第四話 選択肢
ザブラッドとアジールがいなくなって少年はというと。
「おい、坊主。大丈夫だったか? ザブラッド副聖騎士長はおっかないよな」
「痛くないか? 痛いならその程度なら回復魔法で治せるから、治してやろうか?」
「お腹減ったの? なら、少しだけ食べ物分けてあげるね」
「姫様。騎士の皆さまに取られたからといって、拗ねては駄目ですよ」
「拗ねてないもん」
少年は騎士達に囲まれ、その遠くで唇を尖らせて頬を大きく膨らませたアーシェが、侍女達に説得されていた。
アーシェの目線の先には、騎士達に一斉に話しかけられてあたふたしている少年がいた。
「貴様ら何をしている?」
しかし、その空気はたった一言で崩れた。
声が聞こえた途端、囲んでいた騎士達が颯爽と離れていった。
もう手慣れているといっていいほどに、その動きは洗練されて迷いはなかった。
声を出したのは、ザブラッドだった。
その後ろには、アジールがいる。
だが、少年にとってはザブラッドはアイアンクローされたトラウマしかなく、その後ろにいる屈強な男を見れば、恐怖しか感じない。
咄嗟にアーシェを探すが、侍女たちと話していて助けを求めることが出来なかった。
「こいつが?」
「ああ、そうだ」
気が付いた時には、目の前にザブラッドとアジールがいた。
「少し借りるがいいか?」
「構わん」
少年を無視してザブラッドに了承を取ると、アジールは少年に顔を向けた。
「坊主。悪いが二人っきりで話をしたい。ついてきてくれ」
そう言って、アジールは森のほうに向かって歩いて行った。
少年は知らない男にいきなり言われて、ついて行ったほうがいいか戸惑ったが、アーシェの仲間ということもあり、後を追うことにした。
アジールの後を追って辿り着いたのは、少し森に入った所であった。
森の浅い所でもあり、この辺りには木はそれほどないが、奥に目を凝らせば分かるほどに、木が多くなっていた。
アジールが草に尻を着け、胡坐を掻いた。
少年はそのアジールの対局に来たが、目の前に屈強な男がいると、少年にとっての楽な座り方、胡坐を掻いていいのか、相手が不快な気分にならないか、色々と考えてしまうが、いい加減座らないと駄目だな、と気づいて最終的に胡坐を掻いた。
「さて、まずは俺の名を名乗ろう。俺はアジール。お前は?」
「分かりません。思い出そうとすると、頭が痛くなって」
「そうか、ならいい。よろしく。俺はお前のことを聞いていないから全然知らん。だから詳しく教えてくれ。どうしてここにいる? どうやって来た?」
アジールと話していると、彼は最初は緊張していたが、今ではすごく安心しはじめていた。
それは、アジールが父親ぽかったからかもしれない。
「俺はここに来た理由は分かりません。気づいたらここにいて、それでお腹が減って歩いていたら狼に追われて、それでアーシェさんが助けてくれました」
「じゃあ、姫様のことは知っているか?」
「いえ、知りません」
少年はすぐに首を横に振った。
彼にとって、アーシェとは救ってくれた恩人である。
それ以上でもそれ以下でもない。
「そうか」
アジールは考え込む。
アーシェは姫様であり、知名度は百人に聞けば百人答えるほどだ。
それだけに、知らないということは完全に外の人間ということになる。
けどもしかしたら、本当に知らない、ということになる。
「これは可能性の一つだが、お前は自分がここに来た理由を知りたくはないか?」
「それは、知りたいです」
「なら、教える。多分だが転移魔法で少年はここに来たのだと思う」
「転移魔法?」
少年は首を傾げて返答した。
それは、聞いたことない言葉であり、分からなかった。
魔法、というものを、少年は知っていた。
それは、カードゲームやファンタジーの世界で敵を倒すゲーム、アニメで、存在するものだ。
呪文を唱えると魔法が発動し、全魔力を消費して敵全体にダメージを与えたり、全魔力を消費して敵にダメージを与え、そのあと動けなくなる、というものを思い浮かんでしまう。
そんなファンタジーな魔法を、目の前の図体が大きくて筋骨隆々の男が、言うのだ。
似合わない。
だが、そんなファンタジーに、少年は興味を湧いてしまう。
「あの、魔法、というのは、火の玉を出したりするやつ、ですか?」
「おう、そうだぞ」
肯定されたことで、魔法が存在するのだ、と少年は頭を打ち付けられたような衝撃を覚えた。
男なら、魔法というものには一度ぐらいは、使ってみたい、と思ってしまう。
そして、ふと思いつく。
あんな可憐なアーシェが助けてくれたのも、きっと魔法があるからだ、と。
だが、少年は魔法がある、という衝撃で忘れていた。
転移魔法のことを。
「さて、転移魔法についてだが」
魔法という衝撃が、さっきまでのことを忘れさせていた。
少年は黙って、アジールの話に集中した。
「転移魔法、というのは簡単に謂えば移動させる魔法だ。誰かがお前を転移魔法でこの森に呼び出したんだと思う。
そして、その誰かが分からない以上、少年は今まで住んでいた場所には戻れない」
「えっと、それは、本当、ですか?」
「ああ、本当だ」
恐る恐る、アジールに聞いた。
少年の声色は動揺したよう乱れようはなく、非常に落ち着いていた。
その理由が彼は全く知らない。
心の奥底で凄く安心しているが、その気持ちが浮かぶ理由も全く理解できなかった。
もう、あんな嫌な暮らしをしなくても。
脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
どうして?
