ヒロイン彩香の場合 1
歩道橋の階段だった。
私はすれ違い様に人とぶつかり、バランスを崩して背中から歩道橋の階段を落下していた筈だった。
死ぬと思った。
周りがゆっくりと流れて、最後に地上にぶつかると思ってギュっと目を瞑った。来る筈の衝撃が来なくて、恐る恐る目を開ければ……雷鳴轟く火山の麓に座っていた。
意味が分からない。確かに私は通学路のビルが犇めく大通りの歩道橋の上から落ちた筈なのだ。
辺りは植物も無い岩ばかりで、人の気配も無い。それに……これは火山ガス? 息が苦しい……。
「おい、大丈夫か?! 」
あれ、人が居たんだ。……でも、駄目。意識が……。
そのまま、私は意識を失った。
目が覚めた時、聞こえたのは倒れる前に聞いた声とは違う、落ち着いた女性の声だった。眩しさに眉を顰めつつ瞼を上げると、そこには恐ろしい程の美人が居た。ただ、黒髪に黒目、黒いドレスと、白く透き通る肌以外は真っ黒な迫力美人だ。
「あの、私……? 」
「不運な事に、そなたは異界から零れ落ちて来た様じゃ。愛し子であった為にさぞ生き辛い場所におったのであろう。だが、こちらは直ぐに体も馴染む筈だ。安心するが良い」
とても古い言い回しをする人だ。
「あ……の、ありがとうございます……ここは一体? 」
「ここの国には知り合いがおるのでな。人族は人族の国で暮らすのが最良だろう。愛し子というのは黙っておいてやる。どう転ぶか分からぬからな」
「は、はあ……」
「どうやら我が愚息がそなたを気に入ってしまった様なのだ。迷惑はかけると思うが、そう悪い奴ではない。宜しく頼む」
「えっ? あの、はい……えっ?! 」
突然美人さんが目の前から消えた。えっ? えっ? 夢? 幽霊?!
そうして私はまた気を失うのだった。
次に目が覚めてから私の周りは慌しくなった。
私を預かってくれているのは王様で、助けてくれたのは神に等しいドラゴンの番? ……奥さんで、王族の顔合わせにドレスを着て出席して挨拶をしろと言う。
ねえ、どれから突っ込めば良いかな? 王様? ドラゴン? こんな一般人に何日も時間とお金を掛けてドッキリなんてしない筈。となると、あの奥さんが言っていた異界から零れ落ちたとは、異世界に来ちゃったという事なのだろうか。
じゃあ何故私? 愛し子って何? これから魔王を倒せとか言われても私運動は普通ぐらいだよ?
そんな事を悶々と考えたら日はあっという間に経ち、私は王族との挨拶をする運びとなった。
綺麗な水色のドレスを着て、豪勢な部屋へ通される。思い描く宮殿そのもので、やっぱり私は違う世界へと来てしまったのだと実感する。ふかふかの絨毯は柄も細かくて、頭を下げている間中繁々と堪能してしまう。
「面をあげよ」
声が掛かり顔を上げる。目の前には玉座に座る王様……にしては若いイケメンと、その隣にはこれまた儚げ美人が座ってこちらを見ている。
私の横に立っている偉いっぽい男の人が、あれが保護してくれた王様と王妃様だと言う。あ、陛下と王妃殿下と呼ばないといけないみたい。
その一段下に王子様を具現化した様な美男子が居た。何を言っているのかと思うけど、本当に絵本とか物語で想像する様な金髪碧眼の王子様が、小柄で人形みたいな美しい少女の腰を大切そうに抱き寄せている。
顔面偏差値おかしくない? 陛下と王妃殿下も親とは思えないぐらい若くて綺麗なのに、更にキラキラ輝く王子様にお姫様……やっぱりここは異世界なんだ。だってあんなキラキラ人物達とめちゃくちゃ言葉通じてるもん。
第二王子はまだ十歳だけど、これまた天使かと思う程の美少年だ。もう目が眩しさで眩みそう。美人凄い。
それから私からは一言も発せずに、王族との面会は終わる……と思いきや、第一王子殿下とその婚約者であるアデリーネ様が今後のご指示をしてくれるらしい。いやいや、その辺の人で良いですよ? 何で王子様出張っちゃうの? 私も緊張で顔色悪いし、アデリーネ様なんて蒼白になっちゃってるよ? 体弱いのでは? 大丈夫?
