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アザムーキーの書庫  作者: 正信
The Story of Whipple
4/9

03

 分けようかとも思いましたがそのままなのでちょっと長いです。


 それは、アリーシャ様との報告会の三日後。集会場の建物の近くにある小さな食堂で、俺はクラウスと話をしていた。

 物静かな雰囲気の店内。明かりが少なく、日が沈むにつれて薄暗くなっていく店内。テーブルの上のランプがむさくるしいクラウスの顔を照らしている。雰囲気がいいというものかもしれないが、男二人では完全に密談である。

 実際、クラウスの表情は真剣そのもので、俺の表情もまた真剣そのものだろう。ふとクラウスが口を開く。如何にも最重要機密を話すかのような雰囲気を携えているが……


「思うに、おっぱいというものはやはり大きさではないだろうか?

 大きい。それだけで俺たち男の視線はそこに集められ、女子からは嫉妬のまなざしを受ける。俺が調査したところ、男性の8割以上が大きい胸に性的興奮を感じている」


 ――表情からは想像もつかない下品な話題である。


「確かに大きいという要素は重要だ。あぁ、おっぱいの大きさは俺たちの夢も希望の大きさそのものと言ってもいい。だけど、お前は重要なことを忘れている」

「な、何だって!」

「いいか? 大きすぎるおっぱいというのも昨今春画としてあたりに存在するが、残念なことにそれはさすがにやりすぎだ。確かにおっぱいには俺たちの夢と希望が詰まっている。だが、大きすぎるそれには夢と希望の他にもまた違うものが詰まってしまっているのだろう。大切なものは全体としてのバランス。そしてそのうえで不自然ではない程度に大きく揺れるおっぱいこそが俺たちの求めるものじゃないだろうか!」


 握り拳を胸の前に出し、熱く語る。これは譲ることのできない聖戦である。


「っく、確かに。俺もあの大きすぎるおっぱいにはどうかと思う部分もあった……だが、それはお前の性癖だ! あれほど長い時間を一つのジャンルとして確立している以上、あれもまた俺たちの求めるおっぱいの一つなんだ!」


 クラウスもまた、身振り手振りでその素晴らしさを熱く語り始めている。まさかこいつ……。


「クラウス……まさかお前……」

「そうとも! 俺はすでにあまりにも大きいおっぱいに包まれるという素晴らしさを理解している。確かに全体としてみた時の黄金比は無いのかもしれない……だが、あそこには素晴らしいおっぱいの魔力が凝縮されている! お前も考えたことがあるだろう。体をおっぱいに包まれていたい……そんな妄想を身近なものとしてくれるのがあのおっぱいだ!」


 クラウスはもはや立ち上がり、その大演説を繰り広げた。

 周囲に存在した同志は立ち上がり、その演説に拍手をもって答えている。だが、俺はそれに屈指などしない!


「馬鹿なことを言うなクラウス。おっぱいというのは大きければいいというものではない! おっぱいを大きくしようとすればするだけ全身にまた脂肪がたまっていく……女はおっぱいだけではないぞ! その足、その尻、くびれのラインなどに俺たちは興奮してきた。それをお前はおっぱいという目先の利益に囚われて台無しにしようと言っているんだ! 目を覚ませ!」


 俺もまた立ち上がり、演説をする。

 俺の同志たちが立ち上がり、拍手をもってその意見の賛意を示してくれる。この流れに乗って一気に畳みかけようとしたちょうどその時、俺はようやくその存在に気付いた。

 クラウスもまた、俺の視線を追ってその存在に気付き、この店にいる同志たちもまた、俺たちの視線を追って入り口にいる二人の少女に視線を向ける。


 二人の少女の表情は正しく「ひきつった笑い」というのが正しいと言わざるを得ないもので、この場にいる男たちはその少女たちを見て正しく固まっていた。そう、ここにいるのは紳士たちだ。そして終わりなき性への好奇心のままにその神髄を目指す探求者でもある。

 だが、全員初心な童貞である。下手をすれば女性への免疫が全くないものも多く、こんな話も、この男性ばかりが集まるアングラな雰囲気の場でしかすることはない。


 よし、いい加減に現実逃避はやめて、目線の先にいる少女たちの対応を考えることとしよう。残念ながら、会いに来ることは予想していてもここに来ることは全く予想していなかった。誰だ情報源は。


