2章第2話 生命
剣を構えダッシュラビット目掛けて走り出す。こちらに気付いたダッシュラビットもこちらへ向けて走り始める。
前に一度戦った事があるからか、ダッシュラビットが跳ねる瞬間がわかるようになっていた。でも俺の場合、アカツキと同じ様にヤツが跳んでから避け始めても遅い。
俺はダッシュラビットが跳ぼうとしているのが見えた瞬間に横に動く。ダッシュラビットは俺の横を跳んでいった。追いかけて追撃をかけるのは俺には無理そうだった。
なら、跳ぶのを見てタイミングを合わせるしかない。ダッシュラビットは反転して再度、突進を開始する。俺はもう一度横へと避けるが、今度は自分がもと居たところ目掛けて剣を振った。だが、横を跳んでいったダッシュラビットには当たっていなかった。
剣を無闇に振ってもダッシュラビットを捉えきれないのはわかっているが、見てから斬りにかかれる程の力や動体視力は俺には無い。クソっ、どうすればいい……。
そこである事に気がついた。
ダッシュラビットが、突進を始める前に助走として走っている事、突進と言えどそのまま突撃してくるわけではない。突撃するのに必ず跳んでいるということは、コイツの突進に地面を走る助走は不可欠ということだ。そしてその助走段階ではそこまでの速度は無い。
アカツキの様に、ダッシュラビットの突進を避けた後反転して戻ってくる前に、反転する前の無抵抗なダッシュラビットを倒す事は無理でも、反転して突進の為の助走をつけているところでなら、俺でも追いついて攻撃する事は可能ではないのだろうか。
ダッシュラビットが急に加速するのは、跳ぶ瞬間の跳躍力のせいだというのは今まで戦っていてわかった。そして助走を設ける理由はターゲットを絞り、攻撃を正確なものにするためだということも。ならその助走段階を狙うまでっ!
ダッシュラビットが反転して再度突進してくる。もう、突進自体を避けるのは容易い。避けたら出来るだけ早く、跳んでいったダッシュラビットの元へ走り込む。
もうダッシュラビットは走り始めていた。
俺は一週間ずっと、朝から晩まで剣の素振りと筋トレや体力作りを繰り返してきたんだ。一週間というのは期間として、ものすごく少ないくらいだというのはわかっている。でも、何もしていなかった前の戦いの時よりはマシだ! 剣を振る速度も前よりは確実に上がっている!
今ならいける。そう確信して、まだ助走段階のダッシュラビットの直線上から少し横にそれながら、ダッシュラビットが横に来るタイミングで斜め下から剣を振り上げる。何かに当たった手ごたえを感じてそのまま剣を振り抜いた。
「おらぁぁっ!!」
斬られたダッシュラビットは、勢いそのままに転がり飛んで行く。
「キュウ……」
魔物との戦闘の終わりを告げる、聞き覚えのある断末魔を聞き、初めての無傷での勝利に心踊らせていた。
戦闘を終え、少し遠くからこちらを見ていたアカツキの元へと戻った。
「お〜、やったね! まさかあそこでああやって倒すとは思わなかったよ〜」
「ありがとう。これも特訓のおかげだよ」
「じゃあ、回収に行こっか」
「え?」
そう言って指差したのは倒した、いや、この表現は正しくないのかもしれない。アカツキが指差したのは、さっき『殺した』ダッシュラビットの遺骸だった。
「だから、素材を回収して冒険者ギルドに持って行って報酬を貰わないと」
「素材を回収って、アレをどうするっていうんだ?」
「ん? 魔物が小さい場合、捌いたりして素材として冒険者ギルドに納品するのよ。そしたらその魔物に合わせて報酬が貰えるってわけ」
まだそのまま持って行くって言われる方がマシだった……。俺にアレを捌くのは無理だ。
「俺は捌けないので後処理はお願いしますっ」
「え? 捌けないの? まあいいけど」
もうここは全力で任せる事にした。
「アカツキってああいうの捌いたり出来るんだな」
アカツキが、自分が倒したものと俺が倒したダッシュラビットを捌いて素材に変えて戻って来た。
「うん、まあね。村にいた頃、こっちの剣と一緒に倒した魔物の捌き方とかを村の駐屯所に居た兵士さんに教わったのよ。私達をこの街まで送ってくれたあの兵士さんにね」
