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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
8/32

8.最初の試練



 モテる人間と付き合い出して少し経った頃、周りの女の子達に変化が見られるようになった。


 わたしは瑛太と付き合い出しても相変わらず表情が薄かった。得意気な顔もしないし、デレデレもしない、もともと何を考えているのかわからない鉄面皮。それでいて顔の造作自体は攻撃的でもないのが幸いしてか、そこまで無駄な怒りを買うことはなかった。だからあからさまにいじめられたり、意地悪されたりとかはまだ無かった。


 けれど、当たり前だけれど何も変わらないわけでは無かった。


 こちらを見ながらヒソヒソ話をされることは増えた。ネガティブなものを含んだ表情の場合もあれば、普通の顔で話していることもある。内容はそれぞれでも話題に上がっていることは分かる。


 それからたとえば廊下で見知らぬ他クラスの同級生や先輩の女子がどこか剣のある含み笑いで話しかけてくることがある。


 こちらに気付いて「あー、」だとか手を振られて「瑛太の彼女だよねー」とか明るく言われる。

 しかし実は友好的なわけでもなく「あいつのことよろしくねー」とか付け加えられる。“わたしの方が仲良いけど”とでも言いたげな、どこか上からのコメントだ。しかし、後で瑛太に聞くと特に面識のない人だったりする。いや、何度か話してはいたんだろうけれど、数が多過ぎて認識までいかなかったんだろう。


 それからクラスの今まで話したこともない女子たちが急に話しかけてくるようになった。


 半分くらいは興味本位。そこそこ遠慮がちに話しかけてくる子たちが多い中、野田琴美さんはかなりグイグイきた。

 彼女はクラスでも目立つ方だ。小柄だがやや太ましく声が大きくて気が強い、お祭り好き。がはは笑い多し。


 最初は妙に笑顔な「おはよう!」から始まり「連絡先教えて」から「今度遊ぼうよ」だとかに変化してくる。


 この変化があからさまだったので、わたしはあまり仲良くしたいとは思えなかった。なんとなく、本当にお近付きになりたいのはわたしではないんじゃないかと思ったから。でもたぶんあまりすげなくすると悪口を言われたり、面倒なことになりそうな気もする。


 しかし別に現段階で嫌がらせをされてるわけでも無いから、人に相談してもなんにもならない。地味で無駄なストレスでしかなかった。


「有村さーん! 一緒にお弁当食べなーい?」


 お昼にやたらとでかい声で呼ばれて振り向くと何人かで机を囲んだ野田さんが手をブンブン振っていた。


「ごめんね、くうちゃんと学食行くから」


 そう言ってそそくさと教室を出る。自分が好かれてるわけでもないのに、モテるって辛いなぁなどと思う。






 そして事件は起こった。


 休み時間に他クラスの女子に呼ばれて出て行くと校舎裏まで連れて行かれてあれよあれよと五、六人に囲まれた。


 季節は秋。赤く色付いた葉が風でカサコソと音を立てる中、わたしは壁を背にして彼女達の言葉を聞いていた。


 中央に瑛太の幼馴染と言う子がいて、泣いている。周りは何か感情をたかぶらせてしっちゃかめっちゃかに糾弾をはじめる。


「酷い」「なんであんたなんかが」「別れなさいよ」「絵梨の気持ちは」など言葉の断片が周りを飛び交う。


 自分が知らぬ間にこんな風に憎しみの対象になっていたのがショックだった。

 少なくとも今まで普通に生きて来て、そんなことはなかったから。


 わたしはなんだかんだ性善説でぽややんと生きてきていた。だから漫画とかフィクションではよく見るけれど、こんな理不尽なことを本当にやる輩がいるなんて、いまいち信じていなかった。

 でも、彼女たちの顔を見て思う。彼女たちはこの行動に疑問を抱いていないし、当たり前だと思っている。自分が女であることをしっかり理解していて、既に色濃い女の世界で生きている。異性と恋愛と序列と、協調と、感情と、そんなもの優位で囲まれた世界の中で生きている。見えてる世界が違うのだ。


