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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
17/32

17.求愛行動



「厄日だよ……」


 と言って瑛太がわたしの教室に入って来て前の席に座り、わたしの机に頭を埋める。


「厄日って? 朝からどしたの」


「朝から二人も告られた……最悪」


 陽兄ちゃんが聞いたら白目を向いて絶叫しそうな贅沢な厄災だ。でも本人は一度嫌なものと思い込んでしまったせいなのか、ウンザリしている。


「尚が悪いんだよ……」


「はいはい。で、相手は誰?」


「三年の女子と……電車で同じ車両に乗り合わせることの多い……らしい他校の女子……尚が悪い……」


「だからなんでわたしのせいなんだよ……」


 二人目に関してはさすがに方向もちがうし、そこまで面倒見きれない。わたしは悪くない。


「学校着いてからも二年の女子に捕まって長々と名乗り口上を述べられた……。知らねーよ……こう見えて花道やってるんですとか……お菓子作るのが好きとか……この間失敗して家のキッチンが汚れちゃったとか……しらねーよ……」


「あぁ……」


 基本的に女に限らず興味の無い話に付き合わされるのが苦手なタイプなんだろう。わたしも一時期帰りの時間に近所のおばさんと鉢合わせてしまって毎日長話をされて辟易していたことがあるので気持ちは分かる。果たして一緒にしていいのかは疑問だけれど。


「学校のに関しては尚が俺のこと好きじゃなさそうだから……俺ばっかり好きで、そのうち別れるんだろうって思われてんだよ……つまり尚が悪い」


「そ、そうかなぁ……」


 尚が悪いって言いたいだけじゃないのかなあ。


「結構頑張って色々やったりしてるじゃないの……」


「尚にはなんかこう……押しの強さが足んねえんだよ」


「押し付けがましいの嫌うくせに……」


「それは本当の俺……外向けにはもっと相互の愛が必要なんだよ……あー尚が悪い」


 なんとか人のせいにしたいだけなんだろう。


「俺が前制服のブレザー盗まれたのも、俺の携帯番号がどこかから漏れて知らない奴からかかってきたり、非通知で無言電話かけられたりしまくって、結局買い換える羽目になったのも尚が悪い……」


 何か余計なことまで思い出して落ち込み出した。その時はわたしはまだ面識がなかった。そんなものまでわたしのせいにされてはたまらない。


 でも、割と気の毒だし、そこまで言われては黙ってられない。


「じゃあわたし、やるよ……」


「お、なんだ。やんのか」


「わたしの本気を見せてあげるよ……」


「……」


「どうしたの」


「そんな無表情で覇気無い発音で言われても……あー尚が悪い……」


 絶望的な表情をして瑛太はまた机に顔を伏せた。


「おい、藤倉。彼女大好きなのは分かったから、早く自分の教室帰れ。そこは俺の席だ」


「あ、加藤君。ごめん」


 どこかに行ってた前の席の加藤君が帰って来たので謝って瑛太を追い出した。瑛太が出て行ってわたしは後ろの席のくうちゃんの方に向き直る。


「ね、くうちゃん。彼氏大好きっぽい行動教えて」


「えー、わかんないなぁ」


「わかんないって、くうちゃんすっごい彼氏好きそうだからさ。なんかあると思うんだ」


「それは側から見てるなおちゃんの方が分かるんじゃないかなぁ。自分だとちょっと……」


「そうかぁ……」


「とりあえず、たまにはなおちゃんの方から会いに行ったら?」


「……隣のクラスは女子の目が怖いんだよ……」


 うちのクラスはなんだかんだ、全体の雰囲気がほのぼのしているし、隣に比べて瑛太に好意を寄せる子は少ない。主にうちのクラスでベッタリしているのもある。すっかり慣れたもので、呆れた感じに見られていることが多い。


