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アザムーキーの書庫  作者: 正信
The Story of Whipple
7/9

幕間01

今までに名前だけ一度登場したドミニクという少女視点でのアンドレアに関する閑話です。

 私の村では、今年二人の能力者が学園へと向かう。

 この村ではそれほど貧しいというわけではないけれど、能力者を出すことによって得られる金銭はあまりにも高く、村での生活なら本当にしばらく困らないほどのものだ。心無い人がこれを人売りと蔑むのも納得できる話ではある。

 ただ、ボヤ騒ぎを起こしたこともあり、村の中ではそういった目で見られている私にとっては同じ能力者が集まる学園というもので能力の制御を学び、差別を受けることなく生活できるというのは本当に夢のような話であった。

 同じ村からはアンドレアという子が一緒に学園に向かうことになっていた。


 アンドレアとは何度か顔を合わせたことはあったけど、能力者が結託して暴れることを危惧した大人たちによってほとんど会話する機会というものは得られなかったのを覚えている。学園へと向かう荷馬車の中で、私たちはほとんど初めて自己紹介をしていた。

 アンドレアは自分の体を硬化させる強化型の能力者だと名乗って、実際にその能力を見せてくれた。本当にナイフすらはじき返すほどの硬さだったけど、その分動きにくくなるらしい。私も自分の能力の熱を集める能力を説明した。周りから熱を奪って、一か所だけを過熱させる能力……放出型の能力だ。名前だけ聞くと強そうかもしれないが、あまり強くなくて、ちょっと氷を作れたり、冬にあったまれる程度の能力でしかない。一度どこまでできるのかなって思い切り集めた時には畑を少しダメにするほど周囲を寒くして、さらにはボヤまで起こしてしまうという大失態。こっぴどく叱られた。


 村から学園までは七日もかかった。その七日間話して過ごしていてわかったことが二つあった。

 一つは、アンドレアが非常に気の強い性格をしていること。少なくともはじめのうちは強い言い方に何度も心が折れそうになった。でも接していると本当は優しい子で、しかも強いことを言ってしまうと内心おろおろしてどうフォローしようかと慌てている子でもあるようだった。

 もう一つは、自分の能力に自信を持っていて、本当に強い能力を持っているということ。一度荷馬車がぬかるんだ地面にはまった時には、一人で車輪を浮かせるほどに馬車を持ち上げて板切れを入れるのを手伝ったり、後ろから強い力で荷馬車を押していた。私も念動能力を使ったり、少しでも軽くしようと荷馬車から降りようとしたんだけどすぐに私一人で大丈夫と言って何とかしちゃうのはすごかった。将来的には魔物を倒して故郷の村をもっと安全にしたいらしい。


 学園につくと、すぐに寮に案内された。一人一室ももらえて、しかもその部屋がすっごく広いのにはびっくりした。寮監の人は村からくる子はみんな同じ反応をしてくれてうれしいと言っていたけど、本当に広くてきれいだった。

 少しすると集会ということで新入生が集められていろいろと式典を行うという話だったが、私は浮かれ切っていたのを覚えてる。一人の女性の先輩とも知り合って、いい気分になっていた。アンドレアと一緒にその先輩といろいろ話していると、先輩が私たちにアドバイスができるかもしれないって能力を聞いてきた。その時だったと思う。

 一人の新入生と思わしき男子生徒がふらっと現れて、いきなり「能力は教えないほうがいいよ。能力を知られるっていうのは能力者にとって生命線を手放すのと同じだから。どうしてもわかりやすい能力や、見ただけでわかりやすい能力なら止めないけどね。ね、先輩」と、そういってまた元のようにふらっと立ち去っていった。先輩は忌々しげな顔をその生徒に向けると、逃げるように去っていった。すぐ後の集会の式典で、学園長と名乗った男性が同じようなことを言っていたのでびっくりした。アンドレアは初めに「何あいつ」とかいろいろ言ってたけれど、この後はすっかり落ち着いた様子で「お礼を言わなきゃ」って小さな声で言ってたのをちゃんと聞き取った。やっぱりアンドレアはいい子だ。


 ただ、その男子生徒とはしばらく再会することができなかった。

 よく聞いてみると、ある下町の生れの男子生徒が有名な貴族の子女の弟子になったという話を聞いた。ほとんどが悪口だったし、もはや意味の分からない噂話まで飛び交っていたけれど、授業で姿を見なかったからもしかしたら同じ人かも?とは思っていた。


