200 遥佳はサバを読んだ
大神殿の中には、第1等神官だけで話し合うことがある際、使う部屋がある。つまり各自に割り当てられた区画とは別の、共同で使用する部屋だ。
(私は15才、15才・・・)
そこに連れていかれた遥佳は、呪文のように心の中で繰り返していた。自己暗示の為に。
そんな遥佳はあと数日で19才。
(19才のくせに、『15才でぇーす』だなんて、恥ずかしくて誰にも言えないわよぉーっ)
きっと本物の15才が自分を見たら、「けっ、若作りが」とか言うに違いない。
あまりの恥ずかしさと情けなさに、今は自分の顔を隠してくれるこのヴェールだけが頼りだ。
十代にとって4つの年の差は、あまりにも大きすぎた。誰しもサバを読むのは何かと心苦しいものなのである。
「そこに座るがいい」
「はい」
広い部屋の中、ゆったりとしたソファの一つを第1等神官ジアラヒムに指差され、遥佳は大人しくそこに座った。
(何なのかしら、この位置ってば。私、ちゃんと王族の姫君だって言ったわよね? わざわざ下座に座らせるだなんて、こういうことでも、私が下の位だぞって自分の優位性を見せつけたいわけ? 何なのかしら、本当に。・・・ああ、だけど私は15才。そういう対応をされたら、そういうものなのねって疑わずに受け入れてしまう純真無垢な15才、15才・・・)
あくまでそう自分に言い聞かせる遥佳は、それでも信じたいと思う気持ちがある。
(人はどんなに悪い心に傾きかけても、それでも土壇場で引き返せる勇気が持てる。できるなら私はそれを信じたいわ。そう、信じたいのよ、・・・無駄だと分かっていても。できることなら・・・)
すると第1等神官達についてきた第2等、第3等の神官達が、その部屋から下がろうとする。
「それでは私共はこれで」
「まあ。お待ちになってくださいな、神官様。祝福とはとても素晴らしいものなのでしょう? どうしていなくなりますの? でしたら私も帰りますわ」
遥佳はあどけない口調を心がけて引き留めた。
(そうよ、私は15才。世間知らずで人を疑うことを知らない15才・・・)
若作りという言葉に苦悩しながら、イメージ・トレーニングに励む遥佳である。
すると彼らは足を止め、どこか困ったような顔になった。
(ああ、私が何も疑っていないから、困ってしまっているのね。だけど嘲笑っている人もいる。・・・それでもこんな人達がイスマルクと同じ神官だなんて)
きっとイスマルクならば、自分を背中に庇って、何があろうと守ろうとしてくれただろう。たとえ遥佳が神子姫ではなく、ただの村娘だとしても。
どうしてだろう。見慣れていたイスマルクと同じ神官服が、とても遠く遥佳には思える。
「そのヴェールを取るがいい。そういうものは失礼にしかならぬ」
「まあ。ですが、私は未婚の身ですもの。こういうものは外すものではありませんわ。なんて失礼なことを仰いますの」
驚いたかのように答えながら、遥佳はその部屋の情報を読み取り始めた。
(今までこの部屋はどう使われてきたのかしら。あの第2等、第3等の人達、あまりここにいたがらないけど、入り慣れていないのかもしれないわね)
この部屋の過去を見ればすぐ分かる。こういう人達ならばプライバシーを無視したところで良心も痛まないとばかりに、遥佳は情報を集めることにした。
こうなった遥佳の前で隠せるものは何もない。遥佳は全ての心を見通すことができる。
(これが吊るし上げってものなのね)
この部屋は広く、たくさんのソファがあってそれぞれ気に入りの場所に第1等神官達が腰掛けているが、まさに遥佳の怯える様子を見て楽しもうとしているのが分かった。だが、そこで一人の第1等神官が立ち上がる。
「申し訳ないが、気分が優れない。これで儂は失礼させていただこう」
それはファミルイードだった。
どこかつまらなそうな顔つきで出て行こうとする。
何故ならこれから始まることが分かっているからだ。それを見たくないし、加わりたくないという思いが彼をそういう行動に走らせた。それでいて遥佳を助けることは無駄なことだと割り切ってもいる。
(なんて狡い思考なのかしら。だけどそうでなければ出世もできないってことなのね。それでも罪悪感がないわけじゃない)
それは第2等、第3等の神官達の何割かにも言えることだった。遥佳に対する同情と、ここで庇っても意味はないから見捨てるしかないという結論。
狡くなくては自分が排除されてしまう。だからそうやって目を伏せてやり過ごす。そうして生きていく間に、・・・やがて人は正義というものを失くしていくのだろう。
「待ってちょうだい」
だが、そこで遥佳はファミルイードに声をかけた。そうして立ち上がる。
「改めて名乗りましょう。私は白柱登攀を成し遂げた第3等神官アルドの娘タラメ。それで、あなた方は私を父から引き離し、何をしようとなさっていますの? それは女神シアラスティネル様に対して恥じることなき行為だと言えるのかしら。恥じる者は、女神様に跪いて許しを請いなさい」
分かっている。無駄なことだと。
それでも少しでも可能性があるのならば機会をあげたいと思ってしまう。
どんなに薄汚い思考に染まっても、それでも人は、その奥に忘れかけていた良心をまだ持っていると信じたいから。
そうして機会をあげたにも拘らず、その思いが通じることなく、遥佳が初めて人を殺したのは、ディリライトでのことだった。
「生意気な男の娘はやはり生意気だということか」
第1等神官ジアラヒムが、低く唸る。
神官とはいえ、これだけの男に囲まれてここまで強気でいられる少女は、どこか頭が足りないのではないかと、そういった思いもあった。
「ジアラヒム殿。どうか見逃してやってくれませんかな。・・・あのアルドはたしかに気にくわぬが、それでもあのアレクシア殿の孫息子。亡きイエルハミド殿が彼女を気に入っておられたことを思い出すと、どうしてもですな。・・・生意気とおっしゃるが、王族の姫君として育ってきたならばそれこそまだ大人しい方ではありませんか。それに十分、あの男も肝を冷やしたでしょう。それでいいのではありませんかな」
そこへ第1等神官ディオルグラードが、そう割りこんだ。
勿論、今も白柱登攀をしてのけたレイスに対して思うところがないわけではない。そしてこの顔を隠した少女に対しても。
だが、こうして一人でついてきた少女を見ていると、自分達こそが愚かなといった気分になる。何よりこの少女の父親であるレイスも、今頃はかなり不安な思いでやきもきしていることだろう。それでいいではないか。
それはディオルグラードの娘が、女の子を産んだばかりといったことも影響していたかもしれない。
「そうですな。正直、儂だから言えるのです。我らは決して己を顧みることを忘れてはならんと。タラメ姫とおっしゃったか。お父上のところへ戻られるがいいでしょう。15才・・・。儂も、そのような年頃と思った少女に、取り返しのつかぬことをしてしまったことがありましてな。同じ過ちはしたくないもの」