 隣は瑛太と同じクラスだけあって、特別意識も強いんだろう。まだやっぱり熱烈なのが多いのだ。


 でも、そんなことは言ってられない。


 チャイムが鳴ってわたしは重い腰を上げた。


 瑛太は二回に一回くらい、休み時間に会いに来る。それ以外は自分のクラスで数少ない友達としゃべっていたりするようだ。


 隣の教室の扉の前に行くと、近くで髪の毛を触っていた女子がわたしを見てあからさまに顔をひきつらせた。ほら、嫌われてる。


 それでも女子生徒はフンと鼻息を吐いて「ぇいたぁー」とやたらと甘い声で呼び出してくれた。なにか邪悪な念を感じる声だった。


「なに……あ、尚! どしたの」


「会いにきた……」


「なんてつまらなそうな顔で会いにくるんだ……」


 女子生徒のマシュマロより甘い「ぇいたぁー」の声で既に精神力をガリガリに削られて、早速自分の教室に帰りたくなってしまった。


「瑛太……廊下……出よう」


 小声で言うけど聞こえなかったみたいで怪訝な顔を近づけられる。周りの女子生徒達の目が痛い。このクラス嫌だ。


「ろうか……」


「なに? 聞こえない」


 人間ピンチになると思わぬ言動に走るものだ。色々な想いがやけくそになって、わたしは思わずそのまま目の前にある彼の頬に唇をつけようとした。


 が、外して顎の当たりに頭突きした。


「べごッ」


 苦悶の声をあげて瑛太が飛びのき、顎を押さえて一体なんだとわたしの顔を見た。


「ごめん……」


 教室が少しだけ静まり返り、注目を浴びていた。女子の一部がものすごい目をしている。注目を浴びる為にやったのに、ぶっ倒れそう。


「頑張ってみようと思った……んだけど」


「……一体どの動物の求愛行動にこんなのがあるんだよ……」


「……っ」


「な、尚……? 大丈夫? 息荒いよ……」


「瑛太、外に出よう」


「え、なに」


 瑛太の腕に腕を絡めて強引に扉の外に連れ出した。毒ガスに満ちたこの空間を一刻も早く脱出したかった。

 廊下の端の端まで行って座り込むと彼も隣に座った。


「瑛太のクラス……やだ。かんじ悪い」


「……俺だってやだよ」


「……なにか、発情期の雌ゴリラの檻に閉じ込められたみたいな気持ちになった」


「清々しいほど失礼だな……さっきの何?」


「押しの強い愛の予定だったんだけど……外した」


「俺もっと痛くない愛がいい……」


「もう何も考えつかない」


「そんなんで本当に彼氏出来た時どうすんの……全然伝わんなくて振られるぞ」


「瑛太先生、アイデア……」


「尚にはどーせ無理だし……」


 呆れた調子で言われてムッとする。

 むしろ女なんてとか言いながらさらりと演技しまくれるお前は一体なんなのだ。


「なんか出してよ。やってみせるから」


「じゃあ、あれやってみよう。“かずくんだーいすき”……尚にはハードル高すぎるかな?」


「わかった……やる。立って」


 廊下の端から、普通に人通りのある少し開けた場所まで移動した。


「この辺でいいかな。止まって」


 瑛太の背中側に回って構える。


 気配が気になったのか、瑛太が振り返って吹き出した。


「ねえ、その怒ったアメリカザリガニみたいな構えは……」


「いいから前向いてて……」


「……な、なにその気迫……」


「うーん……助走が必要かな」


 ぼそりと言うと瑛太が慌てた様子で振り返る。


「正面からにしようぜ。俺なんかこわい」


「正面……」


 正直顔が見えると緊張する。


「はい、おいで」と言って瑛太が両手を軽く広げる。


 でも、そんな簡単に出来るものじゃない。

 公衆の面前でこんなことを出来るほど厚顔無恥じゃない。間があると余計に恥ずかしくなって、どんどん出来なくなっていく。


 そのまま固まっていると、瑛太が広げていた手を下ろした。


「ま、どーせ、尚には無理だと思ってたよ……」


 はん、と笑いながら侮るように言われて反論しようとした時、後ろから来た人がわたしの肩に勢いよくどんとぶつかった。急いでいるみたいで「悪りぃ」と小さく聞こえたけれど、衝撃で軽くよろける。そのまま小さく呻いて瑛太の胸にびたんと抱きついた。


 瑛太はそのまま抱きとめてぎゅうっと抱きしめた。小声で言う。


「尚、今だ。あれ、言って」


「え、あ、あれ? 言うの?」


「なるべく大きな声で」


「わかった」


 そしてわたしは大きな声で言った。


「かっ、かずくん……! だーいすき!!」


「誰だよ! 台無しだよ!」



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