そうだったのか。だからあの兵士さんとやたら馴染んでいたわけか。
「あっ、あの兵士さん、ラーズさんって言うんだけどね。ラーズさん言ってたわ。『魔物との戦闘は遊びでも嗜みなんかでもない。命と命のやりとりなんだ。だから倒したらちゃんと素材として大切に使ってやらなくちゃならない、ただ害があるからって粗末に扱っていいものじゃないんだ。魔物だって、発生したその瞬間から俺達と同じ、生きてる命なんだから』って」
「そうか、そうだよな。俺も、少し時間が掛かるかもしれないけど、ちゃんと捌いて素材に出来るようにするよ」
魔物だって生きてるんだ。最後にあげるあの悲鳴こそ、その証明だ。
「うんっ頑張ってね」
そうして俺達は、冒険者ギルドへ向かった。
「じゃあ、これお願いしまーす」
そう言ってアカツキはギルドカウンターと呼ばれる場所へ、素材にしたダッシュラビットを差し出した。
「はい、ダッシュラビットですね? では、こちらの金額になります」
報酬とは言っていたが、直接の換金制だとは思ってはいなかった。
「ありがとうございましたー」
アカツキが、ギルドの受付嬢と挨拶を交わして戻って来た。
「なんかあれだけ言ってた割に、想像よりずっと簡易的なんだな。素材に合わせて金と交換って」
「仕方ないじゃない! どう言ったって生活していくには必要なんだから。これが無いと宿にすら泊まれないし、食べ物だってロクに手に入らない事になるのよ!」
「まあ、そうだな。すまない」
「わかればいいのよ、わかれば」
背に腹はかえられない。これも仕方のない事だ。
日が沈み始めた。この時間になってくると、露店が店仕舞いをし始める為、この時間に食事をするとなると冒険者ギルド直営の食堂くらいしか無くなってくるのである。
そこに、アカツキといつもの様に夕食を食べに行った。
先程稼いだお金を使って食べ物を注文をして、物を受け取ってから席に着いた。
「それで、これから先の特訓の話なんだけど〜」
アカツキが、注文した何かしらの肉料理を食べながら話し始めた。やはりゲテモノはほぼ無い様だ。美味そう……。
「これからは私が相手をするから、対人戦の練習ってところかな〜」
「え? なんで対人戦闘の練習なんかいるんだ?」
何故だ? 何故魔物討伐が目的の試験に対人戦闘の練習の必要があるんだ?
「ん〜、それは、なんとなく秘密。あとのお楽しみって事で!」
「なんだよそれ」
疑問は残るが、後でわかると言うのなら別にいいか。何かしらあっての事だろうし。
「ご馳走様でしたっと」
アカツキが、これまた美味そうに食べ終えた後、いつもの宿へと戻った。
いくら魔物との戦闘があったとはいえ、いつもの様にそこまでの疲れは感じていなかった。そのせいか、珍しくなかなか寝付けずにいた。
改めて現状を把握して少し焦りが出てくる。
ランプが置いてある台の向こう側では、アカツキが静かな寝息をたてて眠っていた。
元々アカツキは顔が良い方だから、こうして静かに眠っているところを見ると何気に可愛いものだったりする。そして戦っている間もその身体から繰り出される剣技もまた美しいものだった。今はそれが完全に迷惑だ。明日からは、また特訓があるというのに……。寝不足でアカツキに対人戦でボコボコにされる絵が見えた。怖い。
そんな事を思いながら、煩悩をどうにか封じ込める事に成功して眠りに着いた。決してヘタレとかそんなんじゃない。
次の日、幸いにも寝不足にはならなかったおかげで、アカツキにやる気が無いと、ボコボコにされるのは免れそうだった。
「そういえば、どうやって戦うんだ? 普通の剣じゃ危ないだろ」
「じゃじゃーん! こんな事もあろうかとここに木剣が用意されていまーす!」
絶対元々やるつもりで用意してたよな! じゃないとそんなもん普通出てこねえよ。
「ああ、わかった。それでどうやって戦えばいい?」
「そんなの決まってるじゃん。こうやってっ!」
木剣を手にした途端、アカツキがいきなり斬りかかってきた。
あまりに咄嗟な事に俺は反応しきれずに、モロにその攻撃を脇腹に受けた。
「いってぇ!」
俺は脇腹を押さえてのたうちまわった。
「ハハハハハッ、君〜隙が多過ぎなんだよー」
いやいや、笑い事じゃないってホント痛いから。
