Even if it's separated
夜中に携帯電話が鳴った。
ディスプレイには懐かしい番号が明滅している。
忙しくて、携帯のアドレスを整理している暇がなくそのままになっていた番号……。
北海道支部に転属が決定したと同時に、遠恋は嫌だからと言って離れて行った彼女。
今更、どうしたんだろうか。
俺が出るのを躊躇っているうちに、電話は切れた。
溜息をつき、携帯を枕元に置いて寝返りを打つ。 ……気になって眠れない。何かあったんだろうか?
彼女とは大学からの付き合いで、俺が卒業と同時に東京に来た時、彼女は東京の大学院に入った。
俺が特別警察(USPT)に入っても、付き合いは続いていた。でも、北海道に移動が決まると会えないのはダメと言って去って行った。
その彼女が、電話してきた。
別れてから随分経つ。嫌われた訳ではなかったんだろうけど、今まで電話はおろか、メールすらしてこなかったのに。
悶々としていると、また携帯電話が鳴った。
……彼女だ。
「もしもし……」
しばらくの沈黙の後、か細い声が返ってきた。
「久しぶりね。どうしてた?」
「どうって……毎日忙しいよ」
「そう……。ねぇ、私、札幌に帰ってるんだけど会えないかな?」
「え? 今から?」
「ダメ……かな?」
俺は咄嗟に時間を確認した。
午前1時。
今は準待機中だ。威がまだ起きている。出ても良いだろうか。
「ごめん。今すぐには返事出来ない。後でかけ直す」
「……分かった」
電話が切れて、俺は嘆息した。
さて、おもいっきりプライベートだぞ。
あいつ、どんな顔するかな。
半ばドキドキしながら部屋を出てリビングに来るが、威は居らず、オフィスから明かりが漏れていた。
ドアを開けると、威が振り返る。
「どうした?」
「あのさ、ちょっと出たいんだけど大丈夫かな……」
「急用か?」
「うん…まぁ……プライベートなんだけど、良いかな?」
威が時間を確認して嘆息する。
やはり、ダメか……。準待機とはいえ、任務中だもんな。
「行って来いよ。こっちはなんとかなるから。動けるうちに行った方が良いぞ」
深く詮索せず、許可した威に俺は感謝した。
「ありがとう。朝には戻る」
「了解」
そう言って威はくるりと背を向けた。
着替えて支部を出た俺は、彼女の携帯に電話を掛けた。
「もしもし、今どこにいるんだ?」
そう問うと、彼女が場所を指定してきた。
俺は通りに出ると、タクシーを捕まえてそこへ向かった。
30分で指定された店に着き、中に入ると彼女がすぐに俺に気づく。隣に座りバーテンに烏龍茶を注文する。
こんな時は本当は飲みたいけど、仕事中だから飲む訳にはいかない。
「久しぶり。なんか少し雰囲気変わったね」
「そうかな?」
「うん。なんとなく鋭くなった感じする。優しい目は変わらないけど」
彼女が変わらない笑顔を向けて言う。
「なつきは、今は? 札幌には休暇で?」
「うん。私ね科警研(科学警察研究所)に入ったんだ」
「そうか。前は法医学研究室に居たもんな。准教授だったのに辞めたのか。なんかもったいないな」
「やってること、あまり変わらないけどね。彼にね進められたの」
「彼氏、いるんだ」
「うん。いるよ……」
期待した訳じゃないが、なんとなく寂しい。
「お前、寂しいのダメだもんな。そいつ優しいか?」
「うん。優しかったよ」
え……? 過去形かよ。
「優しかったって……今は? まさかDV?」
「ううん。私に忙しい職種進めて、なかなか会えないでいるうちに会社の上司の娘と結婚しちゃった」
「それって……」
「二股かけられてたんだ、私。全然気づかなくてさ、ほんと馬鹿だよね……」
俯き、涙を堪えている。
甘えるように、彼女が肩に凭れてくる。その彼女の肩をそっと抱いた。
「遠恋でもさ、俺にしときゃ良かったのに」
「……そうだね」
肩から離れて、俺を見た彼女は寂しそうに笑う。
「部屋に来ない?」
俺を呼んだ店は、彼女が泊まるホテルのバーだった。
「寂しいからって、そういうの良くないな。それに、別に俺じゃなくても誰でも良いって感じだし」
「そんなことないよ。久しぶりに会えて、優しいとこ変わってなくて嬉しかったから……」
「だから寝ても良いって? だいたいさ、俺を振ったのお前だろ? 都合良すぎだって考えない?」
「意地悪言うのね。北海道に転勤になった貴方が悪いんじゃない。私の為に断ることだって出来たでしょ?」
「俺はサラリーマンだからね。上の決定には逆らえないの。それに、お前に人生すべてを捧げたつもりはないよ?」
その言葉に彼女の顔が険しくなった。
ささやかなプライドを刺激しちゃったかな?
「なによそれ。付き合ってた時はなんでも聞いてくれたのに」
「惚れた弱みってやつかもね。あの頃はさ、なつきに嫌われるの怖かったから」
「今は……違うの?」
「もしかして、今でも俺がお前に気があると思って電話してきた?」
「だって、こうして飛んできたじゃない」
「あんまり沈んだ声出してたから心配になった。嫌いになった訳じゃないけど、もうそういう感情はないよ」
「他に好きな人いるんだ」
「まあね」
気になる程度で、それが恋愛感情なのかはわからない。それに、今は仕事をこなすのでいっぱいいっぱいだ。
でも、彼女にはあえて好きな人がいるように言った。
「片想い?」
「どうかなぁ。俺のことよりもさ、お前早くそいつの事忘れて、良い男見つけて幸せになれよ」
「私とはやり直せないのね」
「残念ながら。前の部署と違って寝る間もないくらい忙しい。今だって、待機任務中なんだ。いい加減戻らないと」
言って腕時計を見る。
「そう……。それなのに、私の為に来てくれたんだね。ありがと。やっぱり優しいね」
「俺がなつきに優しくするのは、これで最後。次はないよ? ほんとに戻らなきゃやばい。それじゃあね。元気出せよ」
名残惜しそうに、俺を見つめる彼女を置いて店を出た。
今でも、彼女のことを好きだ。けれど、もう以前ほどときめかなかった。
俺の中では、確実に過去になり、終わった恋愛なのだろう。