「ということで、ケイス。俺帰る」


 そういうや否やクラウスはささっと荷物をまとめ、代金をテーブルの上に置くと逃げるように足を進める。


「待てクラウス! いや、支払いは足りてるけど、この状況で逃げないでくれ!」


 必死になって腕をつかみ、逃げるのを阻止する。クラウスは一つ舌打ちをするとすぐに俺に向き直って口を開いた。


「いいかケイス。あれはどう考えてもお前の客だ。俺は完全なお邪魔虫……よかったな。この店なら小さな声で話せば内容を聞かれる恐れは少ない。見ての通りアホな議論に花を咲かせるような場所だ。ちょっとやそっとの話し声はすぐに聞こえなくなる。つまりどういうことかって? 俺は逃げる」

「馬鹿野郎。この状況でなおアホな話を続けられる根性があるのなんてお前くらいだ! それ以外はそんな勇気ないから絶対にこっちのことをじっと見て聞き耳立ててるに決まってるだろ! お前こそこの場に残って周囲との調整に身を削るべきだ!」


 そうとも、この状況下で真っ先に逃げるという選択肢を取れる勇者こそこの場に必要だ。そもそも俺を一人残してこの状況がよくなるわけがない。悪くなることはあっても。

 視界の端では少女二人はこの言い争いを目にして実にわかりやすい態度である。要するに白けた目で見ている。


「俺の予想を話そう。いいかクラウス。このままだと恐らくどこかからあの二人目的で貴族様が何人か来るのは明白だ。このアングラにだ。そのあとどうなるかは火を見るよりも明らかなのはお前もわかるだろう……」


 多分、軽いもめごとは確実。下手しないでももっと大きな騒ぎになることは予想できる。


 クラウスはさすがにそのあとに起きることなどを予想したのか、大きく舌打ちすると席に着いた。ついでに伝票を押し付けてきやがった。これくらいは仕方ないか。


「ケイスさんお話よろしいでしょうか?」


 こちらの話がまとまったというところで、黒い髪の少女、アン・ハーバーが訪ねてきている。はっきり言って目線がきつい。ここにいる中の一部の人はそれだけでご飯三杯いけるんじゃないかな?


「俺は席を外したほうがいいですかね?」


 クラウスが逃げるつもり満々で尋ねているが……。


「いえ、ぜひ同席していただけたらと……正直なところ、まだこの学校の制度には慣れておらず、適当なことを言われてはぐらかされてしまっては困りますし、そういった事務面での話であればあなたは非常に優秀だと聞いているもので」


 口を開いたのはヘレンだった。

 こちらとしてもここまでくるほどの行動力があるとは思っていなかったので、実のところ油断していた。できればもっと公の場か、もしくは逆にもっと私的な場で話がしたかった。


「――そういうことなら納得だな。こいつそういうのは得意そうだ。内容に関しては関与しない」

「ありがとうございます。クラウスさん」


 半ば包囲網が形成されたところで本題に入るようだ。どうにもクラウスは私怨を込めてこちらに半ば嫌がらせの意味を込めて行動するつもりに見える。後で覚えていろ。


「話というのは、私の母であるライナに関してです。あの唐突な劇をされて、失礼ですがあなたのことを調べさせていただきました。あなたがライナが下町で潜伏していた時にかくまっていたということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、それは事実だ。俺……私が子供の時に彼女と出会い、そして何も知らずに彼女をかくまっていたよ。あの件はまぁ、半分くらいは挨拶目的だった」


 クラウスが噴き出すのを必死に我慢しているのがわかったが、あえて触れずに話が進んでいくのに任せる。


「あの後から私は母に会うことはできませんでした。母に聞きたいこと、話したいことは尽きないのですが、もうそれも叶いません。なので、できたらで構いません。母との思い出を話していただけませんか?」


 俺は、そのセリフに護衛のアン・ハーバーの表情をちらりと見た。彼女がどのような態度をとるのか、かなり気になったのだ。

 だが、その結果は無だ。彼女は正しく無表情という訳ではないが、心に仮面をかぶり、その内側を読み取らせようとはしていない。


「わかりました。そういうことでしたら……彼女と出会った時の話からしましょう。俺、私も彼女との生活は確かに記憶に深く刻まれているので」


 そうして俺は語り始めた。あの時の記憶を……恐らくはケイス・グランドという人物の深い部分にかかわる話を。




 俺と彼女が出会ったのは、俺が両親を亡くし、端的に言うならばすねていた時のことだ。

 能力者として力を使うことができ、そして能力者として周囲によく知られていた俺は、大人たちにいろいろなことを言われるのが嫌でわざとダメだと言われていることをしていた。とはいえ、せいぜい夜に外を出歩いたり、路地裏に入ってみたり、そういったことだったけれど。