それから部屋を移し、あの豪華絢爛な大広間とは違って、外国の伝統ある重厚なホテルっぽい部屋へと通された。そこで対面して分かった。
第一王子殿下はにこにこと人好きそうな笑顔だけれど、笑ってない。寧ろ背負うオーラが怖い。それに、アデリーネ様は何故か私を恐々と様子を伺っているみたい。えーと、異世界人が怖いとか、本当は差別されてるとかじゃないよね?
はっきりと分かるのは、私は歓迎されていないって事だ。
そう思ったら突然怖くなって来た。
ここは知り合いも居ない。助けてくれる人も居ない。この人達の反感を買ったら、私は追い出されて路頭に迷う。バイトみたいにすぐに見つけて働けて生きて行けたら良いけど、そんな簡単に行くだろうか?
帰る方法は無いし、帰ったら私重体で危篤な気がする。下手したら……もう死んでるかも知れない。
「でね、貴女には学園に通って貰う事になると思う」
しまった、王子殿下の説明聞いてなかった。
「……学園、ですか? 」
「そう。マナーはここ一カ月くらいで軽く身に付けて貰って、その後教師から了解を得れば学園に特別枠で入学して貰う。年齢的には最終学年だから後一年も無いけれど、年頃の近い友達が必要でしょう? 」
それは……嬉しい。不安もあるけど嬉しい。きっとこの人達とは友達にはなれない。いや、身分的になれる訳が無い。なら、学園で少しでも交友を…………?
……異世界に来ちゃって学園に入学なんて、乙女ゲーみたいな話だよね。
……まさか、そんな訳無いよね? ここは只の異世界だよね?
私は顔を上げて正面の美男子と美少女の顔を食い入る様に見る。
奇跡としか言えないぐらいの美形だ。どちらも何だかキラキラ輝いているし。これ、ゲームのキャラだからって言わないよね??
「あの、彩香様……? どうされましたの……? 」
くあぁぁ、アデリーネ様は声も鈴が鳴る様に可愛いっ! じゃなくて、何故そんなに怯えているのだろう? 確かにガン見しているのは私だけど。私はすかさず首を振った。
これって、最近流行りの主人公が選択出来る乙女ゲーじゃない? 正当ヒロインと、バッドエンドを回避する悪役令嬢を選べるゲーム。ヒロインはそのまま攻略対象を攻略して行けば良い。悪役令嬢を選べば窮地を脱するべく行動を選択して行くゲーム……な筈。友達がやってた。人気は悪役令嬢らしいけど。
もし、私がヒロインなら……彼女は悪役令嬢? しかもそれをどうしてか知っているから、そんなに怯えて……? 考え過ぎだろうか。
「彩香嬢? 気分が優れないのだろうか? 」
王子殿下が怪訝な顔で私の様子を伺って来る。不味い、この人を怒らせてはいけない。
「は、はい……少し疲れてしまったかも知れません」
そう言うと、彼はメイドさんを手招きして、私に付けてくれた。私は促されるままに部屋を後にする。
面会からずっと大事そうにアデリーネ様の手を握っているのだから、あの二人は思い合っているんだ。
そして、彼は絶対アデリーネ様至上主義だ。周囲へと向ける瞳の温度が零度から百度くらい違う。あれは……彼女が憂うなら、人をもさくっと殺しそうな雰囲気がある。
溺愛系の人を怒らせるのは一番不味い。
取り敢えず、せっかく生き長らえたんだから、私は私の身の安全の為にマナーを覚えて学園で勉強して、知り合いを作って、ここを出よう!! そして、あの人達には礼儀を尽くしてなるべく関わらずに行こう、うん。




