2章第1話 特訓
俺達がミカーヴァの街に着いた頃には、辺りは薄暗くなり始めていた。
「とりあえずクレハちゃん、遅くなったが冒険者試験合格おめでとう! これからも頑張ってね」
「ありがとうございます! 今までありがとうございました!!」
アカツキはこの兵士さんと顔見知りらしい。まあ、一ヶ月もの間あの村に居たんだから顔見知りでもおかしくはないしな。
「それで、宿はとってないんだろう? なら今日はここで寝るしかないんだが……大丈夫か?」
此処まで連れて来てくれた兵士さんが、申し訳なさそうに馬車を指した。
「えっそうなんですか! でも、今からとれる宿も無さそうだし……仕方ないですね」
案外もうちょっとうるさく言うのかと思っていたのだが……、アカツキは順応性が高いらしい。普通に受け入れていた。
そういえば転校して来た時も、普通がどれくらいのものなのかはわからないのだが、アカツキがクラスに馴染むのはかなり早かったように思う。
「流石に外で寝るのは危なそうだから、中で寝ても良いよ」
「ん?」
ちょっと待て、なんか詰まる部分があったぞ。俺、もしかして馬車の外かどっかで寝かされる予定だったの!?
「だから、中で寝ていいって言ってんのよ。君何もしなさそうだし」
「あ、そう、うん。ありがとう」
なんか俺の扱いが酷い事になってるけど、あんまり噛み付くと嫌な予感しかしないので引き下がっておく事にした。だって強いじゃんアイツ……なんかあんまり楯突いてると、気が変わって武力行使で外で寝かされ(気絶させられ)そうな気がするもん……。
そしてヘタレを一発で見抜かれた俺であった……なんか悲しいな……。まあ、何もしないけど、したら首とか飛びかねないし。
「あっそうだ君、冒険者になってみたら? 少し時間は掛かるかもしれないけど、色んな所を回る予定ならなっておいた方が何かと便利だと思うよ? 宿屋とかも少し安くしてくれるし」
「え? そうなのか? ならなってみようかな。でもそういえば試験あるんじゃない? 俺でも大丈夫なの?」
この先色々な街を見たいと思っているから、冒険者になっておくのもいいかもしれないが俺でもなれるのか? 疑問をぶつけてみた。
「冒険者になる為の試験ってね、この近くにある魔窟から発生する、ある特定の魔物の素材の納品なのよ。不正が無いように現場監督付きでね」
え? マジで? 俺、出来そうな気がしないんだけど……。というか現場監督居るんならわざわざ素材納品する必要があるのだろうか。
「そういえば君ってどれくらい強いの?」
一番嫌な質問が来た。
「えっと〜、ウサギっぽい魔物と相打ちするくらい……」
「…………」
「やめてっ! その沈黙!!」
あり得ないと言わんばかりの絶句した形相で見られる。
「だってそれたぶんダッシュラビットだよね? 一番弱いヤツ。え? 君それ一般人と同じレベル……」
「やめてっ、それ以上は! 俺も自覚してるから!」
今初めて知った魔物のネーミングセンスには残念さしか無いけど、それよりもアカツキからのトゲの方が痛かった……。それでもまだ降り注ぐトゲは止まらない。
「それ私より弱いじゃん……。まあ私は向こうにいた頃、剣道で全国行った経験があったからこっちの剣に慣れるのは早かったけどさ……」
コイツ剣道で全国行ってたのか、だから強かったんだね。しかもそこに順応性の高さも相まって更に早くって感じか……俺に分けてくれよ。あとその軽く混ざったフォローが逆に痛かった。
「でも君、その言い方だと魔物と戦った事はあるんだね。それまで剣を持った事は?」
「無いよ、あるわけ無いだろう? それに向こうじゃ喧嘩もロクにした事ない」
俺は平和主義者だ。そういうのはあんまり好きじゃない。
「そうなんだ。ならまだいけるかな……君、私が剣を教えてあげようか? この世界回るっていうんなら自衛くらいできないと。武器もロクに扱えないようじゃ、冒険者にすらなれないよ?」
確かに、アカツキの言うことは理に適っていた。魔物がいる世界で、自衛すら出来ないのはかなり危険性が高まる。
戦闘が日常、とはいわないにせよ、人間による犯罪もより日常に近い事に変わりはない。そこで自衛手段が無いのはカモも同然なのだ。
ここは素直にアカツキから教わっておいた方が良さそうだ。
「そうか、なら頼むよ」
「おっいいねぇ〜、じゃあ明日から特訓開始だね!」
やっぱりノリ軽いな、コイツ。
翌日早朝、俺は硬い馬車の中で寝ていたせいか全身に痛みが発生するという事態に見舞われていた。
