まったりは暴風により吹き飛ぶ。
三日目~上刻
エルフと出会…えなかった。
「会っちゃいましたね~」
「…偶然?」
現在、外域の見通しの良い所で僕とアルセラさんと、噂の彼女が向き合って座っているのです。
「ヤハネ…金が無くなったのか?」
「ご飯…食べたい」
貧乏?
「アルセラ、紹介して?」
「…あー、うん、こいつはエッジ、先日拾ってきて徒弟になった」
「どうも、エッジです、24歳です。よろしくお願いします」
「私はヤハネ・クリア・セーブンス。魔法研究が趣味。好きな食べ物は砂糖。たぶん、160歳?」
無表情で棒読みの自己紹介って、なんか切ないです…っていうか目のクマがすごい。端麗な顔立ちで、肌も透き通る様な白さだから残念さが際立つよ…。頭には魔女アイテムの一つ、黒紫の円錐型の、所謂トンガリ帽子が載っているんだけど、ぼさっとした金髪がその帽子からもっさり肩にかかっていて、何だか勿体無い…。体型はワンピースローブでよく分からないけどスレンダーな印象を受けた。
「んー、どうすっかな…エッジを一人にするのはまだ早いしなぁ」
「…?」
アルセラさんが何やら腕を組んでお悩み中だ。
…胸元は胸当てがあるから、見てても特に変わらないんだぞ!
「一緒に連れてこ?」
「一応、エッジは昨日冒険者を始めたばかりなんだけどな」
2人がなんか不穏な話をしているような?
「わたしがいる…!」
「ヤハネ…それは悪い条件なんだが」
「!?…なぜ??」
首を傾げる無表情ヤハネさん、可愛い…とは言い難い…!
「お前、何人巻き込んだか覚えてないのか?」
「…事故は仕方ない、よね?」
こっちに振らないで下さい。
「…仕方ないのに」
あ、ちょっと拗ねたっぽい。
「…んー、でも、ヤハネの魔法を見るのも修業になるか?」
おお!それは見てみたいかも。
「…授業料貰える?」
辞めておこう。
「あたしが払うよ」
「…ほんと?」
「まあ、ほら、あたしの徒弟だしな!」
アルセラさんが若干嬉しそうなのが、嬉しいと思います!
「アルセラが…アルセラじゃない…」
「どういう意味だ!!」
「はっ…まさか…偽物!?」
「いや、お前分かってるだろうが」
「常識を疑うのが…研究者には必要」
「ヤハネの存在が非常識なんだから、お前が見ているものに常識も何もなさそうだけどな」
「むー…アルセラが意地悪。…助けて?」
はい、こっちに振らないで下さい。
さっさと話をまとめてしまおう。
「えーっと、アルセラさんにお任せします。逃げるだけなら、それなりに大丈夫だと思いますし」
「そう…だな。エッジなら浅域くらいは行けるんだよな。…よし、三人で浅域まで行ってみるか」
「…いいの?」
「はい。ヤハネさんの魔法を是非、見てみたいです」
「…そんなに見つめないで」
…無表情で言われても微妙です。
「ヤハネは何を受けたんだ?」
「グレーウルフとウィンドホークの討伐は受けてきた」
「お、そうか。…ゴブリンとかはまだ出てきてないようだし、大丈夫だろ」
「…それじゃ早く行こ?お金が待っている」
あなたはお金の亡者ですか?
それから、薬草をさくっと集めてから浅域に向かった。
「…上空に標的発見」
中域の森が見えてくる辺りをうろうろしていると、上空に鳶の様な鳥が飛んでいるのを見つけた。
「…フキアレルカゼノヤイバヲハナチタマエ」
「ちょっ、おまっ!?」
ヤハネさんがボソボソ言った後、アルセラさんが吃驚して伏せた。
ヤハネさんから、ぼんやりと見える何かが上空に向かって放たれる。そして鳥が…刻まれた。
「えー…」
「えっへん…」
「…じゃねーっ!!おまっ、切り刻んでどうする!?」
「…あ」
2人は見つめ合い、それからゆっくりと上空から舞い散る鳥だったものを見上げた。
「魔力結晶あるといいな?」
「…次はちゃんと狙う」
南無三…残骸を見ると、四角形の魔力結晶が見つかった。
良かったね。
「お金獲得」
「これは四角形なんですね」
「ん?ああ、魔獣はその強さで魔力結晶の形が変わるんだ。強くなる毎に角が増えるんだよ。フレイムリザードは七角形だっただろ?」
「そういう事でしたか」
「ちなみにこの大きさだと2、300シェルって所かな?」
「…アルセラ?フレイムリザードは六じゃないの?」
「ん?変異種だったからな」
「…1人で倒したの!?」
あれ?