「さあ、立って立って。それで、構えて」
「こうか?」
どうにか脇腹の痛みに耐えながら、立って木剣を構えた。
「そりゃ!」
アカツキは俺が構えた途端、またも奇襲を掛けて来た。
「うわっ、あぶねっ」
さっきと同じ軌道だった為、どうにかさっきの二の舞にはならずに済んだ。
「おおーこれを止めるとはなかなかやるじゃないかー」
なんて思ってもいない事を言いながら、アカツキは何度も攻撃を繰り出してきた。
ほぼこちらがガードして避けるだけ。容赦無いアカツキの連撃をちょこちょこ食らって軽い痣を作りながら行われる、特訓という名のアカツキのストレス発散のためのサンドバッグみたいになっていた。
対人戦の練習という名で誤魔化された様な特訓の初日が終わり、ずっと守りに徹するしかなかった俺の身体は満身創痍だった。
その日はベッドに思いっきり倒れ込んで眠った。
翌日も毎日それが続いた。だが、日に日にアカツキからの攻撃を受け止め、避ける事が出来る回数も増えていった様な気がしないでもなかった。
それから一週間程経った頃、朝、生活費を稼ぐ為に魔物討伐に駆り出していたアカツキから報告という名の叩き起こしを受けた。
「ねえ! 出たんだよ!!」
「わかったから、落ち着け。で、何が?」
「冒険者試験の討伐対象が!!」
冒険者試験の討伐対象って事は、遂に本番がやって来たって事なのか? でもやっぱり一週間って短くない? いつも思う疑問は晴れない。
「とりあえず冒険者ギルドに行って討伐申請出しに行くよっ!」
「ああ、わかったわかった」
それから俺達は冒険者ギルドへと向かった。
「試験対象のオーガの討伐申請を受理しました。頑張ってくださいね?」
「あっ、はい」
アカツキに連れられるままに冒険者ギルドへ討伐申請を出し、その足で、そのオーガとやらが発生したいつもの魔窟へ直行した。
「で、そのオーガっていうのはどんなの? 名前から想像する限りなんか凄そうだけど」
「まあ、強いよ。ダッシュラビットとは比べ物にならないくらい。そしてあそこじゃ珍しくもあるんだ。だからこの機会を逃したくなくって」
「そうなのか、って俺それ死んだりしないよね?!」
なんか今になって、もの凄い不安になってきた。
「その為の特訓だったんだし、私が冒険者になるのにちょっと時間が掛かったのは、そのオーガがなかなか発生してくれなかっただけなんだよね。だから余裕」
そうか、オーガを普通に倒して冒険者になったアカツキが近くにいるんだ。いざとなれば、その現場監督とやらも助けてくれるのだろうし。でも、アカツキが言ったようにオーガは希少な魔物でもあるようでこの機会を逃せば次がいつ来るかはわからない。なら、今この時やるしかないだろう。
主にヒモ生活脱却のために!!
ここ二週間、ずっと養ってもらっている事にそろそろ負い目を感じ始めていた。いい機会だ。
魔窟に着くと、そこにはいつもの草原が広がっていながらも、少し離れた所に見たことの無い異質なモノが立っていた。
体長二メートル程、イカツイ血走った筋肉質の体躯。ミノタウロスと表現すると想像し易い様な見た目で、手には棍棒の様なものを持っていた。あれがオーガか。
これから俺はアレと戦うというのか? あんなものを食らったら怪我じゃ済まないぞ。
「何ビビってんのよっ! シャキッとしなさいよね!」
「あんなのに勝てるのかよ! お前は強いからいいかもしれないけどな!」
今更、死の恐怖に怯え始めた。
「君、世界回るって宣言したわよね? あれは嘘だったのかしら? こんなので怯えてたら世界なんて回れっこないわよ!!」
確かにその通りだ。このままでは何も進まない。旅に出る時決めたんだ。
俺は世界の全てを見に行くと。そして元の世界に帰るんだって。
ここでは立ち止まらない。ただ前を見る。
何も怖がる事はない。今までしてきた事を信じて、戦う上で奴に力で敵わないのなら、策を練ればいい。人らしく。
「ありがとう。気合い、入ったよ」
「そう。じゃあ、いってらっしゃいっ!」
「行ってくる」
俺は奴に向けて歩みを進める。奴がこちらに気づいて威嚇をしてくる。
「その生命! 俺の生活のために貰い受けるっ!!」
さあ、生命のやり取りを始めよう。