 入学から一か月後、最初の実習ということでダンジョンへと潜ることになった。アンドレアと一緒に買い物に出かけて、おすすめされたものを買って、しっかりと背負い袋に必要なものを収納する。予定期間が3日だから、食料は3日分と、少しだけ携帯食料を入れておく。

 ダンジョンへは3班に分かれて向かうことになった。残念だけどアンドレアとは別の班に振り分けられて、あまり接したことのない貴族様が何人かいらっしゃる場所に振り分けられていた。

 少しびくびくと怯えていたのを見かねてか、後ろから声がかけられる。一人の男子生徒……たしか、クラウスという名前だったと思う。彼は自己紹介を簡単に済ませると、ダンジョンに潜る計画を立てている貴族の団体からは少し離れたところ、平民出身の男子が3人集まっているところに私を引っ張っていった。


「おい、クラウス。何してるんだ?」

「いやなに、知り合いがいなくて困ってるかわいい子はほっておけないだろ?」


 一人の小太りの男子生徒がクラウス君に対して強い口調で尋ねているが、特に不快感を示しているわけではないようだ。実際彼はそれを聞くと納得した様子で元の二人に向き直り、二人の話を聞いている。

 どうやら話をしているのは中心にいる二人の男子生徒のようなので、その言葉を聞こうと目線をしっかりとむけて、私は少しびっくりした。

 あの時に私たちを先輩の悪意から助けてくれた男子生徒がいたのだ。彼ともう一人はどうやらダンジョン内での注意事項などを伝えているようだ。水、食料、明かり……様々な言葉が聞き取れる。


「俺は最近だともう一人と一緒に一泊二日が多いからこの長さのものは初だけど、基本は変わらないと聞いている。まず、最低限携帯食料と水だけは鞄じゃなくて体に直接結びつけろ。できれば明かりになるものも体に固定したい。優先順位は水、食料、応急手当のキットだ。明かりは最低限道がわかる程度の光は何故かあるから優先順位は高いけど水ほどじゃない。逆に水は中では本当に貴重だから気を付けてほしい」


 すらすらと必要なものをそらんじていく。私はそれを聞いて鞄の奥底にしまわれている携帯食料の存在を思い出した。ものすごく不味いという話だし、できるなら向こうで干し肉とかの保存がきくものを調理したほうがいいって聞いたんだけど……。


「料理するつもりの人がいるなら今のうちに器具は選別しておいてね。店で売ってるキットの全部を持っていく必要はないから。何より鍋一つあれば事足りるんだ。いくつもの洒落たものはいらないよ。僕からはナイフの携帯を必須として挙げておくね。最悪向こうでいろいろ調達するにしても、ナイフ一本あるだけでやりやすさが違うからさ」


 そのあとも二人の説明は長々と続き、それに従って教えを乞う私たちは荷物を再整理していく。さすがに買いに行く余裕はもうなかったけれど、荷物がかなり軽くなった。ものを入れる順番一つで背負いやすさすら違うということもはっきりとわかる。


「だいたいこんなものかな? そっちはどう、ケイス」

「こっちも思いついたのはこれくらいだよ。一人で全部と考えていたからちょっと腰が引けていた。ありがとう、パヴェル」


 この時、初めてあの時私たちを助けてくれた人の名前がケイスという名前だと分かった。ただ、私はこの二人を授業で見た覚えがない。二人とも誰かを師匠にしているのだろうか?


「あぁ、確かドミニクちゃんだったっけ? あの二人は師匠がいるんだよ。だからいろいろ教わっていてな。二人とももうダンジョンにも潜ってるからど素人の貴族たちよりは頼りにしたほうがいいぜ。放出型ならケイスがそうだって言ってたからあいつの近くにいれば間違いはないんじゃないか?」


 クラウス君はそういってケイスと呼ばれていた男子生徒の方を指さす。でも……。


「え、ケイス君って放出型なの? てっきり強化型だと……」


 ケイス君は左の腰に一本の剣を差しており、新しいけれど使われている感じのする革鎧、背負い袋はかなり小さく抑えられており、すぐに袋を降ろして剣が抜けるようなスタイルになっている。ただ、本人が言っていたように右の後ろの腰には水筒とナイフが一本備え付けられている。さらに水筒は二つに分けられているようで、より大きなものが背負い袋の方に結び付けられている。本人が言っていたように、水を最重要視しているようなのはわかるが、非常に動きやすく、飛ばすようなものも特にいろいろ持っているようには見えない。


