07
アーノルド家の視察開始二日目。
俺は夜更かしをして寝ぼけ気味な頭を叩き起こして朝食を食べると、一人の新入生らしき男子生徒に声をかけられた。内容は伝言で、これを聞き次第集会所の二階の会議室に来るようにというアリーシャ様からの呼び出しだった。
新入生にはお礼を言って、一応は身だしなみを整えて、一応はナイフを二本持っておく。時刻にして八時ごろに俺は集会所二階の会議室に入った。
そこにはすでに待っていたのであろうアリーシャ様と、同じく呼び出された様子のエリン。そしてヘレン王女とヘンリーの姿があった。
だが、ヘレン王女の護衛であるはずのアンの姿は見当たらない。
「呼ばれてきましたが……これは何の集まりですか?」
「いらっしゃいケイス。単純に、昨晩のことを聞きたいっていうだけの集まりよ。あなたがどこまで正直に事を話すのかは別としてね」
さて、何を言っているのかはわかるつもりだが、それ以外についてが全くと言って良いほどわからない。メンバーについてとか、どうやって知ったのかとか、何を聞きたがっているのかとか。
「はぁ、どこまでわかっていて、何を聞きたいかだけは教えてくれませんかね?」
「いいわよ。わかっていることは、あなたが昨晩学園から出ていこうとする不審者を発見して、出ていけないようにしたということだけ。聞きたいのは、その不審者の正体と、その目的について」
「………いや、それだけではないのでは? むしろそこまでわかっているなら、別のこともわかるはずだ」
アリーシャ様は一つ視線をヘンリーに向けると、ヘンリーは真剣なまなざしでこちらを見つめて答えた。
「私が気付いたのは、誰か不審な人物が学園から出ていこうとするところ。そして君がそのずっと後に堂々と寮に戻ってくるところだよ。鍛錬を終えた後に見かけた」
「いつまで鍛錬やっているのかとか、どこでやっているのかとか、ツッコミどころは多いけど、それなら不審者の正体にはあたりがついているんじゃないのかヘンリー。それにこれだけで昨晩に俺が不審者を学園内に戻したということを言うことはできない」
「あの、ヘンリーさん、ヘレン様、こういう事でケイスに情報を出さずにただ話を聞くのは難しいと思います。彼、非常に頑固なので」
俺がヘンリーに言い返しているとエレンが進言している……が、その評価にはツッコミを入れたい。でもアリーシャ様まで頷いているのはどうかと思う。
「――実は昨晩からアンの姿が見えないのです。朝になっても私の部屋にアンが現れず、不審に思って近くにいたエレンさんに協力してもらいつつ確認したのですが、部屋にもおらず、どうにも装備品だけ持っているようで……。
不審者に関しては、ほかの生徒からの状況的なものです。どうやら学園の出入り口付近で物がけり倒されていたようでして……状況からアリーシャさまが」
なるほど、よく見ればアリーシャ様は例の髪飾りを装備している。断片的な情報からでも、正解にたどり着きうる直感を得ているのかもしれない。
――やっぱりあの人の能力はほかのものとは頭一つ抜けている。
「まず、それは事実だ。俺は不審者を学園の出入り口付近で止めている。逃げられたけどな。顔は見ていない。あとはそうだな……小柄な人物だったからアンの可能性は高いだろう」
「ケイス」
アリーシャ様が咎めるように俺の名前を呼ぶ。俺の能力ならば、相手を知っているのだろうと。
エリンもまた、俺の名前を呼ばなかったが俺の顔をじっと咎めるように見ていた。だが、これは国防上にどれほどの問題があるのか? たとえあの影が目的を果たしたところで、どれほどの影響があるかと言われれば……さほどないとしか言えない。強いて言うならばこの国が切れるカードを一枚失うだけだ。
感情論を抜きにして、俺の中ではいくつかのことが天秤にかけられている。国のため、師のため、弟子のため、ライナのため……それらすべてを天秤にかけたうえで、俺は沈黙を選んだ。
「ケイス殿、あなたは何かを知っている。それを否定するつもりはないな?」
「否定しておくけれど、まぁ、誰も納得はしないんじゃないか?」
「ふむ、ならば構えろ。王女の護衛の失踪、これが国の危機とつながらぬわけがあるまい。それを抜きにしても私の弟子の失踪だ。答えぬというならば、覚悟をしろ」
