悪魔の魔女
作者の企画「鬼にも照明を」の作品です
どうぞお楽しみください―――
よくよく考えたら俺こういうの好きだなぁ……
異世界―――
「…うらっ……このっ……」
グレイサル皇国とディル帝国は長きに渡り、 争い続けてきた
「くそっ…! まだなのかよ……! 」
100年にも渡る長い戦争――
それを終わらせるためグレイサル皇国はある“物語”に頼る
「本当にいんのかよ……“魔女”ってヤツはよぉ―――!!! 」
この世界一巨大と言われるヴェルサネスの紅蓮山の頂上にいると言われる“魔女”
5000年のときを今なお生きているという……伝説の魔導士である―――
悪魔の魔女
アルベルト・カルデイロはここ、 ヴェルサネスの紅蓮山の断崖絶壁を重装備で登っていた
なぜか? それは彼がグレイサル皇国の見習い騎士だからだ(意味わかんねぇ)
前述の通り、 グレイサル皇国はディル帝国と険悪な状態にあった
だが、 その勢力は凄まじく均衡していた
押されたら押し返す、 といった生半可なものではなく、 一部分を押したら別の部分が押されていたといった状態だった
今までは
近年その均衡が崩れ始めていた
ディル帝国が召喚した悪魔―――それが闇の魔導を使い次々とグレイサル皇国を破っていったのだ
そこでグレイサル皇国は“魔女”の物語に頼ることにした
5000年の時を生き、 様々な魔導を生み出し、 その力はいかなる魔導士をも上回る、 最強の女性―――
彼女ならディル帝国が召喚したより上位の悪魔を召喚する方法を
もしくはその悪魔を打ち破る術を
持ち合わせているのかもしれない
知っているのかもしれない
だから、 グレイサル皇国は彼女が住むと言われているヴェルサネスの紅蓮山に彼を派遣した
派遣された彼―――アルベルトは嫌がるわけでもなく、 逆に喜んだ
―――こんな重大な任務を俺に言い渡すとは、 俺も認められた証だ!! ―――
まぁ、 いわゆる熱血キャラなのである
その性格がいつか災いすることを彼は知らない
今回書こうとも思わない(おい)
「ふぅ……」
約5日かかってアルベルトはようやく頂上に辿り着いた
紅蓮山の名は伊達ではなく、 頂上にすら草木1本生えていない
ただ、 赤い大地が広がるだけである
そのなかに1件だけ小さな家が立っていた
アルベルトは一目で覚った
「あれが…魔女の家か…! 」
さっきの疲労はどこへやら
アルベルトは一直線に駆け出すと、 そのままドアを蹴破らん勢いで体当たりをする
「だれかいませんか!? 」
「いるから突っ込むな
ドアを壊す気か」
勢いよく開いたドアはアルベルトの顔面に勢いよく激突した
「ぐおぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉ……! 」
「お前だれだよ……? 」
ドアを開けた少女は呆れ果てていた
かわいらしい顔をしており、 ポニーテールは短い
小柄で、 上はブカブカのローブ、 下は細めのジーンズ
持っている杖は曲がりくねった木製で、 実は強力な杖『マンドラゴラの根』と言われているのだが、 剣一筋に生きてきたアルベルトにはそんなこと分からなかった
「…ま、 …“魔女”か!? 」
「人の家にタックルかましておいて、 偉そうな言い分だな」
「わ、 私の名前はアルベルト・カルデイロ
グレイサル皇国の使者として参った
……そういえばあんたの名前は? 」
「ウィネ・ビフロンスだ
最近は我が名を呼ぶ者はいなくなったがな」
少女―――ウィネ・ビフロンスはアルベルトを見下すように言った
そんな態度にイラつきながらもアルベルトは辛抱強く説得を試みた
「じゃあ、 ウィネさ「断る」…なにも言ってないが……」
あっさりと断られたアルベルトは軽くずっこけた
そんな彼の行動を嘲笑いながら、 ウィネは次の言葉を綴る
「昔、 ある王国に頼まれたが……
いや、 どうでもいい
どちらにしろ私は2度と権力には頼らないと決めたのさ
それに我は“魔女”ではない」
「で、 でもあんた以外に“魔女”と呼ばれる人はいないだろ! 」
「うるさいわ小物が」
一喝
ウィネの高慢な態度に限界を迎えたのか、 アルベルトはウィネを掴み上げると、 家を出る
「うるさい! お前をとりあえず女王陛下の下にお連れする!! 」
「……1つ聞いてもいいか? 」
抵抗はせずに質問したウィネにアルベルトは軽く尋ねると、 アルベルトの返答を待たずに更に質問する
「なんでお前はそんな重い鎧を着ているんだ?
