第五話 新たな道
アジールは騎士が集まっている場所に歩くと、その中心にザブラッドがいるのを見つけた。
騎士達がアジールに気づき、二つに分かれて道を譲った。
アジールがザブラッドの元まで来ると、ザブラッドもアジールの存在に気づいた。
「どうだった?」
ザブラッドはアジールに見もせず尋ねた。
「俺の息子にすることにした」
アジールの言葉を聞いてザブラッドの周りにいた全騎士は、うわ~、と心の中で憐れんだ。
アジールは強い。とにかく強い。
そのため、訓練の量も馬鹿みたいに多く、ついてこれる者が一人もいなかったのだ。
なのに、あんな子供がそんな地獄に連れていかれると思うと、同情するしかない。
勿論、助けるつもりもないが。
その理由は、自分もその訓練に参加する羽目になるかもしれないからだ。
「そうか。それで、お前の息子は今どこに?」
「ああ。それが姫様に誘拐された」
「姫様の癖もなんかしないとな」
少し間が空き、二人は一緒にため息を吐いた。
「怪我は? 何もされなかった?」
「う、うん。大丈夫だよ」
まるで母親のように心配するアーシェに、少年はまだこの扱いに慣れず困惑しながら答えた。
アーシェに誘拐されるように攫われた少年は、二人で一緒に散歩していた。
「何で呼ばれたの?」
「えっと、それはね。アジールに息子にならないかって誘われた」
少年がそう言うと、アーシェが納得したような顔をした。
「ああ! 子供ができないってシエスタの愚痴を聞いたことがあるよ」
シエスタ、という言葉には聞き覚えがある。
たしか、アジールの妻だったような気がする。
少女に言うような愚痴ではないと思う。
「そう。それで子供がまだできないから、僕を養子、ていうのかな。息子にするって」
「そうなんだ。なら一緒にいられるね」
「そう? なのかな。まだ知らないから僕は分からないよ」
詳しい話はまだアジールに聞いていないため、頷けなかった。
そんな少年にアーシェは、矢継ぎ早に質問する。
「名前はどうするの? 思い出したりしないの?」
「うん、まだ思い出せないんだ」
思い出そうとすると頭痛がする。
しかし、より深く思い出そうとすると激痛がするためあまり時間をかけなければ痛みが少ないため、出来る限りそうしている。
「思い出せないの? なら私が考えてあげる」
アーシェは名案とばかりに言い、考え始める。
少年はそんなアーシェを慌てて止めた。
「名前は両親が考えるらしいから大丈夫だよ」
「大丈夫よ。私がお願いすれば、きっと許してくれる」
何が大丈夫なのか僕には分からないから、その根拠を教えてほしい。
アーシェはどこからか分からない自信を持ち、少年の名前を考え始める。
「う~ん、そうだな~」
アーシェの姿を見た少年は、止めるのをやめた。
きっと、止まりそうにないと分かったからだ。
「そうだ! どんな名前がいいか、ある?」
思いつかなかったのか、アーシェは少年に尋ねてきた。
「どんな名前でもいいよ。しいて言うなら、可愛い名前はちょっと嫌だな」
名前は永遠に付きまとう、離れるに離れられないものだ。
そんなものが可愛いのだったら、絶対に馬鹿にされる運命が待っている。
「可愛い名前が嫌なんだね。なら、アディールはどう?」
「それは父のアジールと似てるからちょっと……」
流石に、似た名前だと嫌だ。
「そういえばそうだね。なら、う~ん、シュタールは?」
「シュタール……シュタール……」
何度も呟くが、何かしっくりこない。
「なんかしっくりこないんだよね~」
「しっくり来ないのか~。それならシグレイは? ちょっと変わった名前だけど」
「シグレイ……」
この名を呟くと、しっくりきた。
「シグレイがいいな」
「そう。良かった~」
名前が決まったことを聞いて、アーシェは原っぱに寝転がって満足しきった顔を浮かべる。
「ねえ、シグレイ」
「ん?」
名を呼ばれたシグレイは、寝転がっているアーシェの顔を上から覗く。
「なんでもなーい」
名前が決まったのがそんなに嬉しいのか、用もないのに彼の名前を呼んだ。
シグレイはアーシェの横に座り、足を伸ばした。