先程、部屋を出て行こうとしたファミルイードが、遥佳にそう声をかける。その心に浮かぶ少年には、ぼんやりとかつての真琴の面影があった。
(そうね。私に関してはそれでいいのかもしれないわ。だけど知ってしまった以上、見過ごすことなんてできない。私が王族だと言わなかったらどうなっていたの? レイスさんが第3等じゃなく、第5等とか第9等とかなら? 私は、ちゃんと尊重されたのかしら)
ああ、だからマジュネル大陸やゲヨネル大陸に帰りたくなる。こんなにも人は醜い生き物だから。
「では広間に戻りましょう」
ディオルグラードの目配せを受けた側近神官達が近寄ってきて、遥佳を連れて行こうとした。
けれども遥佳は、その手をパシンと振り払う。
「私の質問に答えていないわ。私は白柱登攀を成し遂げ、あと数日で第1等にもなろうかというアルドの娘。あなた方よりも優秀な神官の娘だからと、腹いせに何をしようとしたの? それを恥じる者だけが懺悔なさいと言ったのよ。それができないのであれば、愛を司る女神に仕える神官の資格無しとして、神官の地位を返上するのね」
「なんて小癪なっ。いくら父親が前代未聞のそれを成し遂げようと、第1等とは簡単になれるものではないっ」
その場にいた神官の一人が、反射的に睨みつけてきたが、薄黄緑色のヴェールで顔を隠した遥佳はそれを見ていなかった。
どうせ自分が正体を告げれば、ここにいる誰もが自分に頭を下げねばならぬのだ。
それよりもこの部屋で行われていた過去に、遥佳は心を痛める。ここで命令を受けていたイスマルクは、常にいいように彼らに使われていた。
(イスマルク、あなたは・・・。それでもこの神官達全てを敵に回して、私達を庇ったのね)
いつだって優しかった黒髪に蒼い瞳をした神官。その時の彼の気持ちが流れこんでくる。
――― 俺が仕えるのは女神シアラスティネル様、ただお一人。どうしてこんな欲深い奴らに、あの子達を引き渡せるというんだ。ハールカ、マーコット。君達の幸せだけが、俺の願いだ・・・。
遥佳の頬を一筋の涙が伝った。
「いや、その姫君の言う通りであろう。あの男はあまりにも早く第1等まで上がってくるに違いない。そして我らは愛を司る女神様に仕えてこその神官。儂は常に過去を悔いては女神様に懺悔し続けておる。だが、それは言われてするものに非ず。自発的でなければ意味はないのだ、年若き姫君よ。されどそれは我らのこと。神官ではない人間が関与することではない」
ファミルイードの言葉がどこか揺れて、再び出て行こうとする。
自分を包んでくる過去の感情に囚われかけていた遥佳は、ハッと気づいて声をかけた。
「待って。・・・いつまでも悔い続けていても苦しいだけよ。その人、今の私と同じ年頃だったんでしょ? なら私をその人だと思って懺悔すればいいわ。少しは楽になると思うの」
ただの少年だと思っていた真琴が神子姫だったと判明し、第1等神官の中でも大いに面目丸つぶれになったファミルイード。
それ以来、彼の心の中で何かが変わったのだろう。ほんの少しのそれで一気に立場が変わることを実感し、そうして彼は己を振り返りながら生きるようになったのか。
他ならぬ真琴のこととあって、だから遥佳も、もう自分を責めるのはやめた方がいいと、ただそう伝えたかった。
さすがに、第1等神官ゲランが苦笑する。
「神官とは男のみ。父親が第3等になったからと言って、神官の真似事をしようとは酔狂な姫もいたものだ。キマリー国を追い出されたのはその考えの足りなさにあるのではないか?」
「黙りなさい。私はそこのお爺さんに話しているのよ」
ゲランの軽口をぴしゃりと叩き落とした遥佳だったが、何故か遥佳の前に跪いたのは第1等神官ドリエスだった。
「たしかに顔も見えぬ少女であれば、我らが求めてやまぬ存在には年が足りねど、心を寄せることはできよう。いくら祈りを捧げても、女神様のご神体は今も何も語ってはくださらぬ。我らは、・・・間違えたのだ」
ドリエスの言葉に瞳を伏せて、ファミルイードも跪く。だが、ファミルイードが跪いたのは、遥佳ではなく部屋の奥側にある祭壇に向かってだった。
あの頃の遥佳や真琴を、今、同じ年頃であるタラメ姫に投影するドリエスと違い、ファミルイードにしてみれば女神こそが己の主なのか。
(その女神への忠誠とは別に、いつしか人は自分に都合のいい考え方に染まっていくのね。権力を行使することこそ女神の下僕たる神官の権利だと勘違いして、どこかで踏みとどまろうにも、女神に仕える神官という存在意義なしにはもう自分を保てない。人は、・・・こんなにも心弱い生き物なんだわ)
何人かの側近神官がドリエスやファミルイードに倣って祈り始めたが、どこか白けた空気で立っている神官もいる。
「その気持ちが本物ならば即刻イスマルクの神殿追放を取り消し、彼こそを第1等神官とするのね、神官ドリエス。少なくともここにいる誰一人として、イスマルクの気高さの足元にも及ばないわ。そして神官ファミルイード。マーコットにとって、聖神殿を荒らした神官達はただの盗賊集団でしかなかったの。その気持ちは受け取ったわ。もう前を向いて生きなさい」
遥佳は、扉の方へ向かって歩き出した。
ざわっと神官達が揺れる。今の言葉を理解することを、脳が拒否したからだ。
「ついてこないで。私に近づかないで。神官とは名ばかりの下劣さに吐き気がしそう。神官ドリエス、ファミルイード、ディオルグラード、ルーファン、タックート、カンガード、ジラルーファ、デファルタス、ウェンラー、キドリーン、トンファ、ザイール、バーイン、ロクタス、ロエレッド、ジェットス。今、名前を呼ばれた者以外は神官の位を辞すのね。だけど名を呼んだ人間が優れているわけじゃないわ。まだ心の中で懺悔していたというだけのことよ。誰もが汚らわしいことには変わりないわ。イスマルクの清らかさに比べて、なんておぞましいの」
ほんわかとした卵色のエプロンドレスに薄い黄緑色のヴェール。そんな遥佳の格好は、まさに15才の少女らしい可愛いものだ。
比して容赦なく断じるその言葉に、ほのぼのとした甘さや可愛らしさはなかった。
「何をっ」
それこそ名前を呼ばれなかった神官の一人が、遥佳の腕を掴もうとしたが、
「うわあっ」と、触れる前に野太い悲鳴をあげて腕を押さえる。
「触るな」
そこにはいつの間にか神官らしくない普通の格好をした男が立っていて、遥佳に伸ばしたその神官の手を払い落としていた。
「何者だっ」
「神官でない者が大神殿にいるなどっ」
「どうやってここにっ」
あまりにも場違いな男に、何人かが誰何する。
いささか強い払いのけ方だったらしく、骨こそ折れなかったものの凄まじい打ち身になったことは間違いなく、遥佳に手を伸ばそうとした神官は腕を押さえたまま床に座り込んだ。
その様子をあまりよく見ていなかった神官達が、近づいてきて遥佳を引き留めようとする。
「痛っ」
「うっ」
「ってぇっ」
