アデリーネの場合 6
俺はダンに怖れを抱いて打ち震えたものの、茶会は婚約者達が会話しだしたり、側近として今後の業務を話したり、俺に悪意を持つ者もいなくて和やかに終わった。
そうして、側近が出来て一安心……と思いきや、ダンが酷い。
何がって抱っこ癖が酷い。
いや、いつも通りなんだけど。休憩の度に俺を抱っこしてお茶をするのだ。クルニードは遠い目をしてるし、護衛のジオルグはこっちを見やしない。まあ、慣れてくれ。俺は腹を括ったぞ。つーか、俺の為だ…………待って。これ入れ替わったら俺もしなきゃいけなくね? 突然冷たくとか無理だよね? 散々熱々振り披露しておいて婚約破棄したりとか……無理じゃね?
…………と言う事は俺は俺だったアデリーネを愛して行かないといけないんだよな? いや、中身はダンだけど…………。いや、ダンは好きだけどさ。何だかんだ俺に付き合わせられてるのに努力してるし、弱音吐かないし、理想的な美男子を地で行ってるし。
…………これ以上考えるのはよそう。やる事一杯あるし。
俺は大事な事に蓋をして、形振り構わず勉強と仕事へ打ち込んだ。お陰でダンの抱き癖が酷かろうと気にしなくなった。そうして、学園に入学した。西洋的なの何処行ったぐらいの男子のブレザー制服。そうして女子は胸元リボンのお嬢様学校風踝丈ワンピース。良かった、制服ミニとかじゃなくて。俺の中の何かが壊れる所だった。
入学の挨拶は勿論主席のダンだ。体育館を見渡すと、職員席のおじさんおばさんに紛れて超絶イケメン発見。あいつだ! 絶対攻略対象者だ! よくよく考えたら、生徒に手を出……さないまでも粉かけるとかどんな教師だよ。なるべく近寄らないでおこう。
後はヒロインだけど、それらしい人物は見当たらない。もしかしたら最終学年の十六歳の年に現れるかも知れない。まだ十四だから、恋愛特有の色気ある表現とか無理そうじゃね? 甘酸っぱさは表現出来るかもだけど。となると、後二年で龍脈を落ち着かせれば良いかな。
隠しキャラはこのまま行けば一生会えないかも知らんね。どんなイケメンかは見たかったけど、トラブルになりそうだから会わなくても良いか。
入学式を終えて、ダンが俺の手を取る。今ではすっかり当たり前になってしまった。そのまま教室へ向かう。
ここは成績順のクラス分けだから、当然一緒のクラスだ。俺達の勉強っぷりはヤバイからな。
それから選択授業を選んで……となるけど、俺とダンはテストだけで単位が取れる授業を選ばざるを得ない。仕事があるから、毎日学園に来れる訳じゃないし、そういう貴族の子息は多いから結構融通が利く。というか、宮廷魔術師団と混ざって訓練したり近衛騎士団に混ざって訓練したりしている俺達に習得するものは最早無い。座学は復習みたいなものだし、後は交友を広げるぐらいだが、ぶっちゃけ有力貴族以外でほいほいと友達作ると雑音が増えるから避けたい。
と、なるとだ。
学園生活がほぼ仕事の合間に息抜きに通うみたいな感じになる。もしくは友達に会いに来るとか。これ、ヒロイン居ても居なくても成り立たなくね? まあ、龍脈関連が無ければ仕事が減って学園にまともに通っていたかも知れないけど、流石俺! 回避の達人かよ。
そうやってほぼ仕事をこなして日々を過ごしていたある日。久しぶりに魔女がやって来た。それは相変わらずダンの執務室で抱っこ休憩していた時。陛下に面会に来た魔女が、序でに会いに来てくれたのだ。
「……どうやら、仲睦まじくやっているようだな」
抱っこから逃げようとジタバタしたものの、ダンの力は強い。魔女の前でも相変わらずいつもの膝に抱っこ状態で相対する運びになった。そんな俺を見ての一言。まあ、ハイ。仲良しですよー? 喧嘩しないし。
「これならば、次の段階に進んでも良かろう」
「まだその時では無いと仰りますの? 」
俺は待ったぞ! まだ龍脈は完璧に解決してないけど!
「ううむ。まだ機は熟しておらぬ。なので、まだまだ魂を近付ける為に段階を踏むのだ」
仕方ないな。次は何だ?
「何をすれば良いのでしょうか? 」
「簡単だ。口付けをすれば良い」
「くっ?! 」
今なんつった?!
