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アザムーキーの書庫  作者: 正信
The Story of Whipple
5/9

04


 校則10条 決闘制度に関して

 決闘は生徒同士の問題を解決するための手段である。お互いに引くことができない問題に直面した時の解決方法として用いる他、成績順位向上のために使用する。

 この時、後者の目的で使用する場合は成績上位者の同意が必要となる。また、報復を禁ずるために一度決闘で負けた場合は1か月間の休止期間を設ける。ただし、教員が妥当と判断した場合に関してはこの限りではない。


 決闘の方式としては、1対1で行い、あらゆる攻撃手段を許可するが、立会人となる教員の合図よりも前に能力の使用や攻撃行動を開始したものに関しては反則負けとして処理をする。

 決闘時の禁止事項としては、薬品などによるドーピング行為、第三者による介入、相手を故意に殺害すること、決着後の追撃があげられる。

 何らかの理由によって複数人での決闘が行われることとなった場合は、一対一の戦闘を複数回行い、勝者を決すること。この時、集団と集団との闘争としての決闘が行われるときにはそれぞれの中から代表者一名が決闘を行う。


 そのほかの細かい決闘に関するルールは本項に反しない範囲で教員に一任される。




 さて、やってきたのは決闘の日。正直怖いのはアンドレアだけだが、油断していれば残りの二人にも負けかねないというのが自分の戦闘の特性上悲しいものだ。基礎能力が低いのがいけない。

 こちらとしては……まぁ準備だけはしっかりとできたとだけ言える。勝ち目そのものはやはり変わらないが、負ける可能性は低いと考えている。


「さて、と……頑張りますかね」


 背中には愛用している槍ともう一本新しいほとんど同じ長さの槍を背負い、動きやすい革鎧を身にまとう。腰にはナイフを2本差しておき、あまりひらひらとしないようにしっかりと袖口を防具を止めるひもで縛っておく。

 槍の一本と2本のナイフが今回の準備の品だ。どう使うかと聞かれたら説明に困るが……一言でいうならば不意打ちだ。


 軽く体を伸ばしてから部屋を出て、会場となる場所へと足を進める。自分でも意外なことだったが、思っていたよりも興奮しているようだ。彼女の娘の師という立場になりたいと心の底では思っているのかもしれない。実際、いやだと思ったらやめることができる立ち位置にはあったのだから。

 そんなことを考えながら、会場へとたどり着く。ある程度の数の観客がすでに到着しており、ぱっと見ただけでも知っている顔、知らない顔など様々だ。もちろんその中にはよく知っている顔も含まれているが、からかわれるのは嫌なのでとりあえずはそのまま控室として言われている場所に向かう。


 控室として用意されていたそこにはすでに二人が待っていた。アンドレアともう一人、確か27位の男子生徒だ。名前は正直に言って覚えていないが、確か強化型で、能力は「力の一点集中」である。使い方次第では非常に強力なのだが、いかんせん本人の技術が伴わずにあまり知られていなかったのだ。売名行為は何度となくしていたが……。

 入ってすぐにアンドレアからはきつい視線を向けらるが、そこまで余裕があるわけでもないので無視しておく。人数が4人なので、トーナメント形式にしてやるとは聞いているが、戦う順番もあるので装備をとりあえずおいて身軽になっておく。組み合わせはまだ聞いていないのだ。


 数分間の居心地の悪い沈黙が続き、新たに一人部屋に入ってくる。その人物はこの決闘を取り仕切る教員。あれ、一人足りなくないか?


「ジョエル君はまだ来ていないのですか?

 いえ、失格になるのは決闘の時間の時なので構わないのですが……。ではまずは組み合わせの発表です」


 そういって紙を渡される。……どうやら相手はピート・エンゲラーというようだ。あぁ、こんな名前だった。思い出した。決闘そのものは最初のもの。開始はあと10分後だ。やばい、思ったより緊張してきたかもしれない。


 そのまま十分という時間はすぐに過ぎていき、決闘の時間となった。今回気を付けるべきは一撃の威力というもの。そこにさえ気を付ければ問題はないが、言い方を変えるとその一撃をもらってしまったら確実に敗北する。さらには基礎能力はあちらが上となれば……決して楽な戦いではないだろう。

 そもそもとして決闘は放出型よりも強化型の方が有利なのだ。言い訳にするつもりはないが、やはり差があるという事実から目を背けることはできない。



 広い訓練場を貸し切って行われる決闘。フィールドはこの訓練場すべて。50m四方程度の広さのほぼ正方形をしており、中央あたりで距離を10mほどあけたのが初期位置となる。

