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エンドリア物語

「嘆きの腕輪」<エンドリア物語外伝97>

作者: あまみつ


 泣き声が聞こえる。

 高く、低く。

 声が徐々に大きくなっていく。

 苦しそうな泣き声。

 泣き声がとまった。



 朝起きて、シャワーを浴びて、階段を下りて、食堂に入った。

「おはよぅ…ございます」

 いつもはシュデルしかいない食堂には、シュデルの他に2人の人物がいた。

「おはよう」

 ナディム・ハニマン。リュンハ帝国前皇帝だ。現在、勘当されて桃海亭に居候をしている。

「元気そうだな」

 ガレス・スモールウッド。魔法協会の災害対策室の室長だ。ムーが事件を起こした場合、この人が出張ってくる。

「何かあったのですか?」

 3人はテーブルを囲んでいる。オレも空いている椅子に、腰を下ろした。

「これだ」

 スモールウッドさんがテーブルに置かれた木箱を指した。大きさは、15センチ四方。高さは3センチほどだ。

「この中に入っているものを、シュデルに調べてもらいたい」

「シュデルにですか?」

 オレは驚いた。

 シュデルは異能を持っているが、使用は禁止されている。能力は常時発動しているので、あくまでも建前なのだが、その力の使用を魔法協会が依頼するのは珍しい。

「お断りします」

 シュデルが憮然と言った。

「結果によっては、シュデルとウィルで解決してほしい」

 スモールウッドさんが箱を開けた。

 腕輪が入っていた。

 バングルと呼ばれる、細い環状の腕輪だ。

 銀製だろう。手入れが悪く、表面がくすんでいる。

「見てもよろしいでしょうか」

「見るだけならいいが、触らないでくれ」

 顔を近づけた。

 表面に筋彫りで文様が刻まれているが、オレの知らない文様だ。裏側には何も彫られていない。黒い汚れが数カ所についている。

「これは………血ですか?」

「そうだ。魔法協会で解析した。イヴリン・ハーリングの物と特定された」

 いきなりだった。

 泣き声が響いた。

 頭が割れそうな大音響だ。

 シュデルが、素早く箱の蓋を閉めた。

 声が止まった。

「早朝ですから、ご近所の迷惑になると僕はいいましたよね?」

 シュデルがスモールウッドさんを睨んだ。

「この箱、桃海亭に来てから開けましたか?」

 スモールウッドさんがうなずいた。

 泣き声は、幻聴ではなかったらしい。

「僕はこの腕輪には関わりたくありません。どうぞ、お持ち帰りください」

 シュデルが箱をスモールウッドさんの前に押しやった。

「シュデル。何でもいい。わかっていることがあれば、教えてほしい」

 スモールウッドさんが頼んだが、シュデルは苦虫を噛みつぶしたような顔で黙っている。

 血のついた腕輪。

 イヴリン・ハーリング。

 彼女の名前に聞き覚えがあった。

 名前を聞いた瞬間、シュデルの顔が浮かんだ。だから、シュデルが絡んでいるのだとわかるのだが、思い出せない。

「ウィル、シュデルを説得してくれないか?」

 スモールウッドさんが困った顔をしている。

「オレとしては…………」

 スモールウッドさんが、期待の目でオレを見た。

「箱を持って帰ってください」

「なぜ、そうなる!」

 スモールウッドさんが立ち上がった。

「ウィル。頼む。わずかでも手がかりが欲しい」

「シュデルにいつも言われるんです。面倒なことには関わるな。オレもそう思います」

 目指せ、命の危険のない日々。

「しかたがない」

 沈痛な面もちのハニマン爺さんが、箱を掴んだ。

「これはわしが調べよう」

「いけません」

 スモールウッドさんが慌てて箱を取り上げた。

 こめかみに冷や汗が流れている。

「このような危険な物を触れないでいただきたい」

「わかったしゅ。ボクしゃんが調べるしゅ」

 満面の笑顔のムーが、箱を見ていた。

 部屋の入り口に、寝起きのボサボサの頭で立っている。

