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第二話 生死の境

 木々の揺れるような音が聞こえる。

 目を開けると、視界一杯に木が、枝が、葉が見える。

 

 日そのものは木が隠して見えない。

 けど、枝や葉の隙間から木漏れ日が照らしていた。

 だけど、薄暗い。

 

 ここは、どこ?

 どうして森の中に?

 僕は……ダレダ?

 

 思い出せない。

 そもそも、さっきまでの記憶が思い出せない。

 僕は誰なんだ?

 

 身体を見る。

 小さい。

 子供だ。

 十歳ぐらいに見える。

 

 それがおかしいように思える。

 違和感がする。

 どうして?

 

 思い出そうとすると、頭がズキズキと激痛が響き、痛みで思い出すことができなくなった。


 そのせいで、考えるのをやめる。

 すると、痛みが急に消え去った。

 

 靴はどこでも売っているような革靴だが、服は綺麗なものではない。

 薄汚れた、少しボロボロの服。

 どこにでも売ってるような、服だが汚れたことで灰色の服に変わっていた。

 

 その服にも、違和感を覚える。

 だけど、その違和感を探ることはしない。

 さっきのように、頭がズキズキと痛むことは嫌だから。

 僕は立ち上がり、辺りを確認する。

 

 周りは木。木。木。木。

 木だらけ。

 奥も木しか見えない。

 ここが森だと、一目で見て分かる。

 

 立った状態で、足踏みをする。

 

 うん、足は動く。

 

 自身の足が動けることが確認すると、動き出す。

 

 森の中にいただけじゃあ、全然分からない。進もう。

 

 

 

 真っ直ぐに、森の中を進んだ。

 理由はない。

 

 真っ直ぐ進むと、今まで見た事ない鳥や木の実、果物がいたりする。

 それが、色々な発見があって凄く楽しい。

 

 あれ? どうして鳥や木の実を知ってるんだ?

 憶えていないのに、どうして知ってるんだ?

 

 頭の中に、疑問が思い浮ぶ。

 だけど、その疑問に対する答えは見つからない。

 

 その時、近くから木の枝が折れるような音が聞こえた。

 音のした方を向くと、そこは木で見えない。

 

 だけど、耳を澄ませば徐々に近付いてくることが分かる。

 それが徐々に恐怖を湧きだし、僕は足が震えて立ち去ることができなかった。

 

 こんな森の中に人がいるとは思えず、僕は怖いものではありませんように、と必死に願っていると、それは出てきた。

 

 狼に似た生き物だった。

 目の前から狼が現れ、数歩ゆっくりと後ずさる。

 こいつは知っている。

 脳が理解した。

 

 それは、そんなに大きいわけではない。 体毛は黒に近い灰色で、ボサボサだ。

 そして、口から涎を垂らし、赤く汚れていることも分かる。

 さらに目は茶色で、焦点が定まっていなかった。

 

 駄目だ。喰われる。

 

 それが本能的に理解し、足の震えが治まっていた。

 気づいたときには、そこから立ち去っていた。

 

 必死に走る。

 全力で走る。

 鬼ごっこで鬼から逃げるように、捕まらないように逃げる。

 

 フォームだったり体力の調整なんでしない。

 逃げることを優先した。

 全力で走りながら、後ろに狼がいないのではないか、と一瞬でも考えてしまい、後ろを見てしまう。

 

 それは、願いであり、望みであった。

 捕まりたくないという気持ち、喰われたら嫌だ、と思う気持ち、走りながら脇腹が、太股が痛くなり、もう走りたなくないという気持ち、その願望が集まり、一筋の望みを願いながら、頭を後ろに向ける。

 

 そこには、いた。

 狼が。

 

 今はまだ距離がある。

 だけど、徐々に差が縮まっていっている。

 

 願望が砕かれ、前を向き、必死に走る。

 目の前を見ると、幾つもの大木の根で出来た天然のハードルがあった。

 

 横に回ればいいかもしれない。

 だけど、今はそんな無駄なことができなかった。

 体力的にも、肉体的にも、辛く、そんな状況では頭の中にハードルを越えることしかなかった。

 

 止まれば死ぬ、という事実は頭の中にあった。

 なら、するのは一つしかなかった。

 走った状態でそのままジャンプし、跳んだ。

 

 大きいハードルにぶつかり、その反動で下に落ちようとした。

 だけど、ハードルの上、地面に、土に指を、爪を突き立てた。

 

 それでも自身の身体は支えきれず、僅かに落ちようと突き立てた爪が下がる。

 爪の中に土が入る嫌な感触、爪と肉の間に埋まる感触、指を擦り切れる感触、十本の指で体重を支える痛み、がする。

 

