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アザムーキーの書庫  作者: 正信
The Story of Whipple
2/9

01

なんか、文章が間違えた時のものになってた…… 9/5 23:55ごろ修正

あとがきに設定を書くとみにくそうな気がしてきたので修正

 アザムーキーの書庫にはこんな話がある。


 ある昔、小さな小さなお城のお姫様が、邪悪な魔王に攫われた。

 お城の王様は悲しみ嘆き、お城の大臣に言いました。

「わが娘を取り戻すために御触れを出しなさい」

 お城の大臣はうなづいて、町に村に言葉を届ける。王様の願いを届ける。

「魔王を倒し、姫を取り戻してくれ」

 力を持つ者が集まって、王の願いを叶えんと、魔王の元にいざ進む。

 されど邪悪な魔王は力あるものを打ち倒し、姫を己が物に。

 小さな小さな王国は嘆き悲しむ。お城の王様は涙も枯れる。

 ホイップルは立ち上がる。力はないが立ち上がる。知恵もないが立ち上がる。

 魔王を倒さんと立ち上がる。姫を救わんと立ち上がる。

 毒の沼に苦しみ魔王の元に、人々から笑われながら姫の元に

 剣を手にいざ進む、命を賭けていざ進む

 ホイップルはたどり着く、魔王の元にたどり着く

 ホイップルを見て魔王は笑う。

「力を持たぬお前に何ができる」

 ホイップルは笑って答える。

「お前を倒し、姫を救う」

 ホイップルは戦った。姫を救うと戦った。


 お城の姫様言いました。戻らぬホイップルに言いました。

「あぁ、なんて愚かなホイップル。力のないもの戦うべからず、お前はその領分を踏み外したのだ」

 それを聞いて、魔王が嗤う。

「なんと愚かな姫君か、お前は何も知りはしないのだ」

 ホイップルは戻らない。力のなきもの戻らない。魔王の元から戻れない。





 手の中に残る肉を引き裂く嫌な感触を振り払うように穂先を振るう。槍についていた血の多くは振り払われたが、目には見えない油や皮膚を破り肉を裂き内臓を貫き、再び筋肉を切りながら骨にあたって止まる……あの感触は決して消えることはなかった。

 一度軽く周囲を見渡して安全を確認した後、目の前の緑色の皮膚に、ところどころにこぶと頭部に二つの角を持つ子供程度の体長の二足歩行の人型生物、ゴブリンが身に纏っていたぼろ布で槍をぬぐった。ついでにと槍の様子を見てみたが、特に刃こぼれなどは目立たない。骨にあたってしまったため心配したが、特に問題はなさそうである。

 洞窟には十分な広さがある。それなら剣を使う必要性は低い。基本的に間合いの広さは強さだ。肉体的に強くない俺でもゴブリン程度なら力負けはしないし、いざというときに相手を懐に入れない。反撃をさせないということが重要だ。そういう意味ではこの槍という武器は実に自分に合っている。

 この槍も最近買い替えたもので、決していいものという訳ではない。最も、こんな程度で刃こぼれして使い物にならないのであればこんな槍はもう二度と使わないだろう。弘法筆を選ばずとは言うが、使ってる途中でダメになってしまうのであれば意味がない。最低限頑丈さは必要だ。あとは表皮を貫き、筋肉を裂くだけの鋭さがあればいい。


 そんなことを考えながらもう一度周囲を見渡す。目に見える脅威も、特別気になる物音もしない。一つため息をつきながら腰のナイフを取り出して頭部の小さな角を切り落としていく。これが抵抗力を高める薬の材料になり、ひいては金になるというなら回収できるときに回収するべきものだろう。

 薄暗く、地面に落ちているたいまつと壁や天井に僅かに顔をのぞかせている水晶のようなものの煌めきだけがこのダンジョンと呼ばれる空間を照らしている。あまり良く見えないながらも少し長くなってきて鬱陶しくなってきた前髪を払いながら作業を続ける。

 腰に括り付けた少しだけ膨らんだ袋に角を突っ込み、地面に置いたたいまつを拾い上げる。一つ強い風が前方から吹き込み、へばりついた汗を冷たく乾かしながら自分以外に誰も見当たらない洞窟を駆け抜けていく。