「起きたのか?」

 いつもなら、昼頃まで寝ている。

「泣き声で目が覚めたしゅ」

 トテトテと歩いてスモールウッドさんのところに行った。

「欲しいしゅ」

「触るな!」

 スモールウッドさんが、箱を頭上に持ち上げた。

「なぜしゅ?」

 ムーが首を傾げた。

「これは【嘆きの腕輪】だ」

「なんで、イヴ婆の腕輪があるしゅ?」

 イヴ婆。

「ムー、イヴリン・ハーリングを知っているのか?」

「知っているしゅ。有名な魔術師しゅ」

「桃海亭に来たことあるか?」

「ないしゅ」

「おかしいなあ。名前に聞き覚えがあるんだよな?」

「そりゃ、知っているしゅ。イモリのゾンビ事件の主犯しゅ」

「イモリのゾンビ事件………あ、あれか」

 3ヶ月ほど前、イモリのゾンビが桃海亭の扉に張りついていた。

 ゾンビを祓うのは教会の仕事だ。教会に持って行ったのだが、イモリは対象外と言われた。神聖魔法を使える魔術師ならば祓えるが、桃海亭には”まともに”神聖魔法が使える魔術師がいない。しかたなく、キキグジ族だけが使えるという技でシュデルにゾンビ化を解除してもらった。腐ったイモリの死骸は、オレがニダウの町の外の荒野に埋めた。

 翌日もイモリのゾンビが張り付いていた。ゾンビ化を解除。荒野に埋めた。その次の日もイモリのゾンビが張り付いていた。

 温厚なオレも切れた。ムーに頼んで、ゾンビイモリの制作者を調べてもらった。ゾンビ化するとき制作者の癖がでるらしい。魔法陣で分析。イモリをゾンビ化した犯人はイヴリン・ハーリングだと断定した。物的証拠を手に入れるために、オレは桃海亭の屋根で寝た。早朝、桃海亭にイモリを張り付けにきた男を捕縛した。男は金で雇われており、雇い主を知らなかった。イヴリン・ハーリングは自分が犯人だと認めなかった。スモールウッドさんが間に入り、今度ゾンビが桃海亭周辺に現れたら、魔法教会が調査するとイヴリン・ハーリングに宣言した。それ以来、ゾンビは現れていない。

「ウィル。桃海亭がイヴリン・ハーリングを快く思っていないのはわかっている。頼む。シュデルが得た情報だけでも教えてもらえないか?」

 腕輪には、血がついている。

 スモールウッドさんには世話になっている。

 オレはため息をついた。

「ムー、こいつはシュデルの影響下にあるか?」

 ムーは首を振った。

「ベロベロしゅ。だから、ボクしゃんが調べるしゅ」

 箱を取ろうとしたムーの手を軽く叩いて、シュデルを見た。

「何か残っているか?」

「記憶の欠片はついていません」

 シュデルが嘘を言っているようには見えない。

「ですが………」と、シュデルは続けた。

「この腕輪を残した意味は分かります」

 憮然とした顔で箱を指した。

「僕への招待状です」

「この腕輪が招待状?」

 驚いたのオレだけだった。

「わしもそう思った」

 ハニマン爺さんがうなずいた。

「イヴ婆は、ゾンビ使いが大嫌いだしゅ」

 ムーがニマッと笑った。

「やはり、そうなのか」

 スモールウッドさんが頭を抱えた。

 オレだけ、取り残されている。

「スモールウッドさん、僕はこのような招待を受けるいわれはありません。この箱はお持ち帰りください」

「しかし……」

「わしが代わりに受けてやろう」

「ボクしゃんがやるしゅ!」

 スモールウッドさんの額に、怒りマークが浮かんだ。

「ハニマン殿は少し黙っていてください。ウィル、ムーを部屋に投げ込んでこい」

「へいへい」

 ムーを小脇に抱えて、階段を上った。

「部屋でおとなしくしていろよ」

「ウィルしゃん」

 ムーがニマリと笑った。

「楽しくなりそうしゅ」



「なんで、こうなるんだよ」

 オレはぼやいた。

 腕輪の持ち主、イヴリン・ハーリングは行方不明だった。

 スモールウッドさんは、オレに彼女の捜索を依頼した。報酬は金貨20枚。依頼内容はイヴリン・ハーリングの現在の居場所を突きとめること。生死は問わないという条件でオレは引き受けた。

