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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
3/32

3.作戦会議



 帰宅したわたしは真っ先に兄のひとりの部屋へと直行した。


 扉をノックしようと前で拳を握ると同時に女の人が部屋から出て来た。この間見た人とちがう。


 兄のゆうは今二十歳で大学二年生だけれど女好きで女たらしだ。藤倉君のように抜けたイケメンでも無いし、そのお兄さんのようにスポーツで目立つわけでもない。特別背が高くもないし、お洒落でもない。飛び抜けたところはない。しかし、恋愛経験は豊富で彼女は頻繁にコロコロ変わる。とてもモテるのだ。


 優兄は性別が雌ならばたぶんダンゴムシにも優しくするタイプ。妹も例外ではない。だから可愛がってもらっていたし、藤倉君のことも、好きな人が出来たと真っ先に相談していた。

 しかし今までは直接的な関わりがなかったので、相談も身のないものだった。


 今日はちがう。わたしは本気だった。

 本気で藤倉君を落とすために、付き合うために、むちゃくちゃ真面目に相談をしたい。


「優兄ちゃん、恋愛相談のって」


 続いて部屋から出て来た兄の胸ぐらを掴み、息を荒げて言ったわたしの頭をぽんぽん、と叩いて優兄はにっこり笑って返す。


「尚。ちょっと待ってね。大事な彼女を駅まで送ってくるから」


「は、早く、じんそくに願う」


「わかったよ。なるべく早く戻るね」


 優兄は女遊びで忙しいようだった。しかし、わたしの方も今日は尋常じゃない気持ちで相談を欲している。自分の部屋のベッドでバタバタしながら帰りを待った。






「お兄ちゃん、おかえり。そうだ……」


 帰って来てすぐにバタバタと廊下を走って飛びついた。しかし、そのタイミングで玄関が開いて双子のもうひとりの兄、ようが帰宅した。


「なんだよ、尚、大騒ぎして……」


 優兄ちゃんと双子の陽兄ちゃんはモテない。顔やスタイルは大して違わないのに、全くモテない。陽気でいいお兄ちゃんではあるけれど、今日は正直用はなかった。


「陽兄には、相談はない」


「オイ! どーいうことだよ! 優には言えて、俺には言えないっていうのかよ! 聞き捨てならねえ!」


 わたしが無視して優兄の部屋に黙って入ると陽兄は何故か一緒になってドカドカ入ってきた。


「尚、今日はえらい勢いだね。どしたの?」


「あのね、藤倉君と、話したの」


 わたしは優兄に、今日あった事件について話した。藤倉君の言った言葉、あった出来事をなるべく細かに伝えた。


 優兄のベッドで寝転んで一緒になって聞いていた陽兄が、盛大に眉と口を歪めた。


「俺はそいつ、好きじゃねえなぁ……」


 陽兄の顔が般若と変わっていた。拳を硬く握って小さく震えている。


「世の中にはなァ……! 高校三年間ろくに女と口をきかずほとんど目を合わすことも出来ず卒業してく奴だっているんだよ! それを……なんだァ? モテてモテて困ってます、だぁ?! モテる有り難みがぜんっぜん分かってねぇ! ゴミカス野郎だ!」


 陽兄にモテない男子の怨霊が取り憑いてしまった。というか陽兄本人が怨霊なんだろう。


「でも、藤倉君、なんだかかわいそうだったよ……」


「何ほだされてんだよ……尚、お前コロっと騙されるタイプだぞ! 変な絵とか壺とか買わされるタイプ! 別に意地悪されてるわけじゃなし、女にモテて辛いだ学校つまらんだァ? クソが! どこまで軟弱なんだよグラァァァあぁア!」


「で、でも、陽兄ちゃんにとってものすごく欲しいものでも、藤倉君にとっては欲しいものじゃないのに、そんないいもの持ってるんだから大事にしろよってのは、なんだか自分勝手な意見のおしつけじゃないかな? ひとが変わった時点でそれは同じものじゃないっていうか……」