「実力のほどはわかんねぇけどな。まぁ口だけのやつじゃないことだけ祈っておこうぜ」


 クラウス君もそんな軽い目線で見ているようだった。



 ダンジョンに入って二日目。特に大きな事件も起きずに私たちは予定の道を進んでいた。

 少し心配されていたケイス君の実力だが、本当に派手さはないくせになんということなく小鬼をなで斬りして殺している。なんというか手馴れているという印象だ。休憩時も手慣れた様子で体を休めて、それでいながら近づいてくる魔物にはいち早く反応していた。

 逆に同じ経験者として頼られていた強化型だというパヴェル君は休憩中に一度熟睡してしまい、それをクラウス君にたたき起こされている姿があった。戦闘中も派手な攻撃で小鬼を吹き飛ばしていたが、どこか過剰攻撃の印象を受けてしまった。


「どーよドミニクちゃん! 俺の一撃はすげーだろ!」


 パヴェル君はどうやら休憩中の失態をここで取り返しているつもりなのだろうが……どこか危うさばかりを感じる。何かの拍子にあっさり死んでしまうような、そんないやな予感がした。


「パヴェル。あんまり油断してると怪我するぞ」

「ケイス、お前はもっと下がってていいんだぜ? お前は放出型だからな。それに他の強化型のやつにしっかりと前衛を経験させなきゃダメだろ?」

「いや、さすがに戦闘にいないと索敵ができないぞ? そこは経験なしでいきなりというのは危なくないか?」

「俺がやるから大丈夫だって! ほら」


 パヴェル君はそういってケイス君を隊列の後ろに押し込み、何人かの強化型の人を引き連れて先頭で意気揚々と歩いているのがわかる。

 ケイス君はひとつ大きく息をつくと、水を一口口に含み、かなり後ろにまで下がってきた。


「えっと、大丈夫なんですか?」

「ダメなんじゃないか?」


 思い切って話しかけてみると、あっさりとダメだというセリフで帰ってきた。え、でもそれってつまり……?


「あぁ、さすがに死ぬことはないと思うよ。あんまりにも油断しきって一撃で致命傷を受けたらさすがにアウトだろうけど、そうじゃないなら後ろで悠々と会話しながら歩いてきている貴族様方がウキウキしながら助けてくれるよ。むしろ今のところ全くと言って良いほど被害を受けていないことに不満げだったし、良いんじゃないか?」


 彼の言葉は本当にあっさりとしたものだったけれど、明らかにパヴェル君たちが怪我するだろうということを予言していた。そして死なないとは限らないだろうとも言い切っている。それをあっさりと良いんじゃないかと流しているのだ。


「そんな、ひどい! 見捨てるんですか!?」


 そう私が詰め寄っても、彼は特に態度を変えることなくそのままの口調で言葉を返した。


「この実習の目的と、本人の意思を考慮した。それに、あの調子だったら怪我するっていうだけで、しっかりと警戒を怠らなければあいつらも怪我しないよ」

「実習の目的?」


 私は、彼の言い訳を聞いてまずそこが気になってしまった。目的は特に聞いた覚えはない。強いて言うならば教官が「能力者の生活から切っても切れないものを学べる」と言っていたくらいだ。


「この実習の目的は、俺たちに一種の挫折を味あわせることだ。そもそもまともに能力を訓練してもいない奴らがダンジョンを三日も潜っていられるか。絶対にどこかで破たんする。

 今回は俺とパヴェルの知識、あと貴族連中の高価なアイテムのおかげで問題にはなってないけれどトイレ問題や男女間でのトラブル、寝ずの番の順番や食事の問題等々。

 他にもいろいろ出てきそうだけれど、これは俺たち能力者という立場から切り離せない問題だ。何せ半数近くの能力者はダンジョンなどで魔物を狩る仕事に就く。そうなれば野営などの問題は早いうちに体験しておくのが吉だってことだろ」


 言いたいことは……少しだけわかってきた。つまりはいずれ確実に出くわす問題に速いうちに体験しておけということだとケイス君は言っているのだ。妙に詳しいけれど、師匠がいい人なのかもしれない。


「――実際、上級生が何人かこっちの様子をうかがっているようだしな」

「え?」

「たぶんそろそろデカい奴が来るぞ。今が一番油断しきっているからな。俺は怪我くらいして覚えたほうがいいと思うけど、そうじゃないっていうなら手助けする準備くらいはしたほうがいいと思うぞ。実際後ろの貴族連中は準備始めている」