遥佳が出て行くのを引き留めようと近寄りかけた神官達の体を、その黄緑色の瞳をした男の腕が軽々と払いのけた。それはヴィゴラスにとっての軽い払い方というものだっただけで、神官達はあまりの痛みに蹲る。
「殺さないでね」
「・・・持ち帰って検討する」
「検討しちゃ駄目でしょ。私の為にあなたが手を汚すのは辛いわ」
守られることこそが当然のような迷いなき足取りで、遥佳はヴィゴラスにそう声をかけると立ち去った。そうして遥佳が廊下の向こうに消えていくのを確認し、いささか警戒した顔つきで自分と距離をとる室内の神官達にヴィゴラスは告げる。
「そう言われては仕方ない。ならば猶予をやろう」
ヴィゴラスは遥佳と同じように部屋の外に出た。そうしてバタンと扉を閉める。
その直後、まるでガンッ、ゴトッ、ガッターンッ、ドドッ、ドタッと、室内が揺れる程の大きな物音がして、神官達は大理石で出来た壁をぶち壊した瓦礫でドアを押さえつけられ、閉じ込められた。
広間の中央で、レイスはただ待つしかできなかった。
何故ならば第1等神官達の区画には、取り次いでもらわないと立ち入ることができない上、何を遥佳がしようとしているのか、全く見当もつかなかったからだ。
いくらヴィゴラスがいると言われても、どうしてここでおめおめと第1神殿に戻れるだろう。これが真琴だったならば、一目散に避難したとしても。
――― シルフ、サラマンダー。いるならば彼女を守りに行ってくれ。頼む、ヴィゴラだけではあまりに不安すぎる。
ヴィゴラスは確実に遥佳を守るだろうが、守るのはその体だけだ。後のことは全く考えない。そしてあの優しい遥佳では、どうしても相手を傷つけまいとして、かえってヴィゴラスも力を発揮できないだろう。
他人からは跪いてまるで娘の無事を祈っているかのような姿勢をとり、レイスは誰にも口の動きを見られぬよう床に向かって小さな声でそう頼むが、あの妖精達の気配が分からなかった。あまりにも人が多いからなのか。それとも遥佳の気配があまりにも澄んでいて、神子の気配を久しぶりに感じてしまった自分の感覚が鈍っているからなのか。
ふと横を見れば、遥佳の供をしていた黒髪の貧相な体つきの男がいなくなっている。
「アルドよ。まだすぐに帰してくれればいいと思うしかあるまい。お前は目立ちすぎた。誰もがお前の弱みを探していた。それだけのことだ」
すぐ近くまで歩み寄ってくる足が目に入り、第2等神官ウルシークがレイスに話しかけてきた。レイスは立ち上がり、ウルシークを睨み返す。
「それこそがおかしいと思わないのか? 俺に文句があるならば俺に言えばいい。無関係な十代の少女にその八つ当たりをしていいと思う奴らにどんな大義がある」
「お前に言っても全くの無視ではないか。それに無関係とは言えまい。あれはお前の一人娘だ」
「無関係だ。それに俺の責任にすり替えるな。何もしていない神官の妻子が、美人だという理由で拒むこともできずに毒牙にかけられたことがないとでも?」
「・・・・・・」
誰もがレイスの様子を興味と憐れみと、そうしてどうしようもないことだという思いで見つめていた。だからだろう、その祖父と孫息子のやりとりが広間の中によく響く。
レイスにしても、これが真琴であればまだ落ち着いて待っていられた。そして優理であれば連れていかれる前に暴れただろうから、まだ自分で庇うこともできた。
しかし彼女は、真琴でも優理でもない。三人の中で一番傷つきやすく、皆が幸せにあればいいと願う、あまりにも心清らかな遥佳だ。一人で行かせて、どうして案じずにいられるだろう。
「だからお祖母様は神官などタダのクソだと思っておられたっ。第7等神官ランディの美しき妻アレクシアに劣情を抱き、それを恥じることもなく言い寄った高位神官共のどこに聖なるものがあるっ。ましてや、彼女はっ、彼女はまだ十代のーーーっ」
彼女の正体を告げてしまえば、相手が第1等であろうが何だろうが、皆が押し寄せて彼女を救おうとするだろう。それでも遥佳自身が告げなかった以上、レイスはそれを口に出せなかった。
「そう、まだ十代の潔癖な年頃。だが、アルドよ。お前は分かっておらぬ。お前の祖母アレクシアがどれ程に自分の心を隠さぬ女だったか。その曾孫である彼女もまた同じであろう。どうせ何の罪にも問わぬと宣誓されたのだ。大人しく帰りを待つがいい」
「あれが俺の娘ならばだろうっ。彼女は、俺の娘じゃないっ。だから止めろと言っているっ。彼女に腐った大神殿の真実など見せていい筈がないっ」
ウルシークとレイスの言い合いを、少し離れたところで見ていたランドット達と、どこか後ろ向きになって胃を押さえ続けているテオドールだったが、その言葉に反応したのはリシャールだった。
「ちょっと待ってください、アルド兄様っ。どういうことですかっ。彼女が娘ではないというのはっ」
そこへ、第4等神官イルカンがやってくる。
「アルド君。まさか君に子供さんがいるとは思わなかったが、それよりどういうことだ? いや、彼女が君の娘かどうかはどうでもいい。良かったら知人が第1等神官様の側付きなんだ。どうにか彼を呼び出し、お嬢さんを庇ってもらえるように頼み込んでみよう。いくら何でも王族だった姫君に無体な真似はなさるまいが」
「それ以前の問題だっ」
レイスは吐き捨てた。
「ですがイルカン様。あの方々に逆らったら神官の位を剥奪されることもあり得ます。こればかりは難しいのでは・・・。ある意味、とても血統的に悪くないご令嬢。もしかしたらあの方々もご自分の孫息子との婚姻をお考えなのかもしれません。ならばひどいことはなさいませんでしょう」
イルカンの部下であるシャリールも歩み寄り、短絡的な行動はしないようにと、上司を諌める。
「だが、誰も助けの来ない場所で、あのような年若い娘がいくら神官とはいえ、男ばかりに囲まれては不安なことだろう。アルド君、ならばキマリー国の大使に連絡を取ってどうにかできないのかね? この場合、神殿外の誰かに助けを求めた方がいいかもしれん」
そう言いながらイルカンが、結局、娘なのか娘じゃないのか、そして彼女が言っていた身分はどうなのかと、そこをレイスに確かめようとした時だった。
「つまり、あなた達に自浄作用はないということなのね。人々に敬われることを当然と考え、堕落するのはとても簡単だということなんだわ」
男しかいない筈の大神殿内に、少女の声が響く。扉の方を振り向いた神官達だったが、そのあちこちを切り裂かれたヴェールとエプロンドレスに、ざわざわっと痛ましげな声が漏れた。
「・・・!!」
レイスは、素早く自分の神官服を脱ぐ。そうして駆け寄り、遥佳の頭からそれをすっぽりとかぶせた。
「えっと、・・・あ、あの・・・。ふ、服着てください、服。私は、・・・大丈夫ですから」
「すまないが、俺の格好には目を瞑っていてほしい」
そう言って、ひょいっと遥佳を横抱きにするレイスは、遥佳に素早く囁く。