 ――ケイス・グラント、13歳の初夏の昼すぎのことであった。



 血や泥に汚れた人々の中を縫うようにして前に進む。

 ここはダンジョンの出入り口近くにある集会場であり、学園がダンジョンを管理するための施設でもあった。ここでは何人かのあまり戦闘が得意ではない生徒がバイトとして職員の代わりをしたり、生徒同士の情報のやり取りなどが行われる場所である。(最も、そういう場所だったのは初めのころだけで次々と便利な施設が建ったという)

 ここには病院代わりの施設もあり、ダンジョン内でけがをしたりした人が担ぎ込まれることも珍しくはなかった。現にあたりを見渡せば応急手当こそされているものの、ひどいけがをした人がうめいていたり、返り血を浴びたのか真っ赤に染まった人などがいる。

 そんな中、汗と土埃に汚れただけの自分はある意味で目立つ存在ではあった。

 まっすぐに買取の窓口に進み、ちょうど知り合いの顔が見えたので一か所だけ妙にすいているそこに迷わず進む。


「ようクラウス。相変わらずお前のところだけは閑古鳥が鳴いてるな」

「うるせーケイス。ボッチでダンジョン潜ってるお前に言われたくねー」


 いつも通りの軽口をたたき合い、買取をしてもらうものを袋ごと手渡して、必要書類を埋めていく。


「おいおい、今回はまた多いな。怪我とかないのかよ」

「全部一度に出会ったわけじゃないからな。うまくやれば怪我なんてしないよ」

「そううまくいくならここでうめき声なんて聞かないっつうの。オッケー、買取品はこちらで埋めておくよ」


 そういって書類をひったくられる。これでいて仕事は早いのでなんだかんだと言っても優秀な事務員である。バイトだけど。


「ありがと。そっちの調子はどうなんだ? 俺の方は見ての通りだけどさ」

「あぁ、俺か? 俺の方もいつも通りでいつも通りの成果だ。カロルちゃんはいいケツしてるし、ドミニクちゃんは今日もしっかり手入れされてる髪だな。シャンプーの香りが漂ってくるときには少し興奮する。アメリーちゃんもまだまだ成長途中って感じがする将来性を期待せざるを得ない胸元だ。うん、こうやって女の子たちに囲まれて仕事できるってのは最高だな!」


 実に欲望に忠実な発言を聞いて、俺はとりあえず気になったことを聞く。


「それにしても今日は妙にけが人多くないか? 医師へのアピールに怪我をすることでも流行ってるのか? あとアメリーちゃんの胸部装甲についてくわしく」

「いっぺんに三つも聞くなっての。ダンジョンの情報共有は仕事だからいうけど、最後のは友人と言えど有料だぜ?」


 一つ舌打ちして続きを促す。これでしっかりしてるし、仕事もできるからなかなか首にならないのだろう。表に出てこない仕事はこいつがかなりの割合でやってるという話も聞くほどである。


「まず、けが人が多いのは単純に時期のせいだよ。ほら、そろそろ年度終わりで成績が一回つくだろ? それに合わせて実績あげておこうとする馬鹿が多いんだよ。そういうやつに限って準備不足だったり、実力不足だからな。

 んで、それが理由だから医師へのアピールじゃないことは確かだ。因みに俺調べによると医師は怪我をよくする奴よりほとんどしない奴の方が好みと答えている。ま、命がけのことが多い能力者社会で、死にそうなやつを選ぶ女子はかなり少数派なんだがな」

「なるほど、そりゃそうかとしか言えないな……。確かに言われてみればこの時期は妙にけが人多かった印象あるし、当たり前と言ったら当たり前か。でもなんでこんなに多いんだろうかね? 見知った顔も多いぞ?」


 ふと見渡すと、同学年と思われる人が多くみられる。

 人によっては普段からここで見かける奴もいるが、それでも普段は怪我をしていない奴ばかりだ。妙に深入りしたにしても、普段からここに来ている程度に余裕があるやつがいまさらそんなに成績にこだわるとも思えない。


「そりゃあそうだろ。俺たち来年度から師弟制度の師匠側になるんだぜ? 気に入ったあの子の師匠になりたいっていう男どもや、婚姻が云々で師弟関係を望む女子だっているんだぜ?」

「あー、そういえば秋からか。確かにそれなら焦る気持ちもわからないでもないけど……それにしても妙にもともと成績良い奴らの怪我率が高くないか?」


 やはり、見渡してみても成績がいい方である人もけがをしているように見える。確かに師弟制度を悪用しようとたくらんでいても、さすがにこれほどまでの人数が焦るだろうか?


