160 デューレはチェンジを諦め、テオドールは隠し孫を知った
二度と戻らないと誓った家に、こんな理由で足を踏み入れるとは思わなかった。
大神殿に所属する第2等神官ウルシークの館はとても広い。だが、レイスはこの館の全てを知っている。
(改めて見てみれば、本当に無駄にでかい家だな)
階段や厨房や食事室、そして玄関も複数ある為、同じ家に暮らす家族であっても、一ヶ月ぐらい顔を合わさずに過ごせてしまう家だ。住み込みの神官や使用人もいる。
かつてレイスは、ここの一人娘であるキャサリンが住まう区画に私室を持っていた。
婿を迎えたキャサリンの第一子として、それは当然のことだっただろう。けれども今の自分はもうアルドではない。
(また地下か。本当にもううんざりだな)
だが、主人であるウルシークが使っている区画に連れていかれたレイスは、
「どうぞこちらへ」と、先頭を歩いていた神官ランドットに、二階にある客室へと案内された。
「ですが、このお部屋では・・・。もっと逃げられない場所がいいのではありませんか、ランドット様?」
レイスの両脇や背後を固めていた六人の神官の内、一人がそう尋ねる。
「かまわない。元々、アルド様はキャサリン様のご長男。本来、リシャール様ではなくアルド様がウルシーク様の跡取りだったのだから」
「しかし、ウルシーク様は、縁のない外国人として扱うとおっしゃっておられました」
「地下の方がいいのでは」
「ご本人も、もう無関係だとおっしゃっているのですから」
不満そうに彼らが反論するのは、やはり客室は自由が利きすぎるからなのか。
「たとえウルシーク様と無縁の外国人であっても、それでも何の罪もない方をお招きするなら丁重に扱わせていただくものだろう」
「・・・分かりました」
そこまで言われたからだろう。レイスの周囲にいて腕などを押さえつけていた六人は、不承不承、頷く。まだ若く、命じられたことをこなすので精一杯といった感じだったが、それだけに反発する思いがあったのか。
先頭を歩いていた二人の神官、そして少し後を歩いていた三人の神官達は、長くウルシークの下にいた為、レイスの幼い時のことも覚えていた。だからこそ今回の事は、ただの家族喧嘩といった認識でもっていきたいところである。
「お前達は廊下で見張りを。アルド様は賢い。今、抜け出したところで、全く益がないことぐらいはお分かりだ。それから何か飲み物を」
ランドットと呼ばれた神官は、そこでレイスに向き直る。
「アルド様のお部屋は長く使われていませんでした。早急にお使いになれるようにしましょう」
「無用だ。俺がここで暮らすことはないし、あの女も俺の顔だけは見たくないだろう」
キャサリンが暮らしている区画など冗談ではない。お互いに顔を見れば不愉快になると分かっている場所に部屋を用意されても、ただの有難迷惑だ。
レイスの帰る場所はドレイク達が待つ場所なのだから。
(問題は、無理に帰ろうものなら面倒なことになることだ)
ティネルの街の自警団や、取り締まりに当たっている治安関係者には鼻薬を嗅がせてある。だから多少のことならばどうにかなる。
しかし第2等神官、つまり大神殿の名を使える人間が出てきたら、一気に話は変わる。大神殿に逆らう市民は存在しないからだ。
だからウルシークに、レイスを追う気をなくしてもらわないと困る。
(それだけ手詰まりなんだろうが、あまりにも現状認識がずれているのがどうしようもない。神子姫の区別も、性格の把握も、何より需要というものを)
肝心の神子姫達は、神殿の為に役立つ気などさらさらないのだ。
神官達は、リンレイ城にグリフォンを嗾けて舞踏会をめちゃくちゃにした神子姫ハールカでは言いなりになるとは思えないと、他の二人に接触したいのだろうが、・・・恐らくまだ泣き落としが通じるのは本物の神子姫ハールカだろう。
(ユーリは自分に都合よく動いてくれる神官しか使わないからな)
逃げ出して行方を晦ますことは可能だが、逃げ出した時、彼らは自分の隠し子と思いこんでいる優理を捜すだろう。それが困る。
(だから何としてでも諦めてもらわなきゃならんってことなんだが)
人というのは、こういう時、欲しいものを与えれば黙る。
だが、ウルシークが望む結果は手に入らない。
都合よく神子姫の所まで辿り着く手段など。
そんなことを考え、レイスはその部屋にあるソファに腰を下ろした。