 こう、普段は人の多いところで立会人の先生と、相手の三人だけが立ち、見学席に大勢がいるという状況は……何とも言い難いものがある。だが、どこか体の奥底では緊張が無くなっていくのがわかる。用意した一本の槍を手にし、腰にはナイフを一本さしておく普段通りのスタイルだ。そしてさらに普段通りに構える。そもそもとして放出型で武器を使うということそのものが珍しい部類だが、念動能力で利用できるものがないのだから持ち込むしかないのだ。

 相手のピートは金属鎧に全身を包み、一般的な両手剣を正眼に構えている。あの剣での一撃ならば、まともに正面から受ければこの槍もろとも俺の体は吹き飛ばされ、下手をすれば壁まで届くかもしれない。そうなればさすがに再起不能は免れないだろう。


「お互いの誇りをかけて……はじめ!」


 大きな開始の合図が響く。体が沈み、こちらに突撃しようとしているのがわかる。ピートの体はわずか1秒の間にこちらの懐近くまで迫り、腰だめに大きく引かれた剣は俺の胴を捕らえようとしているのがはっきりとわかった。


「ハァァ……セイッ!!」


 次の瞬間、俺の体は大きく吹き飛ばされ、2メートルほどの高さまで打ち上げられるとそのまま壁近くに飛ばされる。俺は甲高い金属音の悲鳴を上げ、はっきりと曲がる槍に僅かばかりの謝罪を心の中でしつつ、念動能力を使って自分の装備全体に力を加え、ゆっくりと壁際に着地する。

 正直なところ槍を持っていた両手と支えた足がかなり痛いが、吹き飛ばされるつもりで受けただけあってかなり衝撃は緩和できていた。まともに対抗していれば槍をへし折り、俺の体をあの剣は断ち切っていただろう。

 俺は余裕をもって槍を持ち直し、そしてピートの様子を見る。ピートは剣を振り切った姿のまま膝をつき、膝のあたりを抑えている。そこには一本のナイフが生えていた。否、刺さっていた。

 鎧に守られていない太ももの裏部分、そこに俺はナイフを念動能力で飛ばし、突き刺した。本当は胴体のどこかを突き刺したかったのだが、ピートの着ていた金属鎧はほとんど全身をしっかりと守れるもので隙間を突いてなおかつ動きを止めるほど大きなダメージを与えるのはかなり困難だったのだ。それならば足の一本でも奪っておいた方が楽である。

 ピートはまだあきらめていないらしく、太ももからナイフを引き抜くと俺に対して右の方向に投げ捨てて、しっかりと踏ん張れていないものの、自分の脚で立ち上がって剣を構えなおした。


 ――だが、その判断はあまりに不用意だと、彼は理解できていなかったのだろう。

 ナイフを抜くのなら、再利用されないように破壊するべきだ。投げ捨てるにしても俺とは反対方向に投げるべきだっただろう。自分が立ち上がるのに必死になっていた彼は、ふらつきながらもしっかりと俺に対して油断なく剣を構えなおして……無事な方の太ももをナイフに貫かれた。


 ピートは跪くだけは体を支えていられずに地面に転がった。そのあとも体を起こそうと何度も足に力を入れているようだが、力が入っていないことは明らかだ。


「そこまで、勝者ケイス・グランド」


 立会人の教員からの宣言を受ける。その直後担架を持った教師がピートを乗せてすぐさま走っていく。……あれ揺れないのかね?



 会場の喧騒を背後に、控室へと戻る。わずかにでも長い時間を休めるのだ。せっかくなのでゆっくりと体を癒しておくべきだろう。

 控室にはアンドレアだけがおり、まだその対戦相手であるジョエルは来ていないようである。ジョエルは確か自分の質量を増加させるとかいう能力で、かなり重い武器も扱える能力者だったはずだ。だが、やはり技術的な問題と、若干能力にムラがあるのか重量級の武器に振り回されている姿を何度か目にしている。とはいえ一撃の威力はやはり高い。俺からすればどちらかというと戦いやすい相手であったが(スピードがその分遅くなっているため)、まだ来ないというのも変な話だ。中央の落ち目の貴族という立場の以上、他よりも血筋と名誉を大切にするタイプだと思っていた。――降りていないということは参加してくると思っていたのだが。


 控室から少しだけ顔をのぞかせるようにして会場を見る。アンドレアはいたって普通に相手を待っている。彼女の能力上防具はいらない。あっても自分の能力よりも脆いものなどあっても邪魔なだけだ。とはいえ一応急所を守る金属鎧は身に着けているのだが……。あとは腰につるした一本の剣だけが彼女の武装だ。そう武装に関して評価をしていると、気が付けば開始まであと1分だが……来ないのだろうか?