 目的地は魔法協会が所有している南の孤島。魔法協会本部直属の死霊魔法研究所が建っている。研究で作ったゾンビやスケルトンが逃げたときのリスクを考慮して、孤島に建てられたとスモールウッドさんに説明された。

 出入りは、孤島に最も近い魔法協会支部で飼われているブルードラゴンで行われる。用事のある人物が騎乗して海を渡る。その際、食料や水も持っていく。ブルードラゴンは孤島に長居しない。人や物を卸したら、とんぼ返りで協会支部に戻る。ゾンビが島からでないよう予防策だ。

 だから、魔法協会は死霊魔法研究所に、誰がいるのか常に把握していた。

 1週間前、イヴリン・ハーリングが研究所からいなくなった。なんの前触れもなかった。違ったことは、ひとつだけ。部屋の机に【嘆きの腕輪】が置かれていた。

 イヴリン・ハーリングが島から出た形跡はない。だから、魔法協会は孤島のどこかにいる考えている。

 残された【嘆きの腕輪】には手がかりはなかった。シュデルは記憶の欠片がついていないと言った。ムーとハニマン爺さんが調べたが、何も見つからなかった。【嘆きの腕輪】という呼称どおり、箱の蓋を開くと泣き声をたてる、だけの腕輪だった。

 スモールウッドさんは【嘆きの腕輪】が手がかりだと思っていただけにがっかりした。シュデルに対するトラップが仕掛けてある可能性も考えていた。だから、ハニマン爺さんが触ろうとしたとき慌てたらしい。わざわざ桃海亭まで持ってきたが、そのまま持ち帰ることになった。

 イヴリン・ハーリングの捜索は、オレひとりでするつもりだった。シュデルは動く気ゼロ。逆にハニマン爺さんはやる気満々だったが、スモールウッドさんが強硬に反対した。爺さんが『わしはセトナと護符があるから大丈夫だ』と断言すると、スモールウッドさんが目を三角にして怒鳴った『私が気づいていないと思っているのですか!ハニマン殿の目的が、死霊研究所の研究データなのはわかっています』爺さんが舌打ちしたところをみると、当たっているようだ。

 ムーは行くのを嫌がった。【嘆きの腕輪】を調べたかっただけで、何もないと部屋に戻ろうとした。スモールウッドさんに襟首をつかまれ、吊された。『報酬はメデラ鉱石50g』簡単に買収された。満面の笑顔で旅立ちの準備をした。

 スモールウッドさんに渡された書簡を持ち、魔法協会が用意した大型飛竜で孤島近くの魔法協会支部に行った。待っていたブルードラゴンにオレとムーで騎乗。すぐに飛び上がった。孤島に向かっている途中、別のブルードラゴンが追いかけてきた。スモールウッドさんが神聖魔法を使える魔術師を手配したことは聞いていた。

 真っ白い絹のローブをまとった魔術師は、片手あげた。

「よっ!」

 親しげに挨拶をしたのは、昨日桃海亭で『退屈で、死にそうだぁ』とわめいた賢者ダップだった。



 ブルードラゴンは規則どおり、オレとムーとダップを降ろすと、すぐに戻っていった。24時間後、迎えにくる予定だ。

 ドラゴン発着場でオレ達を迎えてくれたのは死霊研究所の副所長のトッシュ・ヒューズというガタイのいい大男だった。ネクロマンサーが着用する灰色のローブを着ていると壁に見える。

「遠方から、わざわざ来ていただいて恐縮です」

 話し方は明るく、感じがいい。

 ヒューズが手を差し出した。

「桃海亭の方々ですね」

「ウィル・バーカーです」

 握り返す。

「ムー・ペトリと言います」

 久しぶりにムーの普通のしゃべり方を聞いた。身長差があったので、ヒューズが屈んでくれた。

 次にダップと握手した。

「オレは………」

「シュデル・ルシェ・ロラム様ですね。噂通り、お美しい」

 ゲシッ!