ヘンリーは剣を抜き、こちらにさっきを向ける。すでに身体強化も、能力も使用しているだろう。この間合い、この装備で戦って勝つことなど不可能だ。
それに、ヘンリーは大きな勘違いをしている。
――これは国の危機ではないし、ヘンリーがいるからこそ俺は口を閉ざすのだ。俺が真実を語れば、その時がすべての終わりだ。ヘンリーは自らの愛国心に従い、対策を立てて、不審者、アン・ハーバーの計画をすべて破壊する。それが予想できていたからこそのアンの失踪なのだ。これ以上追い詰めれば、俺には何をするのか予想することしかできない。
今だからこそ、明確に目的を持ち、その目的がわかっているからこそ、俺は彼女を止めうるし、背中を押しうるのだ。
すべては、ライナの娘を助けるという目的のために……ライナの娘であるヘレンとアンを俺は一度は助けなければならない。
覚悟を一つ決める。俺は結果がどのようなものでも構わないのだ。ただ、ライナの娘の助けをしてやることだけが、俺の一番の目的だった。
「何だ、ヘンリー。まさか俺と稽古をつけたことがあるからと言って、自分の方が強いとでも思っているのか?」
「言葉を返すぞケイス殿。あの決闘の時に、自分の力を過信でもしたのか?」
腰のナイフを抜く。それぞれの手に逆手に持ち、重心をわずかに落として臨戦態勢となる。
集会所の二階の会議室。ある意味で最も戦いからは程遠い場所で、真剣な殺し合いが始まろうとしていた。
「ストップ。二人とも武器をしまいなさい。それ以上続けるなら私はケイスの方につく」
緊迫した空間で、アリーシャ様の声が戦いを始めようとする俺たちを縛り上げた。俺は意味を理解して構えを解き、ヘンリーは意味を理解したからこそさらにその状態で硬直した。
「なぜですかアリーシャ様! なぜこの場での詰問をやめようというのですか!」
「簡単な話、ケイスが口を割ると思えないのと……ケイスが口を閉ざす理由に心当たりがあるから。その原因を排除すれば彼は口を開く。そうでしょう?」
「――確かに、別に話せないわけじゃないことですし」
アリーシャ様の言葉に頷く。俺としてはヘンリーには話せないと判断しているし、希望を言えばライナに関係のあるヘレンにのみ話したいことだ。贅沢を言えばアンにも話しておきたいことでもある。
「ということで、話を聞くためにという事で人を減らすけどいいわね?」
「は、はい」
「じゃあ、エリン、ヘンリー連れて一時間くらい出ておいで」
エリンはうなづくとまたもやぽかんとしているヘンリーを引きずって部屋を出ていった。そりゃあアリーシャ様は残るよな。
「これで話せるわよね?」
「えぇまぁ……」
アリーシャ様に促されるままに俺は言葉にし始めた。
「俺は、ライナ王妃との対話でアン・ハーバーがライナ王妃とアーノルド家現当主のミオドラックとの間に生まれた娘だと知っています」
ここで言葉こそ出てこなかったものの、ヘレン王女が驚くのがわかった。恐らく知らなかったのだろう。
「アン・ハーバーのその後の人生は……詳細は省きますが、情報局が引き取りヘレン王女の護衛とするべく投薬を含めた訓練を行わせたようです。その後、ライナ王妃が倒れた時に情報局の人間が、せめて一目母親にあわせるだけあわせてやろうと護衛という名目でそばに置いたようですね。当然本人、アン・ハーバーにもライナ王妃にもそのことは伝えられずに。
そこで、恐らくは情報局にとって予想外のことが起来てしまった。ライナ王妃はアン・ハーバーのことが自分の娘だと分かってしまったのだと思います。そこでライナ王妃は最後に自分の望みを、アンへと復讐の火種を与えました。
その後、アンは自分の出自を知り、さらには母親によって与えられた復讐の念をもって生きてきています。そして、今その相手はこの学園の近くにいる」
ここまで言って、俺は口を閉ざした。
100%話しているわけではない。特に能力によって知り得た重要な部分など一切口にしていないと言って良いほどだ。
「つまり、アンの失踪はあなたに止められたが故の逃亡っていう事ね。そしてその目的はアーノルド家の現当主と次期当主の殺害っていうところかしら?
――で、すむと思った?
