ヒロイン彩香の場合 3
私の癒し、メノウ君に外出に誘われた。
まさか彼からそんな誘いを受けるとは思わなくて戸惑ったけど、凄く嬉しいっ。だって、こっちに来てから宮殿と学園しか見ていない私には、とても魅力的なお誘いだもん。
でも何故急に?
許可は大丈夫なのと聞けば、外出は王子殿下が勧めて下さったらしい。
「……え、と……殿下が? 本当に? 」
対外的には配慮して貰っているから、有り得ない事は無い……のだろうか。でも何故メノウ君に?
「ああ。アヤカはこっちに来て、外へ出た事が無いと聞いた。……嫌なら良いんだ」
「や、嫌じゃない! 嫌な訳ないでしょ、凄く楽しみ! 」
王子殿下が関わって無ければもっと楽しみなんだけど……無視も出来ないし、帰ったらお礼を伝えれば良いよね?
そうして、私とメノウ君は次の安息日にアベーヌの森という所へ出掛ける事になった。
制服と部屋着と豪奢なドレスしか買い与えられていない私は、制服でお出掛けする事にした。それでも、髪型をどうしようかと鏡を気にしてしまう。
……後々の事を考えたら気が滅入りそうだけど、やっぱり楽しみなのだ。
そして当日。
学園の門の前で待ち合わせしていたメノウ君は、私の姿を見るなり少しだけ眉を顰めた。
「何? 」
「何故制服なんだ? 」
「えっ? だって出掛ける時は制服でって規則にあるし、それに……」
「それに? 」
「私、制服かドレスしか持ってないから……」
お金も稼げていない内から、厚かましく強請るのもどうかと思っていたんだけど、きっと持たされているドレスが普段着用なのだろう。私にはどれもパーティーに行くみたいに見えるけど。やっぱり貴族の感覚は合わないかも。
メノウ君は、黒のパンツに白いシャツ。シンプルなのにお洒落に見えるのは、着ているモデルが良いからなんだろう。
「……その規則は王都へ出る時のものじゃなかったか? 遠慮しないで要望を伝えても良いと思うが」
「お世話になってるだけでも充分だよ」
「じゃあ、今から買いに……」
「良いから! 大丈夫だから! 卒業する時ぐらいに買って貰うつもりだから! 」
確かに毎月お小遣いも貰っているけど、今後の為に蓄えておきたいし! 働き出したらお小遣い程度は返したいし!
「遠慮せずとも、俺が」
「い・い・か・ら!! 早く行こう? 」
それは一番駄目なの!
そうして、それでも私を伺って来るメノウ君の背中を押しながら、門の外に出る。
「ここからどうすれば良いの? 馬車……とか? 」
学園へ来る時に馬車に乗ったから、きっと主な移動手段なんだよね?
「取り敢えずあっちだ」
「あっち」
指を指されて、私はその先の方向を見てみる。
乾いた土の道が鬱蒼とした森へと続いて続いている。それもその筈で、学園の敷地にも広大な林があるから、塀で区切っているだけで、森の一部を切り開いて学園があるらしかった。
反対側は宮殿のある王都へ続いていて、煉瓦で整備された道が続いている。でも、メノウ君が指を指し示しているのは、森へ続く道の方だ。
まさか、アベーヌの森ってあれじゃないよね?
きっと私は困惑顔していたんだろうけど、メノウ君は気にせずさっさと森の方に行ってしまう。私も後を追いつつ、やはり外出許可が出ていてもそう遠くには行けないのかと、少し気分が沈んでしまう。
……せっかく学食のおばちゃんに頼んでお弁当作って貰ったのにな。
暫く歩いて森の中へ入ると、メノウ君が突然振り向いた。え? まさかここじゃないよね??
「あの、メノウく」
メノウ君は近付いて来ていきなり私の背中に手を回すと、そのままひょいと横に抱き抱えた。えっ?? 何?? 何なの!
私が驚きに声を出せずにいると、いきなり景色がぐにゃりと曲がり、マーブル柄の様に混ざり合った。
「???!っ」
そのマーブル柄が元に戻る様にゆっくりと回り出して、元に戻ったと思ったら……目の前に湖があった。
「???……」
「ここがアベーヌの森にある湖だ」
「えっ?! だって……さっきは無かったよ……? 」
「うん? 」
メノウ君が少し首を傾げる。可愛い!! じゃなくて、さっき湖は無かったよね??
私達は互いに首を傾げて見つめ合った。
「……ああ、ここはさっきと違う場所だ。転移魔法で移動したから、混乱したのか」
転移魔法?! それは夢みたいな魔法だけど、絶対庶民クラスで習うものじゃないよね?!多分王族に仕える魔術師とかそんなレベルの魔法だよね?!