 ヒューズが壁にめり込んでいた。

 飛竜の発着の誘導灯の土台の壁が、めり込んだヒューズを中心に放射状のヒビが入っている。

 そのヒューズにダップが指をポキポキ鳴らしながら近づいてく。

「オレ様を男と間違えるとは、いい度胸だ」

 オレは慌てて、間に入った。

「ダップ様、聞きませんでしたか?ヒューズさんは美しいと言ったんです。今日も、とてもお美しいです」

 オレは揉み手をしながら、ダップというところを強調した。

 ヒューズも、気が付いたらしい。

 白いローブ、金髪碧眼長身。暴力賢者と名高いダップだということに。

 壁から漆喰の破片を散らしながら出てくると、深々とお辞儀をした。

「賢者ダップ、ようこそ死霊研究所にお出でくださいました。所員を代表して、心より歓迎いたします」

 うつむいたヒューズの顔が、こわばっている。

 ダップが研究所に向かって、大股で歩き始めた。ヒューズは小走りでダップを追い抜き、研究所の扉を開けた。ダップガ抜けると、また、小走りで追い抜いて、会議室とプレートが張られた部屋に案内した。

「おい、うまい茶とクッキーを用意しろ」

「はい、ただいま」

 ヒューズが部屋をでていき、ダップは椅子に腰掛けた。木製の折りたたみ椅子だ。

「しけた研究所だぜ。入り口に、宝石くらい、バンと飾っておけよ」

「ネクロマンサーの施設には宝石がいるんですか?」

「いるかよ、バカ。って、チビ、道具屋のやつ、勉強していないのか?」

「してないしゅ」

 ダップが冷たい目をした。

「死ぬぞ」

「オレだって、勉強はしたいんですよ。時間がないだけなんです」

 店の仕事、商店街の仕事、それだけでも忙しいのに、訳の分からない事件に頻繁に巻き込まれる。

「寝る時間を減らせよ」

「オレ、そんなに寝ていないですよ」

 就寝が深夜0時を回るが多い。朝も6時前には起きる。

「昼寝だよ。立ったまま、スコスコ気持ちよさそうに寝ているだろうが」

 いいわけを考えている間に、ヒューズがトレイを持って戻ってきた。

 お茶の色が濃い。クッキーではなく、ビスケットだ。

 テーブルに並べられると、ダップは茶を飲み、ビスケットをかじった。まずそうにかじりながら、オレを見た。

 オレも椅子に座った。ヒューズも座る。ムーはビスケットも食べず、部屋をウロウロしている。

「イヴリン・ハーリングがいなくなった状況を説明していただけますか?」

「ハーリング所長がいなくなったのは、8日前の昼過ぎです。決済をもらう書類があったので、所長の執務室にはいったところ、所長の姿はなく【嘆きの腕輪】だけ机の上に置かれていました。すぐに戻ってくるだろうと思ったのですが、所長は戻っては来ませんでした。いまだに行方がわかりません」

「ハーリングの所有物で、なくなったものはありませんか?」

「女性の職員に所長の私室も調べてもらいましたが、荒らされている様子はありませんでした。財布や宝飾類など残っています」

「もし、イヴリン・ハーリングが自分でいなくなったとしたら、いなくなった理由に心当たりはありますか?」

 ヒューズは黙った。

 急がせる理由はなかったので、口を開くまで待った。話し出したのは10分ほどしてからだ。オレは、ビスケット5枚を食べ終えていた。

「この研究所がどのような研究所かご存じですか?」

「知ら………」

 ベシッ!

