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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
11/32

11.エクレアとクワガタ



 噂はなかなか払拭されなかった。

 始まり方が唐突だったせいも一因にあるらしい。藤倉周りにいなかったはずの彼女が急に湧いて出て来た。しかも誰も予想していなかった68番目。怪しめる、おかしなところが沢山あったのだろう。

 というか、そうじゃなくても最初から疑って見れば大抵のカップルにはおかしなところなんてひとつ、ふたつぐらいはある。


 今のところはまだ今まで通りではある。

 けれどこの間、勝手に瑛太の写真を堂々と撮っている子がいたので危ない感じがした。


 他の人にはある人間の尊厳がモテてる状態の瑛太には薄い。無遠慮にジロジロ眺めまわしたり、写真を撮ったり、個人的な情報を好き勝手に言われたり、大勢なら押し掛けて囲んでも良いような、人間ではなくひとつの偶像となってしまう。


 わたしのような普通の彼女ができたことで、なんとなく人間だと思い出したのか、人のものになったら興味がなくなったのか、軽い気持ちで追い回していた子達は消えた。コアな人たちは残っているけれど、その人達は恋愛対象として見てるのでアイドル的な扱いはそこまでしていなかった。


 瑛太の、彼女ができて少し取り戻しつつあった人間の尊厳がまた薄れつつある。瑛太は芸能人ではないし、そういうものを目指すのはたぶん性格的に向いていない。

 都内の学校で抜けて目立っていると、どこかから聞きつけたスカウトが来る。彼にもちらほらあったようだけれど、断っていた。少しもったいないと思うけれど才能と適性はちがうんだろう。


 またあんな風になったら辛そうだし、可哀想だ。なんとか疑いを晴らして普通に生活をさせてやりたくはある。しかし、どうやったら嘘ではないカップルに見えるのか、実際嘘のカップルなのでさっぱり分からない。


 そんな時瑛太が噂を聞きつけて来た。


「なぁ、ずっと俺が疑われてると思って頑張ってたけど、どうも世間では、尚の方も疑わしいと思われてるらしいぞ」


 あ、それ聞いちゃったんだ。

 出来ることなら耳に入れたくない情報だった。


「もうちょい、頼む。なんとかなんねえ?」


「そう言われても……」


「まぁ……尚は、そういう感じだもんなぁ……」


 そういう感じ、でひとまとめ。


「尚は好きなやついたことないの? なんか前先輩がどうとか言ってなかった?」


「え、なんだっけ」


「忘れる程度のやつか……」


 思い出した。前、お兄ちゃんの友達の先輩に憧れてるって嘘ついたやつだ。“しつこい先輩”と設定が被ってるじゃないか。雑だなわたし。


「まぁいいや。小学校時代中学校時代、思い出して。ていうか尚って、好きなやつにどんな顔すんの?」


「わたしいつもこんな顔だけど……」


「だよなぁ……最近、もしかしてそんなに変わんねえのかなとは思った」


「言いたいことは、わかったけど……細やかな表情の変化でそれをやるのは難しいかな」


 よく考えたらわたしは瑛太が好きなんだからそれを隠さず出せばいいだけだ。隠さなくて良いなんて、むしろ有難い状況のはずだ。しかし、ものすごく怒ってるときに「何ぼんやりしてんの」と言われたこともあるので自分で全開にしたつもりでも、側から見たらあまり変わらない可能性が高い。


 その時廊下の端で「かずくん、だーいすき!」という明るい声が聞こえて、見ると女生徒が男子生徒に後ろからがばと抱きついていた。それを黙って見ていた瑛太がぽんと小さく手を打った。


「あれだ!」


「えぇっ、むりむりむり」


「そんなに即答すんなよ。あのままじゃなくていい。尚にあったレベルまで下げてやるから」


「そうしてもらえると助かる」


「じゃあ練習。とりあえず、俺のこと、好きって言ってみて」


「わかった」


 頷いて顔を上げた。

 目の前に偉そうに腕組みした瑛太が立っている。改めて見ると何か迫力を感じる。


 改めて見て、思うことは、格好良い。

 意外性はまるでないが、結局好みだし、好みじゃなくても造作が整っていて、何分でも何時間でも見ていられる顔だ。シャツの第一ボタンが開いていて、そこから覗く肌が眩しい。頭の大きさ、脚の長さ、骨格、全てが平均以上のデザインだ。


