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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
14/32

14.顔が気になる



 冬休みは短い。気付けばもう始業式だった。


 体育館で集まって並んでいると、少し後ろの方から男子生徒の話す声が聞こえる。


「藤倉の、どれ?」


「ほら、あれ」


「おだんごの?」


「その後ろ」


「ああ、わかった」


 そんなやりとりが聞こえる。わたしの前にはおだんごの子がいた。藤倉のって言ってたし、わたしのことだろうか。


 なんとなく振り向いて見るとその話をしていた男子達と目が合ってしまった。こっちを見ていたんだからそうなるだろう。


 そのまま見ているわけにもいかず、ぱっと顔を前に戻す。


「今の」


「そういう系か」


 そういう系。


 わたしの頭にどでかいハテナマークが浮かんだ。


「可愛いじゃん」でも「あんなブスが?」でもない、どうとでも受け取れる謎の感想にムズムズする。というか、この距離だと会話が聞こえる。それをまず、わきまえてもっとヒソヒソして欲しい。





 帰宅するとリビングで、優兄がこたつに入っていた。


「今日桑野と会ったよ」


「あ、先輩元気だった? わたしも校内で一度だけ会ったんだよ」


「うん、尚のこと聞かれた」


「え、なにを?」


「何ってんじゃないけどさ。あいつ昔から尚のことお気に入りでさ、来るたびに尚ちゃんは? って聞かれたし、そうでなくても話聞きたがるんだよ」


「そうだったんだ」


 本人も似たようなことは言っていた。表情が薄いから面白いとかなんとか。


「本人が隠してないようだったから解禁するけど、桑野は本当は、尚ともっと仲良くなりたかったんだと……藤倉が出て来ちゃったから……残念がってた」


「残念なの?」


「尚は表情薄いけど不思議な可愛さがあるから……昔から一部にはモテるんだよ」


「一部に……」


 余計な枕詞を付けないで欲しかった。それはマニアック、ということだろうか。

 確かに瑛太みたいに大勢じゃないけれど、好きと言ってくれる人は昔からたまにいた。


「うん、なんか、大人しいから目立つタイプでもないけど、雰囲気でちょっかいかけたくなる人間がいるみたいね」


「尚は顔も可愛いぞ」


 帰宅した陽兄が話の流れも知らず割り込んで来た。


「俺だって尚は可愛いと思ってるよ! ……ただ、派手さはないから印象は薄いかなって」


「そこがいいとこじゃねえか」


「だから、俺だって思ってるよ! ……雰囲気込みで、ハマる人は多いって」


 優兄が陽兄に張り合って褒めてくる。

 割と大絶賛だが忘れちゃいけない。このふたりは身内、しかも軽い兄馬鹿を患った身内だ。あまり信用してはいけない。


 わたしは今日始業式で言われた「そういう系か」を思い出して急激に気になって来た。


 お母さんが入って来て「なんの話?」とニコニコ聞いてくる。


「お母さん、わたしの顔、どんな感じ? どういう系?」


「可愛い! すごく可愛い系!」


 駄目だ。この人たちは客観性を欠いている。

 これじゃ本当のところが分からない。

 しかし、友達に聞いても正直に答えてくれるはずもない。わたしがもし、くうちゃんに同じことを聞かれても「可愛いよ」としか答えようがない。


 歳頃の女子高生としては本当のところというか、客観的評価が知りたい。


 人は顔じゃない。そんなの分かっている。

 でも、そんなこと言ったって周りの評価の一部に見た目が入るのは確かで動かせない事実だ。その中で生きて行かなくちゃいけない。


 思春期で女子ならなおさら、自分の見てくれを気にしないでいるなんて難しい。


 なんだか急に心配になって来た。

 自室に戻って鏡をじっと見ても、鼻の形がおかしいかも、とか、今まで気にならなかったことが気になってくる。わからない。


 わたしから見たら可愛い子が自信なさげにしているのを見たことがある。わたしから見て面白い顔の子が「あたし顔には自信あるから」って言ってるのを見た。鏡と身内は本当に当てにならない。


 そういえばこの間女子の会話で「吉田って結構イケメンじゃね」の声に「は? ありえないでしょ」と返されてるのを見た。確かに吉田君はちょっと特徴的だけれど、好きな人は好きな顔な気がする。このように、往々にして好みがあるから単純に判断出来ないところもある。


 自分の顔がそこまで好みが分かれるものなのかどうか、そこも気になる。見る人が見れば可愛い。でも、別の人から見たらブス。そうなるともう本人にはよく分からないんじゃないだろうか。そういう顔だと理解するまでに時間がかかりそうだし、ややこしい。


 いや、時代や国で美醜の感覚はちがうのだから、現代日本において好みの差があれど一部の特殊な人にでも魅力的に映ったならば、それはもう思う人数が少ないだけで美形と言ってもいいのかもしれない。


 でもそんなこと言ったら誰でも美形だし、一般的な、という意味の美形が存在するのだから、やっぱりそれはちがう気もする。


 もっと言うと顔だけじゃなく体型も見た目に含まれる。男でも筋肉系とガリガリ系ではかなり個人によってイケメンがわかれるし、女の子だと顔がいまいちでも胸が大きければモテたりする。顔にあってればぽっちゃりは肉感的、高身長はカッコいいモデル系、低身長は可愛い系とか、そんな体型込みのトータルの出来上がりで美醜値は変わる。顔なんてメイクが上達すればスタイルの方が重要になってくるかも……。