 そんなある日、いつものようにっていうと変だけど、夜に外に出歩こうとしたときのことだった。その時はかなりびっくりしたのを覚えているよ。家の目の前の路地で、女性が一人倒れているんだからな。

 俺はすぐに女性に声をかけた。女性は力のない声でうめくばかり……遠くからは何かを探す大人たちの声。それで俺は何も考えずに女性を家の中に引っ張っていったよ。何とか間に合ったのはたぶん奇跡とかそういう類だろうな。

 女性を両親の使っていたベッドに寝かせて、風邪の看病するときみたいにしてた。一晩中看病する気満々だったんだけども、思わず寝てたよ。起きたのは女性が起きて、毛布が動いたからだったな。

 彼女は、俺が起きると俺の両親について尋ねてきた。そっからはまぁ、よく覚えてないけど自己紹介とか、事情を聞いたりだとか、いきなり兵士が訪ねてきたりとかで大変だったよ。


 多分女性、ライナは俺を巻き込むつもりはなかったと思う。実際、はじめのうちはすぐにでも出ていこうとしていたからな。タイミングが悪かったり、体調が悪かったりだとかでうまくいかないで、なんだかんだと居ついちゃった感じだったけど。

 ライナは俺のことを一人の息子のように扱った。俺も多分、いや、確実にライナのことを母親のように扱った。

 ――とはいえ、ライナはほとんど家事ができなかったから一般的な平民の母子の関係のようだったかって言われるとかなり微妙だな。とはいえ親が本来するであろう教育というのはしっかりと施されていたと思う。能力者のことを聞いたり、寝物語を歌ってもらった。


 あの時に演じたホイップルの物語は特にライナの好きな物語だったと思う。寝物語として「何でもいい」というと結構な確率で歌ってくれたものだよ。


 あれだな、思い出というとたくさんあるように思えるけれど、言葉にすると少ない。そうだな、言葉にするとすれば……うん、彼女が自分の娘を愛していただろうってことだけはわかった。よく思い出を語ってもらったよ。

 そう、例えば「お母さまー」と言いながら娘が走ってきたと思うと、手にがっしりとごk……



 ここまで言ったところで、俺は身の危険を感じ、椅子から転げ落ちるようにしてそれを回避していた。すぐさま体を起こしてさらなる追撃に備える。少し後ろの方では破壊音とともに何かの砕けるような音が聞こえた。


「――うん、まぁそんな感じで一緒に暮らして、さすがにばれて、そこからはわからないということで」

「オイこらケイス。何を口走りかけたかはわからないが、この被害をなかったことにしようとするんじゃない」

「それで、このような昔話であれば、連絡さえいただければいつでもしましたよ」

「……」


 クラウスが何かを言いたげに震えているが、そこは無視する。

 背後では氷の塊が今も空中に溶けるようにして消えていっているが、なるほど、資料に氷結系の能力ではないかとあったが納得できる内容だ。


「ヘレン様、本当にこの人に……?」

「あれだけ調べて、頼れそうなのはこの方だけだという結論に至ったじゃないですか……」


 何やら、あちらにも何か事情があるようである。この様子だと……考えていた結論に彼女たちがたどり着いてくれたという事であろう。


「ケイスさん。実をいうと、あなたにお会いした一番の理由は私の立場にあるのです。

 私の立場は、実のところ非常に微妙なものとなっています。この学園にいる間、本当の意味で私を守ってくれるのはアンだけでしょう。偶然ではありましたが、あなたが母との信頼関係があり、なおかつ後ろ暗い背景を持っていないことは把握できました。

 どうか、三年間の間を師匠という立場で保護していただけませんか?」



 思っていたよりも、ストレートな要求であった。

 多少の援助を要求されたりすることは予想していた。だが、師匠となってくれと言われるとまでは思っていなかったのである。それも、自分たちからライナというカードを切ってまで交渉に臨むとは思っていなかった。

 端的に感想を言うなら、気に入った。様々な思惑込みで言うならばマイナスにしかならないようだが、それを押して通せる理由ではある。それに、すでにアリーシャ様からは『弟子を取ることに対しての制限を設ける予定はない』との指示をもらっているのだ。

 だからこそ、問題は制度にあった。


「まず、難しいと答えておく。立場とかそういうのが理由じゃなくて、制度上の問題だ。ということでクラウスよろしく」

「ほいきた。任されましたよっと……。

 まず、この件に関しては校則として決められている「複数の師候補がいる場合」にあたるだろう。そうなると、まずは成績優秀者30名を優先。それでも絞り切れないとなると決闘によって決定することになるはずだ。

 ――んで、一応聞くがケイス、お前の成績は?」


 どこかからか資料を取り出して説明を始めるクラウス。

 ――まさかと思うが、何時もこうやって校則に関する資料を持ってるのか……?