それを脱げばもっと早く来れたはずだろう」
「騎士の誇りである鎧を脱ぐことなど死ねと言うようなものだ!! 」
「……………」
ウィネはこのときアルベルトの精神年齢を読んだ気がした(かもしれない)
かくして2人はグレイサル皇国の城下町に来た
徒歩で
ウィネが瞬間移動魔導を使えばよさそうな気もするが、 それはそれこれはこれ
「ほう……」
「スゴいだろ!?
我らがグレイサル皇国が誇る光明城だ」
「お前が作ったわけじゃないだろ」
ウィネの突っ込みを無視し、 嬉しそうに高笑いするアルベルト
周りの人々が振り向くほどにその声はでかかった
やがて、 光明城の前につくと門番がアルベルトに気付く
「……アルベルトか!? お前、 魔女に会えたのか!? 」
どうやら2人は既知の間柄らしい
「女王陛下にお会いしたい
魔女を連れてきたと言ってくれ」
「あぁ、 分かった」
ドテドテと走り出す門番
やがて、 門が開くとアルベルトはウィネを引き連れていく
「女王とやらはどんなやつなんだ? 」
ウィネの言葉に少しムッとしながらアルベルトは注意する
「失礼な
女王陛下と呼べ」
「ハイハイ、 女王陛下はどんな方なんだ? 」
「素晴らしい御方だ。 それ以外は俺も知らん」
「……姿形もか? 」
「あぁ、 大臣あたりは知っているのかもしれんがな」
大臣は尊敬にあたいしないらしい
その証拠に彼は大臣の本名を言えない、 覚えてない
女王陛下の名前は3秒以内に言えるくせに
そんなこんなで軽口を叩き合ってると、 一際大きな扉の前に辿り着いた
ふと、 ウィネがアルベルトの方を見ると彼の手が震えている
女王陛下謁見の間であるらしい
その証拠にアルベルトの表情が緊張の色に彩られていく
「ア、 アルベルト・カルデイロ!
“魔女”を連れて参りました! 」
「うむ、 ご苦労だった」
意外にも“声”はすぐ近くで聞こえてきた
2人はまずは右を見て、 次に左を見て
「“下”だ“下”
このバカもん共が」
下を見る
そこにはかわいらしい少女がいた
年は7、 8歳ぐらいだろうか
身長は125cm程度しかなく、 着ているものもみな子供用
しかし、 その光沢からいずれも上質な絹であることが分かる
「だれだ? 」
「さぁ? 」
ウィネの質問に答えるアルベルト
本当に女王以外に興味ねぇなお前
「余こそ“女王”エーディトじゃ」
…………は?
