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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
番外編
31/32

再び遊園地



「尚! さっきからなんで手離そうとすんだよ!」


「……瑛太の手、熱くて。体温高くない?」


「俺は尚の手がひやっこくて気持ちいいんだよ! だせ!」


「やだ」


「よこせ!」


「やだ」


 わたしは体温が低いほうだけれど、このクソ暑いなかそれで涼をとられてはたまらない。


 夏休みに入り、前に一度行った遊園地にまた来ていた。真夏の遊園地はかげろうがユラユラするくらいに灼熱だった。脳天が焦げる。


「あ、あそこ入ろうぜ。涼しそう」


 瑛太が指差した先には怖いと評判のお化け屋敷があった。


「え、あそこはいいよ」


「なんか最近気合い入れてるって話じゃん。俺入りたい。暑いし……あと暑いじゃん」


「……」


 回避したかったが、とっさに上手い言い訳が考えつかない。


「行こう!」


「えっと……」


 よりによって車で入るやつじゃなくて、徒歩で移動するやつだ。こっちのほうが怖い。


「いいじゃん! どうせつくりもんだよ」


 瑛太に小学生男子の動きでどんどん背中を押されて中に踏み入れる。

 ぶよっとした感触の床だったけれどしばらく行くと今度は妙に足音が反響する硬いものに変わる。暗闇の中、生温かい風が吹いていた。遠くから悲鳴が聞こえて気が遠くなった。心臓がばくばくして思わず瑛太の腕に腕を絡めて手をがっちりホールドする。


「あれ? 暑いから嫌なんじゃなかったの?」


「ここはほら、設定温度が低いから……ぎぇ」


 なにか白い布のようなものが目の前を横切った。なにも見たくない。怖い。ほとんど半目で瑛太につかまりながら歩いた。


 それでも目の前にぐわんと仕掛けが出て来る気配で目を開けて、眼前にある生首に脳内で悲鳴をあげた。


「ひ……」


「あれ、尚あんまり怖くなさそうだな」


 表に出てないだけでじゅうぶん怖い。喉がカラカラだ。ますます腕にしがみついた。


「あのさ……尚」


「……え? なんか言った?」


「なんか胸あたってるんだけど……」


「……あ、そう? 嫌だった? ごめん……もうちょっと待って。ここ出たら百メートルくらい離れるから」


「いや、ぜんぜん嫌とかじゃないけど……おまえはそれでいいのかよ!」


 胸のひとつやふたつ、この恐怖の前ではかすむ。早くこの恐ろしい空間を出たい。


 そうこうしてると天井の一部がぱっと照らされて、ライトの中ゆらりとしたお化けの人形が出た。カタカタカタカタ、と謎の効果音が鳴る。


「ぅぐ……」


「人形ばっかで、人が脅かしには来ないんだな。朝イチだから人がいないのかなー」


 瑛太がその人形を見上げてつぶやいて、スタスタ歩く。つかまって必死に歩く。出口っぽいものが見えた。


「で、出れた……」


 やたらと眩しい灼熱も恋しかった。長かった……。


「大したことなかったなー」


 拍子抜けしたように瑛太が言う。じゅうぶん怖かったけど。何度も悲鳴をあげた。生きて出られてよかった。


「尚もぎえとかぐおとかしか言ってなかったじゃん? もっと悲鳴あげるとこ見たかったのに」


「……瑛太怖くなかったの?」


「尚がくっつくからすげー気が散って、それどころじゃなかったわ」


「あ、もっと離れたほうがいい? 何メートル離れる?」


「いいよ! なにしに来てんだよ!」


 それもそうか。


「まあいいや、次なに乗る? 俺はこれとこれ、これも乗りたい。苦手なやつあったら言ってね」


 瑛太が園内マップを広げて言う。

 その確認は数分前、お化け屋敷に入る前にしてほしかった……。


「ん? どうかした?」


「いや、なんでもないよ。どのルートで行こうか」


「位置的にはこれ、のあとこれ、で、これじゃね」


「だね。行こか」


 瑛太の言った乗り物に全部乗った。それから近くのお店で軽食を買い、外のテーブルベンチでお昼をとった。陽が少し陰り風が吹き、少しだけ涼しくなって落ち着く。


 さっきまで小学生のようにはしゃいでいた男は目の前で黙っていれば、格好良かった。


「尚の弁当食いたかった……」


 しかし、口を開けばやはりガキくさい。


「寝坊しちゃったんだって」


「尚の母ちゃんの弁当でもよかった……」


 こいつ……さてはたんに玉子焼き目当てだな。


「そんなに好きなら家で自分で焼けばいいのに」


「……何度かやってみたけど味がちがう。ってか尚んちのは特に美味いんだって!」


「そんなに難しくないし、今度教えてあげるよ」


「いや、そこは作ってくれよ!」


「……」


「たまご代は払うから!」


「たまご代って……」


「手間賃も払う!」


「いやそういう意味でなく……」


「いくら払えば食えんの!?」


「いや……えっと……」


 なんか新しいビジネスの話みたいになってきた。


 食事を終えて、さて後半戦だとふたりで立ち上がる。


 瑛太が通りがかりに、頭上のジェットコースターをちらちら見上げている。今日彼は何度かあれを見上げていた。あれは最初に来たとき連続で乗って気持ち悪くなった忌まわしきコースターだ。


