第三話『ログアウト』
アーラが腕を掴んでそこにはいた。その手は冷たく、目は透き通った色をしている。
心配そうな顔で見つめるアーラの頭に手を乗せて、安心させるとすり寄ってきた。
疲れた体を起こして、
「アーラ、俺は君に聞きたいことがあるんだ」
「なに……」
「アーラはそもそも存在しないはずなのかい?」
そう聞かれたアーラは答えるのを戸惑った様子で、目をそらしながらも小さな声で話し始めた。
その弱々しい声に少しの罪悪感を感じながら、俺は耳を澄ませる。
「わたしは……パテルの言った通り存在しちゃいけなかった……だけど今わたしはここにいるから」
辛そうな顔で話すアーラ、だけれどここは話してもらったほうがいろいろとわかると思い止めずに話を聞いた。
「わたしは、確かに存在しないはず……わたしが存在するということは誰かが奇跡を待っているということ……」
「奇跡?それは一体どういうことだ」
奇跡という言葉によく意味が分からなく頭の中には、疑問が浮かぶばかりだ。
その顔を見て、アーラは、
「奇跡っていうのは、私の花言葉の事。青薔薇が存在していること自体も奇跡のようなものだから……」
「そいうことか、それじゃ俺が毒から助かったのもアーラのおかげだったのか?」
「た、多分……」
下を俯きながらアーラはそう言った。
何か申し訳なさそうなアーラに笑顔で、
「ありがとな、お前がいなかったら俺は死んでたところだったよ」
お礼を言われて、嬉しかったのか少し笑顔になる。その様子は、まだ幼い子供のようだった。
するとアーラが自分から口を開き、
「パテル……この世界には気を付けて」
「気を付けてってこの世界はあくまでゲームの世界だろ?」
そう返されて言葉に詰まる。だが、何かに怯えながらもアーラは話を続ける。
様子が先ほどまでと違うことに気づきながら、アーラの話を聞く。
「ここはゲームの世界ではあるけど……わたしが存在してしまったということは、他にもイレギュラーなことが起きる予兆かもしれない……だから気を付けてパテル」
そういいながら、小さな体でアーラは抱きしめてきた。
懐かれているのは良いことだと思ったが、何を心配しているのかわからなかった。
抱きしめながら、俺の名前を呼ぶアーラのことが薄っすらとしてきて、目が覚める。
「そうか寝てたのか……」
起き上がり窓から外を見ると、何か騒ぎが起きていた。その騒ぎに耳を傾けると、誰もがログアウトという言葉を発していた。
その騒ぎの中心部に、宿屋から出て向かう。出るとすぐに絶望の顔で、立ち尽くす男がいた。その男に話を聞いてみる。
「あのすいません、何かあったんですか?」
「何かあったも何も君は気づいていないのか、ログアウトができないんだよ」
「ログアウトが……できない……?」
ログアウトができないということは、この世界に今いるユーザーはゲームの中で過ごすことになるのか。だけど、過ごすといっても何時間かだろう何もそこまで慌てる必要はないのに。
騒ぎの中を掻き分けると、エトワがいた。エトワに話しかけようとする、
「おっエトワ、おーい」
「君はさっきの……」
「そんなところで立ち尽くして何してるんだよー、まさかエトワもログアウトできないことにビビってるのか」
呑気に話しかけていると、何故かエトワの顔が曇る。
何故顔を曇らしているのか心配になり、肩に手を乗せるとその手を払うようにして、
「君は今どういう状況かわかってるのか!」
怒りにも似た表情で、状況についての理解を問われた。
何を怒っているのかと、ログアウトのことについてエトワに言うと、
「ログアウトの事だろ、どうせ何時間か待てば大丈夫だろ」
「そうだったら良かったよ……だけど違うんだ」
深刻な表情で言ったエトワに何も理解ができなかった。
すると、自分のメールに何かメッセージが来た。そのメッセージを開くと、そこには
ー特別クエスト……『聖剣・青薔薇と星剣・イフェイオンを奪え』ー
どうも運営でーす。突然ではありますが、特別クエスト『聖剣・青薔薇と星剣・イフェイオンを奪え』を実施させていただきます。
この世界にいる聖剣・青薔薇と星剣・イフェイオンを持っているプレイヤーから剣を奪ってください。
このクエストが終わるまでは、ログアウトができません。また、痛覚がこの世界では実装されていますので、もしも死ぬような攻撃を受けたり、与えたりした場合は現実世界で二度と起きることはないでしょう。つまりライフゲージのゼロは、現実世界での死をいみします。
もちろんこの二種類の剣を奪ったプレーヤーには、豪華報酬が用意されています。それでは皆さんにご武運を!
