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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
24/32

24.冴木君と、時限爆弾



 その日まで、変化のきざしは感じられなかった。

 だからわたしは結局、色んなものをしまいこんで、目の前の一日をただ過ごしていた。


 お昼休み、わたしは珍しく、くうちゃん達とお弁当を食べながら話していた。お弁当の玉子焼きを口に運んで咀嚼しているとき、突然肩に何かが乗っかった。


「なーおちゃん」


 横目で見ると冴木君が肩に頭をのせていた。びくっとする。


「オレ聞いちゃった。本当のこと」


「え、ほんとうの……こと?」


「……場所移したい?」


 笑顔で聞かれて黙って頷いた。


「わーい、なおちゃんと、お昼だーい」


 浮かれた仕草でスキップする冴木君に連れられて、不本意ながら空き教室に移動した。冴木君は中に入ると扉を閉じる。


「本当のことってなに?」


「オレ調べたんだよねー。前、付き合いが嘘だって噂が流れてたのが怪しいと思ってその時の噂の出元……で、辿っていったらひとりの女子生徒に行き着いたの」


「え……」


「そ、ボウズの女子にきーた。生き生き答えてくれた」


「それ、嘘だから」


「え、」


「わたしがそういう風に見えにくいから言われてるだけ。野田さんも勘違いしてる」


「んー? まぁ、確かに色々話が大袈裟ではあったけど……でもなんかおかしいなー。じゃあさ、付き合うきっかけ教えてよ」


 冴木君、意外と食い下がる。


「瑛太が校舎裏で具合悪くしてるとこ助けて仲良くなった」


 事実。これは超事実だ。


「んー、なおちゃんガード固いな。でもついて来たってことは、なんかやましいことあるはずなんだよな」


 鋭い。ちょっとぎくりとして、なんとなく冴木君から距離を取ると扉が勢いよく開いた。


「さーえーきー。なにやってんだよ」


「瑛太」


「教室に行ったら尚を冴木が連れて行ったっていうから……探したじゃねえか。何やってんだよ。ヨリ戻したって言ったろ」


「それはきーたけど」


「尚も、こんな見るからにスケベそうな奴について行くなよ。危なすぎるだろ」


「ひっどいなぁ……。君たちについて調べてたの。そしたら面白い話たくさんあってさー。付き合いがお互いの利益の為だとか」


「全部嘘だよ」


「んー、でもさぁ、なんでこの間別れたの? そんで別れてる時も仲良く話してて、そっこーヨリ戻したの? 色々変だよ! オレにも教えてよー」


 冴木君はどうしても納得いかない様子でゴネる。

 ほとんどの人は期間が短かったので痴話喧嘩と思っているようだったけれど、冴木君には別れてる時にも普通に話しているところを見られているからだろう。


 瑛太はわたしの顔と、冴木君の顔を順番に見て嫌そうに溜息を吐いた。


「あー……もういいか……」


「えっ」


「そう。付き合ってんのは、フリ。お互い面倒を避けるため……誰にも言うなよ」


「瑛太、いいの?」


「こいつしつけーんだもん。言うまで探るよ」


 瑛太はそう言ってわたし達の関係の事情を冴木君にぺろりと話してしまった。わたしは、予想外のことに唖然としていた。


「でも、お前のような不純な男に尚はやらないからな! 」


「だからお父さんかよ……」


 わたしの心の声を冴木君が代弁した。


「ねぇ、でもさ、なんで他にも頼める子たくさんいるのに、なおちゃんなの?」


「尚が俺のこと好きじゃないからだよ。もう首突っ込むな」


「なに? どういう意味?」


 冴木君が納得出来ない怪訝な顔をしているので解説を入れる。


「フリするのに瑛太のこと好きな子だと駄目でしょ……」


「あー、へえぇ。なるほど」


 ふうん、と言いながら冴木君は首をひねった。


「ところで冴木……さっきクラスの女子が話してたんだけど、他クラスの女子がお前のこと気にしてるらしい」


「えっ! まじ? 誰誰! 可愛い?」


「B組の……どことは言わないがお前の好きそうなパーツを持っている子」


「誰?」


「尚のこと構わないなら教えるけど……」


