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アザムーキーの書庫  作者: 正信
The Story of Whipple
6/9

05


 ――夢を見ている。

 夢というものには、様々な解釈がある。最も知られているものとしては、何か人よりも高度なもののお告げだというものだろう。危機を知らせたり、好機を知らせる。

 だが、これは俺の見てきた人生そのものだ。夢というよりは、過去を思い出しているだけなのかもしれない。


 俺は正当な血統と、それを裏付ける実力を持つ者だった。親からはそう育てられ、自分もそうであろうと鍛錬した。

 強化型の能力者として学園に入学し、上には上がいるということを学んだ。それでも自分は優秀だという自負の元で、家のつながりもあった人物と師弟という関係を築いた。師となった人物は俺に様々なことを教えてくれた。この学園での身の振り方、順位というものの重要性、そして俺の年であればちょうど王族の娘と師弟関係を結ぶチャンスがあるという事。

 俺はそれを目標に努力を続けた。能力の出力を上げるために鍛錬を繰り返し、実際の筋力を鍛え上げていった。実習でも班をまとめ上げ、ジョエル・シファーとして恥じることのない結果を出してきた。

 だが、うまくいくことはなかった。正面に立って敵対してくることはないが、偶然が味方して師となったアリーシャ・フィン・マクガイヤー様の権力を笠に着て己の身分をわきまえない行動を何度となくしていた。

 平民とは、我々の手足となって我々の思うが儘に動き、我々の意志を隅々までいきわたらせるための伝達機関であり、そして我々の意志を反映する体そのもの。能力者であれば外敵や魔物といった脅威への武器として働くことだけを考えるべきだというのにもかかわらず、我々貴族の領分に足を踏み入れようとしているのは幾度となく目にしてきた。あまりにも目障りである。

 とはいえ、奴は実習以外で特にその姿を人前に晒すことはなく、普段は領分を守るようにダンジョンへと向かい、人々のために魔物を狩っている。その点だけは評価すべきではあったが、今回の件だけはあまりにも領分を踏み外していた。

 ヘレン様の師……本来であれば、例えヘレン様ご本人のご意志とは言えども断りの言葉を申し上げるべきことなのにもかかわらず、平民の身分にもかかわらずその威光に縋り付こうとしていたことは明らかであった。ヘレン様とお話しするときにそのことを忠言するも、むしろこちらの出願を控えてほしいなど……あ奴が何かよからぬことをたくらんでいることは想像するまでもなかった。

 しかし、あ奴の順位は自分よりも上なのもまた事実。優秀な駒であることは変わりない。今までの努力を、この才能をもってしても普通にやっては叶わないことも十分にわかっていた。しかも、第三位のアンドレアという女までもがヘレン様の師となろうとしていることも問題だった。このままではヘレン様は平民風情に利用されてしまうだろうと思うと、私は手段を選ぶ暇などないと悟った。


 意識を同じくする同志を募り、規則を破る行いではあるが薬物の使用を決意した。そのための時間稼ぎには同志たちにも快く首を縦に振ってくれた。

 しかし、下賤な平民たちならいざ知らず、そのような禁制品を取り扱っている場など知りはしなかったので、噂をたどり、ようやく前日に売人に出会うことができた。

 売人は私に薬を求める理由を尋ねてきた。はじめは学もないものだと思ったが、予想以上に話をすることができる知識人であったようで、もしかしたらどこか尊き血を引いているのかもしれない。私は高尚な目的を売人の望むままに聞かせてやっていた。

 売人は話を聞くと私の話に感動を示し、金を払うと言ったが、それを断って最も良い品というのを渡してきた。売人は薬を渡す時に…………。


 ――意識がかすれる。何か重要な事実が欠落している。この売人は何を言っている? 薬を渡す時に何を言った? 何か大切で、忘れてはならないことが抜け落ちていないか?

 だが、俺にも、私にも、そんなことなどわからない。そんな欠落などない。ここに不思議なことなどない。お前にはわからない。


 ―――――ジョエル・シファーとは誰だ?