 後頭部に叩かれた。

 叩いたダップが、椅子にもたれた。

「魔法協会本部直属の死霊研究所だ。400年前に魔法協会の設立と同時に作られた歴史ある研究所だ。研究対象は、表向きは死霊系全般。実際はゾンビとスケルトンのみ。安く使える戦士の確保が目的で設立されたのだから当然だよな。時代と共に魔法技術が進んで、死霊を使用した戦闘員研究は、いまでは過去の遺物になり果てている。イヴリンが所長に就任してから、研究所の評価は少しあがったみたいだけどな」

 ヒューズが爽やかな笑顔を浮かべた。

「賢者だけあって、よくご存じですね。おっしゃる通りです。ハーリング所長が着任するまでは、ろくに研究費ももらえず、発光球が切れてもそのまま、試薬不足が常態化していました。なにより、研究用のゾンビが手にはいらなくなり、非常に困っていました」

 ヒューズが両手を開いた。

「ハーリング所長は素晴らしい方です。昨年発表された新種のウィルス性ゾンビの論文を読まれましたか?あのような方を天才というのだと思います」

 自分で言って、感激している。

 聞いているオレは、さっぱりわからない。社交辞令の笑顔を浮かべて、うなずくだけだ。

「現存するネクロマンサーとしての最高の19位であるのも納得できる力量のお持ちです」

 オレはうなずいた。

「イヴリン・ハーリングが素晴らしいネクロマンサーだということはわかりました。そのハーリング所長が失踪する理由に心当たりはありますか?」

 強引に話を戻した。

「その件に関しては、私より適任者がいます。いま、呼んで参ります」

 部屋を出ていった。

 オレは茶を飲んでいるダップに聞いた。

「シュデルはネクロマンサーじゃないんですか?」

「ブッーーー!」

 まともに茶を吹きかけられた。

 ダップは袖から出した絹のハンカチで口の周りを拭った。

「道具屋、ついに頭が腐ったか?」

「いや、いまヒューズさんが『ネクロマンサーとしての最高の19位』と言ったんで、シュデルはネクロマンサーに入らないのかと」

「そっちかよ」

 ダップが顔をしかめた。

「道具屋、シュデルは15位だよな」

「はい」

「魔法協会に所属している魔術師で20位以上の氏名は秘密事項に当たらないから誰でも手に入れることが出来る。ヒューズが間違えたか、知らないか、シュデルがネクロマンサーでないかの三択になるわけだが、お前は『ネクロマンサーではない』を選んだわけだ」

「シュデルですから」

 ネクロマンサーとしての力だけでなく、訳の分からない能力がある。【異能の王子】と二つ名があるくらいだ。

「れっきとしたネクロマンサーだよ。イヴリン・ハーリングがそう思いたくないだけだ」

 そう言えば残された【嘆きの腕輪】を見たシュデルが『僕への招待状』と言い、ムーは『ゾンビのこと、嫌いしゅ』と言っていた。

「理由、よければ教えていただけませんか?」

 オレだけわからないと捜索に支障が出来る。

「たいした理由じゃねえよ。道具屋、なんで、シュデルの方が、位が上かわかるか?」

「キキグジ族の特殊能力と専用技、あとは魔力量」

「さすが、雇用主だ」

「あいつには、他にありませんから」

「そうだ。何もない。学歴も、論文も、研究もない。だが、他者と共有できる莫大な知識と生まれ持った才能で、高位の魔術師としての評価された。死にものぐるいの努力ではい上ってきたイヴリン・ハーリングとしては、面白くないわけさ」

「それだけですか?」

「それだけだ」

 シュデルが迷惑そうな顔をしていた理由がわかった。

「道具屋、イヴリン・ハーリングのついて、どれだけ調べてきた」

「調べていません」

 一瞬あっけにとられたダップだが、すぐに爆笑した。

「てめーは、ブレないな、とことん」

「オレにできることは、ありませんから」

 捜索に来た、という格好つけるために、ヒューズに質問をしたが、ムーに探索魔法をかけてもらえば、イヴリン・ハーリングの居場所はわかる。ムーは魔力量が調節できないので、陸地でやると広域探索となって問題がでるが、孤島でやるなら、誰からも文句は出ない。