「あ、あぁ……順位は17位だ」

「ということで前提条件の30位以内はクリア。となると決闘になるんだが……『基本的に』この学園は実力主義だ。順位も当然実力に比例しているはずだな。手を抜いたりしていない限り」


 クラウスは一部を強調した。確かに、立地もあって完全に実力主義化といわれたら若干違うだろう。


「はっきりとはわからないけど、だいたい順位が10位違えばはっきりした差があるって言われるからな。一桁台の順位の奴が希望するなら、単純に考えて『難しい』という判断は間違っちゃいないよ」


 クラウスは、どちらに肩入れするわけでもなくただ事実を述べた。

 それははっきりと二人にも伝わったのだろう。明らかに落胆したような空気すら感じる。


「俺から提案できる次善の策は、子弟として登録しないだな。普通に授業を受ける必要はあるけど、誰かを師に仰ぐ必要性もなくなる。別に師弟関係になければ協力をしてはいけないなんていう規則もないからな。師弟制度なしで手を貸してもらったほうがいい」

「いえ、実はそうもいかず……王族として平民と共に基礎授業を受けることを禁じられていまして……」


 授業なんていまさら受ける必要があると思われることが恥であるというような考えなのかもしれないが……。さすがに酷いと思ってしまうのは根が平民だからだろうか?

 そんなことを考えていると、何かに気付いたようにアンが口を開いた。


「クラウスさん。次善の策と言いましたよね?」

「あぁ、そういった」


 実に良い笑みでこちらを見ながらクラウスはそういった。


「では、最善はどのようなものなのでしょうか?」


 アンがそう尋ねると、クラウスは実にもったいぶった身振りをつけてから、俺の方を一度しっかりと見てから、救いを、利用される未来を避けようとする少女を見据えて答えた。


「簡単な話だ。師弟登録して、ケイスが決闘に勝つ。単純だろ?」


 はっきりというならば、空気は固まっていた。

 決闘に勝つのが難しいと言っておいてのこの発言である。当たり前だ。


「あーそういう目で見ないでくれ。まずだが、順位の決定にはその団体……パーティがどれだけの魔物を討伐したか、どれほど行為の魔物を討伐し、その使える部位をもたらしたかによって大きく判断されるんだ。

 あとは細かい判断だな。子弟制度でも免除されない授業の成績とかも加味されて最後に順位がつく。

 大抵の奴らは4人くらいのパーティを組んでダンジョンに潜ってるし、さっき言った免除されない授業も、多くはこのパーティで動くものだ。それで……ケイスに関しては普段はソロで、しかも日帰りの深さしか潜らない。さらには免除されない授業も俺みたいな戦闘能力皆無に近い奴と組んでる。その状態で17位なんて取ってる時点でかなりこいつはおかしい」

「おかしいって……」

「ついでに言うと、受付しているからはっきり言うが、ほぼ毎日ダンジョンに潜ってある程度の討伐数を無傷でやり続けているのは正直言ってお前くらいだ。第一、お前去年の冬の事件の時に8位の奴との決闘に完勝していただろう」


 沈黙が流れる。

 そりゃあそうだろう。先ほど10位ではっきりした差と言いながら、このセリフである。ケイスとしては別に勝てないというつもりはないものの、そのために切らなければならない手札が多すぎる。それに、あそこでアピールしたのはどちらかというといざというときに頼ってもらうためだけだ。むしろ師弟制度を使わないで済ませるというのが想定ルートである。


「ハイストップ、とはいえ現状の順位を鑑みてだ。あの八位の奴は比較的倒しやすい相手っていうのが事実だ。能力の詳細もわかっていたし、対策も立てやすかった」


 その対策のおかげで俺は完勝なんて言う過分な評価をもらったのだから、口に出しておかなければならないだろう。


「それにだ、そもそもとして上位3人くらいは別格だって言うのが通説だろ? 俺らの代は二人だっていうのが現実だとは思うが……俺は二位のあいつが今回出てくると思ってるし、決闘に勝てるかといわれたら首を横に振るぞ。三位は性格的に出てこないだろ」

「そうだなぁ、一位のエリンが出てくるかどうかはお前の方がよく知ってるだろうし、俺の考えでも出てこないと思う。二位のヘンリーに関しては……確かに出てくるな。王国大好きな奴が出てこないわけがない。お前がばっさり切り捨てたアンドレアがそういう動きに出たって話は聞くぞ」


 思わず固まる。

 ――ありえない。アンドレアは平民出身ながら強力な能力で三位にまでなっている奴だ。今回の師弟制度の奴もわざわざ下級生の方に悪いうわさを流してでも師という立場を取らないか、取ったとしてもお互いに制度上の利点目的で組むと思っていた……。こういう面倒そうなことに首突っ込むタイプとは思えない。


「う、嘘だろ? あいつが王女の師匠役に……?