 わたしはどうか暴力だけは振るわれませんようにと祈りながら、無表情で怯えるばかりだった。


「アンタ達、何やってんのよ!」


 後ろから声が聞こえて周りがそちらを向くと仁王立ちした野田さんがいた。


「なんならあたしが相手になるわよ!」


「あんた誰……」


「一年A組、野田琴美よ! いますぐ覚えなさい!」


 場違いなまでに威勢の良い、やる気満々の声に周りはやる気を削がれたのか、どこかしらっとした空気になった。


「だいたい今どきこーいうの流行らないから! 先生呼んだわよ!」


 校舎裏に彼女のドスのきいた声がはっきりと響いた。


 流行りでやっているわけじゃないと思うけど。後半部分でたじろいだ幼馴染と軍団は去って行った。幸か不幸か、軍団員が何を言いたいのか、最後までうまいこと把握出来なかった。


「最悪だね、あいつら」


「あ、ありがと」


「ううん、あたし、あーいう奴ら嫌いなのよ」


 だからと言って野田さんと特別仲良くなる気は無かったので、何か借りを作ったような気持ちになってしまった。


「なおちゃぁん」


 くうちゃんが走って来て、わたしをひしと抱きしめた。


「なおちゃんが連れて行かれるの見たひとが教えてくれたの! 大丈夫だったぁ?」


「うん」


「うう……怖かったでしょ」


「大丈夫だよ」


 その様子をじっと黙って見ていた野田さんが、ぼそりと言う。


「有村さんと笠木さんて仲良いわよね……」


「え、うん。中学から一緒なんだあ」


 くうちゃんが言って、野田さんは芝居がかったしぐさで「友情は、大事よね」と深く頷いた。そしてどこかジトっとした瞳でこちらを見る。


「アナタたちって、ピンだとそれ程でもないけど、揃ってると何か可愛いくて目立つわよね……」


 誉めてるようで、さらっと失礼なこと言ってるけど……。


 それから「これから、困ったことがあったらあたしに言いなさい!」と、男らしく言い残して、ガニ股でのしのし去って行った。


「野田さんて……」


「ね……」


 くうちゃんと言葉の破片でやり取りする。

 思っていたのとはちょっとちがう。けどまだよく分からない。何故、わたしを助けたのかもよくわからない。


「疲れた……」


 自分が選んだ道、しかも嘘をついてまで、もぎ取ったこと。とはいえ目まぐるしく色んなことが起こり、疲労困憊で溜息を吐いた。


 それにしても、幼馴染。


 瑛太の話には出てきたことが無かったけれど、前から存在は知っていた。おそらく順番関連度において一番目だし、王道も王道だ。


 ものすごく可愛いとかじゃなかったけれど、小柄で女の子らしい子だった。何故フラグが立たなかったのか、わたしは幼馴染はいないし、ちょっとどんな感じのものなのか聞いてみたい。