 わたしは目の前にあるコレに好きと言う。本人のリクエストだから遠慮は要らない。


 五分が経過した。


「あのさ……待ってるんだけど」


「うん……」


 分かっている。すごい、待ってる感じがした。でも、なかなか出てこない。


「尚、好きな食べ物は?」


「エクレア……」


「じゃあ言ってみて、エクレアが好き」


「え、エクレアがすき……」


「10回続けて言って」


 わたしは仕方なくエクレアへの想いを10回連続で打ち明けた。帰ったらエクレア食べよう。


「応用。俺を好きって言ってみて」


「オレオ?」


「俺! 瑛太! ふざけない!」


 ふざけてないけど。エクレアの流れでお菓子かと思った。


「はい、言って」


「エイタガスキ」


「新種のクワガタじゃねえんだから! もっと人間らしく!」


 クワガタて。なんでそんなピリピリしてるんだ。焦るじゃないか。


「ちょっと、せかさないで、ちゃんと言うから」


「一分以上は待たないからな!」


「分かったから少しだまれ」


 手を前に出して牽制すると、しぶしぶといった感じではあるが、瑛太がまた待機の体勢に入った。


 深呼吸する。顔を上げる。向かい合っている彼の方を見る。自分の目なのに余程泳いでいるのか目玉カメラの画面がガタガタ揺れる。

 なんとか精神力で瞳のところにピントを合わせて止める。数秒、静止。口を開く。


「瑛太、好き……だよ」


 言ってあまりの恥ずかしさに下を向く。


「うわ」


 瑛太が口元を押さえた。


「尚、何ちょっと赤くなってんだよ」


「だってこんなの、演技でも言ったことないし……」


「赤くなられるとやりづれえよ。尚の癖に照れすぎ」


「さ、さすがに顔色まで調整できないし」


 無駄に注文が多いし我儘だ。恥ずかしい告白をさせられて照れることも許されないなんて横暴にもほどがある。


「じゃあ、もう一回」


「えぇ……ちょっと休憩入れない?」


「なんの休憩だよ。好きくらい、おはようおやすみこんにちはと同じくらいの軽さで言えるようになれ」


「それじゃもう人格が変わってるよ……」


 かくして、しょうもない特訓は続けられた。





 帰り際、下駄箱のところに沢山生徒が固まっている時間にそれは決行することになった。あの恥ずかしい特訓の成果は、周りの人に見てもらわなければ意味がない。


 人前で何故前触れもなくこんなことを、とは思うけれど発端となった「かずくんだーい好き」も前後関係は気にならなかった。かずくん大好き、エクレア大好き、瑛太大好き、思った時が言い時、恋する若者はそういうものなんだろうと自らを納得させる。


 瑛太の顔を見ると頷くので、予定通り告白をした。


「好きだよ」


 そんなに大きな声でもなかったけど、もともと瑛太がそこにいるだけで周りの意識は多少こちらに集中しやすかったのだろう。わたしの唐突な告白は意外と注目を浴びた。少なくとも声が聞こえる範囲内の人間はこちらをちらりと見た。びっくりした顔の人、ニヤニヤ笑いの人もいる。瑛太がしれっとした顔で言う。


「……俺も」


 バカップルにしか思えないが、そのまま靴を履いて昇降口を出た。


「クソ恥ずかしいな、これ……」


 ちょっと行ったところで瑛太が小声でぼやく。自分で言い出したくせに……。そう思いながらもこくこく頷き同意する。恥ずかしいなんてもんじゃない。羽があるならここから飛び立ちたい。いっそ気化したい。


 いつもバカップルを演じてるのは気疲れするという理由で駅までは人通りの少ない道を通ることもある。今日はそっちルートらしい、勝手に細い、少し遠回りな道に入った瑛太が言う。


「これで終わりじゃねえからな。これからちょいちょいやってくよ」


「ええ……」


「だいたい、尚の告りまだ下手くそだし。練習しておいて」


「なんでそんな馬鹿みたいな練習を……」


「元はと言えば、尚が全然好きじゃなさそうなのが悪いんだろ」


「あはぁ……」


「返事は?!」


「お、おー……」


 やる気のない返事をして何故こんなに恥ずかしいのかを分析する。単純に慣れてないからだろうか。でもこれは本当のことだ。嘘をつくわけじゃないんだから。


 エイタガスキエイタガスキ。エイタガスキ。

 ぶつぶつと新種のクワガタの名前を頭で唱えながら駅までの道を帰る。


 好き、好きだよ、好きです。

 そもそも好きなんだから。好き。大好き。


 だんだん調子が出て来た。


 少し前を行く後ろ頭を眺めて思う。好き。

 それから一度空を見て、また後ろ頭に視線を戻す。好き。好きだ。


 突如万能感が胸に広がった。


 あれ? 言える! 今なら言える。

 わたしの気持ち。


「瑛太!」


 少し前を歩いていた瑛太が立ち止まって振り返る。


「好き。ほんとに……好き」


 瑛太は思い切り赤くなった。しかし、周りをぐるりと見回して、ため息を吐く。


「上手かったけど……。ひとがいないところで言ってどうすんだよ……」





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