「アルド様。お気持ちは分かりますが、・・・あれでウルシーク様もあなたを惜しんでおられました。ですが、仕方がなかったのです。自然死というには難しく、軽々しく自らの命を絶つことはこの世界に対してあまりにも罪深い。そうなればテオドール様だけでなく、ウルシーク様とて糾弾されたことでしょう。大神殿には、隙あらば蹴落とそうとする神官がひしめいているのです」
ランドットが、弱り顔でそう語りかけてくる。
部屋に残った四人の神官達は、どれも見知った顔だった。かつて子供の頃のレイスは、祖父に付き従う彼らを見上げていたものだ。
レイスの隣に座った神官ガントークも頷いた。
「そうですよ。キャサリン様が意固地になっておられるから、どうしようもできなかったのです。ランディ殿の奥方は若く美しく、・・・色々とありましたからね」
ランドットに追従したものの、言葉の途中で、何故かそっとガントークは横を向く。
恐らくは「色々と」あった何かを思い出したのだろう。
どんな思い出が去来したにせよ、あの祖母と母ではまともなものではあるまいと、子供ではなくなった今のレイスだからこそ察するものがある。
それでも子供の頃のレイスにとって、家族が世界の全てだった。
すると、レイスのもう片方の隣に座った神官ルドヘルムと、ランドットの隣に座った神官キアランが身を乗り出してくる。
「リシャール様とて、口ではああ言っておられましたが、ご自分とよく似た顔の人を見かけたという伝聞だけで、すぐに動かれたのです。ずっとお会いになりたかったのでしょう」
「エリーネ様も、幼い時に生き別れたあなたを慕っておられたのです」
そうやって四人が口々に語ってくるものだから、さすがに鬱陶しい。
「そういう家族ごっこは俺を巻きこまないでやってくれ。子供の頃だって俺がいなくても別に問題なかっただろう。大体、ウンディーネのことを話せというが、聞いている筈がない。そんなに気になるならゲヨネル大陸に人を派遣して勝手に情報を集めてくればいい」
レイスはうんざりした顔で、軽く手を振って止めずにはいられなかった。
「ランドット様。お茶をお持ちしました」
ノックの音が響いて、使用人の女性が顔を出す。持っていたトレイには、ティーポットと複数のカップが載っていた。
「ありがとう」
四人とも立ち上がり、そのトレイをキアランが受け取ると、ランドットが砂時計が落ちるのを待って鮮やかな手つきでカップに茶を淹れていく。
(神官と言っても、高位神官の側付きなんぞ、ほとんど世話係だな)
身近にいて同じ内容を見聞きし、その内意を酌んで動こうとすれば仕方ないことなのか。
そう思ってしまったレイスだが、ならば優理の周囲にいる自分達も似たような状態ではないかと思うと、そこで思考をストップさせた。
(いや、ユーリはもっと図々しい)
彼らが求めてやまない神子姫は、「与えられた地位に意味はないわ。私は自分で世界を取りに行くのよ」と、彼らが思う以上に変な方向へ爆走中だ。
本当の野心家ならば神殿を利用するだろうに、その辺りが優理は阿呆だと、レイスは思っている。
「それができぬから困っているのですよ、アルド様」
ランドットは苦笑しながらカップを差し出した。自分達の分もそこに置いて、他の三人にも座るように促す。
「ゲヨネル大陸には、神官ばかりでなく一般人をも既に派遣はしました。ですが、ゲヨネル大陸の民はとても非協力的でしてね。神官イスマルクのいる場所すら教えてくれないときたものです」
「それを俺に言ってどうなる。ゲヨネルになんぞ行ったこともない俺に」
恨み言なら、その神子姫とやらに言えばいい。
全く聞く耳は持たないだろうが。
レイスは鼻でせせら笑った。
「ですが、あなたはリンレイにいました。なぜ、ティネルに暮らしているあなたがリンレイに?」
「知り合いがリンレイで馬鹿をやらかしたんでな。それを引き取りに行っただけだ。好きで行ったわけじゃない」
「そうですね。よりによって禁制品を、それもラルース王子と共に持ち込んだという疑いをかけられた男を、あなたはわざわざ引き取りに出向いた」
その思わせぶりな抑揚は、まさに何かを疑っていると知らしめるものだ。
誰だってカチンとくる言い方である。
「何が言いたい?」
レイスは、ランドットをその赤茶けた瞳で見返した。
「その頃、神殿にも禁制品の密告がありまして、かなりバタバタとしていたのですよ」
「だから何だ? 神殿や神官の仕事なんぞ一般庶民には無縁のものだ」
恨み言なら、それを画策した神子姫とやらに言えばいい。
完全にすっとぼけてみせるだろうが。
レイスは呆れたように、そんなのは自分の仕事じゃないと、指摘する。