「ほぅ」
「ぬぅわぁにぃいぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃいぃいぃぃいぃ!?!? 」
ちなみに上はウィネ、 下はアルベルトだ
アルベルトの大声が不快だったのか、 エーディトは頬をぷっくりと膨らませる
それがますます子供らしい、 だれが見ても“女王”だとは気づかないだろう
「え!? じゃあ、 いつもメディアで見かける妙齢の美女は!?!? 」
「お前、 さっきの言葉と矛盾してるぞ
女王の姿形知らなかったんじゃないのか」
「ジーザぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁス!!! 」
「訳わかんねぇ」
「よ、 余を無視するなぁ!! 」
2人の会話に割り込むエーディト
やはり、 どこからどう見ても子供だった
「という訳なのだ……」
「つまり、 先代女王である母親が死に、 急遽まだ7歳に満たないお前が女王に選ばれたということか」
「うむ、 とてつもなく説明的セリフだがそういうわけだ
ところで……」
エーディトは謁見の間の隅を指し示す
そこにはもんのすごく暗い雰囲気を漂わせたアルベルトがいた
大きな身体がやけに小さく見えなくもない
「……アレはなんでじゃ? 余はなんにもしとらんぞ? 」
「時に人は真実を知るだけでも傷つくのさ」
「言っていることがよう分からんがそういうことにしとこうかの」
矛盾しまくりのセリフをおくびれもなく言うエーディト
誰も注意しない
だが、 エーディトの表情がいきなり変わる
高慢な姿勢は崩さず、 威厳を兼ね備えた雰囲気を醸し出すような表情を
「本題に入ろう……この国のため、 余のために力を貸してくれぬか? 」
「……断る」
「なぜじゃ!? 」
「……昔、 はるかに昔
同じような戦争があった
ある日一方の国が我に協力を求めてきた
……そちらと同じ様にな」
「…………」
明らかに皮肉と侮蔑がこもった言いぐさだが、 事実なので反論はできない
そんなエーディトを見ながらウィネはさらに言葉を重ねる
「我は暇潰しに力を貸した
力を、 知恵を、 誇りを授けた
結果、 その国は勝利した
が……」
「…………」
「…………? 」
ウィネの悲痛な表情がさらに話を興味深くさせていく
エーディトもアルベルトも、 その他大臣連中も
ウィネの次の言葉を待っている
「報酬は……断頭台だった」
「……!! 」
ウィネはさらに話を続ける
自分が知らぬ内に『国家転覆罪』に問われたこと
自分の知らない人が証人になったこと
弁解する機会もなく死刑になったこと
そして、 判決と同時に刑が執行されたこと
「…………」
エーディトはなにも言えなかった
見れば手は小刻みに震え、 上質な絹にシワがよっていく
「我の話は以上だ……失礼する」
「まっ……! 」
エーディトの言葉を最後まで聞かず、 ウィネは謁見の間の扉を開けると、 なにも言わずに出ていった
「……余は……間違っていたのか……? 」
ポツリともらしたのはエーディトだった
頬には涙が1粒2粒こぼれ落ちていく
「人を……国民を幸せにしたい……その思いは……間違っていたのか……? 」
小粒な涙はやがて大粒の涙になっていく
「なにがいけなかったのじゃ……? 教えてくれ……! 教えてくれぇえぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!!
うわぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!! 」
大粒の涙を止める者はだれも……
「エーディト陛下!! 」
いた、 たった1人だけだが
「私があのバカの目を覚まさしてきます! 少しお待ちを!! 」
アルベルトはそう言うと、 謁見の間の扉を乱暴に開け放つと駆け出していった
城を出た少女、 ウィネは『マンドラゴラの根』を構え、 転送用の呪文を唱え始める
「汝の息吹は風と化し、 我が身を運b「待てぇ!! 」……お前か……」
呪文の詠唱を邪魔されイラつくウィネ
声をかけた主、 アルベルト目掛けて再び呪文の詠唱を始める
「光より出でし、 紅蓮の業火よ! 全てを飲み込む焔と化せ!! 中位火炎魔導!!! 」
紅蓮の焔は真っ直ぐにアルベルト目掛けて飛んでいく
「ぬぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉ!?!? な、 なにをする!? 」
間一髪回避し、 反論するアルベルト
「うるさいクズが」
「ひどいなおい!?!? 」
「俗物などみな総じてクズだからな
お前の主も似たようなものだ」
反論を瞬殺するウィネ
それに対するアルベルトの反撃はビンタだ
小気味いい音が響き、 周りの人々が『なにごとか』と一斉に振り向く
真っ赤になった右頬を押さえ、 ウィネはぶった本人を見据え言う
「この場合はパーじゃなくグーだと普通思うのだが……お前男だし」
ウィネの検討違いな抗議を聞き流し、 アルベルトは少女の胸ぐらを掴む
「今……なんと言った……? 」
「……ふん、
お前の主も所詮は俗物、 つまりはクズだと言ったんだ」
「……ふざけるなよ……! 」
今までにないくらい怒気を孕ませるアルベルト
それをまっすぐに受け止め、 なおかつ平然と怒りを昂らせるようなことを言うウィネ
はたから見たら凄まじい痴話喧嘩に見える気がしないでもない
「ふざけるなよ貴様! あの御方がどれだけ国のために心を砕いているのか……分かって言っているのか!?!? 」
「……ほぅ、 そんなことは知らなかったな
てっきり、 わがままで自分本位な奴だと思っていたのだが……
そうか、 あの高慢な態度は周りに嘗められぬためか」
高慢な態度はウィネとて同然だと思うのだが、 それはまぁ置いておく
彼の思いが伝わったのか、 アッサリと訂正するウィネにアルベルトは胸ぐらを掴むのを止め、 地面に下ろす
「ふん……だが、 どっちにしろ、 我はどんな国にも手助けする気はもはやない
そう女王に伝えろ」
「しかし……」
なんとか抗弁しようとするアルベルトだが、 突如城の中で轟音が轟く
「「!?!?!? 」」
一斉に城の方を振り向く2人
見れば城から黒い煙がもうもうと上がり始めている
「なっ……なんだぁ!? 」
「……まさか……広範囲瞬間移動魔導!?