ヤハネさんが目を丸くして驚いているぞ?
「…いや、まあ、うん、そうだな」
「…?」
あ、そうか、僕はその時居なかった設定なんだ。
…でも、アルセラさんって嘘つくの下手過ぎるよね~。
「…気になる。けど、今はお金」
ヤハネさんはぶれないタイプらしい。
「…向こうに反応あり」
草が生い茂る辺りを指差して、ヤハネさんは身構えた。
「お前は落ち着け。単体低威力で良いからな?」
「渋々分かった」
良かった、今度はちゃんと魔法を見れそうだ。
アルセラさんが先行して茂みに向かう。
10メートルくらいの距離で、ガサガサと草が揺れて、何かが飛び出してきた。
「こいつは…ラウドハウンド!」
「むー!」
「!?」
ラウドハウンドの体からモヤモヤが溢れ口に集まる?
ワオォォォン
耳の中をかき混ぜる様な音が響き渡った。
「ヤハネ!エッジに付いててくれ!」
「分かってる…!」
なになに?なんかやばい?
ワオォォォン!!
ぐっ、また!?今度は違う方から…
って、そうか、仲間を呼んでいるのか!
「エッジは私の後ろ。…群れがこの辺りに出るのは珍しい…」
「…どれくらいいますかね?」
「10以上?」
あー、囲まれたら面倒って事だ。
ここは一つ、僕も牽制くらいはしないと…いや、やらないとダメだよな。
「一気に蹴散らすぞ!」
アルセラさんは槍斧を中段に構えて、近くの標的へと突進、一突き。
ドゥッ
突く、当たる、飛ばされる、それらが混ざり合った音が響いた。
そして続けざまに槍斧が舞う。
僕らの周囲に展開しようと動いていたラウドハウンドは慌てて散開していく。
「…カゼノヤイバヨマイチリタマエ」
こちらの周囲にラウドハウンドが集まろうというタイミングで、ヤハネさんがボソボソと呟いた。
ヒュオッ
数十の小さな風の刃が、周囲に飛び散った。
gyann!
数匹の悲鳴が上がる。幾つかがラウドハウンドに傷を与えたようだ。
ヤハネさんは風の魔法が得意なのかな?
「…ん?向こうになんか嫌な感じが…?」
ふと、少し離れた所から嫌な気配を感じて、注視してみる。
森の方から…何か近付いているような?
「…アルセラ!警戒!」
「おいおいどうなってんだ?…また変異種か!」
うわぁ…大っきい狼だー。
森から出て来て、のしのしとこっちに向かっているね、間違いなく。
その姿は先日のフレイムリザード並みの大きさだった。
なんて言うか…それよりも強そう。
「ヤハネ!エッジを頼んだぞ!」
「任せて…わたしの魔法に死角はない…!」
おー、なんか頼もしい!
アルセラさんはどうやら狼に向かうようだ。
こっちのラウドハウンドは5、6匹がまだ元気という所。
早く片付けて合流するべきだと思うけど…。
「フキアレルハミツドモエキリキザミタマエ…!」
…え?
ヤハネさんの身体から全方位にモヤモヤが放たれて、3つの竜巻が発生…って危なっ!こっちに来てる!