顔を下に向けて自問自答するが、答えは帰ってこない。
「それで、僕はどうなるんですか?」
下げた顔を上げ、アジールの目を見て言う。
その目は揺らいでおり、まるで海に浮いているように彷徨っている感じた。
「今のままだと、お前は教会行きが妥当だろう」
「教会?」
「知らないか? 身寄りのない子供を預かる場所だ」
「分かり、ました」
落ち込むように、顔を下げて言った。
選択肢なんてなかった。
そもそも、選ぶことすらできなかった。
見ず知らずの場所に来て、見ず知らずの人達に助けてもらって、ここまでしてくれる。
それで十分じゃないか。
まるで自分が自身を納得させるように、言い訳をする。
その時だ、ふと思う。
あるじゃないか、選択肢。
今さっき言った選択肢。
少年が悩んでいるのを見ていたアジールは、値踏みでもするように見ていた。
根性なし、とは違うか。弱気なのか?
まあ、俺の子供には無理だな。
そう判断した時だった。
少年は顔をガバッ! と勢いよく上げた。
唐突の事に、アジールは少し驚いたが顔には出さなかった。
少年はアジールの目を強く見た。
さっきまでは揺らいでいたが、今では全く揺らいでいなかった。
「僕! アーシェを守りたいです。彼女は僕を守ってくれた、命の恩人です。だから、次は僕が命を張ってでも彼女を守りたいです」
少年の願いを聞いた。
彼の目は一直線で、緩いではいなかった。
その気持ちが本気なのか、アジールは確かめてみた。
「守る、と言ったな? なら、自分が死んでも構わないのか?」
「はい!」
少年は即答した。
「僕の命は、狼を追われた時から既に死ぬ運命でした。だけど彼女が、アーシェが救ってくれました。なら、アーシェにもらったこの命をアーシェを救うために使います」
「そうか」
アジールは少年の気持ち、思いを知って笑った。
コイツは本気だ。
目を見れば分かる。
姫様を守るために、何でもする。
するに決まってる。
コイツなら、俺の息子にしてもついてこれる。
なら演技をしないといけなくなるな。
アジールは真面目な表情に変わり、考えながら話す。
「なあ、俺の息子にならないか?」
「え!?」
唐突の誘いに、少年は目を白黒させた。
今まではなしていた見ず知らずの男に、息子にならないかと誘われたら、誰でも戸惑う。
そこでアジールはしまった、と失敗に気づいて慌てて訂正する。
「すまん、順序をつけて話そう。お前が姫様を守りたいのは分かった。だが、お前は非力で無力だ。なら、それでどうやって守る?」
「うぐっ! それは……」
少年は痛いところを突かれ、必死に考える。
しかし、強くなる方法を考えるが思い浮ぶことはなかった。
それを見たアジールは、自分の思い通りに事が進むことにほんの少しだが口が緩む。
「強くなりたいなら、俺の息子にならないか?」
「それで息子、か。けど、どうしてアジールさんの息子になれば強くなれるの?」
「この国には騎士が存在する。騎士は国とその国に住む民を守る者のことだ。それより上が俺ら聖騎士で、普通の騎士よりも強い。それに、聖騎士は王族を守る役目もある。その聖騎士である俺が鍛えれば、絶対に強くなるし姫様に近付くことができるぞ」
「たしかに」
強くなりたい少年にとっては、アジールの誘いは捨てがたいものがあった。
悩んでいる少年を見て、いける! と確信したアジールはさらに追い込む。
「このままだったら教会に住むことになる。教会に住んでも、強くなる手はある。だが、聖騎士が直々に教えることはないぞ。それに、住むところも姫様に助けてもらうのか?」
今まで誘いに乗ろうか悩んでいた少年だったが、一番最後の言葉で決心がついた。
少年は正座をし、両手を前に添えて頭を下げる。
所謂、土下座、というものである。
「僕を、貴方の息子にしてください」
「分かった。それで、名前のほうをどうする? いつまでもお前、と呼ぶのは流石に都合が悪い」
アジールは今まで喋っている時に、気になっていたことを切り出した。
「それは、父親のアジールさんが決めることではないですか?」
「マジか。それと、父親に敬語を使うな。気持ち悪い」
顔をしかめたアジールだったが、話す時に気になった敬語の部分は訂正するよう求めた。
「分かり、分かった」
父親であるアジールに言われ、少年は敬語で喋らないように意識した。
「名前だが、俺だけが決めるのはイカン。一度シエスタにも話しみないと」
「シエスタ?」
「ああ、俺の妻だ。凄く綺麗だぞー」
息子を自慢する父親のように、アジールは妻を自慢する。
その顔はにやけて、野性味あふれるかっこよさが台無しだ。
「なら、僕の名前は一先ず延期、ということ?」
「そういうことだ。このことはザブラッドに報告しないとな」
その名を聞き、少年は緊張で反射的に背が伸びた。
それを見たアジールは、なんとなくだが察することができた。
「苦手か?」
「まあ……」
顔に、苦手、とでかでかと書かれたような顔をし、横にそらした。
なにせ、最初に会って早々、頭を掴まれたのだ。
誰だって苦手意識を持つ。
「あいつはいつも姫様のことを思って行動している。それはお前とほぼ一緒だ。そこだけは理解しておけ」
「う、うん」
アジールはザブラッドのフォローをする。
しかし、苦手意識がすぐに消えるわけではないが、ザブラッドの考えを意識するだけで、苦手意識が少し和らぐ。
「さて行くか」
「うん」
アジールが立ち上がるのに遅れて、少年も立ち上がった。