 ひとしきり笑ったあと、ダップは真顔になった。

「道具屋、イヴリン・ハーリングはオレの大学校の同期だ」

「それで来たんですか?」

 神聖魔法の使い手は割と多い。

 なぜ、賢者のダップが来たのか不思議だった。

「ちょっと変わった奴でな」

 ダップが、外を見た。ムーも背伸びをして、窓から外を見ていている。

「道具屋、シュデルは嘘をつくと思うか?」

「【嘆きの腕輪】に記憶がついていない、という話ですか?」

「そうだ」

「オレはシュデルでないから、わかりません」

「そうだよな」

「でも、オレはついていないと思います」

「根拠はあるのか?」

「オレの勘です」

 ダップはつまらなそうな顔をした。

「ほんと、ブレねぇよな、お前は」



 ヒューズが戻ってくるのに1時間近く掛かった。

 待っているオレ達はすることがなく、オレは椅子に腰掛けたまま、うたた寝をしていた。

「お待たせしました」

 根性で瞼を開いた。

 若い女性を連れている。

「研究所で事務をしているガーティ・アイオミです。彼女が所長から悩みを聞いていたようです」

「ガーティ・アイオミと言います」

 会釈した。白いローブ。ネクロマンサーではないようだ。

 簡単な挨拶を交わした後、オレは質問を再開した。

「ハーリング所長は、どのようなことを悩んでいましたか?」

「ゾンビ用のワクチンについてです」

「ワクチン?」

 後頭部に衝撃があった。

 殴ったダップがぶっきらぼうに言った。

「感染性のゾンビの治療に使う奴だ」

「それくらい知っています。ピスハゾンビなど一部をのぞいては完成しているはずです」

「そのピスハゾンビのワクチンです。所長は完成させたのですが、実験の協力が得られないと困っていました」

 流れが読めた。

 ピスハゾンビに耐性があるのはキキグジ族だけだ。

「キキグジ族の協力が得られなかったということですか?」

「はい。とても困っていました」

「わかりました。これで調査は終了です。ご協力、ありがとうございました」

 オレは深々と頭を下げた。

「もう、よろしいのですか?」

 ヒューズがオレに聞いた。

 戸惑っている。

「これより、探索魔法をかけます。見つからなかった場合は、そのあと、もう一度話を聞きたいと思いますので、そのときは、よろしくお願いいたします」

 もう一度、頭を下げた。

「困ります」

「そうです。探索魔法はかけないでください」

 アイオミとヒューズが血相を変えた。

「実験体のゾンビに影響がでます」

「研究のデータに狂いがでます」

 絶対にやらせないぞという気迫が全身からでていた。

「わかりました。少し、協議します。3人で別の方法を相談しますので、部屋から出ていただけますか?」

「しかし」

「すぐに終わります」

 笑顔で2人を会議室から押し出した。

 鍵をかける。

「よし、やれ」

「はいしゅ」

 ポシェットから畳んだ紙をとりだし、広げた。小さいが細かく書き込まれた魔法陣が現れる。

「いけっしゅ!」

 部屋の天井に探索図が投影された。

「ここだな」

「ここしゅ」

 点滅があるのは、この研究所。

 オレ達がいる場所のほぼ同じ。

 上の階か、下の階か。

 探すのにそれほどの時間はいらない。

「生きているか?」

「死んでいるしゅ」

「それだと、あれだな」

「あれしゅ」

 点滅が動いている。

「あのアホ、ゾンビになりやがった」

 ダップが苦虫を噛み潰したような顔をした。



 オレはドアノブを握った。

「準備はいいですか?」

「ああ」

 怠そうにダップが言った。

 オレはドアノブを引くと、後ろに飛びさがった。

 扉にくっつくようにして、ヒューズとアイオミが立っていた。オレがいきなり扉を開けたので、驚いた顔をしている。

「”生者はこの世に、死者は黄泉に。今ひとたび眠りを求めよ”」

 ダップの手から放たれた光で、二人は床に崩れ落ちた。

「死にましたか?」

「とっくに、死んでる」

「それはわかっています。完全に死んだのですか?二度と動かないのですか?」

 ヒューズとアイオミ。人間に見えるが、ゾンビだ。

 オレは途中まで気がつかなかったが、ムーとダップは飛竜から降りた時点でヒューズがゾンビだとわかっていたらしい。

「人間でいえば、失神させただけだ。こいつらには、尋問しなければいけないことが山ほどあるからな」

 ヒッヒッとダップが怪しげな笑い声をたてた。

 ムーが近づいて、ペシペシと叩いている。

「おい、ムー」

「なんだしゅ?」

「そいつはお前の魔法で死体に戻せるか?」

「通常のゾンビしゅ。簡単しゅ」

 ダップが、オレの尻を蹴った。

「おい、道具屋。とっとと、縛り上げろ」

「ダップ様。ロープがありません」

「施設内の部屋を探せば、1つや2つ、見つかるだろ」

「それより、ムーの魔法で一気に浄化。施設内のゾンビを丸ごと、完全死亡、人間の死体にしましょう」

 ムーがVサインを出した。やる気満々だ。

「バカ言うな。おそらく、所員は全員ゾンビだぞ。ただの死体になったら、事情がわからなくなっちまうだろうが!」

「大丈夫です。オレのところにいる居候の爺さんを使えば、死体の記憶くらい簡単にさらってくれます」

 ダップの頬がひきつった。

「おまえら、人道に反していると思わないのか?」

 オレもムーも首を横に振った。

「こいつら、死体ですから」

「死体しゅ」

 人権も何もない。

「ゾンビにならなければならない、切実な理由があったかもしれないんだぞ」

「ダップ様から、そのような優しい言葉がでるとは思いませんでした」

「だしゅ」

「ダップ様は、ゾンビになったイヴリン・ハーリングに嫌がらせをしたいだけだと思ってしまいました」

 ムーがウンウンとうなずく。

「わかったているなら、嫌がらせをさせろ。あのアホ、絶対にゾンビになると思っていた。ネクロマンサーの道を閉ざすように教授に忠告したのに、才能があるの一言で片づけやがって」

