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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
12/32

12.冬が来て、



「尚、終業式の日、遊びに行かない? 俺の友達が彼女連れてくるって言うから、四人で一緒に」


「かまわないよ」


 終業式といえばちょうどクリスマスイブだった。偽彼女としてはそんなイベント本来関係ないけれど、会って遊べるなら嬉しいに決まっている。


「瑛太の友達って?」


「最近よく話してる同じクラスの奴で……彼女の方はクラスが違ってて俺も面識ないんだけど」


「へえ」


 瑛太はクラスにそれなりに男友達を作っているようだったけれど、まだそこまで多くはないし、付き合いも浅いようなので親密さを深めたい。独り身の男子はあまり近寄って来ない上にたまに話しかけられると、合コンに誘って来て客寄せパンダにされそうになるとか言って、話すのは彼女持ちが多いようだった。


「彼女いるのに合コン誘われるんだ?」


「みんなこっそり行ってるし、とか言われる」


「そうなのかな……」


「さあな」





 終業式の後、まだ彼女は来ていないけれど、わたしと瑛太とその友達が昇降口付近に揃った。


「どーも、よろしくっす」


 快活に笑った彼は矢中やなか恭平きょうへい君。髪色が明るくてやや面長で、受け口で唇が薄い。なんとなくわたしの頭の中の勝手なイメージの“サッカー選手”を連想させる顔だったけれど、特にサッカー部員ではないらしい。


「あ、来た来た」


 ブンブンと大きく手を振って現れたその彼女は大野おおの瑠美るみちゃんと言うらしい。

 メイクの濃さ、髪の巻き方からして、可愛さに全力を注いでいる。わたしもそれなりには頑張ってはいるつもりだったけれど、全体的に彼女ほど思いきれていない。彼女は睫毛とか、グロスとか、全てが威勢良く盛られている。この辺は好みのちがいもあるので、安易にそのまま真似しようとは思えないけれど、可愛くしようとしている子を見ると身が引き締まる。


 馴れ初めとしては吹奏楽部の彼女を、軽音部の彼が見つけて、見初めたことらしい。彼の方から声をかけて仲良くなって、まだ付き合って二週間くらい、ということだった。ほやほやだ。聞いてるだけでほっこりする。


「瑠美。可愛いだろ」


 矢中君は隣に並んだ彼女を紹介して、嬉しそうに笑いながら惚気のろけた。

 わたしはなんだか微笑ましい気持ちになったし、瑛太もそう感じたんだろう。「そうだな」と言って笑った。


 瑠美ちゃんは「えへへ」と笑って長い髪をもてあそぶように触った。それから元気に言う。


「どこ行くのー?」


「実はさっ! どこ行くか決めてないんだけど」


 矢中君が笑いながら言うと瑠美ちゃんが「えぇー、寒いし!」と不満を前面に出して膨れる。わたしと正反対で表情の起伏の大きい子だ。


「とりあえず何かあったかいものでも飲みながら、どこに行くか考えようぜ」


 瑛太が言ってそれにまた瑠美ちゃんが元気良く「さんせーい」と言って全員で歩きだす。


 そうして入ったカフェで瑠美ちゃんは何故か、瑛太の隣にすとんと座った。


「藤倉、今日、よろしくねぇ」


 彼女以外の三人は「ん?」と思った。

 カップルが二組いたら、大抵はカップル同士、そうでなくても女同士、男同士で隣合うのが普通かな、と思う。けれど、大したことでもないので流した。


「藤倉、何飲んでるのー?」


「カフェオレ」


「えー、瑠美もひとくち飲みたい」


「瑠美、あまり図々しくすんなよ」


 無邪気なのかなんなのか、はしゃぐ瑠美ちゃんに矢中君が軽くいさめる。


「だってさ! お互いのカレカノとしか話さないなら一緒に遊ぶ意味ないじゃん?」


 ちょっと気になっていたのは、そう言いながらも、彼女は来てから一度もわたしの方を見ようとしなかった。

 割と至近距離にいるので、意図的に見ないようにしない限りは視界に入ると思うんだけど。ただ、わたし自身が集まってからほとんどしゃべってなかったので、無視されてる印象ではなかった。こちらも話しかけてないから今のところ、目が合わないだけな感じではある。


 なんだかちょっと微妙な空気を感じながらも、矢中君が場を盛り上げて、みんなで同じ駅ビル内にあるカラオケに行くことになった。特別そこが良かったというよりは消極的理由だ。みんな、寒くてあまり動きたくなかったのだ。


 カラオケで、瑠美ちゃんがやっぱり瑛太の隣に座ったのを見て、流石に矢中君が「こっち」と呼んで隣に座らせようとしたけれど「えー、いいじゃーん」とバッサリ拒絶されてしまう。


 矢中君が困った顔で、申し訳なさそうにわたしを見た。


 その顔を見て、飼い犬が人前で全く主人の言うことを聞いてないような感じを連想してしまった。犬に例えるのは失礼だけれど、矢中君と彼女の間に噛み合わないものを感じるのは確かだ。いつもはこんなじゃないのかもしれない。