メッセージは運営からのものだった。
一通り読み、すべての意味を理解した。エトワが焦っている意味も理解し、話しかける。
「こ、これってどういうことなんだ?」
「そのメッセージの通りだよ、君のその剣と僕の剣は狙われている。それに敵は運営だ、絶望以上の何ものでもないよ」
狙われているしかも運営に、メッセージを見て理解はしていたが改めて言われると動揺するな。
こんなはずじゃなかったのに、この世界で俺がやりたかったのは自由な世界で気ままに自然を楽しむことだった。
「何かを迷っている暇はないよパテル、こうなったら僕達が組んでどうにかするしかない」
「どうにかって何か思い当たる事はあるのか?」
「うーん、まだわからないけど一番怪しそうな奴は知ってるよ。言葉屋だ」
エトワの考えは確かに正しいかもしれない、誰もが最初に向かう場所として用意されている場所、その正体は運営の可能性もある。だがそうだとして、まだコウヤは居るのか。
と様々な憶測を頭で考えていると、エトワが焦りながら、
「何を考えても今はだめだ、僕達の敵はこの世界にいるユーザーすべてだと思ったほうがいい。言葉屋にコウヤがいない可能性も十分に考えられるが、今は行くしかないよ」
「あぁ確かにそうだなだが今、人に見つかったら面倒なことになる慎重に行こう」
二人の意見が合い、行動を共にすることにした。
ジャフダンワールドは広く見つからないようにすることは、案外簡単なことではあった。
慎重に歩き物音を立てないようにしながら、言葉屋に向かい何とか着く。そして言葉屋に二人で入り込むと、コウヤが笑顔でいた。
「おっ君はパテル君じゃないか、えっと横にいる君は確かエトワ君だったかな?」
ペースを乱すようなその喋り方は、何を聞きに来たか忘れるほどだった。
だがそんな喋りにも臆せず、エトワはコウヤに質問する。
「あんたは何か知ってるのか?」
「何かっていうのは何かなー、あっそれよりパテルくーん君の青薔薇何か新しいことは分かったかい」
エトワの質問を無視したコウヤは、青薔薇について聞いてきた。
無視されたことに腹を立てたエトワは、壁を叩き、
「無視しないでください、僕の話を!」
その衝撃で、銀色の髪が乱れる。その髪を直すようにして、後ろ髪を手で靡かせる。後ろ髪を靡かせた時、服の中に髪はしまっていたのか長い髪が垂れる。
「も、もしかして君は女の子?」
驚いた表情で言うと、怒った表情でエトワは、
「そうだけど、何か悪い?」
「いや僕はてっきり男だと思ってたから、でも髪を下ろすと女の子って感じだね」
「今はそんなことはどうでもいいの、それより僕が聞きたいのはあんたが何かを知っているのかなの!」
指をさしながらエトワは、コウヤに言う。
すると笑いながらコウヤは、
「そんなに疑われてるのかい、まあ話してもいいけどさ」
「それは何か知ってるって捉えていいの」
その問いに頷いて、コウヤは頬杖をつきながら面倒そうな顔で話し始めた。