ゴォォオォァ
風の塊が耳を叩くが気にしている場合ではない。
竜巻の進行方向から外れるように身体を動かし、巻き込まれないように地面に張り付く。
「…大丈夫?」
「…はい」
3つの竜巻はヤハネさんから放たれた後、円を描くように広がり、ラウドハウンドに襲い掛かった。何匹かは逃げたが、何匹かは巻き込まれた挙句にズタズタにされたようだ。容赦無いよ、このエルフ。
「ふふふ…勝利」
「まだ終わってないですよ~」
なんだか、ヤハネさんがニヤリとしているような気がするけど、それよりもアルセラさん…
ドゴォン
狼が後ろに大きく飛び退いたのと、アルセラさんの槍斧が地面に叩きつけられたのが同時だったようだ。
「っち、速さに特化してんのか?」
変異種って言ってたから、何かしら特徴があるのだろう。
でも、アルセラさんの一撃を躱すのはやばい気もする。
「…閉じ込める」
ヤハネさんが呟いた。
「できるんですか?」
動きを止めるのは基本だけど。
「少し時間がかかる…」
ヤハネさんと見つめ合う。
「…牽制すればいいんですよね?」
「よろしく」
アルセラさんと狼は一進一退の攻防ってやつだ。
ここは一つ、頑張ってみましょう!
ヤハネさんは意識を集中している。
む!アルセラさんに向かうのがいる!
えーっと、風の弾丸…
イメージが魔力に乗って形作られていく。
標的はラウドハウンド…進行方向の先、発射!
ヒュッ、ボッ
「よしっ」
意外と思い通りになる。
スキルのお陰だろうけど、役に立つならありがたく享受しよう。
っと、こっちに向かってくる奴が一匹。今度は散弾を…イメージ!
ボボッ
当たりはするけど威力は低い。
それでも十分牽制になる。
狼達は一定の距離でうろうろしだした。
「…いける」
ここでヤハネさんの準備が整ったようだ。
「アルセラさん!」
僕が声を掛けると、アルセラさんはこちらを一瞥した後、大きく攻撃を加えた後に狼との距離を開けた。
「テントチヲツムグラセンノカゼヨワガテキヲオオイカクシソノミヲホロボシタマエ…」
アルセラさんが距離を開けたと同時にその文唱が紡がれ、狼を中心に大きな竜巻が発生した。狼は逃げようとするが、風の壁に阻まれ中心に戻されている。跳ねるように壁を突破しようとするので、下から吹き上がる風に煽られてしまうのだ。それが渦を巻いて吹き荒れているから、体勢も崩される。挙句に風の壁には無数の刃が走っているようで、その体には傷が付き始めていた。
ゴォォオオオッ
更に風の勢いが強まったと思ったら、狼の体が舞い上がった。クルクルと回りながら風に翻弄されて…数十メートルくらいの高さでふわりと浮遊したのち、落下。鈍い音を残して辺りに静けさが戻った。
「…疲労困憊」
ヤハネさんは、魔力を使い切ったようで女の子座りで肩を上下させている。
「やり過ぎ…ではなさそうだな」
アルセラさんが横たわる狼に向けて槍斧を構えた。
「終わらせる!」
そして、跳び上がり、
「回旋斬!」
前宙返りからの振り下ろし。
ドシュッ
狼の首が真っ二つ。
アルセラさんの一撃はやっぱり凄い。
「…残りは…逃げたな。エッジ、解体を手伝ってくれ」
「了解です」
意外とあっさり倒した気もするけど…全力だからかな?
でも、この二人が相当強いっていうのもあるんだろうけどね~。
「…こいつはラウドシルバーウルフだな。普通は森の中にいてこっちには出てこないはずだが…変異しておかしくなったか…?」
「珍しい事なんですか?」
「…ああ。エッジの時といい、ちょっとやな感じがする」
「何かしら異変が起こっている、と?」
「かもしれん。そうなってくると、早々にエッジを鍛えないとならんな。あ、そういえば、何匹かお前が仕留めたんだろ?」
「あ、はい。思いの外、魔法が使い易かったんです」
「そうか。やっぱりエッジは魔法を伸ばしていった方が良いか?」
「そうですね、魔法だとアルセラさんのフォローをし易いと思います。でも…身体力も鍛えないと動けないので、引き続きアルセラさんにはお手数おかけしますが」
「それは、当たり前だろ?あたしの役目なんだから。お前が気を使う必要は無いぞ」
嬉しい言葉でございます。
普通になんの気負いも無しに言われると、ほんとに気が楽になるなぁ。
「…お腹すいた」
ヤハネさんがなんか言っているけど、気にしない方向で。
アルセラさんもせっせと手を動かしているし。
「あ、そうだ、ヤハネ!お前依頼はどうするんだ?」
「…お腹すいた」
「…ダメだな、あれは」
「依頼はどういうものなんですか?」
「グレーウルフとウィンドホークって言ってたから…5匹、1羽って所だな。鳥はいいとして、狼は探さないとダメだろう。少なくともこの付近にはいないぞ、ラウドハウンドがいたからな」
「なる程、では少し休憩してから探索してみましょう」
「…お前が手伝う必要はないんだぞ?」
「いえいえ、アレを置いて行くのもなんですし、実戦も経験しておきたいですから」
ヤハネさんを見てみたら地面の上に横になって丸まっていた。
せっかくエルフに会ったのになぁ…残念無双という言葉がふと、思い出される。
「…ヤハネはあの様子だと一刻もすれば普通に戦えるだろう。一旦外域の方に戻って、それからだな」
「了解です」
解体を終えて、半分寝ているヤハネさんを半分引きずりながら、外域の近くまで戻り、昼の休憩を取る。
ところで、途中でグレーウルフが1匹いたので、アルセラさんがさっくり倒していた。グレーウルフは基本単独で動くらしいので、一網打尽とはいかないようだ。今日中に終わる…よね?
