1章第5話 門出
俺が決意を固めた次の朝、肝心な事を忘れていた事に気がついた。
世界へ旅に出る=魔物と遭遇=よくて雑魚一体と相打ち程度の俺が戦う=俺死ぬ
俺一人だと遅かれ早かれ確実に死ぬ。
あんなに意気込んだのはいいが、俺が転移前そのままの身体能力なのを忘れていた。危ない危ない、ていうかこれどうしよう……。
なんか、旅にすら出れなさそうだな。出ても生き残れそうに無い気がする。いくらこの辺は魔物が少ない方とはいえ、いつまた出くわすかわからない。しかもただの元高校生だ、一人で生きるにはサバイバルの知識含め、様々な知識が足らなさ過ぎた。
だが、パレッタさんに世界を見る旅(我ながら壮大である)に出ようと思っていることくらいは伝えてもいいだろう。もしかしたら何かいい方法があるかもしれない。
一階へ降りたら、ちょうど朝食を作っていたパレッタさんがこちらに気づいた。
「あら、おはようレント。もう大丈夫なの? もうすぐ朝食ができるからテーブルで待ってなさい」
いつものハキハキとしながらも柔らかい口調で言ってくれた。
「おはようございます」
やっぱり席に着いてから話す事にしよう。
「できたよ〜、じゃあ食べようか」
パレッタさんは出来上がった朝食をテーブルの上に乗せて、俺の目の前の席に着いた。
「その前に少しいいですか?」
「ん? なんだい?」
食べる前に、旅の件とは別に話したい、一階に降りてきてからずっと気になっている事があった。
「あの〜……コレなんですか?」
四人で座れるテーブルの、自分が座っている場所から見て斜め前に居たものを指差す。
「コレとはなによっ! 失礼な! 元々ここに居させてもらってたのは私なんだからね!!」
衝撃の事実である。パレッタさんが、姉ちゃんとか呼んでるから、てっきり別のとこに住んでるのかと思ってた……まさか俺より前に居候していたとは……。
「すまないねえ〜言うタイミングが無かったから言うのを忘れてたよ〜」
「え? てことはなんで、姉ちゃんとかって呼んでたんですか? 俺は名前呼びだったのに」
俺はなんとなく疑問を感じると、確認しておかないと気がすまないタイプなのだ。
「それは単に、この娘の名前を知らなかっただけだよ」
「ええっ!? 知らなかったんですか!? 数週間も居たのに!?」
「そういえばそうね、私もおばさんの名前知らなかったわ」
まさかである。一ヶ月間も家に居てお互いの名前を知らないとは……どんだけ大雑把なんだよこの二人…………。
「普通におばさんと姉ちゃんで成立してたから何とも思わなかったわね」
「いやいや、流石に名前くらい知っとこうよ……」
そういえば俺も最初はパレッタさんの名前知らなかったな。あんまり人の事は言えないのである。
一ヶ月間も家に居てお互いの名前を知らない、なんて事があったにせよ、そろそろ本題に入らなくては。
朝食を食べ終わってから、パレッタさんに話しかけた。
「パレッタさん、俺これから世界を見て回りたいと思ってるんですけど、やっぱり無謀ですかね?」
「おおっ! そうかい、行って来なよ。クレハちゃんもどうだい? あんたがいれば安心だろうに」
その手があったか。でも護衛役が同い年の女子ってのもなんかカッコつかないような気もするけど、アイツなんか強いみたいだし文句は言ってられない。問題は本人がどうかということだけなんだが……。
「いいですよっ! ちょうど冒険者にもなれた事ですし、いい機会かもしれません」
二人とも案外軽く承諾してくれた事に、内心驚きつつも有難く受け取っておこう。
「出発は明日でいいですか? 今日の内に準備して明日出発、という形で」
「そうだね。特にする事も無いし、明日出発でもいいよっ」
冒険者になれた事がそんなにも嬉しいのか、テンション高めなアカツキだった。
「じゃあ早速、準備に取り掛かりますか」
準備といってもさほどする事も無いのだが、アカツキは準備に時間が掛かるとかで一日中準備をしていた。俺はその間基本的に部屋で少ない準備をして、あとはパレッタさんの手伝いなんかをして過ごした。
パレッタさんのいつもの畑仕事の手伝いが終わった後、真剣な顔をしたパレッタおばさんに呼ばれた。
「レント、これを持って行きなさい。あんた武器も無しで旅なんて出られるわけないでしょうが」
そう言って渡された剣は、前に魔物と戦った時の護身用の剣だった。
「これは私の夫の物なんだ。特別な力は無いけど、私にとっては特別なモノなんだよ。でも、私が持ってても使えないしね。使えるあんたに渡す方が良いだろう?」
「そんな大切な物受け取れませんよ!?」
パレッタおばさんの言いようや表情からして恐らく形見か何かなのかもしれない。何故俺にそんなものを……?
「あんただから受け取って欲しいんだ、レント。頼むよ」
「……わかりました」
「ありがとう……」
俺はまた重いモノを背負ってしまったのかもしれないな。そんなに強くは無いのに……。
そうして、出発の朝がやってきた。
「そろそろ出発だぞ、っとその前に畑仕事手伝ってからだな。アカツキも手伝えよー」
「わかってるよ!」
アカツキはあれからホントに一日中準備をしていた。何をそんなにと思ったが、色々あるらしい。
「ありがとうよ。ホントはもう少しここに居てくれてもいいんだけどねぇ」
ここにもう少し居たいのも山々だが、パレッタおばさんにこれ以上迷惑をかける訳にもいくまい。それに俺の事だ、いつ決心が揺らいでしまうかわからないから、出来るだけ心変わりしない内に出てしまいたいのだ。
ならばせめて。
「ありがとうございます。世界を見て来たらここに戻ってきますから、その時は改めてよろしくお願いしますね」
「うんっ、戻って来なよ!」
笑いながら言ったけど、もし元の世界に戻る方法が見つかったら、もうここには戻って来ないかもしれない。
でも、会えるのならまた会いたいから。会ってもう一度お礼を言いたいから。何者かもわからない俺を受け入れてくれたこの家に、この人に、ただいまと言いたいから。
この果たせるかもわからない約束は忘れない。戻りたい場所に戻れないとわかったら、その時俺は壊れてしまうかもしれないから、全てを見失ってしまうかもしれないから。せめてここに戻って来られる様に、そう、約束した。
駐屯所の兵士さんの方の問題が片付いたそうで、今回馬車を動かすのは、駐屯所に居た兵士さんらしい。パレッタさんではなくて残念だけど、街に行くのに半日も掛かるのだからパレッタさんに負担が掛かってしまう。
馬車への荷物の積み込みも終わった。馬車は走り出す。
さあ、出発の時だ。
「さようなら〜無事に帰ってくるんだよ〜」
パレッタさんは手を振って見送ってくれている。
「じゃあ、また」
「おばさんまたねぇ〜」
毎朝この場所から見ていた朝日は、馬車の中からも見えていた。
その朝日はいつもの様に、そしていつも以上に、この場所を綺麗に輝かせていた。