 言われて振り返ると今まで様々なことをしゃべっていた彼らはどこか気を引き締めるような様子を見せており、武器の準備がされているのがわかる。

 私もあわてて能力の発動のために気を引き締めなおしたところで。


 ――前の方から悲鳴が聞こえてきた。



 何人かの男子生徒が吹き飛ばされ、その凶悪な魔物の正体が目視できる。その魔物の体は3mに届こうかというほどで、右手には大きな岩で作られた棍棒を手にしており、腰巻だけを付けた人型の化け物。確か名前は……鬼人だったと思う。


「うわぁぁぁああ!!」


 パヴェル君の悲鳴が聞こえてくる。彼の剣は地面に転がり鈍い輝きを反射させているし、パヴェル君自身の右腕はどこか変な方向に折れ曲がっているようでもある。強化型なのに、力で完全に負けたのだ。


 真っ先に自分の能力を使おうとしてやめる。あれは周囲にも被害が出てしまうし、有効な一撃を加えられるとも思えない。急いで念動能力で飛ばすためのものを探していると、その影がまっすぐに、素早く鬼人の懐へと飛び込んでいた。


 影は自分の腰の剣を引き抜くとすぐさま剣を振るい、直後に鬼人の体の内側の比較的柔らかそうな部分から血が噴き出す。鬼人がその下手人……ケイス君に意識を移すとすぐさまケイス君は鬼人の脚を切り裂いた。


「ガァァァアアアアア!!!」


 耳をふさぎたくなるほどの業音を響かせながら鬼人は叫び、雄たけびと同時に棍棒を振り上げて……あごの下に鈍い輝きをしたものをはやしてそのまま後ろに倒れていった。

 ケイス君は鬼人が絶命したことを確かめると、顎の下から頭部に向けて突き刺さった剣――確かあれは地面に落ちていたパヴェル君のもの――を引き抜いて尻もちをついている持ち主の元へと足を進めた。

 それを見ていると、今度は後ろの方で戦闘音と勝ち鬨の声が聞こえる。まさか後ろの方からも襲われていたのかもしれない。


「パヴェル、ちょっと使わせてもらった。ひどい怪我をしているみたいだけど歩けるか?」

「クッソ……何度も師匠に注意されてたのに調子乗った……」

「まぁ、さすがにこの怪我なら出てきてくれるんじゃなぇか……?」

「あ、うん、やっぱりかぁ……タイミングよすぎると思ったんだよ」


 二人の会話をよそに私たちの後ろではまだまだ戦闘音が聞こえてくる。え、こんなに悠長に話してていいの!?


「あ、ドミニク……だったっけ? 気にしなくてもたぶん本当に対応不可になるほどやばいのは出さないよ。実をいうと鬼人が出てきて壊滅しかけた時に奥の方に先輩の姿が見えたし……明らかにこの鬼人誘導されて来たみたいだからな。はじめからあんなに敵意丸出しで動いているなんてそうそうない」

「シショーの態度からそうかなって思ってたけど本当にこれって俺たちにひどい目を見させるためだけのやつかよ! いい経験になったけどさぁ!!」


 理解できなかった。明らかにパヴェル君の怪我はそんなちょっとしたいたずらなんかで済まされるようなものじゃない。すぐに命に係わる重症とまではいわないにしても、処置を間違えれば切り落とす必要があるかもしれないような大きい怪我。それをさせるために魔物を誘導するのも、それを軽く受け入れて文句で済ませるのも、私には理解ができなかった。


「あれが能力者の常識だよ。ドミニクちゃん。

 俺にも理解できない。たぶん俺たちのほとんどが理解できない。能力の強さに自信があったやつらでさえあんな様子だ」


 誘導されるままに地面にへたり込む皆を見回す。勢いよく戦闘を歩いていた男子も、後ろの方から今度は敵を吹っ飛ばすと息巻いていた女子も、みんながみんな疲れ果てて、あの二人の軽い感想に戦慄し、恐怖している。


「いや、でも納得した。こいつは必要だ。これは篩だよ。俺たちみたいな、覚悟の決まっていない奴らに現実を見せつける。血と痛みと死の混在するこの能力者社会に必要だと判断された……そんなものだな」


