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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
5/32

5.お付き合い(偽)



 かくして偽のお付き合いが始まった。


 嘘の彼女なんて、上手くやれるものだろうか、周りは信じるだろうかという懸念はすぐになくなった。藤倉瑛太その人がノリノリでとても積極的だったからだ。


 彼はすぐに周りじゅうに彼女が出来たと言ってまわり、休み時間にはマメに会いに来て、昼休みには笑顔でお昼を誘いに来た。

 周りも全く予想していなかった、前触れなく突然湧いたように現れた彼女に唖然とするばかりで、今のところ様子見といった感じで表立って嫌がらせなどはされていない。


「お昼一緒に食べよ」


 にこにこしながら近寄って来るそのさまは、十二分に恋する彼氏のようだった。しかし、上機嫌の理由は恋ではなく、真逆の方向性だ。


 校舎を出たところで瑛太はまた大きく息を吐いて、わたしに笑ってみせた。小さくとも解放されたのがよほど嬉しいんだろう。本当に嬉しそうだ。


 校舎の外壁に沿って、ふたりで座り込んで周りを見回した瑛太が大きく伸びをする。

 彼が隣にいるのがまだ慣れないし、ふとした瞬間に、あ、これ現実だったんだ、と思ってしまう。


「静かな昼メシ……」


 何かさほどのことでもないことに感動している。


「俺やっとマトモな生活が出来るんだ。ありがとう」


「ど、どういたしまして……」


「尚の方は? 大丈夫そう?」


「なにが?」


「しつこい人……諦めそう?」


「あ、あー、そうだね……諦めそう」


 そういえばそんな人もいたね! いないけど!


「お互い平和な生活が手に入るといいな!」


「うん……」


「恋愛感情とか、無理に押し付けられる方の身にもなれってなもんだよな!」


「う、うん……」


 その恋愛感情をたんまり隠し持ってあまつさえ騙している身に言葉が痛い……。







 放課後になってわたしは落ち込んでいた。


「こころが痛い……」


 人を騙している。しかも好きな人を。

 もし万が一、好意があった上での作戦だったなんてバレたら、偽の交際中止は必至だし、普通に嫌われるだろう。関わらなければ少なくとも嫌われることは無かったのに。それは思っていたよりもストレスだった。


「なおちゃん、がんばってぇ」


 机に突っ伏してジメジメしてると友達のくうちゃんが舌足らずな応援をくれる。彼女はぽわんとしていて、一見頼りない感じだけれど、芯はしっかりしている可愛い子だ。わたしが彼を好きなことや、事情も彼女にだけは唯一話してある。