「ですが不思議なことにその禁制品が全て姿を消したときたものです。そう、あなたが引き取りに行った禁制品持ち込み疑惑のある男の証拠品と同じように」
「怪しいところがあるのなら、あいつ自身を調べろ。俺は知り合いだから形式上サインしただけだ。それならキースヘルムを勝手に連行すればいい。ついでに目障りだから永遠にそのまま捕らえておけ」
薄情にも、レイスはキースヘルムを売り払おうとする。ランドットはキースヘルムには全く興味はないようで、さらりとその提案を無視した。
「その頃、リンレイには第9神殿の神官達もやってきていました。なぜやってきていたのか、不明なのですがね。彼らはただの買い物だと主張していましたが。その第9神殿はいささか特別な神殿なのです。こちらも常に見張っている程に」
「それはそちらの事情だろう。俺に何の関係があるというんだ」
恨み言なら、彼らと同行していた筈のニセ神官に言えばいい。
誰もその正体を白状はしないだろうが。
レイスは、その王子様らしからぬニセ神官に見せてもらった新聞を思い返す。たしか彼は、一緒にリンレイまでやってきた神官達を後で訪ね、口止めした上であの新聞を見せてあげたのだったか。
「ええ。・・・ですが、その頃、第9神殿のあるドリエータは大変なことになっていました。何故なら神子姫ハールカ様がお戻りになったかもしれなかったのです」
「さっきから全く関係のない話を」
レイスは、静かにカップを口に運ぶ。その優雅な手つきは、普段の生活ではみせないものだ。
「その頃、ドリエータ城に捕らえられたという、神子姫様と行動を共にしていたという男の特徴は、砂のような金髪に、赤茶けた瞳をしていたそうです。その男は見事な手際で脱獄したそうですよ、アルド様。そう、かつてあなたが、ここから姿を消した時のように」
「・・・・・・」
「11の時に子を作り、そしてあの時も、ドリエータでも、救い出してくれる仲間を持っていらした。物静かな学生を演じながら、そして侘しく生きているような顔をしながら。大したものですね、アルド様。全く気づきませんでしたよ」
なるほどと、レイスは思った。
あまりにも情報が早すぎる。恐らく神殿は、ドリエータ方面に報告する者を常駐させているのだろう。
そして現地の城などにも神殿に情報を流す者を作っているのだ。そうでなければ、どうしてリンレイ城にリシャールの顔を知る役人がいたというのか。
ゆっくりとカップをテーブルに戻し、レイスはランドットに対して冷ややかに笑ってみせる。
「つまり、ウンディーネ云々はどうでも良かったと? 必死だな。第2等神官ウルシークの為なら、俺の未来を断つことは仕方ないと切り捨てる。そして跡取りのリシャールの為なら、自分達が切り捨てた俺を利用することも厭わない。そんな俺から神子姫の情報をもらえるかもしれないと思えば、情に訴える浅ましささえやってのける。見事なものだ」
流れるような動きで立ち上がり、レイスは窓の方へと歩きだす。既に暗い夜空を背に四人を振り返った。
部屋の灯りが、レイスの瞳を反射して暗く光る。
「だからお祖母様は、女神の威光だけを借りる神官などゴミだと思っていたんだ。お祖母様が女神に仕える神官として認めていたのは第7等神官ランディ、ただ一人。同じようにゲヨネル大陸の住民が神子姫に仕える神官として認めるのは、神殿に逆らった第3等神官イスマルクのみ。そういうことだろう」
クッと、レイスの咽喉から笑いが漏れた。
「生憎と今の俺は金で仕事を請け負って生きている。依頼主のことなぞ明かせんよ。俺にとっちゃ、金を払うか払わないか、それが全てだ」
「ならば、それなりの報酬であなたを雇うと申し出たら?」
探るかのような目でランドットが尋ねる。
「金はなくなったら稼げばいいと思ってるんでな。どうせうちの娘が稼いでくる金で生活はしていける。豪遊したくなったら仕事をすればいい。今、別に金に困ってるわけじゃない」
「でしたら女ならどうです? もっといい家も用意しましょう」
「女なら間に合っているし、家など広くても面倒なだけだ。娘の負担が増える」
「召し使いぐらいつけますよ?」
「俺が何も言わなくても察して動けるのはうちの娘だけだ。馬鹿と同じ空気なぞ吸いたくもない」
ランドットは、フッと暗い笑みを零した。
「本当にあなたはランディ殿の奥方そっくりでいらっしゃる。ウルシーク様やキャサリン様にも全く敬意を払わず、我々の方がランディ殿より等級が高いにも拘わらず、虫けらを見るかのような態度を崩さなかったあの奥方に」