さっきまでの賑やかな空気と違い、今は静かな空気が流れていた。
「僕ね。騎士になるんだ」
そのせいか、シグレイはアジールに話したことを言う。
「騎士? 国を守るの?」
アーシェはシグレイの方に顔を向けた。
「ううん。僕が目指すのはその上」
シグレイは顔を横に振って否定した。
「聖騎士を目指すよ。アーシェを守りたいんだ」
今回はアーシェに救われた。
なら、次は僕が彼女を救いたい。
「聖騎士? ならずっと一緒に居られるね。頑張って」
聖騎士と聞いて、アーシェは嬉しそうな顔をする。
「うん、頑張るよ。何があっても」
アーシェを見れば、何故か死にかけていても気力が出せるような気がした。
二人がワイワイと雑談していると、アジールが近寄った。
「仲が良いな」
座っている二人に、アジールが立った状態のまま見下ろして言った。
その顔は、微笑ましいものを見るような、親の顔であった。
「うん! 仲良しだもん」
アーシェはシグレイを抱き着いて、笑顔で答えた。
抱き着かれたシグレイは、女性特有の良い匂いと柔らかな感触で緊張して身体が固まった。
「それとね。私が彼の名前を付けたの。良かったよね?」
「まじか……」
アーシェの発言に、アジールは名前が付けるのを楽しみにしていたか、がっかり感が聞き取れた。
しかし、子供二人に気づかれないように、すぐに元に戻った。
「もう名前を付けたんだろ? なら仕方ない」
アジールはアーシェを許すと、次にシグレイの方を見た。
「で、名前はなんて言うんだ?」
「シグレイ、て言います」
「その名は納得しているのか?」
「はい」
シグレイが頷くと、アジールは満足したような顔を浮かべた。
「そうか、なら良かった。それで本題に入ろう。今から剣を振ってもらう」
「今から? 分かった」
今日話してまさか今日するとは思わなかった少年は、少し驚きつつも何が待っているのか分からず楽しみだった。
アジールとシグレイは、少し間を空けて向かい合って立っている。
二つの本物の剣をアジールは、地面に突き立てるように石突きを両手で掴んでいた。
その二人から離れた所で、アーシェが二人の侍女と一緒に座って話していた。
「剣を使ったことはあるか?」
「多分、ないとは思います」
剣を使ったイメージを考えるが、全く思い浮かばなかった。
「そうか。それは平和な所に住んでたんだな」
「そう、なんですか?」
「ああ。魔物は知ってるだろ? そいつらが原因だな」
魔物、という言葉には聞き覚えがある。
それが何故かはわからない。
しかし、聞き覚えがある。
「魔物はどんな物がいるんですか?」
「そうだな。いるのは二通りだ。今回の狩る対象の狼。あれは普通の獣だが凶暴となって魔物化した」
アジールは騎士達を見ながら言う。
少年もそれにつられて、騎士を見る。
騎士達は四人ほどの班を作り、森に入る班と待機班がいた。
「今日は獣が魔物化した狼の殲滅と調査だが、本当の理由は騎士の育成だ」
ということは、今回いる騎士はまだなってなもないのかな。
「話を戻そう。一つ目はさっき言った普通の動物が魔物化した魔物。そしてもう一つが最初から魔物だったものだ」
「動物が魔物になる理由はあるんですか?」
「完全には分からない。だが、魔物化するのは肉食の動物だという事が分かった。さらに、凶暴化し好戦的になるということも」
好戦的。
それが今回の騎士の訓練で呼ばれたということは、強くはないにしても放ってはおけないほどの危険度、ということなのかな。
「魔物の話はいいな? 本題に戻るぞ」
「うん。ありがとう」
考え事をしていたシグレイだが、アジールの言葉で我に返り、返事をした。
「剣を振ったことがないんだな? ならまずは見てもらったほうがいいだろう」
「最初に僕が振ったりするのは駄目なの?」
「駄目だ」
アジールはキッパリと否定した。
「変な癖がつくかもしれない。それに、騎士の戦い方を知っているだけで違う」
なるほど。俺は騎士になる、とは言ってるけど騎士の戦い方を知れば違うのかもしれない。
騎士の戦い方ってなんだ?
