第七話 騎士へ
「エンリヒ見習い騎士と戦えと言っている。出来るか?」
何かに挑戦してみないと、先には進まない。
アーシェを守るために聖騎士になるのなら、ここで立ち止まってはいられない。
「やってみます」
強く頷いて、剣を持って緊張した様子を見せるエンリヒに構えた。
ザブラッドはシグレイに寄っていたが、離れて二人の中間辺りで止まった。
「エンリヒ見習い騎士、相手は今日初めて剣を持った。だからお前は攻撃するな。守ることに専念しろ」
「はい」
「そしてシグレイ。お前は何が何でも攻撃しろ。殺す気でやれ。いいな?」
「は、はい」
殺す気でやれ、と言われて少し戸惑ったがザブラッドからすれば殺す気でやらない限り、危なくないということだろう。
「やれるだけやってみます」
軽く息を吐いて気分を改め、エンリヒとの戦いに集中する。
緊張していたエンリヒだったが、今から戦うことでその緊張は消えて集中していた。
「行きます!」
初めて戦う気分の高揚、緊張、その他諸々を込めて叫び、走ってエンリヒとの間合いを詰めた。
ザブラッドの命令でシグレイに攻撃することができないエンリヒは、ジッと待ち構えていた。
シグレイは間合いを詰めながら剣を振り上げ、上段に構える。
上段に構えた剣は、振り下すことしか攻撃できない。
故にエンリヒは剣を僅かにだが左斜めに傾け、いつでも受け止められるようにする。
それを見たシグレイは、上段から中段に構え直すことはできた。
だが、敢えてしなかった。
シグレイがしたいことは、
上段に構えた剣を振り下した。
それをエンリヒは剣を顔の高さまで上げて横にし、受け止めた。
シグレイとエンリヒが持つ剣は本物のため、当たれば殺すことが出来る。
しかし、エンリヒは見習い騎士。
そう簡単に当たりはしない。
見習い騎士になるまで学校で三年。そこから騎士になるため三年。
エンリヒはまだ騎士にはなれていないが、剣を持って四年ほど経験を積んでいる。
シグレイの剣を受け止めたエンリヒだが、動揺や驚きといった表情をしてはいない。
非常に真剣な顔をしている。
それに比べてシグレイは、歯を食いしばっている。
力を込めて剣を押し込んでいるが、エンリヒの剣は微動だにしていない。
それは七歳ほど年齢が離れているからである。
エンリヒはまだ身体が成長するが、シグレイと比べれば大人と子供。
力比べをすればどちらか勝つなんて、火を見るよりも明らかだ。
しかし、シグレイはそんなこと知っている。
彼がしたいことは、自分を知ること。
実力、強さ。
それを知れば、戦い方が変わってくる。
力が駄目。
なら! 手数で押し切る!
剣を上げて戻し、剣を中段に構え直して左に薙ぐ。
しかし、既にエンリヒも中段に戻しており、剣を真下に向けて受け止めた。
エンリヒの両腕は剣が真下を向いているため、両腕がフのような形をしていた。
エンリヒと身長差もあり、シグレイの剣はエンリヒの脇腹に当たろうとしていた。
受け止められたシグレイは、また剣を戻して突く。
狙いは心臓。
しかし、エンリヒが剣で突きを内から外に受け流した。
受け流された剣を戻し、突き、突き、突き、と何度も突くが、エンリヒはその全てを受け流して見せた。
「そこまで!」
ザブラッドの声が聞こえた。
また突こうとしていたシグレイは、剣を下に降ろし、荒い息をする。
そこで初めて、自分が息切れしているのだと気付いた。
エンリヒ見習い騎士。ありがとう、もう下がっていいぞ」
「はい!」
剣を鞘に入れ直したエンリヒは、他の見習い騎士、同級生の元に歩いて行った。
残ったシグレイは深く呼吸をして酸素を多く取り込み、顔の横からは汗が一滴流れ、服も汗でほんのり湿っており、非常に気持ち悪い。
「何か学べることはあったか?」
「はい。戦ってみることで色々な事を学べました」
今の身体じゃ力がないから力押しもできないし、手数で押そうとしてもスタミナが足りない、速く攻撃しようにも相手のほうが速く動ける。
勝つには身体を作るしかない。
他にも、剣術や魔法が使えるなら魔法を、そして戦う術、汚い手段なんかも学ばないといけない。
「今からアジールの所に行ってきます」
剣術ならアジールに教わったほうがいい。
あの人は剣一つしか使っていない。
多分、魔法は使えないんだと思う。
だから剣での戦い方、魔法を扱う相手との戦い方を教えてくれる筈だ。
「ああ。行って来るといい」
ザブラッドはシグレイを見送り、騎士見習い達がいる所へ向かった。
「アジール!」
「ん?」
「俺に剣と魔法、自分より強い者の戦い方を教えてくれ」
シグレイをアジールに剣を教わるために声を掛けた。
「いいぞ。かかってこい」
アジールは快く受け入れ、キュールやアーシェのに近くにいるためこのままではアーシェにぶつかったりと危険が起こる可能性があるため、少し離れた場所で剣を抜いて構えた。
シグレイとアジールが戦うのを見て、近くにいたアーシェがキラキラとした目で見ていた。
「まずは剣を教えてやる。俺は受けるからかかってこい」
「ああ!」
ザブラッドには敬語だったがアジールは敬語を嫌ったたため、シグレイはアジールには敬語を使わなかった。
