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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
20/32

20.春休み



 木漏れ日優しい春の朝。春休みに入って暖かな日が増えてきた。


 わたしは朝日の射し込む自宅のリビングで膝を抱えて静かに低く唸っていた。


「会いたい……」


 当たり前だけど、学校がないと瑛太に会えない。


「うう……会いたいよー……」


「うるせえぞ藤倉ゾンビ」


 近くで寝転がってテレビを観ていた陽兄がわたしの中毒に名称を与える。


「だってー……」


 優兄がシャワーから出て来てわたしゾンビをいちべつして言う。


「尚、受け身すぎるよね。たまには自分から誘ってみたら?」


「だってわたし偽彼女なのに……つまり彼女じゃないのに……休みの日に会いたいなんて言えないよ……」


「藤倉君気にしないと思うけど……」


「俺もそう思う。誘ったからって尚があいつを好きなんて疑いもしねえぞ」


 それもまた複雑……。でも、油断は出来ない。遠慮なくそんなことをしてたら顔に出なくても態度に出てしまうかもしれない。


 しかし、とりあえず一目会いたいのだ。顔が見たいのだ。声が聞きたいのだ。


 自分の部屋に戻ってスマホを手に取る。

 息を大きく吸って通話ボタンを押すと数コール目に繋がった。


「なに」


「瑛太、遊ぼう」


「うん。どこ行く」


 すごい簡単だった。

 こんなことならもっと早くやればよかった。


「えっとね……」


「新しく出来たビル、行ってみようぜ」


「それ、それ行こう」


 瑛太が言った新しいビルとは高校の最寄りの三つ隣の駅に最近出来たもので、中には衣料品のお店も、飲食店も、アミューズメントの複合施設もなんでも入ってるということで、以前建設中にちらりと話題に上がったことがあった。

 中毒患者のわたしとしては正直ショッピングモールだろうが両国国技館だろうがどこでも良かったので、にもなく頷いた。


「尚、ヒマだったんだろ。俺もだよ!」


「そう……そうなんだよ……」


 好きな人が馬鹿で良かった……。


「で、何時集合?」


「え、今日?」


「今日の話じゃなかったの?」


「えっと今日です」


 まさかの当日アポが成功した。およそゾンビらしくない機敏な動きで慌ただしくシャワーを浴びて服を着替え、家を出た。






 待ち合わせ場所に着くと瑛太が先に立っていて「おせえ」と一喝された。


「まだ時間じゃないけど」


「ひとりでいると、声かけてくるやつがいるんだよ……」


「それなら時間ぴったりにくればいいのに」


「俺は早く出過ぎたの!」


「そんなこと知らないよ」


 そのビルは結構大きかった。ふたり揃って入り口の近くで上を見上げる。出来立てビルの案内図を入り口で取って覗き込む。


「遊ぶところたくさんある。映画館も入ってるよ」


「今何やってんだろ。えっと……」


 瑛太がスマホを覗き込んでぽちぽち検索した。


「あ、俺これかこれ観たい。映画な」


 さっさと決めて歩き出す。わたしは今日の目的はもう達成しているので別に異存は無い。


「あ、今からだと時間もちょうどいい」


 浮かれ声で急ぎ足になった。慌てて追いかける。


 エレベーターの前で待っている人だかりが出来てたので、エスカレーターで行くことにした。映画館は8階。


 途中階で見えたお店の前のマネキンの服がものすごい好みで、思わずフラフラとそちらに踏み出す。


「尚、何やってんだよ。急がないと映画次の回になるよ」


「次の回でいい。あの服……ちょっとだけ見たい」


「えぇ、俺は女の服なんて見てもしょうがねえし……」


「ちょっと。ちょっとだから待ってて」


「それは別の日に見ればいいだろ」


「そんなに何度もこんなとこ来ないし……次来た時には売れてるかもしれないし……」


「やだよ。俺喉渇いたし、さっさと入って飲み物でも買いたい」


「じゃあ瑛太は別のとこでなんか飲んで待ってればいいよ。わたしあれ着てみたい」


「えー……俺待たされるの嫌い……」


「わがまま」


「どっちがだよ」


 お互い甘やかされて育った末っ子同士、どちらもなかなか譲らない。


「行くぞ」


 瑛太がわたしの腕を掴んでエスカレーターの方にぐいぐい引っ張る。


「やだ。わたしは行く。瑛太はそんなに待たされるのが嫌なら帰ればいい」


「馬鹿尚! じゃあ俺は帰るからな!」


「好きにすればいい」


「あのなぁ……っ、あ」


 瑛太がわたしの背後に目をやって何かに気付いたかのように突然動きを急に止める。

 それから急に「行こうぜ」と言ってわたしの行きたいお店の方向に歩き出した。


 急な変化を怪訝に思って周りを見渡すと少し離れたところに同じ歳頃の女の子が数人いて、話しながらこちらを見ていた。ひとりふたり見覚えがあるから、同じ学校の子達かもしれない。

 なるほど。喧嘩しているところを見られたくないわけだ。


 マネキンの前まで行って立ち止まる。


「どれ?」


「これ」


「いいじゃん。最高じゃん。尚に似合うよ」


「……帰らないの?」


「俺が可愛い彼女を置いて帰るわけないじゃん。好きなだけ選べよ」


 何か優兄ちゃん化している。


「うわぁ……気持ち悪いなぁ」


 素直な感想が小声でもれてしまう。彼は笑顔で顔を真横に近付けて来て低い声で「うるせえ」と吐く。そして一緒になって店に入って来た。


「どっかで待っててもいいんだけど……」


「ひとりでいて絡まれたら嫌だろ」


 そうだと思った。


 瑛太が店員さんにやたらと話しかけられているのを放って、わたしは試着をして、結局その服を買った。一目惚れする服なんてそんなに無いし、値段も手が届く。サイズも着用感も問題なかった。買わないはずがない。