「なんかだんだん、俺はお前が心配になってくるよ。周囲の状況に無頓着すぎるだろ」

「あんまり気にしてたら精神的に持たないんだよ……だいたい俺の耳に入るやつは3.4割くらい俺への陰口の類だからな……」

「あー、うん、すまん。そういやぁアリーシャ様との師弟関係の面でお前にはそういう話が行きやすいよな」


 アリーシャ様はなにをとち狂ったのか、俺と師弟関係を結ばせた結構大きな貴族令嬢である。具体的に言うと侯爵。東の国境線を守る盾の一族である。本当になにをとち狂ったのであろうか。


「ん、そういえばお前って結構成績良いよな。というかかなり上位だよな? 上の方ってたしか義務じゃなかったか?」

「いや、義務なのは上位10位までで、それより下の30位までは優先止まりだよ。だから俺には義務までは発生してない」


 師弟制度には上位10位までには弟子を取る義務が存在する。因みに理由としてはサボりの防止などがささやかれているものの、少なくとも表向きは技術や知識の継承のためとされている。30位までの優先権は、それ以下の順位の人間が師弟関係を結ぼうとしていてもそこに割り込んで師弟関係を結べるというひどいものだ。

 下手に使うと寝取りだのなんだの陰口を言われることは間違いない。一応その時に決闘を申し込み、勝利すればいいのだが……そもそも順位で負けている時点で決闘で勝てる可能性は低い。この学園は基本的に実力主義なのだ。


 この学園、エガルタ学園は国唯一の能力者育成のための学園であり、この国で能力者として生まれた人間にはこの学園に通う権利と義務が発生する。

 これは身分を無視したものとして言われており、少なくとも表向きは在学中の権力を無視する。能力者はある程度の遺伝性を認められているものの、必ずと言うほどではなく、あまり血筋だけで選び続けると数が減ってしまう。そのため身分の差を無視するということを掲げている。

 能力には大別して三つの分類がされ、自分自身に個別の能力が働き、全員が身体能力を強化することができる「強化型」。自分以外のものに個別の能力が働き、全員が動物以外に作用させることができる念動能力を使うことができる「放出型」。この二つに分類されない特殊な個別の能力を持つが、それ以外には能力を使えない「特殊型」である。


 能力者というものが存在するため、能力を持たない人を無能力者と呼び差別する声なども存在するものの、数の差があまりにも多い(能力者1に対して無能力者100-1000程度と言われるが偏りがあるためあくまでも目安)ことが原因であまりそういうことを声高に叫ぶ人は少ない。

 能力者が基本的にその能力を持ってダンジョンでの異形の者たちの討伐や戦争などでの兵士をすることが多いため、この学園でも基本的には能力の強化が目的とされている。残りは貴族間の派閥争いや人材獲得も含まれる。

 閑話休題。


「んで、結局この妙なほどの大騒ぎは何なんだ? まだ決闘騒ぎは聞いてないけど、ここまで大きくなるってことは起きてもおかしくないんだろ?」

「事情知らなくても勘はいいよなお前。実際俺ももうそろそろ起きるんじゃないかと思うけど、下位からの決闘には答える義務ないんだろ? となるとやっぱり正攻法が増えるよな。まぁ、からめ手とか姑息な手段とかはとるやつもいると思うが……お前にはあんまりそういうのは影響なさそうだからカットで。