「きっちり説明すれば良かったじゃないか。そうすれば、いくらあのお祖母様でも、あんたがお偉い神官様だと理解してくれただろう」
思ってもない言葉を、レイスは言ってみせる。
「テオドール様の御母堂に、それはできなかったのですよ、アルド様。テオドール様がキャサリン様と結婚なさっていなければ、あのような礼儀知らずな女性、闇から闇へと葬り去られていたことでしょう」
脅すかのような言葉だったが、レイスは意に介さなかった。
「闇から闇へと葬り去られたかどうかなど分かるまい。やってみればよかったんだ。そうすれば、その傲慢さを墓の中で後悔できただろう」
「・・・・・・」
黙りこんだランドットだったが、残りの三人は声を出さずに苦く笑い、互いに視線を交差させる。
そこへ、トントンとノックの音が響いた。
「ランドット様。お客様へのお食事をお持ちしました」
「ありがとう。そちらの机の上に並べてくれないか」
ランドットが事務用の机を示す。
「はい」
使用人の若い女性は、壁際にある机の上に夕食を並べていった。
彼女が出ていくと、ランドットは立ち上がる。他の三人も立ち上がった。
「アルド様。強情を張らず、冷静にお考えになってください。色々と恨み辛みはおありでしょう。勿論、それについては今からでも出来得る限りのことをさせていただきます。ですが、ランディ殿が可愛がっておられたあなたが幸せな人生を歩むことこそ、お二人が本当に望んでいることではありませんか?」
「都合のいい代弁は不要だ。あの二人の俺に対する思いなら、本人から聞かされている。捏造に付き合う気はない」
「・・・まずはどうぞお食事を。明日、またお話をさせていただきましょう」
四人が出ていき、パタンと扉が閉められる。
(食事は悪くなさそうだが)
地下に閉じ込められなかったのは、どこに閉じ込めても仲間が助け出しに来ると思ったからか。それぐらいなら要らぬ敵意を持たれぬよう懐柔した方がいいと判断したか。
(ドレイク。今の内にユーリ達を脱出させてくれ。俺が逃げ出したらティネルには検問が張られるだろう)
ドレイクは馬鹿だが愚かではない。自分が戻らぬ時点で、すべきことはしてくれる筈だ。
食事をそれぞれ舐めてから、レイスは思った。
(薬が仕込まれているのは、肉と酢漬けか。食べなければいいだけだが、それを察することができると把握されるのもまずい。・・・仕方ない。食欲がなかったということで、茶だけ飲むか)
これ以上の煩わしいことはごめんだ。
レイスは、カーテンを閉じて室内を暗くする。
『ですからっ。アルドは何も知らぬのですっ。何でしたら私が尋ねておきますから、どうかこちらの家にお戻しくださいっ』
『お祖父様、お願いします。アルド兄様には、もう子供もいるのです。せめて子供の為にもティネルの家に帰してやってください。何も知らずに待っている子供が哀れではありませんかっ』
『正式な婚姻を経ずに産まれた子など、誰の子か分かったものでもあるまいっ。どうせアルドの世間知らずにつけこんで押しつけられただけだろうっ。テオドールよ、肝心の母親から何も聞かされていなかったお前が、何を聞き出せるというのだ。黙ってこちらに任せておくがよいっ』
そんな怒鳴り合うかのような声が、階下から響いてきたからだ。
テオドール、リシャール、ウルシークの声だと、レイスだって察する。
(ここは笑うべきところなのか・・・?)
まさかと思うが、リシャールは優理を姪だと本気で信じてしまって、叔父としての使命感に燃えているのだろうか。
逃げること自体は不可能ではない。しかしウルシークが納得しない限り、優理を巻きこむ危険性は残るのだ。ドレイクが優理をティネルから脱出させるまで、自分は逃げられない。
(あそこまでクソ生意気に言われておいて・・・。奇特な奴)
あのマイペースな祖母にちょくちょく会いに来ていたことといい、あそこまで優理に偉そうに言われても案じていることといい、リシャールはプライドの高い女が好みなのだろうか。
我が弟ながら変わった趣味だなと、レイスは思った。
(俺ならいくら美人でも、あんな身勝手なお祖母様に憧れる気にはならん)
どれ程に二人が自分を庇おうと、この邸においてウルシークは絶対的な主人だ。二人の要望を聞く気はないだろう。
(しかし、おかしいな。まさかお祖父様はドリエータの報告を聞いてないのか? となると、あの四人がその情報を止めていた・・・?)
