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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
10/32

10.しつこい先輩



「あ、尚ちゃん?」


 職員室の帰り、廊下で名前を呼ばれて振り向くと面識のある先輩が立っていた。


桑野くわの先輩、こんにちは」


 桑野先輩は眼鏡の、人の良さそうな見た目の演劇部の先輩。お兄ちゃんの後輩でわたしのストーカー役をやる予定だった人だ。


「そのせつはどうも」


「いえいえ、お役に立てず。面白そうだからやりたかったんだけどね」


「いえ、よかったです」


 嘘のストーカー役なんて上手くいくとは思えない。わたしの方にボロが出そうだ。


「でも……あまり上手く行ってないみたいだね」


「あ、はい……三年の方まで話いってるんですか」


「まぁね。一部ではあるけど、やっぱり藤倉は目立つし、小規模なワイドショーだよ」


「ははぁ」


「今は付き合いが本当なのか嘘なのか、審議で盛り上がってる」


 盛り上がるなよそんなことで。


「まぁ、実際嘘ですからね……」


 桑野先輩はもちろん知っている。曖昧な笑みをこぼして「あまり校内でそういうこと口にしちゃ駄目だよ」と諭される。


「なんで本人達が付き合ってるってのに、疑うんですかね……」


 不服を申し立てると桑野先輩はちょっと面白そうに笑った。


「願望じゃない? その方がいいって人がたくさんいるんだ」


「なるほど」


「結局俺の出番なかったけど、そこは大丈夫だったんだ?」


「はい」


「上手くごまかせたんだね」


「向こうも困ってましたから。ストレスで参ってて、あまり細かい思考できなかったんじゃないかと」


「でも、尚ちゃんが藤倉に行ったの、意外だったなぁ」


「そうですか?」


「うん。どんな奴が好きなタイプかなとは前から思ってて……ていうか俺、前から尚ちゃんのこと、すごい気になってたんだよ」


「え、そうなんですか」


「尚ちゃんて、あんまり感情が表に出ないでしょ、俺演劇部だから……ってわけでもないけど、そういう人興味あって、よく優先輩にも話聞いてたんだ」


 なるほど。そんなこともあるのか。

 桑野先輩はお兄ちゃん達と中学も一緒だったから家に遊びに来たりすることもあったけれどそこまで話すことはなかった。お兄ちゃんの話だと、お芝居に興味があって、部活では脚本と演者をやってる。ちょっと変わり者。それくらいしか知らない。でも柔和で穏やかな彼に悪い印象は無かった。


「優先輩は元気? 電話では話したんだけど、その時は尚ちゃんのストーカー役の話しかしなかったから」


「はい、元気です。……また彼女変わったんですよ」


「何人目だろうね。相変わらずだなぁ……。陽先輩は?」


「全く変わらずひとりです」


 先輩が笑って、なにやらなごやかな雰囲気になっていたところ、背後から尖った声が聞こえた。


「尚、それ誰?」


 瑛太だった。何かいきり立っているけど。先輩に“それ”はないんじゃないのか。


「え、この人は……三年の桑野先輩」


「もしかして例のしつこい先輩?」


 桑野先輩が笑いながら「あ、そうだね。そうそう」と間の抜けた相槌を打つ。


「先輩、こいつ俺の彼女なんで。みっともなくしつこくしないでください」


「はは。みっともないかな」


 先輩は合わせてくれるけれど、わたしは猛烈に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 やっぱり駄目だ。こんないい人にしつこい人の役なんてやらせられない。良心が咎め過ぎる。


「いや、桑野先輩はもう彼女いるし……その、全然わたしのことなんて好きじゃないんだよ」


「いや、俺彼女いないよ。尚ちゃん可愛いなって思ってるし、本当に気になってるし」


 何を言いだすんだこの人は。

 ギョッとして先輩を見ると、真面目な顔をしていた。


「俺は、尚ちゃんがそいつと付き合ってても、幸せになれるとは思えないんだよね。さっさと別れて他の人探した方がいいよ。藤倉には尚ちゃんはもったいない」


「尚が迷惑してるっていうのに、あんたなんなんだよ」


「藤倉は、尚ちゃんが好きなの? 自分勝手に利用してるだけに思えるんだけど」


 その言葉にドキっとした。

 話がおかしな方に流れているし、なんとかした方が良いのは分かるけど、思わず思考がロックしてしまった。頭を働かせようと思うのに先輩の言うことがきわど過ぎて、そこになんて言って割り込めばいいのか分からない。頭が真っ白になっていく。


「尚は……俺の彼女だし……」


「そんなの嘘で、利用してるって噂流れてるけど」


 瑛太が言葉に詰まる。そこで詰まっちゃ駄目だろう。先輩は付き合いが嘘なことは知っているからいいけど、もしそうじゃないなら認めているようなものだ。結局瑛太は嘘がつけない。


 先輩が呆れたようにため息を吐く。


「尚ちゃん、やっぱりやめたら?」


「いやです」


「どこがいいの? こんな見た目だけのガキくさいやつ」


「ねえ……」


「おい……」


「あ、いえ、いいとこもあるんです」


 今ぱっとは思い付かないけど、あるんです。

 ずっと拳を固く握っていたけれど、その手を開いて軽く振って否定すると緊張が少し和らいだ。


「とりあえず、俺らは上手くいってるから……諦めろよ……そうでないと……俺……」


 短気なんだろう。瑛太はイライラして物言いがどんどん乱暴になっている。


「うーん。尚ちゃん、こいつ好きなの?」


「……はい」


 先輩がわたしの顔を覗き込む。とぼけた動きだけれど、まっすぐ目を見てくる。そのまま少し考えていたけれど、やがて諦めたようにふうと溜め息を吐いた。


「じゃあ、諦めない。これからもしつこくすることにするよ」


「は? こいつ頭おかしいだろ!」


「そんなこと……」と言いかけて桑野先輩に睨まれる。本当はいい人なんだと、思わずフォローしたくなってしまったけれど、それをしてはいけない。


「頭おかしいです」


 認めると先輩が満足気に頷いた。


「またね」と呑気に言って手を振り去って行く。


「確かにしつこそうというか……話が通じなさそうな先輩だな……」


 会話の内容はだいぶ怪しかったけれど、瑛太の方も先輩に対して演技をしていて、しかもボロが出そうになっていたので、わたしや先輩の言葉がところどころおかしいのには気付かなかったようだ。


「やっぱあいつが卒業するまでは付き合ってないと駄目だな」


「そうだね……」


 先輩はそういう方向で応援してくれたんだろう。彼がしつこくすると言えば、付き合いは続くから。


 でも、本当にそれでいいんだろうか。


 わたしの自分の勝手な嘘の為に先輩にまで嘘をつかせてしまった。他人に迷惑がかかってしまった。嘘の規模が広がるような感覚は少し怖かった。


 それから瑛太はさっき言葉に詰まっていた。黙るのはきっと図星だからだ。もとはわたしのほうが持ちかけたことではあったけれど、彼にも『利用している』感覚がどこかにあったのかもしれない。


 だからわたしは、彼が本当はわたしのことを好きではないという、当たり前のことを思い出してしまった。


 胸の奥に湧いた小さな落胆を、わたしは見なかったことにして閉じ込めた。





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