第五話『体を密着させるアーラ』
ポワゾンフィールドを目指して北の方角に歩く。
歩けば歩くほどに、ゲームの中だというのに疲労は溜まっていく。何も持っていなかった俺は、喉が渇き眩暈がしてくる。
体調が悪そうな俺に気づいたのか、エトワは立ち止まり後ろを歩いていた俺のほうを振り返り、
「ここで休もう、疲れただろパテル」
そう言うと鞄から水を取り出し、渡してきた。
その水を受け取り、半分くらいまで飲み、
「ありがとうエトワ、俺達は後どのくらい歩けば着くんだろうな」
「それは僕にもわからない、だけど道は合っているから大丈夫」
自信有り気にエトワは笑顔で言った。
体感で三時間以上は歩いているというのに、まだ体力が有り余っているようだ。
だが、周りを見てエトワは、
「今日はこのあたりで寝よう、植物が周りにあるからここは過ごしやすいだろうからさ」
「俺に気を使わなくてもいいんだぞ、まだ明るいしもう少し歩こうと思えば歩けるだろ」
「別に気を使ってるわけじゃない、この世界ではね場所によって日の落ち方が違うんだ。北に歩いてきた僕達は日が早く落ちやすい方に来てるから暗くなる前に、寝床は確保したほうがいいと思ってね」
この世界についてはほとんど知らないため、日が落ちやすい場所があることについて初めて聞いた。
理由があるならと納得して、木にもたれ掛かり休む。
隣同士で休みながら、この世界に対する知識を多く持つエトワに話しかける。
「なあエトワ、この世界についてはどのくらい知ってるんだ?」
「うーん、どのくらいって言われると難しいけど普通のプレーヤーよりは詳しいかな」
「そうなのか、例えば知ってることって何があるんだ」
と言ってエトワに視線を向けると、向日葵の形をした植物が口を開けてエトワの座る後ろにいた。
危ないと思い剣を構えようとしたところで、エトワは向日葵の怪物に気付き剣で斬る。その速さに驚きいていると、
「知ってることか……例えば今の敵モンスターの事とかかな。この世界にはほとんど敵モンスターは出ないとなっているはずだが、ジャフダンワールドの中心部を離れるとモンスターは結構いるからね」
「そうなのか、じゃあこの世界に関する情報っていうのは実際にこの世界に来ないと分からないんだな」
「うん……だけど運営がなぜそのような情報を流したかも気になるところ。他にも多々違うところはあるからね」
頷きながらエトワの話を聞く。
エトワの話を聞けば聞くほどこの世界についての疑問は増えるばかりだ。毒の剣を持つウェネームについても、いま置かれているこの状況にも。
「なあエトワ、毒の剣を持つ彼女等については何か知らないのか?俺を助けた以外も戦ったことがあるとか……」
「戦ったことは何度かあるよ、だけど全く分からないんだ彼女等については……モンスター扱いなのかこの世界にいるユーザーなのかも分からない」
「そう……なのか」
その会話で話が終わり、二人は背中を合わせて眠りについた。
眠るとすぐに聞こえてきたのは、アーラの声。アーラがいる薔薇に囲まれた場所で、俺は立っていた。
すると俺がいることに気づいたアーラが近づいてきて、
「パテルーまた来てくれたんだね。その……あの」
「最初と会った時よりも大分元気になったな、どうかしたか?」
元気な様子で近づいてきたアーラは何故か俺の前まで来ると、身を捩らせて
いた。
体調が悪いのかと思い、頭に手をやると恥ずかしそうな表情になり顔を見ながらアーラは、
「その……少しして欲しいことがあるんだけどいいかな」
「おうなんでも大丈夫だぞ」
「それじゃ上だけ服を脱いで……」
予想もしていなかった言葉に動揺が走る。