あの四人は、もしやウルシークを追い落とそうとしているのだろうか。他の神官から買収されたということも考えられるが・・・。
ドリエータ城のことが知られているなら、水の妖精のことよりも神子姫ハールカの情報を自分から聞き出すことの方が優先されるというのに、ウルシークは何故か水の妖精だった祖母アレクシアのことしか聞き出す気はないらしい。
(どうでもいい。俺には関係ないことだ)
レイスは、続き部屋の寝室の扉を開けた。
昨夜は口うるさい小娘に、いかに会話というものが大事なのかを延々と言い聞かされていたのだ。寝不足もいいところである。
(何が、「私の言うことに従ってれば、いつか感謝できるわよ」だ。全然、感謝できる流れじゃないぞ)
置かれていた寝間着はどこか年配好みだったが、客層を考えれば致し方あるまい。
手で寝心地を確かめれば、いい寝具だ。
すぐには開かないよう寝室の扉に細工をしてから、レイスは横たわった。
(人は愚かだ、後悔するならしなければいいのに。幸せになろうとして自分の幸せを壊していく)
目を閉じれば、祖母の顔が浮かんでくる。
ああ、本当に・・・。
『だって、私がアレクシアなのよ。だから、あなたはアレクにしたらお揃いの名前で素敵だと思ったの。だけどね、ランディが、
「同じ名前じゃ、可愛い君を呼んでも子供が返事しちゃうだろう。だからテオドールは君と全く違う名前をつけたんじゃないか」って言うから、じゃあ、アレクはやめて、アで始まる名前にしようって思ったの。ね、いい話でしょう? 私とあなた、始まりがお揃いの名前なのよ。親子って感じがするでしょう? だからお揃いのお洋服を着てみましょうね』
『お祖母様。私はあなたの孫であって子供じゃありません。ついでにスカートを仕立てるのはやめてください』
『そこは大丈夫。だって私、テオドールを育ててないから母親じゃないんですって。だからあなたを育てて、私は母親になるのよ』
『どちらかというと、私がお祖母様を育てているような気がします』
ああ、本当にあの人だけは・・・。
非常識でとても迷惑な人だった。
奔放でとても身勝手な人だった。
愛さずにはいられない人だった。
優理は人材が多い利便性をひしひしと感じていた。
エミリールとウルティードも器用だったが、夕食後の時間を手伝いに充ててくれたフォルナー達も器用だ。
優理が頼んだ通りに竹を削ってくれている。彼らにしてみれば片手間な作業なのだろう。面白がってヴィオルトやニルスも手伝ってくれた。
正直なところを言えば、ドレイクに次ぐ立場のフォルナーが手伝っているので、ヴィオルト達も手伝わないわけにはいかなかっただけだが。
「なんだか必要以上に出来上がりそうな勢いだわ。その時は、みんなももらってね」
「それはいいんだがよ、ユーリちゃん。そりゃ材料は無料かもしれんが、作り上げる時間と手間を考えたら、かえって高くついているようなもんだろう。お別れの記念なんて、ユーリちゃんの手作り焼き菓子で十分感動されたんじゃねえのか?」
「甘いわね、フォルナーさん。お腹に消える物ってのはたしかにもらっても困りにくいわ。だけどね、大切なことを忘れているの」
「大切なこと? 何だ、そりゃ」
小さなナイフで竹を削りながら、目も上げずにフォルナーは尋ねた。
どうせ大した理由ではあるまい。
「そう。大事なことは、これをもらってしまえば手放したくても手放せないってことよ。・・・賭けてもいいわ。彼らはこれをくれた私を忘れられない」
ふふふふふと、不気味に優理が笑う。
将来性のある若者は大事である。いつか大物になってくれるかもしれないのだから。
それを少し離れたベンチに座って見ていたカイネが、ドレイクに向かって呟いた。
「何ももらわなくても忘れらんねえと思うがなぁ」
「せやな。自分、ちょっと普通ちゃうこと忘れとるんとちゃうか。普通の娘はんは、あんな傍若無人に生きとらんわ。忘れたぁても忘れられへんっちゅーの」
そこへ戻ってきたエスティスが、まっすぐにドレイクへと向かってきてしゃがみこんだ。
「オールグから連絡が入りました、ドレイク。キースヘルムは少しずつ手下達を処分していますが、どうやら潜伏しているのはこの辺りらしいです」
周囲には聞き取れない声で囁き、何枚かの紙を差し出す。
「ふぅん。派手にやっとるやないか。やけど焼け石に水やな。それとも一気に喉元食いちぎる気かいな」
ぱらぱらとめくり、ドレイクはそれをエスティスに、
「お前が持っといてくれや」と、押しつけ、立ち上がった。
「ドレイク?」
「今晩は忙しぃになんのや。うちん店、全部見回りしてこんといかんよって」
「はあ・・・?」
意味が分からないエスティスは、つい眉間に皺を寄せてしまう。
「ついてきぃや、エスティス。・・・カイネは頼むわ」
「分かった」
ドレイクとそれに続くエスティスを、カイネは軽く片手をひらひらと振って見送った。