「瑛太あれ、乗りたいの? 乗る?」


「え、いいの? 尚苦手かな、と思って」


「一回なら大丈夫だよ……」


「やった! うっしゃ行こう!」


 どうやら乗りたいのを我慢していたらしい。気の使いかたが明後日だ。それでも途中途中休憩を入れてくれているので、前に比べたらこちらを気にしてくれているんだろう。


 ジェットコースターに向かう。今日は睡眠もちゃんととってあるので、普通に楽しめた。前回何周かさせられたので、こちらも慣れたものだ。瑛太も満足気だった。


「尚はなんか乗りたいのある?」


「うーん」


 聞かれて特に無かったけれど、探してみた。

パンフを眺めたけれど、それよりぱっと顔を上げたときに少し遠くで回っている巨大な乗り物が気になった。


「じゃああれ」


「あー、観覧車」


 あれは前に来た時も乗らなかった。なぜか選択肢にも出なかった。デートだし、乗っておこう。


「いいけど。あんな退屈なの乗りたいの?」


 瑛太が素でびっくりした顔をした。スリル系の乗り物が好きな彼からしたら大して揺れない回転もしない、風景を観覧するためだけの乗り物など眼中になかったのかもしれない。


「よし行こう」


 退屈と言ったわりに嬉しげに歩を進める瑛太に続いて観覧車に向かった。


 そんなに並ばずに乗れた。ごとんと音がして、ゆっくりと浮遊していく。わたしはこういう、ゆったりとした乗り物は好きだ。お化けも出ないし。なんか小学生のお守りっぽくなくてデート感あるし……。


 ごく小さく揺れながら観覧車が上昇していく。だんだん建物が小さくなる。ちょっとわくわくした。風景を眺めていると瑛太がすぐ後ろから同じ窓を覗き込む。


「尚と来ると楽しいなー」


「そう?」


「うん。どこに行ってもなにに乗っても」


「……」


「微妙な反応を見るのが楽しい」


 そういや前来たときもそうだった。そのせいで連続コースター地獄に落とされた。

 しかし、彼のそれはちょっとだけなにか、面白がりかたが恋人同士のそれとちがうんじゃないか。思ったけどにこにこして楽しそうだったので黙っておいた。


 観覧車が頂上について、がこんと小さく揺れて、短い時間停止する。


「わ……」


 思った以上に高かった。建物が豆粒みたいに小さくて、遠くの街なみまで見渡せる眺めに小さい声で歓声をあげた。


 しばらくそれを見つめて瑛太に視線をやる。

 瑛太は外を見ずにわたしの顔を見ていた。


「ほんと、こんなつまんねー乗り物乗って楽しいんだから……相当だよ」


 瑛太が観覧車に失礼なことを言って楽しそうに笑った。





 帰り道、夕ご飯も食べて帰ろうと家の近くの大きめの駅で降りると知った顔が歩いていた。


「冴木」


「あー! ふたりしてなに、デート? どこ行ったの?」


 瑛太が遊園地の名前を言うと冴木君はニヤニヤと笑ってみせた。


「えー、じゃあなに。やっぱ観覧車でちゅーとかしてきたわけ?」


「えっ」


 瑛太が動きを止めた。


「え、なにそれ。あれってそんないかがわしい乗り物だったの? マジで? えっ」


 観覧車はいかがわしい乗り物ではない。遠くを観覧する乗り物のはずだ。


「なに、そんなの定番じゃん。カーテンついてるとこだってあるんだよ。しなかったの?」


「しなかった……」


 瑛太が絶望的な口調で素直に答えた。答えなくていい。


「まじかー……」


「そ、そんなに落ち込まなくても……」


「尚、知ってたの? アレがそういう乗り物だって」


 いや、だからそういう乗り物じゃない。

 無言で首を横に振る。


「教えてくれよ……。そういうことは乗る前に……」


「まぁ、いいじゃん。いかがわしいことは家でたっぷりしてんでしょ?」


 冴木君が見当違いな慰めをして、手を振ってその場を去っていった。


 しばらく黙っていた瑛太が顔を上げて、なにかを決心したような口調で言う。


「尚、遊園地また行こう」


「いや、当分いいよ。べつのとこ行こう」


「なんでだよ! 観覧車五回くらい乗ろう!」


 だからそういう乗り物じゃない。




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