 これだ。この記憶のことだ。この記録のことだ。最後には化け物となり果てた男のことだ。俺が見た、読み取ったもののことだ。ならば偽りは許されない。表面の書き換えなど意味がない。偽造など意味がない。ここには真実のみがある。ここに記されない物語はない。ならば欠落などない。記憶を消すなど無駄だ。記録を消すことなど無駄だ。すべてはここに記される。これこそが―――――



 売人の男は薬を渡す時に私に『これは非常に強力ですが、同時に気をつけねばなりません。これを飲んでなおそういう事が起きるとは考えにくいですが、そのケイス・グランドという少年に敗れれば……あなたの正義の心に従い、悪を滅ぼすためにあなたの理性は消え去ります。肉体もまた、能力のために暴走してしまうでしょう』私はそのようなことはあり得ないと鼻で笑った。アンドレアは確かに強いが、奴は予想外の事にはめっぽう弱い。薬で能力が上がった私ならば一撃を入れることなどたやすいだろう。ケイスなど論外だ。奴は放出型、薬でさらに強化された私の動きについていくことなどできないし、念動能力を使う対象も少ない決闘という場では私が圧倒的に有利なのだ。

 売人の男はそれを聞くと何かを言うことなく一礼して立ち去った。その所作もどこか気品を感じさせるものであったが、やはりどこかの貴人の血を引くものか、それに仕えるものなのかもしれない。





 意識が浮上する。重要な事実を思い出す。なんでこんなことを忘れたのかがわからない。

 何はともあれ、これはアリーシャさまを通じてでも伝えるべき案件だろう。あぁ、でも結局あの後どうなったのだろうか?


 瞼は重く、体中がだるくて、鈍い痛みが体中を駆け巡る。陶器などを組み合わせて作られる人形があるが、それになった気分だ。関節一つ動かすことさえ許されず、ミシミシという音が聞こえてきそうになる。もしも間違って動いてしまえば激しい苦痛と共にバラバラになってしまうのではないだろうかという恐怖すら浮かんでくる。

 何とか苦労して瞼をうっすらと開く。それだけで体中の力を使い果たした気すらしてくる。


 見えるのは清潔感のある部屋らしき場所の天井。すぐ近くには窓があるらしく、風になびくカーテンと、その向こう側の空が見える……いい天気だ。

 眼球だけを動かして軽く周囲を見渡すと、どうやら今は病室にいるようである。いや、行ったことはないんだけど、雰囲気的にそうだと思った。

 個室が与えられているらしく、周囲に別のベッドや患者の姿は見えない。ついでに言うと枕もとで座っている美少女とかそういうのもいない。もっと踏み込んでベッドの中にいるというパターンも考えてみたが、そんな感触はない。残念。

 正直やることもないし、大声で誰かを呼ぶというのも恥ずかしいので少しずつ体を動かしていく。

 指先、手首、肘、肩……足の指、足首、膝……ちょっと気合を入れて体を起こし、体を伸ばしていく。痛みを感じるぎりぎりを目指しながら少しずつ少しずつ。


「よっと」


 体感時間1時間くらいで何とか立てるようになった。正直まだ痛いし体にも力が入らないものの、とりあえずは十分だろう。ここまでひどいとなるとどれだけ眠っていたかの方が気になる。目立った外傷もなくなっているようだし……治癒系の能力者が能力を使ったという可能性もあるか。

 かなりゆったりした服装を整えてから、さぁ部屋を出てみようと思ったところでタイミングよく扉が開かれる。そこにいたのはクラウスだった。


「チェンジ」

「ツッコミどころは多いが、気持ちはわかる」


 クラウスはとりあえずといった感じでさらに部屋に踏み込むと、奥からは死角にいたエリンが現れた。


「ん? 二人が一緒にいるなんて珍しいな」

「あぁ、ちょうど玄関口で会ってな。思ったより元気そうで何よりだ」

「治療師さんの話ではそろそろ起きるだろうけど動けないって話だったんだけどね……元気そうで何より」


 そういってクラウスは部屋の中に来るとイスを二人分用意して俺と話しやすい位置に置く。その間エリンは荷物の中から果物とナイフを取り出すと、部屋にある皿に切り分けて並べていく。


「そうなると、その果物は『はい、あーん』って食べさせてくれるつもりだったのか? それならあと30分くらいは寝てた方がよかったかもしれないな……」

「はいはい、またの機会にね」

「俺、たまにお前らの間に何もないってことが信じられなくなるんだけど……俺の知らないところで一線超えたりしてないよな?」


 クラウスがどうにも居心地が悪そうに聞いてくるが、全くと言って良いほど何もない。小説とかにありがちなラッキースケベな関係も、お互いに秘めたる恋心を抱いているとかいう関係もない。