 見れば私にそう語りかけるクラウス君の膝は震えていた。今にも座り込んでしまいそうな恐怖をこらえて立ち上がっていた。


 よく言われる言葉に、小鬼程度ならば武装した大人ならば確実に勝てるだろう。という評価がある。実際、能力という特権を持つ私たちは悠々と小鬼を殺していた。だけど、鬼人には蹂躙された。鬼人は小鬼がいるところに生息するという魔物だ。つまり、小鬼に出会うということは鬼人に出会う可能性が少なからず存在するということに他ならない。

 ダンジョンというのはもうすでに経験した通り、いろいろと気を使わなければならない場所。その上、どこから襲われるかもわからないような危険地帯。馬鹿な私でもわかる。答えをもらっているのだからわからないはずもない。


 ――この実習は、浮かれ切って自分が特別だと勘違いする私たちを叩きのめすもの。私たちに死ねと言い、劣悪な環境で死ねと言い、あらゆる不満を抱えて死ねと言い、それでもなお生きるために最善を尽くせるのかと……そんな血生臭い覚悟を問いかけるものなのだ。

 ケイス君の語ったあの言葉は、決して薄情でも何でもなく、能力者社会における常識を覚えろと言っただけに過ぎないのだ。


 後ろからは貴族の出の生徒たちが多少の被害を受けながらも鬼人を5体も倒していた。彼らは自分たちの特権を、貴族であるということをあげて真っ先の治療を要求することもなく、しっかりと周囲を警戒したまま順に治療を行っていた。

 彼らはただ威張るだけの存在ではない。こうして矢面に立つことで自分たちの価値を証明しているのだと、そう私は思った。



 結局、私たちは怯え切ったまま、先輩たちに守られながらも震えるようにして最後の一日を過ごした。

 先輩たちが私たち平民の出の生徒のために護衛を買って出てくれたのだ。それでも、見張りがいると分かっているのにもかかわらず、毛布の中で私は震えていた。炎が私を照らし、熱を与えても私の心の震えは止まらない。

 この実習は、私たちの心に大きな傷跡を残して終了した。




 アンドレアと合流すると、お互いにあったことを話し合った。

 アンドレアもまたひどい目にあったと言っているが、彼女に怪我はない。私のような心の奥底での恐れも感じ取ることができない。


「ねぇ、戦うのが怖くはないの?」


 思わず私は聞いていた。彼女の答えはあまりにもシンプルで、それでいてもう敵わないとしか言いようがなかった。


「なんで? だって強くなればいいんじゃない。そうしないと私は誰も守れないし、私たちにはそうする機会があるんだもの」


 そうだ、彼女は……アンドレアは覚悟を決めたのだ。

 死と隣り合わせになりながらも、それでも前に進み、そして生き残る覚悟を決めたのだ。


「それより、あの時の人に再開したって本当? 今度お礼を言いに行かなきゃ」

「――うん、ダンジョンによく潜ってるって言ってたから、集会所とかでなら会えると思う」

「そうそう、肝心の名前もちゃんと教えてよ。なんて声かければいいかわからないじゃない」

「ケイス、ケイス・グランド君だよ。なんか有名な貴族の方の弟子になったとかって話だから、アンドレアは気を付けてよ? もしかしたら貴族の方と一緒にいるかもしれないからね」


 私たちはこうして違う道に進むことが確定した。

 私はこの三日後にアンドレアと共に集会所に行って事務員の募集を見かけてそれに応募し、アンドレアは気の合う仲間と共にダンジョンに潜る。

 ケイス君にはあって、アンドレアも一緒に潜るのかなって思った時期もあったけれど……よく考えればあれは事故だったんだろう。二人の心はすれ違いながら、アンドレアはケイス君に対して様々な感情を抱きながら月日は流れる。



 私の知る限りで、アンドレアとケイス君が次にであったのは実習中の事だったはずだ。私だけならアンドレアがダンジョンに潜っている間に丘の上の木の下で猫と戯れている姿や、一緒に昼寝をしている姿を見た覚えがある。でも、この学園の動物たちはものすごく警戒心が強いので本当に何がどうなっているのかと気になったものだ。あと猫触りたい。

 二人の出会った実習の内容は本当に単純で、ある程度の人数に分けて、他人との協力は許可されているが、妨害も同時に許可されるサバイバル演習だった。

 細かいルールまでは覚えていないが、学園内の演習林を使って一週間を生き延び、さらに指定されたアイテムを獲得するという内容だったはずだ。因みにこのアイテムは実習参加者の誰かが持っているというもの。情報交換などが重要になる演習だ。自分のアイテムを渡す必要はないため、究極的には全員が集まってそれぞれに必要なものを交換していけば全員クリアできるという内容。