だが、馬車から出ると同じ場所で寝ていた筈のアカツキは何食わぬ、といった爽やかな表情で外の空気を吸っていたのである。
「お前、身体痛くないのか?」
「わっ!? ビックリしたなぁ〜もう、後ろからいきなり声掛けないでよね〜」
「あっああ、すまん。俺なんか全身痛くてな」
コイツ冒険者になったとかいうくせに警戒心が薄過ぎるような気がするんだよな〜。背後にも少しくらい気をつけとけよ。自分は無理だから言えはしないけど。
「私は別に何ともないよー。ていうか君、ホントに何にもしてないよね?」
変なところで警戒心が高い辺りおかしな話だが、そもそも疑う事自体が間違っている。
「当たり前だろ。お前より先に寝てお前より遅く起きて来た人間に何が出来るんだよ」
「それもそうかっハハッ」
なんて笑っていたが、こちらとしては生命の危機が掛かってるんだ。笑い話で殺されちゃシャレにならない。
「それじゃあ特訓を始めようか。武器は持ってるよね?」
「ああ、一応剣を」
「ならちょっと素振りしてみてよ」
素振りねぇ……とりあえずやってみる事にした。
「うん。君、センス無いね。ただ振ってるだけって感じ、剣筋もブレブレで剣に振り回されてるみたいになってるよ」
こうもズバッと言われると流石にキツイものがあるが、その通りなのだから仕方の無い事だろう。
元は帰宅部で、していた運動といえば、せいぜい行き帰りの通学くらいのものなのだから。筋力が無い故に、剣に振り回されてる様に見えるのも仕方の無い事なのだ。
「そうなんだよね。元々帰宅部だから日常的に運動自体する機会が少なくて、筋力もあんまり無いのは自覚してる。だから筋トレも特訓に入れてくれるとありがたいかな」
「おお〜やる気ですなぁ〜」
「茶化すなよ。こっちは本気で世界回ろうとか言ってんだから」
コイツのこういうところはチョット腹立つところなんだよな。
「よしっわかりましたっ! 君のやる気に免じて精一杯特訓に付き合ってあげましょう!」
だが、こういう風にあまりコイツから悪意というモノを感じないから根はいい奴なんだろうと思う(たぶん)。こうして自分には関係無い人間の特訓にも、トコトン付き合うなんて言う様な奴だ。素直と言うべきか、単純と言うべきか……。
「ああ、ありがとな」
どちらにせよ、こちらとしてはありがたい話である事に変わりはない。礼を言っておくべきだろう。
「私が魔物と戦って見せるから、とりあえず君は見ててよ。こんな感じが完成形ですよーみたいなものとしてさ」
「ん? 魔物と戦うって何処で? 魔窟にでも行くって言うのか?」
「そうよ、魔窟の場所にもよるけどあそこは弱い魔物がほとんどだから、冒険者同伴なら一般人でも入れるのよ」
へー、そうなのか。
一介の冒険者でも一般人の護衛が務まるレベルである事から許可しているといった感じだろうか。
パレッタおばさんが強い姉ちゃんと呼んでいたアカツキは、実際どれくらいのものなのだろうかと気になっていたところだったから、ちょうど良かった。
ミカーヴァの街からほんの数分したところで馬車は止まった。
「ここが魔窟よ」
そこは洞窟も何もない、だだっ広い平原が広がっていて、ちょっとした塔のような物が建っているだけの場所だった。
「え? 魔窟って聞いてたから洞窟か何かかと思ってたけど、何もないじゃん。ここがそうなの?」
「君、ホントに何も知らないんだね。魔窟っていうのは、魔物が発生する一定の範囲内のことをいうのよ」
魔窟とかいう名前がついてるから誤解しちゃたじゃないか。紛らわしい。
「魔物が発生するって事は何も無い所からいきなり出てくるのか?」
「うーん……まあそんな感じといえばそんな感じね。いきなりってわけでもないんだけど、少し離れた所で発生する時は魔窟監視員の人があの監視塔から教えてくれるし、近くで発生したら黒っぽいモヤみたいなのが出るからわかりやすいよ」
まるでゲームみたいだな。現実だけど。
その魔窟監視員ってのが恐らく、冒険者試験の監督も務めているに違いない。出てくる魔物も弱いものだけではないそうなので、恐らくそれなりの手練れを起用しているのだろうが、基本的にはその場に居る冒険者に倒させるという方針らしい。あくまでも監視がメインのようだ。
「二時の方向に三体のダッシュラビットの出現を確認しましたっ!!」
監視塔から声が響いた。
「おっ、言ってるそばから出てきたみたいだね!」
そう言って指差した方を見ると、前に戦った事のあるダッシュラビットとやらが走って来ていた。あの時受けた攻撃を思い出して少し怖くなった。
「じゃあ行ってくるねっ!」