 確実に面倒ごとに向かう上に、師匠になった後にも確実に面倒ごとが迷い込んでくる未来が予想できて、さらにはその後の進路にもかかわりが出てきそうなこんな役割にあいつがなろうと動き出してるわけないだろ……!?」

「はいはい、本音漏れてるからなー。お二人さん思いっきりばつの悪いそうな顔をしてるからなーそろそろやめようなー」


 クラウスに言われて必死に感情を抑え込む。あまりにも信じられないことを言われて現実逃避をしたようだ。


「原因の8割くらいはお前だと思っているけど……そこは置いておくか。

 何はともあれ、そうお前は言うと思っていたし、俺も二位三位が出てくることも踏まえた上でケイスが勝てると思てるんだ。俺は実習の授業でお前の生き汚さも、いざというときになれば負けることはないことも知っているつもりだからな。王女さん方がどういう要望をするのか、ケイスがどういう返事をするのか、そこまでは関与しねぇよ」


 そういうと今度こそクラウスは代金を置いて店から出ていった。


 ――あまりにも自然な流れでタイミングを逃したが、あいつ結局相談に乗ったというより俺が決闘する方向に誘導して逃げたようにしか見えないんだが……。



「――それで、どうする?

 俺は一応全力を尽くすつもりだけど、自己評価は話した通りだ。師弟制度を使うと言い出せば絶対に師匠というのはついてしまう。どうするのかだけは今じゃなくてもいいから決めておいてくれ」


 そういって、俺が席を立とうとすると、ヘレンはどこか考えがあるような、そんないやな予感のする顔でこちらを見て、口を開いた。


「あの、ヘンリーというのはヘンリー・ウィットマンのことでしょうか?」

「あ、あぁ。そうだけど……?」


 どこかおかしな雰囲気がする。


「それなら、どうか私の師となっていただきたく思います。決闘も、彼が出てくることはないでしょう」

「――まさかと思いますが、暗殺じみた方法じゃないですよね?」


 思わず敬語になる。名前を確認して唐突に出てくることはない宣言は怖い。


「いえ、彼ならば私が直接お話をして、アンの師となっていただけるように説得しましたので……」

「あ、そうですか」


 確かに、言われてみれば予想できることだ。

 ヘンリーは王国への忠誠心が振り切れてるやつだ。王女自ら自分の護衛の師としてその実力を引き上げてほしいと言われれば断るわけがない。あの熱血漢が自分の周囲に出てくる可能性を考えればあまり歓迎はしたくないものの、彼女の立場からすればおかしくはない行動といえる。


「三位の方、アンドレアさんでしたね? そちらの方にも一度お話をしてみましょう。それでもだめなら……えっと、お願いしますね?」


 あぁ、思っていたよりも彼女の娘はたくましく育っているようだ。自分が政治の駒とされることを良しとせず、学園の中という守られている環境でとはいえ自分の立場を自分のものとしようとしている。ここでの七年間の間に信頼できる友を得ることさえできれば、きっと彼女は自らの信じる道に進むことも可能だろう。


「わかった、一応俺も全力は尽くす。決闘の日までに相手が少なくなっていることを願っておくよ」


 そういって、俺は会計を済ませて店を出ていった。

 この後の決闘に備えて、勝てるように手札をそろえておく必要もある。万一ダンジョンで怪我をするのも問題だから、そのあたりの調整もしなければならないだろう。




 王女との面会の三日後のことだ。

 王女の師となる人を決めるという名目の決闘の日取りが決まり、その二日前である。俺と同じように王女の師となろうとする人物は結局俺を含めて4人。うち二人はぎりぎり30位に食い込んで、あわよくばというような狙いが見え隠れしているのでさほど気にしなくてもいいだろう。

 問題は残りの一人。アンドレア……正直に言うならば、勝機はあるが、勝てるかといわれるとやはり首を横に振る。

 彼女は強化型のインファイター。能力は『肉体の硬化』である。これが結構相性が悪い。そもそもとして放出型と強化型が決闘すれば、前提条件が同じならば基本的に強化型が勝つといわれている。理由としては単純。何かものを動かしている間に近づいてきて攻撃されるからだ。そうなれば力の強さ的には大人と子供のような差が出てくる。いやもっとひどい。