 お前が聞きたがってる騒ぎの原因は端的に言うなら王族が来年複数名入学するってだけのことだ。あとは予想つくだろ?」


 つまり、王族と師弟関係に成れれば親密な関係を築くことができて、いろいろとメリットがあると踏んだ奴が多いということか……。


「馬鹿じゃねぇの? 確かに上位陣からの師弟要請は実質強制だが、規則上の強制力はない。ただ優先権が与えられるだけだし、本人が師弟制度への参加を拒否すれば一応は断れる奴だぞ」

「それでもあわよくばって考える奴とか、そもそも規則上の強制力がないって知らない奴、ほかにも自分が断られるはずがないって高をくくってるやつとかいるからな。大抵の貴族様は授業出るの面倒だからって師弟制度活用するから、そもそも指定制度を使わないっていう選択肢も浮かんでないんだろ」


 自分で言うのもあれな話だが、この時の自分の表情はひどく馬鹿にしたような顔をしていたと思う。まさしく顔に書いてある状態だ。馬鹿じゃねぇのって。


「そういう顔するな。ほとんど俺も同意見だしな。

 でも一応望みはあるっちゃあるんだぜ? 今年はあまり王様に気に入られていないって噂の不貞の娘が入学するっていう話だからな。そいつ相手なら何とかなるんじゃないかっていう噂はかなり多く広まってる」


 不貞の娘と聞いて、さすがにどの王女を指しているかはわかった。そして同時に、このばか騒ぎに参加しなければならないという自分の未来もまた予想できてしまったのだ。

 今回は、対岸の火事を見守るということでは済まない。むしろその火事現場に突撃し、全てを薙ぎ払わなければならないということを自然と悟ってしまった。


「と、話はこの辺にして事務所仕事はちょうど終わりだ。それと今すぐにでも髪切らないとお前のお師匠様が黙ってみてないぞ。絶対にな」


 鬱陶しかった前髪を手で払いのけるとすぐさまそんな声が聞こえてきた。わかってるっての。



 集会場からでて適当に寮へと戻る道を歩く。

 頭の中ではいい加減に切らなければならない前髪のことを考えていた。


「適当に済ませたら……絶対おもちゃにされるよな」


 学園に入ってからは大体自分のお師匠様が切っていたので特に困らなかったが、さすがにその前までと同じように自分で適当にナイフか何かで切っていたら確実に酷い目にあう。これは確定事項だ。

 だからと言って、どこかで切ってもらうにもあまりにも適当な場所では気に入らないということでおもちゃにされるし、お師匠様に頼むのはいい加減に恥ずかしい。クラウスに相談しておけばよかった。自分の知り合いでこういうことを相談できるのはクラウスくらいのものだ。残りは本人が無頓着だったり、遊ばれたり、お師匠様に報告が行くかのどれかだ。


「仕方ない。少し待ってクラウスに相談するか……」

「クラウス君に何を相談するの?」

「そりゃあ、いい理髪店の類でも知らないかと……」


 特に答えを求めたわけでもない独り言に返事が返ってきて思わず答えてしまった。

 背後からの威圧感に振り返りたくないと心の奥底からの自分の本能の叫びが聞こえるし、理性の今すぐに振り返らなければ後悔するという忠告も聞こえる。脳内会議を開始、理性に従うべし、これにて脳内会議終了。

 諦めて振り返るといい笑顔をした女性が一人たっていた。

 銀の髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした女性。やさしげであり、どこか悪戯を考えていそうな目をしてこちらを見つめているものの、その表情は実にいい笑顔というべきものだった。


「ヒドイっ! ケイス君ったら、私に髪を切ってもらうのがそんなに嫌だったなんて!」


 女性はそんな一言を大きな声で言い放つと、よよよと泣き崩れるようなポーズをする。周囲の人が何事かという目でこちらを見て、すぐに目をそらしてそそくさと立ち去っていく……。


「アリーシャ先輩、えっと、本気で恥ずかし……もとい今後のことを考えてよい理髪店を知っておかなければならないと自分の中で思い立ったわけでありまして……」

「ここで本音をどうぞ」

「いい加減に髪型で遊ばれまくるのも、女子寮に単身乗り込むのも精神的にきついから、怒られない程度のところで済ませてしまおうと思っていました。当然先輩の卒業後は適当に済ませるつもりでしたすみません」