 そう思っているところに、一人の男子生徒がフィールドに降り立つ。観客席にいたのだろうか、全く違和感がない普段着という姿で、武器らしい武器も、防具らしい防具も身に着けていないのは明らかだ。だが流石に見覚えがある。あれがジョエルのはずである。


 ジョエルは貴族らしいと言えば貴族らしい服装に身を包み、来賓の坊ちゃんがフィールドに乱入してきたように見えるだろう。そのままジョエルは大きく腕を開き、演説を始めた。まさかこの決闘そのものにケチをつけるつもりなのだろうか……?


「みなさん、よくお考え直しください! このような決闘……行うまでもなくこの候補たちであれば私が最も適役でございます。そこの女も、先ほどの勝者もどこの馬の骨とも知らぬ平民。さらには先ほどの敗者は得意の一撃を入れてなお相手を倒せぬ未熟者であります! 先ほどの戦いの決着の仕方も、王族の師と考えれば実に卑怯極まりない。不意を打って足を奪うなど……そのようなものが姫君の師であっていいはずがないでしょう!

 ですが、この演説だけでは私の力不足からケチをつけていると誤解されてしまいましょう。今この場で、この女を地に伏せさせ、私こそが師となるにふさわしいと皆様にご覧に入れて見せましょう!」


 どうにも、白けたような空気が一部から、そして同時にそれよりも多くの賛同するかのような声が観客席から響き渡る。演説そのものとしては……悪くなかったのだろう。事実そういった不満は中央貴族の子女からは多くあったことだろう。しかし、この自信はどこから来るんだ? アンドレアは三位の強者……こいつがまともにやって勝てる相手とは思えない。


「あんたのその自信がどこから来るのかよくわかんないけど、大恥かいても知らないわよ」

「はっ、下賤な娘にはわからぬことだろうよ」


 そういって、ジョエルは特に構えることもなくアンドレアを見据える。アンドレアはジョエルに対して片手剣を引き抜くと、油断なく構えを取っている。ぱっと見では貴族の暗殺をする少女にしか見えないような状態だ。


 そこからの部分は、正直に言うならば異常というものだった。開始の合図とともに一気に距離を詰め、近づいたアンドレアをジョエルはそのこぶしで打ち抜き、大きく吹き飛ばしたのだから。


 ――確かに、能力の関係上ジョエルの能力ならば全力で使用すれば相手だけを一方的に吹き飛ばすだけの質量を手に入れることはできる。だが、彼の能力はそれほど出力が高くないことは周知の事実だ。それに動きもあまりにも早すぎる。実力を隠していたといわれたらそれまでだが、それならば名誉を重んじる彼が実力を隠す理由などない。


「あいつまさか……」


 彼の実力を知る者たちが若干困惑しているような様子を見せているが、その空気を塗りつぶすほどの大歓声が会場に響いている。まさかこいつ場の空気だけでごり押す気なのか!


「さぁ、女は実力が足りないことは明らかだ! しかし、いくら私がふさわしいと誰の目から見ても明らかだとしても、制度上はもう一人倒さなければならない。

 お前も攻撃を受けてはいないだろう! すぐにここまで来て果たし合え!」


 会場からはジョエルを後押しする声が響き渡る。このまま場の空気で押し切って、そのまま検査を拒否して逃げるつもりなのだろう。魂胆は読めるし、もう『知っている』。

 生憎と、彼女の望みは学園の中だけでもの自由……それを阻み、コマとして利用することばかり考えているのは、気に食わない。それにそもそもとして俺は中央貴族が嫌いなんだ。それに、アリーシャ様からは許可ももらっている。思う存分暴れても文句は言われまい。


 俺は、愛用の槍を手に、ナイフは身に着けずにさらには防具すら脱ぎ捨て、こちらの武装がはっきりわかるような……はっきり言って舐めているとしか言いようのないインナー姿で会場に出た。