「正直なことを言うと、下手な親子関係よりもダメな部分知られてる気がするから全く取り繕う気が無くなるんだよな。純粋な願望を垂れ流してもスルーされるし」

「私としても、アリーシャ様の指示で何度も部屋に入っているし、そこで見たくないもの含めていろいろ見ているし、今更この程度のことでおろおろすることもないというか……」

「なんというかすごいよ、お前ら。そしてアリーシャ様すげぇよ」


 よくわからないことをクラウスが言い始めたが、特に気にしない。


「そんで、結構気になっていたんだけど、あの後どうなったんだ? とりあえず解決したんだろうとは思うけどさ」

「あー、あの後はアリーシャ様が何度も真っ二つにして……途中で再生しなくなった。詳細はわかんねぇし、教務の方からも特にあの件に関する発表はない。生徒間の噂話はもういろいろありすぎて特に主流って感じのものはねぇな。説得力のある物すらない」


 軽くその後のことを聞いてみても、結論から言うならば「解決したみたいだけどよくわからない」だろう。エリンに聞いてみてもそれほど大きく対応は変わらないが、単純に言っていないだけという可能性が結構あるのでそのあたりは信用していない。俺の人を見る目はそれほどいいというわけではないと知っている。


「あぁそうだ、おめでとうケイス。お前が姫様の師匠に決まったぞ」

「あ、そういえばもともとそういう決闘だったな。でもあいつは薬物使用による失格扱いだろう? そうなればアンドレアは俺と日を改めて決闘を要求できそうな気がするんだが……」


 制度上どうなるのかはわからないが、少なくとも薬物使用がアンドレアとの決闘時にも使用されていたのはほぼ確実だろう。俺はそうだと知っている。証拠はないが。

 それに、アンドレアがどういう理由で決闘に乗り出したにせよ、ここで引き下がる理由はそれほどないように思える。


「ケイス、これどうぞ」


 疑問を浮かべていると、エリンから一枚の若干高級そうな紙が手渡される。さっと目を通していると、だいたいの状況が読めてきた。


「あー、なるほど、そういうふうに処理したのか」


 紙には簡単なこの件への参加者向けのことが書かれていた。さすがにあれほどの事件で何もなしはまずいと判断したのかもしれないが……。

 内容としては単純に言うならばあのジョエルの唐突な変貌が始まる前の段階で決闘は終了していたとして判断するというものだ。事実としてあの時点で勝敗はついていたし、あとは宣言を待つだけというような状況だった。学務としては、そこで決闘が終了しているものとして判断し、勝者を俺に決定。そのあとでジョエルの暴走が起きているものとして処理をするということである。そのため薬の使用はほぼ確実だが、証拠が証言しかなく、最終的な勝者も薬物を使用していないためこのまま処理をするということでまとまっている。


「ん? ちょっと待てよ。ジョエルに対して薬物使用の検査はできていないのか?」

「そうなんだよなぁ……どうにも研究機関に死体は回されているっぽいんだが――」

「――その件に関しては確実に回されているから安心して、ただ本当によくわかっていないというのが現状みたい。アリーシャ様が「本当に人間だったのか!?」って知り合いに詰め寄られたって愚痴っていたから」


 ――なるほど、ワカラン。

 というのは置いておくとして、本当にわかっていないのだろう。検査もできていないとなれば検査の結果もふざけたものになっていると考えるべきだ。薬物使用を確実に判断する方法は今のところないと考えるのが自然だ。少なくとも俺の知る限りではこんな症例は聞いた記憶がない。アリーシャ様の言っていた『ああいうやつ』というのは確かに記憶の中にはあるが、それはダンジョンの比較的奥深くにいるはずの存在であるし、見た目も全然似ていない。『巨大な再生能力に優れたやつ』と考えれば同一だが……だめだ、対処法は準備出来てもほとんど分からない。基礎能力が足りないのだ。俺の知る討伐例も全て能力による力押しである。