シグレイは剣を両手で持って構え、間合いを詰めて剣を叩き込んだ。
上からの振り下し、左に向かって薙ぎ、袈裟切り、左切上げ、逆袈裟、右切上げ、突き、再び、突く。
力がまだないシグレイは手数で押そうと何度も何度も斬るが、アジールはその全てを右手で持った剣で受け止めた。
右腕全体をあまり動かさず、右手だけで剣を振って受け止めていた。
シグレイはその事には気にも止める暇がなく、必死に剣を振っていた。
剣を振り上げて上段から振り下ろすと、アジールは剣を右に傾けるようにして受け止めた。
シグレイは剣を押し付けるが、アジールの右腕、剣はビクともせず、突如ふわりと受け止めるものがなくなって剣を押す力で身体が前のめりになった。
アジールが受け流したと気付いた時には遅かった。
身体が前のめりになって地面に倒れそうになった所、服の後ろ側を掴まれて身体を引き戻された。
「腕だけで振るな。手首も上手く使え」
「はい!」
シグレイは剣を振るが、アジールの教え通りに手首も動かしながら振るった。
剣を振る力はさっきまで右手首までで止まっていたが、手首を使うことでそれは剣にまで届いた。
しかしそれでもアジールとの差は大きく、あっさりと受け止められ足を払われた。
「剣だけに集中するな。視界を広く、周りを見ろ」
「はい!」
転がされたシグレイは起き上がり、また剣を振ろうとしたらアジールに止めた。
「一旦やめだ」
「僕はまだ戦えます!」
戦えば戦う程自分の至らない点が多く見つかり、限界だと言うように止めたアジールにシグレイはまだ戦いたいと思った。
しかし、それは違った。
「ここで全ての体力をなくしてどうする。シグレイはまだ知りたいことがあるんだろ?」
諭すように言われ、シグレイは戦いに集中しすぎて他に知りたいことを忘れていた。
しまったという顔をしたシグレイを見たアジールは、深いため息を吐いた。
「手首、足元、視界の他にも冷静に戦え。熱くなりすぎて相手の術中に嵌まったら終わりだ。気を付けろ」
「はい……」
自分で言ったことなのに忘れてしまったことで、シグレイは気を付けようと思い反省した。
「剣の次は魔法だったな。魔法についてはキュールを思い出せ」
アジールに言われた通りに、キュールの戦いを思い出す。
彼女は魔法戦士のような感じで、魔法で誘導して剣で倒す、というような事を思い出す。
「まず、魔法はするには魔力が必要だ。それがなければ魔法は発動しない」
「魔力は誰にもあるの?」
「ああ。ただ、俺の場合は魔法の適正がなかったせいで使えないがな」
だからアジールは魔法が使えなかったのか。
適正、ということは誰しも全ての魔法が使えるわけじゃないし、得意不得意もあるのか。
「そして、魔法には詠唱が必要だ。その理由は具体的なイメージをすることだ」
確かに、キュールはファイアボール、ファイアバレットと魔法を使う時は名を呼んでいた。
しかし、あれは詠唱なのかな。
アジールが言うには、詠唱はイメージをハッキリとさせるため、と言っていた。
なら、キュールは名を言うだけでイメージできるということなんだろうな。
どれだけ修練を積んだのかな。
「キュールの場合、一度詠唱すれば同じ魔法を何回も連続で発動できる。そのためにキュールは何千、何万と魔法を使った」
やっぱり。
キュールと同じぐらいになるには、血反吐を吐くみたいな修練をこなさないといけないのか。
「まあ、キュールほどの強い奴はそういない。で少し話を戻すが、魔法を使うには詠唱が必要で、そこが狙うポイントだ。詠唱する間を狙えば、口を閉じるかもしれない。閉じれば、また始めから詠唱する羽目になるからな」
なるほど。魔法使いとの戦いには、先手必勝、ということか。
魔法を使わせなければいいのか。
なら、キュールみたいに剣と魔法を両立……そうか、魔法だけじゃ戦えないから、キュールは剣を使うのか。
「もし、相手がキュールのように剣と魔法、二つを使う相手ならどうする?」
「その場合は逃げる。俺だったら正面からやれるが、無理な場合は引け。そして、奇襲して殺せ。戦いに卑怯はない。生きることが勝利だ」
魔法を使う前に倒す、か。徹底してるな。
それが剣しか使えないアジールの答えなんだろうな。
それほど魔法がやばい、ということでもあるな。
「次に格上との相手。まず一つ、逃げろ。相手にするな。自分より強い相手とは戦うな」
「けど、もし絶対に戦うことになったら?」
「その場合は卑怯でもなんでもいい。生き残ることを優先しろ。さっきも言った通り、生きることが勝利だ。奇襲、不意打ち、騙し打ち、目潰し、金的、色々ある」
「それは騎士としてやっていの?」
「死んだら騎士としてどうこう言えるもんじゃない。それに、騎士として生きるのなら強くなればいいじゃないか。卑怯なことをしないほどに」
そうだな、そうだ。
馬鹿にされない、アーシェを守れるほど強い騎士になればいいんだ。
「アジール。もう一回手合わせを頼める?」
「いいぞ。また叩きのめしてやる」
覚悟を再び決め、シグレイはアジールと手合わせをまた始めた。