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1 プロローグ


 第482295号機は、第4宙の82区における移動基地295号機という意味だ。

 尚、295もの基地が稼働しているわけではなく、今まで82区に使われた号機の全てにナンバリングされているだけで、この区域で稼働している移動基地は二桁程度である。もしかしたら知らない内に一桁になっていてもおかしくない。

 何故なら、とても人気がない僻地だからだ。

 そんな第482295号機の中で、明日からのフェリザール長期休暇の話し合いがもたれていた。


「私達は一緒の配属だから、他の人達を優先しようって言ってたんだ。折角のフェリザールだし、みんなは家族と会ってきた方がいいんじゃないかなって」


 小柄な三角形の頭を少し揺らしながら、ミコーラが先に言い出したのは皆に気を遣わせまいとしたからだろうか。

 淡い紅色をした頭が、隣に座るフェスレスに確認を入れるかのように向けられる。


「ああ。私達は二人いれば十分にフェリザールできる。別に休暇は取るから、ここのことは考えなくていい」


 濃い赤色をした三角の頭をしたフェスレスが、四本の内、一本の手をそっとミコーラに伸ばした。おずおずと一本の手の先をそれに触れさせたミコーラは、兄を追いかけて配属されてきただけあって、それで落ち着いたらしい。


「私は本国に帰って試験受けてくるつもり。ここでの任期を終えたら僻地加算されるし、一気に上級公務コースを目指せるから頑張りたい。うちの家族、昔からフェリザールにも戻ってこなかったしね。こっちも勝手にするんだ」


 淡い紫色の頭を一部濃くしながら主張するのはラキンだ。


「じゃあラキン修務生は本国便を予約すること。デナル修務生はどうする?」


 トルンファスが緑の頭をデナルに向けて穏やかに尋ねた。


「トルンファス律務生はどうするの? やっぱり本国に帰るんだ? それとも旅行?」

「私はここに残るつもりだよ。ちょっとやりたいことがあってね」

「それってやっぱり新居を買いに行くから?」

「生憎と私の婚約者はのんびり屋でね、新居選びにも怖じ気づいてるんだ」

「そうだね。新居の販売データ送付、凄かったもんね。決めたら招待してね」

「そうするよ。で、どうするんだ?」

「え? そんなの決まってる。私も残るよ」


 へらっとデナルは答えると、淡い水色の頭をミコーラに向けて軽くピカピカと瞬かせる。


「気づかれてないと思ってるのはミコーラ修務生だけー。知ってるんだ、私。改造法3981、やってるよね? そりゃ早い者勝ちだけど、まだ取り掛かったばかり。つまり誰にでも権利はあるわけだ」


 ぴょこんっと、ミコーラは五本の足を小さく跳ねさせた。


「どっ、どうしてそれを・・・」

「甘いなぁ。申請書を提出したならちゃんと履歴を秘匿収納しておかなきゃ。普通の処理しかしてないから気づかれちゃうんですぅ」

「何それっ。改3981があるのっ? それなら私だってやるっ。なんでミコーラ修務生がそんなの見つけてるのっ。さてはトルンファス律務生、グルなんでしょっ。デナル修務生、私にもそのデータ渡してくれるよねっ?」


 勝ち誇るデナルばかりか、ラキンまで身を乗り出す。


「デナル修務生もラキン修務生も、本当はそんなの興味ないくせにひどいよ。私、大切に始めてたのに」

「勝負の世界は非情なのです。ちなみにこれが提出ファイルで、後は登録するだけ。ラキン修務生、200ケンで手を打つけど?」

「くっ、足元を見てきたっ。いい、払う」


 ラキンが手の一つに嵌められた端末にもう一本の手で触れると、チロリーンと200ケンがデナルの口座に振り込まれた音が響いた。

 すると提出ファイルがラキンの端末に送信される。


「しょうがないな。仕事に影響しない程度に頑張れ。そうなると五人共フェリザール帰省は無しか。最近の若い者は薄情すぎて困ったものだ」

「いやいや、トルンファス律務生。その執行管理者のくせに受け付けるお宅が一番薄情だからな?」


 かなりショックを受けた様子のミコーラに四本の手を絡めて慰めながら、フェスレスは呆れたように言いきった。





 そうして時間は流れていく。

 トルンファスは五つものスクリーンを展開しながら考えこんでいた。

 ずっと私室にこもっているトルンファスを心配したのか、フェスレスが新発売される予定のドリンクボールを持ってやってくる。

 ドリンクボールは一度に四つの手で握りつぶすだけで必要な栄養がいきわたるのだが、フェスレスはこの爽快感にはまっていた。


「どうした、フォル・ユーメ。新居を買うより同居の方がいいって気づいたのか?」

「そっちじゃない。お前が変な入れ知恵したからだろう。改造監査が入るかもしれない」


 その言葉にフェスレスは、怒りで赤い三角形の頭を少しどす黒くする。


「監査が入る筈ないだろう。これ以上ないぐらいにクリーンなのに、あんな忙しい所が動くわけない。しかもあんな無価値な所なんだぞ。誰が冤罪なすりつけやがった」

「そっちじゃない。今、どこもダークなやり方をしてるところが多すぎるんだ。君が弟可愛さのあまり、清く美しくやらせたからこそ、お手本として取り上げたいらしい。困ったな」