 ――こう考えていくと、前例がないことにはめっぽう弱いな、俺。



 話を始めてから少しすると医師が現れて簡単な問診をした後、今日一日様子を見たら明日には帰ってもいいというお達しをいただいた。俺が大丈夫だということがわかると、クラウスとエリンは帰っていった。もともと寝ているか動けないだろうと思って様子を見に来てくれたらしい。

 まだ気になることがないわけでもないが、退院できるというのであれば引き留めてまで聞き出す必要もない。


 日が沈む。出された食事は食べ終わり、普段なら部屋に戻って眠る準備をしているような頃合いだ。もしかしたら燭台に明かりをともして何か作業をしているかもしれない。

 ただ、どうにも目がさえる。ずっと寝ていたと考えれば確かにまだ眠くならないのはある意味わかりやすいものだ。窓の外に目を向け星々を見る。星を見るなんてことをするのはすごい久しぶりかもしれない。

 俺はこの先のことを考えながら、眠気が来るまでぼんやりと夜空を見上げ続けていた。




 それからというものは、かなり順調に進んでしまった。特に誰からの妨害も、文句も言われずに師弟となることができた。現状としては最初の講義ということになっている場面だ。場所は小高い丘の上。若干遠巻きにギャラリーがいないわけでもないが、近くによって来る人はいない。

 なお、せっかくだからとちょっとだけ勉強した敬語を使ったのだが、即刻辞めてほしいと頼まれた。謎だ。


「さて、いろいろあってこうして師となったわけだけど……何から説明しようか。免除される授業の講義はいらないことしかわからないわけだが」

「あ、はい。できればあの決闘で何をやっていたのかを教えていただけたら嬉しいです。放出型が強化型に近接戦闘で戦うのは基本的に不可能といわれていますから」


 敷物の上にちょこんと座りながらこちらをまっすぐに見ている王女ことヘレン様。これが保護欲をそそられる外見というものなのだろう。


「一応伝えておくと、たぶん半年後くらいに実習で聞くことになる知識だ。あと、基本的には使用は推奨されていない」


 と、定型文のようなものを並べたが、案の定反応は芳しくない。サラッと流して頷いているように見える。まぁ、内容がわからないとどうしようもないのはわかる。


「まず、何をやっているかっていうと単純に念動能力を使っているだけだ。ほら、こうやって装備品に念動能力は書けることができるだろう? だから身にまとっている装備に念動能力をかけて無理やり体を動かす技術ってことだな。うまくやれば空を飛んだり、放出型でもある程度の威力の近接攻撃をすることができる」

「? それなら推奨しない理由がわからないのですが……?」

「単純だよ。単純に体がついてこない。やればわかるって投げてもいいんだけど、実体験として話すなら5分も使えば使用箇所に関わる関節部分がいたむな。下手な奴だと骨折する」


 これについて聞いたときにはなんて便利な方法なんだと使い始めたが、本当に体中が痛くなっていくのだ。それゆえに個人的には緊急時の非常手段として使うというのは本当に理にかなっていると思う。何よりやっていることは強化型の劣化に過ぎないし。


「……それなら、他人の装備に念動能力をかけるというのはどうでしょうか? それならば対人戦でなら使えると思うのですが」

「あ、無理。やってみればいいよ」


 そういうとヘレンは俺の衣服に念動能力を賭けようとしているようでじっと目線が向けられているが、全く効果はない。


「無意識の問題とかがあるらしいんだが、念動能力に必要な『認識』の点でダメになってしまうらしい。『装備品』として見れずに『○○の装備品』とみなしてしまうからいけないって聞いたな。要するに体の一部みたいに見てしまうらしい。詳しい理屈は学者に聞いてくれ」


 とはいえ、俺の知る限り仮設の段階で、詳しい理屈が立ったという話は聞いた覚えはない。


「そういう事でしたら、自分の装備品に能力を使うこともできないのでは……?」

「そう思うのは自然だと思うんだけどなぁ、実際つかえているわけだからどうともいいようがない。『自分とそれ以外』っていうわかりやすい違いがあるからって聞いた記憶はある」


 理屈がつかないが、実際にそうなっているものというのはある。順序が逆なのだ。理屈は現実に起きたものに対して見出すものであって、人間が理屈を決めたらその通りに物事が動くわけではない。


「まぁそういうわけだから、練習するなら服全体にかけて緊急回避のための手段にしておいた方がいいな。それ以上を目指すなら地獄を見る羽目になるとも思っておいた方がいいよ」