 それを必死に堪え、足をジタバタと動かしてハードルになった根から、足場を見つけようとする。

 

 だけど、根は足を滑らせて足場は見つからず、それでも何度も何度も身体を預けられる足場を探し、見つけると右足をその足場に預ける。

 

 そして右足に全体重をかけて身体を上げ、右手、左手の順に前にだし、また爪を突き立てて這いずり出る。

 

 完全にハードルの上に出ると、荒い息をし胸を上下に激しく動かす。


 下では、木の根のハードルを睨んでいる狼がいる。

 ハードルを飛び越えないと理解した狼は、別の道を探すべくどこかに消えていく。

 

 そして、狼から逃げきれた安心感から、疲労が溜まった身体をゆっくりと起こす。

 

 爪も、足も、手も、身体全体が痛い。楽になりたい。

 

 そう願ってしまう自分がいるが、先に進む。

 また狼みたいな動物に、襲われてしまう。

 

 ゆっくりと歩きながら、前に進む。

 さながら、気づいた。

 さっきまでは薄暗かったが、今はだいぶ明るい。

 

 あの木の根のハードルを越えた辺りからだ。

 そう思うのは。

 森から出れる、と分かってしまうと遅くなってしまう。

 

 だが、背後からまた、死神の足音が聞こえ始めた。

 ゆっくりと、そして嫌だ、と思いながら振り向くと、そこにはまた、狼がいた。

 

 気づいたときは、また走っていた。

 それにさっきとは違って、かなり疲労している。

 そのせいか、

 

 走りながら足が絡んで転んでしまう。

 

 手や膝が擦り剥け、少し痛む。

 ただその少しの痛みでも、今の僕には凄く響いた。

 疲労でやめてしまいたい、と思っていた所でかすり傷をし、もう喰われたほうが楽なのでは、辛いことはうんざりだ、と苦しみから逃れようとする自分がいた。

 

 でも、立ち上がった。

 今までこんな辛いことをしても、逃げてきたんだ。

 なら、良い事がある、助けてくれる、筈だ。

 

 そう信じて、走り出す。

 けど、負の感情は消える事はなかった。

 

 信じて走り、光のに向かって走る。

 暗闇で目が慣れてしまったのか、光の奥が見えはしなかった。

 

 だけど、こんな暗闇にいる自分を光が救ってくれる、と信じて走り続け、光の中に入った。

 

「えっ……」


 知った。

 まだ目の前に、森があった。

 今いる場所だけ、木が一切なく、草原だ。

 頭上から見ればポッカリと大きな丸となっていた。

 

 現実、未来を知り、走り続けていた身体は崩れ落ちる。

 

 あははは、なんだよそれ。

 

 今まで苦しみ、必死に逃げてきた。助かると信じて。

 だけど違った。

 まだ先があった。

 

 もう無理だ。足は動かない。棒のようだ。

 光に行けば助かると思って進めば、これだ。

 まだ先があるなんて。

 

 楽になりたい……

 

 狼は動かなくなった少女を見て、ゆっくりと歩き、迫る。

 死そのものが近付くことに、彼は気づいていた。

 だけど、脳が指示をしなかった。

 動け、と。

 

 自身の未来が分かり、目を瞑る。

 目の前で近付く死を見たくない。

 

 狼は首元辺りまで近づき、噛もうとして口を開いた。

 

「当たれ、火球ファイアボール

 

 外から野球ボールほどの火球が狼に向かって放たれた。

 認知できなかった狼は火球が身体に当たり、吹き飛んだ。

 

 一向に噛まれない事に、目を開けて周りを確かめた。

 狼は、地面に横になって倒れていた

 

 そしてもう一つ、救ってくれた張本人、両手を狼に向けて突き出した少女。

 場違いなドレスに長く伸びた金髪、宝石のような藍色の瞳、人形のような可愛く飾っておきたい、高学年の小学生ぐらいの少女がいた。

 

 

 

 

 

 とある村の近くの森で、狼が人を喰ったと聞きつけ、騎士の訓令のついでにその魔物を討伐しに行こうとしようとした騎士達に縋って、私は外に連れて行ってもらった。

 

 久しぶりの外出に私は心が高揚し、森に着く三日間は落ち着けなかった。

 

 森は意外と大きく、聖騎士のザブラッドが言うにはこの森は比較的安全らしいが、奥に行けば狼がでるかもしれない、と注意されたので、私は森の入口の近くを行ったり来たりして散歩していた。

 

 一応、護衛で聖騎士のアジールがいたのだがあの人は、暇だから奥に行ってくる、と言って奥地のほうに行ってしまった。

 

 まあ、ここは森の奥地ではないので、人を襲う動物や魔物はいないだろう、と楽観的に考えていた。

 

 だけど、目の前で森の奥から一人の少年が必死に走っているのが横切っていくのが見えた。

 必死に走っている少年を見て、

 

 なんだろう?