(問題はだ。ユーリちゃんが大人しく移動してくれるかってことなんだよなぁ)
どんな状況下にあろうと、レイスは抜け出してくるだろう。それを自分達は疑ってなどいやしない。
だが、レイスを信じて逃げ出すよう言ったとして、優理が受け入れるかどうかが疑問なのである。
(場所を移そうと言って信じてくれればいいんだが・・・)
カイネは全員で黙々と作業中の様子を眺め、そっと溜め息をついた。
パッパルート王国に、王弟であるデューレ王子がルートフェン国の第一王女カディミアと結婚するという知らせが駆け巡った。
『その王女様は、お体も弱くていらしたそうだ』
『ルートフェンのお城にいても弱い体では役に立たないからと、女神様に祈りを捧げ続ける人生をお選びになったんだと』
『父祖の国であるパッパルートの王宮で、若くして亡くなるであろうご自分の一生、女神様へ祈りを捧げるおつもりでいらしたとか』
いきなりの病弱設定により、ルートフェン国の第一王女はなぜか気候もより厳しい筈のパッパルート王宮滞在を力技で押し切っている。
『不思議なことに、毎日祈りを捧げる王女様のお体はどんどんと健やかにおなりあそばしたそうよ』
『なんと・・・。まさに女神様の奇跡、女神様のご加護が』
『今、パッパルートにゃ水も豊富に湧き出るようになった。更にルートフェンのお姫さんまで快癒したなんざ、めでてえじゃねえか』
『その敬虔なお姿にデューレ王子様も感じ入り、ついには恋に落ちたんだとよ』
全ては女神様の御心のままに、愛があれば奇跡は起こると、そこも強引だった。
『王女様、男性じゃないから神官にはなれないけれど、一生を女神様に祈りを捧げて生きていくつもりですと、その愛を一度はお断りなさったんですって』
『体が弱い自分では、パッパルートでも役にたてず心苦しいだけだと、そうも仰ったそうよ』
『一国の王女様なのに、そこまで気兼ねしなくてもよ』
『全くだ。パッパルート人は役に立つとか立たないとかで切り捨てようと思う程、女々しかねえよ』
『そのお美しい心根に感動され、デューレ様はやはり自分の妃に迎えるのはこの王女様しかいないって思ったんだってさ』
とても繊細で病弱なルートフェン国第一王女が身を引こうとしたのを、そこをあえて望み続けたパッパルート王子という筋書きだ。
『デューレ様、大切なのは愛だとおっしゃったそうよ』
『何度もお見舞いを重ねたそうだ』
『やがて二人の心が通い始めたってか。いい話じゃねえか』
病弱な王女を妃に迎えたところで得るものはない。それでも押し切ったところに、パッパルート王国人はデューレに漢の魂を見た。
『ほとんど病み上がりの王女様。先に婚儀をすませて、ゆっくりと愛を育みながら療養させてあげたいと、デューレ様はディッパ様に頼みこまれたそうな』
『ディッパ様も、かつて分かたれた二つの国の末裔が再び結び付けられることはめでたいことだと仰って、祝福なされたそうだ』
『デューレ様は、ご自分の宮でも王女様のお部屋を自分よりいいものにしてくれと命じたそうだぞ』
『まあ。それはあってはならないことよ』
さすがに王子の部屋よりも妃の方がよい部屋というのはおかしいと、女性の方が眉を顰める。
『だがよぉ、王女様は体が弱くていらっしゃるんだろう? ならば一日でも長生きしてもらえるよう、そして少しでも楽に過ごせるよう王女様を優先するのは男として当たり前だって、デューレ様は仰ったそうだぞ』
『なんてご立派なんでしょう』
『本当に王女様を大事になさってらっしゃるのね』
『素敵だわ』
そうなると女性の方が感動してしまった。
かなり真実とは遠い噂も駆け巡っているが、その首謀者ディッパは全く気にしていない。
自分の部屋でゆっくりと寛ぎながら、ニッカスに茶を淹れてもらっていた。
「民の前に出るお披露目の衣装なんぞ、我が国の正装であればいい。というわけで、もうすぐカディミアの衣装もできあがる。ちゃんとカディミアを大々的に披露してこいよ、デュー」
デューレの衣装はあるものですませればいいと判断し、カディミアの衣装だけに専念させたからだろう。凄まじい勢いで衣装は出来上がりつつある。
儀式の多いパッパルート直系王子は、実は衣装持ちだ。しかし日常生活は、ラフな格好ばかりである。
「兄上、それはいいのですが、かなり恥ずかしい内容になっていませんか?」
「気にするな。恥ずかしいのはお前だけだ。せいぜい民の前で、フラれてもフラれても口説き落とした情熱的な王子を演じてこい」
「そんな情熱、持ち合わせがありません。それより、左手を動かさないでください」
「あ、悪い」
ディッパの体に下絵は入っているので、それに合わせて決められた色をデューレは塗っていた。見えないのだから描かなくてもいいだろうと思うのだが、背中にも既に模様が描かれている。
目立たない場所からと思い、背中、胸、腹部、足まで描き、今は左手を塗っているのだ。
