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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
13/32

13.年末年始



 年末、リビングには兄妹が揃ってテレビの前でコタツを囲み、お蕎麦を食べていた。両親は明日早起きして初日の出を見に行くとかで、さっさと寝てしまっている。


 わたしは瑛太の話をして、兄達相手にだらだらと最近あった出来事や現状をしゃべっていた。


「聞いてると、彼女ができてもすごいモテっぷりなんだね藤倉君」


「だいぶ落ち着いてきたと思うけど……」


 優兄がお蕎麦のツユを飲んでしみじみ言う。


「藤倉君は尚のこと好きにならない限り人並みの幸せはないね」


「んなわけねえだろ」


 蜜柑を剥きながら陽兄が突っ込む。


「人並みのが無いだけ。このままだと一年後には変わってる」


「……そうなの?」


「この間のカラオケの話あったじゃない? あんなのも、一年後なら目の前で友達の女連れてその場を抜けるようになるよ」


「ひええ。そんな人いるの?」


「色々麻痺すると、そうなる奴はいる」


「瑛太はそんな風にならないと思うよ。あの時も女嫌いになりそうだったし」


「……性欲が高まると男は変わるからね。一回吹っ切れちゃえばもうあとは雪崩式」


 こわい……。


「まぁ、尚は前から好きだったなんて口が裂けても言えないんだし、頑張って好きにさせて、向こうから告白させるしかないよ」


 そうだった。騙してたことがバレたら人間不信。これだけ信頼されていると好きになりましたというのも言いにくい。


 優兄は話しながら立ち上がってコートを着た。


「じゃあ俺彼女と初詣行くから」


「あ、行ってらっしゃい」


 優兄が出て行ったあとに陽兄とふたりで残された。テレビでは恒例の歌番組がやっている。


「……陽兄は彼女は?」


「聞かなくても分かること聞くのよせよ!」


「ごめん……」


 陽兄が溜息をついて蜜柑の皮をつかみ、見事なストロークでゴミ箱に投げ入れた。

 ぼさっと音がして思わずそちらを確認する。ちゃんと入っている。無駄な特技。


「よし、俺らも初詣……行くか」


「えっ、やったあ」


「寒いし車だな」


 兄達は大学生だけどお父さんのお古の車をもらって共有で使っている。今日は優兄は徒歩で出て行ったので車は残っているはずだ。


 自宅の駐車場には親の車しか停めるスペースは無い。一緒に家を出て近所の駐車場まで歩く。年末年始らしい、静かだけれど家の中には人の気配があるような独特な空気が流れている。


「優は冷めてるっていうか……あいつはモテる分悲観的なんだよ」


「モテるのに悲観的なの?」


「女性経験が多いと、男女間の嫌な部分もたくさん見聞きしてるだろうからな」


「あぁ」


「ちなみに俺は経験がほぼ無い分夢見がちだ」


 何か堂々と情けないことを言ってるけど……。


 助手席に乗り込んだ時ポケットの携帯が震えた。見ると瑛太からだった。


 通話ボタンを押して耳に当てると開口一番「ひま」と聞こえてくる。


「尚、何してんの」


「わたしは今からお兄ちゃんと初詣行くよ」


「いいなー……」


「一緒に行く?」


「いいの?」


「陽兄、瑛太も行っていい?」


「かまわねえぞ。そしたら拾ってくから、場所教えろ」


 車を近くに停めて待っていると瑛太が出て来た。陽兄も降りて、瑛太と挨拶をする。


「こんばんは」


「俺は、尚の兄の陽」


 瑛太はわたしの方を見て確認する。


「えっと、このお兄さんは、どっち?」


「モテない方」


「お前どういう話し方してんだよ!」


 瑛太がいるので、揃って後部座席に乗り込んで、車が夜の道を発進した。


「瑛太、お兄ちゃんはわたし達の付き合いが嘘なこと知ってるから」


「あ、そうなんだ」


 陽兄が運転しながら口を開く。


「尚は、優のさっき言ってた話、藤倉にしたことある?」


 瑛太がわたしの顔を見て「なんの話?」と言う。


「うちのお兄ちゃん……モテる方のお兄ちゃんが言うには……瑛太はあと数年もしないうちに、変わっちゃうって言ってるんだ」


「変わっちゃうって、どんな風に?」


「えっと……」


 どう表現しようか迷っていると陽兄が言葉を継ぐ。


「遊びまくりのやりちんになるんだってさ」


「……」


 少しの間誰もしゃべらなくて、車の音だけがしていた。


「正直……そうなった方が楽かなーって、思ったことはある」


「え、そうなんだ……」


「俺も男だし……胸のでけー女とか、手当たり次第捕まえてそっちだけ満たして捨ててやろうかと思ったこともある」


「性欲と憎悪のミックスだな……なかなか歪んでる」


「でもなんかさ……それでいいのかなって、気持ちもあって」


「うん」


「俺今はこんな感じになっちゃってるけど、いつかちゃんとひとりの子好きになって、大切にしたいなって気持ちもぼんやりあって」


 初めて瑛太の恋愛観を聞いた気がする。というか、失礼ながらそんなのまだないとすら思っていた。


「うちの兄貴、結構モテたんだけど、ずっと彼女一緒でさ……そーいうの見てるとなんか……」


「気にいったぞ!!」


 陽兄の殿様めいた高らかな声が響きわたる。車のスピードが少し上がった。


「よ、陽兄……運転、気をつけて」


「藤倉、お前俺に似てるぞ!」


「え、えぇ?」


「尚、なんだその声は! 優みたいにつまんねーブスを何人も取っ替え引っ替えするより、大好きな可愛い彼女がひとりずっといた方がいいだろうが!」


 なんてことを言うんだ……。誰かの名誉の為に言うと優兄の歴代の彼女達は決してブスじゃない。みんな普通だ。単に陽兄が夢見がちで高望み過ぎるだけだ。ただ、優兄の彼女は本当にコロコロ変わってるので“大好きなたったひとりの可愛い彼女”とは、とても言えないだろう。言いたいことは分かる。


