世主、出口王仁三郎の大降臨

月刊誌ムーNO243 2012年12月23日密林に消えた文明マヤの再臨

月刊誌ムーNO290 これが太陽系異星文明の証拠だ!

月刊誌ムーNO300 暗黒の伴星ネメシス接近!!

オーパーツ大全 クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 学習研究社

聖書 1955年改訳 日本聖書協会


 お願い

――この小説はフィクションです。ここに登場する個人、団体、組織等は現実の個人、団体、組織等とは一切関係ありません。

 なお、ここに登場する地名は現実の地名ですが、その情景は作者の創作であり、現実の地名の情景ではありません。――

                             


                                    

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