あとはヘレン王女と情報局の人間にも復讐を考えていてもおかしくないわね」
「……隠したわけじゃなくて、まだ話さなかっただけです」
目をそらしながら口にする。気づかなかったらいいなというくらいに隠したことだ。ばれても問題はない。
「なぜ、あの場で話すことを拒否したのですか……?」
「俺がこのことそのものを止めようと思っていないから。俺はライナと約束している。『自分の娘を一度だけでいいから助けてやってくれ』当然アンも助けるべきだ。それに……」
「対象の問題……ですか?」
「アーノルド家がライナを襲ったことは事実だし、あの家の目的も……実はわかっている。あいつらは有望な女子生徒を適当に呼び出して、様々な手段で縛り上げ、自分たちの家のために使い捨てるつもりだ。その中にはヘレン王女、あなたも含まれている」
むしろ主目的と言って良いだろう。俺は今回の事件の間のヘレン王女の身柄の守護と、アン・ハーバーの無謀な突撃を止めることで二人を助けるつもりだから。
ヘレン王女は今の話を聞いてか、額を抑えるようにしてうつむき、十数秒の沈黙の後、口を開いた。
「私の、私の思っていた状態とは程遠い状況だということはわかりました。
ヘンリーが聞けば、アンは殺されてしまうでしょう。アーノルド家の計画を阻止することはできても、母を破滅させた相手は当然のように生き延びる。今もなおアーノルド家が残っているということは、お父様に訴えかけても何も変わらないのですよね?」
尋ねられたのだろうと、俺は一つうなづく。少なくとも情報局は把握していておかしくない情報だし、そうなれば国王が知らないはずがない。
「なら、ケイスさん。あなたは母から私たちを一度だけ助けるように言われたといいます。それならば……この事件に関して、私の助けとなってはいただけないでしょうか?
私がアンを助けて、アーノルド家を……」
この言葉の意味を考えるのは容易だった。
わざわざ、能力を使って読み取る必要などない。体感する必要なんてない。その葛藤を苦悩を知る必要などないほどに、彼女の言葉の意味は分かりやすかった。
――彼女もまた、自己犠牲の道を選んだのだ。アンのように退ける道がないが故のものではない。ただ目的を果たすためだけに死ぬための道を。
「ケイス、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「エリンか、いいよ。何が聞きたいんだ?」
エリンとヘンリーが戻ると、すぐにヘレン王女は解散を命じた。また、ヘレン王女はヘンリーにアーノルド家の行いを調べるように命じて、アリーシャ様に一礼して何も言わずに、誰もつれずに出ていった。
俺は部屋の中の椅子に座り、その様子をただぼうっと眺めていただけだった。
ヘンリーは納得いかないようだったが、ヘレン王女からアーノルド家を調べるように言われたこともあり、すぐに駆け出して行った。最後まで俺の方をじっと睨んではいたが。
アリーシャ様はヘレン王女とヘンリーが出ていくのを見届けた後で俺とエリンに手を振ってそのまま出ていった。この時も、俺はまだ椅子に座ったままだった。
そんな時に、エリンは俺に声をかけてきたのだ。恐らくは雰囲気が普段と違うであろう俺の様子を見て、疑問に思ったのかもしれない。
「能力、昨晩から今朝までどれだけ使ったの?」
「――そんなに違和感あるか?」
思わずそう聞いてしまった。能力を使えば、俺の価値観などは引きずられる。大量に使えばそれだけ親しい人物ならば見抜けるだろうとは思うけれど……。
「違和感は少しだけ。普段ならヘンリーと戦おうという選択肢を迷わず選ぶなんてことはしない。最初に私やアリーシャ様の手を借りようとするはず。でも最初に自分で戦おうとするなんてケイスらしくない」
「……確かに、俺らしくない。あーうん、これは俺じゃないな。助かった。実をいうと結構使っていた」
