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ヒロイン彩香の場合 4

王子殿下にお礼を言いに行った筈が、アデリーネ様のご機嫌を損ねて私の取り巻く環境は一転した。


カフェテリアという場所もいけなかったのかも知れない。人の目が有った方が良いかと思っていたのだ。一言二言言うだけで済む話だと自分を振るい立たせて。


けど、結果アデリーネ様は突然声を荒げて、王子殿下は話を打ち切り二人共帰る事になり、私はアデリーネ様の機嫌を損ねた身の程知らずな女として、遠巻きに見られる様になってしまった。偶に不躾な視線を寄越す人も居る。


勿論、会話は当たり障りの無い遣り取りだったのもあって、私が一方的に無礼を働いた……までは行かないまでも、距離を置かれている状況は変わりない。


庶民クラスに至っては、『教室の外では庇えない、すまん』みたいな同情なのか突き放されたのか分からない雰囲気で、皆一様に私の肩に手を置いて首を振ったり、硬く頷いたり、拝まれたりした。



もうさ、泣いて良いかな?



私だって自分から来たくてこっちに来た訳じゃないのに、歓迎してないならしてないでもっと他の対処をしてくれても良いじゃない? そりゃ、無一文で追い出されたらそれはそれで困るんだけど!


私はそうして、長めの休憩時間には裏庭で小さく座って怒りなのか悲しみなのか分からない愚痴を考えては泣きたくなるのを我慢していた。


「……俺が文句を言ってやろうか? 」


そうやって私がいじけていると、必ずメノウが隣に座って頭を撫でるのがお決まりになってしまったんだけど、いつもは只黙って撫でるだけなのに、今日に限っては危ない言葉を投げ掛けて来た。


「……駄目だよ。きっとお二人が学園に顔を出してさえくれれば収まる話だろうし」


庶民が王子殿下に文句なんて、いや仮にアデリーネ様にだって言ったら無事じゃ済まないと思う。只、必ず最低でも週一で学園に来ていた二人が、かれこれ二週間経っても来ないから、私は期待していた分落ち込んでいるだけで。


「……あいつらは阿保だからな、アヤカをこんなに蔑ろにして、自分達の事で頭が一杯なんだ。ああ、文句よりも殴った方が目が覚めるだろう。今すぐにでも構わないぞ」


「いやいやいや、そこで実力行使は良くないと思うよ?! 駄目だよ、メノウが罰せられちゃうよ!! 」


しかも阿保って! いくら人が居ないからって、聞かれてたら不敬になっちゃうよ?!


「ふ、少し元気になった」


そう言って、メノウが口の端を上げてまた私の頭を撫でる。


「うぅ、ショック療法は辞めて……本当に、メノウに何かあったら私……」


「心配か? 」


「当たり前でしょう?! だから、お願いだからさっき言った言葉を実行しないでね? 約束だよ? 」


「それは無理な話だ」


「待って、本当に約束して。心配で眠れなくなるから……」


そうして、私が泣きそうになると、メノウは頭を撫でるのを辞めて、私の顔を覗き込んで来た。


赤茶色の瞳は大きく澄んでいて、吸い込まれそうになる。


「……嫌なら、ここを出るか? 」


「……え? 」


「俺なら他の場所へアヤカを連れて行ってやれる」


その言葉はとても真剣で、私は思わず息を飲んだ。


辞めて、只でさえ今参っているのに。

今だって充分過ぎるぐらいに甘えさせて貰っているのに。もっと頼りにしちゃうじゃないか。

私は何故か涙が滲んで来て、慌てて両手で顔を覆って上を向く。


きっと彼なら私をここから連れ出すなんて簡単に出来る筈だ。それでもそんな迷惑は掛けられない。


「……ありがとう。その言葉だけで充分」


「……全然充分そうに見えないが」


「ううん、充分だよ。ちょっと今はその、涙腺がヤバくて」


ぐっと堪えないと涙が溢れてしまいそうになる。きっとあれだ、一人だと思っていた所に、こんなに心配してくれる人が現れて、疲れた心に響いてしまってるんだ。

だから、メノウが一体どんなつもりで言ったのかなんて気にしちゃ駄目だ。きっと親切心で言ってるのだろうから。


……涙……引っ込まないなぁ?