「え〜。尚ちゃんて構いたくなる……無表情なほっぺツンツンしたくなる……」


「我慢しろ。嘘でも今は俺のだ」


「じゃあ外向けには藤倉の彼女で、俺とこっそり付き合うのは?」


 何故、瑛太に聞く。わたしの意思は無視か。


「駄目だって。真人間に生まれ変わって出直してこい」


「嘘のくせに……なんかずっりぃなぁ……。まぁ、分かったよ。なんにせよ先に藤倉のお気に入りってわけか……。で、誰? オレのこと好きでたまらない子誰?」


 そこまでは言ってなかった気がするんだけど……。瑛太が冴木君に耳打ちする。

 冴木君が「おっぱいじゃーん!」と叫んでテンションを上げた。俄然やる気が出てきた様子。ある意味分かりやすい人だ。


 なんとかこちらに興味をなくしそうだ。

 すっかり油断していたところ、彼の口から突然ぽろりと出た発言に凍りついた。


「でもさ、オレわかんねーのがさ、もうその先輩は卒業してるのに、なおちゃんの方には好きじゃない奴と付き合うフリして、なんの得があるの?」


 どきんと心臓が鳴った。


「え……」


 答えられなかった。嫌な汗がにじむ。


 どうしよう。どうしよう。


 何か言うべきだ。ここで黙っちゃ駄目だ。

 でも言葉が出てこない。

 冴木君の方も、瑛太の顔も見れなかった。


 最初の頃にした会話。瑛太が言った言葉。


『なんの見返りもなくそんなことやる奴はいない』


 その言葉が頭をよぎった。


「わたしは、その……」


「冴木、俺らの話だよ。余計な口出し過ぎ」


 瑛太が割り込んで、ほっと息を吐く。


「だってさぁー」


「尚は俺のこと好きじゃないのに、付き合ってくれてんだから……余計なこと言うなよ」


 わたし、そんないい人じゃない。





 それからしばらくして、冴木君が廊下で胸の大きい女の子とご機嫌な顔で話しているのが見えた。なんて分かりやすく浮かれているんだ。あ、さり気なくボディータッチしてる。女の子が満更でもないのでイケメンは得だ。


 眺めながら通り過ぎようとした時だった。


「あ、なおちゃん」


 呼び止められて立ち止まる。冴木君は一緒に居た女の子に断ってからわたしの目の前まで来た。


「あれから、いっこまだ気になることがあってさ」


「……気になること?」


「なおちゃんて、藤倉のこと好きだよね」


「……え」


「当たり? いや、なおちゃんに得がないのになんで? って聞いた時の反応見て、もしかしてと思ってさ……なんで告らないの?」


 黙っていたけれど、真顔で待たれて観念して答える。


「……そんなこと、言えないよ」


「なんで?」


「だって……瑛太はわたしが瑛太のことを好きじゃないと思ってるから、付き合っているフリをしてくれたから……瑛太そういうの嫌いだし」


 冴木君は少し考え込んでから理解して「そういうことかー」と頷いた。


 あまり知られたくなかったけど、とっさに隠しきれなかった。下唇を噛む。


「でもさ、辛くない?」


「……」


「まぁ、なおちゃんのことだから、オレがどうこう言うことでもないけど……ていうかさー、その」


 冴木君はそこからちょっとだけ言い淀んだ。けれど、じっと見ていると、結局そのまま言葉を吐いた。


「いつまでそんなことやってるの?」


「……え」


「先のこと考えてる? 藤倉もなおちゃんも、卒業までそのままでいるの? オレはもったいないと思うけど」


「もったいない?」


「恋愛なんてさ、駄目だったらすぐ次行って、それも終わったらまた次っていくもんだろ」


「それはどうだろ……」


「まぁ、これはオレの恋愛観だけど……」


「ぽいね……」


「藤倉になおちゃんのこと聞いたけどさ、あいつなおちゃんは自分に恋愛感情持ってないって思い込んでるよ」


「……知ってる」


「このままだとー、いつかなおちゃんの心変わりか、あるいは藤倉に好きな子が出来てバッドエンド……それまではひたすらこのまま、ってとこじゃない?」


 瑛太に好きな人が出来る。


 心臓がばくんと動いた。


 そんなことになったら、関わってしまっている分悲しみは深くなりそうだ。仲が良い分本物彼女の話を聞かされたりして、身動きがとれなくなって、もっと早く振られていればと思うかもしれない。想像しただけで恐怖だった。