 深々と頭を下げる。お互いにわかりきっている解答をしただけというのはわかっているが、見つかるのと見つからないのでは大きく意味が違うだろう。


「じゃあ行きましょうか」

「えっと、今からですかね?」


 無駄な抵抗でも一応してみる質だと自認している。一応抵抗してみることにした。


「明日には私も用事あって、今からなら予定は空いてる。あなたもダンジョンから戻ってきたところだから予定はないでしょう?」

「いや、使った装備の点検とか……」

「ダメージを受けた様子はないから防具面の整備はそれほど時間を使ってないはずだし、装備は生命線だから戻ってすぐにやるように教えたけど、まだやってないの?」

「はい、終わってます」


 勝てるわけがない。そもそも初めから負け戦なのだ。

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。アリーシャ先輩は完璧主義者だ。妥協はしない。つまり、自分好みの結果になるまで俺を解放することはあり得ない。

 今までの経験上、雑談を交えながら行われる散髪にかかる時間は2時間が基準となり、それ以上は先輩の気分と俺のあきらめによって決まる。今からでは日が沈むころ合いになることは確定。下手をすると日が沈みきってから解放されるということになる。


 ――冗談ではない。

 そもそも権力を笠に着て(着せられて?)俺は女子寮に入っているのだ。その時点で白い目を向けられているというのにさらに夜間まで居座る? どんな陰口が待っているのか、女子連中にどんな目で見られるか、男子連中にどれほど嫉妬の混ざった目を向けられることか……!!


「なるほど、ケイス君はこの時間からだと日が沈みそうだからさすがにやばいと思ってるわけね」


 まさか、アリーシャ先輩がそのことを理解して考慮してくれるとは思わなかった。思わず期待に満ち溢れた目で目を向けてしまう。


「大丈夫、いざとなったらエリンに泊めてもらって、昼過ぎの授業の時間帯にこっそり出ていけばいいから」

「それ悪化してる。絶対に噂になりますから! 本当に申し訳ないと思ってるので勘弁してください。冗談じゃすまない年頃になりつつあるんですよ!」

「私はエリンとケイス君が一緒になるのには全く困らないけど?」


 なお、このエリンとはアリーシャ先輩の父親の部下の娘である。年齢は俺と同じ13歳で、将来的にアリーシャ先輩に仕えることが確定している少女である。俺も実質同じような進路が決まっているが、まだ色恋とかならともかく結婚だの子供だのといった生々しい将来設計図は描いたこともないし、勧められるとどうしても恥ずかしいという思いが真っ先に来る。


「ケイス君顔真っ赤にしちゃって……13歳で結婚の話とかよくあることじゃない。あ、正しくは婚約か。さすがに結婚するのはもう少し後……17か18くらいかな?」


 このアリーシャ先輩のセリフは“間違っては”いない。実際生まれた直後から結婚相手が決まる人も少なくないし、候補というのがつくかもしれないが、十代ともなれば半分くらいには婚約者という人物はいるだろう。

 ――とはいえ、これは貴族や、それに連なるものの常識である。

 庶民なら自由恋愛がほとんどだ。さすがに田舎の方になれば親の決めた相手だとかそういうのもあるだろうが……。


「俺が貴族社会の常識なんて、知っていてもそれを当たり前と思っているわけないじゃないですか……」

「それはそうよね。ということでどう? エリンとは言わなくても適当に見合い相手くらいなら用意するけど」


 この時ようやく俺ははっきり自覚した。

 この先輩は、俺が自分の陣営になることは確定事項としたうえで、余計な横槍を嫌ってどんな形にせよ自分の手元にとどめようとしているのだろう。

 考えはわかるし、本当にこの先輩の元で生きていこうというのであればどちらにせよこういった婚約、結婚が待っているということも頭では理解できている。


「あーえっと、考えておきます?」

「今はその返事でいっか。今日は勘弁してあげるけど、明日の昼にいらっしゃいね?」


 明日の昼……予定あるって言ってたよね? 俺の記憶違いじゃないよね?

 ――まぁ、勘違いということにしておこう。いつものことだ。

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