6.作戦会議再び
激動の一週間だった。
明日は初めての週末。戦士の休息だ。自分で望んで企てたこと。とはいえ、瑛太と話すのはまだ緊張するし、バレないようにしなければと常に気を張っていた。さりとて周囲にはカップルとして演技をしなければならず、その周りの反応にもストレスがあった。思っていた以上にかなり気疲れしていたのでほっとしていたところだった。
偽彼女、一週間お疲れ。
学校帰りに瑛太が駅前で立ち止まって言う。
「ねえ、尚、明日ヒマ?」
「うん」
「どっか遊びに行かない?」
わたしはものすごく驚いた。だって学校外ではふりをする必要は無いのに。しかし本当に驚いた時ほど無表情になる体質だったので、助かった。
「なんで?」
「前ちょっと言ったけどさ、俺高校入ってからこんなだから友達いないんだよ。たまには友達と普通に遊びに行きたいなーって」
「中学の友達とか……」
「そりゃいるし、たまには遊ぶけどさ……。そんな頻繁にってわけにもいかないし……かっこわりーじゃんよ。高校で友達いないとか……」
「そんなの気にするんだ」
「嫌ならいーよ……」
ちょっと不貞腐れてるのを隠そうともしない。結構子どもっぽい人だ。
いずれにせよ好きな人にそんなこと言われて断れるはずはない。
「いいよ。どっか行こう」
「マジで? やった!」
瑛太がわたしとお出かけするのを喜んでいる。何か錯覚しそうになる……。ついでに気が遠くなる……。
「どこ行こっか」
「瑛太はどこ行きたい?」
「なんか、遊び倒したいんだよなー、俺」
「遊び倒す……カラオケとか、ゲーセンとか、遊園地とか?」
「そうそう、そういうの」
そういうのって、ちょっとデートっぽいと思うんですが……。
「あー、迷うなー……俺決めていい?」
「もちろん」
正直頭がちゃんと働いてなくて、場所の脳内検索はしていなかった。駅が見えてくる。
「じゃあ、連絡する」
事情を知らない人が見たら甘い笑みに見えるような顔をして手を振った瑛太は改札をさっさと入って、反対の階段へと行ってしまった。
*
戦士に休息は無かった。
その晩はまた、兄達と作戦会議である。
「で、どこになったんだよ。漫喫か? ラブホとか許さねえからな」
「陽兄ちゃん……何そのモテない思考。だいたい付き合ってもないのにホテル行くわけないじゃん……まだ決まってないよ」
そもそも全くモテない陽兄ちゃんは何故この作戦会議に参加してるんだろうか。
「考えるべきは服だよね、あまり張り切ってることを悟らせず……それでいてさりげなく可愛い」
さすが優兄ちゃん、そういうことを話し合いたかったんだ。
「でも、それに関しては場所によるかな。映画館とゲーセンと海じゃ向いてる格好ちがうし」
「たぶん……アクティブな方面」
「そしたらジャージでじゅうぶんだろ」
「陽兄……」
邪魔したいのか……。何故、ここにいる。
その時わたしのスマホが震えた。ぱっと手に取って確認する。瑛太から場所を伝える連絡だった。
「ゆ、ゆうえんち! 遊園地だって」
「デートじゃねえか!」
陽兄が叫ぶ。
「デートかな!?」
わたしも叫んだ。
「ぽい、セレクトだね……でも、まぁ、遊びたいって言ってたんでしょ。どうせ尚が相手なら男同士ではそこまで行かない場所に行けるから、そうしたかったんだろうね」
優兄がたしなめるように牽制を入れる。分かっている。つい、調子に乗りそうになるがそれは命取りだ。
「お、お弁当とか……作るのは……引かれるかな」
「そうだね……まだよした方が……」
優兄の言葉を遮るように陽兄が「いいじゃねえか!」と叫ぶ。
「え……でも」
「高校生、金ねえし……いいだろ。自分から誘っといて弁当くらいで引くような奴ならやめちまえよ」
「でも、友達なのに……男友達がやらないようなことをするのは変じゃないかな」
「どうしたってお前は男じゃねえんだから気にすんなよ!」
陽兄の威勢の良い言葉に思わず優兄の顔を見る。
「先に本人に聞いてみれば? 確かにお金浮くし」
「うん」
スマホを手に取り、震えそうになる指でぽちぽちやって聞くとすごい早さで返事が返って来た。
「ありがとう、だって」
優兄が拍子抜けした顔をした。
「あまり細かいこと気にしない子みたいだね……それかよっぽど、尚のこと信用してるのか」
「どうしてかは分からないけど……全く疑われてはいない気がする……なんでだと思う?」
「うーん、たぶん、だけどさ。想像だけど……」
「うん」
「恋してる相手が目の前にいたらどうしたって多少は態度に出ちゃう人っているじゃない? 赤くなったり、声が高くなったり。それで、聡い人なら相手が自分に恋してることに気付いちゃうこともある」
「うん」
「尚はたぶん藤倉君を前にしても全く変わらないんだと思うよ」
「ああ」
つまり、単純な話。見た感じ、わたしが彼のことを好きなようには見えないし感じられないということだろう。それが安心感を与えている。
「尚、分かりにくいもんね」
「見慣れるとそうでもねえけどな」
「それは俺たちが身内だから」
わちゃわちゃと言い合う身内を他所にわたしはドキドキがとまらなくなっていた。
「でーと……デートかぁ……」
「尚、本当に気を付けてね。今好意がバレたら絶対駄目だよ。全部無くなるだけじゃなくて、それ以上に失うんだからね」
優兄ちゃんにデカい釘をガンガンに刺される。確かに、出先でバレたら悲惨だ。デートっぽく見えてもデートではないのだから、浮かれてはいけないし、わきまえなければならない。
そうだ、デートじゃない。瑛太はわたしが好きで一緒に遊びたいわけではない。そういうのとは根本的にちがう。ただ、友達と遊びたいだけ。
可愛い格好も、お弁当も、必要とはされないし、向こうはわたしを楽しませる必要もない。しかし、ひそかに片想いしてるわたしは、彼を楽しませなければならない。
それって、彼女の立場より難しいんじゃないだろうか。
急に不安になってきた。そこへまた瑛太から連絡が入る。恐る恐る見るとそこには
『玉子焼き食べたい』
ひとの気も知らず、えらく呑気なリクエストが入っていた。
なんというか、ここまで無邪気で図々しいのはやはり普段からモテている人間特有の大らかさなんだろう。拒絶されることなく育っているから卑屈さが無いのかもしれない。
一時間ほどしてから追加で『たまごは甘いやつ』とどことなく慌てたような文面が来た時にはだいぶ脱力してしまった。
「尚、この服でいいんじゃない?」
「馬鹿! 尚はこっちだろ! ていうか、それ露出が多過ぎだろ!」
「肌の色からしてこっちだよ。陽はわかってない」
「ぬぁにぉ〜?!」
兄達が無駄な諍いを始めている。
とりあえず、兄とはいえ、そろそろクロゼットを勝手に開けるのをやめさせたい。話はそれからだ。