 因みに、俺はジョエルとの戦闘で見せているようにかなり細かい操作をできるようにしているが、かなりひどい目にあっている。そもそもとして念動能力にはあまり精密操作は向いていない。その点に突っ込まれることはなかったが、まぁわざわざ教えてあげるほど俺は優しくはなかった。

 ――まぁ、相手は馬鹿にできるような相手ではなかった。


「しかし、ケイスさんはジョエルさんとの決闘の時にはずっと使っていませんでしたか?」

「あーうん、使っていた。もうちょっと正しく言うと、その前の試合でも攻撃を受けるときには使ったな。俺自身一人でダンジョンに潜る関係上ああいった技能は必須の技能だったっていうのが理由なわけだけど……おすすめはしない。それよりは自分の能力を鍛え上げたほうが正当に強くなれる」

「正当に……?」


 どうやら、強くなる道というものが理解されていないように見える。俺の進んだ道がどれほど回り道で、誰にでも通ることができる獣道であり、自分の目の前にあるのが自分しか進めない舗装された近道だという自覚がないようだ。


「よし、せっかくだから簡単に考えていこう。せっかくだ。こそこそ様子をうかがっている奴にも協力してもらいたいものだが……」


 そういって周囲を軽く見渡すと、自分は関係ないとばかりに顔をそむけたのがほとんど、何名かは名前を売るためかはっきりとこちらを見返し、そしてごく少数……というより狙った相手は唐突なセリフに混乱している様子が見て取れる。


「ということでアンドレア。ちょっと協力してくれ」

「え、ちょっと……」


 アンドレアは近づいたと思ったら唐突に名指しで手を貸すように頼まれて完全に混乱状態にある。そんなことはお構いなしに話を続ける。


「ズバリ、客観的な評価としてだ。あの決闘の時のジョエルと俺、どっちの方が一撃の破壊力がある?」

「え、それは考えるまでもなくジョエルでしょう」

「じゃあ次に、どっちの方が耐久力があると思う?」

「それは……たぶんジョエル? 重さがあるわけだし」

「オッケーありがとう」


 完全に混乱中の中で連続して質問をした。すまないがこのまま続けさせてもらう。


「簡単に比べて、自己評価だが単純な破壊力ならあの時のジョエルの攻撃の破壊力は俺の十倍くらいはあっただろうな。俺の攻撃力じゃあ正面からアンドレアを一撃で落とすなんて確実に不可能だ」


 そういいながら持ってきた羊皮紙にケイス10、ジョエル100と記入する。


「次に耐久力、こっちはまぁそれほど変わらないだろう。打撃の一撃にはジョエルの方が強いだろうが、どちらにせよ刃物が突き刺さる。そうなると、多少はあちらの方が高いだろうが、大きな差はないと考えるべきだろう」


 そういってそれぞれの名前の数字の右に10と12と記入する。


「速さは……単純な動きの速さなら互角かな? 違いがあってもそれほど大きなものじゃないだろう」


 そういいながら10と10と記入する。

 だいたいの基礎的な要素はこれでいいだろう。体力だとかいろいろ増やしてもいいが、あの場面で使われたとは思えない。


「よっと、基本的なこの三つでいいか。んで、こいつを基礎能力とする。基本的にはこの学園ではこの基礎能力を伸ばしていくことを重視している。

 とはいえ、何の能力によるバックアップもなしにこいつらを伸ばしていくのは難しい。強化型はこれらの能力を伸ばしやすいっていう特徴があるから、同程度の実力者の決闘だと強化型が有理っていうのはこれらが伸ばしやすいからだ。放出型はどうしても速さや防御能力を伸ばすのがかなり難しい」

「ケイス、それじゃああなたがジョエルに勝てた説明が成り立たないんだけど」


 巻き込まれたからか、そのまま講義の中に入り込むアンドレアだが、これもある意味で狙ったことなので問題ない。さすがにこのまま放置していい方向に向かうとは考え難いのだ。