今の時期、大抵の神官達はまずシャツを着てからズボンのようなものを穿き、それからすっぽりと足首近くまである神官服をその上からかぶるのだが、その神官服はフードがついていたり、ついていなかったり様々だ。そして今日のレイスは、シャツを着ていなかった。
(上半身、裸って、裸ってっ、裸ってーっ)
間近でレイスの体を見てしまい、かぁっと遥佳は赤くなってしまう。ヴィゴラスの体は何かと見てしまっているけれど、それ以外の男の体をあからさまに見ることはまずない。
最近ではグラディウスという露出的な男も身近にいるのだが、その裸は即座に怒鳴ることで脳裏から消してもいた。だから神官服で遥佳の体を包んで抱きかかえてくるレイスに、どぎまぎと視線を逸らす方向も分からず赤くなってしまう。
(お、大っきい。なんで男の人って、服、大きいのかしら)
ヴェールをしたまま、遥佳よりもかなりサイズの大きな神官服をかぶせられてしまったものだから、なんだかおばけみたいな感じで、腕は神官服の下に隠れているし、裾もずるずるだ。
「あ、あのね、大丈夫なの、心配しないで。私のヴェールや服がぼろぼろになっているのは、私がやってしまっただけで・・・。だから、本当に大丈夫なの」
「理由など関係ない。あなたの使うリボン一つすら傷つけられていい筈がないというのに」
「おっ、落ち着いてっ。ね、本当にっ」
風の妖精達が空気の振動を抑えて、破壊音が響かないようにしていたとはいえ、すぐ近くにいた遥佳は、ヴィゴラスが大理石の飾り台や置き物を壊して扉を押さえたことに気づき、慌てて駆け戻ったのである。
『ここまで壊して積み上げちゃったらこれらをどかすだけで数日かかっちゃうでしょっ。せめて廊下側からならすぐにどかせられる程度の量にしておきなさいっ』
『別に俺は気にしない』
『気にしなさいっ。飢え死にしちゃうじゃないのっ』
『分かった。持ち帰って検討しよう』
『持ち帰る前に、まずは動きなさい』
そうしてヴィゴラスにある程度の瓦礫をどかせるよう指示していた時に、それらの鋭利な断面にヴェールやスカートなどを引っ掛けてしまい、必然、ビリッ、ピィッと、切り裂いてしまったのだ。
つまり脱がされようとして抵抗し、千切られたわけではない。遥佳がうっかりさんだっただけだ。
(い、言えない。あまりにも私が間抜けすぎるわ。それこそレイスさん、私のこと、これからおうちから一歩も出ない方がいいとか言い出しそう)
だから遥佳は気を取り直そうと、コホンと咳払いした。
レイスに抱きかかえられたまま、皆の方に顔だけ向けて少し大きな声で問いかける。
「それよりも、・・・こういうことはよくあることなのね? この広間にいる人達にも私は問うわ。あなた方はこれが正しいと、神官として仕方ないことだと思っているの? あんな風に堂々と力のない神官の妻や娘が連れていかれても見て見ぬふりをし、一方的に踏みにじられることを当然だと思っているの? 恥を知りなさい。自分を恥じる気持ちをまだ残している人だけに、被害者である人達に謝罪する気持ちを懺悔する機会を与えてあげるわ」
さすがに、誰もが呆気にとられる。
通常、屈辱を与えられた女性が、ここまで偉そうなことを言うことはないからだ。
けれどもウルシークだけは遥佳に近づいて腰をかがめた。
「まさかこんなことになろうとは、本当に申し訳ないことを。心よりお詫び申し上げます。アルドの娘ならばそれこそ方々に酒樽をぶちまけてくるだろうと思っておりました。そうではないと知っていたなら、あのような誓いなどいたしませんでした。何ということを・・・」
レイスと遥佳の会話やその行動から、優理ではないと確信したからだ。その上で、あの生意気な孫息子がここまで敬意をはらっている以上、確実に庶民の娘ではない。
こういう時、最初で躓いたならばかなり尾を引きかねない。
ウルシークは遥佳の素性をかなり身分高い令嬢だと見做し、ここはきちんと対応すべきだと判断していた。
「それは・・・、私もそう思わせたから、仕方ないんですけど。その曾孫さんだったならその通りで、あの状態で保身を考えたならばぎりぎりの手だったと思います」
「あの曾孫ならばともかく、普通のご令嬢にとってはどんなに恐ろしかったことでしょう。どうぞ我が家にいらしてくださりませんか。勿論、お着替えも用意させていただきます」
「い、いえ、お気遣いなく。これ、本当に自分でやってしまっただけなんです」
自分の姉妹はどこまでもこの第2等神官に癇癪玉か何かだと思われているらしい。
(酒樽をぶちまけるって・・・。それでも良かったかしら。ダメージ大きくて、尚且つ誰も傷つかないわよね)
そう遥佳はヴェールの下で溜め息をつく。今はヴェールの上からフードまでかぶせられているのでとても拘束感があった。
「別に遠慮なさる必要はない。そんな老いぼれでも第2等だ。きっちり謝らせておいていいし、詫び料としてあの家ぐらい没収なさればいい」
「あ、あの・・・、それはちょっと」
遥佳を抱きかかえているレイスの言葉に遥佳が言葉を失えば、ウルシークの額にぴきっと青筋が走る。
(レ、レイスさん、老いぼれはまずいと思うの。お祖父さん、怒ってる、怒ってる。怒ってますけどぉっ)
それに、ウルシークがそこまで優理に対しての先入観があったのも、優理がそれだけのことをしているからであって、やはり遥佳としては申し訳ない気持ちも出てきてしまう。
けれども自分は今、手も足も出ない状態だ。
(う、動きにくい。動きにくいのよ、レイスさんっ)
せめて袖だけでもその神官服に通させてほしいのだが、抱きかかえられているおかげでそれもしにくい。
いや、きっとこの祖父と孫息子の間に入ろうと思うのが間違いなのだと諦め、遥佳はこれ以上立ち入らないことにした。
だから自分達に注目している他の神官達に向かって、改めて問いかける。
「神官として恥じることない生き方をしていると、あなた達は本当に女神様に対して言いきれるの? 恥を知る者は、いますぐこの祭壇にある女神様のご神体に跪き、懺悔して、そうして生き方を正しなさい。その気持ちもないなら神官なんてやめてしまいなさいよっ」
すると、一人の神官が遥佳に近づいてきた。身なりからして第2等か第3等といったところか。初老に見えたが、十分に覇気がある。
「やめなさい、お嬢さん。傷ついた気持ちは分かるが、そうやって皆に物見高く見られることこそ、悲しくなるだけですよ。さあ、こちらにおいでなさい。どこかで着替えさせてからお宅まで送らせましょう」
「私に近づかないでちょうだい、汚らわしい」
優しげな言葉づかいだが、遥佳のことを既に汚された愚かな娘だと思っていることが伝わってきた。
「今はまだ全ての男がそう見えることでしょう。ですがこういうことをしても、あなたが更に傷つくだけなのです。・・・・ぐぇええっ」
レイスは遥佳を抱きかかえたまま、黙って素早い動きでその神官の背後に回り、片手だけで首根っこを掴んで無造作に引き倒した。
(レ、レイスさん。なんか、・・・結構、容赦ない人?)