 

 近づこうとしたとき、その少年の後ろから狼が追っていた。

 

 まさか。あれが騎士の人達が言っていた狼?

 

 少年を追っている狼を見て、人目で分かった。

 それを見て、騎士達を呼ぼうと思った。

 けど、そうすれば時間が掛かってしまう。

 

 そうなると、少年は死んでしまう。

 だから、私は助けることにした。

 目の前で死にそうになる少年を、見捨てることなんてできなかった。

 

 両手を狼に向けて、突き出す。

 少年の方に当ててはいけない。

 絶対に、狼に当てないといけない。

 

 そう考えてしまうと、凄く緊張し、腕が震える。

 だけど、時間は待ってくれない。

 時間は刻々と迫り、意を決して行った。

 

「火よ、私の願いを答えろ。火球!」

 

 魔法を唱えた。

 両手から火の玉が放たれ、一直線に、それは狼に吸い込まれるように火球は移動し、当たった。

 

 狼は火球に当たって、吹き飛んでいく。

 倒せたようにはみえないが、ある程度怯ませることができたようだ。

 

  倒れた少年の方を向くと、目が合った。

 少年と目が合ったと思うと、後ろに倒れるのが見え私は一生懸命、少年のもとに走った。

 

 服は丈の長いドレスで、靴はヒール。

 走りにくいことこの上ないが、狼は火球に当たって怯んでいる。

 

 今の内に少年を安全な所に連れて行かなければ、絶体絶命だ。

 助かったと理解した少年は目を瞑り、幸せそうな寝顔だった。

  

「大丈夫ですか?」


 身体を揺するが反応はなく、口元に手を当てる。

 手には、少年の吐く生暖かい息が当たっている。

 

「生きてる」


 死んではないことに安堵し、一先ず安心はした。

 しかし、完全に気を楽にすることは出来ない。

 

 吹き飛んだ狼を見ると、既に立ち上がってこちらを睨んでいた。

 

 目は真っ赤に血走り、こちらを完全に敵として見ているように思えた。

 

「キュール!!」


 天を仰ぎ、大声で聖騎士の名を呼ぶ。

 そして、聞こえるのは木々が揺れて奏でる演奏だけである。

 

 その演奏が止むと、後ろに木よりも高い斬撃が走り、森の一部を破壊した。

 

「姫様。ご無事ですか!?」


 地面が捲れ上がって破壊した木を飲み込み出来た道から、一人の女性が現れた。

 

 長く赤い髪を後ろに括ってポニーテールにし、黒い目は鋭く、剣呑とした雰囲気をだしていた。

 

 銀色の胸当てを身に着けているが、胸が豊満なお蔭で押し付けている感じになっていて、赤い丈の短いスカートを着ていた。

 

 左腰には剣の鞘があり、右手には刃渡り六十センチほどの剣を握っていた。

 

 キュールが首をグルングルンと、左右に動かして姫を探し、見つけると満面の笑みを浮かべて走り、三秒で辿り着いた。

 

「大丈夫ですか?」


「ええ。私は」


 姫の言葉を聞き、姫の近くで倒れている少年に気づく。

 

「彼は?」


「狼に追われている所を私が助けたの。それで狼が」


「分かっています。あとは私に任せてください」


 キュールは頷き、姫の前に出る。


 狼の前に立ちはだかるが、その狼は既に息絶えていた。

 体から大きな切り傷があり、血が地面に流れていた。

 

「いつ斬ったの?」


「姫様を見つけた時に」


 キュールが姫を見つけた時、狼は既に姫を襲うとしていた。

 姫はそのことに気づいていなかったため、遠かったが斬った。

 

 死にかけている狼にキュールは近づき、狼は蹴って転がし、内側を上に向けた。

 

「魔物となっていたか」


「狼じゃなかったの?」


「ええ。魔物でした。その証拠に、生殖器が触手なので、確実です」


 狼の生殖器は赤く細かく小さな触手がうねうねと揺れているが、一部の触手は男性の生殖器に似た一物の形を形成していた。

 

「姫様。帰りましょう」


「ええ、分かったわ。キュール。この子を連れってもらえない? 私では……」


「分かりました」


 まだ生きている狼に剣を無造作に振って確実に殺し、剣を鞘に納めて姫の元に戻って少年を右肩に担ぐ。

 キュールは姫の前に歩き、森の外に出た。

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