「騙してた期間が長くなると余計に言い出せないんだろうけど……そろそろなんとかしたら? なんか好きになっちゃったみたい、って言えばいいだけじゃん?」


 わたしは地面を見ながらぼうっとその言葉を聞いた。その様子が落ち込んで感じられたのか冴木君が慌てて言う。


「ごめん、よけーなお世話だったよね」


「ううん」


 今まで誰もわたしに急かしたりはしなかったし、考えないようにしていたこと。だけど頭の端にはずっとあったこと。





 夕食の後、優兄ちゃんが扉をノックした。


「尚、うちの周りずっとウロウロしてる女の子がいるんだけど、知ってる?」


「女の子? 優兄の知り合いじゃないの?」


「俺も陽も知らないんだよ。見てみて」


 窓の外を見ると見覚えある子がぽつんと立っている。


「知ってる?」


「うん……あれは、瑛太の幼馴染の子だ……」


 優兄は「藤倉君の?」と言ってカーテンの隙間から一緒に外を覗き込む。


「見たところひとりだし……武器も隠し持って無さそうだし……行ってあげたら?」


「うーん……」


「もう遅いし、あの子も危ないと思うんだよね……」


 その通りだ。わたしは数秒ためらったけれど結局、まさか今更刺されたりはしないだろうと玄関を出た。


 所在無くウロウロしていた彼女は顔を上げてわたしの姿を見て動きを止めた。


「何してるの……」


 彼女は無言で睨みつけてくる。やはり、友好的な理由で訪ねたのではないらしい。


「有村さんに言いたいとこがあって来たの……」


「今日はひとりなんだね」


「前、文句があるならせめてひとりで行けばいいのに、陰湿なところが嫌いだって……瑛太に言われたから……」


「ひとりで来たからね」とわたしの目を見て確認するように言う。


「え、で、どうしたの」


「どうしたもなにも……ムカつき過ぎて来ちゃったのよ……」


「え……」


「あたし今日、有村さんが廊下で瑛太のクラスの男子と話しているの、聞いたの……」


 溜め息を吐いた。冴木君との会話が聞かれていたらしい。断片的ではあるけれど、考えたらわかる部分は充分あっただろう。


「付き合ってるのがフリだった……それはいい。……有村さん、本当は瑛太のこと好きなのに、隠して近付いたって言ってたよね」


「でも、それは……瑛太がほかに好きな子が出来たら別れるんだから……一緒じゃないかな」


 暗闇の中、彼女の小柄な影が数歩近付いて、その表情がはっきり見えた。その目は憎しみに染まっている。


「そういうこと言ってるんじゃない……」


「え……」


「自分だけ気持ち隠して繋がってようってのが卑怯だって言ってるの!」


「……」


「自分だけはちがうみたいな顔して! あんただって一緒だよ! だって好きって言ったら嫌がられるから、振られるから言わないんでしょう?」


 彼女はそこまで言って息を荒げて視線を逸らした。わたしに返せる言葉はなくて、少しの間沈黙が夕闇に溶ける。


「……瑛太に言った?」


 彼女は視線を逸らしたまま、ぶすったれた顔でどこか投げやりに言葉を吐く。


「まだ言ってないけど……いつ言おうかなあ」


 わたしがずっと瑛太のことを好きだったことを彼女は何故すぐに言わなかったのだろう。


「どうして来たの……」


 彼女は下を向いて唇を噛んだ。


「ムカついたから! あんたが振られる前に先に言ってやりたかったのよ!」


「ほんとムカつく……」と言い残して彼女は足早に消えた。


 呆然として家に戻る。

 優兄ちゃんはわたしが戻るとすぐに心配そうな顔で近寄って来た。


「良かった。ああは言ったけど、万が一逆恨みで何かされたらと思って心配で……窓の近くで見てた……」


「話の内容は聞こえた?」


「ところどころ。でもこの距離だからね」


「あの子に全部バレて……ふざけんなって」


「全部?」


「全部。わたしの気持ちも……瑛太を騙してたことも全部」


「……まぁ、頭には来るだろうね……」


 立場が逆だったら、頭に来るだろう。自分は真っ当に行って振られたのに、そんな方法で出し抜かれたら悔しいし、許しがたいと思う。


「あの子、なんですぐ瑛太にバラさなかったのかな……」


「うん。万が一それで上手く行ったら馬鹿みたいだからじゃないかな。きっとそれが怖いんだよ……」


「……あぁ」


「どっちにしろ……尚、時限爆弾抱えちゃったね」


 そうだ。まだ言ってはいなくても、いつ、彼女から本人に伝わるか分からない。






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