たたらを踏んだ挙句、そこにいた神官達にぶつかってドサッと床に倒れこみ、その説教じみた言葉を遥佳に垂れ流そうとしていた初老の神官は「ぶぅえっ」と、鼻先をぶつけて手で押さえる。
「彼女の言葉が聞こえなかったのか? 神官達の身勝手な欲望により傷つけられてきた過去の女性達に謝る気があるのならば、今すぐ女神シアラスティネル様に向かって懺悔しろという、その言葉が」
レイスは冷たく言い捨てると、広間の祭壇前まで歩いていき、ご神体を後ろにして遥佳を立たせた。そうしてズボンしか身につけていない上半身裸のまま、遥佳の前に跪く。
「愛を司る女神シアラスティネル様を崇める神官の自覚ある者は、誰もが自分を恥じることでしょう。この度の彼らの愚行を心よりお詫び申し上げます。高貴なる姫君」
その態度に、やはりレイスの娘ではなかったのだと、誰もが理解せざるを得なかった。
「まさか、アルドの娘を芝居で引き受けてくださっていたのでしょうか。本当に申し訳ありません」
慌ててレイスの父親である第4等神官テオドールも駆け寄ってきて、その横に並んで謝罪する。
「え? やはりユーリじゃないんですか?」
訳の分からないまま、一連のそれらを見ていることしかできなかったリシャールも、兄と遥佳を何度も見比べながら兄に倣った。
ウルシークの側近神官であるランドット達も、そうなると遥佳の前に歩み寄り、膝をついて謝意を示す。
一連のレイスの言葉と態度に、彼女が王族の血を引く姫君であることは確かなのだろうと判断した何人かが、やはりその場に膝をついた。王族の血を引いていても、まだ神官の娘ならばどうにかなるだろうが、そうでないとしたらとんでもないことになる。
どちらにしても、こんなことが公になったらどうなることか。大神殿の威信は失墜もいいところだ。
個人ではなく神官という組織のことに考えを至らせることのできた、広間にいた半数近くが膝をつき、女神シアラスティネルを表すご神体、即ち遥佳に向かって頭を下げた。
「私が王族の姫であろうとなかろうと、私が低位神官の娘であろうとなかろうと、自らの立場を利用して女性に屈辱を与えていいことにはなりません。少なくとも今、膝をついていない者は、女神様の威光を笠に着て権力を使おうという卑劣漢であることを自覚し、神官の位を返上しなさい。膝をついている者も、単なるその場しのぎといった者がほとんどのようだけど」
遥佳の言葉が広間に響く。
いくら王族の姫君であろうと、大神殿内の人事に口を出せる筈もない。
きっとキマリー国では全ての意見が通ってきたのだろうなと、そんな気持ちが神官達に流れた。
遥佳はそんな気持ちに気づいていても、言葉を続ける。
「第3等神官アルド。あなたの祖母アレクシアはウンディーネだった。だから第2等神官ウルシークは私がウンディーネの力を使ってどうにでも逃げられると思い、私が彼らを傷つけても罪に問われないような誓いを立てさせたのね。・・・声が似ているから顔さえ隠せば他の人は騙せたけど、あなたは騙せなかったわ。やっぱり15才ってのは、無理がありすぎたかしら」
「・・・このような醜い場所に、二度といらっしゃるべきではないと」
顔を隠している時点で、15才だろうが50才だろうが年齢なんて分からないだろうと、そう思ったレイスは、最後の言葉を聞かなかったことにした。
二十代の自分から見れば、15だろうが18だろうが似たようなものだ。
(レイスさん、まさかの完全無視。そ、そりゃ似たようなものって言われたらそうかもしれないけど、しれないけど・・・。だけどジンネルなら、そうよ、マジュネルじゃなければ年齢相応に扱ってもらえると思ったのに・・・!)
それなりにサバを読んでいたことに心をズキズキさせていた遥佳だが、完全に聞かなかったことにされてしまうと、それはそれでちょっと寂しい。
「そうね、帰ります。まだ自分を悔いる気持ちのあったドリエスとファミルイード、ぎりぎりでディオルグラードの三人を除いて、他の第1等神官は救いがなかったわ。
高位神官ではなく女神だけを信仰し、どこにいても弱い人達の側に立とうとするイスマルクに比べて、誰もが醜い心ばかり。本当にここは汚い神官ばかりね。
・・・だけどアルド。どうかあなたの娘を大切にしてあげて。ウンディーネは汚れなき心を見つめる妖精。他の妖精達と同じように」
「ええ。ですがあなたこそ汚れなき心に囲まれ、大切にされるべきお方。よろしければ、私が外までお送りしましょう」
どうして遥佳を一人にしているのかと、ヴィゴラスを心の中で罵りながら、レイスは遥佳を連れてそこから立ち去ろうとした。
「あ、大丈夫よ。あの子が壊し過ぎたから後片付けをさせてただけなの。ちゃんと迎えに来てくれるから」
「折り返しますから。はい、手を挙げて」
遥佳は、もたもたと大きな神官服の袖から腕を出そうとする。それをレイスが、袖をめくって折りあげた。
そうして裾がずるずるしている神官服はポケットから取り出した紐をウェストより少し高い位置でたるみを持たせて結び、上手く調節する。
「ありがとうございます。器用なんですね」
「まあ、色々と」
色々な物を使って暗殺だの何だのをこなしていたレイスは、絞殺もお手の物である。だが、それを口に出す程、愚かでもなかった。
遥佳もまたレイスに関してはプライバシーを守ってなるべく心を読まないようにしているので、その背景には気づかない。
「あ、来るわ」
そこでいきなり広間にあるバルコニーへと続くガラス扉が、ガッシャーン、バリバリッ、グァワアーッ、グァラ、ガワンッと、不快な音を立てて壊された。
「うわあっ」
「何だっ」
「ええっ!?」
「わぁっ」
ガッチャーンッ、バラバラッ、ガシャーンッ、チャリッ、キィンッと、壊れた破片が床に散らばる。
そうして大きな鷲の上半身を持つ幻獣が、広間に飛びこんできた。
(来たか。・・・まさかと思うが、俺が着るのを手伝ったのが嫌だったとか、そんな理由じゃあるまいな)
驚かないのはレイスと遥佳だけで、誰もが信じられないとばかりに何度もその幻獣を見ては、目を擦り、更に凝視する。
――― ま、まさか・・・。
――― グ、グリフォン。本物か・・・?