戦士と何が違うんだ?
感覚的には、甲冑とかを着るのは騎士みたいなイメージはあるが……。
「分かった。なら、剣を持ってみたい。それぐらいはいいよね」
「まあ、持つぐらいなら」
アジールは振ることは断ったが、持つことに関して譲歩し、シグレイに剣を持たせた。
両手で持った剣は、ズッシリと重力に両手がもっていかれるような感じがした。
まだ子供だから力があまりないから、という理由からかもしれないが。
ゲームならただ装備するだけだけど、実際ならこんなに重いのか。
初めて持った剣に驚いていると、シグレイはある事に気づいた。
ゲーム? そういえば隣に女の子がいたような。
あの子は……。
ふと思い出そうとしたシグレイに、強烈な頭痛を引き起こした。
「うぐっ!」
激痛により顔を歪ませ、シグレイは両手で持っていた剣の右手を離して頭を押さえ、左膝が地面をつく。
「大丈夫か!!」
突然の事にアジールは驚き、シグレイに駆け寄った。
シグレイの後ろにいたアーシェも、膝をついたのを見て慌てて近づいた。
しかし、慌てたことによりアーシェはこけて頭から地面にこけた。
「姫様ーー!!!!」
それを見たキュールが、瞬間移動するように離れた場所からこけたアーシェの真横に移動してみせた。
遅れて、侍女がアーシェに寄った。
「無事か?」
痛みで顔を歪ませたシグレイに、アジールは右膝を地面に着けて目線をできるだけ合わせて聞いた。
「なんとか」
まだ痛む頭痛になんとか耐えながらも、シグレイは答えた。
「姫様大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!? ああ、顔に土が!?」
「もう、キュール、私は大丈夫だよ。だから大丈夫だって」
キュールに身体を起こされ、顔に付いた土をキュールが持っていた綺麗な白いハンカチで拭かれながら、アーシェは元気な姿を見せた。
無事な姿を見て、キュールは安心した。
こけた時は、キュールは国が雷が落とされて家が燃えたような顔をしていた。
「ごめんね。綺麗なハンカチを汚してしまって」
顔に付いた土をキュールはハンカチで拭いてくれたが、綺麗なハンカチが自分のせいで汚れたことに、アーシェは謝った。
「いえ。大丈夫です。姫様が無事ならこのハンカチも本望でしょう」
キュールがハンカチの気持ちになりながら答えていると、二人の会話に乱入するものがいた。
「おい、キュール」
「なんです、アジール」
「ちょっと戦おうぜ」
「は!? 嫌ですが」
アジールは騎士の戦いを見せるため、ちょうどいい所にいたキュールを誘った。
しかし、キュールは真顔でアジールからの誘いを断った。
断れたことが気に食わないアジールは、いたずら小僧のような馬鹿にするような顔をする。
「ふ~ん。負けるのが怖いのか」
両腕を組んで二の腕を手で掴み、アジールは言う。
ピク、とキュールの額が動いた。
まだ動かないと知り、アジールは追撃する。
「そうだよな。聖騎士といっても、お前は俺より弱いもんな。俺は魔法が使えないが、お前は使えるのに、弱いもんな」
ピクピク、と額が小刻みに二回動く。
もうそろそろだ、理解したアジールは必殺技に近い一撃を放った。
「それに姫様の前だもんな。そりゃあ、姫様に格好悪い所を見られるのは恥ずかしいよな」
ブチッと何かが切れる音が、キュールからした。
「いいでしょういいでしょう。そんなにあなたが戦いたいのならやってあげますよ。命乞いをしても遅いですよ」
「するかバーカ。それと、今回は本気でする戦いじゃないからな。手加減しろよ」
シグレイに教える以上、本気でやりあうのは不味いと自覚しているアジールは、キュールに告げた。
そして、アジールはキュールが見えない角度で顔を隠し、チョロイな、と喋らず口を動かした。