 放課後瑛太が呑気な顔で「帰ろうぜ」と迎えに来た。校門を出てから聞く。


「瑛太、幼馴染、いるよね」


「うん」


「なんでそっちに頼まなかったの?」


 聞くと瑛太は眉根をしかめた。こちらをじろりとひと睨みして口を開く。


「昔は仲良かったけど……どんどん女みたいになって、俺のこと好きとか言いだしたから……そういうんじゃねーなぁと思って」


「あぁ……」


「尚、なんかあった?」


「無いよ」


「じゃあなんでそんなこと聞くんだよ」


「え、と興味本位」


 瑛太は明らかに気分を害したようで、道の途中でムスッとした顔で立ち止まる。


「そんなこと言って本当は……」


 瑛太が言いかけた言葉にドキっとした。バレるようなことは何もしてないはずだけれど、わからない。しかし、続く言葉は予想とはちがうものだった。


「本当は嫌になってきたんだろ……」


「えっ」


「そりゃ、迷惑かけてるとは思うけど……そんな、遠回しにあっちに頼めばいいじゃんみたいな言い方することなくね?」


「ごめん。そういう意味じゃ無い」


「じゃあ、どういう意味だよ」


 意外な展開で怒られて、軽くパニックになる。


「ちょっと今日絡まれたから……気になっただけ」


「は?」


 瑛太が一瞬怒気を治めた。でもまたすぐにしかめ面に戻る。


「なんですぐ言わねえんだよ」


「言いにくいよ」


「意味わかんねー。自分が悪くもないのになんで言いにくいんだよ」


「瑛太って本当に子どもっぽいよね」


「どういう意味だよ」


「ちょっと想像すればわかるでしょ」


「わかんないね」


「わかんないならいい」


 言い捨ててその場を早足で逃げ去った。頭がぐちゃぐちゃで、とっちらかっていて、上手く会話を出来る気がしなかった。


 最近のわたしの学生生活は、妙に忙しい。

 あんなに好きだった人に口ごたえして、喧嘩なんてして。


 ついこの間までは毎日平穏だったのに。


 疲れる。


 本当に疲れる。


 ストレスで涙がこみ上げてきた。





 帰宅したわたしは優兄の部屋でうずくまっていた。


「もう一ヶ月だっけ。よく続いてるよね。尚は頑張ってるよ」


「まだなのかもうなのか分かんないけど……疲れた」


「予想済みのことばかりじゃない」


「そうなんだけど……」


「思ってたより辛い?」


「……うん」


 想像するのと実際に体験するのはやっぱりちがう。話しかけてくる子は例外なく付き合いのことを聞くし、ジロジロ見られることも増えた。教科書にブスとか書かれたりはないけれど、いつかあるんじゃないかとずっと怯えている。

 今日は頭の中で想像していた嫌なことがひとつ本当になったので弱気になってしまった。


 瑛太は想像より子どもっぽくて、見た目に反して恋愛になかなか興味がわかないタイプのようだった。脳内が小三男子と同じくらいに感じられる。このまま付き合っているふりを続けたからって、好きになってもらえるかは分からない。


 本当に付き合っているならふたりで考えて耐えればいいことでも、嘘だといまいち頼れない。しょせん、気持ちを通じあわせることは出来ない感じがする。

 彼を騙している罪悪感も手伝って、わたしは気持ちの上ではずっとひとりだった。


「別れ……ようかな」


 はっきりとは思ってなかった言葉が先に口からスルッと出てきたみたいな、不思議な感覚だった。優兄をぼんやり見る。


「尚が辛いならそうしな? 俺は何があっても尚の味方だから」


 衝動的にスマホを握りしめて、外に出た。

 考えより先に体が動いていた感じ。この選択の是非を検討することを疲れて諦めてしまっていた。後で後悔するかもしれない。でも、それを想像することが今出来ない。


 空には星が出ていて、風が樹々の間を抜けていた。


 公園に入ってブランコに腰掛ける。

 電話をかけようと番号を表示させた時に瑛太その人からの着信があった。


「はい」


 向こうも外に出ているのか、外の音が少し聞こえる。


「あれ? 外? 今大丈夫?」


「うん。大丈夫。そっちも外?」


「俺はベランダ」


 そう言って互いに少し黙ったから、こちらと向こうの夜の音が耳の中に静かに流れ込む。


「今日、ごめん」


 瑛太が小さな声で話を切り出した。


「でも俺やっぱわかんねえ。尚は悪くないし、俺のせいなのに、言えない理由がわかんない」


「うん……そうだよね」


 冷静に考えればその通りだ。実際に付き合っていれば、相手に負担をかけたくないだとか、そんなような理由が出てくるかもしれない。でも、嘘なのだから、伝える方が正当な気がする。


「色々あってちょっと混乱してた。ごめん。今度から言う」


 素直に謝られるともう返しようが無いのか、瑛太はひと息吐いて、少し黙った。電話越しに夜の音と小さな息づかいが聞こえる。


「俺、最近普通にクラスの男子と話したり……してる」


「え……」


「彼女出来たから、女子も少し遠慮するようになったし、彼女持ちの奴とかと……結構話したりしてる」


「そうなんだ」


「休み時間とかも、尚と話すの楽しいし、フリすんのも全然苦じゃないし……」


「……」


「何が言いたいかって言うと……本当に……感謝してるんだよ」


「……うん」


「だから、尚に負担はかけたくないし、嫌な思いして欲しくない」


 瑛太はそこで少しだけ声を落として、優しい声で、言い聞かせるように言う。


「なんかあったら……言って?」


「…………うん」


 わたしは泣いていた。電話で良かった。流石に涙が出てたら、無表情で誤魔化したりできないから。


 通話を切った後、スマホを手の中にそのままぼんやり座っていた。


「尚、そんなとこずっと座ってたら危ないよ」


 顔を上げると優兄が迎えに来てくれていた。


「帰ろう」


 道すがら今話したことをぽつぽつと、話す。


「別れなかったの?」


「うん……」


「尚は、友達ができたって聞いて、ほだされちゃったの?」


「ううん……ちがう……」


 わたしが別れを切り出せなかった理由は、瑛太の話の内容にほだされたからじゃない。もっと単純で、馬鹿みたいな、理由。


「声……聞いたら……駄目だった……」


 まだ涙の残る声で言うと優兄が「そっか」と、それだけ言って前を歩く。


 びたん、びたんと音がして、自分がお父さんの大きめのサンダルで外に出てたことを、その時やっと気付いた。





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