「うるせぇえ! 尚、屁理屈言うな! 俺は! 何もせず! ただ酸素吸って生きてるだけでモテてる奴が大ッッ嫌いなんだよ!!」


「すいませんでした」


 陽兄が興奮状態になったので優兄ちゃんが立ち上がって台所からお茶をコップにくんできて渡した。


「ごめんね、尚……陽は何か暗黒の時代を思い出してしまったみたいで……」


 陽兄が頭を抱えてうずくまっている。お茶をぐいと飲んで低い息を吐いている。だから居なくてよかったのに……。


 優兄ちゃんが呆れた顔で溜息をつく。


「その彼……藤倉君は中学までは彼女とかいなかったのかな」


「今ほどじゃないにしろ、ちらほらモテたみたいだけど、そこまで興味なかったみたい……」


「うーん、まぁ……世の中にはスターの素質がある奴ってのがいるけどさ。藤倉君は外見こそ素質があったけれど、まだ子供で、女の子にキャーキャー言われることに順応して上手くやることができないんだろうね」


「そっかあ」


「十五かそこらでたかってくる女をさばける奴の方が珍しいんだよ。まだスレてないからね。特にお前の話だとぼけっとした奴みたいだし」


 優兄ちゃんの話を固唾を飲んで聞き頷く。


「藤倉君は女嫌い、まで行かなくても恋愛感情を向けられることにうんざりしているように見えたよ。モテるのが逆効果で女嫌いを併発しかけているみたい」


 頷いた優兄の目が鋭く光った。


「でも、女嫌いとか言っているのは今だけだよ」


「……え」


「そんな歳でモテまくっているとそのうち価値観がおかしくなって、すぐに女なんて食い散らかしてあなどるだけの嫌な奴になる。俺の周りにもそういう奴はいたからね」


「……ええぇ」


「それが天然でモテる奴の末路だよ……」


 後ろで陽兄が呪いのナレーションのように言ってくる。


 モテる奴の末路……何かまるで哀れなもののように……。いやでもどうしよう。藤倉君、このままだと、ますます手の届かないところに。


 優兄ちゃんが頷いて言う。


「つまりね、尚。お前にチャンスがあるのは今だけなんだよ。汚れてしまったらお前はもちろん、女なんてみんな使い捨ての肉塊かアクセサリーにしか思わなくなる」


 肉塊……アクセサリー。並べるとなんだか猟奇的だし、そのふたつが同じものを表してるとは思えない……。絶望で目を白黒させながらも優兄に助けを求める。


「お兄ちゃん……わたし、どうしたらいい……?」


「俺に任せて。俺の可愛い天使、尚が幸せになれる方法を考えるから」


 優兄ちゃんはイタリア人男性のようにさらりと褒めを交えながら座っていた椅子をぐるりと回して、天井を見て、少し考え込んだ。


「悪いことばかりじゃない。まず、藤倉君にとってはいま、女の子の顔はどうでも良いはずだよ」


「それは……」


 優兄ちゃんは眉をハの字にしたわたしに付け加える。優しげな声で。


「尚が可愛くないわけじゃないよ。華奢きゃしゃで透明感があって、充分可愛い美少女だ。でも学校じゅうの可愛い、目立つ美人がそいつを狙っているんだって言ってたろ」


「う、うん」


 優兄ちゃんの言いたいことは分かる。

 今の彼にとって、顔が可愛いから付き合うというのはないだろう。その基準で戦わなければならないのは正直キツい。だからむしろ良いことなのだと。


「尚、お前の取り柄はね、考えてることが顔にでないことだよ」


「兄ちゃんそれわたしのコンプレックス……」


 表情筋があまり機能してないのか、わたしは感情薄く見られがちな方だ。声質もそんなに高かったり甘かったりしていないせいもあって、喜んでいても慌てていても悲しんでいても冷静に見られることの方が多い。


「いや、それは素敵な取り柄だし、いいところなんだよ。げんに今日だって、尚が藤倉君のこと好きだって、バレずにすんだだろ」


「そうだけど……」


「尚、お前は今藤倉君の特別な位置にいる。ほんとにチャンスは今しかないよ」


「うん、うん、がんばる」


 その時扉がばんと開いてお母さんが入って来た。


「あんた達、こんなとこで揃ってしゃべってないで、いるなら夕飯食べなさい!」


 お腹は減っていた。


「じゃあ夕食後にまた、作戦会議しよう」


「俺ももちろん参加するからな」


「陽兄……いいのに。大学行って疲れてるんじゃないの?」


「いーや! 参加する! 元気なら有り余ってるからな!」


 そうしてわたしはお兄ちゃん達と夜な夜な今後の作戦を練った。




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