 理由を知ってフェスレスも赤い頭の色が薄くなった。


「それは困る。実はダミーを動かして年数加算してたのがばれたらヤバイ」

「そうなんだよ。私もレイ・クーンだけカウントしていたのがばれたらまずい。だからどうにかできないか、ブラックブレインで試算させていたんだ」


 実は全くクリーンではない二人である。


「ついでに異生物混入させたのもばれたら罰金刑じゃなかったか? デナル修務生が頼みこんできたから、見逃してあげたんだが」

「固有種保護法かなんかに抵触してそうだな。罰金だけならいいが、免許の幾つかが停止処分になるかもしれない。弟だけじゃなくデナル修務生にもいい顔していたのか、最低だな」

「しょうがないだろ。こんな所で過ごしてりゃ、誰もが家族みたいに思えるもんだ。で、どうにかならないか?」


 フェスレスは四本の手を袖から出してくねくねと動かした。

 誘惑するならともかく、礼を失しているにも程がある仕草だ。しかし家族枠みたいなものと知っているトルンファスは、気にせずスクリーンの一つを指し示す。


「だから誤魔化す手段を考えてたんだ。研究隔離法を持ってきて、論文を幾つか提出してしまえばどうにかなるかと、作成日をどこまで遡れるか調べてる」

「さすがだ、兄弟。一蓮托生、どこまでも私達は一緒だぞ」

「一人で()ちろ」


 スクリーンの一つに表示されている論文の目次を見て、フェスレスは手の一本を動かして更に中身を展開させた。

 トルンファスをおだてながらも、発表されている論文のレベルと作成所要日数をチェックする。


「そうなると幾つかの名前で論文を出した方がいい。この程度のできでいいなら、修務生の名前でも更に紛れこませるか」


 数年前の測定データを使っている論文も多いことを確認したフェスレスは、安心した様子でトルンファスに提案した。


「私と君との連名で簡単なのをとっくに出したよ。その研究管理の有効観測法に使うなら、固有種保護法より優先されるかもしれない。修務生のも紛れさせるってのはいい手だけど、あの子達じゃ誤魔化すのなんて無理だ。私達でやっていたことにした方がいい。上手く口裏は合わせられるよね?」

「惚れてしまうぞ、兄弟。ついでに年数加算、どうにか誤魔化す手を考えてくれ」

「自分でも考えてくれ。大体、レイ・クーンが泣かされたからってぶち壊したのは君だろう」

「そういう自分だって修復するのはラキン修務生に押しつけたくせに」

「不幸なタイミングだった」


 良心の呵責など全く持たないトルンファスは、そう受け流す。

 

「だけどね、私はもう執行管理者をするのが嫌になってきているよ。正直、質が悪すぎる。それなのに監査が入るかもしれないからこうしているわけだけど」

「そうぼやくな、兄弟。クリーンケースとして取り上げられるなら高く売りはらえるかもしれない。何よりあの子が始めたことなんだし、こういう時は見守ってあげるのが兄ってものだ」


 光明が見えたとなれば明るく考えるのがフェスレスだ。

 さっきまでの情けない様子は忘れてしまったらしく、譲渡用の法律を勝手にスクリーンに呼び出した。


「君はいいね。いいとこどりで」

「そうでもないさ。こういう時はあれこれしてしまった方が法律も優先順位がごっちゃになるし、きちんと公開できるデータなら目こぼしもされやすい。法が専門分野に特化しすぎているからこその弊害ってものだな。やってみるだけやってみよう。泣き言を言うのはそれからさ」


 トルンファスの緑色した手の先に、フェスレスがそれぞれドリンクボールを握らせる。


「ガツンと一気にくるね。たまにはこういうのもいいかな」

「そうだろ。第5宙の1区で見つかったんだが、本国でも発売が決定したそうだ。高く売られる前にって、第501044号機の友人が送ってくれた。弟にはドライすぎて駄目らしい」

「あの子は湿潤系が好きだからね。ありがとう、元気が出たよ。うまくやろう」

「ああ」


 配属先の同僚が、今となっては親友の二人だ。

 こそこそと細かい打ち合わせをし始める。

 それが真面目にルールを守る修務生にはまだ辿りつけない律務生の境地だった。

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