「えっと……そう、なんだ? 」
「馬車は時間が掛かり過ぎる」
そう言って頷くメノウ君。君って一体何者なの……?
私がいくら疑問を込めて見つめても、メノウ君からの説明は、当たり前だけど無かった。後、ずっと横抱きはその、照れるので早く降ろして……。
抱っこから無事に降ろされて、私達は湖のほとりを散策する事にした。流石、魔法がある世界。何だか沢山のキラキラした虫が湖の表面を跳ねている。
「メノウ君、あの綺麗に光っている虫はなんていう名前なの? 随分大きそうだよね」
「……虫に見えるのか、あれが」
「え? 違うの? 」
「……ああ、開いていないのか。そうか、其方の世界では使わない力だったのだな」
そう言うと、メノウ君は私の両頬にそっと手を添えて……私のおでこに自身のおでこをくっつけた。
「?!っあの、メノウ君! 」
私が慌てても、メノウ君は目を瞑ったまま動かない。顔、顔が熱いっ! 絶対今赤くなってるよ……。うぅ、木登りの時から何だか距離が近い気がするのは、自意識過剰かな?
そんな事を思っていると、段々とおでこが温かくなって来た。……これ、人肌の温かさじゃない。
「熱っ! 」
そう私が言うのと、メノウ君が離れたのは同じタイミングだった。
あれ? 熱くない。気のせい……? 何だか視界が開けた気がする。熟睡してばっちり目が覚めた時みたいな…………。
「???!! っなに、これ……」
さっきまで居なかったものが沢山現れて、何と表現したら分からない。空中に、小さな……妖精っぽいのが沢山いる。小さな小さな人形みたいなのと……猫やハリネズミや、獏みたいな生き物まで。
何これ、何これ!
「か、可愛いぃぃっ」
私が声を上げると、その小さな生き物達が一斉にこっちに向かって飛んで来た。恐る恐る手を開いて差し出すと、手の上にちょこんと人型の、蜻蛉の羽を背中に生やした女の子? が、ぽてんと座って小首を傾げて私を見ている。
「何これ、夢の世界なの? 私起きてるよね? 」
そう言ってメノウ君を見れば…………優しく微笑んでいた。
あのメノウ君が笑っているのだ。
今まで面白がられたり、吹き出されたりはしたけど、そんな柔らかな笑顔なんて初めて見た!
「……何? 」
「な、何でもないっ! 」
私は慌てて前を向く。私の動きに、頭や体に纏わり付いていた妖精? 達がわっと飛び立つ。くるくると回ったり、戻って来て私の頭に乗っかったり。
「あの、メノウ君。この子達は一体……? 」
「妖精だ」
「やっぱり、妖精! 」
「何だ、知っているのか。虫とか言うからてっきり……」
「ううん、さっきまでは姿が分からなかったよ。妖精は、向こうのお伽話に出て来るから知っていただけで……」
「そうか……愛し子なのに、妖精が居ない世界だったんだな」
愛し子? どこかで聞いた気がする。どこだったかな。
「こいつらも、アヤカに出会えて嬉しそうだ。遊んでやると良い」
「うん、そうする! 」
それから私は猫の妖精を撫でたり、人型の妖精と踊ってみたり、魚の妖精が水面から飛び出すのを眺めたりした。充実し過ぎて、お昼は少し遅くなってしまった。
湖から少し離れた場所にハンカチを二枚を敷いて、お互いそこに座り込む。私は作って貰ったお弁当を鞄から取り出して、メノウ君へ手渡した。ローストビーフと野菜たっぷりのサンドイッチだ。
「ありがとう、メノウ君。とっても楽しい! 私、今日メノウ君と一緒にここへ来れて良かった! 連れて来てくれてありがとう」
本当に楽しくて、私の頬はずっと緩みっぱなしだ。メノウ君もあのいつもの無表情が嘘の様に、口角が少しだけ上がったままな気がする。
「メノウで良い」
「うん? 」
「名前、呼び捨てで良い」
「えっと、メノウ? 」
「それで良い」
そう言って、彼はまた超レアな微笑みを浮かべる。ちょっと……今日はサービスが良すぎだよ。美形の微笑みなんて、そんなのドキっとしない人の方が珍しいくらいなんだからね!
私ばかりドキドキさせられて、メノウく……メノウは狡い人だ。……本当に。
そうして、私だけが少しもやもやしたものの、食後も沢山妖精と遊んで悩みなんて吹き飛ばす位に癒された単純な私は、意気揚々と学園に戻ったのだった。
その二日後、王子殿下にお礼を言いに行って、まさかあんな事になるなんて知りもしないで。