 教員は少し戸惑っているようだし、彼らはこの暴挙を止めようとしている。しかるべき手段で止めれば、彼の不正は暴かれるだろう。だが……あえて乗ってやろう。


「ケイス君、次の決闘は30分後です。それまでは控室で……」

「あぁ、大丈夫ですよ、先生。それに、あそこまで言ったんだ。どんなことをしているのかも予想はついています。正面からぶっ潰すので問題ありません」


 そういって俺は会場の中心に槍だけ持って立つ。本来、俺はからめ手で戦うべき人物だ。放出型で能力も戦闘向きではない。念動能力の出力も低くはないものの、それで戦えるかといわれたら多くの人が首をかしげる程度の出力。だが、それでもなお俺は17位であり、アリーシャ様に剣以外を使わせているのだ。こんなドーピング野郎程度なら、そもそも防具なんてものは必要ない。


「よく臆せずに来たなぁ。下賤な貴様のことだから、なんだかんだと理由をつけて出てこないと思っていたぞ!」

「なに、ピートの奴よりは相手しやすいんでね。それならとっとと終わらせてやろうと思っただけだよ。それに……自分の作戦が正面から、前提条件から打ち崩される奴を見るのは気分がいい」

「キサマァ! この私をそれほどまでにコケにするとは……生きて帰れるとは思っていないだろうナァ。防具すら脱ぎ捨て、小細工をしないならせいぜい痛みを与えぬようにと思っていたが……それすらもなしだ。お前は降参もさせずにその言葉を後悔させてやろう!」


 明らかな挑発に興奮した様子でジョエルは吠える。興奮作用があるやつなのだろうが、素で同じことを言われても同じような対応をしそうな気がする。


「あぁ、先生。いつでも始めてください」

「あ、はい。そ、そういう事でしたら……はじめ!」


 立ち合いの先生がはっきりとした口調ではじめを宣言する。俺は槍を構えたままじっと待つ。こちらから来ないことにしびれを切らしたのか、ジョエルはすぐにその重い体をズシンズシンといわせながら突撃してきた。


 ――やはり、動きが普段よりも単調。それでアンドレアの動きについていけたということは反応速度も上がる類のやつということだろう。これまたやばいものを使う。


 ジョエルは俺の近くまで来たところで、一気に加速し、俺の腹部めがけてこぶしを放とうと右腕を引く。ブンッ!と大ぶりなこぶしが俺の右側をすさまじい速度で抜けていくのを自覚しながら、俺は短く持った槍を右肩口に突き刺し、そのままの動きでひらりとジョエルの後ろに回り込む。


「ギェェェァァァ!!」


 およそ人の叫び声には聞こえないような叫び声をあげ、左腕で傷口を抑えている。そのまま血走った眼をこちらに向けている。そのまま先ほどと同じように今度は左腕で殴ろうと近づいてきて……。


「ギャアァァァァ!!」


 今度は左の脇腹を貫かれて地面を転がった。


「おいおい、さすがに学習しろよ。もうちょっと工夫してくると思ってたぞ?」

「き、キサマァ……。何か薬を使っているな。そうでなければその動きは理解できん!」

「おいおい、お前と一緒にするなよ。そんなのは使ってないきれいな体だ。技術と能力の応用だよ。でも、そうだな。そんなに気になるってなら検査を受けようか。この決闘に参加した全員で、な?」


 そこまで言ったところでジョエルは息をのむ。指摘されるとすぐに反応するくらいなら、こんなに悪いことはしなければいいのに……。


 教員も、決着がついたとみて右手を挙げて勝者を宣言しようと大きく息を吸い込み……




 ――唐突なジョエルの肉体の膨張にその息を飲み込んだ。







 ジョエルはその体をいたるところから膨張させ始めている。肉がうごめき、傷口を膨らんだ肉が埋め、身にまとう服を引き裂き、ヒトの形から魔物と呼ばれるものに酷似した姿へとその体を変貌させていく。


「な……」


 さすがに理解ができない範囲だ。少なくとも、ジョエルの記憶にこのようなことはない。彼はこのような経験をしたことはない。


「ワ、ワタシノカラダ…ワタ、ワタシ……ワタシワ…………」


 もはや声帯もその形を変えてしまっているのだろう。ジョエルのその声ではない、深く深淵の底から響くような声が漏れ出て、消える。

 まさしく瞬く間に、という表現が正しいのだろう。10数える間にジョエルの体は肥大化し、ブヨブヨとした肉の塊が人のような形をしたものになり果てていた。

 見た目の質量は、今までのジョエルの実際の重さくらいだろう。その大きさは高さで3m近くまで大きくなっており、顔があるべき場所に空いた二つの穴……恐らくは目の部分から真っ赤に輝くものがこちらに向けられるのを自覚する。