「ツッコミありがとう。じゃあアンドレア、ほかに戦闘で重要そうな要素は大きく何がありそうだ?」

「そうね……単純な技術かな? やっぱりうまいって思える人はいるし、あとは能力そのものの特異性と情報」


 思ったよりもすらすらと出てきてくれるものだ。抵抗なく参加してくれるのはうれしい。


「一応説明を入れると、技術は当てるのもそうだが、攻撃されない技術なんかも含まれる。こいつは放出型には必須だ。これがないと近づかれた瞬間終わりのくせに、速さは相手が上となれば技術で埋め合わせるしかない。能力によるものは個人差がすごいからいったん省略、情報は……ある程度は知られていることが多いし、逆に全く分からないなら知られたら詰みそうなやつか、戦闘に使えないか、使ったことがわかりにくいかだ」


 一気に説明していく。そしてそれらの項目として最後に二つだけ数字を記入していく。


「んで、ジョエルとの決闘に関して言うなら、この技術面で俺はあいつを上回っていると確信している。具体的な数字は任せるけどな。情報に関しても、俺はあいつの情報を知っていたが、あいつが俺の戦闘方法をしっかりと認識していたかといわれたら恐らくは違うだろう」


 そういって羊皮紙とペンをヘレンに渡すと、少し考えてから技術面で50と5と記入、情報に関しては10と0と記入した。

 ――ヘレンから見てもジョエルの技術面での評価は低いらしい。実際直線的だったしな。


「さて、ここで問題となるのが、どうやって戦闘時のものを考えればいいかだが……だいたい俺はこの技術面を攻撃回数の頻度と同じ比率になると思っている。今回なら俺が10回攻撃する間にジョエルは1回しか攻撃を当てることができないってわけだ」


 実際のところこんなに簡単ではないが、単純な説明なのだからいいだろう。


「そうなれば、俺を圧倒的に上回っていたジョエルの攻撃力はほとんど意味をなさない。俺の攻撃がジョエルにしっかりと有効打を与えることができる状態で、しかも攻撃をすることができる前に倒されてしまうなら攻撃力には何の意味もないんだ」


 数字を見比べながら単純に話していく。


「それでは、何故学園は技術を鍛え上げようとしないのでしょうか? 基礎能力の向上に力を入れているという話でしたが」

「あぁ、なるほど……」


 ヘレンが疑問を呈するのと同時に、どうやらアンドレアには学園の方針の理由も、俺の言っている意味も分かったのだろう。


「アンドレア、よろしく」

「なんで私が!」

「いや、わかったっぽいし、こんなこと考えてやっている奴なんていないと思っていたから本当にわかったのかとちょっと疑問に」


 と、率直な感想を申し上げると若干こめかみをぴくぴくさせながら口を開いた。TPOを考えたようである。


「能力者の主な仕事は魔物の討伐、魔物はここで出したところの基礎能力が人よりも基本的には高い。特に破壊力と耐久力ね。この二つは本当に人とは比べ物にならないくらい高いものがいる。そんなやつらも倒さなくてはならない。そうなれば防御よりも先に殺す方が優先されるべき……そういう事でしょう?」

「俺もそうだと思っているよ。そもそもとして、たまに出てくる大型の魔物とか下手な攻撃が通用しないっていうじゃないか。防御も専門の能力者が一撃防げるかってレベルだ。それなら鍛え上げた能力による一撃を確実にぶち込んで葬り去るほうが効率的だ。別に一人でやらなきゃいけないわけじゃないからな」


 そう、だいたいの場合において初手で全力の一撃を当てたほうがいいに決まっている。それで決着がつくのであればためらう必要などない。それができないのはそのあとも戦闘が予想されたり、代償が重いかのどちらかだ。


「でもその理屈って、あくまでもちゃんと一撃で倒せる前提よね? そうじゃないならしっかりと防御面も鍛え上げないと意味がないと思うんだけど」


 防御系の能力者だからか、アンドレアが鼻を鳴らしながら反論してくる。ただ、実にありがたい指摘だった。


「ごもっとも。ただ、そういった系統の能力者以外が防御能力を高めても、大抵の場合無意味だ。どちらにせよ一撃で葬り去られる。まぁ、一番いいのはそれぞれの個性ともいえるような能力の方向性をしっかりと考えたほうがいいってことだな。あとは将来どういう場面で能力を使用するかも考えたほうがいい」