「くうちゃんて幼馴染と付き合っているんだよね」


 彼女の彼氏は別の高校で、会ったことはないけれど、休日の出来事などを聞いてると当然のように登場人物として何度も話に出てくるのでもうお馴染みだった。


「どんなとこが良かったの? イケメン?」


「ううん。ぜんぜぇん」


「優しい?」


「まったく」


 くうちゃんは笑ってケロリと答える。


「かっこよくも賢くもない、優しくもなければ、気が利いてるわけでもないんだけど……」


「うん」


「気がついたときにはもう好きだったの」


 くうちゃんが臆面もなく、気負いもなくさらりと言ったので、小さく感動してしまった。


「……いいなぁ」


「いい?」


「うん。そういうのすごくいいよ」


 みんなが好きになる人を見てミーハーに好きになるより、絶対そっちの方がいい。出来る事ならわたしもそういう恋がしたかった。


「なおちゃんと似たようなもんだよお、好きになる人は選べないから」


「似てるようで、似てないよ……」


「なんの話?」


 いつのまにか背後にいた瑛太に、わたしは戦慄を覚えた。


「あ、えっとぉ……こいばなです」


 アドリブに弱いくうちゃんが瑛太の勢いに押されて本当のことをもらした。


「え、なに?」


 瑛太の顔色が変わった。これはまずい。


「ちょっといい?」


 瑛太が声をひそめて、廊下の端に連れ出される。


「尚、好きな奴いるの?」


「……さっきのは好きな人っていうか、憧れてる人の話。お兄ちゃんの友達で、でも彼女いるヒトだから……その、偽とかは頼める関係じゃなくて」


「そっか……」


 瑛太がほっと息を吐く。


「でも、出来れば学校でそういう話はあまりしないでほしい」


「う、うん。ごめん」


「いや、ごめん。俺は助かってるんだけど……そんなこと言える立場でもないよな」


「ううん。わたしも助かってるから」


「でも、もし尚が学校に好きな奴とか出来たら教えて。ちゃんと、別れるから」


「……はい」


 心のアップダウンが激しすぎる。


「じゃあ帰ろっか」


「あ、鞄取ってくる」


 教室に戻って鞄を持って廊下に戻ると、瑛太は女の子に囲まれていた。言葉の切れっぱしに「本当に?」とか聞こえるのでもしかしたら偽彼女のことを聞かれている可能性は濃厚。


「あ、尚。ごめん、彼女来たから」


 女の子達が一斉にわたしに注目した。その、目がものすごく怖い。これは、思っていたよりホラー。心臓に悪い。


 おまけに彼がニコニコしながらわたしの隣に距離を詰めて背中を押したので息が止まりそうになった。近い。肩と腕が触れ合うくらいの、友達ではあり得ない距離。背中にほんのり手の感触。


 わかっている。これは奴らに見せる為のあれ。わかってるわかってる。頭の中に「ワカッテル」をゲシュタルト崩壊しそうなくらい唱えてなんとか足を前に進める。


 校門を出てしばらく行ったところで距離は離された。悲しくはない、むしろ緊張から解放されてほっとした。この間まで一方的にチラ見するくらいで話したこともなかった相手と突然付き合うことになったのだ。嘘でも緊張せずにはいられない。


 付き合いはフリとはいえ一緒に帰っているのだし、何となく話をする。くだらない話をぽつぽつして、少しずつ、打ち解けて来てる気がする。


「うちのお兄ちゃん、ひとりはモテモテで、もうひとりは全くモテないんだよ……」


「双子なのに? そんなことあんの?」


「双子っても、二卵性だし、赤ちゃんの時から性格ちょっとちがったらしいよ」


「でも、一緒に同じように育ったはずなのに……どこで道が違えたんだろ」


「うーん。聞いた話だと二人とも小学校四年でそれぞれ別の女の子を好きになったらしいんだけど……」


「うん」


「優兄はそこで見事恋を実らせて、陽兄は振られちゃったから、そこからかな」


 結果はたまたまなんだろうけれど、最初の体験の失敗成功がその後の人生の明暗を分けたような気がする。優兄の相手はませた子で恋愛に興味津々な子だった。陽兄の好きになった子は幼くて、言いふらされて馬鹿にされてしまったのもある。そこから陽兄は恋愛に臆病になり、女の子と話すことすら少なくなり、優兄はどんどん恋をして彼女を作っていった。


「俺もちょっとしたきっかけでモテねー、モテたいとか言ってたかもしれないかな」


「瑛太の場合モテてる理由が見た目だからあんまり無さそうだけど……でも、何かひとつちがえば、少なくとも今みたいにはなってなかったんじゃないかな」


「そうかな」


「うん。だってやっぱりちょっと異常だったもん」


 だけど、瑛太が異常なモテかたをしなければ、わたしは彼に気付かなかったかもしれない。噂が大きかったから、見てみようと思ったし、それで好きになったから、今ここにいる。そうやって色んなことが、少しずつ積み重なって他人にも影響して運命は変わっていく。


「瑛太、わたし頑張るよ」


「え……」


「わたしの方は簡単に終わりそうだけど、瑛太の方はまだまだだから……頑張って協力して、平和を取り戻す」


 たとえ偽の付き合いで、しかも彼を騙していたとしても、ついでに彼が救われるなら良いかもしれない。わたしはそんな風に開き直って思うことで自分の罪悪感をごまかすことにした。


 実際気の毒ではあるし、なんとかしてあげたい。これは本当。


 ただ、下心があるだけで……。




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