「藤倉は何歌うのー?」


 瑠美ちゃんは相変わらずニコニコしながら瑛太に話しかけている。彼女は今日枕に「藤倉」がついてない言葉はほとんど発していない気がする。彼氏である矢中君の言葉には反発して、瑛太の言うことにばかり賛同している。

 最初はちょっと気になるけれど、わざわざ言うほどでもないかな、という程度だったけれど、どんどん露骨になっていっている。


 瑛太の方もちょっとイラついてはいるようだったけれど、友達の彼女にそこまで無礼な対応はできない。大袈裟な拒絶は場の空気を悪くする。結局上手い対応をできずにいた。


 どうしたものか。

 幸いというか、わたしはメンツの中で一番蚊帳の外感が強かったので、気詰まりなピリピリした空間を抜けてトイレに出た。


 鏡の前で前髪を直して、少し考えたけれど何もいいアイデアは浮かばなかった。

 本物の彼女だったら、もう少し上手いアシストというか、助け舟が出せるんだろうか。

 瑛太が友達を大切にしたいことを知っているのでやっぱりあの場で瑠美ちゃんと喧嘩になるようなことは避けたい。


 部屋に戻って来たら、相変わらずはしゃぐ彼女、至近距離の隣で困ってる瑛太、少し離れたところに矢中君が足を組んでぶすったれた顔で不貞腐れて黙っているのが目に入る。控え目に言って地獄絵図は加速していた。


 今気が付いたけれど、いつの間にか瑠美ちゃんの「藤倉」呼びが「瑛太」に変わっている。部屋の中には彼女の明るい声だけが響く。


 もう、どう考えてもこれは、そういうやつだ。気のせいにはどうやっても思えないし、矢中君が気の毒過ぎる。


 気まずい。


 どうしていいか分からない。


 もう一回トイレに行きたい、なんならそのまま帰りたい。


 わたしも勿論愉快ではないけれど、それ以上に矢中君を見るたびに居た堪れない気持ちになる。


 矢中君はずっとイライラしていたようだっだけれど、瑠美ちゃんが瑛太と写真を撮りたがって、唐突にキレた。


「おい、瑠美! いい加減にしろよ!」


 矢中君がついに怒鳴った。


「なに! 大きな声出さないで!」


「お前! ちょっと来いよ」


「きゃー! 大きい声出さないでよ!」


 しかし瑠美ちゃんのキンキン声も相当でかい。どたんばたん。取っ組み合いまでいかない軽い揉み合いが始まった。


 瑠美ちゃんは矢中君に腕を掴まれて大声で「きゃー」「暴力」「助けて」と騒いでいたけれど、その大きな高い声がヒートアップを加速させている感じがする。


「お前さっきからなにしてんだよ! 藤倉の彼女もいるのに!」


「仲良くしようとしてただけじゃん! なにキレてんの! なにキレてんの! キャー!」


「うるせえよ! キーキー騒ぐな!」


「そっちが先に怒鳴ったんじゃん! やだマジキモい! キャー!」


 そのうちに本格的な言い合いになっていく。

 こんなところで痴話喧嘩されたら気まずいにもほどがある。でもまぁ、無理もない。


 瑛太が横に来て、わたしの腕を取って引く。


「俺ら、先帰るな」


 言い合いは続いている。そのまま扉を開けて、わたしが先に部屋を出された。


 瑛太が扉を覗き込んで小さな声で言った「矢中、またな……」の言葉に、返事は無かった。


 扉を閉めて瑛太がさっさと歩き出す。


「大丈夫かな……矢中君、カッとなって殴ったりとか……」


「んなこと知らねえよ」


 身も蓋もなく返された。

 たしかに知ったことではないけれど……瑛太もかなり不機嫌だった。


 結局一曲も歌わずにそこを出た。店の外に出るといつの間にか粉雪が舞っていた。


「遅くなったな……送ってく」


「あ、わたし、バスで帰る……」


 すぐ近くに最寄りまで行くバス停があるのが見えたので電車を使わずに帰ることにした。電車よりちょっと時間がかかるけれど、バス停の方が最寄り駅より近い。瑛太に手を振ってバス停のベンチに座ると、バスが来るまでいてくれるのか、わたしの隣に腰掛けた。


 バスは行ったばかりなのか、停留所は閑散としていた。すっかり日は暮れて、薄暗い中、粉雪がちらちら舞う。

 

「尚、ごめん……クリスマスイブなのにな……」


「瑛太が悪いんじゃないよ……」


 そう言ったけれど、瑛太は友達をなくしたことで落ち込んでいた。


「なんで女って恋愛のことばっか必死なんだろうな……」


「……」


 わたしには、何も答えられない。俯いて座っている瑛太の方も、なんとなく、見れない。だってきっと、わたしも変わらないから。


 冬の寒さで鼻の頭が痛かった。息を吐いて白くなるのを見つめて遊ぶ。矢中君が困った顔で申し訳なさそうにわたしを見たその時の顔が頭に残っている。


「尚は……そういう女とはちがうよな……」


 瑛太が隣でうつむいたままぼそりと言う。


「…………うん」


 ぎこちなく頷くと安心したように肩に頭を預けてきた。


 そのまま、バスが来るまで、わたし達は黙って座っていた。





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