上半身裸になれという意味か確認すると、顔を赤らめて小さく頷く。上半身に着ていた物を脱いでいると、アーラも上半身だけ薄着になり肩が見える服装になる。肌が透けるような服装をしているアーラが上半身の服を全部脱ぐと抱きついてきた。
「こ……これは……どういうことなのかなアーラ?」
どうしたいいか分からずに抱きしめられたまま固まってしまう。
そうすると何も言わずに、アーラは俺の顔を見ながら体を擦りつける。白い幼い肌が、体に密着する、長い髪も乱れながらたまに手に力を入れるアーラ。しばらくその状態が続き、顔を真っ赤にしながらアーラは話し始めた。
「いきなりごめんね……わたしをパテルが使う上でこうした方が使いやすくなるの」
「そ、そうなんだ……それは聖剣・青薔薇を俺が使いこなせるようになるってこと」
無言で顔を体に埋めながら頷く。意味を聞いて安心していると、アーラが体を離して距離を取った。
そして小さな声で、
「わたしを大事にしてねパテル」
「うん分かってるよアーラ」
「……良かった。わたしの青薔薇は使いにくいと思うけど、パテルならきっと使いこなせると思うから」
そう言って薔薇の中心で眠ってしまうアーラ、心配になり駆け寄ると幸せそうな顔で寝ていた。
寝顔を見ていると涙が流れるのが分かった、流れる涙を指で拭いてあげると、まだ寝ていなかったのか手を握ってきた。握り返すと嬉しそうな表情になる。自分自身も眠くなり寝てしまった。
何かの足音が聞こえて起きる。横を見ると肩にもたれ掛かるエトワがいた。
エトワが隣にいるということは、この足音は違う何かということが分かる。此方に迫ってくるのを聞いていると、その足音はどうやら動物ではなさそうだ。寄りかかっていたエトワを起こさないようにして、立ち上がり足音のする方に剣を構える。
暗くて周りは見ずらいが、音を立てないようにして見ていると、気付かれたのか足音が早くなり、
「見ーつけた!」
声を聞くと若い少女のような声で、剣を持ちゆっくりと近づく。
立っている俺にも気づいているが全く動揺はしていない。月の明かりで、その少女の顔が見える。見えたその顔は薄紫の肌をしていて、ウェネームと似ていただがその女性は短髪でウェネームは大人びた雰囲気だったが、かわいらしい感じの女性だった。
「君は……ウェネームの仲間かい?」
「そうだよー僕はねイオスちゃんっていうんだっ!よ・ろ・し・く・ねッ」
自己紹介をしながら、斬りつけてきたイオス。体よりも大きい剣を自由自在に動かしている。
横に飛んで躱すと、悔しそうな表情になる。
「なんで避けるのー、君は僕に大人しく殺られてよねー」
「避けるに決まってるだろ、殺されそうになってるんだぞ」
俺の話を全く聞いていないイオスは、紫の剣を振り続ける。
その剣の扱いは、まるで自分が剣に扱われているようだった。どうにか擦れ擦れで攻撃を避けていると、拉致が明かないと思ったのか突然斬るのを止めて立ち止まる。
「あのさ、一つ聞いてもいい。君……僕にその剣を渡す気はない?」
「悪いが渡す気はないな……それじゃ俺も一つ聞くぞ、なぜお前達はこの剣を欲しがる」
「そんなの言っても、意味はないから。きっと理解もしてくれないし」
目を逸らしながら、気まずい表情になりイオスは言った。
イオスの言葉を聞く限り何か事情があるようだ。かと言ってこの剣を渡すわけにもいかない、どうにかお互いのためになることを考えていると、不思議そうな顔でイオスは見ながら、
「何を考えてるかは知らないけど……僕疲れちゃったしそろそろ本気出すよ。いくよトリカブト!」
自分の剣の名前を言うと、大剣から紫の花が散りイオスを包み込む。花がなくなると黒に紫の線が入った兜に鎧を着ていた。剣の構えも変わり、その姿は騎士を思わせるものだった。