 片手をあげて、ダップの話を止めた。

 ヒューズとアイオミのゾンビが、動きを止めたことは彼らの使役者に伝わっているはずだ。

 時間がない。

「もし、一斉浄化をしないのならば、研究所内にいるゾンビの数と位置の確認が必要です」

「無駄に冷静だな」

「どっちにしますか?」

 一斉浄化か、研究所の制圧か。

 ダップが目を閉じた。

 数秒後、目を開けたときには決意の光があった。

「チビ、浄化してくれ」

 ムーが両手でVサインをした。



 ムーが神聖魔法による浄化を実行。

 膨大な魔力による浄化で、ゾンビは死体になった。

 直後、心通話で魔法協会に連絡。死体とオレ達の回収を依頼した。

 その後は、死体だらけの研究所を出て、発着場で飛竜待ちだ。

「よかったんですか?」

 ダップに聞いた。

 魔法協会に連絡して、制圧を任せるという方法もあった。

「アホどもの祭典が終わっただけだ。協会の研究材料にされるより、いいだろうさ」

 空を眺めている。

 上空は雲が覆っている。オレ達が来たときも厚い雲が垂れ込めていた。

「ゾンビだと気づいたのは、あれですか?」

 雲を指した。

「まあな。他にもあるが、あの雲は人工発生の雲だ。ゾンビは研究所内。わざわざ光を遮らない理由があるとすれば、ゾンビが外に出なければならないからだ」

 研究所の所員が全員ゾンビならば、飛竜の出迎え時には雲は必要だろう。

「お前はいつ気がついた」

「ダップ様がビスケットを食べたときですね」

「目聡いな」

 いつものダップなら、注文と違うビスケットを床にたたきつけていただろう。

「生存者がいるかを確認していたんですね」

「ああ」

 オレも食べたが、ひどい味だった。おそらく、数ヶ月、下手すると数年前のものだ。

 ゾンビは飯を食わない。クッキーを要求されて、食べるものを探したのだろう。おそらく、非常用に保管されていたビスケットを出したのだろう。

「お茶は腐っていたぜ」

 ダップが顔をしかめた。

「道具屋は飲まなかったな」

「オレは一般人ですから、感染を防げません」

 乾燥しているビスケットにゾンビ菌を仕込む確率は低いが、お茶ならばあり得る。白魔法の達人のダップならば感染を防げるだろうが、オレには無理だ。

「お茶をかけられたときには、肝を冷やしました」

「安心しろ。ただの腐った茶だ」

 菌もウィルスも仕込まれてはいなかったらしい。

「道具屋はクッキーだけで、ゾンビという答えにたどり着いたのか?」

「オレには、トカゲゾンビというヒントもありました」

「そう言えば、ゾンビのトカゲが桃海亭に現れたと騒ぎでいたな。あれか?」

「あれはイヴリン・ハーリングが犯人でした。あれを思い出したときに、今回の一件が一気に繋がりました」

「バカだよな」

 ダップが空を見上げた。

 ダップの言う『バカ』が、ゾンビになったことなのか、シュデルに執着したことなのか、わからない。だが、どちらにしても、『バカ』だ。

 イヴリン・ハーリングが、なぜ、ゾンビになったのかわからない。だが、シュデルに執着した理由はわかる。シュデルがキキグジ族の血を引いていたからだ。シュデルの体質と知識も欲しかった。だから、ゾンビイモリを桃海亭に張り付けたのだ。