 それに彼女の場合身体を硬くするため、こちらの貧弱な攻撃ではダメージを受けない可能性が高い。まぁ、動きを鈍くしてしまうから関節部分には使っていないようだったが、それでもその難易度はかなり高いということはわかってもらえるだろう。


 ――それを含めて、準備をしっかりとしようとしている時のことだった。



「ケイス・グランド殿。よろしいか」


 そういって俺の部屋に唐突に現れたのはヘンリーであった。


「あぁ、今なら問題ないが……何か用だろうか?」

「いやなに、決闘が二日後と聞いてな。訓練場を借りている様子もないので心配してきてみたのだ。どうだ? もし訓練ができていないのであれば今からでも私と訓練をしようじゃないか。いや、するべきだ! あのアンドレア嬢は私もヒヤリとさせられることのある強者。多少でも近接戦闘に慣れておくべきだ!」


 こう聞いていると、真っ先に思うのがノックをされたのが奇跡だったのではないかということである。まぁ、こういう性格だからこそいい意味で信用はできる。彼には全くと言っていいほど悪意はない。もっとも、彼は口のうまい奴なら簡単に利用できると思うのでそちらの思惑はこちらで防ぐしかないが。


「いや、結構。そっち方面の相手ならアリーシャ様に頼んだり、エリンにお願いすれば相手がいないわけじゃないし、こんな直前にやって当日の体調に影響を出したくない」

「何を言うのか、決闘の前日であればそういう事もあるだろうが、今は二日前、しっかりと体を動かし、調子を整えるべきであろう! そのような腑抜けた様子ではならん!」


 そういって、半ば強引に俺を部屋から引きずり出し、訓練場へと連れていく。

 誰がこのようなことをたくらんだのかは大体予想がつくが、ここはおとなしくつれていかれておこう。実際、頭と体のずれをなくしておくのは必要だ。どうせここで俺にけがをさせたいとまでは思っていないだろうが、多少でも体の動きを鈍くするのが目的だろう、こいつは下限を知らないのだ。俺が全く近接戦闘できないわけではないということをあいつは知らないようである。



 ――数時間後、俺とヘンリーは例のアングラ食堂の一角で熱く語り合っていた。

 俺の体は土埃にまみれており、ヘンリーにはまるで直前まで訓練をしていたという気配すらないが、俺たちの心は今一つだった。


「私もまた、あの胸が大きければいいというような作品の数々にはうんざりしていたのだ! そもそもあのような大きさでは満足に動くこともできまい! 何があるのかわからない世の中だからこそ、健康的で素晴らしいバランスというのがいいだろう!」

「理由はともかく、俺もそれには賛成だ! そもそもとして女性の魅力というのはおっぱいだけではない。胸にばかり注力するその姿は女性の魅力の本質を見失ったもののすること。俺たち探求者にはふさわしくないんだ!」


 正直に言うならば、ここまでヘンリーが話の分かるやつだとは思っていなかった。こういった下な話には眉を顰めると思っていたのだが……やはりこいつも思春期の男。女性に魅力を感じず、その探求を行わないはずがなかった。


「とはいえ、どこが一番という話になると好みがわかれるだろう。ヘンリー、女性のどこが最も魅力的に見える?」

「私は……足だな。筋肉をうっすらと脂肪が纏う程度の、そんなほっそりとした足が最高だ。むっちりとした尻から太ももにかけてのラインも捨てがたいが……やはりそれでは動きにくかろう。そういうケイスはどうなのだ」

「俺はやはりくびれのラインが最高だと思うな。もちろんそこを際立たせる尻やおっぱいにも魅力は感じるが、あのきゅっと閉まる感じが何とも言い難い」


 そこまで話したところで、俺とヘンリーはほぼ同時にその存在に気付いた。お互いに熱中しすぎていたようである。

 入口のあたりでこちらを見ながら信じられないものを見たといわんばかりに目をまんまるに見開き、口をぽかんと開いて若干頬を染めている背の高い女性、アンドレアである。


「なんか最近似たようなことがあったが、うん、やっぱりこんなアングラな食堂に来るのが悪いと思うんだけど、ヘンリーはどう思う?」

「確かに、ここの空気は入り口の時点でわかりやすいな。そもそもとして狭く、薄暗い店内に女性が一人で入ってくるのはいささか不用心。さらにはここは男どもの巣窟で有名ではないか」