――― あれは、・・・まさか。
その幻獣は遥佳の前へと優雅に着地した。
「ありがとう、ヴィゴラス。黙って見ててくれて」
「キュイ」
だからレイスは軽々と遥佳を抱き上げると、そのグリフォンの背中に座らせる。
「さ、どうぞ」
「どうぞと言う前に乗せられてるんだけど」
「ここであなたを利用しようとする存在など、ご覧になる必要もありません」
早くこの場から立ち去らせようというレイスの気持ちばかりが伝わってくる遥佳が唇を尖らせるが、ヴェールに包まれてその表情はレイスに見えなかった。
(私、そんなに頼りなく思われているのかしら。レイスさん、私のこと、近寄ってこられたら断れない人間って思ってるわよね)
それでも彼は、自分を利用しようとは思わない人だ。イスマルクと同じように。
だから遥佳は大人しく帰ることにする。
レイスは、もしもここで神官達に取り囲まれてしまったらどうなることかと、遥佳を案じてくれていた。
その横でテオドールとリシャール、そしてランドット達は目を丸くして、口をパクパクとさせている。
「ありがとう。ごめんなさい、いきなり割り込んで。・・・本当は用事があったんだけど、ここまできたらもう無駄だから帰るわ」
「できることなら何なりと」
わざわざ大神殿に用事とは何なのか。レイスは尋ねた。
「ううん。私がした覚えのない内容の本が出回っているようだからどうにかならないかしらって、大神殿の偉い人達に相談しようと思って来たら、それ以前でお話にならなかったの。最低ね、ここの人達って」
「・・・・・・」
こればかりは何とも言えないレイスである。原因となった犯人は同じ神子姫だ。
「行きましょう、ヴィゴラス」
それでも優雅に羽ばたいてグリフォンが浮き上がり、そうして壊れたガラス扉から空へと出て行くのを確認して、やっとレイスは溜め息をつくことができた。
「あ、あの、アルド兄様・・・。まさか、まさか・・・」
「分からないか?」
「いえ、あの・・・、どうして兄様は、・・・分かったのです?」
おずおずと、リシャールが問いかけてくる。
「やはりお前には分からないんだな。人間とは違う、あの美しい気配が。取り巻く空気は浄化され、その気配は世界と調和する。顔や声など確認する必要もない」
広間にいる神官達は、誰もが青褪めた表情になっていた。
「アルドよ。何故、言わなかった」
ウルシークもまた、力なく孫息子を詰る。
「最初に俺は言った。彼女は俺の娘ではない、失礼のないように入り口へ案内しろと。で、この大神殿の実状、神子姫様に見られた貴様らは、今も神官だと胸を張るのか?」
神官服を脱いだレイスの体はあちこちに傷があり、彼が生きてきた歴史を物語っていた。
けれども誰もが言葉を発することもできずにいるのは、まさかと思っていた先程の姫君の正体だ。
「分かっておれば、第1等の方々とてあのようなことはなさらなかっただろう。我らとて一丸となって阻止したであろうに」
「神子姫様が名乗られぬ以上、それが全てだ。俺はちゃんと止めた」
ウルシークもいち早く彼女の正体を見抜いた孫息子を誇りに思うより、己の神官としての不甲斐なさが先に立つ。
「それこそ娘を思う父のそれと思うだけであろう」
「そうだな。第1等神官とは、止めようとする父親の前で娘を連れ去ることができる奴らだと、神子姫様は理解なされた」
「・・・・・・」
レイスの言葉だけが、広間に低く鋭く無情に響く。
「そしてここにいる神官共は、か弱き娘を平気でクソ共に生け贄として差し出す外道の集まりだと、神子姫様はご自身でもって確認なされた。それだけだ。懺悔だけですんで、さぞ嬉しいことだろうよ」
ふぃっと、身を翻して出て行くレイスを誰も引き留められなかった。
誰もがどうしていいか分からず、顔を見合わせては狼狽え、時間だけが過ぎていく。
「たっ、大変ですっ。第1等神官様達がっ、・・・第1等神官様達がっ」
やがて扉を押さえるように積みあがっている瓦礫に気づいてそれを撤去し、部屋の中を覗いてしまった神官達が飛びこんでくるまで、その沈黙は続いていた。
人間ながらゲヨネル大陸で暮らす元神官イスマルクは、野宿も慣れている上、そういった用意も手早くできる、禁欲的な元神官だ。
だが、そんなイスマルクでも、目の中に入れても痛くない真琴のおねだりに関しては、己の「まずは自分で努力すべき」というポリシーを忘れてしまう欠点があった。
だから、
「イスマルク、あのね・・・」と、真琴がやってきたら、
「どうしたんだい? 言ってごらん、マーコット」と、まずは何でも聞いてあげようと言わんばかりのやり取りがお約束になっている。
自分に関しては何かと反省し、次に繋げようとするイスマルクだが、今の所、真琴が持ってくるおねだりは、ほとんどが人の為だったりするので、
(なんて優しい子に育ったんだろう。ハールカといい、マーコットといい、こんなにも心の清らかな子達がいるだろうか)
と、遥佳はともかく、真琴に関しては自分で努力しようともしない駄目な子を育てているだけだということに気づいていなかった。
尚、カイトは薄々その事態に気づいていたが、真琴可愛さに気づかないフリをしている。
「あのね、イスマルク。優理と一緒にいる人達にね、ディーが村を一つ用意してくれたんだ。だけどそこ、井戸が涸れちゃってるんだって。私でも水は出せるんだけど、私の場合、自分用でしょ? だからさ、こういうのって、地下の水脈の流れをみてきちんとした流れを作ってもらう方がいいと思うんだ。でね、エレオノーラにね、それ、してもらえないかなぁ?」
「エレオノーラに?」
「うん。私が地面に頼んだらすぐにお水は出て来るけど、地下水って様々な地形と土壌の間にあるわけでしょ。だからちゃんとエレオノーラにバランスを考えてもらった方がいいんだろうなって思ったんだ。でね、その村、木も枯れちゃってるの。それでね、イスマルクにもいい木とか草花とかね、選んでもらえないかなぁって思ったの。駄目?」
だからユーフロシュエから預かった蜂蜜をイスマルクの所に届けがてら、そんなおねだりをしてきた時も、イスマルクとエレオノーラは笑顔で受け入れた。
「まあ、姫様。それぐらい、お安いご用ですわ」
「エレオノーラが引き受けてくれるならどうにかなるか。だけどパッパルートねぇ。木も枯れているとなると・・・。まずは土地を肥やさなきゃな。草木を選ぶ以前の問題として」
そこは元神官と元ウンディーネ、あっさり引き受ける。
何故ならおねだりする時の真琴の表情はとても可愛いからだ。
「よお、邪魔するぜ。お、姫様、いらしてたのか」
「悪いな、イスマルク。なんかジンネル大陸で村づくりだって? あれ、姫様じゃないか」
「おやおや。姫様、ここにいらしたのか。ドライアドの所に行ってるって聞いてたんだが」
そこへ紫がかった黒髪に黒い瞳をした男達がやってくる。
「うん。ユーシェの所に行って、それからここに来たの。ラーナから話、聞いてくれたんだ?」
