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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
28/32

28.失恋と作戦勝ち



 いつも通りの放課後。違うのは気持ちひとつだけ。でも、昨日までとは全然ちがう。


「兄貴に聞いたよ」


「あ、うん」


 瑛太のお兄さんは、あの日わたしと会って話したことは彼には言わなかった。だからわたしが昨日瑛太に言って初めて知ったので、そのことを向こうからも確認したらしい。


「付き合うことになったのは、昨日俺から言ったんだけど……ついでだし、帰りにうち寄って顔見せていってよ」


「うん」


 頷くと瑛太が手を取って指を絡めた。引っ張られるように教室を出る。


 校内にはまだたくさん生徒が残っていた。


「尚さ、本当は人前で繋ぐの苦手でしょ」


「え」


「うん。ほんのちょっとだけ嫌そうな顔すんの。俺はそれを見るのが好きで……ついやってしまう」


 さすが脳内小学生男子。人が嫌がることをして喜ぶ。いい趣味だな……。


「でも、人が少ないところだと、ほんのちょっと嬉しそうにすんだよな……それもなんか良くて」


「……そこまでわかってたのに、好きだとは思わなかったの?」


「……そこまではさすがにわかんねえ」


「……」


「最初の頃はさ……尚だけはちがうって思ってないとやっていけなかったのもあるんだよ……そう思っていると尚の隣がすごく心地良かったから……だから余計気付けなくて……」


 瑛太は言ってて思い出し怒りしたのか、不満そうな顔で突然わたしの頭を掴んでぐしゃぐしゃにして来た。だいぶ嫌だったけど無表情で甘んじて受けた。


「尚がそんな……そんな顔で恋愛に必死で策略を巡らすようなやつとはな……まだ信じがたい……」


「瑛太嫌いだもんね……そういうの……」


「まぁ、いいよ。……それでも尚だけは好きだって、思っちゃったから……後から思えばそっちのが嬉しいような気もしてきたし」


「……」


「それに、尚の作戦は他の奴らのとちがって、なんか馬鹿みたいだし……」


「ば、馬鹿?」


「うん……あんな……困ってるから付き合ってるフリしようとか……バカだろ! あんなの引っかかるのは相当ストレスにやられた疲れた奴か……俺くらいだよ」


 両方お前じゃないか。

 瑛太が笑いながら、ふと向けた視線の先に冴木君がいた。


「冴木」


 瑛太が小さく声をかけて手を振った。

 冴木君が駆け寄ってくる。


「お、機嫌なおった?」


 瑛太に聞いた言葉に返事とは少しちがう言葉をわたしが返す。


「今度こそ付き合うことになったよ」


 冴木君は一度目を丸くしてから頷いた。


「良かったねー! なおちゃーん!」


 そのままわたしの頭を撫でようと手を伸ばして瑛太がバシンと振り払った。


「おっ?」


 冴木君が面白がって何度もやるからモグラ叩き、ハエたたきゲームがしばらく眼前で行われた。二人とも途中から笑っていて楽しそうだった。目の前でチャンバラごっこが繰り広げられる。男子はやっぱり幼稚だ。


「あ、なおちゃん。もし藤倉が浮気したらちゃんと教えるからさ、その時はなおちゃんも俺と浮気しようね!」


「なんなのその謎理論……」


 割と本気っぽいところが怖い。瑛太もそう思ったのか発言の主の顔を、目を細めて嫌そうにしげしげと観察している。


「なおちゃん……幸せになるんだよ」


 ふざけて言う彼に「冴木君も」と返す。


「オレはいつでも幸せだよー」


 笑ってその場を離れる。彼は彼で、恋愛観が人より少し特殊な気もするし、その割り切りの早さには何か理由があるのかもしれない。

 その何かが解消されれば、人並みに近付くかもしれない。それが幸せかどうかは置いておいて。


 だけど、そこに触れようとするには、わたしと彼の人生はそこまで交わらない。わたしは今隣り合っている人のことを見るだけで精一杯だし、無数に存在するその物語全てを覗くことはきっと出来ない。





 瑛太の家は何回目だろう。他所の家に行った時にある自宅とはちがう匂いを嗅ぐと、ここに来たことを思い出す。


 なんとなく部屋の方に向かおうとすると「こっち」とリビングに誘導された。それから瑛太が小さな声で言いづらそうに言う。


「この間……ごめん」


「え、この間?」


「恐かった?」と言われてなんのことか思い至る。


「恐くはないし……嫌でもなかったけど……」


「え、そうなの?」


「とにかく悲しかった」


「そっか。ごめん……でも……そっか……」


 そのままブツブツ言いながら瑛太はどこかに行った。しばらくそのままリビングで座って待っているとお兄さんを連れて戻って来た。


「いらっしゃい」


 笑顔で言われて「こんにちは」と頭を下げる。


「……瑛太と付き合うことになりました」


 お兄さんは「聞いたよ」と言って笑う。笑う顔が整い過ぎてて不思議な感じ。


「瑛太は君と出会えてよかったと思う」


「そうですか?」


 そうなんだろうか。そんな風に自信を持っては、まだ思えない。


「瑛太には、普通の恋愛が向いてるんだよ。こいつはそこまで人好きでもないし……。有村さんに会わなければ、それは難しかったよ。きっとそのうちいじけて、投げやりになっていただろう」