普通の化粧品と違い、これはかなり長く体の表面に残り続ける染料なので、失敗するとみっともないことになる。といっても、せいぜい三日か四日程度しか残らないのだが。
「国王の体で練習するたぁいい度胸だ。だけどデューレ、お前、かなり色合わせ上手いじゃないか」
「一時期はまって練習しましたから。何なら私の体を兄上も塗ってくださってかまいませんよ」
「遠慮する。んなもん、担当の奴にやらせろっつーの。だがお前、本気でカディミアのもやるのか?」
「何か問題でも?」
「・・・いいけどな」
地位に応じた紋様を体に描いていくそれは、鮮やかな色が多用されていた。
見る者が見れば、その描かれた紋様で王族内での地位を理解するだろう。
「それよりデューレ様。早馬が戻ってきたのですが、前国王陛下、王妃殿下、どちらもご不在だったそうで、婚儀までに間に合うかどうかが怪しいそうです。我が王は、何があっても見つけ出して連絡をつけるようにと命じておいででしたが・・・」
「別にかまいませんよ、ニッカス。父上と母上が戻ってきても邪魔なだけですから放置しておいてください」
かなり気を遣ってそれを報告しようとしたニッカスだったが、デューレはとても冷淡な反応だった。
「邪魔はないだろう、邪魔は。父上と母上にとっても可愛いカディミアがお前の妃になるなら喜ぶだろうに」
娘のように可愛がっていたカディミアが本当の娘になるのだ。だからディッパも捜索させているのである。
「それで婚儀の後、カディミアを母上に持ってかれるんじゃたまりませんよ。からかわれるのもごめんです。そのまま父上と母上は捜さないようにしておいてください」
「まさかデュー、お前、何かやらかしたんじゃないだろうな」
「婚儀が終わるまで、先代及び先々代の国王夫妻は行方不明かもしれませんね」
「・・・お前の仕業だったか」
ディッパはげんなりとした顔になった。
「別にかまわないでしょう。もし母上達が戻ったら、弟の私が結婚するのにと、兄上の結婚を急かされるだけですよ?」
「ニッカス。退位なさった方々については、そのお静かな日々を邪魔せぬようにと伝えておけ」
「我が王。先程、何が何でも見つけろと指示なさったばかりでは?」
「訂正してこい」
「・・・分かりました」
どうしようもない兄弟だなと、ありありと表情に出しながらニッカスが部屋を出ていく。
パタンと扉が閉められ、二人きりになったところでデューレは切り出した。
「兄上」
「何だ?」
「ユーリ殿とマーコットの正体は、・・・神子姫、ですか?」
「そうだ」
はぁっと、やさぐれた吐息を洩らしたデューレは、ディッパの手の甲の模様に取り掛かる。
「兄上」
「何だ?」
「もうすぐここに、ユーリ殿がやってくるんですよね?」
「そうだ」
デューレは手を止めて兄王をまっすぐ見つめた。椅子に座って弟王子に手を預けていたディッパも表情を消した顔で見返す。
「兄上」
「何だ?」
「ユーリ殿、マーコットと取り換えてください」
デューレの瞳は本気だった。
恐らく同じ神子姫ならば、白黒模様のスカンクとやらの方がいいと思ったのだろうなと、ディッパも察する。
だからディッパは兄としての威厳を漂わせて言った。
「いいか? 世の中には可愛さだけでは乗り越えられない問題があるんだ、デューレ」
「そこを何とか」
「ユーリ殿も可愛いと思うぞ?」
「いつから生意気で小憎らしいことをそう呼ぶようになったんです?」
「・・・うーむ」
仕方がないのでディッパは分かりやすく説明した。
「夜のお散歩に出かけてきますと出かけて、エミリール殿達が監禁された塔を全壊して関係者更迭。
お砂糖を買いに行ってきますと出かけて、リンレイ城を半壊して出席貴族達をブス短小呼ばわり。
おやこんな所に禁制品がと密告して、お前とユーリ殿達を追いかけ回していた貴族達を冤罪失脚。
リヴィール王子の海賊退治はいい話として本人の名前が出てるが、現在ハールカ姫の仕業となっているドモロール前国王退位も、実はマーコットが原因らしいんだが?」
「・・・・・・」
「その上、頼りなくて可愛らしい恋人でいたいマーコットはカイト殿には内緒だと、全て秘密でやらかすときたものだ。その証拠にマーコットの名前は出てないだろう? 協力者には口止め要請しているからな」
ディッパは弟にとても慈愛深い眼差しを向ける。
「正体が分かっていたなら相手も賠償金請求など出せないだろうが、カイト殿の前では猫をかぶっていたいマーコットは名前を出させないよう立ち回る。気軽にやらかすそれの後始末をさせられるのはその場にいる奴だ。その口裏合わせと弁償費用の面倒をみていた日には国庫がすっからかんだぞ」
「・・・仕方ありませんね、我が国では予算が出せません」
デューレもそうなれば諦めるしかなかった。
「いいです。ユーリ殿がいるなら、マーコットもまた遊びに来てくれるでしょう。その時はカイト殿を口説き落とせば長く滞在してくれますね」