 いや、そういうことじゃない。思考が逸れた。顔のこと考えてたのに。やたらと屁理屈を捏ねるのはわたしの悪い癖だ。


 もう一度鏡に戻ってくる。考えた分だけ余計に分からなくなった。見れば見るほど顔面ゲシュタルト崩壊。文字でもないのにパーツとパーツが個々で独立して見えて完成した顔がどんなものか分からなくなってしまった。悩みすぎて吐きそうだ。


 わたしのことを好きではなく、気を使わずに率直にものを言いそうな人間に聞いてみたい。


 ……ひとり、心当たりがあった。


 スマホを手に取って電話をかける。数コールで繋がった。


「瑛太、ちょっといい?」


「なに?」


「家でわたしの顔面について話してたんだけど……その、ブスとか、可愛いとか……正直にどう思う?」


 瑛太がぐっと言葉に詰まった。


「俺は……可愛いと思うけど…………もしかして誰かになんか言われたりした?」


 あ、そう来たか。

 多分彼は彼周りの女の子にわたしが「ブス」と言って傷付けられたと思ったようだ。かなり心配そうに気を使った優しい声だった。


「いや、瑛太絡みで意地悪されたとかじゃなくて、単に客観的意見を誰かに聞いてみたくて」


「は?」


「興味本位だから、率直に答えて」


「……なんだよ! 心配したじゃねえか! そんなの知るか! 自分で考えろ! バカブス!」


 ぶつりと通話が切れる。


 短い会話の中で可愛いとブスが両方入っていた。どちらが本音とも取れないし、どちらも話の流れで考えずに言ってるようにしか思えない。


 小学生男子に聞いても無駄だった……。





 一晩中脳内で屁理屈を捏ねてしまった。

 わたしはベッドに入った後も結局悩み続け、また思考が脱線して、起き上がって各国の美醜の基準についてネットで調べてしまい、寝不足だった。おまけにそれだけ悩んでも答えは出なかった。


 お昼休み中庭の芝生で瑛太とご飯を食べている時も朦朧もうろうとしていて眠かった。


「尚、なんだよその顔は」


「眠い……」


「大好きな彼氏と飯食ってんだからもっと楽しそうにしろって。それでなくても表情薄いんだから」


「そんな四六時中浮かれ回ってるカップルいないって」


「そうじゃなくて……」


「ん?」


「今朝、女に告られたんだよ……。ちゃんと仲良くしないと」


「あぁ……ちょっと悩み事あってそれどころじゃない」


「なに」


「顔のこと」


「顔がどうとかこうとか! 女みたいなこと言うなよ!」


「女とか男とか関係ないのに、自分が悩んだことないからって……バカガキ」


「なんだよその態度!」


 言いあっていると喧嘩か喧嘩か、と周りが注目しだす。


「あぁ、もう。喧嘩もおちおち出来ねえのかよ! 尚、ちょっとそこに寝ろ」


 芝生を指さされて素直にぱたんと倒れた。

 気温は低いけれど、日差しが暖かだった。横になりたい。


 瑛太が隣に寝転んだ。


「頭上げろ」


「んん?」


 頭を軽くあげると腕を割り込ませてくる。これは、俗に言う、腕枕だ。立派な腕枕。


「これで落ち着いて喧嘩できるな」


「……」


 こんな体勢で落ち着いて喧嘩してる人がいたら見てみたい。


「わたし……なんかドキドキする」


「は?」


 睡眠不足だからだろうか。それにしても眠い。瑛太のバカの喧嘩には付き合ってられない。わたしは引きずりこまれるような眠りに落ちて、昼休みの残りの時間を惰眠を貪って過ごした。


 夢うつつに女の子の声が聞こえる。


「……くらくーん……れい……鳴ったよー」


 瑛太の声がしてそれに答える。


「まだ寝てるから」


 さわさわと樹の葉が揺れる音がする。


 ゆっくりと目を開けると騒がしかった中庭は静かになっていた。


「うう、ん」


 目の前にある布に顔をぐりぐりしてぱっと身体を起こす。瑛太が目の前にいて、今が昼だったことを思い出した。あれ、ということは、わたしが今思い切り顔をぐりぐりしたのは瑛太のシャツか。


「あれ、授業は?」


「とっくに始まってるよ」


「……なんで起こしてくれなかったの」


「何度も起こしたでしょ……起きなかったのよ……って、なんだよ! 俺はお前のかーちゃんか!」


 そう言えば寝てる時何度か肩を揺すられた気がする。あれは瑛太が起こそうとしていたのか。


「先に戻ればよかったのに……」


「こんなところで眠りこけてる奴置いて戻れるかよ。なんか寝相悪くてすぐ脚丸めるから、周りからスカートの中見えそうになるし!」


「ふん。誰も見ないよ」


「お前寝起き最悪だな!」


 わたしは寝不足も手伝ってむしゃくしゃしていた。


「もとはと言えば瑛太が悪いのに……藤倉の彼女だからって見られて……そっち系かって……そっちってどっちだよ!」


「は? そんなん言わないでわかるわけないじゃないかよ。だいたいそれ、俺悪くなくない?」


「ねえ、そっち系ってどっち」


「そっちは、そっちだろ。それ以上でもそれ以下でもない。だいたいそんな気にするようなことじゃねえだろ」


「……気になるよ!」


「知らねえよ!」


「顔で悩んだことのない人間はこれだから嫌だ」


「尚、俺のことガキだガキだって言うけど……自分も大概だからな」


 わたし達はその日若干険悪だった。

 にも関わらず、中庭で授業をサボってエロいことをしていたというとんでもない噂が広がり、対世間的な絆はより深まったのであった。



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