 オレには、同じゾンビイモリに見えたが、毎回違うゾンビイモリだったのだろう。ハーリングはゾンビだったから、下手にシュデルに近づけば、キキグジ族の技で死体にされてしまう。種類の違うゾンビで、シュデルの技の効かないゾンビを探していたのだろう。だが、魔法協会の介入で不可能になってしまった。そこで【嘆きの腕輪】を送って、シュデルを研究所におびき寄せようとしたのだろう。

「道具屋」

「はい」

「【嘆きの腕輪】を見たか?」

「はい」

「イヴリン・ハーリングが、あれを持っていた理由は知っているか?」

「いいえ」

「イヴリン・ハーリングは、人の悲しみが理解できない人間だったんだ」

 ダップは空を見上げたまま、話を続けた。

「先天的に理解できない精神構造だった。だから、ネクロマンサーになるなとオレは言ったんだ。それなのに、あいつは自分の魔力に最も適しているという理由でネクロマンサーを目指した。ところが、すぐに壁にぶちあたった。ゾンビ研究には死体がいる。学生時代は生存中に承諾を得た提供者の死体を使う。もちろん、使った後は死体に戻して、家族に返す。悲しみのわからないあいつは、死体を死体として扱った。死者に対する敬意も感謝もなく、家族の悲しみも理解できなかった。家族の反発をくらい、困ったイヴリン・ハーリングが作ったのが【嘆きの腕輪】だ。死体を取りに来た家族が別室にいる時などは、腕輪に泣かせていた。泣きながら、研究をしている、死体の世話をしていると家族に思わせて、非難をかわした。心優しい人間に見えるための偽装工作ってやつだ」

 ダップがオレを見た。

「【嘆きの腕輪】に記憶の欠片はついてなかったと思うか?」

 2度目の問いだ。

「おそらく、ついていません」

「お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

「ダップ様、もしかして、知りたいのですか?なぜ、イヴリン・ハーリングが自らゾンビになったのか。研究所の所員を全員ゾンビにしたのか。シュデルをおびき寄せようとしたのか。おびき寄せるのに【嘆きの腕輪】を使ったのか?」

「どうなんだろうな」

 寂しげにダップが言った。

「知りたいのでしたら、シュデルに頼んではどうでしょうか?」

「シュデルに?【嘆きの腕輪】には、何もついていないのだろう?」

 オレは笑みを浮かべた。

 バシッと頭を殴られた。

「カピパラは笑うな!」

 オレは頭をさすった。

「痛いですよ、ダップ様」

「オレ様の美しい眼が腐る」

 オレは真顔になった。

「ダップ様、忘れていませんか?」

「何をだ?」

「ああ見えても、シュデルは一流のネクロマンサーです」

 ネクロマンサーは死者の霊魂を召喚できるはずだ。

 ダップは驚いた顔をした。

 そして、次の瞬間、破顔した。

「違いねぇ」

 雲が切れた。

 明るい光が射し込んでくる。

 遙か遠く、ブルードラゴンの編隊が見えた。




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