アーノルド家の二人へそれぞれ一度ずつ、昨晩のにらみ合いの途中は使い続け、起きてからも何度か使用している。普段なら使わない能力を、24時間もしないうちに何度も使っているのだ。身体的な消耗は激しくないが、精神的にはずれが出ていてもおかしくない。
「あと……うん、私は聞こえていたから言うけど、あなたは復讐をしようとしている人を止めないの?」
「聞こえたのか!? あ、能力を使って聞いたのか。本当にこういう点ではずるいと思う」
俺が驚くと、すぐに自分の耳を指さすからすぐにわかった。あらゆるものを強化できるからこそできる芸当だ。本当にずるいと思う。
「質問に答えると、多分普段なら気にしないと思う。
いや、言い方が悪いな。俺は能力で相手の人生を知る。その時……復讐をする奴の覚悟を知るんだ。そいつの葛藤、辛さ、憎しみの炎で燃やし尽くされようとしている故人への想い。
時には、あらゆるものを犠牲にしてでも復讐を願う……そんなそいつの気持ちを知ってしまう。そんなやつの行いを……どうして俺が止められるんだ?」
だんだんと、俺の中の復讐を願う心が思いの丈をぶちまけていく。自分じゃない自分が前面に出てきてしまう。
「あぁ、確かに故人は復讐を望まないかもしれない。ただ生きてほしいと願うだろう。俺にだってそんなことはわかる。復讐とは誰かのためじゃない。自分のためにする行いだ。自分の大切な、時には命よりも大切な誰かを奪った仇に報いを与える。俺はただ憎いから、ただ自分のために、私のために奴を殺すしか……」
「ケイス……?」
心配そうな顔でワタシの顔を見上げる赤い髪の少女がいる。何やら武装しているようで、この様子では能力者なのかモシレナイ。イや、能力者ナノダロう。無能力者の私を、彼を殺しタノト同ジ能力者デ私ノ敵デハナイケレド私ノ敵ヲ知ルカモシレナイダレカデアノオトコヲコロスタメナラワタシハダレデモコロスコロスコロスコロスユクテヲハバムロウガイナドシラナイナニガアンネリーノカゴナノカソウヤッテワタシヲダマスノカ…………。
ナイフを引き抜き、柄を思い切り額に打ち付ける。ガーンという音が頭の中に響いて、痛みがジンジンと自分というものに引き戻す。慌てている様子のエリンがいる。冷たいものが顔から垂れ落ちていくのがわかる。今、俺はどこにいた? 俺は俺だったのか?
「――ケイス……?」
「すまん、今ずれていた」
ずれていた? ずれる程度のものだったか? あれは侵蝕とか、乗っ取られていたというべきじゃないか?
「しばらく部屋で休む。やらなきゃいけないことがあるから、それまでだけでも」
「うん、でも先に治療から。聞きたいことは増えたけど、それはまた今度。無茶はダメだよ」
何も聞かないでくれる彼女のやさしさが、あまりにも痛かった。今すぐに彼女の胸元に抱き着いて、大声で喚き散らしながら今の恐怖を慰めてほしかった。きっとエリンならば文句ひとつ言わずに、血がつくこともいとわずに話を聞いてくれるだろう。でもダメだ。それじゃあ立ち上がれなくなる。それをしてしまえば俺はもう能力なんて使えないし、能力が使えなければ約束が守れない。結局、俺が俺じゃなくなってしまう。
あまりにも頼りない姿ではあったが、俺はエリンに手を貸してもらいながら治療を行い、部屋に戻った。考えを整理しないといけない。この能力は明らかにおかしいものなのだから。
まずは整理するところからだ。
何が起きたのか、それは単純だ。何者かに精神の中身が乗っ取られていた。
原因は何か、これも単純だ。能力の過剰な使用。その状態で何かしらのきっかけで起きたことだ。
きっかけは何か、恐らくは復讐。復讐について考えてた時に起きているし、思考はそれに埋め尽くされていた。
では何に乗っ取られていたのか、正直なところ、思いつく限りの能力の使用した相手に今回のやつが該当するのはいない。だが、それを無視して考えると……昨夜引用した『復讐鬼レヴィン』に登場するレヴィンが一番該当するのではないだろうか?