それに上位爆裂魔導!? 」
「悪魔か!? 」
「あぁ、 おそらく!!
上位魔導は中級の悪魔でも使える! 」
慌てる人々
城の中の様子はどうなっているのか……
一刻も知る必要が彼にはある
「ウィネ! 俺を謁見の間へ飛ばしてくれ!! 」
「……ちっ! 仕方がない……!!
空を舞う姫君よ、 天駆ける竜王よ!! 我が支配する空間を運べ!! 広範囲瞬間移動魔導!! 」
ウィネとアルベルト、 2人を光が包み、 その光は城の中に飛んでいった
ウィネとアルベルトを包んだ光は謁見の間に着く直前、 不可視の障壁に弾き返され、 2人は数百m後方に弾き飛ばされる
「がっ……! 」
「かはっ……! 」
固い地面に叩きつけられ、 もう数m転がりながら2人はなんとか立ち上がる
そこは不運にもディル帝国軍の兵士が多数詰めている所だった
「「「「「「「………………」」」」」」」
The wor〇d
時よ止まれ
「「「「「なんだてめえらぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!?!? 」」」」」
そして、 時は動き出す
「なんでだぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!? 」
「障壁魔導に弾き返されたんだな
ここからは歩いていくしかない」
「「「「「無視してんじゃねぇえぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!!! 」」」」」
固有名詞を必要としないザコ共(酷いな)は一斉に小剣や長剣を引き抜く
アルベルトも負けじと長剣を抜こうとするがウィネに制止される
「ウィネ!? なんでだ!?!? 」
「お前はバカか」
「なにぃ!? 」
「やっちまえぇえぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!! 」
「「「「おぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉ!! 」」」」
先頭にいた長剣を持った男が大上段から長剣切り下ろす
が、 それは天井に引っ掛かり動かなくなる
「アレ? 」
戸惑うそのスキを見逃さず……ウィネは一気にその男との距離を詰める
そして、
「紅蓮の炎よ、 敵を飲み込め! 下位火炎魔導! 」
それは小型の炎だったが、 確実に男に直撃する
「があぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!? 」
「ま、 魔導士か!? 」
火だるまになって転がる男
その姿を見た敵が怯むそのスキを逃さず……ウィネはさらに呪文を詠唱する
「光の閃光、 燃えつる牙よ! 熱を纏いて敵を飲み込め! 中位灼熱魔導!! 」
灼熱の閃光が小剣を持っていた敵2人を飲み込む
「ぎゃあぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!? 」
「目がぁあぁぁ!! 目がぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!! 」
目は関係ないだろ
ともかく、 灼熱の閃光は2人の身体中に火傷の傷を刻んでいく
しばらくは痛みで動けないだろう
「ふざけるなよ、 あまぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!! 」
「ディル帝国を嘗めんじゃねえぇえぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!! 」
残り2人は両方とも長剣を持っており、 片方は右から、 もう片方は左から斬り込む
避けにくいコンビネーションだ
普通なら
2本とも壁に引っ掛からなければ
「「ハ?? 」」
「バカが
廊下なんていう狭いところで長剣を振り回すバカがドコにいるんだ
すぐに壁に引っ掛かるに決まっている
こういう狭いところでは小剣を使うのが基本だ」
このときアルベルトはなぜウィネが自分の長剣を抜かせなかったのをようやく理解した