 こちらが気付いたことで、フリーズしていた思考が戻ってきたのか顔を真っ赤に染めて女性……アンドレアはこちらにまっすぐ進んでくると大声で文句を言いだした。


「うっさい、そんなこと私は一切知らなかったわよ! あんたたちがここに来たってクラウスの奴から聞き出してきたってのに、何下品な話で盛り上がってるのよ! それにヘンリーが本気で鍛錬の相手してるのになんでアンタは元気なのよ!」

「はいストップストップ。悪だくみのことが若干漏れ出してるし、それ完全に言いがかりだから」


 短い赤毛が大きく動くほどに身振り手振りたっぷりにその不満を表明していただいたが、言わなくてもいいことまで言ってしまっている。わかりきっていたけど、やっぱり犯人はこいつなのね。


 ――因みに、全体的にほっそりとしたスレンダーな体系なので、大きく動いても揺れるのは短い髪だけだ。それでもキュッとしたくびれなんかは素晴らしいと思います。


「いやー、それにしてもうれしいよ。わざわざ放出型の俺のために、近接戦闘を見越した鍛錬をできるように、二日前の一度だけの付け焼刃とはいえ実力を向上させられるように、ヘンリーなんて言う最高の近接戦闘のスペシャリストを動かしてくれるなんて……しかも疲れているだろうと様子をわざわざ見に来てくれるなんて……本当にうれしいよ」

「それいやみよね!」


 甲高い声でいろいろ言ってきているが、聞き流す。いやぁ、こういうのは本当に楽しい。性格悪いとか言われそうではあるが、そもそも仕掛けてきたのは相手が先なのだから俺は悪くない。うん。


「しかし、確かに放出型とは思えぬ技量であったな。これで強化型であればもっと順位は上であっただろう。あれほどまでに攻撃をいなされたのは初めてだ」

「まともに受けたら力負けするのは明らかなんでね。そういう技術だけ磨いてるんだよ」

「なるほど、体力面も問題ないようであったし、あとは決め手さえあれば十分に戦闘能力としては問題だろうな。能力によっては勝ち目がないが、それは大体の能力者に言えることだ」


 横では明らかに驚いている様子のアンドレアがいる。やはり知らなかったのか……。


「一応言っておくと、この技術はずっと磨いていたからな? それと去年の実習で邪魔呼ばわりしたのはいい加減に水に流してくれると嬉しい。確かにあの時は言いすぎたと反省しているんだ」


 アンドレアとの因縁はおそらくこの実習での邪魔呼ばわりから来ている。

 当時、クラウスとあと二人の同志を連れて実習の授業を受けようとしたときに『あなた達じゃあ今回の授業は厳しいでしょう。私がついて行ってあげるわ』と言われたため、思わず『いや、いなくても大丈夫だよ。準備はしているし、作戦も立てている。むしろ作戦があるからいきなり現れられると邪魔でしかない』といったのがかなり腹に立ったらしく、それ以降何かと突っかかられることがあるのだ。


 ――なお、この後で同志たちには「あれはツンデレというものでは?」「あれはツンデレだろう」と言われたものの、「ほとんど面識がない状態であのセリフをツンデレとして言うことはないだろう」という結論に至った。


「――私としては、それだけだと思っているあなたが信じられなくなってきたんだけど……」


 すごい目で見られても、正直に言って心当たりがない。彼女とのかかわりは本当にあの時が最初のはずだ。幼馴染の設定とか、実はどこかで会っているとかそういうことは絶対にない。そうなればそのあとの行動だが……癇癪を起された記憶しかない。


「ふむ、確かに私が知っている君たちの関係もほとんどがアンドレア嬢がケイス殿に対していろいろなことを言っているという印象だな。そのあとでケイス殿がからかう場面もあるが……あぁ、そうか、半年前の事件の時の事か」

「ん?」


 ヘンリーが何かに気付いたようだが……半年前となると春先の実習か。たしかあの時期にあった実習は山間部への遠征だったか?


「あぁ、思い出した。それってテントが流されたあの事件か。あれは大変だったなぁ」


 流れとしては、夕方にキャンプ地を決定したものの、隊のリーダーがキャンプの基本を知らず、河原にテントを張った結果、川が増水してテントが流されるという事件があったのだ。

 あの時は進言したものの聞き入れてもらえなかったので、仕方なく命令無視していたから自分たちの班だけ助かるわ、救出に明け方からずっと働くことになるわでそれはひどいことになったものである。


「あの事件での被害者を0にしたのはケイス殿であろう。確かその時の対処が学務でも評価されていた記憶がある。無事だったのがケイス殿の班だけであったのだから、同じ隊であったアンドレア嬢も助けているのではないだろうか?」