どんなに上を向いても、目に力を込めても、涙が一筋二筋と流れてしまう。どう取り繕うか考えていると、顔を覆っている手を強引に引かれた。


バランスを崩して、気付いた時には私は彼に抱き締められていた。


彼は無意識にこうやってまた私を甘やかすのだ。そう思うと無意識なのが悔しいのか、嬉しいのかまた分からない感情がぐっと胸の奥に込み上げて、涙が出て来る。


結局、私は彼の腕の中で静かに泣いてしまった。




私、メノウが好きなんだ。




そうして、彼の優しさに付け込んで甘えてばかりいる。でも、そのおかげで勇気が持てた。



……申請して、一度王子殿下とアデリーネ様と話してみよう。その結果、切り捨てられても構わない。


「……ねぇ、メノウ。もし私が捨てられたら、拾ってくれるかな」


「当たり前だ。今から攫っても良いぐらいだ」


「それはちょっと待って欲しいかな……」


メノウの頼りになる言葉に苦笑いすると、少し元気が出た。こんなに甘えるのは今だけだ。ちゃんと話して、結果をきちんと受け入れよう。











それから、私は学園側に王子殿下とアデリーネ様の面会の申請を出した。いつ届くのか、聞き入れて貰えるかは分からないけど、きっと出さないよりマシだ。


それから三日経ち、やはりそう簡単に会えるものじゃないかな、と何処かで納得していた所に、学園の廊下でアデリーネ様を見かけた。見かけた所か、こっちに向かって来ている。私は覚悟していたのに、今まで関わりが無さ過ぎてどうして良いのか分からず、一歩、二歩と足が後退してしまう。


それにもお構いなしにアデリーネ様一心不乱に私を目指して歩いて来て……目の前まで来ると、引き気味の私の手をその細っそりとした両手で取った。


「?! 、あの、アデリーネ様……? 」


あ、しまった。驚き過ぎて先に言葉を発してしまった。周りに人が居るのに。


「彩香様に謝罪をしたくて参りましたの、今宜しいかしら? 」


「え、はぁ、謝罪……ですか? 」


そう言うと、アデリーネ様は真剣な面持ちで頷いた。相変わらず美人で眩しいっ。


「私が休んでしまう前に取った行動で、貴女には大変迷惑を掛けたと聞きましたの。もっと早くに聞けていれば良かったんですけれど、その、殿下が私の体調を思って伝えて下さらなくて……。あの、これから個室へと向かいたいのですけれど、お時間はありまして? 」


「は、はい……」


話せるのは有り難いけど、私は急展開に若干付いて行けてないまま、返事をしていた。後から追い付いた王子殿下がアデリーネ様の腰に手を回すと、ちらりと私の後ろに視線を向けた。


「ご機嫌よう、彩香嬢。それと、メノウ殿。貴殿も是非一緒に。どうせ心配で付いて来るのでしょう? 」


え? と思った時には私の肩に手が添えられ、ぐっと引き寄せられた。


「当たり前だ。この落とし前どう着けるつもりだ」


「ちょっと、メノウ?! 」


引っ張った犯人はメノウだったのかとか、王子殿下に何て言葉を! とか、何だか殿下の視線が厳しくないのは何故? とか、色々考えている内に、メノウのエスコートで貴族専用の個室へと連れて来られていた。


宮殿程では無いものの、品良く整えられた室内のソファの上座に座らせられる。


「え? あの……こっちは」


「ああ、気にしないで。今日は此方が謝罪したくて呼び立てたのだから、そのまま座って」


王子殿下に言われて戸惑う私の手を、メノウが優しく引いてくれる。あの、あれ? いつの間に? 混乱したまま促され、浮かしていた腰を落ち着けた。


「彩香様、この前の失礼な態度も、今までの態度も、本当にごめんなさい! 許してくれとは言わないわ。償いはこれから目一杯させて貰うから! 」


そう言うと、アデリーネ様は勢い良く頭を下げた。何か思っていた謝罪と違う……。『申し訳無かったわね』ぐらいの謝罪かと思ってたのに、この土下座せんばかりの勢いは一体……。


「彩香嬢、私からも謝罪を。アディが心配な余り、大変な状況の貴女から距離を置いていた事、本当に申し訳ないと思う。すまなかった」


あ、こちらは思っていた感じで……え、王子殿下が頭を下げたよ!! 待って、どうしたら良いの?? 怖い、逆に潔くてこの後が怖いから!


「あの、頭を上げて下さい!! いきなり過ぎて混乱……じゃなくて、戸惑うので本当、辞めて下さいっ」


「でも、それではどう謝罪を……」


「謝罪は一旦お受けしますから、理由をお聞かせ下さい! もう、私何がなんだか……」


そう言うと、様子を伺っていたアデリーネ様と、黙って頭を下げていた王子殿下が揃って頭を上げてくれた。絶対寿命縮んだ……心臓に悪いよ……。


「ええと……どう言えば良いのかしら、その」


「アディはね、貴女がヒロインだから私が取られると思って怖くて仕方なかったんだ」


「ちょっと、ダン! 直接的過ぎっ」


「え……」




今、ヒロインって言った?




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