なんて軽い感じで、向かってくるダッシュラビットへ駆けて行ったアカツキは一体目のダッシュラビットの突進を避けながら、真横を跳んでゆくダッシュラビットを斬り上げて倒していた。流石と言ったところだろうか。
二体目と三体目はほぼ同時に突進して来ていた。そこに走り込んで二体目の突進を紙一重で横に躱し、三体目は突進で跳ぶ前にアカツキがジャンプして避けていた。そしてその二体が反転して戻ってくる前に、更にそこに走り込んで、突進の勢いを無くして無防備なダッシュラビット二体を撫で斬りにしていた。
「どうだった? ねぇ、どうだった?」
戦闘も終わり、ひと段落して戻って来たアカツキに感想を求められた。
「ああ、凄かったよ。あんな動きが出来るんだな。それよりもその返り血どうにかしてくれないか? なんか怖い」
至近距離で斬っていたせいか魔物の返り血で、服や顔に少し血が付いていた。前に見た時はあまり気にしてなかったからわからなかったけど、魔物の血もやっぱり赤いらしい。
真っ白だったアカツキの服も、染めた色では無い赤みを帯び、ショートカットの綺麗な茶髪も、魔物の返り血でちょっと怖い事になっていた。しかも本人が、自身の戦闘の感想を求めて言い寄ってくるのだ。余計に怖い。
「ああ、ごめん……ちょっと顔洗ってくるね」
「すまないな、慣れてなくて」
アカツキは監視塔の方に歩いて行った。
「それじゃあ特訓の方に移ろうか」
顔を洗って戻って来たアカツキはそう言った。
「とりあえず基本からだね。筋トレとか剣に慣れる為の素振りから始めよっか」
「おうっ」
そこから筋トレや剣の素振りを、一段階目の特訓として行い始めた。それでも運動不足気味だった俺にはかなりキツイ特訓だった。まだ一日目なのに……。
その日の夜、宿を取った俺達は宿の部屋へと向かった。
料金は、冒険者になる事で収入源となったアカツキがもった。いわゆるヒモというやつである。早く冒険者にならないと……いつまでも出してくれるとは限らないし、たとえ出してくれたとしても、流石にいつまでもは気が引ける。また俺が冒険者になる理由が出来た。
部屋に到着して気付いたことがある。何故ベッドが二つある? アカツキに疑惑の目を向けた。
「し、仕方ないでしょっ! そんなに手持ちがあるわけじゃないんだから贅沢は言えないのよ……!」
「そうか、俺はそっちがいいんなら別にいいんだけどね」
そう言って俺は、疲れ果てた身体をベッドへ投げた。もう何もキニシナイ。
翌日、慣れない特訓のせいで筋肉痛に見舞われながらも特訓は開始された。
宿の寝泊まりの安全性については、俺が先に寝て後に起きるという形で一応成立したようだ。よくわからないが、本人がそれでいいというのだから別にいいのだろう。どうせ特訓で疲れ果ててすぐ寝ちゃうしね。殺られるとわかっていて襲うバカではないからな、俺は。
先日と同じメニューで行われた特訓は前日の筋肉痛により、より過酷なものに変化していたがどうにか喝を入れられながら、煽られながら、そして何よりヒモ脱却へ向けての意気込みでどうにかやり抜いた。
先日と同じ様に疲れ果ててベッドへ倒れ込み、即行で就寝した。
そんな生活が一週間続いた後。
「そろそろちょっとは慣れてきた頃じゃない?」
「確かに前よりは、多少慣れてはきたかな」
一週間ずっと朝から晩まで筋トレと素振りを続けてきたんだ。そりゃ、いくら才能が無くても慣れてはくる。
そしてその後、恐ろしい宣告が言い渡される。
「じゃあ、ちょっと魔物と戦ってみよっか」
「え!? いやいやいや、いくらなんでも早いって!」
「百聞は一見に如かず、だよっ!」
あれか、コイツは感覚とかそういうのでやってるタイプだから技術面はやって覚えろ的な感じか。恐ろしい。
「怪我とかしたらどうすんのっ!? 治癒魔法とかあるんだよね!?」
「え? 魔法が使えるのは勇者だけだよ? そんな瞬時に傷を塞いで治すなんて道具は存在しない」
なっ、魔法使えるのって勇者だけだったのか……もし傷ついたらすぐ治してもらおうとか思ってたのに……。
「でも一応キズの手当てをする為の道具とかはちゃんとあるから心配しないで。瞬時に、とかは無理だけど……もし危なくなったら私も助けに入れるしね。大丈夫大丈夫」
「そこまで言うならわかった……とりあえずやってみる事にするよ……」
渋々承諾して魔窟へ向かった。
魔窟に到着すると早速アカツキが、何体か発生していたダッシュラビットを一体にまで減らして戻って来た。
「じゃあ魔物との二度目になる戦い、いってらっしゃいっ!」
もうどうにでもなれと、俺は因縁のダッシュラビット目掛けて走り出す。