散りゆく花が残すもの
「花は散りゆくことを知っているから、こんなにも美しく咲くんでしょうか」
君の言葉に僕は何も言えなかった。 まるで自分と重ねるように、桜色の綺麗な花を見つめる君。
花が散ることを知っているなら。 君も知っているのかい? 散りゆくその時が、近いということを。 だからこそ、こんなにも……
桜色の景色に佇む君は妙にまぶしくて、綺麗に見えた。
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「お父さん! 早く早く‼︎」
「ああ、ごめん。今行くよ」
娘のゆかりに急かされて、私は急いで支度を済ませた。 明るい子に育ってくれて本当に嬉しい。 私も君も、おとなしい性格だからね。そこだけは心配していたんだが。 こんな風に私の腕を引っ張るくらい、元気でいい子に育ってくれたよ。
「お母さん、元気にしてるかなぁ?」
「しているさ。 だって今日はこんなに晴れている。 晴美は春のポカポカした日が好きだったからね」
「そーなんだぁ。 よーし、じゃあ相談にものってくれるかな!」
ゆかりはどこか嬉しそうだ。 そんな娘の横顔を見て少し笑ってしまう。
「なに? なんかおかしいこと言ったかな?」
「いや。 ゆかりはお母さん似だなぁって」
「本当⁉︎ 私もお母さんみたいに美人な奥さんになれるかな⁉︎」
「なれるさ、お母さんの子供なんだから」
ゆかりはさらに機嫌が良くなった。 最近いいことでもあったのだろうか? この前遅くに泣きそうな顔して帰ってきたから心配していたんだが。 何かあったのだろうけど、自分なりに解決するつもりなら口は出さない。 子を助けるのが親の役割だと思う、でも見守るのもまた、役目なんだろう。
「おかーさん。久しぶり」
君の眠るお墓にゆかりは話しかける。 そして手を合わせ目を閉じた。 きっと今、晴美と話しているのだろう、そんな気がしたので私は黙って見守った。君と話すのは、ゆかりの後でも問題はないよね?
「……… よし! ありがと、お母さん!」
「お母さんとは話せたかい?」
「うん! 初恋は追うべし‼︎ だって!」
……ん? 初恋? 一体なんの話をしていたんだい?
「私急用を思い出したから! おとーさん、おかーさんとゆっくり話してね‼︎」
そう言ってゆかりは走り去って行った。 まったく…… 本当に活発な子だ。 一体どっちに似たのだろうね? 私と君がおとなしい分、あの子は真逆な性格になったんだろうか? それにしても………
「今年も綺麗に咲いたね…」
いつか君と見た桜色の景色。 今年も変わらず美しい。 でも、この景色に君が映ることはもうない。 そう考えるとね、あまりこの季節は好きではない。
君が好きだった季節は、同時に君を奪った季節。 君は、君が愛した桜とともに散ってしまった。 病気を憎んで、この季節を嫌って。 生きる意味すら分からなくなった。 それでもこうして生きて、君に会いに来れるのは。 やっぱり君のおかげだ。
「花が種を残すように。 君は私にゆかりを残してくれたんだね」
大切な私と君が産んだ命。 それが私を生かしてくれてる。
「……ゆかりになんてアドバイスしたんだい?」
初恋が、なんて言ってたね。 いい人でも見つけたのかな? 嬉しいことだけど、やっぱり少し寂しいね。 もうゆかりも大人なんだと受け入れないといけないのかな? …… どんな人だろう? やっぱり職が安定していて性格も良くないと私は不安だなぁ……
だいじょうぶ。
「…え」
あなたと私も、初恋同士だもの。
「………うん。そうだね」
声が聞こえた、そんな気がした。 君なのか、私の中に作り出した君なのか。 どちらでもいい、君と話せた気がするから。
桜色の景色。 君と出会い、別れた季節。 私はその度に君に恋をする。 これが私の、最初で最後の恋なんだろう。
この季節が消えない限り。 私は君に、何度も恋をする。