 瑛太の顔をちらりと見た。また不貞腐れたような顔で、壁を睨んでいる。怒っているというよりは、どんな顔をすれば良いかわからないのかもしれない。お兄さんはその顔を見て笑いながら続ける。


「でももし相手をコロコロ変えて遊びまわっていたら、きっと瑛太は後で傷付いたよ」


「傷付く? 瑛太が?」


 逆じゃないのだろうか。女の子をもてあそんで、取っ替え引っ替えして、傷付くのは向こうのような気がする。お兄さんは頷いて言う。


「傷付く。その程度にはこいつは優しい奴だ」


「あぁ……」


 わたしが彼を好きな理由が、ほんの少し分かったような気がする。


 どんな人かはわからなかったけれど、たくさんの女の子に好かれて、それでもちっとも楽しそうにしていなかった彼。それはなんでだろうって思っていた。

 でも、もしかしたら、そういう彼だから興味を持ったのかもしれない。

 瑛太が冴木君みたいに色んな女の子とニコニコしゃべっていたら、何人も彼女を作っていたならば、好きになっていたかどうかはわからない。


 それは彼そのものではなくて、端っこの情報でしかなかったけれど、きちんと彼自身の端っこではあった。


 少しだけ話して、お兄さんが立ち上がった。


「瑛太、俺はこれから出かけるけど……」


「え、そうなの?」


「何嬉しそうにしてるんだ。母さんがすぐ戻ってくるらしいから、妙なこと考えない方がいいぞ」


「え、遅くなるって言ってなかった? なんで?」


「パートのシフトを間違えたらしい」


「……知らなかった」


 瑛太があからさまにガッカリした顔になった。


「瑛太……お前……」


 お兄さんが呆れた声を出して瑛太が慌てて弁解する。


「そんな変なこと考えてねえよ! ただ、ちょっと……」


「ちょっと、なんなんだ……」


 お兄さん、細めた目に力がある。


「有村さん、こいつは好き嫌いが激しい分一度気に入った人間は離そうとしないだろう。大変だと思うがよろしく頼む」


「……」


「それから大丈夫とは思うがこの先万が一、こいつが浮気するようなことがあったら遠慮なく言ってくれ。俺が殴る」


「……俺ふっつーにこわいんだけど……」


 瑛太が素で呟いた。わたしに向き直る。


「したらさ、尚んち行かない?」


「え、うち?」


「兄ちゃん達いる?」


「うん。陽兄が……あれ、優兄の方かな……最近バイトが不規則で」


「そっち行こう……ウチにいても母親がうるさいだけだ。尚の兄ちゃん達と会える方がいい」


「じゃあ行こう」


 駅を挟んで一駅。そこそこあるのでわざわざ移動することもないんじゃないかと少し思ったけれど、遅くなって来たし、帰る時間の心配が無いのは良い。そう思ってふっと気付く。


「移動するの、遅くなったとき……わたしが帰る時間の心配がないから?」


「……ああ、うん。駅までは送れるけど、家までってわけでもないしな」


 もしかしたら今までわたしは、瑛太の分かりにくい小さな優しさを、彼の幼さで隠して見逃していたかもしれない。





 家に入って靴を確認すると二人とも居た。最近は片方いないことが多かったので珍しい。


 リビングに入って瑛太が「こんにちは」と挨拶を投げる。


「おう……藤倉か」


 振り返った陽兄ちゃんを見てぎょっとする。

 陽兄の顔はところどころ腫れて、色が変わっていたりするところもあって、無残なありさまだった。


「陽兄、どしたのその顔」


 キッチンの方から優兄が濡れたタオルを持って出て来てそれに答える。


「こいつ、今日例の、好きな子の彼氏とやり合ったんだよ」


「えぇー、やり合ったって……」


「でも、向こうのが強くて結局ボコボコにされたんだって……」


「陽兄、気を付けて。自分より強そうな相手にはちゃんと武器エモノを持って……」


「捕まるわ阿呆」


 どうも陽兄の好きな子の彼氏が浮気していたのが発覚して陽兄が先に殴ったらしい。というか、そもそも疑惑があって陽兄に相談をしていたことが、今日動かぬ証拠が出て陽兄がキレた。