「その通り。ホント、姫様はよく分かってる。ドラゴンより強くて頼りになる幻獣はいないってもんよ。あれ? そういえば姫様のシルバータイガーと、チビグリフォンはどうしたんだ?」
ひょいっと自分の左の肩に真琴を座らせてしまうドラゴンの男は、体格も大きいし、かなりざっくばらんだ。
「今日はね、朝から晩まで自分でご飯を調達する練習なんだって。レオン、ちゃんとご飯になる獣を狩ってね、野草も見つけなきゃいけないの。だから帰りは遅いんじゃないかなぁ。そう言ってた」
「そりゃあ寂しいな。何なら姫様、夕飯はドラゴンの所へ来ないか?」
「あ、ごめんね。夕ご飯はもうリリアンが用意してくれてると思う」
「そっか。だが女のドラゴンじゃ力が足りねえ時もあるだろ。そん時は今みてえに遠慮なく声かけてくれや」
一方的に甘やかすのはイスマルクだけではないと言うべきか。真琴の変な気配も、最近では周知され、この辺りの幻獣は誰も気にしないようになっていた。
「あはは。だけどそんな強い男のドラゴンも、女のドラゴンには弱いんだよねー」
「そりゃあしょうがねえぜ、姫様。どの種族もそれは変わらないさ」
ガハハと笑うドラゴン達は、カイトに頼まれて、もう少しレオンが大きくなってからの飛行練習も引き受けてくれている。小さい時はルーシー達でもいいだろうが、大きくなったら男のドラゴンの方がいいだろうと、カイトも考えたのだ。
(この姫様らが来てから、何かと賑やかになったもんだ。まさかマジュネルの獣人が居つくようになって、更にあのグリフォンが集団飛行を学ぼうとするたぁな)
尚、普通のグリフォンは飛びたい時に飛び、飛びたくない時は飛ばない上、宝石を奪う為だけに飛行能力を磨くので、隠密的な飛行術ばかりが身についている。
カイトは、ヴィゴラスと行動していたドラゴンやペガサスに話を聞き、ドラゴンに飛び方を教わった方がいいだろうと決意したのだ。
そこにはレオンに対する深い愛があった。・・・ああなってもらっては困るという。
ともあれ今回はイスマルクの手伝いを、ラーナを通じて真琴から頼まれたわけだが、ドラゴンにしてもお祭り騒ぎは嫌いではない。
「小さくても村一つとなりゃあ、人間には無理だってな。イスマルク、俺らが土を運ぶのは手伝うし、そこのウンディーネの為の水も運ばせてもらうからよ。遠慮なく頼ってくれや」
「そうそう。俺らの尻尾で地表だけでも軽く掘り起こしておくだけで違うもんさ」
ある程度の保水をエレオノーラにしてもらいつつ、少し肥沃な土を上からかけておくだけでかなり改善するだろうと、ドラゴンの男達が手伝ってくれるなら、これで真琴も一安心だ。
「悪いな、力仕事を。どうしても俺は非力だ」
「なんのなんの。三人目の姫様絡みだろ」
「そうそう。土を運ぶぐらい何てことないさ」
「どうせなら倒木も運んでくか? 現地で燃やせば肥料になるぜ」
「そうしてくれるなら有り難いんだが、いくらドラゴンでも重くないか?」
「その国の近くにある森とかから現地調達した方がいいかもな」
イスマルクがドラゴンの男達と打ち合わせを始めたものだから、ひょいっと真琴は男の肩から飛び降りた。
そしてちょいちょいと、エレオノーラを廊下の向こうへと手招く。
「ふふ、どうしましたの、姫様? 内緒話かしら?」
エレオノーラは自分の部屋へと真琴を引き入れた。
「あのね、エレオノーラ。これってば、もしかしたらお泊まりデートになるかもだよねっ。どうせ井戸は涸れてるってんで誰も近づかないし、やってくるキース達もまだギバティの外れだし、遠慮なく二人っきりで楽しんできてよ。デューが言ってたんだけどね、砂漠の夕日ってとってもロマンチックなんだって」
「まあ、姫様ったら。そんなこと考えていらっしゃいましたの? もう、本当にお可愛らしいんですから」
あっちで村を蘇らせる為の相談をしているというのに、真琴にとってはその方が大切らしいと知って、エレオノーラはくすくす笑い出す。
「もっちろんそうだよっ。だーいじょーぶだって。ドラゴンさん達も土の運搬と耕すのを手伝ったら夕方前には引き上げていく筈だしさ。砂漠が近くて民家もあまりないから、星だってとっても綺麗だと思うんだ。それに今ならどのおうちも使い放題なんだよ」
「あらあら。だけど体は一つしかありませんのに」
お仕事とか言いながら、もしかして真琴でもできる水脈調整をわざわざ自分に任せてきたのは、イスマルクと二人きりで非日常的な空間で過ごせるようにという気持ちがあったからなのだろうか。
そう思い、エレオノーラはくすぐったい幸せが目頭を熱くすることを知った。
(いつでもお日様のように笑っておられる姫様。イスマルクが可愛がってしまう筈よね)
遥佳とは違った魅力を持つ真琴。
湖で見守っていても、こうして人間になって時間を共にしても、どちらも大切で愛おしい姫君だ。
「一番中心にある一番大きな家の中にね、果物とかお茶の葉とか野菜とか置いておいたからさ。ちゃんと食べてね? イスマルクも食料は持っていくだろうけど、ああいう時って保存食が多いんだよ。だけどそれってば全然ロマンチックじゃないと思わない?」
エレオノーラのそんな反応に気づかず、真琴はさも重大な秘密を打ち明けるかのようにこそこそとエレオノーラの耳元で囁いてくる。
「嬉しゅうございますわ、姫様」
「ほんとっ? えへへ、良かったぁ。私ね、カイトと旅してる時、二人っきりで炎を見ながらコーヒー飲むのが好きだったんだ。だから焚き火で作れるコーヒー道具も置いといたの」
そう照れながら笑う真琴は分かっていないだろう。
エレオノーラはそう思った。
「じゃあ私達もやってみますわ。ウンディーネだった時、そういうことは無縁でしたもの」
イスマルクと過ごす二人きりの夜をお膳立てされたのが嬉しいのではない。
真琴にとって大切な存在であるイスマルクの相手として自分を受け入れ、しかもイスマルクと自分を二人で一つだと思ってくれている、そんな真琴の気持ちこそが嬉しいのだと。
こんな気持ちを、どう伝えればいいのだろう。
(ああ。これが愛というものなのね、イスマルク)
人間という種族は嫌いだったけれど、それでも今、人間という種族になった自分を嬉しく思える。
それは種族に関係しない、愛した人を愛し続けることのできる喜び、そして自分を取り巻く人々をこうして愛せることを知った喜びがあるからなのだ。
「嬉しゅうございます、姫様。私、こんなにも幸せでいいのでしょうか」
「やだなあ。大げさすぎだよ、エレオノーラってばぁ」
照れながらも、喜んでもらえたらしいと知って、真琴が幸せそうに笑う。
エレオノーラは優しく微笑み、真琴の頬にキスをした。
ギバティールにある大神殿で、遥佳と共にヴィゴラスが部屋の外へ出て行き、その扉を、ぶち壊した大理石の像や置き物などで開けられないようにした頃、部屋の中にいた第1等神官と、その側近である第2等、第3等神官は、いささか反応しづらい状況に置かれていた。
扉の外からは、凄まじいガッコーン、バッキィッ、ガタガタッ、ドスッと、重量のある物音が響いてくる。