 でもこの学園はそんなに甘くない。実習終了時に持っているそのキーアイテムを成績に考慮すると宣言していた。つまり、誰も自分から自分のアイテムを喜んで渡すなんてことはないのである。


 実習中、私は運よくすぐにアンドレアと合流できた。お互いにお互いのアイテムが指定されているものではないということを確認したうえでまずは生き残ることを重視して行動していた。

 開始から三日目、二人で移動中に足元を急に救われるような感覚と共に私は空中に逆さ吊りにされていた。思わず荷物も手から離して落としてしまっている。私を心配して声をあげて上を見上げてしまったアンドレアもかわいらしい「きゃぁ」という悲鳴と共に同じように足を吊り上げられてしまっていた。

 さすがに二人ともズボンだったからパンツが見えてしまうだとかそういう事はなかったものの、か弱い女性に対してこんなことをするのは誰だと周囲を見渡すと、当たり前のように彼は私たちの下……ではなく上から降りてきて荷物の中のアイテムを回収し始めていた。


「あ、あんたこんな罠使うなんて恥ずかしくないわけ!?」


 アンドレアのセリフに彼、ケイス君は少し笑うと、本当に軽く返した。


「ちっとも、まさか二人組の両方が引っかかるとは思ってなかった罠だし」


 あとになって調べたからわかるが、どうやらちょうどこの獣道として使える場所に三重でくくり罠のようなものを設置していたようで、よくよく見ると起動は手動によるもの……もしかしたら設置には念動能力くらいは使ったのかもしれないが、完全に能力すら使わずに二人そろって無力化された形になる。

 アンドレアはケイス君のセリフに食って掛かっていったが、私としてはこんな罠にかかってしまったことも、無力化されてしまったことにも恥ずかしいと思った。しっかりと結ばれているようでなかなかこの体勢では力が入らず、ほどくことができない。

 ケイス君は適当にアンドレアの言葉を受け流しながらキーアイテムだけすぐに拾い……私たちの方を見て一つため息をつくと背負い袋にキーアイテムをしまいながら何かの薬草?らしきものを私たちの袋の上に置いた。


「ちょっと、降ろしていきなさいよ!!」

「いや、降ろしたら殴り掛かられそうだし……何より人間持っている道具と能力を使えないのはどうかと思うんだ。あ、そのロープはあげるから、今度からはせめてもうちょっと足元にも気を付けておけよ」


 そういって彼はさっと素早く走り去った。この足場の悪い森の中で素早く走り去る彼に少しばかり驚いたが、それよりも彼の言葉が気になった。


「あいつ信じられない! 乙女の荷物をあさった上に放置していくなんて!」

「あ……」


 私は初めの時に習ったことは忠実に守っていた。当然、腰にはナイフが装備されている。アンドレアも自分が使うナックルには刃がついている部分もあるし、腰には採取用のナイフが入っているはずだ。体制が悪くともロープは切れるはずである。

 アンドレアにそれを伝えると、さすがに恥ずかしく思ったのかそこからは文句を言わずに地面に降りて荷物を確認している。私もすぐに降りようとして……高さにびっくりして少し前に習ったばかりの念動能力による移動術でゆっくりと姿勢を直しながら地面に降りた。

 そのあとで私も荷物を確認し……よかった、衣類とかには手が付けられていない。とりあえずほっと息をつくとケイス君が置いて行った薬草を見て、すぐにピンときた。これは確か、消毒用に使う薬草のはずである。傷の手当の時から料理に入れて香草の代わりにと、いろいろな使い道があることで有名だ。少し見つけにくいが、数は少なくないので知っていれば簡単に取れるものである。

 ――そういえば、この薬草は使い道が多いから見つけたら採取しておくといいって聞いた覚えがあるけど……まさかそこで呆れられた!? 見つけた時で良いんじゃないの!?