「陽兄、かっこいいね」


「この顔見てよく言えるね……」


「顔とかじゃないよ」


「尚みたいな面食いに言われてもなー……」


 優兄が気が付いたように瑛太に視線をやって「いらっしゃい」と言う。


 なんとなくみんなで陽兄を中央に囲んで座っていた。陽兄が頭を掻いて言う。


「余計なことすんなって、向こう怒ってたから……まぁ、振られるだろうけど……俺は満足した」


「いいじゃん。だって陽兄はそもそも彼氏持ちになびかれたら冷めちゃうジレンマがあるでしょ」


「なにそれ」


 瑛太が聞くので陽兄の一途好きとそれにまつわるジレンマについて説明する。


「陽さん一途な子が好きなの?」


「おう」


「じゃあそんな女やめといた方がいい」


 瑛太が言い切って、兄妹揃って彼を見た。


「彼氏がいるのにその相談を独り身の男にしようなんて、寂しくてどっかチヤホヤされたい女の思考だから、べつに一途でもなんでもない。乗り換え先を探してたのかも」


 う、うわあ……すごい女性不信思考……。


「でも大学のことはわからないけど、友達だと、機会があったら相談することもあるんじゃない?」


「恋愛経験豊富な優さんに相談するならまだしも……陽さんだろ……俺はなんか邪悪なものを感じる。だいたい相談してたからそうなったのに、余計なことすんなって怒るのもムカつく」


 優兄がそれを聞いておかしそうに笑った。


 陽兄はどこかぶすったれた顔で言う。


「俺は浮気野郎を一発殴れたから……もういいんだよ……」


 殴られ損でしかないのに。やっぱり、不器用で格好悪いけど、すごく格好良いと思う。


 瑛太がふっと気付いたように言う。


「……とりあえず、俺が浮気した時は兄貴だけじゃなくて、陽さんにも殴られるのは確実なわけだ……」


「殴るよ……。殴り返すのはよせよ……ていうか浮気なんてすんなよ」


 陽兄がジトっとした目で言う。


「俺尚に泣かれると駄目なんで……しないです」


「んんん? 藤倉、その言葉だと……既に一度泣き顔を見てるみてえだが? キサマ……」


 陽兄ちゃん、変なとこは鋭い。


「ん? あれ、そういえば……あ、ふたりそうなったの?」


 あれとかそればかりで要領を得ない優兄の質問に瑛太は深く頷いた。


「お互い“ニセ”がとれました」


「だろうと思ったよ……」


 陽兄はあまり驚いていなくて、優兄は少し驚いて、笑って喜んでくれた。


「尚、よかったね」


「うん……ありがとう」


 優兄が笑顔で付け加える。


「藤倉君、浮気したら俺も殴るけど」


「……やめてください」


「でも、藤倉君そろそろ身体が出来上がってきちゃったからなぁ……ウチの家系と比べると上背もあるし筋肉質だよね……。なんだっけ、尚、自分より強そうな相手には……武器」


「しませんから……やめて」


「藤倉君は、尚のどこが気に入ったの?」


 優兄が瑛太に向かって言うと彼は口元に手をやって少し考えた。


「んー、俺、前の状況にウンザリしてたのはあるんですけど……そもそも向こうからガツガツ来られるのが好きじゃないみたいで……」


「え、なにそれ?」


 なんか前ちょっと言ってたのとまた違うじゃないか。


「どっちかって言うと、こっちからガツガツ行きたいし、構い倒して困らせたいタイプみたいなんです。……まぁ、最近知ったんですけど」


「そ……そうなんだ」


 ふと見ると兄達が顔を見合わせている。


「な、なんすか」


「藤倉……それ尚を好きになる奴の典型的なタイプだぞ……さてはお前、尚が好きだろ!」


「だから好きって言ってるじゃないすか! ていうかなんすかそれ! 典型って!」


「尚を好きになるの、お前みたいな奴ばっかだから気を付けろよ」


「……嫌だなぁ……。心当たりがあるからなおさら嫌だ……」


 優兄が笑って言う。


「その人達は尚のちょっとそっけないとこがまたいいらしくて……それは尚の方に好意が無いからかと思ってたんだけど……尚、藤倉君にもそんなだったの?」


 瑛太がもの言いたげに目を細めてわたしを見る。

 元々感情が分かりづらく受け身で行動しないタイプではあるけれど、それには若干の事情があった。騙していて、隠す必要もあったからだ。


 陽兄がくくっと笑った。


「なんだかんだで尚の作戦勝ちなんだろ」


「作戦……勝ち……」


 おそるおそる瑛太を見ると、わたしを見て「そうだな」と言って笑った。




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