「あー、かもしれない。実をいうとあの時は本当に手が足りなくてな。誰がどうとか、個人の認識まではほとんどできていなかったんだ。だから助けたかと聞かれてもはいそうですとは言えないな」


 そう男二人で考察していると、視界の端で赤く、わずかに震えるものが見えた。その人物は一瞬その動きを止めると、大きな声で己の気持ちを言っていた。


「そこじゃないわよバカー!!!」


 あまりに大きいその声は、何やらもめている様子で、しかも女子が登場しているということで注目気味だったこのテーブルに店内全ての視線を集めていた。さらには気配からして店の外からも野次馬が現れようとしている。

 ば、馬鹿はお前だ。ここで下手なことを言ったら一生後悔する羽目になるぞ……!


「確かにそこできっかけというか、気にはなったりしたけど! 普段のふざけた態度じゃないところ見て見直したりしてたけど、そこじゃない!

 翌日の夕方に隊がほぼ半壊状態で大型の魔物との遭遇があったじゃない! その時に私を身を挺して守ってくれたじゃない! その時の事を忘れてるっていうの!? 私がずっと覚えてるのに!? その日から何度も思わせぶりな態度を取ってるのに気づかないで、しかもずっとからかい続けておいていい加減にしろってのー!!」


 すさまじい大音量での告白である。

 もう一度言う。これはすさまじい大音量での告白だ。少なくとも第三者から見れば愛の告白にほかなるまい。


 彼女は叫び終えると我に返ったのか、自分が何を口走ったのかを改めて認識するのに数秒の時間をフリーズして固まり、気づいたのか我に返ると顔を本当に真っ赤にして走り去った。何これ。


「――当人がいないけど、一応言い訳しておく。自分の名誉のために言い訳しておく。

 普段から意味もなく突っかかってくる奴がいて、適当にあしらっていたけど、危機的状況で救ったらしく、その後の思わせぶりな態度には全く身に覚えがない。

 というか、俺とアンドレアが一緒にいたら大体騒ぎ起きてるから思わせぶりな態度が本当に誰の目にも明らかなレベルならもっと噂になっていると思うんだが」

「……ふむ、確かにそういう出来事があると知らなければそうは思わなかったな。ほとんどそれ以前と以後での態度は変わっていないというのが私の記憶だ。

 だが、もし本当にそういう出来事があるとして考えるのであれば確かに思わせぶりな態度といえるかもしれない。あれだけ自分から関わりに行こうとし続けているのだからな。

 ――それはそうと、身を挺してかばったのにもかかわらず覚えていないのか?」


 記憶を巡らせる。確かに、言われたあれなんだろうというものはあるが……。


「その襲撃、夕方で暗くなり始めて視界が悪い状況だったんだよ。魔物に気づいてすぐに向かって、庇わなかったら死ぬけど、庇っても自分は死なないって思ったからかばっただけなんだよな。槍で身を守って、うまく受け身とってさ。あとは身を守りつつ時間稼いでエリンの登場で終了って流れだ。確か治療しているところには全隊集まってた気がするし、その辺は知ってるんじゃないか?」


 思い出してきたけど、たしかあの時は班で固まっているところをかばったから、個人まで認識していない。強いて言うならばアンドレアをかばったのではなくアンドレアの班をかばったのだ。


「確かにそこからは知っているな。あそこでもかかわりがあったことには少々驚いている。

 しかしそうなると……うむ、お互いに非がいないとは言えないな。助けた相手もほとんど認識していないというのは問題あるだろうし、しっかりと気持ちを伝えていないのも問題だ。だが……はっきりと言えるのはこの件、確実に明後日の決闘がただの痴情のもつれにしか見られないだろう。

 姫の名誉のためでもある。私の方でも一応は誤解が溶けるように手を尽くすが、あまり期待はしないでくれ」


 なんというか、この性格が本当にありがたいと感じる……ヘンリー、良い奴なんだよな本当に……騙されやすいだけで……。


「なんというか、本当にありがとう。もう自分の名誉とか半分くらいどうでもよくなっていたけど、この手の不名誉は思っていたよりも精神的に来ることがわかった」

「そういう事もあるだろう。なに、我々は皆王国の元に戦う能力者なのだ。助け合いも必要だろう。では私はそろそろ部屋に戻るとするよ。日課の筋トレが終わっていないのでね」

「おう、お疲れ」


 ヘンリーは軽く会釈するとそのまま店を出ていった。


 ――さて、これから来る質問攻めにはどう対応するべきかね。特に明日まっているであろうアリーシャ様のからかいにはどうするべきかね……?


 大体のキャラを出し終えたらキャラ設定を出しますね。

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