記憶の夢
久しぶりの更新です。
「いいかい?」
深い眠りの中でウメは懐かしい声を聞いていた。
それは、心の奥深くにしまっていたソウビに出会う前の遠い昔の記憶だった。
「人はみんな、あの星に導かれているんだよ」
声の主はウメの父だった。
父は幼いウメを抱きしめながら夜空に輝く星を指差していた。ウメはその指を辿って空を見上げる。
「どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しみにさいなまれても、決して自分の運命を呪ってはいけない。全てはこの世界を形作る大きな流れの一部なんだ。それに永遠の幸福の名を持つあの星が人々を不幸にするわけがないだろう? だからなにがあっても自分が不幸せだと嘆いてはいけないよ。いつか必ず幸せはやってくるんだ」
父はウメに言い聞かせるように語り掛ける。黙って聞いていたウメがふと口を開いた。
「おかあさんも、しあわせだったの?」
ウメの言葉に父はその小さな体を力いっぱい抱きしめた。
「もちろんさ。ウメも幸せだったろう?」
「うん」
小さな頭をかしげてウメはうなずいた。その拍子にポロリと涙がこぼれた。
幸福な記憶は断片しか残ってはいなかったが、それだけでも十分に胸が締め付けられるほど温かいものだった。
「お母さんが歌ってくれた歌を覚えているかい?」
ウメはコクリとうなずいて囁くような小さな声で歌う。
「いっとうかがやくほしのなは
とわにつづくこうふくのはな」
不意にウメは父を見上げて言った。
「もうおかあさんには会えないの?」
絞り出すような声に父の胸はひどく痛んだ。小さな体を抱きしめて、彼はこみ上げる涙を必死で押さえつけた。
「星の導きだ。僕たちもいつか星に導かれるんだ。だから、いつか遠い遠いどこかでまた会えるかもしれない。何年も何十年もずっと先で」
「あのお星さまの向こうにいるの?」
「ああ、きっとそうだ」
悲しみをたたえた父の瞳は確信に満ちていた。
「それなら、いつか、いっしょにおかあさんにあいにいこうね。やくそくだよ、おとうさん」
そう言って、約束を交わした父の悲しみに満ちた優しい顔をウメはじっと見つめていた。心に刻み付けるように。
けれどその約束は守られることはなかった。父はその数年後に病で帰らぬ人となったのだ。
幼いウメはどこかでそれを感じていたのだろうか。だからこそ今を満たすように父と約束を交わしたのかもしれない。
ふと懐かしい父の姿が煙のように掻き消えた。
父の姿を求めるようにまどろみの中を探ってみるが、その姿はどこにもなかった。
ウメは小さく息を吐き出して観念したように目を開けた。
見えたのは石造りの簡素な天井だった。
急速に現実に引き戻されたために感覚が鈍っている。ウメは寝台から降りると裸足のまま凍てつく床を進んで窓に向かった。窓の向こうではカサカサと雪の積もる音が聞こえてくる。ウメは窓縁に額をついて祈るように膝を突いた。
「どうかツバキ様をお導きください」
それは幸福の名を持つ星に願ったのか、星の向こうへと旅立った両親に願ったかのか、ウメ自身にもわからなかった。
ただひとつ確かなことは、ウメが大切に想う人々はみな遠い場所へ行ってしまうということだけだ。その事実が呪縛のようにウメの心を蝕む。
「ごめんなさい、お父さん。たとえこれが星の導きだとしても、わたしは運命を呪わずにはいられない」
自分の弱さが憎かった。運命のせいにしてなにも出来ない自分を守るしかなかったのだ。
唇をかみ締めていると、不意に母の柔らかな歌声がよみがえる。
『いっとう輝く星の名は 永久に続く幸福の花』
ウメは母に導かれるように重い木窓を押し上げると空を見上げた。乾いた音を立てながら雪が部屋の中に吹き込んでくる。
厚い雲に覆われて星の姿は見ることは出来なかったが、かつて父が指し示した方向へ目を向けた。
「ミロク様はなぜこのような仕打ちをなさるのですか」
世界を、人々を救う救世主ミロク。その名を戴く星に向かってウメは問いかける。しかし、かつて母から教わったはずの幸福の花の名をどうしても思い出すことが出来なかった。「ミロク」とは別の本当の名前を。
そのためなのだろうか、真名を忘れてしまった彼女に星はなにも応えてはくれなかった。
展開をかなり忘れている……。
次回更新は未定です!