こういう狭いところでは戦斧や長剣、 大剣なんかよりも短剣や小剣の方が有利だ
攻撃範囲の広さが逆に仇になってしまうからだ
だが、 槍だけは広範囲の攻撃範囲を誇るにも関わらず狭い室内でも使える
“突き”は横の攻撃範囲が狭いためだ
魔導は力加減を調節すれば遠近両方使える
そのため、 ウィネは1人で3人を蹴散らせたのだ
「天に光る稲妻よ! 我が魔力に応じよ! 邪悪なる敵を討ち滅ぼす力を我が諸手に与えよ!! 上位稲妻魔導!! 」
廊下が凄まじくなにかを引き裂くような音と共に輝いたと思うとその光は消え、 黒焦げになったザコ2人とウィネ、 アルベルトがいた
「急ぐぞ」
「お、 おう!! 」
アルベルトはこのときウィネが味方で本当によかったと心の奥底から安堵した
同じように、 襲い来る敵々を上位爆裂魔導や中位氷槍魔導等々で吹き飛ばしながらウィネたちは謁見の間に辿り着いた
「争う音がしてない……? 」
「障壁魔導が発動されているんだ
守っているか、 占拠されたかどっちかだろ」
「よしっ! 突にゅ……! 」
いきり立って扉に手をかけるアルベルトだが、 ウィネが彼を突き飛ばす
細身な身体に似合わずある力は、 長身な彼をよろめかせ、 握っていた扉を開けさせる
「なにするんだ!! ウィ……! 」
アルベルトの言葉よりも早く飛んできたのは無数の槍だ
それは数本外しながらも小柄な身体に次々と突き刺さる
何本か貫き、 その穂先からは紅い血が滴り落ちていき、 彼女の身体がビクンと震える
「魔女……!? 」
声をかけたのは捕らえられた女王だ
白銀の鎧に身を包んだ騎士が小さな身体を抱えあげている
「ふん……所詮はこの程度か……」
漆黒に輝く鎧に身を包み、 黒の大剣を携えた騎士は嘲るように言い切る
彼の隣には漆黒のローブに身を包んだ謎の男がいた
大柄な黒騎士よりもさらに大きく、 頭には牛の角のような突起らしきものがある
「お前の力を借りるまでもなかったな」
「ふん、 くだらん“魔女”も所詮は人間か」
「魔女……? 」
「ウィネ……? 」
ウィネはピクリともしない
いや、 風に吹かれたようにブラブラと揺れており、 紅い血がポタポタと滴り落ちている
「嘘だろ……? 」
「魔女――――!?!? 」
アルベルトとエーディトの叫び
ウィネはそれに答えなかった
その叫びには
「少し……昔話をしようか……」
「「「「「「「「!?!? 」」」」」」」」
致命傷のはずなのに、 平然と喋り始めるウィネ
驚く人々を放っておいて、 ウィネの“昔話”が始まる
「もう5100年も前……1人の女性がいた
彼女は素晴らしい魔導士であり、 同時に母親でもあった」
「母親……? 」
エーディトの問いにも答えず、 ウィネは身体を揺らしながらさらに続ける
「彼女はその優れた才能で様々な“奇跡”を生み出し、 あらゆる人々に感謝された
だが……それを恨み、 憎む者もいた」
「…………」
「ある日、 彼女はある呪いを跳ね返した
呪いをかけた本人はその呪いを受け死亡
だが、 彼には何人かの弟子がいた」
「……弟子だと……? 」
「その弟子は彼女が最も愛する赤ん坊を狙った
父親はすでに事故で死んだため、 彼女は赤ん坊に深い愛情を注いでいた
だが、 時には深い愛情はその深さだけ傷つくこともある」
「「「「「「…………? 」」」」」」
「…………!! 」
だれもがウィネの言っていることがよく分からずにいた
エーディトを除いては
彼女の顔は青ざめて、 手は震えている
「奴らは蘇生不可能の死の呪いを赤ん坊にかけた
返すひまなくその赤ん坊は死んだ
彼女は嘆き悲しんだ、 それと同時に怒り狂った
彼女は最近生み出した呪いを使った
一瞬にして死に至らしめ、 なおかつその魂が永遠に苦しみ続ける呪いを
そして彼女は悪魔を呼び出した」
今でも目を閉じれば思い出せる
女性自身の血で彩られた魔方陣に数多の人の手で作られた“栄光の手”
そしてもはや息の無い赤ん坊を抱えあげ、 貧血でフラフラになりながらも大きな声で懇願する女性
―――お願いします!! この子の、 この子の代わりを―――――!!