だが、それはまだ扉の外だからいい。
問題はこの室内に漂う、何やらとても嫌な空気だ。
「ま、まさか・・・」
「イスマルクの名を知り、しかも名乗った覚えのない我々の名を・・・」
「い、いや。だが、彼女はあのアルドの娘だと言っていなかったか?」
恐る恐る口に出す言葉は、信じたくない気持ちを雄弁に物語る。
この大神殿において、あそこまで強気に発言できる存在はとても限られるからだ。
何人かはソファに腰掛けたまま、何人かは狼狽えて扉の方に行きかけては戻るといった状態で、困惑しながら彼らは顔を見合わせた。
「たしかあの男はウルシーク殿の孫息子。だから名を知っていたのでしょう。それを娘に教えたとしても無理はありません」
「そうですな。きっとそうでしょう」
「ま、姫君といえば、自分が口にしたことは全て叶えられると思っておりますからな」
そういうことならば納得できるとばかりに、やがて彼らはその都合のいい結論に逃げる。
「そうだなぁ。だが、あのアルドって父ちゃんは、自分の娘じゃないってあれ程否定してただろうがよ。ちゃんと聞いてたかぁ?」
そこでひょうきんな男の声が室内に響いたものだから、彼らはバッとその部屋の隅を見た。
するとそこにはいつの間にやってきていたのか、黒髪で背は低く体つきも細い、貧相としか言いようのない男が立っている。
「何者だっ」
「いつの間にっ」
「出て行けっ。神官以外の者が入っていい場所ではないっ」
「どこの誰か名乗るがいいっ。こんな所まで入ってくるとは、もしや盗賊ではあるまいなっ」
その言葉に、得体のしれぬその男はククッと笑った。
「生憎と俺が名乗るのは、てめえら如き相手じゃねえんだ。ま、どうせ死んでく奴らに名乗るだけ無駄ってぇもんだろ?」
貧相だった筈の男の体が、どんどんと背を伸ばし、体つきも大柄へと変化していく。
「な、・・・何と」
「体の関節を抜いていたのか? だが・・・」
「な、何なんだ、この男は」
ガタガタッと、誰もがソファから立ち上がり、その得体のしれない男を注視した。
「ま、俺の可愛い子が名前を呼んでた奴らだけは見逃してやるよ。これでも俺はとーってもとーってもあの子を可愛がってんでな。だが、俺の大事な子を一番の上席に座らせることもなく、あの子の言葉を噛みしめるでもなく、てめえら如きが馬鹿にしやがったことは許せるもんじゃねえ」
「なっ、何をっ」
「一体、お前はっ」
「だ、誰かっ、・・・誰かーっ!」
するとその男は面白そうな顔になった。
「呼んでも無駄だぜ。この扉は外から押さえつけられた。てめえらが力をあわせても開きやしねえ。何よりよ、てめえら、あの子に何をやらかすか知る者は少なくていいとばかりに、ここ、人払いしたんだろうがよ」
ざぁんねんだぁったなぁと、せせら笑うその男にとってはその程度のことなのか。
誰かを呼ぼうと思っても、たしかに人払いをしたのは自分達である。呼んでも誰にも聞こえる筈がない。
いつしか黒髪に焦げ茶色の瞳をしたその男の姿は、少しずつ筋肉が体についていき、今は堂々たる戦士の如きものへと変化していた。
「ば、化けも・・・」
「お前は・・・」
その得体のしれぬ男から漂ってくる威圧感に、誰もが窓の方へと逃げようとするが、バルコニーから飛び降りても骨折は免れない。下手をしたら即死だ。
「俺こそが敵を殲滅する大剣。この俺の前でやらかしたことでてめえらの運命は決まった。死ね」
その腕が横一直線にすぅっと弧を描く。
本来、それだけで何かが起こる筈がない。普通、腕を伸ばして横へと薙ぎ払ったところで、何かに当たることもなく空を掻くだけならば、そこに意味はないのだから。
だが。
「うぇっ?」
「・・・え?」
「ぐほぉっ」
まだ、何人かはそんな言葉を発したが、ほとんどは無言でどさどさっと床に倒れた。
「なっ、・・・しっかりしてくだされっ」
「どうなされたっ」
「お具合でもっ、・・・え? あ、ああ・・っ」
「大丈夫で・・・・・・ひぃぃっ」
無事だったのは、遥佳が名前を呼んだ十六人だけだ。その十六人も、腰を抜かして床に座り込む。
「う。う、ぁ・・・」
「ま、まさか・・・」
「あぁ、あ、ああ、何てことが・・・」
床にどんどんと赤い血だまりができていった。
首を切られた、もしくは胴体を真っ二つに切り裂かれた、物言わぬ骸となったその顔にある瞳が大きく見開いていて、何かを問いかけるかのように自分を見つめてくる。
「ひぃっ」
「ひゃああっ」
目の前でどんどんと姿を変え、そうしてこのような凶行をしてのけた得体のしれぬ男。彼にこそ本能的な恐怖を覚え、その男がいた辺りを見れば、もうそこには誰もいない。
「ど、どこに・・・」
「ああ、あ・・・、女神様っ、女神様っ」
「うぁあ、ああっ」
「う、嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・」
座り込んだ生存者達の神官服が、床に広がった血を吸いこんでいった。
「どうして、・・・どうして、ああ、・・・女神様っ」
「女神様っ、どうぞお助けくださいっ、・・・どうかっ」
嘘だと信じたい気持ちが、彼らの何かしら動こうとする心を手折り、意味のない言葉をただ紡ぎ続けていく。
「夢だ、夢なんだ・・・。ああ、そうに違いない」
「あり得ない、あり得ないんだ・・・。ただの、・・・悪い夢、だ」
彼らは思考を止めて、この現実が嘘だと思おうとした。
『な、何だっ、これは・・・っ』
『こんな重いものをどうやって破壊したっていうんだっ』
『おいっ、何十人か呼んでこないと動かせないぞっ』
『分厚い絨毯を持ってこいっ。それに載せて移動させるんだっ』
どれ程の時間が経ったのか、そうでもないのか。扉の外で、そんな騒ぐ声が室内にも響いてきた。
『なんでこんなことに・・・。とりあえず、部屋の中におられた筈の方々は無事なんだろうな』
『まずはこれらをどかさないと。たしか第1等の方々はここをお使いになっていらした筈です』
そんなやり取りが扉を通じて小さく聞こえてきたけれど、もう立ち上がる勇気も、ここで何かを指示しようとする心も、全てにおいて残ってはいない。
十六人は、ただ黙って座りこんでいた。
やがてガタッ、ドスンッ、ガッタンッと、大理石の塊を動かす音と振動が響く。
「あの・・・、すみません。ちょっと扉の外に壊れた像が散乱してまして・・・」
そうして小さなノックと共に恐る恐る扉を開けた神官達が、中の様子を見てしまう。
「え・・・? 何だ、この絨毯・・・じゃ、なく、て・・・?」
「何だ、これは。掃除が大変だな。え? まさか、これ、・・・い、いや、なんで皆様、倒れて・・・」
彼らにとっても全く考えもしていなかったのだろう。彼らはしばし室内の様子が理解できずに行動を起こさなかったが、やがて状況を把握する。
「うわああぁーっ、誰かっ、誰かっ、誰かぁーっ」
「誰か来てくれぇーっ」
それでも生き残った十六人は、何もできずに放心し続けていた。