しかしおかしい。俺は俺の知る人物しか能力を使うことができない。レヴィンの話は実話だともいわれていたはずだが、当然俺の生きている時代のものではない。当然、俺が能力で覗くことができるものではないはずだ……。
俺は、ふとやってみればいいじゃないかという考えが浮かんだが、すぐさま消し去った。少なくとも今やるべきじゃない。またあの自分が消える感覚を味わうことになるかもしれないし、俺はエリンに休むといったのだ。おとなしく考えをきれいさっぱりと消し去って、俺はベッドに横になった。大丈夫、俺の予想が正しければ、そして俺の読み取った結果が正しければ、彼女は今日仕掛けるなんてことはできない。
とはいえ、何の行動もとらなくてもよいわけではないのだ。しばらくの間、俺は襲撃が行われる前提で動く必要がある。俺は深夜に学園の中を徘徊し、ほぼ間違いなく大丈夫という評価を、確実に大丈夫という評価に変えなくてはならない。
目が覚めた。気が付けば日が沈む頃合い、さすがに昼に行動するということはないと俺は確信している。アン・ハーバーが復讐したい相手は何もアーノルド家だけではない。彼女の襲撃が確実のものとして世間に広まる前に、ことを為し終えなければならないのだ。最低限夕刻からでないと話がすぐに広まって、対策が取られてしまう。
俺は軽く体を動かしながら考えをまとめる。そもそもとして、少なくともヘンリーやヘレン王女はアンのことを探したはずだ。あの二人の情報網の広さならば、人ごみに紛れるということは難しいだろう。アンは目立つ少女なのだ。ならば、アンはどこかに潜伏していると考えるべきだ。どこか、というのを考えるのは現実的じゃない。演習林にでも隠れれば場所なんてわからないし、学園の敷地内だけでも潜伏場所というのは多すぎる。
ならば何か、アンは事を為すために万全の状態でいたいはずだ。訓練を受けているとはいえ、見つからないように気を張りながらどこかに潜むというのは難しい。体力や気力を消耗するし、食料や武装の面でもあまり適切とは言えないだろう。この潜伏が計画していた物なら別だが、そうではないことを俺は知っている。
ここまで考えれば、予想できる今夜の行動は三つ。続いての潜伏か、仕掛けるか、誰か協力者を得るか……。なんとなくだが、俺はこの中の一つ『協力者を探す』に絞った。勘と言ってしまえばそれまでだが、俺ならこれを選ぶという確信があった。
そうなれば、やるべきことは一つだ。アンが選びそうな選択肢の中で、最悪のものを潰す。最良の方向へと転がってくれればやりやすいが、例えそうだとしても、そこを襲撃して捕まえるなんてことは意味がない。それならエリンの手を借りる。俺がやるべきは、状況をコントロールすること。俺の望む方向へと物事を進めるために、相手の行動を誘導する……わざと隙を見せる。そのうえで、彼女には選んでもらうのだ。選択肢を与えて、そのうえで判断する。止めるべきか、協力するべきかを。
俺はすぐに部屋を飛び出してクラウスの部屋を訪ねた。今日、クラウスは非番のはずだ。情報という点において、俺は能力を使わないならクラウスを頼るしかない。
すぐ近くの扉をノックして、反応を待つ。するとすぐにクラウスは出てきてくれた。
「ようケイス。俺の部屋を訪ねてくるなんて珍しいな。よほど知りたいことがあると見える」
「あぁ、まさしくその通りで、今更ながら緊急だってことがわかった。手短に用件だけ伝える」
俺がそういうと、クラウスは呆れたように肩をすくめて首を横に振る。
「まぁ、そういう約束だからな。演習の協力と引き換えの情報提供……で、どんなものがほしいんだ?」
「アーノルド家現当主と次期当主の予定だ。この視察中の『全ての』ものがほしい」
「おいおい、まさか暗殺でもやらかす気かよ。大まかには公表されてただろ?」
「暗殺くらいなら別にそこまで予定はいらない。わからないか?」
俺のセリフにやれやれとでも言いたげにため息を一つつくと、クラウスは知っていることを口にし始めた。
「とりあえずは今晩から明日朝の予定まで言っておく。あとは書面にまとめてお前の部屋に放り込んでおく。これでいいか?」
「あぁ、頼む」
「まず、もうじき視察の生徒の訓練風景見学が終了するはずだ。めぼしい奴がいればここで勧誘も行う。そのあとは学園の関係者と、何人かの生徒を含めた晩餐会だな。これは本棟そばのレストランで行われる奴だ。立食形式のパーティじみたものになるって聞いてる。晩さん会が終わればその後は馬車に乗って正門から出て、近くに持っている屋敷に帰る。
朝はブランチのころに現れて、今度は集会所のあたりの視察だ。これでいいか?」
「大丈夫だ。助かった」
俺はクラウスに特に説明もせずに話だけを聞いて終わらせる。
そして、陰からアーノルド家の二人を学園の中だけではあるが、見張り、監視した。