「おまたせ」


 傍目にはそう変わらないかもしれないけれど、すっかりご機嫌になった。今日いい日だなぁ。


「ごめんね。映画行こう」


「満足したみたいだな」


「うん」


「じゃあ今日はもうあとは全部俺の言うこと聞けよ!」


 自分で服を買って満足して、何故瑛太の言うことを聞かねばならないのだろう……。

 思ったけど今のわたしは映画館より広い気持ちだったので素直に頷いておいた。


 映画館に入ってどれを観ようか大きな看板を眺める。もう当初の予定時間はズレたので瑛太はまた悩み出している。


「こっちとこっち、どっち観たい?」


「どっちでも……」


「せっかく聞いてんだから答えろよ」


「じゃあこっち……」


「分かった。じゃあこっち!」


 瑛太はわざとわたしが選んだのと反対の映画に決定した。そして、ものすごくしてやったりといった顔をしている。子供か。





「やっぱあっちにすれば良かったなー、映画」


「自業自得だよ」


「あーミスった。くそ……よく寝た……」


「わたしも……」


 映画館を出て、ふたりで欠伸をした。

 瑛太が意地悪で選んだ映画があまりに退屈で、ふたりで頭をくっつけて眠ってしまっていた。


 それからちょっとお店を見てまわって、建物の外に出た。

 瑛太がわたしの片手の紙袋に手を伸ばす。さっき買った服が入っているやつだ。


「尚、それかして」


「え、やだ。そんなに重くないし、忘れて持って帰られたら嫌だから」


「いいからかせ」


「ブン投げて捨てたり、意地悪しないでよ?」


「んなことしないって!」


 袋を渡すと瑛太が反対の手に持ち替えて、隣り合ったわたしの手を取って繋いだ。


 まださっきの子達が近くにいるかもしれないからだろうとは思ったけれど、急だったのと、ちょっと久しぶりでドキッとした。


「瑛太はさっきの子たち、知ってたの?」


「ひとり見覚えがあった。背の高い……髪の長い子、バレンタインの時に」


 ぼんやり思い出す。何人かいた中で一番目立っていた子だ。


「今でも……まだ全然そんな気にはならないの?」


 瑛太が恋愛なんてしたくないと言っていた、あれから結構経つ。


「別に……俺尚がいるし」


「え」


「尚と遊んでる方が楽しいし」


 喜んでいいのか迷う絶妙な気持ちになるコメントだ。その『尚』の部分て普通『男友達』とか『男』の字が入ったりするような部分じゃないの。『尚』って雄だったの? もしかしてわたしの知ってる『尚』とちがうやつなんだろうか。


「それに、さっきのみたいのは……単に好みじゃない」


 結構可愛かったけど……。


「瑛太は身近にすごい美人がいるから、基準高くなっちゃったのかな」


「え、誰? 尚?」


 ものすごく意地の悪い顔でムカつくことを。片想いの相手だけど、今だけ忘れて本気で引っぱたきたい。


「お兄さんの彼女の……恵麻さんのことだよ。なにその顔。馬鹿。阿呆。そんなこと言うわけないじゃん」


「あぁ……ないよ。人のもんは最初から対象外。好みでもない」


「瑛太って一体どんなタイプが好きなの?」


 あれが駄目ってもう異星人じゃなきゃ駄目じゃないの。わたしが男なら絶対好きになっているけど。振られて泣いてるけど。


 瑛太はちょっと前の空間をぼんやり見て考えたけど「好みのタイプは……わかんねえ」とこぼす。


 “好みじゃない”を乱発しといてわからないのかよ。雑な人だ。


「前、好きな人いたって言ってたじゃん」


「あー、先生? 柔らかそうなカーディガンの……胸のあたりが膨らんでいるのを見て……ドキドキしただけなんだよ……もう顔もうっすら思い出せねえ」


 他の人なら恋愛にカウントしていないレベルのそれかもしれない……。しかし言うということは、それしか無いんだろう。


「尚はどうなんだよ?」


「好きなひと? ふつうに……たまにいたよ」


「どんなタイプが多かった?」


「意外と……意外性が無いタイプが好きだよ」


「んだよそれ……わかりにくい」


「うん……」


「もっと具体的に言えよ……学校とかにいる? 」


「わたしの好きなタイプは……お尻が大きくて鼻の穴にいつもピーナッツ詰めてて、内股気味で歩く顎の割れた人」


「……山口のことか?」


「ほ、本当にいるの?! そんなひと」


「……いるわけねえだろ。そんな意外性の塊みたいな男……」


 じゃあ誰……山口君……。


「山口、ちょっと似てるけど……」


 大丈夫なの山口君……。


 そのままちょっと街をぷらぷら歩き回ったけれど、瑛太は話に夢中になって、手を繋いでいることを忘れてしまっていた。

 わたしは彼が忘れているのをいいことに黙っていたので、結局駅に入って瑛太がそのことに気付くまで、手はそのままだった。


 帰り道に桜が咲いていた。


 もうすぐ新学期が来て、二年生になる。


 三年生が卒業してから、しばらく経つけれど、まだどちらもその事には触れてない。




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