 アンドレアといろいろと話し合った結果、一応持っていくことになった。正直お互いにおとなしく持って行くのは嫌だったけれど、あっても困らないということで合意した。

 もっとも、晩の食事に使用したし、何とか狩ることができた野兎の肉の保存、さらには採取時に棘で怪我した場所の消毒と本当にいろいろと使ったのは別の話。

 一週間が経過し、私たちはまだキーアイテムを入手できていなかったので集合場所近くで張り込んでみることにした。そして……


「あんた……!!」

「いや、まさかと思うけど仕返しのためにここで待ち伏せしたとかそういうオチはないよな?」

「あるわけないじゃない! 時間がないから私たちのキーアイテムとあと持ってたら銀製の鍵と青銅の魔鏡持ってたら出して!」

「いや、なんというかすさまじい要求にどう対応したらいいか悩むんだけど……とりあえず返答としては、そっちの…………ドミニクのキーアイテムはトレードに使ったからないし、お前のキーアイテムは知り合いのキーアイテムだったからあげた。そしてその二品は持ってない。これでいいか?」


 ――すっごい雑な説明だ……!! って、私の名前だいぶ悩んでたよね! 忘れてた!?

 しかもかなり面倒そうに対応してるよ、アンドレアの性格的に絶対怒るよね!


「いいわ、それならあなたの持ってるキーアイテム全部で許してあげるから」

「あ、そう」


 そういうとケイス君は脱兎のごとくにげだした。って早い。あれ本当に放出型なの!?


「逃がすか!」


 アンドレアがその身体強化を十全に発揮して走り出し……当たり前のように宙刷りにされた。

 そのまま彼は踵を返して私を迂回するように駆け抜けていった。アンドレアは少し苦戦しながらまた釣りあげているロープ(今度は蔦を編んだものだった)を切り裂いてまた追いかける。


 私は、少し離れていたからか、どうにも体が追いつかなかったからか、彼女の存在に気付くことができ、そして注意を促すことができた。


「アンドレア! 後ろ!」

「!!」


 私の声を聞き取って、アンドレアは背後から迫る彼女の一撃に対して防御することができている。ただ、そのままアンドレアは大きく体勢を崩し、地面に転がる。その隙をはっきりとついたその少女は小柄な体に似合わないほど凶悪なスタンプを二度、三度と繰り返してアンドレアの体を痛めつける。アンドレアが能力を使ったのか、防御はしっかりできているようで、何とか体勢を立て直し。


「はい、二人ともストップ。さすがに俺も俺にとって無意味に二人と痛めつけるのは良心がいたむ。特にそっちの赤毛の女。友人が痛めつけられるのを見たくないだろう? ここは引け」


 その大きな声が、ケイス君の声が私のすぐ後ろから聞こえる。首の後ろには冷たく鋭いものが突きつけられた感触がする。私が人質になってしまったんだ。それだけはわかった。

 よく見れば、アンドレアと戦っているのはかなり小柄な体型で、赤い髪の少女……エリンちゃんだ。学年でも一二を争うほどだって聞いている。


「――っ!」

「はい、それじゃあこれで終わり、もう仕掛けてくるなよ? 次は警告なしで切るからな」


 そういって冷たく鋭いものの感触が消える。膝から力が抜けて座り込んでしまった。振り返ってみれば、鞘にナイフをしまう様子が見て取れる。

 ケイス君とエリンちゃんは二人で話しながら歩いている。


「やっぱり普通に押し通ってよかったんじゃない? 早いし」

「さすがにあのレベル相手だと課題クリアの可能性を潰すのはやりすぎかなってなぁ……」


 そんなことを言いながら歩いていく。アンドレアは私の方に駆け寄ってきてくれているが、屈辱に顔が真っ赤になっている。


「あ、そっちの赤毛の方、お前その武器合ってないぞ」

「うっさい、死ね!」


 振り返って忠告? のようなことを一言言うとそのまま二人は私の視界から消えた。アンドレアはこの時かなり頭に血がのぼっていたけれど、どうにか落ち着けるのに10分くらい使ってしまった。

 この後、結局何人かを倒してキーアイテムを入手したが、自分たちのキーアイテムを入手することはなかった。


 結果として、全員の獲得キーアイテムが公開されたのは実習が終わって三日後の事だった。ただ、ケイス・グランドの名前のところにアンドレアのキーアイテムである銀製の鍵があったので絶対にアンドレアには言えないなと私は思った。



 これ以外にもアンドレアは実習で何度となくケイス君と関わろうとしていたが、組み合わせが悪かったり、単純に会えなかったりと不満を募らせていた。

 そんなあるとき、去年のことだ。アンドレアが私と組み合わせが違うとき、その事件は起きた。

 なんという事はないものだ。好きなようにチームを組んでの実習。最終的に組み合わせの集団で山を登るというもの。そこでアンドレアがケイス君に同じチームに入れてもらうように頼んだら「邪魔だからいらない」と断られたというのだ。