そしてこの身体に閉じ込められて―――5000年以上の時が過ぎた
“魔女”と称えられた女性はすでに死に、 その魂も魔力も回収した
その気になればこの身体を脱け出して、 いつでも魔界に戻れるだろう
それでも戻る気にはなれなかった
なんでだろう……?
あぁ、 きっとあの女性の感情に触れてしまったからだろう
汚い存在がいた、 人を人とも思わずただ道具として扱った者
潔い存在もいた、 死の間際に死を死として受け止め消えていった者
そして……
ただ、 自らの子供を愛しそれを脅かす者は全力をもって排除した者も―――――
「人は……みな同じ人類なのによくこんな千差万別の生き方や信念を持てるのか……まったく興味が尽きない」
「な、 なに言っているんだ! とっとと止めをさせ!! 」
半狂乱になって叫ぶ黒騎士
更に他の者が、 槍を細い身体に突き立てていく
血が身体から飛び、 鮮血が口からこぼれる
足元に落ちている血の量は明らかに致死量をこえている
だが、 平然と
意思のある瞳を黒騎士に向けてくる
「なぜだ!? なぜ死なん!?!? 」
「“悪魔”だからな」
「「「「「「「!?!?!? 」」」」」」」
ウィネのアッサリとした告白に驚く一同
ただ1人、 黒いローブを纏った男を除いては
「ふん……やはり人では殺せぬか」
「こ、 殺せ! ザッハーク!! 殺すのだ!! 」
「分かってる」
ザッハークと呼ばれた男は黒いローブを脱ぎ捨てる
褐色を通り越して黒色に染まった肌
頬には涙のような紅い筋
髪は少し薄めの朱色
その髪から闘牛のような白い角
翼や尾はない
爪は鋭く、 牙もある
特徴を簡単にト書きするとこういう感じだ
これが悪魔か―――
アルベルトはザッハークの姿を見て、 少し残念に思っていた
なんかもう少し怖そうな角だったり、 巨大な翼だったりが欲しかったらしい
そんなことを思っていると、 突然ウィネの身体から紅い霧が吹き出したのだ
「これは一体……!? 」
「「「なんじゃこりゃぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!?!? 」」」
紅い霧はそのまま雑兵を包み込み―――
なにかが倒れる音、 液体を飲み込む音
それらがしたあと、 霧が晴れ、 そこには骸骨と化した雑兵の成れの果てと無数の傷が消え、 健康体に戻ったウィネが立っていた
「これをするのは久し振りだな……」
「嘘ぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉ!?!? 」
黒騎士、 キャラ完全崩壊
それを見たザッハークは怪しく笑う
「人の生命力を奪う術を心得ているとはさすがだな……
だが……」
ザッハークは腕を振るい、 ウィネに振りかざす
「悪魔相手には通用しないよなぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!? 」
勢いにのせた一撃は届くことはなく、 虚しく空を裂く
ウィネが一歩後ろに下がったためだ
「ちっ!