「・・・なあ、デュー。お前、カディミアと結婚するんだろう? 知らんぞ、浮気を疑われても」
今まで動物の世話など全くしなかったくせに、スカンクというものの何かがデューレのツボにはまったらしい。しかし、その正体はかなりの美女だ。
ディッパは、どう考えてもカディミアが誤解するだけだろうと、弟に抑制するよう促した。
「浮気なんてしませんよ。ですが手に乗るサイズのぽわぽわした動物が短い手足を使ってカリコリと木の実を齧るのを見てしまえば、誰だって欲しいと思うでしょう?」
「愛玩動物が欲しいなら飼ったらどうだ?」
グリフォンは餌代がかかりすぎるが、小動物なら問題ない。
ディッパは、弟ともうすぐ義妹になる二人が気に入る犬なり猫なりを飼えばいいだろうと、そう提案する。
「マーコットは可愛がりたい時だけ可愛がれば、後は大人しく誰かの所へ遊びに行ってくれてとても都合が良かったのです」
「・・・あのな、デューレ。生き物ってのは世話も責任もってしなきゃいけないもんだからな?」
ここに途轍もなく身勝手な男がいる。それが自分の弟だ。
(こいつ、やっぱり生き物を飼っちゃいかんタイプだ)
ディッパは、本当にカディミアはデューレでいいのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
ギバティールで暮らす第4等神官テオドールは、ほとんど眠れぬまま朝を迎えていた。
ある程度は眠ったが、結局、長らく行方不明だった長男のことが気にかかって、すぐに目覚める浅い眠りを繰り返していたのだ。
寝間着を脱いで着替えれば、重苦しい気持ちが胸を締めつける。
(とりあえず朝は、あのパンの残りでも食べるか)
いきなり義父であるウルシークに呼びつけられ、リシャールと同行したという神官達の話を聞かされた時には、まずいことになったと思ったものだ。
だが、亡くなった母がウンディーネだったかどうかなど今となっては分かる筈もなく、そして変なことを使用人達に聞かれても困る。
だからほとぼりが冷めるまで使用人達は休ませたのだ。
(もしも立ち聞きなんぞされて、その内容をよそで喋られてはまずいと十日間程休みを出したが、・・・朝食ぐらいは作りに来てもらうべきだったか)
長男のことも心配していないわけではないが、いざとなれば自分がゲヨネル大陸へ行くと言い出せばどうにかなるだろう。
テオドールはもう覚悟を決めていた。
(昨日の夜もパンとハムしか食べてなかったな)
衣服は毎日違うのを着ておけば問題ないだろうが、この際、食事は店で食べてくるようにした方がいいのかもしれない。
その気になれば料理ぐらいは作れるテオドールだが、久しく人に世話してもらってばかりだったので、洗濯も掃除も料理も面倒だという思いの方が強かった。
ガンッ、ガンガンガンッ。
そこへ、玄関の鋲叩き金具の音が鳴り響く。
(まさかリシャールか? それともアルドのことで何か・・・)
慌てて階段を駆け下りて、相手もたしかめずに扉を開ければ、そこには銀髪の娘が立っていた。
「ん? 女の子、だな? えーっと、髪が短いから分かりにくかったが」
年の頃は16か、その前後だろうか?
白いエプロンをつけて、その下には水色のワンピースだ。裾が広がっていて若い娘の格好なのだが、髪が女の子にしては短い。それでも顎ぐらいの長さで切り揃えてあるから、可愛らしさがある。
「どうしたのかな? 迷子かい?」
「違うわ。ここ、バスティアさんのお宅で合ってるわよね?」
「合っているが?」
「そして、あなたがテオドールさん? レイスの、・・・アルドの、お父さん?」
「・・・そうだが?」
すると銀髪に焦げ茶色の瞳をした娘はにっこりと笑った。
「初めまして、おじい様。私はユーリ。あなたの長男の隠し子ですわ」
「・・・・・・は?」
肝心の長男からは、隠し子というのは嘘だと言われている。
「朝帰りする父親なんて言語道断でしょう? だから迎えに来ましたの」
「とりあえず、・・・まあ、お茶でも淹れようか」
どうすればいいのかも分からぬまま、テオドールは優理を家へと招き入れた。
「ありがとうございます」
その笑顔は可愛らしいのだが、なんという名乗りをしてくれるのか。
(やはり休みを取らせておいて良かった)
テオドールは自分の英断に感謝した。
この娘をいつもの使用人達が出迎えていたなら、とんでもない噂話が出回ったことだろう。
「ところでおじい様。朝ご飯はもう食べましたの?」
「いや、今からだ。君も食べていないなら一緒にどうだね」
「喜んで」
この年で、この年頃の女の子から「おじい様」と呼ばれてしまうことを面映ゆく思えばいいのか、悲しく思えばいいのか。
(まだそんな年じゃない。だが、こんなに似てなくて大きな子を隠し子なんて、普通は誰だって疑うだろう。どうしてあっさり騙されてるんだ、リシャール)
テオドールは複雑な気持ちになった。