「お肉…お肉」
ただいまグレーウルフの肉を焼いているところであります。
魔獣のお肉はそれなりに美味しいものが多いそうだ。
普通の獣だった時よりも、味に深みが出るとかなんとか…肉の研究者がそう言ったらしい。
ヤハネさん情報なので信用度は低くはない、はず…。
「お肉…!」
焼き上がったお肉を見て、ヤハネさんはヨダレを垂らしていた。
…あぁ残念だ…。
「いただきましょうか~」
ちなみに、火はヤハネさんが、串や塩などの調理関係はは僕の鞄から用意したわけで。
ヤハネさん、お腹空きすぎて、何の用意も無しで来ていたようです。
僕らと出逢ってなかったらどうなっていたんだろうか…。
「あ、意外と美味しい?」
肉をひと齧りすると、意外な事に変なクセもなく普通にお肉として食べる事ができた。
「はむはむ…はむはむ」
一心不乱に肉を食うエルフ。
可愛いと思えなくもない。けど、けれども、コレジャナイのですよ…。
…想像していたエルフが、きっと何処かにいると信じたい、今日この頃。
「…何か失礼な気配を感じた」
肉汁でテカテカしている唇がこちらを向いた。
無表情でじっと見つめられると、ちょっと怖いよね。
「何か拭くものは要りますか?」
とりあえず誤魔化そうっと。
「ふく?」
「口の周りと手が、ベタベタしませんか?」
「…何故分かった」
見たら誰でも分かりますよー。
「…貸して?」
「どうぞ」
ハンカチ代わりの布を渡すと、もそもそと拭き始める。
うーん、仕草は可愛いと思うんだけどなぁ。
見た目は華奢な美少女なのに。ああ、それなのに。
「…見つめられても困る」
「ヤハネさんって、マイペースですよね~」
「…よく言われる」
「誰かと一緒にいるのは苦手だったりしますか?」
「…どうだろう?」
あ、すこしキョトンとした表情…がすぐに無表情に戻ったー!
「アルセラさんとは、仲が良いですよね」
「…そう思う?」
「え?違うんですか?」
思わずアルセラさんを見てしまう。
「…普通に、長い付き合いだからな。15年くらいか?」
アルセラさんは食の手を休めてからそう言った。
そして、
「まあ、ユニットで一緒だったし、仲は良い方じゃないか?」
と続けてからまた食べ始めた。
「…だって」
「ヤハネさん、眠いんですね?」
目が既に半分閉じてる!
「…これは…瞬き」
「瞬いてないですよね!?」
「ぐう…」
寝ちゃったよ…。
アルセラさんが苦笑しているじゃないですかー。
「…エッジは、ヤハネが面倒じゃないんだな」
「…?」
「ヤハネに寄ってくる男はな、大体が二言目には引き始めて、三言目には口を閉ざすものなんだ」
「あー、理解はできます」
「ふっ…分かってるならいいんだ」
吹き出すアルセラさんってレアじゃない?
それにしても、アルセラさんがやけに楽しそう…?
「もう少し休んだら、また浅域に向かうからな。今の内に休んでおけ」
「了解です」
柔軟でもしておきますかね~。
無表情残念美少女エルフ登場。
普通のエルフもいます…どこかに。