「尚は?」


 瑛太に聞かれてそちらを見る。


「何が?」


「恋愛観っていうか……そういうの」


「わ、わたし?」


 よほど恋愛体質で小学校から彼氏がいた、とかでなければ高校一年生ではろくな恋愛観など無い。わたしの今までの人生における恋愛は、たまに片想いをしていただけだ。ごく普通。普通すぎて話す恋愛観など無い。どう答えていいものか戸惑っていると陽兄が口を挟んだ。


「尚は、昔から、そこそこモテるんだけど、自分から好きになった人間しか相手にしようとしない。好きな人ができたらその間は絶対よそにはなびかなくて、そのくせ用心深くて、好きな相手には結局何もしないんだよ」


 瑛太が「へえ」と言ったがわたしも「へえ」と思った。陽兄、何年も兄をやってるだけあってよく見てる。


 確かにわたしは好きな人が出来ると大抵兄達に報告して、その間他の人に好かれても全く目に入らず、さりとて片思いの相手にも全く何もしないという一途ヘタレだった。大体が何もしてないのに相手に彼女が出来たり、好きな人がいると聞いたりして自動的に失恋するパターン。わたしが失恋したことを相手が知ることすらない。なんにせよ行動したのは瑛太が初めてだった。


「用心深いってのは、傷付きやすさの裏返しだろ……もっと簡単に伝えに行くやつだってたくさんいる」


 陽兄がぽつりと言って、わたしは黙り込む。


「俺は、尚には向こうから来てくれるやつがいいんじゃないかと思ってるんだよ……。ウザいくらい好き好き来てくれるやつ。その方が傷付かないし、大切にしてもらえるだろ」


「お兄ちゃん……」


 陽兄は最初瑛太のことを反対していた。単にモテる人間が妬ましくて気にくわないというだけではなかったのかもしれない。


「藤倉、四月になったら尚とは別れるのか?」


「いや……それはまだ……」


「お前は尚が誰かに好かれて大事にされるかもしれないチャンスをつぶしてんだからな。お前みたいな偽彼氏が隣にいたら、男は寄って来れねえだろ」


 苛立ちまぎれに言っているが元はと言えばわたしが瑛太を好きで企てたことだ。薄くなって来たが交換条件だってある。分かってて言ってる分タチが悪い。


 そこで目的地付近に着いて、停車して話はなんとなく途切れた。


 年末の夜の神社は人が沢山だった。

 お賽銭には行列ができている。着物の女性。家族連れ。半裸のたくましい男性達が餅をついていたりとにぎわっていた。


 わたし達はつきたてのお餅を買って食べて、並んでお参りをした。おみくじをひいて、陽兄の大凶に笑った。瑛太は大吉。わたしは小吉だった。まるで人生の持ってるアベレージを象徴するかのような結果だった。


 帰る前にお手洗いに行った。女性用は長い列ができていて、こういう時は男性が羨ましい。というか、中で一体何をしているんだろうと思うくらい遅い人がたくさんいる。


 また車で帰路について、瑛太は陽兄に「ありがとうございました」とお礼を言ってわたしに「尚、またね」と手を振り、車を降りた。





 瑛太が降りたので、助手席に座り直した。

 帰りの車で陽兄ちゃんがぼそりと呟くように言う。


「俺、お前がいなかった時に藤倉に聞いたんだよ」


「なにを?」


「尚のことどう思ってるか」


「そ……そんなこと勝手に聞いたの?」


「うん。返答によってはお前には黙ってようと思って……冗談みたいにして聞いたんだよ」


「じゃあ、なんでそれわたしに言うの」


「うん。あいつ、“俺がどう思おうと、尚は俺のこと好きじゃない”って言い切ってたぞ」


 あまり答えになっていない。はぐらかしにも聞こえるし、なんとも言えない回答だ。


「あれだけ嬉しそうにそれを言えるってさ、あいつにとって相当尚が救いだったんだろうな……」


 わたしが彼に恋愛感情を向けていないことが救いだったとしたら。そもそも恋愛対象になり得るのだろうか。


「でも、それと尚を好きにならないかは別だと思うぜ」


「そう、なのかな?」


「うん。もうちょっと……人間の感情なんてそんなにははっきり割り切れてないっていうか、色々混ざり合ってぼんやりしてんじゃねえかな」


「うーん……」


「まぁ、でも尚は自分のこと好きじゃないって思ってるならもし好きになっても告白はしにくいだろうな……」


「あ、」


 そうなる。最初から失恋すると思って告白する人はそんなにはいないだろう。しかもさっき陽兄が言ってしまった。わたしは自分から好きになった相手しか見ないタイプだと。


 わたしの方からする……どうなんだろう。前から好きだったなんて絶対言えないし、じゃあ最近好きになりました、とか。


 でも、そもそも瑛太がわたしを好きになってるのかなんて分からない。いつ言えばいいのか。なってなければわたしのそれは裏切りに感じられるかもしれないし、振られるだけだ。これじゃ関係は進みようがない。今更気付いた作戦ミスだった。




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