突風の使者よ、 荒れ狂う角よ! 1つに集いて空を貫け!! 中位烈風魔導!! 」
「雷の巫女よ、 轟く雲よ! 闇を切り裂き光と化せ!! 中位稲妻魔導!! 」
風と稲妻が2人の目の前で直撃し、 爆発する
その爆風に全員が吹き飛ばされる
だが、 ザッハークとウィネは素早く受け身をとると、 呪文の詠唱を始める
「あらゆる万物を砕く力よ! 我が両手に集え! 紅き光よ、 鳳となりて空を穿て!! 上位爆裂魔導!! 」
「天に光る稲妻よ! 我が魔力に応じよ! 邪悪なる敵を討ち滅ぼす力を我に諸手に与えよ!! 上位稲妻魔導!! 」
爆発と稲妻が再びぶつかり合い、 更に巨大な爆発がおこる
ザッハークが爆風に吹き飛ばされ、 受け身をとるが、 その時すでにウィネは攻撃体勢だ
「闇よ、 全てを飲み込む悠久の闇よ……」
詠唱の声は低い、 悪魔や邪神のような恐ろしい感じがする
心なしかザッハークの顔が蒼い
「一筋の希望も逃さぬ邪悪な光と……」
「ま……まさかこの呪文は……最上位魔導……!?!? 」
上位悪魔でさえめったに使わぬ最上位魔導
しかもこの詠唱はその中でもさらにコントロールが困難な……
「夢も、 希望も、 未来でさえ……一欠片も逃さぬ重き絶望と共に! 」
「まさか……貴様は……セエレ……!?!? 」
知っている最上位悪魔の名を混乱しながら叫ぶザッハーク
だが、 もはやその声はウィネに届いてはいない
「禍よ! 再び世界を包み込め! 阿鼻叫喚を呼び覚ませ!! 最上位冥獄魔導!!! 」
「止めろ! 止めろぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉ!!! 」
ザッハークの叫びも虚しく、 ウィネが生み出した暗黒球はザッハークと黒騎士を包み虚空へと消えていった
「疲れた……帰る」
「あ、 おい……」
アルベルトの声を無視し、 瞬間移動魔導を唱え出すウィネ
「悪魔! 」
「あぁ? なんだ? 」
エーディトの叫びに少し不機嫌になりながらも律儀に振り返るウィネ
普段とは違う満面の笑みでウィネに答えるエーディト
「ありがとな!! 」
「……どういたしまして」
初めて見せる微笑み
その笑顔を最後に瞬間移動魔導を唱え、 悪魔の魔女は風と共に消えた
グレイサル皇国とディル帝国の戦争は少しずつ変わっていった
元々切り札ともいえる悪魔、 ザッハークが倒れたのだ
ディル帝国の士気が落ちると共に、 グレイサル皇国の士気が急上昇したのだ
少しずつだが、 グレイサル皇国がディル帝国を押し始め、 今の戦況は戦争当時と大して変わらなくなっていた
そんな中、 エーディトは大臣と話し合っていた
「悪魔には感謝している
生きていれば再び会えるのか? 」
「会えましょう、 今は無理でもまたいつか」
「そうか!
……ところであの騎士見習いはどうなったんだ? 最近見ないな……」
答えたのは将軍だった
「修練をしていますよ
まだまだ未熟ですので」
「ふ〜ん……そうか」
そうかそうか
そう呟くとエーディトは無邪気な少女の顔から再び厳格ある女王の顔に戻る
とても危険な闘いだった
だけど、 同時に深い思い出でもある
2度と味わわない
それはいかなる絹や黄金よりも彼女の心に輝いている
「また……会えるよな! 」
彼女はそう言うと城の外の景色を眺めた
「ふん……」
ウィネは静かに自宅で紅茶を飲んでいた
今回は楽しかった
千差万別の瞳、 人生、 信念
綺麗も汚いも併せ持ち、 相手を愛することで生まれる強さと弱さを併せ持つ人間
悪魔にはない清さと弱さ
だからこそ魔界に戻る気がしない
「これだから面白いな……人間という奴は」
そう言うと彼女は再び紅茶を口に運び、 外を眺めた
「くっそぉ〜」
城の外でアルベルトは汗だくでへたりこんだ
彼の周りにはすでに修行メニューを終えた同僚たちが集まっている
「あんのボケェ……なんでオレだけ倍なんだ……」
「イビられてんだろ」
「将来に期待してんじゃねぇか? 」
「いや、 いじめられてんだろ」
仲間たちの声を聞き流し、 アルベルトは自分の胸を見つめる
そこには紅い宝石のネックレスが輝いている
これはあのあと、 エーディトにもらったのだ
この一件の褒美として
これが内心嬉しくて堪らない
「な〜ににやけてんだ? ん? 」
「なんでもね〜よ、 バ〜カ」
にやつきながらアルベルトはネックレスを握り、 空を見上げた
3人が見た空は雲1つなく、 どこまでも晴れ渡っていた
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