 ――アンドレアの性格的に、多分そんなまっすぐに入れてほしいなんて頼んだとは思えないけれど、結果的にアンドレアは断られたんだと思う。


 実習が始まる直前、アンドレアはものすごい怒っていた。どうにもケイス君が断っただけで、ほかのメンバーは受け入れてもいいような雰囲気だったそうだが、ケイス君が真っ先に答えて、アンドレアの参加を拒否したらしい。

 しかも邪魔呼ばわり。アンドレアは純粋に実力を示して順位が5位になっていたし、ケイス君のいるグループではケイス君が20位というだけで、それ以外はそもそもとしてダンジョンにもほとんど潜らないようなメンバーだったという。それなのに実力を加味したうえで邪魔呼ばわり……そういって長々と愚痴を聞かされた。


 ――私は本当にびっくりしたのだ。何せ実習の終わりごろにトラブルが起きたと言って、ヘンリー君に率いられて別の組の場所に向かえば、大けがをしたケイス君と、彼を治療しているアンドレアの姿……まるで予想もできない。

 しかもアンドレアは必死になって治療しているし、むしろ怪我した側のケイス君の方が余裕そうだし、あとで話を聞いてみれば実習に向かう前とはまるで正反対の評価をしている……。この時私はケイス君が実は特殊型で洗脳に近い能力でも持っているのではないかと疑ったほどだ。

 よくよく話を聞いてみると、ケイス君がアンドレアをかばったということや、野営の時にみんなを助けただとか、そういう話だ。正直どういう理由なのかよくわからない。とにかくアンドレアがとてつもなく恋愛脳に近い何かなのかと疑ったが、そもそもとして非常に意識していたのだ。その相手が命を懸けて助けてくれたら……確かに格好いいと思うかもしれない。でも、それって割とダメ人間にはまりそうな思考ではないだろうか?

 そんなことを考えたが、私は口を閉ざしておいた。私も恋する乙女の熱に水をぶっかけるなんて自殺行為はしたくない。


 そのあと、アンドレアは今まで使ってきたナックルを置いて剣に武器を持ち替えた。なんでもお見舞いに行ったときに出会った近衛の女性(何でそんな人がお見舞いに来ているのかは知らない)と出会って、散々に敵視されたらしい。稽古をつけてやると言われて叩きのめされ、それを見ていたケイス君から「能力の効果で動きが硬くなっているから、肉弾戦はやめたほうがいい」と忠告されての事らしい。私じゃ両手を使っても振り回せない剣を買って使い始めていた。


 それからというもの、アンドレアは何度となくケイス君に関わり、そして騒動を起こしてきた。今回もその一環だろうと思っていた。

 ヘレン王女の護衛を決める決闘。はじめに驚いたのはジョエル君がアンドレアを一撃で打ち倒してしまったこと。そのあとほとんど真を開けずにケイス君とジョエル君の戦いが始まった時には私は意識を何とか取り戻したアンドレアのすぐ近くで、窓から見える戦いを見守っていた。

 化け物が出てきたときにはアンドレアがまだ動ける身体じゃないのに無理に動こうとして苦しんでたし、ケイス君が戦ってる時にはあと一歩でフィールドに出ていくほどまでだった。結果、ケイス君が吹き飛ばされて、アリーシャ様が化け物を何度も真っ二つにして、それで終わった。


 決闘の時、私が一番心に残ったものは何でもない。

 ケイス君があの時にアンドレアの剣を手にして、なおかつ槍という武器を念動能力を使ってあの化け物の喉元に突き刺すという。最初の実習によく似た光景と、そのあとに吹き飛ばされ、倒れるケイス君の姿だった。


 ケイス・グランドという人物は、私の知る限りでは倒されるというのが予想できる人物じゃなかった。いつも無傷でクラウス君の元で受付を済ませる。実習でも庇うというときを除けば、純粋な戦いで逃げることはあっても打ち倒されるという場面は見たことがなかった。ある意味では、彼の強さを信頼しきっていたのだと今ならわかる。


 ――でも、あの戦いを見ればわかってしまうこともある。

 彼もまた、非力で脆い一人の人間に過ぎないのだろうと。

 そして、私は同時に恐れ、願うのだ。あのような化け物が、私の近くに突然現れることがありませんように……。


ドミニクを本編で出す予定はないです。名前だけとかちょっとした一場面に出てくることはあると思う。

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