 直後、俺は念動能力による移動を含めて全力でその場から離脱していた。追撃の意味も込めて槍を立てて固定しておいたが、どの程度の影響があったかは不明だ。すさまじい砂埃が巻き上がり、直撃していないにもかかわらず風圧で俺の体は吹き飛ばされる。

 勢いを必死に殺したが、それでも壁にたたきつけられて、一瞬意識が白く塗りつぶされる。くらくらする頭、全身には激痛が走り、最初に衝突したであろう左腕の感覚は……骨折したのかもしれない。


「ケホッ、ケホッ……なんだこいつ……」


 砂埃が晴れると、右手にあたるであろう場所に槍が突き刺さったジョエルだったモノの姿があった。槍の突き刺さった部分では肉がうごめき、槍を押し出し、衝撃に折れ曲がった槍が体の外へと排出されている。さらには傷口を埋めるように肉が膨張していた。


 現れた魔物を相手に観客席は静まり返り、誰かの悲鳴が聞こえると同時にパニックになっていくのが見なくてもわかる。こいつはまずい……。

 これが何なのか、それは正直どうでもいいのだ。如何に強力な化け物のようなものとはいえ、ここにいる戦闘向きの放出型の能力者が一斉に攻撃すれば倒すことは可能だろうし、そうでなくともアリーシャ様ならば一人でも倒せるかもしれない。あの人の能力の高さは異常だ。

 だが、こう混乱していては難しいものがある。初動が遅れる。被害が拡大する。


 ジョエルだったモノは俺に興味をなくしたのか、それとも仕留めたと勘違いしたのか、次の相手を探して首を左右に動かす。そして……観客席の一人に目を付けたのか、ノッシノッシと足を進め始めた。


 俺は服に念動能力をかけて体を無理やりにでも起き上がらせて周囲をぱっと見渡す。フィールドの片隅に片手剣……アンドレアのものだ。医務室に運ばれてから時間がなかったのだろう。回収されていないようだった。

 念動能力を使ってそれを手元に手繰り寄せ、しっかりと握りしめる。体は悲鳴を上げるが、気合で飲み込み、自分の脚であの化け物に向かって駆けていく。

 あぁ、そうだ。俺の役目は数分間の足止め。一撃で死ななければいい。相手の体の機能を奪い、死なないように立ちまわる。それだけだ。

 へし折れ、いくつかのパーツに分かれた槍に念動能力をかけ、可能な限りの勢いをつけて化け物の首にあたるであろう場所にすべて打ち出す。一瞬動きが止まったやつに自分の姿を見せつけ、そのまま念動能力を併用して飛び上がり眼球を剣で突き刺す。

 うっとうしいこばえを払うように右腕を動かすその範囲から逃れるようにそのまま上に飛び上がって振り切って無防備になったそこに重力を合わせて体ごと落下する勢いのまま切り裂く。返り血が噴き出し、俺の体を真っ赤に染めるが、すぐにその傷跡も肉が埋めていく。首元の槍の破片も押し出されて地面に転がっている。


「グオオォォォォ!!」


 化け物は方向をあげると、今までにない俊敏な動きで周囲を薙ぎ払った。俺は命からがら直撃を避け、風圧に任されるままにもう一度吹き飛ばされる。

 あぁ、もう正直動けないくらいに満身創痍だ。服に念動能力を使っての三次元的な動きは体にすさまじい負荷がかかるのはわかっていたが、ここまで満身創痍ではその負担もあまりにも大きい。


 地面にぼろ雑巾のように横たわると、さすがに化け物も学習したのか、俺を確実に仕留めるためにズンズンと近づいてきて……その体を両断された。


「大健闘、お疲れ様」


 この戦場に降り立つ白銀の戦乙女。白銀の髪をわずかになびかせ、返り血一つつくことなく、その穢れ無き姿からは誰もが格の違いを感じさせる。両断された体をブクブクと膨らませる化け物もまた、この神々しさすら感じさせるその姿に圧倒されている。


「――会場に、いたにしては……遅くないですかね?」

「馬鹿が多くてね、振り払うのに時間がかかっちゃったのよ。あとは任せて寝ておきなさい。ああいうやつの相手はしたことあるから」


 アリーシャ様がわずかにこちらに振り返り、柔らかく微笑んだのを見て……俺は意識を手放した。

戦闘シーンが短い? だいたい一発で決まってるからね。仕方ないね。


(というか、設定上何発も何発も攻撃にあたれるような丈夫な体してないんですよこいつら)

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