2章第3話 試験
気合いを入れるためにカッコつけたのはいいものの、やはり怖い。近づくにつれてその威圧感に恐怖が湧き始める。それでも戦わなくては。
そのために相手をよく観察しろ、よく見ていれば奴の弱点もおのずと見えてる来るはずだ。
奴にまだ動きはない。一度近づいてみるべきか?
あの棍棒に気をつけながら、奴の間合いであろう位置まで走り込んだ。アカツキのおかげで、敵の間合いがどのくらいか、武器の長さや腕のリーチで少しは読めるようになっていた。
右手に持たれた棍棒が振り下ろされる。俺は思い切り後ろへ跳んで回避した。跳んだ勢いで尻もちをついてしまったが、すぐに起き上がって体勢を立て直す。空振りした棍棒は地面へとめり込んでいた。地面から抜く速度はゆったりとしていた。アカツキは言っていた。『敵の攻撃の威力がわからない内はとにかく避けろ』と。
まだ情報は足りない。その後も何度も近づいて必死に情報を集めた。最初と同じ様に近づいて、奴のメインの攻撃であろう、棍棒の振る速度や威力を観察する。
どうやらこのオーガという魔物には、知性というものがあまり無いらしい。近づいて来たものを棍棒で叩き潰す。そんな感じの動きだった。単調。そして動きも到底、速いとは言えないものだった。
これなら何か突破口があるかもしれない。俺でも出来る何かが。
目の動きを観察していた時、一瞬回避が遅れてしまった。オーガの振るった棍棒が、盾代わりに使った剣越しに、左腕に直撃する。
「うぐっ」
そのまま吹き飛ばされる。危なかった。剣でガード出来ていなかったら、確実に腕の骨がやられていた。ここで初めて、アカツキの対人戦闘の特訓をしていてよかったと心から思った。多少サイズは違えど、相手がヒトと同じ直立二足歩行なことに変わりはない。アカツキが攻撃しきていた角度と同じなら、少なからず身体が反応してくれる。
そしてその攻撃を受けた代わりにわかった事がある。
やはり奴は、目で獲物を追ってそこに棍棒を振るっている。目を潰す事が出来れば――!
幸いにも今は吹き飛ばされて少し距離がある。俺は草ごと地面の土を握り締めた。
走って一気に間合いを詰める。それを見てオーガは棍棒を振ろうとする。棍棒が振られる前に、手に持っていた土をオーガの顔面目掛けて投げつけた。
オーガの動きが一瞬止まった。そこを一気に叩く!
棍棒を持っている手首目掛けて、思いきり剣を振り下ろした。
「うらぁぁ!!」
棍棒がオーガの手首ごと斬り落とされる。
「はぁ、はぁ……でもまだまだこれからっ!」
持っていた剣を一度落とし、両手で、落ちていた棍棒をどうにか持ち上げ浮かせてオーガの左足に思いきりぶつけた。
「おらぁ!!」
「ウォォォ!!」
よし、ダメージはある! でもまだ決定的な一打が足りない……! 何かないのか!
だが、あの棍棒を持ち上げて武器にするには限界がある。それに奴の視界もそろそろ回復してもおかしくない。
剣を拾って一度少し間合いを取った。オーガは反対の手で棍棒を拾おうとしていた。
そこで思いつく。これならいけるかもしれない。一か八か、成功すれば俺が勝つ!
棍棒を拾おうとしているオーガに向けて走り始める。オーガが完全に棍棒を掴むタイミングに合わせて跳んだ。
そしてそのまま全体重を掛けて、両足でオーガが持った棍棒を踏みつけた。
左足にダメージがあったオーガは、いきなり腕にかかった圧力に耐え切れず、棍棒を拾おうとした前傾姿勢のまま前に倒れ込んだ。
「ウガァァ!!」
踏みつけた後、オーガが倒れ込むのに巻き込まれぬよう、避けながら勝利を確信する。
「この戦い、俺の勝ちだ」
そして倒れたオーガの首に、力の限り剣を突き立てた。
これが弱肉強食の世界。生きるための生命のやり取り。
オーガを倒す事に成功した俺は、離れた所で待っていたアカツキの元へ帰った。
「クッソ、いってぇ〜」
あの時食らったダメージが、今になって出始める。
「やったねっ! これで君も冒険者だよ! それにしても面白い戦い方するねぇ〜、初撃を躱してからの心臓部への一撃で十分なのに」
「仕方ないだろ? 俺にはそこまでの力は無いんだから、戦い方も考えなくちゃいけないんだよ。体力も足りないから長期戦は無理だし」
「まぁ、とりあえずその傷、応急処置しないとね」
「すまない、頼んだ」
アカツキは応急処置の為の道具を用意してくれていて、傷の手当てをしてくれた。気を回してくれていて助かった。
「そういえば、ギルドへの報告はどうするんだ?」
「それはあの監視塔にいる、いわゆる現場監督係りの人がやってくれるよ。私達は、そのまま冒険者ギルドに冒険者資格証明書を貰いに行くだけだよ」
「そうなのか。案外後処理なんかは簡単なんだな」
新米冒険者には優しいシステムになっているようでよかった。素材を自分で剥ぎ取って来いとか言われたらどうしようかと思った。
「じゃあ、そろそろ冒険者ギルドに戻ろっか」
「そうだな」
そこから俺達は冒険者ギルドへと戻った。