「それでは、ケイスさんはどのような方向性で能力を鍛えているのですか?」


 何気ないヘレンの疑問だが、ここで俺は言葉が詰まった。二人の視線がまっすぐに集められる。


「あーうん、アンドレアはどうなんだ?」

「私はそういう意味で鍛えたことないし、聞かれているのはあなたじゃない」


 ごまかそうとしているのがありありと見える場面だ。明らかな不信の色が見える目がこちらを射抜いている。愛想笑いを浮かべながら、どこまで正直に話すべきかと悩み、方向性くらいは伝えておくことで決定する。


「俺は別に戦闘向きの能力を持っていない。それに念動能力の出力も割と頭打ちになりつつある。うん、まぁ端的に言って……成長の方向性がかなり限られている」


 そういうとアンドレアは少々驚いたような表情をした後、すぐに納得した様子になる。ヘレンはまだうまく理解できていないのか疑問が残っているような表情だ。


「つまり……すでに実力面では頭打ちに近いということですか?」

「端的に言うとそういう事だな」


 微妙な沈黙が流れる。もちろんこの先の成長が全くないわけではない。肉体的な成長は間違いなくあるし、基礎的な能力も今後じわじわと伸びていくだろう。ある時に急に増え始めるかもしれない。しかしある程度の限界点が見え始めているのも事実だ。


「まぁ、俺の話はどうでもいいというか、うん、いまさら感が半端じゃないけどアンドレアは自分の弟子はいいのか?」

「思いっきり話をそらしているけど見逃してあげる。私の弟子は本当に特権目的だからその点は問題ないわ。私も義務の消化が目的だし」

「そういう人もいらっしゃるのですね……」


 ヘレンはおそらく『せっかくだから何か教わればいい』と思っているのかもしれないが、半分くらい放任されているのは俺も同じだ。はじめのころはかなり積極的に教えてもらっていたものの、それでも週一のペース。今では報告込みでの月一だ。


「あぁ、実際俺も次の講義は再来週か来月くらいのつもりで動いていたしなぁ……実習までにそこの注意事項さえ伝えておけば問題ないだろ」

「え?」

「そんなつもりだったの?」

「ん?」


 女性陣二人からいきなりツッコミをくらう。え、ちょっと予想外だったんですが……。


「能力強化の方針とか、ダンジョン侵入許可のための同行とか、そういったものはやらないの?」

「え、潜るの?」


 能力強化の方針は今やってしまうつもりだったし、ダンジョン侵入許可も少しずつでいいと思っていた。こんなにすぐ潜ると思っていなかったのである」


「いえ、私はそちらではなく……てっきり毎日指導をするものとばかり思っていました。私は兄からそう聞いていたので」

「あぁ、レオナルド王子殿下か。俺もダンジョンに潜るからそもそも毎日なんて無理だ。指導してほしいっていうならある程度は時間を取るけど…横のつながりを作ったり、付き合いだってあるんじゃないのか?」


 因みにレオナルド王子殿下は俺が一年の時に七年だった先輩でもある。直接の面識はないが、とんでもない変人として有名だ。アリーシャ様が何度も言っていた。因みにアリーシャ様はレオナルド王子殿下の護衛の女性、イフェリネさんを師にしていた。こちらとは面識があるものの、あまりいい印象はない。

 というのも、彼女は俺がアリーシャ様の弟子となることに非常に好意的に受け取り、なおかつ妙に面倒を見ようとしてアリーシャ様が止めようとしているという光景を見たほどである。正直に言って怖かった。


「いえ、それほど手を煩わせるわけにはいきません。ただ、イフェリネさんに話した時にものすごい勢いで積極的にかかわるべきといわれたので……」

「あの人、正直怖い……」


 俺がポツリと言葉を漏らすと、勢いよくアンドレアが頷いていた。因みにアンドレアは妙に敵視されていた人物である。アリーシャ様は『ものすごい勘のいいひと』と言っていたが、それが能力によるものなのか、天性のものなのかはわからない。ただちゃんとした理由もなく勘やなんとなくで動くため、すさまじい人である。よく護衛務まるよね。


「冬の休みには連れてくるように言われているのですが……」

「申し訳ないが無理」

「とてもいい人ではあるんですけどね……」


 どうやらヘレン自身彼女の性格をよく把握できているようで、こちらの対応にも納得しているようである。

 俺はひとつ大きく息を吐きだして空を見上げた。晴れた空には、前に見た時よりもずっと多くの雲が漂っていた。


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