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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
16/32

16.兄との関係



 休み時間。いつもなら堂々とわたしの教室に入って来る瑛太が扉の前で手招きしている。


「どしたの」


 入り口まで行くと背中を押されて廊下の端に移動させられる。


「尚に頼みがあるんだけど」


「なに?」


「週末うち来ない?」


「……瑛太の家?」


「……他にどこがあんだよ」


 びっくりしてリピートしただけで、べつに他があるとは思ってないんだけど。


「なんで?」


「親はちょうど出かけていないんだけど……うちの兄貴に会って欲しいんだよ」


「話してるの? その……」


「偽だってこと? ……言ってねえ」


「なんで、また……」


 身内にまで嘘つくことないのに。


「うちは尚んちとはちがうんだよ……」


「なんで」


「なんででも」


「え、で、なんで会うのわたし……」


「それは……後で来た時話すから……ここじゃちょっと」


 周りをきょろきょろと見回しながら言う。

 校内では話せない理由……。

 なんだなんだ。一体なんなのだ。

 わたしとしては勿論好きな人の家に行けるのは嬉しいけれど、理由が謎すぎる。





 約束の日曜日。瑛太の最寄り駅に出ると迎えに来てくれた。


「一緒に昼飯だけ食ったら部屋行くから、そこまでよろしく。彼女」


 そう言ってぽんと肩を叩く。なんだろう、そんな態度とられるとすごいお仕事みたいな。なんの使命なのかいまいち分からないのに、謎の緊張感だけは伝わってくる。


 なんでいつもより無口なの。

 一体なにが起こるの。思いつつも黙って後ろをついて行くと駅から少し行ったところで瑛太が立ち止まる。


「そこ」と言われて見ると『藤倉』の表札が出ていた。


「綺麗な家だね」


「狭いけどな」


 言うほど狭くないと思った。

 瑛太に続いて玄関に入ると奥から「こんにちは」と言って物凄い美人が出て来た。むちゃくちゃ可愛かった。


「…………ほぇっ」


「何妙な音声出してんだよ。兄貴の彼女」


 思わず見入ってしまっていた。

 美人の後ろから身体の大きな男性が出て来た。こちらはもう紹介がなくても分かる。瑛太のお兄さんだ。マッチョイケメンだからタイプはちがうけれど、全体の顔の作りはよく似ている。この人も在学中相当モテたようだと聞いている。


 四方八方美男美女に囲まれて動作停止していたけれど、思い出してぺこりと頭を下げる。


「有村尚です」


「……俺の彼女」


 ふたりともニコニコ笑って迎えてくれた。

 わたしみたいな無愛想な顔の人間にもすごく感じが良い。


「パエリア作ったから、みんなで食べようと思って」


 それで行きがけに魚介類が大丈夫か聞かれたのか。見るとテーブルの上に綺麗に料理が並んでいた。すごい。何かお店みたいだった。


「綺麗……」


「ほんと? 頑張ったの。ありがとう」


 ものすごく可愛い笑みを向けられて、照れた。もちろん顔には出ていないと思うけれど、女の人に笑いかけられて頬が熱くなったのなんて初めてだ。


「じゃあ、食べよう。有村さんも座って」


 お兄さんに何やら良い声で言われて、萎縮いしゅくしつつも瑛太の隣に座った。


「……すごく美味しいです」


 素直に感想を言うとお兄さんの彼女がふんわり笑って言う。


「嬉しい! たくさん食べてね」


 やばい。何この人。可愛い。表情も声も仕草も何もかもが超絶可愛い。


 瑛太のお兄さんの彼女の恵麻えまさんは控えめにいっても、むちゃくちゃ素敵だった。

 美人だけど可愛い。雰囲気は柔らか。それでいてしっかりしていて、完璧かと思いきやちょっと抜けた部分まであるのがまた完璧。脚が長くて、おっぱいは大き過ぎるわけではないけど、ものすごく柔らかそう。本当に完璧な理想彼女。

 前、陽兄が言ってた、『何人もの彼女より、たったひとりの可愛い彼女』の標本みたいな人だった。


 瑛太の様子から、何か特別な話でもあるのかと思いきや、なごやかな感じに食事は進んだ。


 恵麻さんが明るく場を盛り上げて、それを彼氏であるお兄さんが優しく笑って頷く。なんという安定感のあるカップルなんだ。わたしなんて偽りの彼女な上に、隣にいる彼氏は何故かずっとぶすったれてるのに……。色々意味がわからないのに……。