「……それは、一度きりでしょうか? 」
会いた口が塞がらない俺に代わり、ダンが静かに質問した。
「いや、抱擁と同じよ。隙あらば回数をこなすがよい」
「そっ……んな事出来るわけがっ」
「ならば願いを諦めよ。妾は無理強いしている訳では無い」
「ぐっ……」
「……ご助言有り難く頂戴致します。メディエーヌ様、お忙しい身の上ながら私達に格別ご配慮頂き、有り難く存じます」
「……有難うございます」
「よい。そなたらのお陰で我が夫の体調も大分回復して来た。後二年もすれば元に戻るだろう。そなたらが動いてエルフ族や竜人族が助力することになり、格段に事が早く進んでおる。竜人族は調子に乗りやすいが、全て終わった後は妾が人族の後ろ盾になるゆえ、問題も無かろうて」
そう微笑んで、魔女は執務室を去って行った。
「…………」
「…………えっと、アディ大丈夫……? 」
大丈夫かと言われると大丈夫じゃない。だって、えーと、俺は今清らかな乙女である訳で、それでダンは……魂が女子な訳で、それで入れ替わりの為に無理にキスして過ごすって事だろう? そんなの、俺であるアデリーネにも悪いし、ダンの魂にも悪い。
「ダンんん…………」
どうしよう。きっと入れ替えは大それた魔法を使うんだとばかり思っていたのに、これは酷い代償じゃないか。それだったら、俺は、ずっと温めていた願いを諦めないといけないじゃないか。あー泣きそう……いや、泣かないけど!
ダンは黙ったまま手で人払いさせると、盗聴防止の魔法を張った。
「……ねぇ、アディ。何を悩んでるの? 」
こつんと額をくっ付けて、ダンが優しく囁いて来る。
「そんなの、アデリーネの体にも悪いし、ダンの魂にも悪い。俺の我が儘でこれ以上突き進む事は出来ないよ。もう、諦めるしか……」
覚悟を決めて、俺は顔を上げた。すると、ちゅ、と唇が音を立てた。ダンがキスしたからだ。
「ダン?! 」
「……嫌だった? 」
なっ……にを言ってるんだ! 俺が折角っ!!
「……アディが嫌なら辞める」
「いっ……やじゃない…………」
「嫌じゃない? 本当? 」
「嫌……どころか、心臓爆発しそうで苦しい……」
だって、何かドキドキと心臓が煩くて、顔は熱くて、もうどうしたら良いか分かんないよ!! 何でそんなに色気満々なの?! その役目は悪役令嬢の俺の筈だろ!!
「恥ずかしいの? ……アディ可愛い」
「うううう煩いっ、黙って」
「じゃあ黙る」
そう言って、ダンが啄む様にキスして来る。唇から、瞼に。額に。頬に。
「ああぅぅっ、もう辞めてぇ……恥ずか死ぬ」
「やだ。これは必要な触れ合いだから」
「うぅぅっ……」
それから、事情を知らないクルニードが戻って来るまで、ダンは俺にキスし続けた。気配を察知して辞める手腕は、ダンだけ余裕があるみたいでちょっとイラっとした。
それからは抱き癖に加えてダンにはキス魔という属性が付いてしまった。いや、称号か?
だって事あるごとにキスして来るのだ。
人前なら手の甲や指先、髪とかにキスして、そうして満足そうに微笑むのだ。
もうさぁ、これさぁ、無理じゃね? だってどうしたって絆されるに決まってるじゃん?!
相手はダンだよ?! 元天使な美男子様で王子様だよ?! もうなんか性別超越してるんだよおぉぉぉっ!! こんなん惚れるなっつー方が無理案件じゃんか!!
側近達も慣れてしまって、ダンの暴走を諌める程度だし、婚約者達はによによして楽しんでいるし、何か受け入れられてる感がもうっ、外堀ガッチガチコンクリートで加工されてる!!
もう嫌だぁ……これでヒロイン登場しちゃってダンが強制力で冷たくなったりなんかしたら泣く。いや死ぬ……あぁぁっ! 思考が乙女!!
でもどうしよう……ダンがマジで抗えない力に侵されたら。
「……どうしたの、アディ。上の空で」
そうだ、学園のテラスでお茶をしている最中だった。黙っていた俺に心配そうな眼差しが注がれる。勿論、いつもの顔触れ勢揃いで、皆が俺に注目していた。しまった、色ボケしてた。
「もし、ダン様が私を捨てて他の方を好きになってしまったらどうしようかと思いましたの」
「随分と有り得ない事を心配されてますね、アデリーネ嬢は」
そう言うのはクルニードだ。ここ最近彼が一番ダンの暴走を諌めているので、何をそんな事をと思っているに違いない。
「愛されて怖い……と言う事でしょうか? 」
そう言うのは、ラジットの婚約者のセリーヌだ。
「そう……なのでしょうか。毎日が楽しいものですから、ふと失ってしまったら悲しいなと思いまして……」
「殿下のご様子ですと、そんな事は万に一つもありませんわ」
ユーリルに言われて、ダンを伺うと、不愉快と言わんばかりの笑顔を向けられた。しくじった。恐らくヒロインが入学するまで後少し。ダンの方が不安だろうに、そんな事は絶対言わない。なのに俺の方が不安がってたら駄目だよな。
「えっと、ダン様申し訳ありません」
「ううん、アディが不安にならない為に私がもっと頑張れば良い話だよね。任せて」
何一つ任せられない。これ以上何をするつもりかと困惑していれば、ダンは俺の耳に内緒話をする。
「私がおかしくなったら、それこそアディが体を奪って回避してよ。私は体がどちらだってアディが好きだよ? 」
言われた途端に顔がカッと熱くなった。けどそうか、そんな手もあるか。
「把握」
俺は一言呟いて、にっこりと微笑んだ。
来るなら来てみろ、ヒロイン!