「おめでとうございます! では、これが冒険者資格証明書になりますね」
「おおっ!」
冒険者資格証明書を受け取った俺は、今になってやっと自分が冒険者になれたのだと実感する。
あんなにも弱かった俺でも、本気になれば案外出来るものだな。
向こうの世界で、何かに熱中する事はあっても、こうして生きている実感とその喜びというものを感じる機会は無かった。
死力を尽くして初めて体感する生命の鼓動。自分が今を生きているのだという事を感じるのは、こうも嬉しいものなのか。
アカツキに、『君に剣の才能は無い』と言われた。でも、才能なんか無くったって出来る事はあるんだって知る事が出来た。今はそれが、とにかく嬉しい。
「もうそろそろいい時間だし、夕飯食べに行こっか!」
「おうっ!」
それからいつもの食堂へと向かった。
「おっ、クレハちゃんと一緒に居た兄ちゃんじゃねえか!」
「あっ、ラーズさん! どうしたんですか? こんな所で」
そこで、アカツキにこちらの世界の剣を教えてくれ、俺達をこの街に連れて来てくれたラーズさんに会った。
「それがちょっとこのミカーヴァの街に用事があってな、たまたま来てたところなんだよ」
「そうだったんですか!」
アカツキは目を輝かせてラーズさんと話していた。そりゃあ、馴れ親しんだ人との二週間ぶりの再会だしな。
「それで、今は何してるんだ?」
「えっとですね、彼が冒険者になりたいというので特訓なんかをしてまして。そして今日ちょうど冒険者試験に合格したところなんですよ!」
「おおっ! そうなのか! それでどうなんだ? 彼に見込みはあるのか?」
ラーズさん……結構嫌な事訊きますね。ていうか、アカツキの奴すっごい他人みたいな言い方にきこえるんだが、これは単に慣れていないだけか?
「それがですね……正直言って、剣の見込みはありません。ですが、彼は弱いながらに面白い戦い方をします。そのおかげで冒険者にもなれましたしね」
「そうなのか。剣の見込みは無いにしても面白い戦い方をする、ねぇ〜。クレハちゃんがそこまで推すか」
ラーズさんがニヤニヤしながらこっちを見て来た。
「俄然興味が湧いてきたな、兄ちゃん、名前はなんていうんだい?」
「えっと、俺は虎居蓮都といいます」
「ほー、レントか。じゃあ、レントが冒険者になったお祝いだ! 今日は俺の奢りだ! じゃんじゃん食ってくれっ!」
ラーズさん、嫌な事訊くとか思ってスミマセン。すごく気前のいい人だった。
「えっ!? いいんですか? それにしてもラーズさん、兵士さんなのに冒険者とか抵抗無いんですか?」
「おうよっ!! 俺はあの村に来て長いしな、冒険者なんか慣れた慣れた。しかもクレハちゃんが見込んだ男だ」
やっぱりこの人もいい人だ。兵士と冒険者という、本来なら隔たりがあってもいいような関係なのだが、そんな事は気にしてないらしい。
「あっありがとうございます! では、お言葉に甘えて」
「おうっ! じゃんじゃん飲んで食ってくれ!」
そこからはラーズさんの奢りで色々な物を食べさせて貰った。そして、村に居た頃のアカツキの話なんかもしてくれた。
村に来たばかりのアカツキは、殺すことに剣を使うのをかなり躊躇っていたらしい。だから、無意味に殺すのではないと諭した上で、元々上手かった剣に加えて『殺すための剣技』を教えたそうだ。
「そういえばよ? これからクレハちゃん達はどうする予定なんだ?」
「それがですね……世界を見て回るって事以外、特にまだ決まってないんですよねぇ〜」
そういえばそうだった。冒険者になる事に必死で後の事を考えてなかった。これからどうしようか。
「ほう、そりゃまた壮大な話だな。まだ特に行くとこも決まってないってんなら、王都なんかどうだ? この街とはかなり違うから、何かを見つけられるかもしれねえよ?」
お
王都か。そういえば勇者であるリオンに助けられた時、リオンが向かってる最中だったって言ってたな。もしかしたらリオンにもまた会えるかもしれない。
「王都ですか。いいかもしれませんね」
「そうだな、行ってみるか。でもどうやって行くんだ?」
そこが問題だった。旅費自体はさっき倒したオーガの報酬なんかでどうにかはなりそうだが、なにせ知らない事が多いせいでそこまで行く足がない。
「これも何かの縁だろ。俺が連れて行ってやるよ」
「えっ!? いいんですか! ありがとうございます!」
「ありがとうございます。助かりました」
人はこうして繋がってゆくのだろうか。向こうの世界で感じた事のない人の繋がりに、どこか優しい気持ちになった。
それでも俺は帰らなくてはならない。元の世界に戻る方法は、王都で見つかるかどうかはわからないけど、今はただ、カツミが視た世界を視て見たいと思った。
「それじゃあ、またあの馬車に乗って行こうか。道のりは長いぞ。しっかり準備していけー」
「はいっ!」
そうして俺達は、新しい世界の一コマを視に、そして元の世界へ戻る方法を探しに、王都へ向かった。