「あー、疲れた」


 瑛太がこぼしてベッドに背中からぼすんと沈む。

 なんとなく部屋を見回していたけれど、ふと気付く。


「なんで瑛太が疲れてんの」


 わたしも壁を背にして床にぺたんと座り込んだ。


「どうだった?」


「え、すっごい可愛いし、綺麗だし、ほわほわしてて、守りたくなるのに抱きしめてもらいたくなるような……素晴らしい人だと思うよ」


「ガチガチでいかつくてぶん投げそうなカラダしてると思うけど……」


「今の感想聞いてなんでお兄さんの方だと思えるの……恵麻さんの感想だよ……」


「あぁ、あの人ね……」


「瑛太はあの人、好きにならなかったの?」


「たぶん姉になるんだろうし……普通に好きだよ」


「そうじゃなくてさ、学校にいる子たちとは何かもう世界がちがうじゃない……あんな人近くにいて好きにならなかったの?」


「……なんねえよ」


 ちょっと気になっていたことを聞く。


「瑛太、ずっとツンツンしてたけど、もしかしてお兄さんと関係微妙なの?」


「……」


 瑛太は天井を見たまま黙りこくった。


「そういえば……わたし、なんで今日来たの」


 まさか、美男美女を前に美味しいご飯を食べる為だけに来たとも思えないんだけど……でも、どうやらもう用事はすんでるみたいだし、どういうことなんだろう。


「瑛太、あとで話すって言ってたよね」


「……」


「話したくないなら……いいけど……」


「兄貴と俺はね……」


 瑛太が天井を見たまま唐突に話し始める。


「昔は仲良かったんだけど……あることがきっかけで、気まずくなって……でも向こうはことあるごとに世話やいて話しかけてくる」


「あること?」


「……兄貴が中学に入って、彼女が出来て……まぁ、さっきの人なんだけど……俺が不貞腐れて兄貴と口きかなくなって……無視するようになって……」


「ええ……」


 なんでそんなことで。そう思ったけれど、あの人が中学に入ってすぐと言うことは瑛太は小学校三年かそこら。いつも遊んでくれていたお兄さんに彼女が出来て、あまり構ってくれなくなったのが寂しかったのかもしれない。全くませてない彼からしたら“彼女なんかつくりやがって”だろう。


「しまいには家出して大騒ぎに……」


「う、わあ」


 すごい。すごい甘ったれと我が儘のミックスクソガキ。その頃から自分勝手でいじけ屋だったのか。いや、今でも充分子どもっぽいのに、さらに幼かったのだからさもありなんだ。


「で、結局兄貴に発見されて……大暴れしながら帰った」


「それは……恥ずかしいね」


「だろ……。で、それからもずっと普通に戻すきっかけもなくツンツンしてたんだよ……そんなの疲れるだろ」


 全部お前が悪いんじゃないか……。

 普通に謝ればいいのに。兄相手にとんだ反抗期だ。


「だからさ、俺も彼女出来たって言ってその……」


「あぁ……」


 発端となった“彼女”が自分にも出来ましたということで、一方的にツンツンしていたのを解消して、なんとか元に戻りたかったわけだ。

 ていうか、人のことブラコン扱いしてたけど、自分の方がよっぽどブラコンじゃないか。さっきも真っ先に兄の感想聞きたがってたし。


 そりゃ、恵麻さんが幾ら素敵でも好きになるはずはない。この様子だと最初は自分から兄を奪った彼女のことを嫌っていたくらいだろう。心が狭い。

 学校で多くの女子に憧れられ、どんな人かしらと気にされている人間の正体はコレですよ。拡声器で言いまわりたい。


「兄貴……俺酷い態度いっぱいとったのに……まるで怒らねえんだよ」


「すごくできた人で、瑛太と似てないんだね」


「どういう意味だよ」


 そのままの意味だけど。


「でもなんか、瑛太まだ無口だったけど……」


「……あぁ。なんか、前どうしてたのか上手く思い出せなくて」


 長年馬鹿な理由でツンツンしていたので、急に戻せなかったのか。この人馬鹿じゃなかろうか。


「尚、いま俺のこと馬鹿じゃねえかって思ったろ」


「え、なんでわかったの」


「付き合いも長くなると、多少はわかるようになるんだよ」


 瑛太が精一杯睨みつけてくる。しかし、さっきの話の後では何やら迫力が無い。


「……く、ふッ」


 瑛太の馬鹿さに思わず吹き出しそうになったので咳をしてごまかす。


「笑うな!」


「ご、ごめ……だっ……くっ、」


 なんとか堪えようとしたけれど耐えられなくて結局そこからは声に出して笑った。だってあんな深刻な顔で頼みがあるとか言って、おまけに学校では言えないとか言って……。


 なんだか脱力してしまって笑い続ける。

 瑛太は「笑うなよ」とか「笑うな」と何回か言ってたけれど、結局途中からつられて一緒に笑っていた。


 扉の外まで聞こえる笑い声が気になったのか、瑛太のお兄さんが半開きの扉から覗き込む。


「どうかしたのか? 大笑いして」


 途端瑛太の表情がちょっとだけ緊張する。

 それがまた可笑しくてわたしは新しい笑いを誘発させられてしまう。俯いてごふっと吹き出した。


「尚! この野郎! 馬鹿!」


 瑛太が小学生みたいな悪態をついてクッションを投げつけてくるのでそれをキャッチして頭を埋めた。ツボに入ってしまって苦しい。もう瑛太の顔を見るだけで笑ってしまいそうだ。


 お兄さんの背後から恵麻さんも覗き込んで、二人で不思議そうに顔を見合わせる。恵麻さんが「楽しそうだね」と笑って扉から離れた。


「ご……ごめんね……」


 いまだおさまりきらない笑いをこらえながら言うと瑛太はふっと息を吐いた。


「まぁ、いいよ。尚に笑い飛ばされて、楽になった……」


「うん」


「あー……俺まで笑い過ぎでほっぺが痛い。なんも可笑しくねえのに……」


「わたし……ちょっと腹筋痛い」


 笑いがおさまるとなんでそんなに可笑しかったか思い出せない。


 帰り際、駅まで瑛太が送ってくれると言うので玄関で靴を履いているとお兄さんが見送りに出て来てくれた。今日のお礼を言って「帰ります」と挨拶をする。


 お兄さんがわたしと瑛太を見て柔らかなトーンで言う。


「有村さん、いい彼女だな」


 瑛太はようやく表情を和らげて「……だろ」と言って笑って、お兄さんもそれに笑い返した。




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